新敕撰和歌集 卷第八 羈旅歌
0494 太宰帥に侍りける時、府官等率ゐて香椎浦に遊侍りけるに詠める
去來や子等 香椎潟に 白妙の 袖さへ濡れて 朝菜摘みてむ
大納言 大伴旅人
0495 越中守に侍りける時、國司布勢湖に遊侍りける時、詠める
布勢海の 沖津白浪 蟻通 彌年端に 見つつ偲ばむ
中納言 大伴家持
0496 飛鳥川原の御時、近江に御幸侍りけるに詠侍ける
秋野に 尾花苅葺き 宿れりし 宇治都の 假庵しぞ思ふ
額田王
0497 芳野宮に御幸侍ける時
御吉野の 山下風の 寒けくに 將や今宵も 我が獨寢む
持統天皇御製
0498 慶雲三年、難波宮に御幸之日
葦邊行く 鴨之羽交ひに 霜降りて 寒夕の 事をしぞ思ふ
田原天皇御製 春日宮天皇 光仁天皇父
0499 題知らず
何處にか 我宿為む 高島の 勝野原に 此日暮しつ
佚名 讀人知らず
0500 【○承前。無題。】
苦しくも 降來る雨か 三輪崎 佐野渡に 家も有ら無くに
佚名 讀人知らず
0501 【○承前。無題。】
待乳山 夕越行きて 庵崎の 墨田河原に 獨かも寢む
辨基法師
0502 亭子院、宮瀧御覽じに御座しける御供に仕奉て、日暮野と云ふ所を詠侍ける
日暮野 行過ぎぬとも 甲斐も有らじ 紐解く妹も 待たじと思へば
大納言 源昇
0503 瓜生山を越侍るとて
行人を 止兼ねてぞ 瓜生山 峯立慣し 鹿も鳴くらむ
謙德公 藤原伊尹
0504 大島鳴門と云ふ所にて詠侍ける
都にと 急ぐ甲斐無く 大島の 灘懸道は 潮滿ちにけり
惠慶法師
0505 藤原惟規が越後へ下侍けるに遣しける
今日やさは 思立つらむ 旅衣 身には慣れねど 哀とぞ聞く
伊勢大輔
0506 題知らず
越方を 八重白雲 隔てつつ 甚山路の 遙かなる哉
和泉式部
0507 陸奧國へ罷りける人に
假初の 別と思へど 武隈の 松に程經む 事ぞ悔しき
藤原清正
0508 宇佐使餞に
立別 遙に生の 松程は 千歲を過す 心地為む哉
左京大夫 藤原顯輔
0509 題知らず
死許 今日だに歎く 別路に 明日は生くべき 心地こそ為ね
道因法師
0510 羈中曉と云へる心を詠侍ける
旅衣 立つ曉の 鳥音に 露より先も 袖は濡れけり
入道前太政大臣 西園寺公經
0511 別心を詠侍ける
別路を 押開方の 槙戶に 先づ先立つは 淚也けり
源家長朝臣
0512 【○承前。侍詠離別之趣。】
別行く 影も止らず 石清水 逢坂山は 名のみ古りつつ
藤原親繼
0513 土佐國に年經侍りける時、歌數多詠侍けるに
曉ぞ 猶憂物と 知られにし 都を出し 有明空
藤原兼高
0514 權大納言忠信歌合し侍りけるに、旅戀を詠める
暮にもと 言はぬ別の 曉を 由緣無く出し 旅空哉
藤原信實朝臣
0515 旅歌とて詠侍ける
未知らぬ 旅道にぞ 出でにける 野原篠原 人に問ひつつ
前中納言 大江匡房
0516 宇治關白、有馬湯見に罷りける道にて、秋暮を惜む歌詠侍けるに
神奈備の 杜方に 宿はかれ 暮行秋も 嘸止るらむ
權大納言 藤原長家
0517 齋宮群行の鈴鹿頓宮にて、旅歌詠侍けるに 【○齋宮齋院百人一首0060。】
急ぐとも 今日は泊まらむ 旅寢する 葦假庵に 紅葉散りけり
此行雖急促 今日頓歇泊於此 草枕為旅寐 鈴鹿葦編假庵間 紅葉飄零散舞落
權中納言 藤原通俊
