新敕撰和歌集 卷第四 秋歌上
0193 初秋之心を詠侍ける
久方の 岩戶關も 空け無くに 夜半に吹頻く 秋初風
曾禰好忠
0194 【○承前。侍詠初秋之趣。】
鵲の 行交橋の 月為れば 猶渡すべき 日こそ遠けれ
大納言 藤原師氏
0195 【○承前。侍詠初秋之趣。】
昨日には 變ると無しに 吹風の 音にぞ秋は 空に知らるる
大納言 源師賴
0196 題知らず
玉に貫く 露は零れて 武藏野の 草葉結ぶ 秋初風
西行法師
0197 【○承前。無題。】
暮行かば 空景色も 如何為らむ 今朝だに悲し 秋初風
正三位 藤原家隆
0198 【○承前。無題。】
音立てて 今將吹きぬ 我宿の 荻上葉の 秋初風
右衛門督 藤原為家
0199 殿上人、初秋之心を仕奉けるに
足引の 山下風の 何時間に 音吹返て 秋は來ぬらむ
藤原資季朝臣
0200 家に百首歌詠侍けるに、早秋之心を
夏過ぎて 今日や幾日に 成りぬらむ 衣手涼し 夜半秋風
關白左大臣 九條教實
0201 【○承前。於家侍百首歌,詠早秋之趣。】
天風 空吹迷ふ 夕暮の 雲景色に 秋は來にけり
內大臣 西園寺實氏
0202 【○承前。於家侍百首歌,詠早秋之趣。】
寄る浪の 凉しくも有るか 敷妙の 袖師浦の 秋初風
藤原信實朝臣
0203 千五百番歌合に
真葛原 裏見ぬ袖の 上迄も 露置始むる 秋は來にけり
宜秋門院丹後
0204 法性寺入道前關白、中納言中將に侍りける時、山家早秋と云へる心を詠ませ侍りけるに
山里は 葛裏葉を 吹返す 風景色に 秋を知る哉
菅原在良朝臣
0205 殷富門院大輔、三輪社にて五首歌人人に詠ませ侍りけるに、秋歌
秋と云へば 心色も 變りけり 何故としも 思始めねど
土御門內大臣 源通親
0206 題知らず
櫻麻の 苅生原を 今朝見れば 外山片掛け 秋風ぞ吹く
曾彌好忠
0207 【○承前。無題。】
夕暮は 衣手涼し 高圓の 尾上宮の 秋初風
鎌倉右大臣 源實朝
0208 【○承前。無題。】
彥星の 行交ひを待つ 久方の 天河原に 秋風ぞ吹く
鎌倉右大臣 源實朝
0209 【○承前。無題。】
鵲の 寄羽橋を 餘所ながら 待渡る夜に 成りにける哉
殷富門院大輔
0210 【○承前。無題。】
天川 渡らぬ先の 秋風に 紅葉橋の 中や絕えなむ
法印猷圓
0211 百首歌召しける時
天川 八十瀨浪も 噎ぶらむ 年待渡る 鵲橋
崇德院御製
0212 清輔朝臣家に歌合し侍りけるに、七夕之心を詠侍ける
天川 浮津浪に 彥星の 妻迎へ舟 今や漕ぐらし
藤原敦仲
0213 後三條院御時、殿上人齋院にて、七夕歌詠侍けるに
思へども 辛くも有る哉 七夕の 何どか一夜と 契始めけむ
前中納言 藤原基長
0214 法性寺入道前關白家にて、七夕之心を詠侍ける
天川 星逢空も 見ゆ許 立勿隔てそ 夜半秋霧
菅原在良朝臣
0215 宇治入道前關白家にて七夕歌詠侍けるに
織女の 我が心とや 逢事を 年に一度 契始めけむ
權大納言 藤原經輔
0216 百首歌詠侍ける、秋歌
草上の 露取る今朝の 玉章に 軒端構は 元葉も無し
正三位 藤原家隆
0217 七夕後朝之心を詠侍ける
七夕の 天川浪 立歸り 此暮許 如何で渡さむ
權中納言 藤原伊實
0218 【○承前。侍詠七夕後朝之趣。】
天川 水蔭草に 置露や 飽かぬ別の 淚為るらむ
藤原清輔朝臣
0219 【○承前。侍詠七夕後朝之趣。】
睦言も 未盡き無くに 秋風に 織女や 袖濡らすらむ
八條院高倉
0220 【○承前。侍詠七夕後朝之趣。】
偶然に 秋の一夜を 待得ても 明くる程無き 星合空
前大納言 藤原隆房
0221 百首歌中に
秋と云へば 物をぞ思ふ 山端に 猶豫雲の 夕暮空
式子內親王
0222 【○承前。百首歌中。】
