新敕撰和歌集 卷十四 戀歌四
0861 題知らず
夕去れば 君來坐さむと 待し夜の 名殘ぞ今も 寢難にする
柿本人丸 柿本人麻呂
0862 【○承前。無題。】
足引の 山下風は 吹かねども 君が來ぬ夜は 豫て寒しも
柿本人丸 柿本人麻呂
0863 【○承前。無題。】
來ぬ人を 待つと眺めて 我宿の 何どか此暮 悲しかるらむ
小野小町
0864 【○承前。無題。】
賴まじと 思はむとては 如何為む 夢より外に 逢夜無ければ
小野小町
0865 【○承前。無題。】
忘れなむと 思ふ心の 悲しきは 憂きも憂からぬ 物にぞ有りける
在原滋春
0866 【○承前。無題。】
然りともと 思ふらむこそ 悲しけれ 有るにも非ぬ 身を知らずして
佚名 讀人知らず
0867 女に遣しける
思へばや 下結紐の 解けつらむ 我をば人の 戀し物故
謙德公 藤原伊尹
0868 題知らず
時雨つつ 色增行く 草よりも 人心ぞ 枯れにけらしな
延喜御製 醍醐帝
0869 【○承前。無題。】
武藏野の 野中を分けて 摘始めし 若紫の 色は限りか
九條右大臣 藤原師輔
0870 【○承前。無題。】
梓弓 末野原に 鳥狩する 君が弓弦の 絕えむと思へや
佚名 讀人知らず
0871 【○承前。無題。】
梓弓 引きみ引かずみ 昔より 心は君に 寄りにし物を
佚名 讀人知らず
0872 【○承前。無題。】
伊勢海人の 朝な夕なに 潛く云ふ 鰒貝の 片思ひして
佚名 讀人知らず
0873 【○承前。無題。】
木綿疊 白月山の 真葛 後も必ず 逢はむとぞ思ふ
佚名 讀人知らず
0874 【○承前。無題。】
逢坂の 關は夜こそ 守增れ 暮るるを何どて 我賴むらむ
佚名 讀人知らず
0875 女に遣しける
淺くこそ 人は見るとも 關河の 絕ゆる心は 非じとぞ思ふ
兵部卿 元良親王
0876 返し
關川の 岩間を潛る 水を淺み 絕えぬべくのみ 見ゆる心を
平中興女
0877 題知らず
櫻麻の 麻生下草 露しあらば 明して行かむ 親は知るとも
佚名 讀人知らず
0878 【○承前。無題。】
露霜の 上とも知らじ 武藏野の 我は紫の 草葉為らねば
佚名 讀人知らず
0879 【○承前。無題。】
今はとて 忘るる草の 種をだに 人心に 任せず欲得
佚名 讀人知らず
0880 【○承前。無題。萬葉集2643。】
玉鉾の 道行疲れ 稻莚 頻ても人を 見由欲得
玉桙華道兮 路行力疲欲稍歇 手執稻蓆而 敷之席地有所思 欲得與人頻逢由
人丸 柿本人麻呂
0881 【○承前。無題。萬葉集0709。】
夕去れば 道辿辿し 月待ちて 歸れ我背子 其間にも見む
夕去宵闇者 行路辿辿渺難探 還願待月昇 照臨路途後歸行 其間欲詳觀兄子
佚名 讀人知らず
0882 【○承前。無題。萬葉集0488。】
君待つと 我戀居れば 我宿の 簾動かし 秋風ぞ吹く
待君來幸者 吾慕居宿長相思 屋戶簾蟹動 以為所歡來訪矣 竟是秋風吹蕭瑟
額田王
0883 【○承前。無題。】
脆くとも 去來白露に 身を為して 君が邊の 草に消えなむ
壬生忠岑
0884 【○承前。無題。】
侘びぬれば 今はと物を 思へども 心知らぬは 淚也けり
凡河內躬恒
0885 采女待ちにて、右近司曹司に罷出る人を待侍けるに、行過ぎながら立寄らざりければ
三笠山 來ても訪はれぬ 道邊に 辛き行手の 影ぞ強面き
采女明日香
0886 后宮御方に候ひける時、里に出侍るとて、九條右大臣、頭少將に侍けるに遣しける