0518 關路曉雪と云へる心を詠侍ける
鳥音に 明けぬと聞けば 旅衣 冴ゆとも越えむ 關白雪
權大納言 藤原公實
0519 久安百首歌奉ける旅歌
我が思ふ 人に見せばや 諸共に 墨田河原の 夕暮空
皇太后宮大夫 藤原俊成
0520 【○承前。奉久安百首歌,旅歌。】
遙なる 蘆屋沖の 浮寢にも 夢路は近き 都也けり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0521 後法性寺入道前關白家百首歌詠侍けるに、旅心を詠みて遣しける
草枕 結ぶ夢路は都にて 寒れば旅の 空ぞ悲しき
後德大寺左大臣 藤原實定
0522 百首歌奉ける時
憂枕 風の寄邊も 白浪の 擊ちぬる宵は 夢をだに見ず
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0523 【○承前。奉百首歌時。】
荒磯の 玉藻床に 假寢して 我から袖を 濡らしつる哉
式子內親王
0524 【○承前。奉百首歌時。】
照月の 滿行汐に 浮寢して 旅日數ぞ 思知らるる
源師光
0525 題知らず 【○百人一首0093。】
世中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人小舟の 綱手愛しも
世事總無常 若願何者能長久 冀海人小舟 漕渚綱手永不絕 令人難忘甚愛憐
鎌倉右大臣 源實朝
0526 入道二品親王家に五十首歌詠侍けるに、海旅
暮れぬとて 泊りに掛かる 夕浪の 異浦著き 海士漁火
法印幸清
0527 旅泊之心を詠侍ける
夜を重ね 浮寢之數の 積れども 浪路末や 猶殘るらむ
權中納言 藤原賴資
0528 【○承前。侍詠旅泊之趣。】
浪枕 夢にも見えず 妹島 何を形見の 浦と云ふらむ
正三位 藤原知家
0529 旅心を詠侍ける
立返り 復もや越えむ 峰雲 跡も留めぬ 四方嵐に
參議 飛鳥井雅經
0530 【○承前。侍詠旅趣。】
月色も 映りにけりな 旅衣 裾野萩の 花夕露
真昭法師
0531 都を離れて所所に詣で巡侍ける頃、詠侍ける
世を憂しと 慣れし都は 別れにき 何方山を 泊とも無し
八條院高倉
0532 【○承前。離都巡詣所所之頃,侍詠。】
白雲の 八重立つ山を 尋ぬとも 真道は 猶や惑はむ
八條院高倉
0533 建曆二年內裏詩歌合、羈中眺望と云へる心を詠侍ける
越侘る 山も幾重に 成りぬらむ 分行く跡を 埋む白雲
六條入道前太政大臣 藤原賴實
0534 建保二年內裏歌合、秋歌
暮れば又 我が宿りかは 旅人の 徒野原の 萩下露
前內大臣 源通光
0535 世を遁れて後、修行之次に淺香山を越侍けるに、昔事思出侍りて詠侍ける
古の 我とは知らじ 淺香山 見えし山井の 影にし有らねば
蓮生法師
0536 旅心を詠侍ける
歸來ば 重なる山の 峯每に 止まる心を 撓には為む
前大僧正慈圓
0537 陸奧國に下侍ける人を送りて、粟津に泊りて詠侍ける
東路の 野路草葉の 露繁み 行くも止るも 袖ぞ萎るる
禎子內親王家攝津
0538 惟喬親王の狩しける共に、日頃侍りて歸侍けるを、猶留侍りければ詠侍ける
枕とて 草引結ぶ 事も為じ 秋夜とだに 賴まれ無くに
在原業平朝臣
0539 難波に御幸侍ける時、詠める
大伴の 高師濱の 松根を 枕に濡れど 家し思ほゆ
置始東人