今よりの 秋寢覺を 如何にとも 荻葉為らで 誰か訪ふべき
二條院讚岐
0223 秋歌とて詠侍けるに
荻葉に 風音せぬ 秋も有らば 淚外に 月は見てまし
入道二品親王道助
0224 【○承前。侍詠秋歌。】
荻葉に 吹きと吹きぬる 秋風の 淚誘はぬ 夕暮ぞ無き
入道前太政大臣 西園寺公經
0225 題知らず
如何にして 物思ふ人の 住處には 秋より外の 里を尋ねむ
相模
0226 【○承前。無題。】
白露と 草葉に置きて 秋夜を 聲も徹に 明くる松蟲
大納言 藤原師氏
0227 秋歌とて詠侍けるに
宵宵の 山端遲き 月影を 淺茅が露に 松蟲聲
左近中將 藤原公衡
0228 【○承前。侍詠秋歌。】
枯果てて 後は何為む 淺茅生に 秋こそ人を 松蟲聲
藤原教雅朝臣
0229 殿上人、隣庭萩と云へる心を仕奉けるに
隔來し 宿蘆垣 荒果てて 同庭なる 秋萩花
權中納言 四條隆親
0230 題知らず
白露の 織出す萩の 下紅葉 衣に移る 秋は來にけり
佚名 讀人知らず
0231 【○承前。無題。】
此頃の 秋風寒み 萩花 散らす白露 置きに蓋しも
佚名 讀人知らず
0232 【○承前。無題。】
飛鳥川 往來岡の 秋萩は 今日降雨に 散りか過ぎなむ
佚名 讀人知らず
0233 【○承前。無題。】
白露と 秋花とを 扱混ぜてて 別く事難き 我が心哉
柿本人丸 柿本人麻呂
0234 【○承前。無題。】
小壯鹿の 聲聞ゆ也 宮城野の 本荒小萩 花盛哉
祐子內親王家小辨
0235 白河院にて、野草露繁と云へる心を殿上人仕奉けるに
狩衣 萩花摺り 露深み 移ふ色に 漬行く哉
大藏卿 源行宗
0236 家に秋歌詠ませ侍りけるに
道邊の 小野夕霧 立歸り 見てこそ行かめ 秋萩花
鎌倉右大臣 源實朝
0237 【○承前。於家侍詠秋歌。】
故鄉の 本荒小萩 徒に 見る人無しに 咲きか散るらむ
鎌倉右大臣 源實朝
0238 【○承前。於家侍詠秋歌。】
白菅の 真野萩原 咲しより 朝立つ鹿の 鳴かぬ日は無し
藤原基綱
0239 雲居寺瞻西上人、歌合し侍けるに
未明 手折らでを見む 萩花 上葉露の 零れもぞする
權中納言 源師時
0240 權中納言經定、歌合し侍りけるに詠みて遣しける
女郎花 標結置きし 甲斐も無く 靡きにけりな 秋野風に
按察使 藤原公通
0241 題知らず
尋來て 旅寢をせずば 女郎花 獨や野邊に 露けからまし
二條院讚岐
0242 菅家萬葉集歌 【○新撰萬葉集0072。】
名にし負はば 強ひて賴まむ 女郎花 人心の 秋は浮くとも
秋嶺有花號女郎 野庭得所汝孤光 追名遊客猶尋到 本自慇懃子尚強
佚名 讀人知らず
0243 式部卿敦慶親王家に人人詣來て遊等し侍りけるに、女郎花を髻首して詠侍ける
女郎花 折る手に掛かる 白露は 昔今日に 非ぬ淚か
三條右大臣 藤原定方
0244 久安百首歌奉ける時、秋歌
吾妹子が 裾野に匂ふ 藤袴 露は結べど 綻びににけり
左京大夫 藤原顯輔
0245 題知らず
去らずとて 唯には過ぎじ 花薄 招難で人の 心をも見よ
權中納言 藤原長方
0246 【○承前。無題。】
花薄 草袂を 苅
りぞ無く 淚露や 置所無き
參議 飛鳥井雅經
0247 【○承前。無題。】
心無き 草袂も 花薄 露星逢へぬ 秋は來にけり
源具親朝臣
0248 閑庭薄と云へる心を詠侍ける
招けとて 植ゑし薄の 一本に 訪はれぬ庭ぞ 茂果てぬる
藤原信實朝臣
0249 閑庭荻を詠める
幾秋の 風宿と 成りぬらむ 跡絕果つる 庭荻原
藤原成宗
0250 題知らず
主は有れど 野と成りにける 籬哉 小萱下に 鶉鳴く也
前大僧正慈圓
0251 【○承前。無題。】
覺束無 誰とか知らむ 秋霧の 絕間に見ゆる 朝顏花
佚名 讀人知らず
