新敕撰和歌集 卷十二 戀歌二
0708 寬平御時后宮歌合歌
夏蟲に 非ぬ我身の 由緣も無く 人を思火に 燃ゆる頃哉
佚名 讀人知らず
0709 【○承前。寬平御時后宮歌合歌。】
夏草の 茂き思火は 蚊遣火の 下にのみこそ 燃渡りけれ
讀人知らず
0710 【○承前。寬平御時后宮歌合歌。】
年を經て 燃ゆ云ふ富士の 山よりも 逢はぬ思は 我ぞ勝れる
讀人知らず
0711 下臈に侍ける時、女に遣しける
誰にかは 數多思ひも 付け始めし 君より又は 知らずぞ有ける
清慎公 藤原實賴
0712 題知らず
山川の 霞隔てて 髣髴にも 見し許にや 戀しかるらむ
伊勢
0713 【○承前。無題。】
深山木の 蔭小草は 我為れや 露繁けれど 知る人も無き
伊勢
0714 女を見て遣しける
譬ふれば 露も久しき 世中に 甚如此物を 思はず欲得
謙德公 藤原伊尹
0715 返し
明る間も 久し云ふなる 露世は 假にも人を 知らじとぞ思ふ
褰帳女王
0716 神無月朔日に女に遣しける
歎きつつ 返す衣の 露けきに 甚空さへ 時雨添ふらむ
東三條入道攝政太政大臣 藤原兼家
0717 題知らず
庭潦 行方知らぬ 物思に 儚き泡の 消えぬべき哉
本院侍從
0718 【○承前。無題。】
年をへて 物思ふ人の 唐衣 袖や淚の 留りなるらむ
藤原道信朝臣
0719 【○承前。無題。萬葉集2791。】
片絲以て 貫きたる玉の 緒を弱み 亂やしなむ 人知るべく
洽猶以單絲 一縷所貫珠玉者 緒弱繩將絕 散落狂亂失心性 難隱慕情人將知
佚名 讀人知らず
0720 【○承前。無題。】
戀侘びぬ 海人の苅藻に 宿る云ふ 我から身をも 碎きつる哉
佚名 讀人知らず
0721 【○承前。無題。】
筏下す 杣山川の 水馴棹 指してくれども 逢はぬ君哉
佚名 讀人知らず
0722 【○承前。無題。萬葉集2645。】
宮木引く 泉杣に 立民の 休む時も無く 戀渡る哉
我猶曳宮材 木津泉川杣場間 徭役民所如 一時片刻無歇時 隨時戀君渡終日
佚名 讀人知らず
0723 【○承前。無題。萬葉集3089。】
遠人 狩道池に 棲鴦の 立ちても居ても 君をしぞ思ふ
遙遙遠人兮 飛雁巡來獵道池 棲鴦之所如 坐立不安心忐忑 胸懷滿溢總念君
佚名 讀人知らず
0724 【○承前。無題。】
朝柏 寢るや河邊の 東雲の 思ひてぬれば 夢に見えつつ
佚名 讀人知らず
0725 【○承前。無題。萬葉集2267。】
小壯鹿の 朝伏す小野の 草若み 隱ろへ兼ねて 人に知らるな
其猶小壯鹿 所以朝伏小野之 草稚未深故 不得隱匿之所如 為人所知天下悉
佚名 讀人知らず
0726 【○承前。無題。】
白山の 雪下草 我為れや 下に萌えつつ 年經ぬらむ
佚名 讀人知らず
0727 【○承前。無題。萬葉集0694。】
戀草を 力車に 七車 摘みて戀ふらく 我心から
戀草除不盡 積於力車滿七車 繁茂盛如此 吾戀猶彼荷雖重 然寔由衷甘如飴
廣河女王
0728 【○承前。無題。】
富士嶺に 煙絕えずと 聞きしかど 我が思火には 立後れけり
九條右大臣 藤原師輔
0729 無名立ち侍ける女に遣しける
潮垂るる 海人濡衣 同名を 思返さで 著由欲得
權中納言 藤原敦忠
0730 由緣無かりける女に遣しける
狹衣の 褄も結ばぬ 玉緒の 絕えみ絕えずみ 世をや盡さむ
右近大將 藤原道綱
0731 題知らず
