新敕撰和歌集 卷十三 戀歌三
0783 今日と賴めける女に遣しける
大井河 井堰に淀む 水為れや 今日暮難き 歎きをぞする
藤原實方朝臣
0784 女に遣しける人に代りて詠侍ける
越えばやな 東路と聞く 常陸帶の 託言許の 逢坂關
郁芳門院安藝
0785 百首歌召しける時
戀戀て 賴むる今日の 吳機織 生憎に待つ 程ぞ久しき
崇德院御製
0786 後法性寺入道前關白家に百首歌詠侍ける、初逢戀
思侘び 命絕えずば 如何にして 今日と賴むる 暮を待たまし
皇太后宮大夫 藤原俊成
0787 【○承前。於後法性寺入道前關白家侍詠百首歌,初逢戀。】
嬉しきも 辛きも同じ 淚にて 逢夜も袖は 猶ぞ乾かぬ
皇嘉門院別當
0788 法性寺入道前關白家歌合に
且見れど 猶ぞ戀しき 我妹子が 齋爪櫛 如何插さまし
藤原基俊
0789 題知らず
悲しきも 哀も伉 多かるを 人に振るさぬ 言葉欲得
謙德公 藤原伊尹
0790 【○承前。無題。】
人目漏る 山井清水 結びても 猶飽か無くに 濡るる袖哉
京極前關白家肥後
0791 後朝之心を
後朝に 成るとも聞かぬ 鳥だにも 明行く程ぞ 聲も惜しまぬ
土御門內大臣 源通親
0792 【○承前。詠後朝之心。】
逢事を 又は待つ夜も 無き物を 哀も知らぬ 鳥聲哉
八條院高倉
0793 家に百首歌詠ませ侍けるに
名にし負はぬ 木綿附鳥の 鳴初めて 明くる別の 聲も恨めし
關白左大臣 九條教實
0794 【○承前。於家侍詠百首歌。】
己が音に 辛き別は 有りとだに 思ひも知らで 鳥や鳴くらむ
中宮少將 藻璧門院少將
0795 【○承前。於家侍詠百首歌。】
歸途を 己恨みぬ 鳥音も 鳴きてぞ告ぐる 明方空
源有長朝臣
0796 戀歌詠侍ける中に
憂かりける 誰が逢事の 習ひより 木綿付鳥の 音に別れけむ
權大納言 衣笠家良
0797 有明頃、物越しに逢ひたる人に遣しける
明方に 出でにし月も 入りぬらむ 猶中空の 雲ぞ亂るる
相模
0798 陽成院歌合に
惜しと思ふ 命に替て 曉の 別道を 如何で留めむ
佚名 讀人知らず
0799 題知らず
明けぬとて 千鳥繁鳴く 白妙の 君が手枕 未だ飽か無くに
佚名 讀人知らず
0800 家歌合に
忘れじの 契を賴む 別哉 空行く月の 末を數へて
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0801 曉戀之心を詠侍けるに
狹莚に 露儚く 置きて去なば 曉每に 消えや渡らむ
鎌倉右大臣 源實朝
0802 戀歌詠侍けるに
忘れじの 唯一言を 形見にて 行くも留るも 濡るる袖哉
八條院高倉
0803 【○承前。侍詠戀歌。】
等閑の 袖別の 一言を 儚く賴む 今日暮哉
內大臣 西園寺實氏
0804 【○承前。侍詠戀歌。】
契置く 知らぬ命を 恨みても 曉懸けて 音をのみぞ鳴く
權大納言 坊門忠信
0805 【○承前。侍詠戀歌。】
今はとて 別れし儘の 鳥音を 忘形見の 東雲空
左近中將 近衛基良
0806 前關白家歌合に、寄鳥戀と云へる心を詠侍ける
曉の 木綿付鳥も 白露の 置きて悲しき 例にぞ鳴く
中宮少將 藻璧門院少將
0807 千五百番歌合に
暮れなばと 賴めても猶 朝露の 置堪へぬ床に 消えぬべき哉
侍從源具定母 藤原俊成女
0808 堀河院に百首歌奉ける時、後朝戀
杣河の 瀨瀨白浪 寄るながら 明けずば何か 暮を待たまし
京極前關白 九條道家家肥後