逢見ずは 契りし程に 思出よ 添へつる玉を 身にも花蓼
右近
0887 清慎公、少將に侍ける時遣しける
戀しさの 外に心の 有らばこそ 人の忘るる 身をも恨みめ
式部卿敦慶親王家大和
0888 忍びて物思侍ける時
露繁き 草袂を 枕にて 君待つ蟲の 音をのみぞ鳴く
孚子內親王
0889 【○承前。竊侍物思時所詠。】
身上も 人心も 知らぬ間は 事ぞとも無き 音をのみぞ鳴く
中務
0890 【○承前。竊侍物思時所詠。】
在しより 亂增りて 海人刈る 物思ふ身とも 君は知らじな
中務
0891 題知らず
風吹けば 空に漂ふ 雲よりも 浮きて亂るる 我が心哉
二條太皇太后宮大貳
0892 【○承前。無題。】
非じかし 此世外を 尋ぬとも 泪袖に 掛かる類は
二條太皇太后宮大貳
0893 堀河院に艷書歌召しける時
人知れぬ 袖ぞ露けき 逢事の 枯のみ增さる 山蔭草
周防內侍 平仲子
0894 返し
奧山の 下蔭草は 枯れやする 軒端にのみは 己なりつつ
大納言 藤原忠教
0895 同艷書とて詠侍ける
三島江の 假初にさへ 真菰草 結手に餘る 戀もする哉
權中納言 藤原俊忠
0896 百首歌詠侍ける、名所戀
淚川 水沫を袖に 堰兼ねて 人の憂瀨に 朽ちや果てなむ
前關白 九條道家
0897 【○承前。侍詠百首歌,名所戀。】
憂しと思ふ 物辛濡るる 袖裏 左右にも 浪や立つらむ
前關白 九條道家
0898 題知らず
干侘びぬ 海人苅藻に 鹽垂れて 我から濡るる 袖裏浪
侍從源具定母 藤原俊成女
0899 【○承前。無題。】
海人刈る 海松を逢ふにて 在しだに 今は渚に 寄せぬ浪哉
前大納言 藤原隆房
0900 後法性寺入道前關白家百首歌詠侍けるに
見る儘に 人心は 軒端にて 我のみ繁る 忘草哉
宜秋門院丹後
0901 【○承前。侍詠後法性寺入道前關白家百首歌。】
忘る莫よ 忘れじとこそ 賴めしか 我やは言ひし 君ぞ契りし
俊惠法師
0902 逢不遇戀之心を
目前に 變る心を 白露の 消えば共にと 何思ひけむ
二條院讚岐
0903 題知らず
忘る莫よ 消えば共にと 云置きし 末野草に 結ぶ白露
入道前太政大臣 西園寺公經
0904 【○承前。無題。】
我戀は 逢はで布留野の 小笹原 幾夜迄とか 霜置くらむ
鎌倉右大臣 源實朝
0905 【○承前。無題。】
辿りつつ 分くる袂に 懸けてけり 行きも慣らはぬ 道芝露
前大納言 藤原隆房
0906 【○承前。無題。】
花薄 穗にだに戀ひぬ 我仲の 霜置野邊と 成りにける哉
寂蓮法師
0907 【○承前。無題。】
長月の 時雨に濡れぬ 言葉も 變る習の 色ぞ悲しき
藤原行能朝臣
0908 【○承前。無題。】
問へかしな 時雨るる袖の 色に出て 人心の 秋になる身を
宮內卿
0909 【○承前。無題。】
吹くからに 身にぞ沁みける 君はさは 我をや秋の 木枯風
八條院高倉
0910 【○承前。無題。】
我妹子を 片待つ宵の 秋風は 荻上葉を 戰て吹かなむ
俊惠法師
0911 秋戀と云ふ心を詠侍ける
萩上の 雁淚を 託つとも 戀に色濃き 袖や見ゆらむ
入道前太政大臣 西園寺公經
0912 【○承前。侍詠秋戀之趣。】
紅葉為ぬ 山にも色や 現れむ 時雨に勝る 戀淚を
入道前太政大臣 西園寺公經
0913 【○承前。侍詠秋戀之趣。】
諸人の 袖迄染めよ 龍田姬 餘所千入を 類とも見む
內大臣 西園寺實氏
0914 題知らず
慣れ慣れて 秋に扇を 置露の 色も恨めし 閨月影