0252 月歌數多詠侍けるに
白雲の 夕居る山ぞ 無かりける 月を向ふる 四方嵐に
後京極攝政太政大臣 九條良經
0253 權中納言經定、中將に侍りける時、歌合し侍りけるに詠みて遣はしける、月歌
天空 浮雲拂ふ 秋風に 隈無く澄める 夜半の月哉
大炊御門右大臣 德大寺公能
0254 題知らず
更科や 姨捨山の 高嶺より 嵐を分けて 出る月影
正三位 藤原家隆
0255 延喜御時、八月十五夜月宴歌
古も 非じとぞ思ふ 秋夜の 月例は 今宵也けり
源公忠朝臣
0256 養和頃ほひ、百首歌詠侍りし、秋歌
天原 思へば變る 色も無し 秋こそ月の 光也けれ
權中納言 藤原定家
0257 家に百首歌詠侍ける、月歌
足引の 山嵐に 雲消えて 獨空行く 秋夜月
關白左大臣 九條教實
0258 月歌とて詠侍ける
見る儘に 色變行く 久方の 月桂の 秋紅葉
藤原資季朝臣
0259 八月十五夜詠侍ける
天空 今宵名をや 惜しむらむ 月に棚引く 浮雲も無し
寂超法師
0260 【○承前。八月十五夜侍詠。】
數へねど 秋半ばぞ 知られぬる 今宵に似たる 月し無ければ
登蓮法師
0261 後京極攝政、左大將に侍りける時、月五十首歌詠侍けるに詠める
明けば復 秋半ばも 過ぎぬべし 傾く月の 惜しきのみかは
權中納言 藤原定家
0262 月歌詠侍けるに
山端の 辛さ許や 殘るらむ 雲より外に 明くる月影
左近中將 近衛基良
0263 【○承前。侍詠月歌。】
何方にか 空行く雲の 殘るらむ 嵐待出る 山端月
權律氏公猷
0264 【○承前。侍詠月歌。】
待得ても 心息むる 程ぞ無き 山端更けて 出る月影
中原師季
0265 【○承前。侍詠月歌。】
袖上に 露置始めし 夕より 慣れて幾夜の 秋月影
真昭法師
0266 關白左大臣家百首歌詠侍ける、月歌
分けぬるる 野原露の 袖上に 先知る物は 秋夜月
藤原賴氏朝臣
0267 入道二品親王家に、五十首歌詠侍けるに、山家月
松戶を 押し明方の 山風に 雲も懸からぬ 月を見る哉
正三位 藤原家隆
0268 文治六年女御入內屏風に、駒迎之所
東より 今日逢坂の 山越えて 都に出る 望月之駒
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0269 和歌所歌合に海邊秋月と云へる心を詠侍ける
沖風 吹飯浦に 寄浪の 夜とも見えず 秋夜月
小侍從
0270 百首歌に、月歌
叢雲の 峯に分かるる 跡求めて 山僅に 出る月影
前關白 九條道家
0271 殿上人、海邊月と云へる心を仕奉ける次に
和歌浦 蘆邊鶴の 鳴聲に 夜渡る月の 影ぞ寂しき
後堀河院御製
0272 秋歌奉けるに
須磨海人の 間遠衣 夜や寒き 浦風ながら 月も堪らず
正三位 藤原家隆
0273 名所月を詠める
明石潟 海人栲繩 繰るるより 雲こそ無けれ 秋月影
藤原光俊朝臣
0274 白河院、鳥羽殿に御座しけるに、田家秋興と云へる心を殿上人仕奉けるに
賤男の 門田稻の 假りに來て 飽かでも今日を 暮しつる哉
權中納言 藤原宗通
0275 題知らず
甚しく 物思ふ宿を 霧籠めて 眺むる空も 見えぬ今朝哉
藤原道信朝臣
0276 【○承前。無題。】
夜半に焚く 鹿火屋が煙 立添ひて 朝霧深し 小山田原
前大僧正慈圓
0277 【○承前。無題。】
藻鹽燒く 煙も霧に 埋もれぬ 須磨關屋の 秋夕暮
前大僧正慈圓
0278 海霧と云へる心を
煙だに 其とも見えぬ 夕霧に 猶下燃の 海人藻鹽火
正三位 藤原知家
0279 題知らず
踏分けむ 物とも見えず 朝朗 竹端山の 霧之下露
正三位 藤原家隆
0280 【○承前。無題。】
小倉山 麓を籠むる 夕霧に 立漏らさるる 小壯鹿聲
西行法師