0809 後法性寺入道前關白家百首歌
戶無瀨川 岩間に立たむ 筏士や 浪に濡れても 暮を待つらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0810 二條院に百首歌奉ける時、後朝戀
逢見ても 歸る旦の 露けさは 笹分けし袖に 劣りしも為じ
太宰大貳 藤原重家
0811 關白左大臣家百首歌、後朝戀
後朝の 辛き例に 誰なりて 袖別を 許初めけむ
源家長朝臣
0812 別戀と云ふ心を詠める
逢坂の 木綿付鳥も 別路を 憂物とてや 鳴き初めけむ
法印幸清
0813 懇切戀と云ふ心を詠侍ける
如何に為む 暮を待つべき 命だに 猶賴まれぬ 身を歎きつつ
藤原隆祐
0814 題知らず
消返り 暮待つ袖ぞ 萎れぬる 置きつる人は 露ならねども
西行法師 佐藤義清
0815 【○承前。無題。】
現とも 夢とも無くて 明けにけり 今朝思は 誰勝るらむ
佚名 讀人知らず
0816 【○承前。無題。】
現とも 夢とも誰か 定むべき 世人も知らぬ 今朝別は
權大納言 藤原實國
0817 女許より歸りて遣しける
露よりも 如何なる身とか 成りぬらむ 置所無き 今朝心地は
謙德公 藤原伊尹
0818 題知らず
逢見ても 包む思の 悲しきは 人間にのみぞ 音は無かれける
伊勢
0819 【○承前。無題。】
東雲の 明來れば 君は忘れけり 何時とも判ぬ 我ぞ悲しき
中納言 藤原兼輔
0820 【○承前。無題。】
白露の 置くを待間の 朝顏は 見ずぞ中中 有るべかりける
源宗于朝臣
0821 女許より歸りて遣しける
我為らで 下紐解く莫 朝顏の 夕影待たぬ 花にはありとも
在原業平朝臣
0822 題知らず
飽かでのみ 經れば成りけり 逢はぬ夜も 逢夜も人を 哀とぞ思ふ
延喜御製 醍醐帝
0823 朝に遣しける
戀と云へば 世常のとや 思ふらむ 今朝之心は 類だに無し
太宰帥 敦道親王
0824 返し
世常の 事とも更に 思ほえず 始めて物を 思ふ身為れば
和泉式部
0825 題知らず
夢にだに 見で明しつる 曉の 戀こそ戀の 限也けれ
和泉式部
0826 【○承前。無題。】
鳥音に 急出でにし 月影の 殘多くて 明けし空哉
謙德公 藤原伊尹
0827 家歌合に、夜戀之心を
見し人の 寢く垂髮の 面影に 淚搔遣る 小夜手枕
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0828 晝戀
雲となり 雨となる云ふ 半空の 夢にも見えよ 夜為らずとも
大藏卿 藤原有家
0829 戀歌とて詠侍ける
轉寢の 儚き夢の 覺めしより 夕雨を 見るぞ悲しき
中納言 平親宗
0830 後京極攝政家百首歌詠侍けるに
雲となり 雨と成りても 身に添はば 空しき空を 形見とや見む
小侍從
0831 【○承前。後京極攝政家侍詠百首歌時。】
如何なりし 時ぞや夢に 見し事は 其さへにこそ 忘られにけれ
小侍從
0832 戀歌とて詠侍ける
君戀ふと 夢中にも 泣淚 覺めての後も 得こそ乾かね
從三位 源賴政
0833 【○承前。侍詠戀歌。】
如何にして 覺めし名殘の 儚さぞ 復も見ざりし 夜半夢哉
藤原清輔朝臣
0834 久安百首歌奉ける戀歌
夢如 見しは人にも 語らぬに 如何に違へて 逢はぬ成るらむ
堀川
0835 百首歌奉ける戀歌
見ると無き 闇現に 在所離て 打寢る中の 夢や絕えなむ
