新敕撰和歌集 卷十九 雜歌四
1265 亭子院、大內山に御座しける時、敕使にて參りて侍けるに、麓より雲立昇りけるを見て詠侍ける
白雲の 九重に立つ 峯為れば 大內山と 云ふにぞ有ける
中納言 藤原兼輔
1266 題知らず 【○萬葉集1707。】
山城の 久世鷺坂 神代より 春は萌えつつ 秋は散りけり
苗木繼根生 山城久世鷺坂矣 遠自神代起 每逢春日萌新綠 每當秋時落葉紅
佚名 讀人知らず
1267 久邇都の荒れにけるを見て詠侍ける 【○萬葉集1060。】
三香原 久邇都は 荒れにけり 大宮人の 移去ぬれば
賀茂三香原 恭仁久邇京師者 荒頹作廢墟 只因百敷大宮人 遷去新京不復還
佚名 讀人知らず
1268 春日社に百首歌詠みて奉けるに、橋歌
都出て 伏見を越ゆる 明方は 先打渡す 櫃河橋
皇太后宮大夫 藤原俊成
1269 百首歌詠侍けるに、早秋之歌
吹始むる 音だに變れ 山城の 常磐森の 秋初風
內大臣 西園寺實氏
1270 建保四年百首歌奉ける時
山城の 常磐森の 夕時雨 染めぬ綠に 秋ぞ暮れぬる
僧正行意
1271 名所歌詠侍けるに
下草も 如何でか色の 變るらむ 染めぬ常磐の 松雫に
寂身法師
1272 【○承前。侍詠名所歌。】
飛鳥川 川瀨霧も 晴遣らで 徒に吹く 秋夕風
真昭法師
1273 題知らず
世中は 何ど大和なる 水馴河 見馴始めてぞ 有るべかりける
佚名 讀人知らず
1274 【○承前。無題。萬葉集0715。】
千鳥鳴く 佐保川瀨の 清瀨を 駒打渡し 何時通はむ
千鳥爭鳴啼 佐保之河川瀨間 清湍冽流矣 吾乘疾駒渡河門 何時能通至君許
中納言 大伴家持
1275 【○承前。無題。】
春は花 冬は雪とて 白雲の 絕えず棚引く 御吉野山
入道前太政大臣 西園寺公經
1276 【○承前。無題。】
古の 幾世花に 春暮て 奈良都の 移ひぬらむ
正三位 藤原家隆
1277 前關白家歌合に、名所月
何處にも 振放け今や 三笠山 唐土掛けて 出る月影
源家長朝臣
1278 百首歌詠侍ける
久方の 雲居に見えし 生駒山 春は霞の 麓也けり
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1279 題知らず 【○萬葉集1147。】
暇有らば 拾ひに行かむ 住江の 岸に寄る云ふ 戀忘貝
若得閒暇者 去來前往手拾之 墨江住吉之 寄於濱岸戀忘貝 拾來解憂止戀苦
佚名 讀人知らず
1280 【○承前。無題。】
住吉の 有明月を 眺むれば 遠離りにし 影ぞ戀しき
和泉式部
1281 亭子院御供に仕奉りて住吉濱にて詠める
住吉の 浦に吹上る 白浪ぞ 汐滿時の 花と咲きける
一條右大臣 藤原恒佐
1282 同行幸に、難波浦にて詠侍ける
難波潟 潮滿濱の 夕暮は 妻無き鶴の 聲のみぞする
太宰權帥 橘公賴
1283 謙德公に遣しける
思事 昔ながらの 橋柱 古りぬる身こそ 悲しかりけれ
佚名 讀人知らず
1284 名所歌奉ける時、蘆屋
短夜の 未臥為れぬ 蘆屋の 妻も顯に 明くる東雲
正三位 藤原家隆
1285 布引瀧を詠める
布引の 瀧白絲 偶然に 訪來る人も 幾世經ぬらむ
藤原行能朝臣
1286 百首歌に紅葉を詠侍ける
下葉迄 心儘に 染めてけり 時雨に餘る 神奈備森
入道前太政大臣 西園寺公經
1287 伊勢國に御幸時、詠侍ける
伊勢海 瀛白浪 花にがも 包みて妹が 家苞に為む
安貴王
