新後撰和歌集 卷十九 雜歌下


1466 題知(だいし)らず


1467 弘長元年百首歌奉(こうちゃうぐわんねんのひゃくしゅのうたたてまつ)りける時(とき)、松(まつ)


1468 廣澤池(ひろさはのいけ)に罷(まか)りて詠侍(よみはべ)りける


1469 題知(だいし)らず


1470 【○承前。無題。】


1471 【○承前。無題。】


1472 【○承前。無題。】


1473 【○承前。無題。】


1474 【○承前。無題。】


1475 【○承前。無題。】


1476 【○承前。無題。】


1477 法眼行濟(はふげんぎやうさい)、詠(よ)ませ侍(はべ)りける熊野十二首歌中(くまののじふにしゅのうたのなか)に


1478 懷舊之心(くわいきうのこころ)を


1479 【○承前。詠懷舊之趣。】


1480 弘安元年百首歌奉(こうあんぐわんねんのひゃくしゅのうたたてまつ)りし時(とき)


1481 題知(だいし)らず


1482 【○承前。無題。】


1483 【○承前。無題。】


1484 【○承前。無題。】


1485 【○承前。無題。】


1486 御持僧(ごぢそう)に加(くは)はりて、二間(ふたま)に侍(はべ)りける事(こと)を思出(おもひで)でて詠侍(よみはべ)りける


1487 懷舊之心(くわいきうのこころ)を


1488 【○承前。詠懷舊之趣。】


1489 出家(しゅっけ)すとて詠(よ)める


1490 世(よ)を背(そむ)きて後(のち)、人訪(ひとのおとづ)れて侍(はべ)りける返事(かへりごと)に


1491 前大納言為氏(さきのだいなごんためうぢ),落餝(かしらおろ)し侍(はべ)る由(よし)を聞(き)きて遣(つか)はしける


1492 返(かへ)し


1493 平貞時朝臣(たひらのさだときのあそん)落餝(かしらおろ)し侍(はべ)りけるに、宣時朝臣(のぶときのあそん)同(おな)じく出家之由聞(しゅっけのよしき)きて申(まを)し遣(つか)はしける


1494 返(かへ)し


1495 題知(だいし)らず


1496 【○承前。無題。】


1497 【○承前。無題。】


1498 源親長朝臣(みなもとのちかながのあそん)身罷(みまか)りにける時(とき)、終亂(をはりみだ)れぬ由聞(よしき)きて源邦長朝臣(みなもとのくにながのあそん)に遣(つか)はしける


1499 返(かへ)し


1500 平親清女(たひらのちかきよのむすめ)、身罷(みまか)りて後(のち)、妹許(いもうとのもと)に申(まを)し遣(つか)はしける


1501 題知(だいし)らず


1502 道助法親王(だうじょほふしんわう)隱侍(かくれはべ)りにける頃(ころ)、僧正玄瑜許(そうじやうげんゆのもと)へ申遣(まをしつか)はしける


1503 道助法親王(だうじょほふしんわう)隱侍(かくれはべ)りて後(のち),法眼行濟(はふげんぎゃうさい)高野(かうや)に侍(はべ)りけるに遣(つか)はしける


1504 題知(だいし)らず


1505 【○承前。無題。】


1506 少將內侍(せうしやうないし)身罷(みまか)りて後(のち)、佛事(ぶつじ)の序(ついで)に、辨內侍(べんのないし)人人(ひとびと)に勸(すす)めて詠(よ)ませ侍(はべ)りける歌中(うたのなか)に


1507 同行身罷(どうぎゃうみまか)りにける跡(あと)に罷(まか)りて


1508 後世事等(のちのよのことなど)申(まを)しける人(ひと)に


1509 同法眾(おなじほふしゅ)を結(むす)びて、跡(あと)を訪(と)ふべき由契侍(よしちぎりはべ)りけるに、先立(さきだ)つ人(ひと)侍(はべ)りけるを、病(やまひ)に患(わづら)ひて捧物調(ささげものてう)じて遣(つか)はしける裹紙(つつみかみ)に書付(かきつ)けける


