新敕撰和歌集 卷第二 春歌下
0073 親王に御坐しける時の御歌
山櫻 立ちのみ隱す 春霞 何時しか晴れて 見由欲得
光孝天皇御製
0074 題知らず
神古て 古にし里に 住人は 都に匂ふ 花をだに見ず
山邊赤人
0075 【○承前。無題。】
梓弓 春山邊に 居る時は 髻首にのみぞ 花は散りける
紀貫之
0076 【○承前。無題。】
色寒み 春や未來ぬと 思ふ迄 山櫻を 雪かとぞ見る
源重之
0077 山花未落と云へる心を詠侍ける
未散らぬ 櫻也けり 故鄉の 吉野山の 峰白雲
橘俊綱朝臣
0078 月明き夜、花に添へて人に遣しける
孰とも 判れざりけり 春夜は 月こそ花の 匂也けれ
和泉式部
0079 尋花遠行と云ふ心を詠侍ける
顧る 宿は霞に 隔たりて 花所に 今日も暗しつ
藤原顯仲朝臣
0080 百首歌奉ける時
高砂の 麓里は 消え無くに 尾上櫻 雪とこそ見れ
藤原顯仲朝臣
0081 堀川院御時、女房東山の花尋ねに遣しける時、詠侍ける
今日來ずば 音羽櫻 如何にぞと 見る人每に 問は益物を
權中納言 藤原俊忠
0082 【○承前。堀川院御時,遣女房尋花東山之時所詠。】
立歸り 復や訪はまし 山風に 花散里の 人心を
權中納言 源師時
0083 【○承前。堀川院御時,遣女房尋花東山之時所詠。】
駒並べて 花之在處を 尋ねつつ 四方山邊の 梢をぞ見る
藤原教兼朝臣
0084 其日、逢坂越えて尋侍りけるに、花山程に誰とも知らぬ女車の花を折餝して侍りける、道傍に立ちて上達部車に差入れさせ侍りける
朝夙 尋ねぞ來つる 山櫻 散らぬ梢の 花標に
佚名 讀人知らず
0085 同御時、中宮女房花見に遣しける日、花為春友と云へる心を詠侍ける
花咲かぬ 外山谷の 里人に 問はばや春を 如何暮すと
權中納言 源國信
0086 同御時、鳥羽殿に行幸之日、池上花と云へる心を詠ませ給ひけるに
櫻花 映れる池の 影見れば 波さへ今日は 髻首折りけり
中納言 三條西實隆
0087 法性寺入道前關白家にて、雨中花と云へる心を詠侍ける
山櫻 袖匂や 移るとて 花雫に 立ちぞ濡れぬる
藤原基俊
0088 寬平御時后宮歌合歌
春ながら 年は暮れなむ 散花を 惜しと鳴くなる 鶯聲
佚名 讀人知らず
0089 【○承前。寬平御時后宮歌合歌。】
色深く 見る野邊だにも 常為らば 春は過ぐとも 形見為らまし
佚名 讀人知らず
0090 延喜六年月次御屏風、三月田返す所
山田さへ 今は作るを 散花の 託言は風に 仰せざらなむ
紀貫之
0091 左兵衛督朝任、花見に罷るとて、文遣して侍りける返事に
誰も皆 花盛は 散りぬべき 歎外の 歎きやはする
大貳三位 藤原賢子
0092 後冷泉院御時、月前落花と云へる心を詠ませ給ひけるに
春夜の 月も曇らで 降雪は 梢に殘る 花や散るらむ
大納言 源師忠
0093 建曆二年の春、內裏に詩歌を合せられ侍りけるに、山居春曙と云へる心を詠侍ける
月影の 梢に殘る 山端に 花も翳める 春曙
六條入道前太政大臣 藤原賴實
0094 【○承前。建曆二年春,侍內裏詩歌合時,詠山居春曙之趣。】
名も著し 峯嵐も 雪と降る 山櫻戶を 曙空
權中納言 藤原定家
0095 暮山花と云へる心を詠侍ける
明日も來む 風靜かなる 御吉野の 山櫻は 今日暮れぬとも
藤原行能朝臣
0096 五十首歌奉けるに、花下送日と云へる心を
故鄉の 荒まく誰か 惜しむらむ 我が世經ぬべき 花蔭哉
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0097 關路花
逢坂の 關踏鳴す 徒人の 渡れど濡れぬ 花白浪
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0098 題知らず
風吹けば 花白浪 岩越えて 渡煩ふ 山川水
西行法師
0099 【○承前。無題。】
哀我が 多くの春の 花を見て 染置く心 誰に傳へむ
西行法師
0100 【○承前。無題。】
春風の 稍吹く儘に 高砂の 尾上に消ゆる 花白雲
權中納言 藤原長方
0101 前關白家歌合に、雲間花と云へる心を詠侍ける
立殘す 梢も見えず 山櫻 花邊に 懸かる白雲
右衛門督 藤原為家
0102 【○承前。前關白家歌合,侍詠雲間花之趣。】
葛城や 高嶺雲を 匂にて 紛ひし花の 色ぞ移ふ
藤原隆祐
0103 【○承前。前關白家歌合,侍詠雲間花之趣。】
