新敕撰和歌集 卷十七 雜歌二
1123 題知らず
我袖は 草庵に 非ねども 暮るれば露の 宿也けり
在原業平朝臣
1124 【○承前。無題。】
思事 言はで唯にぞ 止みぬべき 我と等しき 人し無ければ
在原業平朝臣
1125 【○承前。無題。】
朝な日に 世憂事を 忍ぶとて 歎せし間に 年ぞ經にける
佚名 讀人知らず
1126 【○承前。無題。】
更に復 物をぞ思ふ 然ならでも 歎かぬ時の 在る身と欲得
和泉式部
1127 【○承前。無題。】
如何に為む 天下こそ 住憂けれ 降れば袖のみ 間無く濡れつつ
和泉式部
1128 【○承前。無題。】
淺茅原 野分に堪へる 露よりも 猶在難き 身を如何に為む
相模
1129 【○承前。無題。】
戀ふれども 行きも歸らぬ 古に 今は如何でか 逢はむとすらむ
相模
1130 【○承前。無題。】
戀しとも 言はでとぞ思ふ 玉限る 立歸るべき 昔為らねば
源俊賴朝臣
1131 堀河院に百首歌奉ける時
古を 思出るの 悲しきは 無けども空に 知人ぞ無き
藤原基俊
1132 成尋、宋朝に渡侍りにけるを歎きて詠侍ける
歎きつつ 我身は無きに 成果てぬ 今は此世を 忘にしかな
成尋法師母
1133 述懷之心を詠侍ける
思出て 夜は徹に 音をぞ泣く 在し昔の 世世古事
鎌倉右大臣 源實朝
1134 【○承前。侍詠述懷之趣。】
世に經れば 憂言葉の 數每に 絕えず淚の 露ぞ置きける
鎌倉右大臣 源實朝
1135 百首歌中に、述懷
並べて世の 習と人や 思ふらむ 憂しと言ひても 餘る淚を
惟明親王
1136 題知らず
春日山 今一度と 尋來て 道見えぬ迄 降る淚哉
前大納言 藤原忠良
1137 【○承前。無題。】
春日山 如何に流れし 谷水の 末を冰の 閉果てつらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1138 【○承前。無題。】
四方海を 硯水に 盡すとも 我思ふ事 書きも遣られじ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1139 【○承前。無題。】
行末に 斯らむ身とも 知らずして 我垂乳根の 生し立てけむ
源師光
1140 年稚く侍ける時、始めて百首歌詠侍ける述懷歌
指離れ 三笠山を 出しより 身を知る雨に 濡れぬ日ぞ無き
前大僧正慈圓
1141 題知らず
斯許と 思出にし 世中に 何故留る 心為るらむ
大僧正行尊
1142 【○承前。無題。】
徒に 四十坂を 越えにけり 昔も知らぬ 眺めせし間に
僧正行意
1143 【○承前。無題。】
淚もて 誰か降りけむ 唐衣 立ちても居ても 濡るる袖哉
如願法師
1144 【○承前。無題。】
忍ぶるも 我が理と 言ひながら 然ても昔を 訪人ぞ無き
藤原光俊朝臣
1145 壽永頃ほひ、思ふ故や侍りけむ、人に遣しける
荒風 吹きやを止むと 待程に 本心の 滯りぬる
後德大寺左大臣 藤原實定
1146 右大臣に侍ける時、百首歌詠侍ける、述懷
古の 戀しき度に 思哉 然らぬ別は 異に憂かりけり
後法性寺入道前關白太政大臣 九條兼實
1147 述懷之心を詠侍ける
身果よ 如何に叶らむ 人知れぬ 心に恥る 心為らずば
左近中將 藤原公衡
1148 題知らず
然ても然は 住まば住むべき 世中に 人心の 濁果てぬる
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1149 【○承前。無題。】
然ても復 幾世かは經む 世中に 憂身一つの 置所無き
寂蓮法師
1150 文集、天可渡之心を詠侍ける