前關白 九條道家
0836 【○承前。百首歌奉戀歌。】
我心 闇現は 甲斐も無し 夢をぞ賴む 暮るる夜每に
權大納言 坊門忠信
0837 題知らず
然りともと 賴むも悲し 烏玉の 闇現の 契許を
藤原永光
0838 師光歌合し侍けるに、戀心を詠める
戀死なむ 後憂世は 知らねども 生きて甲斐無き 物は思はじ
藤原隆信朝臣
0839 後法性寺入道前關白家百首歌
曉の 鳥ぞ思へば 恥かしき 一夜許に 何厭ひけむ
俊惠法師
0840 題知らず
玉緒の 絕えて短き 夏夜の 夜半に成る迄 待つ人來ぬ
佚名 讀人知らず
0841 【○承前。無題。】
問へかしな 怪しき程の 夕暮の 哀過ぐさぬ 情許に
二條院皇太后宮常陸
0842 【○承前。無題。】
忘れじの 契違はぬ 世也せば 賴みやせまし 君が一言
建禮門院右京大夫
0843 內に侍ける人の、「今宵は必ず。」と申しける返事に遣しける
是も亦 偽ぞとは 知りながら 懲りずや今日の 暮を待たまし
高松院右衛門佐
0844 戀歌詠侍けるに
偽と 思取られぬ 夕こそ 儚きものの 悲しかりけれ
中宮少將 藻璧門院少將
0845 百首歌召されける時
淚堰く 袖に思や 餘るらむ 眺むる空も 色變る迄
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0846 【○承前。召百首歌時。】
浮舟の 恃も知らぬ 浪路にも 見し面影の 絕たぬ日ぞ無き
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0847 【○承前。召百首歌時。】
我妹子が 玉藻床に 寄浪の 寄るとは無しに 干さぬ袖哉
式子內親王
0848 建保六年內裏歌合、戀歌
松島や 我身潟に 燒鹽の 煙末を 訪人欲得
前內大臣 源通光
0849 【○承前。建保六年內裏歌合,戀歌。】
來ぬ人を 松尾浦の 夕凪に 燒くや藻鹽の 身も焦れつつ
權中納言 藤原定家
0850 題知らず
戀をのみ 須磨汐干に 玉藻刈る 餘りに別樣 袖莫濡らしそ
權中納言 藤原長方
0851 【○承前。無題。】
心から 我身越す浪 浮沉み 恨みてぞ振る 八重の汐風
正三位 藤原家隆
0852 【○承前。無題。】
賴めつつ 來ぬ夜積りの 恨みても 待つより外の 慰めぞ無き
平忠度朝臣
0853 【○承前。無題。】
漕返る 袖湊の 海人小舟 里標を 誰か教へし
源家長朝臣
0854 【○承前。無題。】
石見潟 浪路隔てて 行船の 餘所に焦るる 海人藻鹽火
真昭法師
0855 百首歌奉けるに、二見浦を詠侍ける
我戀は 逢夜も知らず 二見潟 明暮袖に 浪ぞ掛けける
正三位 藤原家衡
0856 題知らず
白真弓 磯邊山の 松色の 常磐に物を 思頃哉
鎌倉右大臣 源實朝
0857 內大臣に侍ける時、家に百首歌詠侍けるに、名所戀と云ふ心を
邂逅に 逢坂山の 真葛 來るを絕えずと 誰か賴まむ
前關白 九條道家
0858 【○承前。侍內大臣時,於家奉詠百首歌之際,詠名所戀之趣。】
武藏野や 人心の 朝露に 貫留めぬ 袖白玉
前關白 九條道家
0859 【○承前。侍內大臣時,於家奉詠百首歌之際,詠名所戀之趣。】
暮るる夜は 衞士焚火を 其と見よ 室八島も 都為らねば
權中納言 藤原定家
0860 【○承前。侍內大臣時,於家奉詠百首歌之際,詠名所戀之趣。】
岩上に 浪越す阿倍の 島鳥 憂名に濡れて 戀つつぞ經る
正三位 藤原家隆