1466 題知らず
忘れずと 誰に言ひてか 慰めむ 心に浮かぶ 昔語を
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
1467 弘長元年百首歌奉りける時、松
昔とて 語る許の 友も無し 美濃小山の 松古木は
前大納言 藤原為家
1468 廣澤池に罷りて詠侍りける
老いて見る 我が影のみや 變るらむ 昔ながらの 廣澤池
天台座主道玄
1469 題知らず
思出での 無き人だにも 古を 偲習は 有りとこそ聞け
前大僧正源惠
1470 【○承前。無題。】
如是て復 憂身果ての 如何為らむ 過ぎにし方は 思出も無し
佚名 讀人知らず
1471 【○承前。無題。】
立返り 復古を 戀ふる哉 賴みし末の 憂きに付けても
源兼氏朝臣
1472 【○承前。無題。】
誰も皆 昔を忍ぶ 理の 在るに過ぎても 濡るる袖哉
平政長
1473 【○承前。無題。】
賤しきも 良きも盛りの 過ぎぬれば 老いて戀しき 昔也けり
津守國助
1474 【○承前。無題。】
年月の 隔たる儘に 來方の 忘られはせで 猶ぞ悲しき
藤原忠能
1475 【○承前。無題。】
思出も 無き古を 忍ぶこそ 憂きを忘るる 心為るらめ
前大納言 藤原基良女
1476 【○承前。無題。】
人はいさ 戀しからでや 來方を 昔と許 思出らむ
平行氏
1477 法眼行濟、詠ませ侍りける熊野十二首歌中に
偲ぶべき 習と思ふ 理に 過ぎて戀しき 昔也けり
前大僧正禪助
1478 懷舊之心を
其事の 故とは無しに 戀しきは 我身に過ぎし 昔也けり
藤原忠資朝臣
1479 【○承前。詠懷舊之趣。】
永らへて 我身に過ぎし 昔をも 心為らでは 誰か偲ばむ
佚名 讀人知らず
1480 弘安元年百首歌奉りし時
微睡まぬ 現ながらに 見る夢は 思續くる 昔也けり
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
1481 題知らず
哀にも 見し世に通ふ 夢路哉 微睡む程や 昔為るらむ
佚名 讀人知らず
1482 【○承前。無題。】
見し事を 寐覺床に 驚けば 老枕の 夢ぞ短き
法眼慶融
1483 【○承前。無題。】
幾返り 秋夜長き 寐覺にも 昔を獨 思出づらむ
源通有朝臣
1484 【○承前。無題。】
物思はで 眺めし秋の 有顏に 何と昔の 月を戀ふらむ
後一條入道前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1485 【○承前。無題。】
徒に 如是ては獨 見ざらまし 今夜月の 昔也せば
前右衛門督 藤原基顯 園基顯
1486 御持僧に加はりて、二間に侍りける事を思出でて詠侍りける
天下 千代に八千代と 祈るこそ 夜居の昔に 變らざりけれ
前大僧正禪助
1487 懷舊之心を
何と如是 思ひも判で 忍ぶらむ 過ぎにし方も 同浮世を
佚名 讀人知らず
1488 【○承前。詠懷舊之趣。】
如何為れば 戀しと思ふ 古の 月日に添へて 遠離るらむ
高階基政朝臣
1489 出家すとて詠める
年月は 言はで心に 思來し 此世を今ぞ 背果てぬる
惟宗盛長
1490 世を背きて後、人訪れて侍りける返事に
今更に 袖色にや 知らるらむ 豫ても染めし 心為れども
三條入道內大臣 藤原公親 三條公親
1491 前大納言為氏,落餝し侍る由を聞きて遣はしける
身を捨てし 我が墨染は 歎かれで 餘所に悲しき 袖色哉
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
1492 返し
何故か 餘所に歎かむ 心より 思立ちぬる 墨染袖
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1493 平貞時朝臣落餝し侍りけるに、宣時朝臣同じく出家之由聞きて申し遣はしける