渡海の 潮干に立てる 澪標 人心ぞ 徵だに無き
藤原行能
1151 暫し世を遁れて、大原山飯室谷等に住渡侍ける頃、熊野御幸の御經供養の導師遁姿催し侍りて、都に出侍けるに、時雨のし侍りければ、橫河木蔭に立寄りて詠侍ける
諸共に 山邊を巡る 村時雨 然ても憂世に 降るぞ悲しき
法印聖覺
1152 題知らず
世中に 麻はあとなく 成りにけり 心儘の 蓬のみして
平泰時
1153 高倉院御時、傳奏せさする事侍けるに、書添へて侍ける
跡尋めて 古きを慕ふ 世為らなむ 今も在經ば 昔なるべし
西行法師 佐藤義清
1154 【○承前。高倉院御時,傳奏之際,侍添書。】
賴もしな 君君に坐す 時に逢ひて 心色を 筆に染めつる
西行法師 佐藤義清
1155 醍醐山に登りて、延喜御願寺を見て詠侍ける
名を留むる 世世之昔に 絕えねども 優れし跡ぞ 見るも畏き
中原師季
1156 內大臣に侍ける時、家百首歌に述懷之心を
河浪を 如何計らむ 舟人の 戶渡る梶の 跡は絕えねど
前關白 九條道家
1157 殿上人、述懷歌仕奉ける次に
繰返し 倭文苧環 幾度も 遠昔を 戀ひぬ日ぞ無き
御製 後堀河帝
1158 述懷之心を詠侍ける
如何樣に 契置きてし 三笠山 影靡く迄 月を見るらむ
內大臣 西園寺實氏
1159 定家少將に成侍りて月明夜悦申し侍けるを見侍りて朝に遣しける
三笠山 道踏始めし 月影に 今ぞ心の 闇は晴れぬる
權中納言 藤原定家母
1160 千五百番歌合に
影長けて 悔しかるべき 秋月 闇路近くも 成りやしぬらむ
二條院讚岐
1161 【○承前。千五百番歌合中。】
後世の 身を知る雨の 搔曇り 苔袂に 降らぬ日ぞ無き
二條院讚岐
1162 源為相、一臈藏人にて冠の程近成侍けるに詠侍ける
雲上の 鶴毛衣 脫棄てて 澤に年經む 程ぞ久しき
藤原道信朝臣
1163 頭中將に侍ける、宰相に成りて、內より出侍りて、尚侍許に遣しける
織來つる 雲上のみ 戀しくて 天空為る 心地こそすれ
謙德公 藤原伊尹
1164 藏人にて冠給はりて、「如何思ふ?」と仰事侍りければ
年經ぬる 雲居離れて 蘆鶴の 如何なる澤に 住まむとすらむ
藤原相如
1165 聞召して仰せられ侍ける
葦鶴の 雲上にし 馴れぬれば 澤にすむとも 歸らざらめや
圓融院御製
1166 行幸に參りて、大將にて年久しく成りぬる事を、心中に思續侍ける
忘れめや 正使を 先立てて 渡る御橋に 匂橘
內大臣 西園寺實氏
1167 老後、年久しく沉侍りて、計らざる外に官給はりて、外記祭事に參りて出侍けるに
治まれる 民司の 御調物 二度聞くも 命也けり
權中納言 藤原定家
1168 關白左大臣家百首歌詠侍ける、眺望歌
百敷の 外重を出る 宵宵は 待たぬに向ふ 山端月
權中納言 藤原定家
1169 建保四年百首歌奉けるに
嬉しさも 包みなれにし 袖に又 果ては餘りの 身をぞ恨むる
參議 飛鳥井雅經
1170 日吉社にて、述懷之心を詠侍ける
逢坂の 木綿附鳥も 我が如や 越行く人の 跡に鳴くらむ
正三位 藤原知家
1171 曉歌とて詠侍ける
微睡迄 物思ふ宿の 長夜は 鳥音許 嬉しきは無し
前中納言 大江匡房
1172 【○承前。侍詠曉歌。】
鐘音を 何とて昔 恨みけむ 今は心も 明方空
按察使 四條隆衡
1173 【○承前。侍詠曉歌。】
身上に 降行く霜の 鐘音を 聞き驚かぬ 曉ぞ無き
參議 飛鳥井雅經
1174 【○承前。侍詠曉歌。】
曉の 鐘ぞ哀を 打添ふる 憂世夢の 覺むる枕に
藤原宗經朝臣
1175 遠鐘幽と云へる心を
初瀨山 嵐道の 遠ければ 至り至らぬ 鐘音哉
入道二品親王道助
1176 曉述懷之心を詠侍ける