1510 前關白太政大臣(さきのくわんぱくだいじゃうだいじん)嘆(なげ)く事侍(ことはべ)りける頃(ころ)、程經(ほどへ)て申(まを)し遣(つか)はしける


1511 返(かへ)し


1512 題知(だいし)らず


1513 大宮院(おほみやゐん)隱(かく)れさせ給(たま)ひて後(のち)、高野山(かうやさん)に治奉(をさめたてまつ)られける時(とき)、詠侍(よみはべ)りける


1514 題知(だいし)らず


1515 【○承前。無題。】


1516 素暹法師(そせむほふし)煩(わづら)ふ事侍(ことはべ)りけるが、限(かぎ)りに聞(き)こえ侍(はべ)りければ、遣(つか)はしける


1517 返(かへ)し


1518 普光園入道前關白(ふかうをんにふだうさきのくわんぱく)隱侍(かくれはべ)りて後(のち)、詠侍(よみはべ)りける


1519 題知(だいし)らず


1520 後京極攝政(ごきゃうごくせっしゃう)隱侍(かくれはべ)りける翌日(あくるひ)、從二位家隆(じゅにゐいへたか)弔(とぶら)ひて侍(はべ)りければ


1521 返(かへ)し


1522 後嵯峨院(ごさがゐん)隱(かく)れさせ給(たま)ひける春、山里花(やまざとのはな)を見(み)て


1523 同頃(おなじころ)、龜山殿(かめやまどの)より花(はな)に添(そ)へて、光俊朝臣許(みつとしのあそんのもと)に遣(つか)はしける


1524 郁芳門院(いくはうもんゐん)隱(かく)れさせ給(たま)ひて又年秋(またのとしのあき)、御前萩(ごぜんのはぎ)を見(み)て


1525 返(かへ)し


1526 秋頃(あきのころ)、圓明寺(ゑんみゃうじ)にて、後一條入道前關白事(のちのいちでうにふだうさきのくわんぱくのこと)を思出(おもひで)でて詠侍(よみはべ)りける


1527 九條內大臣(くでうのないだいじん)身罷(みまか)りて後(のち)の秋(あき)、嵯峨墓所(さがのぼしょ)に罷(まか)りて詠侍(よみはべ)りける


1528 題知(だいし)らず


1529 京極院十三年(きゃうごくゐんのじふさんねん)に、一品經書(いっぽんきやうか)きて女房中(にうばうのなか)に遣(つかは)すとて


1530 後嵯峨院御事後(ごさがゐんのおほむことののち)、龜山殿(かめやまどの)にて詠(よ)ませ給(たま)ひける


1531 從一位倫子重忌(じふいちゐりんしのおもひ)に侍(はべ)りける頃(ころ)、詠侍(よみはべ)りける


1532 津守國平(つのもりのくにひら)、身罷(みまか)りて後(のち)、詠(よ)める


1533 權中納言公宗(ごんちゆうなごんきむむね)身罷(みまか)りて後(のち)、三月盡(やよひのつごもり)に、山階入道左大臣許(やましなにふだうさだいじんのもと)に遣(つか)はしける


1534 藤原為道朝臣(ふぢはらのためみちのあそん)の第三年(だいさんねん)に、結緣經供養(けちゑんきやうくやう)し侍(はべ)りける序(ついで)に、寄菖蒲懷舊(あやめぐさによするくわいきう)を


1535 東二條院半物川浪(ひがしにでうゐんのはしたものかはなみ)、物申(ものまを)しける男身罷(をとこみまか)りにけるが、教置(をしへお)きけるとて、桂緒琵琶(かつらのをのびわ)を彈(ひ)きけるを聞(き)きて


1536 返(かへ)し


1537 前大僧正隆辨(さきのだいそうじやうりうべん)、八月十五夜(はつきじふごや)身罷(みまか)りて侍(はべ)りける一周忌(いっしうき)に、結緣經歌添(けちゑんきゃうのうたそ)へて秋懷舊(あきくわいきう)と云(い)ふ事(こと)を