逢坂の 名をば賴みて 來しかども 隔つる關の 辛くも有哉
佚名 讀人知らず
0732 【○承前。無題。】
君に逢はむ 其日を何時と 松木の 苔亂れて 物をこそ思へ
佚名 讀人知らず
0733 【○承前。無題。】
如何許 物思ふ時の 淚川 唐紅に 袖濡るらむ
佚名 讀人知らず
0734 秋と契りて侍けるに、得逢ふまじき故侍りければ、業平朝臣に遣しける
秋掛けて 云ひし乍も 有ら無くに 木葉降敷く 江にこそ有けれ
佚名 讀人知らず
0735 兵部卿元良親王、文遣しける返しに詠侍ける
貴くとも 何にかは為む 吳竹の 一夜二夜の 仇臥をば
修理
0736 堀河院、女房の艷書を召しけるに詠侍ける
辛しとも いさや如何は 石清水 逢瀨夙に 絕ゆる心は
堀河院中宮上總
0737 返し
世世經とも 絕えじとぞ思ふ 神垣や 岩根を潛る 水心は
大納言 源俊實
0738 久安百首歌奉ける、戀歌
手に取りて 搖く玉緒 絕えざりし 人許だに 逢見てしかな
大炊御門右大臣 德大寺公能
0739 【○承前。奉久安百首歌,戀歌。】
年經とも 猶岩代の 結松 解けぬ物故 人もこそ知れ
左京大夫 藤原顯輔
0740 堀河院に百首歌奉ける時
繰返し 天照神の 宮柱 立替ふる迄 逢はぬ君哉
權中納言 源國信
0741 戀歌詠侍けるに
住吉の 千木片削ぎ 我為れや 逢はぬ物故 年を經ぬらむ
藤原為忠朝臣
0742 建仁元年八月歌合に、久戀
待侘びて 三年も過ぐる 床上に 猶變らぬは 淚也けり
入道前太政大臣 西園寺公經
0743 殿上人、忍久戀と云へる心を仕奉ける次に
餘所にのみ 思ひふりにし 年月の 空しき數ぞ 積る甲斐無き
後堀河院御製
0744 建保五年四月庚申、久戀と云へる心を詠侍ける
戀死なぬ 身怠りぞ 年經ぬる 逢らば逢夜の 心強さよ
權中納言 藤原定家
0745 【○承前。建保五年四月庚申,侍詠久戀之趣。】
由緣無しと 誰をか言はむ 高砂の 松も厭ふも 年は經にけり
參議 飛鳥井雅經
0746 建保三年內大臣の家百首歌詠侍けるに名所戀と云へる心を詠める
高砂の 尾上に見ゆる 松葉の 我も由緣無く 人を戀ひつつ
源有長朝臣
0747 庚申久戀歌
徒に 幾年浪の 越えぬらむ 賴めか置きし 末松山
源家長朝臣
0748 【○承前。庚申久戀歌。】
徒に見し 人心の 木綿襷 然のみは如何 かけて賴まむ
如願法師
0749 題知らず
逢見ても 避らぬ別の 有物を 由緣無しとても 何歎くらむ
殷富門院大輔
0750 百首歌召しける時
愚にぞ 言葉為らば 成りぬべき 云はでや君に 袖を見せまし
崇德院御製
0751 【○承前。召百首歌時。】
前世の 契有りけむ と許も 身替へてこそ 人に知られめ
崇德院御製
0752 【○承前。召百首歌時。】
逢坂の 關之關守 心有れや 岩間清水 影をだに見む
權大納言 藤原隆季
0753 前關白家歌合に、寄鳥戀と云へる心を詠侍ける
餘所にのみ 木綿付鳥の 音をぞ鳴く 其名も知らぬ 關之往來に
典侍 藤原因子
0754 戀歌詠侍けるに
未越えぬ 逢坂山の 石清水 結ばぬ袖を 搾る物かは
殷富門院大輔
0755 【○承前。侍詠戀歌。】
如何に為む 戀路之末に 關据ゑて 行けども遠き 逢坂山
中宮少將 藻璧門院少將
0756 【○承前。侍詠戀歌。】
逢坂の 山は往來の 道なれど 許さぬ關は 其甲斐も無し
祝部成茂
0757 賀茂重保社頭にて歌合し侍けるに、戀心を詠める