尋ねばや 嶺白雲 晴遣らで 其とも見えぬ 山櫻哉
中宮但馬
0104 建曆二年大內花下にて、三首歌仕奉けるに
歸途の 道こそ知らね 櫻花 散紛に 今日は暮しつ
大納言 土御門定通
0105 太宰大貳重家、歌合し侍りけるに、花を詠める
櫻花 年一歲 匂ふとも 然ても飽かでや 此世盡きなむ
源師光
0106 題知らず
櫻花 散らば惜しけむ 玉桙の 道行振りに 折りて餝さむ
鎌倉右大臣 源實朝
0107 【○承前。無題。】
然もこそは 春は櫻の 色為らめ 移易くも 行く月日哉
內大臣 西園寺實氏
0108 【○承前。無題。】
春夜の 月も有明に 成りにけり 移ふ花に 眺めせし間に
參議 飛鳥井雅經
0109 【○承前。無題。】
移へば 人心ぞ 跡も無き 花形見は 峯白雲
藤原行能朝臣
0110 【○承前。無題。】
山櫻 咲散る時の 春を經て 齡も花の 蔭に古りにき
藤原信實朝臣
0111 【○承前。無題。】
櫻花 散るを哀と 云云て 孰春に 逢はじとすらむ
殷富門院大輔
0112 花歌詠侍けるに
花故に 訪來る人の 別迄 思へば悲し 春山風
前大僧正慈圓
0113 【○承前。侍詠花歌。】
散花の 故鄉とこそ 成りにけれ 我が住む宿の 春暮方
前大僧正慈圓
0114 【○承前。侍詠花歌。】
花は皆 霞底に 移ひて 雲に色付く 小泊瀨山
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0115 【○承前。侍詠花歌。】
高砂の 尾上花に 春暮れて 殘りし松の 紛行く哉
後京極攝政前太政大臣 九條良經
0116 建保六年內裏歌合に、春歌
恨むべき 方こそ無けれ 春風の 宿定めぬ 花故鄉
入道前太政大臣 西園寺公經
0117 題知らず
山櫻 春形見に 尋ぬれば 見る人無しに 花ぞ散りける
權大納言 藤原公實
0118 後京極攝政家歌合に、遲日を詠侍ける
斧柄も 如是てや人は 腐しけむ 山道覺ゆる 春空哉
按察使 中山兼宗
0119 堀川院御時、朝餉御簾に、櫻造枝に鞠を付けて捧給へりけるを見て詠侍ける
長閑なる 雲居は花も 散らずして 春泊に 成にける哉
周防內侍 平仲子
0120 寬喜元年女御入內屏風、海邊網引く所
波風も 長閑なる世の 春に逢ひて 網浦人 立たぬ日ぞ無き
正三位 藤原家隆
0121 里に出て侍りける頃、春山を眺めて詠侍ける
雲居にも 成りにける哉 春山の 霞立出て 程や經ぬらむ
本院侍從
0122 歲時春尚少と云へる心を詠侍ける
年月に 增さる時無しと 思へばや 春しも常に 少なかるらむ
大江千里
0123 千五百番歌合に
春夜の 短き程を 如何にして 八聲鳥の 空に知るらむ
二條院讚岐
0124 春暮之歌
白雲に 紛へし花は 跡も無し 彌生月ぞ 空に殘れる
入道前太政大臣 西園寺公經
0125 亭子院歌合に
散りぬとも 有と賴まむ 櫻花 春は果てぬと 我に知らす莫
紀貫之
0126 參議顯實家歌合に
見ぬ人に 如何語らむ 梔子の 岩手里の 山吹花
佚名 讀人知らず
0127 故鄉款冬と云へる心を詠侍ける
古りぬとも 吉野宮は 川清み 岸山吹 蔭も住みけり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0128 題知らず
玉藻刈る 井手柵 春懸けて 咲くや川瀨の 山吹花
鎌倉右大臣 源實朝
0129 暮春之心を
忘れじな 復來む春を 松戶に 明暮馴れし 花面影
入道二品親王道助
0130 【○承前。詠暮春之心。】
花散りて 形見戀しき 我が宿に 紫色の 池藤浪
入道二品親王道助
0131 雨中藤花と云へる心を詠侍ける
雨降れば 藤裏葉に 袖懸けて 花に萎るる 我身と思はむ
源俊賴朝臣
0132 五十首歌奉けるに
吉野河 激つ岩根の 藤花 手折りて行かむ 浪は掛くとも
嘉陽門院越前
0133 百首歌の、春歌
立返る 春色とは 怨むとも 明日や形見の 池藤浪
前關白 九條道家
0134 家百首歌詠侍ける、暮春歌
慣著つる 霞衣 裁別れ 我をば餘所に 過ぐる春哉
關白左大臣 九條教實
0135 【○承前。侍家百首歌,詠暮春歌。】
今日のみと 惜しむ心も 盡果てぬ 夕暮限る 春別に
內大臣 西園寺實氏
0136 久安百首歌奉ける時、三月盡之歌
行く春の 霞袖を 引留めて 萎る許や 恨掛けまし
皇太后宮大夫 藤原俊成