新敕撰和歌集 卷第三 夏歌
0137 題知らず
霞だに 山路に暫し 立止れ 過ぎにし春の 形見とも見む
相模
0138 【○承前。無題。】
夏衣 裁返てける 今日よりは 山時鳥 一重にぞ待つ
二條太皇太后宮大貳
0139 夏始之歌とて詠侍ける
今日は先づ 何時しか來鳴け 郭公 春別も 忘る許に
二條院皇后宮常陸
0140 家百首歌に首夏之心を詠侍ける
今日よりは 浪に折延へ 夏衣 干すや垣根の 玉河里
前關白 九條道家
0141 題知らず
千早振る 賀茂卯月に 成にけり 去來打群れて 葵餝さむ
佚名 讀人知らず
0142 文治六年女御入內屏風に
幾返り 今日御生に 葵草 賴みを掛けて 年經ぬらむ
後德大寺左大臣 藤原實定
0143 寬喜元年女御入內屏風に
久方の 桂に懸くる 葵草 空光に 幾世為るらむ
權中納言 藤原定家
0144 中納言行平家歌合に
住む里は 忍森の 時鳥 此下聲ぞ 導也ける
佚名 讀人知らず
0145 題知らず
神奈備の 岩瀨森の 郭公 奈良思岡に 何時か來鳴かむ
田原天皇御製 春日宮天皇 光仁天皇父
0146 【○承前。無題。】
聞きてしも 猶ぞ待たるる 時鳥 鳴く一聲に 飽かぬ心は
祐子內親王家紀伊
0147 時鳥歌十首詠侍けるに
縱然らば 鳴かでも止みね 時鳥 聞かずば人も 忘る許に
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0148 題知らず
何時間に 里なれぬらむ 時鳥 今日を五月の 始と思ふに
大藏卿 源行宗
0149 建保六年內裏歌合、夏歌
郭公 鳴くや五月の 玉櫛笥 二聲聞きて 明くる夜欲得
參議 飛鳥井雅經
0150 寬喜元年女御入內屏風、五月沼江菖蒲宴所
深江に 今日顯るる 菖蒲草 年緒長き 例にぞ引く
前關白 九條道家
0151 【○承前。寬喜元年女御入內屏風,五月沼江菖蒲宴之所。】
幾千世と 岩垣沼の 菖蒲草 長き例に 今日や引かれむ
入道前太政大臣 西園寺公經
0152 寬平御時后宮歌合歌
押並て 五月空を 見渡せば 水も草葉も 綠也けり
佚名 讀人知らず
0153 題知らず
郭公 聲聞きしより 菖蒲草 餝す五月と 知りにし物を
紀貫之
0154 時鳥歌詠侍けるに
時鳥 去年宿かりし 故鄉の 花橘に 皐月忘る莫
正三位 藤原家隆
0155 【○承前。侍詠時鳥歌。】
今は早 語盡せ 郭公 長鳴く頃の 皐月來ぬ也
祝部成茂
0156 白河院御時、殿上人后宮御方にくだものまうしける、給ふとて上に花橘を折りて置かれたりける箱蓋、返し參らすとて詠侍ける
郭公 今宵何處に 宿るらむ 花橘を 人に折られて
源師賢朝臣
0157 返し
郭公 花橘の 宿かれて 空にや草の 枕ゆふらむ
康資王母
0158 久安百首歌奉けるに、夏歌
覺束無 誰杣山の 時鳥 問ふに名告らで 過ぎぬなる哉
大炊御門右大臣 德大寺公能
0159 【○承前。奉久安百首歌時,詠夏歌。】
然らぬだに 臥程も無き 夏夜を 待たれても鳴く 郭公哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0160 十首歌奉ける時
小夜深み 山郭公 名告りして 木丸殿を 今ぞ過ぐなる
右兵衛督 三條公行
0161 文治六年女御入內屏風に
時鳥 雲上より 相語て 問はぬに名告る 曙空
後德大寺左大臣 藤原實定
0162 寬喜元年十一月女御入內屏風に郭公を詠侍ける
永日の 社注連繩 繰返し 飽かず語らふ 時鳥哉
右衛門督 藤原為家
0163 故鄉郭公と云へる心を詠侍ける
荒にける 高津宮の 時鳥 誰と難波の 事語るらむ
權中納言 藤原長方
0164 後法性寺入道前關白百首歌詠ませ侍りける時、五月雨を詠める
降初めて 幾日に成りぬ 鈴鹿川 八十瀨も知らぬ 五月雨頃
皇太后宮大夫 藤原俊成
0165 五月雨を詠侍ける
五月雨に 六田淀の 川柳 末越す波や 瀧白絲
後德大寺左大臣 藤原實定
0166 【○承前。侍詠五月雨。】