1288 戀歌詠侍ける中に
伊勢海の 海人左右手肩 待て暫し 恨に浪の 隙は無くとも
正三位 藤原家隆
1289 名所歌奉けるに、鈴鹿山
秋深く 成りにけらしな 鈴鹿山 紅葉は雨と 降紛ひつつ
大藏卿 藤原有家
1290 春浦月と云へる心を詠侍ける
梓弓 一志浦の 春月 海士栲繩 夜も引く也
源家長朝臣
1291 然菅渡にて詠侍ける
行けば有り 行かねば苦し 然菅の 渡りに來てぞ 思盪漾
中務
1292 前關白家歌合に、名所月を詠侍ける
光添ふ 木間月に 驚けば 秋も半ばの 小夜中山
正三位 藤原家隆
1293 【○承前。前關白家歌合,侍詠名所月。】
住渡る 光も清し 白妙の 濱名橋の 秋夜月
藤原光俊朝臣
1294 題知らず
戀しくば 濱名橋を 出て見よ 下逝水に 影や留ると
佚名 讀人知らず
1295 平兼盛、駿河守に成りて下侍ける時、餞し侍るとて詠める
行歸り 手向駿河の 富士山 煙も立たぬ 君を待つらし
大中臣能宣朝臣
1296 家五十首歌
富士嶺は 問はでも空に 知られけり 雲より上に 見ゆる白雪
仁和寺二品法親王守覺
1297 名所百首歌奉ける時、詠める
世と共に 何時かは消えむ 富士山 烟に成れて 積る白雪
從三位 藤原範宗
1298 題知らず
何時と無く 戀駿河なる 有渡濱の 疎くも人に 成增さる哉
相模
1299 百首歌に
足柄の 關路越行く 東雲に 一叢翳む 浮島原
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1300 題知らず
武藏野の 向岡の 草為れば 根を尋ねても 哀とぞ思ふ
小野小町
1301 【○承前。無題。】
葛飾の 真間浦間を 漕船の 舟人騷ぐ 浪立つらしも
佚名 讀人知らず
1302 【○承前。無題。】
葛飾の 昔儘の 繼橋を 忘れず渡る 春霞哉
前大僧正慈圓
1303 常陸に罷りて詠侍ける
餘所にのみ 思起せし 筑波嶺の 峯白雪 今日見つる哉
能因法師
1304 天祿元年大嘗會悠紀方御屏風歌
辛崎の 濱真砂の 盡くる迄 春名殘は 久しからなむ
清原元輔
1305 山に登りける道にて月を見て詠侍ける
大嶽の 峯吹く風に 霧晴て 鏡山の 月ぞ曇らぬ
前大僧正慈圓
1306 題知らず
春來ては 花とか見えむ 自づから 朽木杣に 降れる白雪
鎌倉右大臣 源實朝
1307 【○承前。無題。】
花咲かで 幾世春に 逢身なる 朽木杣の 谷埋木
參議 飛鳥井雅經
1308 伊勢敕使にて甲賀驛家に著侍ける日
遙かなる 三上嶽を 目に掛けて 幾瀨渡りぬ 安河浪
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1309 題知らず
今更に 更級河の 流れても 憂影見せむ 物為ら無くに
佚名 讀人知らず
1310 【○承前。無題。】
木賊苅る 木曾麻衣 袖濡れて 磨かぬ露も 玉と置きけり
寂蓮法師
1311 信濃國に罷りける人に、薰物送侍ける
忘る莫よ 淺間嶽の 煙にも 年經て消えぬ 思有りとは
源有教朝臣
1312 題知らず
陸奧に 在りと云ふなる 玉川の 邂逅にだに 逢見てしがな
佚名 讀人知らず
1313 陸奧守に侍ける時、忠義公許に申し送侍ける
明暮は 籬島を 眺めつつ 都戀しき 音をのみぞ鳴く
源信明朝臣
1314 題知らず
辛きをも 岩手山の 谷に生ふる 草袂ぞ 露けかりける
佚名 讀人知らず