世を棄つる 一方をこそ 歎きつれ 共に背くと 聞くぞ悲しき
前大納言 藤原為世 二條為世
1494 返し
年長けぬ 人だに背く 世中に 老いて由緣無く 如何殘らむ
平宣時朝臣
1495 題知らず
何と復 心に物を 思ふらむ 掛からじとてぞ 世をば厭ひし
佚名 讀人知らず
1496 【○承前。無題。】
寢ぬに見る 此世夢よ 如何ならむ 驚けばとて 現とも無し
藤原景綱
1497 【○承前。無題。】
如何為む 此世夢の 覺遣らで 復重為らむ 長きねぶりを
法眼源承
1498 源親長朝臣身罷りにける時、終亂れぬ由聞きて源邦長朝臣に遣はしける
夢世に 迷ふと聞かば 現にも 猶慰まぬ 別為らまし
後光明峰寺前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
1499 返し
見し人の 捨てて出でにし 夢世に 止る歎ぞ 覺むるとも無き
源邦長朝臣
1500 平親清女、身罷りて後、妹許に申し遣はしける
1501 題知らず
化野や 風待つ露を 餘所に見て 消えむ物とも 身をば思はず
藤原為道朝臣
1502 道助法親王隱侍りにける頃、僧正玄瑜許へ申遣はしける
思入る 深山隱の 苔袖 數為らずとて 置かぬ露かは
經乘法師
1503 道助法親王隱侍りて後,法眼行濟高野に侍りけるに遣はしける
人よりも 慕ふ心は 君も嘸 哀と苔の 下に見るらむ
道供法師
1504 題知らず
哀也 我が身に近き 鳥部野の 煙を餘所に 何時迄か見む
典侍光子
1505 【○承前。無題。】
遲れじと 思心や 無き人の 迷ふ闇道の 友と為るらむ
荒木田氏忠
1506 少將內侍身罷りて後、佛事の序に、辨內侍人人に勸めて詠ませ侍りける歌中に
跡を問ふ 人だに無くば 友千鳥 知らぬ浦路に 猶や迷はむ
土御門入道內大臣 源通成 中院通成
1507 同行身罷りにける跡に罷りて
思ひきや 此秋迄に 馴馴れて 今無き跡を 問はむ物とは
性瑜上人
1508 後世事等申しける人に
行止る 何方を終の 宿とてか 問へとも人に 契置くべき
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
1509 同法眾を結びて、跡を訪ふべき由契侍りけるに、先立つ人侍りけるを、病に患ひて捧物調じて遣はしける裹紙に書付けける
生きてこそ 有るにも非ぬ 身なりとも 亡き人數に 何時か問はれむ
法印聖勝
1510 前關白太政大臣嘆く事侍りける頃、程經て申し遣はしける
問はずとて 愚なるにや 思ひけむ 心を變へて 嘆來し身を
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1511 返し
訪はれぬも 歎きに添へて 辛かりき 心を替ふる 程を知らねば
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
1512 題知らず
豫て何ど 厭ふ心の 無かるらむ 遂に行くべき 道と聞けども
僧正慈順
1513 大宮院隱れさせ給ひて後、高野山に治奉られける時、詠侍りける
君も復 契有りてや 高野山 其曉を 共に待つらむ
貞空上人
1514 題知らず
終に行く 道を誠の 別れにて 憂世に然らば 歸らず欲得
平行氏
1515 【○承前。無題。】
惜しめども 然らぬ習の 命にて 憂きは此世の 別也けり
藤原秀茂
1516 素暹法師煩ふ事侍りけるが、限りに聞こえ侍りければ、遣はしける
限ぞと 聞くぞ悲しき 徒世の 別れは然らぬ 習為れども
中務卿 宗尊親王
1517 返し
如是辛き 別れも知らで 徒世の 習と許 何思ふらむ
素暹法師
1518 普光園入道前關白隱侍りて後、詠侍りける
