新敕撰和歌集 卷第五 秋歌下
0281 寬平御時后宮歌合歌
秋夜の 天照る月の 光には 置く白露を 玉とこそ見れ
佚名 讀人知らず
0282 九月十三夜月を獨眺めて思出侍ける
更科や 姨捨山に 旅寢して 今宵月を 昔見し哉
能因法師
0283 題知らず
秋月 如何なる物ぞ 我が心 何とも無きに 寢寐難にする
小野小町
0284 九月、月明夜詠侍ける
秋夜の 露置增さる 草叢に 影映行く 山端月
選子內親王家宰相
0285 隈無き月を眺飽かして詠侍ける
何時と無く 眺めはすれど 秋夜の 此曉は 異にも有る哉
藤原道信朝臣
0286 對月惜秋と云へる心を詠侍ける
月故に 長夜徹 眺むれど 飽かずも惜しき 秋空哉
菅原在良朝臣
0287 秋歌詠侍けるに
憂世をも 秋末葉の 露身に 置所無き 袖月影
侍從源具定母 藤原俊成女
0288 【○承前。侍詠秋歌。】
有明の 月光の 清けさは 宿す草葉の 露や置添ふ
按察使 中山兼宗
0289 【○承前。侍詠秋歌。】
三室山 下草懸けて 置露に 木間月の 影ぞ移ふ
左近中將 鷹司伊平
0290 百首歌中に
槙戶の 鎖さで有明に 成行くを 幾夜月と 訪ふ人も無し
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0291 建保二年、秋歌奉ける時
身を秋の 我世や甚く 更けぬらむ 月をのみやは 待つと無けれど
參議 飛鳥井雅經
0292 【○承前。建保二年,奉秋歌時。】
限有れば 明けなむとする 鐘音に 猶長夜の 月ぞ殘れる
正三位 藤原家隆
0293 入道二品親王家にて秋月歌詠侍けるに
風寒み 月は光ぞ 增さりける 四方草木の 秋暮方
權大僧都有果
0294 後京極攝政百首歌詠ませ侍りけるに
幾迴り 過行く秋に 逢ひぬらむ 變らぬ月の 影を眺めて
小侍從
0295 【○承前。侍詠後京極攝政百首歌。】
秋夜は 物思ふ事の 增さりつつ 甚露けき 片敷袖
八條院六條
0296秋夜、人人諸共に起居て物語し侍りけるに
秋夜を 明かし兼ねては 曉の 露と起居て 濡るる袖哉
京極前關白家肥後
0297 殿上人、秋十首歌仕奉けるに
片岡の 杜木葉も 色付きぬ 早稻田晚稻 今や苅らまし
右衛門督 藤原為家
0298 寬平御時后宮歌合歌
唐衣 干せど袂の 露けきは 我身の秋に 成れば成りけり
佚名 讀人知らず
0299 題知らず
秋田守る 引板庵に 時雨降り 我袖濡れぬ 干す人も無し
人麿 柿本人麻呂
0300 【○承前。無題。】
秋深き 紅葉色の 紅に 降出つつ鳴く 鹿聲哉
凡河內躬恒
0301 兵部卿元良親王、志賀山越方に時時通住侍りける家を、見に罷りて書付け侍りける
狩にのみ 來る君待つと 振出てつつ 鳴く志賀山は 秋ぞ悲しき
大江俊子 大江玉淵女
0302 題知らず
秋萩の 移惜しと 鳴鹿の 聲聞く山は 紅葉しにけり
中納言 大伴家持
0303 【○承前。無題。】
雲居る 梢遙かに 霧籠めて 高師山に 鹿ぞ鳴くなる
鎌倉右大臣 源實朝
0304 【○承前。無題。】
宜しこそ 此頃物は 哀為れ 秋許聞く 小壯鹿聲
前大僧正慈圓
0305 歌合し侍りけるに、鹿を詠侍ける
峯に鳴く 鹿音近く 聞ゆ也 紅葉吹落す 夜半嵐に
前參議 平經盛
0306 建保六年內裏歌合、秋歌
我庵は 小倉山の 近ければ 憂世を鹿と 鳴かぬ日ぞ無き
八條院高倉
0307 鹿歌とて詠侍ける
大江山 遙におくる 鹿音は 生野を越えて 妻を戀ふらむ
權中納言 藤原實守
0308 建保五年四月庚申五首歌、秋朝