1315 名所歌數多詠侍けるに
故鄉の 人に見せばや 白浪の 聞くより越ゆる 末松山
藤原清輔朝臣
1316 題知らず
心有る 海士藻汐木 焚捨てて 月にぞ明かす 松浦島
祝部成重
1317 寄露戀を詠める
忍山 木葉時雨るる 下草に 顯れにける 露色哉
寂延法師
1318 題知らず
宮城野の 木下深き 夕露も 淚に勝る 秋や成からむ
平政村
1319 天曆御時、屏風歌
昔より 名に古積める 白山の 雲居雪は 消ゆるとも無し
源信明朝臣
1320 百首歌奉ける、雪歌
搔暮し 玉響止まず 降雪の 幾世積りぬ 越白山
大納言 源師賴
1321 題知らず
朝每に 石見河の 澪絕えず 戀しき人に 逢見てしがな
佚名 讀人知らず
1322 前關白家歌合に、名所月と云へる心を
夕凪に 明石門より 見渡せば 大和島根を 出る月影
內大臣 西園寺實氏
1323 題知らず 【○萬葉集0447。】
鞆浦の 礒室木 見る每に 逢見し妹は 忘られむやは
每見備後國 鞆浦之礒杜松木 觸景生憂情 一同相見此景之 吾妻妹子豈將忘
大納言 大伴旅人
1324 【○承前。無題。】
浪高き 蟲明瀨戶に 行船の 寄邊知らせよ 沖汐風
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1325 【○承前。無題。】
春秋の 雲居雁も 留まらず 誰が玉章の 門司關守
入道前太政大臣 西園寺公經
1326 【○承前。無題。】
妹が為 玉を拾ふと 紀國の 由良岬に 此日暮しつ
佚名 讀人知らず
1327 【○承前。無題。】
藻苅船 沖漕來らし 妹島 形見浦に 尋掛ける見ゆ
佚名 讀人知らず
1328 【○承前。無題。】
時し有れば 櫻とぞ思ふ 春風の 吹上濱に 立てる白雲
正三位 藤原家隆
1329 名所歌詠侍けるに
浪寄する 吹上濱の 濱風に 時しも判かぬ 雪ぞ積れる
前參議 藤原教長
1330 堀河院に百首歌奉ける時、山歌
淺綠 霞渡れる 絕間より 見れども飽かぬ 妹背山哉
權中納言 源國信
1331 百首歌に、眺望之心を詠侍ける
和田原 浪と一つに 三熊野の 浦南は 山端も無し
入道前太政大臣 西園寺公經
1332 題知らず
三熊野の 浦迴松の 手向草 幾世掛來ぬ 浪の白木綿
七條院大納言
1333 後京極攝政家百首歌に、草歌十首詠侍ける
風吹けば 濱松枝の 手向草 幾代迄にか 年經ぬらむ
寂蓮法師
1334 家に十五首歌詠侍けるに、晩霞隔浦と云へる心を詠侍ける
淡路島と 渡る舟や 辿るらむ 八重立籠むる 夕霞哉
中院入道右大臣 源雅定
1335 和歌所歌合に、海邊霞を詠侍ける
淡路島 兆煙 見せ侘びて 霞を厭ふ 春舟人
前內大臣 源通光
1336 題知らず 【○萬葉集2742。】
志賀海人の 煙焚立て 燒鹽の 辛き戀をも 我はする哉
志賀海人之 所以爨煙炊火氣 燒鹽之所如 辛酸悲毀焚身焦 如斯苦戀將為哉
佚名 讀人知らず
1337 【○承前。無題。】 【○承前。無題。萬葉集0278。】
志賀海女の 海布苅鹽燒き 暇無み 櫛笥小櫛 取りも見無くに
志賀海女者 苅海布兮燒藻鹽 繁忙更無暇 縱雖梳髮笥小櫛 手不取之眼不瞥
佚名 讀人知らず
1338 【○承前。無題。】
霞頻く 松浦沖に 漕出て 唐土迄の 春を見る哉
前大僧正慈圓
1339 秋山鹿と云へる心を詠侍ける
淺茅山 色變行く 秋風に 離れなで鹿の 妻を戀ふらむ
正三位 藤原知家