垂乳根の 在し其世に 哀何ど思ふばかりも 仕へざりけむ
天台座主道玄
1519 題知らず
逢坂の 關には非で 知る知らず 遂に行くなる 道ぞ悲しき
法印覺寬
1520 後京極攝政隱侍りける翌日、從二位家隆弔ひて侍りければ
昨日迄 懸けて賴みし 櫻花 一夜夢の 春山風
前中納言 藤原定家
1521 返し
悲しさの 昨日夢に 較ぶれば 移ろふ花も 今日山風
從二位 藤原家隆
1522 後嵯峨院隱れさせ給ひける春、山里花を見て
然もこそは 深山隱れの 花為らめ 憂世も知らぬ 春色哉
從三位 賀茂氏久
1523 同頃、龜山殿より花に添へて、光俊朝臣許に遣はしける
墨染に 咲かぬも辛し 山櫻 花は嘆きの 外物かは
平親世
1524 郁芳門院隱れさせ給ひて又年秋、御前萩を見て
萩が花 同匂に 咲きにけり 憂かりし秋の 露も然ながら
大藏卿 源行家
1525 返し
見る度に 露けさ增さる 萩が花 折知顏に 何匂ふらむ
佚名 讀人知らず
1526 秋頃、圓明寺にて、後一條入道前關白事を思出でて詠侍りける
如此許 亡き跡忍ぶ 人も有らじ 我世後の 秋山里
後光明峰寺前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
1527 九條內大臣身罷りて後の秋、嵯峨墓所に罷りて詠侍りける
山里は 袖紅葉の 色ぞ濃き 昔を戀ふる 秋淚に
前大僧正慈鎮
1528 題知らず
消えぬ間も 見るぞ儚き 亡人の 昔跡に 積る白雪
平時高
1529 京極院十三年に、一品經書きて女房中に遣すとて
跡偲ぶ 心を如何で 顯はさむ 斯かる御法の 導為らずば
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
1530 後嵯峨院御事後、龜山殿にて詠ませ給ひける
大井河 行く瀨の浪も 同じくば 昔に歸れ 君が影見む
法皇御製 龜山院
1531 從一位倫子重忌に侍りける頃、詠侍りける
儚くも 茲を形見と 慰めて 身に添ふ物は 淚也けり
後一條入道前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1532 津守國平、身罷りて後、詠める
在る世にも 斯くやは添ひし 面影の 立ちも離れぬ 昨日今日哉
津守國助
1533 權中納言公宗身罷りて後、三月盡に、山階入道左大臣許に遣はしける
憂かりける 春別と 思ふにも 淚に暮るる 今日悲しさ
前大僧正良覺
1534 藤原為道朝臣の第三年に、結緣經供養し侍りける序に、寄菖蒲懷舊を
懸けてだに 思ひやは為し 菖蒲草 長別の 形見為れとは
法印定為
1535 東二條院半物川浪、物申しける男身罷りにけるが、教置きけるとて、桂緒琵琶を彈きけるを聞きて
半ばなる 月桂の 面影を 思出でてや 搔曇るらむ
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
1536 返し
搔曇る 淚も悲し 今更に 半月を 袖に宿して
東二條院半物川浪
1537 前大僧正隆辨、八月十五夜身罷りて侍りける一周忌に、結緣經歌添へて秋懷舊と云ふ事を
巡逢ふ 去年今夜の 月見てや 亡き面影を 思出づらむ
前大納言 藤原實冬 滋野井實冬
1538 安嘉門院、御忌に籠りて侍りける九月十三夜、藤原道信朝臣月見る由申して侍りければ
今夜とて 淚隙も 無き物を 如何なる人の 月を見るらむ
前權僧正教範
1539 平時茂、都にて身罷りにける後、東月を見て詠侍りける
巡逢ふ 玆や昔の 跡ぞとも 何時か都の 月に見るべき
平時範
1540 題知らず
垂乳根の 親見し世の 秋為らば 月にも袖は 絞らざらまし
中臣祐親
1541 【○承前。無題。】
戀偲ぶ 昔秋の 月影を 苔袂の 淚にぞ見る
法眼行濟