戀路には 誰が据置きし 關為れば 思ふ心を 徹さざるらむ
勝命法師
0758 【○承前。侍賀茂重保社頭歌合時,詠戀心。】
戀路には 先づ先に立つ 我淚 思返らむ 標とも為れ
藤原伊經朝臣
0759 題知らず
伊勢海 逢恨を 重ねつつ 逢事無しの 身を如何に為む
權中納言 藤原長方
0760 【○承前。無題。】
逢海の 思はぬ浦に 漉す潮の 然ても文無く 立つ煙哉
寂蓮法師
0761 入道二品親王家五十首歌、寄煙戀
恨みじな 難波御津に 立つ煙 心から燒く 海人藻鹽火
參議 飛鳥井雅經
0762 【○承前。入道二品親王家五十首歌,寄煙戀。】
恨みても 我身潟に 燒鹽の 思火は著く 立つ煙哉
正三位 藤原知家
0763 關白左大臣家百首歌、忍戀
知らせばや 思ひ入江の 玉柏 舟指す棹の 下に焦ると
源家長朝臣
0764 戀歌詠侍けるに
數為らぬ 三島隱れに 漕船の 跡無き無は 思也けり
藤原行能朝臣
0765 【○承前。侍詠戀歌。】
春霞 棚無し小舟 入江漕ぐ 音にのみ聞く 人を戀ひつつ
寂蓮法師
0766 【○承前。侍詠戀歌。】
憂かりける 與謝浦浪 懸けてのみ 思ふに濡るる 袖見みせばや
殷富門院大輔
0767 崇德院御時、殿上人、忍戀歌仕奉けるに
我戀は 浪越す磯の 濱楸 沉果つれど 知る人も無し
皇太后宮大夫 藤原俊成
0768 堀河院御時、殿上にて題を探りて十首歌詠侍けるに、鹽釜を詠侍ける
恨むとも 君は知らじな 須磨浦に 燒鹽釜の 煙為らねば
權中納言 源國信
0769 家百首歌詠侍けるに、不逢戀之心を
我戀は 阿波手浦の 空貝 虛しくのみも 濡るる袖哉
後法性寺入道前關白太政大臣 九條兼實
0770 百首歌奉ける時、戀歌
石見潟 人心は 思ふにも 寄らぬ玉藻の 亂兼ねつつ
入道前太政大臣 西園寺公經
0771 後京極攝政家に百首歌詠ませ侍けるに、戀歌
磯菜摘む 海人標を 尋ねつつ 君を海松布に 浮く淚哉
高松院右衞門佐
0772 【○承前。於後京極攝政家侍詠百首歌,戀歌。】
夜と共に 乾く間も無き 我袖や 潮干も判ぬ 浪下草
藤原隆信朝臣
0773 題知らず
春浪の 入江に迷ふ 初草の 僅かに見えし 人ぞ戀しき
正三位 藤原家隆
0774 女に遣しける
人知れぬ 憂身に茂き 思草 思へば君ぞ 種は蒔きける
前大納言 藤原隆房
0775 女緣を尋ねて遣しける
傳へても 如何に知らせむ 同野の 尾花が本の 草緣に
左近中將 藤原公衡
0776 題を探りて歌詠侍けるに、思草を詠める
下にのみ 岩手古野の 思草 靡く尾花は 穗に出づれども
前中納言 藤原國道【藤原國通】
0777 戀心を詠侍ける
蓬草 萌ゆる伊吹の 山端の 何時とも判ぬ 心也けり
藤原賴氏朝臣
0778 百首歌詠侍けるに、不逢戀
何時迄か 由緣無き中の 思草 結ばぬ袖に 露を懸くべき
關白左大臣 九條教實
0779 百首歌奉ける時、戀歌
逢ふ迄と 草を冬野に 踏枯し 往來之道の 果てを知らばや
入道前太政大臣 西園寺公經
0780 【○承前。奉百首歌時,戀歌。】
御吉野の 水隈菅を 苅にだに 見ぬ物からや 思亂れむ
參議 飛鳥井雅經
0781 【○承前。奉百首歌時,戀歌。】
消えぬとも 淺茅上の 露し有らば 猶思置く 色や殘らむ
參議 飛鳥井雅經
0782 建保六年內裏歌合、戀歌
人目漏る 我之通路の 篠薄 何時とか待たむ 秋盛を
正三位 藤原知家