1538 安嘉門院(あんかもんゐん)、御忌(おほむいみ)に籠(こも)りて侍(はべ)りける九月十三夜(のちのつき)、藤原道信朝臣(ふぢはらのみちのぶのあそん)月見(つきみ)る由申(よしまを)して侍(はべ)りければ


1539 平時茂(たひらのときしげ)、都(みやこ)にて身罷(みまか)りにける後(のち)、東月(あづまのつき)を見(み)て詠侍(よみはべ)りける


1540 題知(だいし)らず


1541 【○承前。無題。】


1542 西園寺入道前太政大臣(さいをんじにふだうさきのだいじゃうだいじん)、身罷(みまか)りて第三年秋(だいさんねんのあき)、常磐井入道前太政大臣家(ときはゐにふだうさきのだいじゃうだいじんのいへ)にて三首歌詠侍(さんしゅのうたよみはべ)りけるに、暮秋雨(ぼしうう)と云(い)ふ事(こと)を


1543 八月十五夜(はつきじふごや)、後一條入道前關白(のちのいちでうにふだうさきのくわんぱく)の事思出(ことおもひで)でて詠侍(よみはべ)りける


1544 從三位為繼(じゅさんみためつぐ)身罷(みまか)りて後(のち)、日數過(ひかずす)ぎて人(ひと)の弔侍(とぶらひはべ)りければ


1545 源時長朝臣(みなもとのときながのあそん)身罷(みまか)りて後(のち)、第三年春(だいさんねんのはる)、妹許(いもうとのもと)に申遣(まをしつか)はしける


1546 後嵯峨院(ごさがゐん)隱(かく)れさせ給(たま)ひける時(とき)、素服給(そふくたま)ひて詠(よ)める


1547 性助法親王(しゃうじょほふしんわう)身罷(みまか)りにける頃(ころ)、法眼行濟許(ほうげんぎゃうさいがもと)に申遣(まをしつか)はしける


1548 返(かへ)し


1549 西行法師(さいぎゃうほふし)、後世事等申(のちのよのことなどまを)したりければ


1550 返(かへ)し


1551 題知(だいし)らず


1552 少將內侍(せうしやうのないし)身罷(みまか)りにける時(とき)、樣變(さまか)へて後(のち)、幾程無(いくほどな)くて、信實朝臣(のぶざねのあそん)に後(おく)れて詠侍(よみはべ)りける


1553 亡(な)き人(ひと)を夢(ゆめ)に見(み)て、人人歌詠侍(ひとびとうたよみはべ)りけるに


1554 京極院(きゃうごくゐん)隱(かく)れさせ給(たま)ひての頃(ころ)、雁(かり)を聞(き)きて


1555 患侍(わづらひはべ)りける時(とき)、郭公(ほととぎす)を聞(き)きて


1556 夏頃(なつのころ)、西行法師許(さいぎゃうほふしがもと)へ遣(つか)はしける


1557 五月頃(さつきのころ)、大藏卿行宗(おおくらきゃうゆきむね)、父忌日(ちちのきにち)にて侍(はべ)りけるに遣(つか)はしける


1558 前大納言為家(さきのだいなごんためいへ)身罷(みまか)りて後(のち)、日數過(ひかずす)ぐる程(ほど)に、前大納言為氏許(さきのだいなごんためうぢのもと)に申遣(まをしつか)はしける


1559 題知(だいし)らず


1560 【○承前。無題。】


1561 【○承前。無題。】


1562 九條右大臣(くでうのうだいじん)身罷(みまか)りての頃(ころ)、同心(おなじこころ)に嘆(なげ)きける人許(ひとのもと)に申遣(まをしつか)はしける


1563 前大納言為家(さきのだいなごんためいへ)に後(おく)れて後(のち)、懷舊歌詠侍(くわいきうのうたよみはべ)りけるに


1564 【○承前。前大納言為家去世後,侍詠懷舊歌。】


1565 題知(だいし)らず