思事 未盡果てぬ 長夜の 寢覺にまくる 鐘音哉
正三位 藤原家隆
1177 【○承前。侍詠曉述懷之趣。】
身憂さを 思續けぬ 曉に 置くらむ露の 程を知らばや
法印覺寬
1178 題知らず
何と無く 朽木杣の 山下し 下す日暮は 音ぞ泣かれける
源俊賴朝臣
1179 【○承前。無題。】
熟熟と 虛しき空を 眺めつつ 入相鐘に 濡るる袖哉
寂然法師
1180 【○承前。無題。】
熟熟と 暮るる空こそ 悲しけれ 明日も聞くべき 鐘音かは
法橋行賢
1181 【○承前。無題。】
明日も有りと 思心に 謀られて 今日を空しく 暮しつる哉
前參議 藤原俊憲
1182 【○承前。無題。】
明日も有らば 今日をも如是や 思出む 昨日暮ぞ 昔也ける
源光行
1183 家五十首歌、閑中燈
玆のみと 伴ふ影も 小夜更けて 光ぞ薄き 窗灯
入道二品親王道助
1184 【○承前。家五十首歌,閑中燈。】
長夜の 夢路絕行く 窗中に 猶殘りける 秋灯
從三位 藤原範宗
1185 述懷歌中に詠侍ける
集來し 螢も雪も 年經れど 身をば照らさぬ 光也けり
侍從 堀川具定
1186 方磬を打侍けるが、老後、廢れて覺侍らざりければ詠める
更けにける 我世程の 悲しきは 鐘聲さへ 打忘れつつ
上西門院武藏
1187 題知らず
月影を 心中に 待程は 上空為る 眺めをぞする
相模
1188 【○承前。無題。】
霜冰る 冬河瀨に 居る鴛鴦の 上下物を 思はず欲得
相模
1189 【○承前。無題。】
難波潟 葦間冰 消ぬが上に 雪降重ぬ 面白身や
源俊賴朝臣
1190 【○承前。無題。】
流葦の 憂事をのみ 三島江に 跡留むべき 心地こそせね
源俊賴朝臣
1191 僧正圓玄、病に沈みて久しく侍ける時、詠侍ける
法道 教へし山は 霧籠めて 踏見し跡に 猶や迷はむ
權大僧都經圓
1192 文治頃ほひ、父の千載集撰侍りし時、定家許に遣はすとて詠侍ける
我が深く 苔下迄 思置く 埋もれぬ名は 君や殘さむ
尊圓法師
1193 同時詠侍ける
搔集る 神路山の 木葉の 空しく朽ちむ 跡ぞ悲しき
荒木田成長
1194 壽永二年、大方世靜かならず侍りし頃、詠置きて侍ける歌を、定家許に遣はすとて、裹紙に書付けて侍りし
流れての 名だにも止れ 逝水の 哀儚き 身は消えぬとも
平行盛
1195 題知らず
和歌浦に 知られぬ海人の 藻鹽草 荒許に 朽や果てなむ
法眼宗圓
1196 【○承前。無題。】
藻鹽草 搔置く跡や 如何為らむ 我身に寄らむ 和歌浦浪
行念法師
1197 西行法師、自歌を歌合に番侍りて、判詞誂侍けるに、書添へて遣しける
契置きし 契上に 添置かむ 和歌浦路の 海人藻鹽木
皇太后宮大夫 藤原俊成
1198 返し
和歌浦に 汐木重ぬる 契をば 掛ける焚藻の 跡にてぞ見る
西行法師 佐藤義清
1199 源氏物語を書きて、奧に書付けられて侍ける
果もなき 鳥跡とは 思ふとも 我が末末は 哀とも見よ
從一位 源麗子
1200 題知らず
春や來る 花や咲くとも 知らざりき 谷底なる 埋木身は
和泉式部
1201 【○承前。無題。】
春や往にし 秋やは來らむ 覺束無 陰の朽木と 世を過ぐす身は
紀貫之
1202 歎事侍ける時、述懷歌
數為らば 春を知らまし 深山木の 深くや苔に 埋果てなむ
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1203 【○承前。侍歎事時,述懷歌。】
曇無き 星光を 仰ぎても 過たぬ身を 猶ぞ疑ふ
後京極攝政前太政大臣 九條良經
1204 獨述懷侍ける歌
山は裂け 海は褪せなむ 世也とも 君に二心 我が有らめやも
鎌倉右大臣 源實朝