大方の 秋を哀と 鳴鹿の 淚為るらし 野邊朝露
六條入道前太政大臣 藤原賴實
0309 澗底鹿と云ふ心を詠侍ける
小壯鹿の 朝行く谷の 埋れ水 影だに見えぬ 妻を戀ふらむ
正三位 藤原知家
0310 題知らず
小壯鹿の 鳴音も甚く 更けにけり 嵐後の 山端月
如願法師
0311 後冷泉院、東宮と申しける時、梨壺御前菊面白かりけるを、月明夜、「如何?」と仰せられければ
孰をか 別きて折るべき 月影に 色見え紛ふ 白菊花
大貳三位 藤原賢子
0312 旦に參りて侍りけるに、此歌の返し仕奉るべき由仰せられければ詠侍ける
月影に 折り惑はるる 白菊は 移ふ色や 曇るなるらむ
權大納言 藤原長家
0313 康保三年內裏菊合に
影見えて 汀に立てる 白菊は 折られぬ浪の 花かとぞ見る
天曆御製 村上帝
0314 崇德院、月照菊花と云ふ心を詠ませ給うけるに
月影に 色も判れぬ 白菊は 心宛にぞ 折るべかりける
右兵衛督 三條公行
0315 【○承前。崇德院,令詠月照菊花之趣。】
月影も 薰許を 徵にて 色は紛ひぬ 白菊花
按察使 藤原公通
0316 月前菊と云ふ心を詠侍ける
濡れて折る 袖月影 更けにけり 籬菊の 花上露
鎌倉右大臣 源實朝
0317 題知らず
我宿の 菊朝露 色も惜し 零さで匂へ 庭秋風
入道二品親王道助
0318 秋歌詠侍けるに
泣く泣くも 行きては來ぬる 初雁の 淚色を 知人ぞ無き
權大納言 坊門忠信
0319 【○承前。侍詠秋歌。】
渡原 八重潮路に 飛雁の 翼浪に 秋風ぞ吹く
鎌倉右大臣 源實朝
0320 【○承前。侍詠秋歌。】
月に鳴く 雁羽風の 冴ゆる夜に 霜を重ねて 搗衣哉
如願法師
0321 【○承前。侍詠秋歌。】
嵐吹く 遠山賤の 麻衣 頃も夜寒の 月に移也
真昭法師
0322 擣衣之心を詠侍ける
衣擣つ 砧音を 聞く共に 霧立つ空に 雁ぞ鳴くなる
曾禰好忠
0323 【○承前。侍詠擣衣之趣。】
唐衣 擣聲聞けば 月清み 未寢ぬ人を 空に知る哉
紀貫之
0324 久安百首歌奉ける秋歌
衣擣つ 響は月の 何為れや 冴行く儘に 澄昇るらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0325 百首歌奉ける秋歌
風寒き 夜半寢覺の 床とはに 慣れても寂し 衣擣聲
入道前太政大臣 西園寺公經
0326 【○承前。奉百首歌,秋歌。】
今來むと 賴めし人や 如何為らむ 月に鳴く鳴く 衣擣つ也
前大納言 藤原隆房
0327 題知らず
月色も 冴行く空の 秋風に 我身一つと 衣擣つ也
承明門院小宰相
0328 月五十首歌詠侍けるに
獨寢の 夜寒になれる 月見れば 時しも有れや 衣擣つ聲
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0329 秋歌詠侍けるに
白妙の 月光に 置霜を 幾夜重ねて 衣擣つらむ
權大納言 衣笠家良
0330 【○承前。侍詠秋歌。】
白妙の 木綿付鳥も 思侘び 鳴くや龍田の 山初霜
正三位 藤原家隆
0331 建保六年內裏歌合、秋歌
手向山 紅葉錦 幣有れど 猶月影の 懸くる白木綿
正三位 藤原家隆
0332 百首歌中に、秋歌
置迷ふ 篠葉草の 霜上に 夜を經て月の 冴渡る哉
前關白 九條道家
0333 千五百番歌合に
秋嵐 吹きに蓋しな 外山なる 柴下草 色變る迄
正三位 藤原家隆
0334 題知らず
日を經ては 秋風寒み 小壯鹿の 立野真弓 紅葉しにけり
藤原信實朝臣