1542 西園寺入道前太政大臣、身罷りて第三年秋、常磐井入道前太政大臣家にて三首歌詠侍りけるに、暮秋雨と云ふ事を
古りにける 年三歲の 秋雨 更に夕の 空ぞ悲しき
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
1543 八月十五夜、後一條入道前關白の事思出でて詠侍りける
諸共に 見し夜秋の 面影も 忘れぬ月に 音をのみぞ泣く
大藏卿 藤原隆博 九條隆博
1544 從三位為繼身罷りて後、日數過ぎて人の弔侍りければ
今更に 悲しき物は 遠離る 別後の 月日也けり
安喜門院大貳 藤原為繼女
1545 源時長朝臣身罷りて後、第三年春、妹許に申遣はしける
別にし 後三歲の 春月 面影翳む 夜半ぞ悲しき
源兼孝朝臣
1546 後嵯峨院隱れさせ給ひける時、素服給ひて詠める
翳む夜の 空よりも猶 墨染の 袖にも曇る 春月影
中原行實朝臣
1547 性助法親王身罷りにける頃、法眼行濟許に申遣はしける
然こそ實に 夢別の 悲しきは 忘るる間無き 現為るらめ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1548 返し
何と復 驚かすらむ 現とは 思ひも判ぬ 夢別路
法眼行濟
1549 西行法師、後世事等申したりければ
驚かす 君に因りてぞ 長夜の 久しき夏は 覺むべかりける
前大納言 藤原成道 藤原成通
1550 返し
驚かぬ 心也せば 世中を 夢ぞと語る 甲斐無からまし
西行法師 佐藤義清
1551 題知らず
何か其 人哀も 餘所為らむ 浮世外に 住まぬ身為れば
藤原景綱
1552 少將內侍身罷りにける時、樣變へて後、幾程無くて、信實朝臣に後れて詠侍りける
吳竹の 憂一節に 身を捨てつ 復如何樣に 世を背かまし
辨內侍 後深草院辨內侍 藤原信實女
1553 亡き人を夢に見て、人人歌詠侍りけるに
諸共に 行くべき道に 先立ちて 定無き世の 導をぞする
蓮生法師
1554 京極院隱れさせ給ひての頃、雁を聞きて
身を知れば 雲居雁の 一列も 後れ先立つ 音をや鳴くらむ
前太政大臣 藤原公守 洞院公守
1555 患侍りける時、郭公を聞きて
言問へよ 誰か偲ばむ 郭公 亡からむ跡の 宿橘
中務卿 宗尊親王家三河
1556 夏頃、西行法師許へ遣はしける
此世にて 相語置かむ 時鳥 死出山路の 導とも為れ
待賢門院堀川 待賢門院堀河
1557 五月頃、大藏卿行宗、父忌日にて侍りけるに遣はしける
足引の 山郭公 今日しこそ 昔を戀ふる 音をば鳴くらめ
大納言 源師賴
1558 前大納言為家身罷りて後、日數過ぐる程に、前大納言為氏許に申遣はしける
五月雨の 日數は餘所に 過ぎながら 霽ぬ淚や 袖濡らすらむ
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
1559 題知らず
何ぞも如是 露命と 言置きて 消ゆれば人の 袖濡らすらむ
如圓法師
1560 【○承前。無題。】
儚くも 消殘りては 歎哉 誰も行くべき 道芝露
法印乘雅
1561 【○承前。無題。】
何として 憂身一つの 殘るらむ 同昔の 人は亡き世に
興信法師
1562 九條右大臣身罷りての頃、同心に嘆きける人許に申遣はしける
君故に 身に惜しまれし 命こそ 後れて殘る 今日は辛けれ
源兼氏朝臣
1563 前大納言為家に後れて後、懷舊歌詠侍りけるに
垂乳根の 然らぬ別の 淚より 見しよ忘れず 濡るる袖哉
玆は寂蓮法師が歌とて、僧正道譽が夢に見侍りけるとなむ。
法眼慶融
1564 【○承前。前大納言為家去世後,侍詠懷舊歌。】
我身如何に 駿河山の 現にも 夢にも今は 訪ふ人無き
1565 題知らず
苔下に 埋れぬ名を 殘しつつ 跡訪ふ袖に 露ぞ零るる
佚名 讀人知らず