五月雨に 伊勢海人の 藻鹽草 干さでも頓て 朽ちぬべき哉
六條入道前太政大臣 藤原賴實
0167 【○承前。侍詠五月雨。】
五月雨の 日を降る儘に 隙ぞ無き 蘆篠屋の 軒玉水
前右近中將 平資盛
0168 【○承前。侍詠五月雨。】
五月雨の 頃も經ぬれば 澤田川 袖付く許 淺瀨も無し
左近中將 藤原公衡
0169 【○承前。侍詠五月雨。】
打延て 幾日か經ぬる 夏引の 手引絲の 五月雨空
源家長朝臣
0170 題知らず
橘の 下吹く風や 匂ふらむ 昔ながらの 五月雨空
春宮權大夫 二條良實
0171 關白左大臣家百首歌詠侍けるに
五月雨の 空にも月は 行く物を 光見ねばや 知る人き
藤原光俊朝臣
0172 宇治入道前關白家歌合に
五月雨は 飽かでぞ過ぐる 郭公 夜深く鳴きし 初音許に
相摸
0173 題知らず
郭公 來鳴つとや思ふ 五月雨の 雲外なる 空一聲
前大僧正慈圓
0174 時鳥歌數多詠侍けるに
子規 聞くとも無しに 足引の 山路に歸る 曙聲
橘俊綱朝臣
0175 【○承前。侍詠數多時鳥歌。】
誰が里に 待たで聞くらむ 時鳥 今宵許の 五月雨の聲
源師賢朝臣
0176 百首歌に
郭公 今幾夜をか 契るらむ 己が五月の 有明頃
後京極攝政太政大臣 九條良經
0177 前中納言師仲、五月晦日、人人誘ひて右近馬場に罷りて郭公待侍りけるに
今日此處に 聲をば盡くせ 時鳥 己が五月も 殘りやは有る
祐盛法師
0178 堀川院御時、后宮にて、閏五月郭公と云ふ心を詠侍ける
雲路より 歸りも遣らず 時鳥 猶五月雨るる 空景色に
權中納言 源師時
0179 題知らず
やよや復 來鳴け御空の 時鳥 五月だにこそ 若返りつれ
源俊賴朝臣
0180 【○承前。無題。】
水無月の 空とも言はじ 夕立の 古幹小野の 楢下蔭
覺盛法師
0181 【○承前。無題。】
草深き 荒たる宿の 燈火の 風に消えぬは 螢也けり
佚名 讀人知らず
0182 家に五十首歌詠侍けるに、江螢
白露の 玉江蘆の 宵宵に 秋風近く 行く螢哉
入道二品親王道助
0183 【○承前。於家侍五十首歌,詠江螢。】
難波女が 藻屑焚火の 深江に 上に燃えても 行く螢哉
參議 飛鳥井雅經
0184 法成寺入道前攝政家歌合に
夏夜の 雲路は遠く 成增され 傾く月の 寄邊無き迄まで
祭主 大中臣輔親
0185 夏月なつのつきを詠侍よみはべりける
徹夜よもすがら 宿やどる清水しみづの 凉すずしさに 月つきも夏なつをや 餘所よそに見みるらむ
正三位 藤原顯家
0186 題知だいしらず
明あけぬるか 木間漏來このまもりくる 月影つきかげの 光ひかりも薄うすき 蟬羽衣せみのはごろも
如願法師
0187 石山いしやまにて曉あかつき日晚鳴ひぐらしのなくを聞ききて
葉はを茂しげみ 外山蔭とやまのかげや 紛まがふらむ 明あくるも知しらぬ 蜩聲ひぐらしのこゑ
藤原實方朝臣
0188 寬喜元年女御入內屏風にょうごじゅだいのびゃうぶ、社邊山井流水ある所
夕暮ゆふぐれは 夏なつより他ほかを 逝水ゆくみづの 岩瀨森いはせのもりの 蔭かげぞ凉すずしき
正三位 藤原知家
0189 海邊松下行人納凉の所ところ
夏衣なつごろも 行ゆくても涼すずし 梓弓あづさゆみ 磯邊山いそべのやまの 松下風まつのしたかぜ
正三位 藤原家隆
0190 六月祓之心みなづきばらへのこころを詠侍よみはべりける
早瀨はやきせの 歸かへらぬ水みづに 御禊みそぎして 行年波ゆくとしなみの 半なかばをぞ知しる
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0191 寬喜元年女御入內屏風にょうごじゅだいのびゃうぶ
吉野川よしのかは 川浪速かはなみはやく 御禊みそぎして 白木綿花しらゆふはなの 數增かずまさるらし
前關白 九條道家
0192 【○承前。寬喜元年女御入內屏風。】
風戰かぜそよぐ 楢小川ならのをがはの 夕暮ゆふぐれは 御禊みそぎぞ夏の 徵也しるしなりける
正三位 藤原家隆