0335 百首歌奉けるに、秋歌
秋色の 移行くを 限とて 袖に時雨の 降らぬ日は無し
入道前太政大臣 西園寺公經
0336 【○承前。奉百首歌時,詠秋歌。】
秋行く 野山淺茅 末枯れて 峰に分るる 雲ぞ時雨るる
參議 飛鳥井雅經
0337 題知らず
雁鳴きて 寒朝明の 露霜に 矢野神山 色付きにけり
鎌倉右大臣 源實朝
0338 【○承前。無題。】
山里は 秋末にぞ 思知る 悲しかりけり 木枯風
西行法師
0339 【○承前。無題。】
限有れば 如何は色の 增さるべき 明かず時雨るる 小倉山哉
西行法師
0340 【○承前。無題。】
紅の 八入岡の 紅葉を 如何に染めよと 猶時雨るらむ
藤原伊光
0341 建保二年、秋歌奉けるに
湊川 秋逝水の 色ぞ濃き 殘る山無く 時雨降るらし
內大臣 西園寺實氏
0342 【○承前。建保二年,奉秋歌。】
足引の 大和には有らぬ 唐錦 龍田時雨 如何で染むらむ
參議 飛鳥井雅經
0343 【○承前。建保二年,奉秋歌。】
我宿は 且散る山の 紅葉に 朝行く鹿の 跡だにも無し
僧正行意
0344 後法性寺入道前關白家歌合に、紅葉を詠侍ける
時雨行く 空だに有るを 紅葉の 秋は暮ぬと 色に見すらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0345 百首歌中に
秋こそ在れ 人は尋ねぬ 松戶を 幾重も閉ぢよ 蔦紅葉
式子內親王
0346 關白左大臣家百首歌詠侍けるに
時雨つつ 袖だに干さぬ 秋日に 然こそ三室の 山は染むらめ
權中納言 藤原定家
0347 【○承前。侍詠關白左大臣家百首歌。】
露時雨 染果てけり 小倉山 今日や千入の 峯紅葉
從三位 藤原範宗
0348 【○承前。侍詠關白左大臣家百首歌。】
幾年か 布瑠神杉 時雨つつ 四方紅葉に 殘染めけむ
中宮但馬
0349 殿上人、秋十首歌仕奉けるに
時雨けむ 程こそ見ゆれ 神奈備の 三室山の 峯紅葉
權中納言 四條隆親
0350 題知らず
染殘す 梢も有らじ 叢時雨 猶飽か無くの 山巡して
法印覺寬
0351 建保四年右大臣家歌合、故鄉紅葉を詠める
故鄉の 御垣原の 初紅葉 心と散らせ 秋木枯
正三位 藤原家隆
0352 文治六年女御入內屏風に
裾野より 峯梢に 映來て 盛久しき 秋色哉
後法性寺入道前關白太政大臣 九條兼實
0353 【○承前。文治六年女御入內屏風。】
木本に 復咲返せ 唐錦 大宮人に 御座しかせむ
後德大寺左大臣 藤原實定
0354 左京大夫顯輔、歌合し侍りけるに、紅葉を詠みて遣しける
嵐吹く 船木山の 紅葉は 時雨雨に 色ぞ焦がるる
權中納言 藤原經忠
0355 家に百首歌詠ませ侍りけるに、紅葉の歌
龍田川 御室山の 近ければ 紅葉を浪に 染めぬ日ぞ無き
關白左大臣 九條教實
0356 後京極攝政、百首歌詠ませ侍りけるに
置きて行く 秋形見や 玆為らむ 見るも仇なる 露白玉
小侍從
0357 秋暮歌
逝秋の 手向山の 紅葉は 形見許や 散殘るらむ
禎子內親王家攝津
0358 【○承前。秋暮歌。】
木枯の 誘果てたる 紅葉を 川瀨秋と 誰眺むらむ
權中納言 一條實有
0359 【○承前。秋暮歌。】
秋は今日 紅括る 龍田川 行瀨浪も 色變るらむ
參議 飛鳥井雅經
0360 九月盡に詠侍ける
明日よりは 名殘を何に 託給し 相も思はぬ 秋別道
入道前太政大臣 西園寺公經
0361 【○承前。侍詠九月晦。】
過果てぬ 何方長月 名のみして 短かりける 秋程哉
八條院高倉