侍從源具定母 藤原俊成女
0915 【○承前。無題。】
月草の 移ふ色の 深ければ 人心の 花ぞ萎るる
中宮但馬
0916 【○承前。無題。】
面影は 猶有明の 月草に 濡れて移ふ 袖朝露
藤原教雅朝臣
0917 【○承前。無題。】
白妙の 我衣手を 片敷きて 獨や寢なむ 妹を戀ひつつ
藤原資季朝臣
0918 戀歌數多詠侍けるに
思ひきや 未衷若き 初草の 秋をも待たで 枯れむ物とは
民部卿 藤原成範
0919 【○承前。侍詠數多戀歌。】
問へかしな 淺茅吹越す 秋風に 獨碎くる 露枕を
侍從源具定母 藤原俊成女
0920 【○承前。侍詠數多戀歌。】
縱然らば 茂りも果てね 徒人の 稀なる跡の 庭蓬生
法印幸清
0921 【○承前。侍詠數多戀歌。】
恨侘び 思絕えても 止みなまし 何面影の 忘形見ぞ
寂蓮法師
0922 【○承前。侍詠數多戀歌。】
死なばやと 徒にも云はじ 後世は 面影だにも 添はじと思へば
俊惠法師
0923 【○承前。侍詠數多戀歌。】
契りしに 變る恨も 忘られて 其面影は 猶止る哉
左近中將 藤原公衡
0924 【○承前。侍詠數多戀歌。】
世憂さや 聞來ざらむ 面影は 巖中に 置くれしもせじ
前大納言 藤原忠良
0925 題知らず
大空に 戀しき人も 宿らなむ 眺むるをだに 形見と思はむ
御形宣旨
0926 【○承前。無題。】
見えもせむ 見もせむ人を 朝每に 置きては向ふ 鏡と欲得
和泉式部
0927 【○承前。無題。】
塵居る 物と枕は 成りにけり 何為にか 打ちも拂はむ
和泉式部
0928 九條太政大臣中將に侍ける時、絕侍りて後、枕に松描きたるを見侍りて
心には 忍ぶと思ふを 敷妙の 枕にてこそ 松は見えけれ
權中納言藤原定賴母
0929 亭子院に奉ける
偶然に 稀なる人の 手枕は 夢かとのみぞ 誤たれける
藤原恒興女
0930 女に遣しける
片時も 忘れやはする 辛かりし 心の更に 類無ければ
藤原高光
0931 題知らず
片敷の 衣を狹み 亂れつつ 猶裹まれぬ 袖白玉
藤原惟成
0932 【○承前。無題。】
逢事を 玉緒にする 身にしあれば 絕ゆるを如何 哀と思はむ
和泉式部
0933 【○承前。無題。】
緒を弱み 亂れて落つる 玉とこそ 淚も人の 目には見ゆらめ
和泉式部
0934 【○承前。無題。】
逢事を 今は限と 思へども 淚は絕えぬ 物にぞ有ける
佚名 讀人知らず
0935 【○承前。無題。】
縱然らば 戀しき事を 忍びみて 耐へずは耐へぬ 命と思はむ
佚名 讀人知らず
0936 【○承前。無題。】
梓弓 引津邊なる 勿告藻の 誰憂物と 知らせ始めけむ
佚名 讀人知らず
0937 【○承前。無題。】
別れての 後ぞ悲しき 淚川 底も現に 成りぬと思へば
佚名 讀人知らず
0938 【○承前。無題。萬葉集4458。】
鳰鳥の 息長川は 絕えぬとも 君に語らふ 言盡きめやは
鸊鷉鳰鳥兮 縱然天野息長川 或有涸絕日 然吾與君所相語 字句豈有言盡時
佚名 讀人知らず
0939 【○承前。無題。】
行舟の 跡無き浪に 混りなば 誰かは水の 泡とだに見む
佚名 讀人知らず
0940 【○承前。無題。萬葉集2550。】
立ちて思ひ 居てもぞ思ふ 紅の 赤裳垂引き 去にし姿を
三界如火宅 坐立難安念伊人 心思之所懸 身披艷紅赤裳而 拖曳離去彼光儀
佚名 讀人知らず
0941 【○承前。無題。】
吳竹の 茂くも物を 思哉 一夜隔つる 節辛さに
佚名 讀人知らず