新後撰和歌集 卷十八 雜歌中
1347 桂家にて、憂ふる事侍りける頃、月を見て詠侍りける
眺めつる 心闇も 晴る許 桂里に 澄める月影
權中納言 藤原俊忠
1348 月歌中に
徹夜 獨待出て 眺むれば 憂事のみぞ 有明月
藤原基俊
1349 弘安元年百首歌奉し時
何時乾れ 淚に濡るる 影為らで 袖より外の 月を見るべき
二品法親王覺助
1350 題知らず
思遣れ 然らでも濡るる 苔袖 曉置きの 露繁さを
入道二品親王性助
1351 正安元年九月頃、衣笠殿にて御如法經侍りし時、三七日の懺悔、今宵果つべき日に成りて、名殘惜しき由等申しける人の返事に
熟來つる 曉起きの 鐘音も 一夜許に 成るぞ嬉しき
法印憲基
1352 題知らず
何時迄と 聞くに付けても 悲しきは 老寢覺の 曉鐘
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1353 百首歌詠ませ給ひける時、曉
靜かなる 寢覺夜深き 曉の 鐘より續く 鳥の聲聲
法皇御製 龜山院
1354 閑庭松と云ふ事を詠ませ給ひける
如是しこそ 千歲も待ため 松枝の 嵐靜かに 住める山里
太上天皇 後宇多院
1355 龜山殿にて山家之心を
峯嵐 麓川の 音をのみ 何時迄友と 明かし暮さむ
遊義門院 姈子內親王
1356 那智山に千日籠りて出侍りける時、詠侍りける
三歲經し 那智御山の 甲斐有らば 立歸るらむ 瀧白浪
前大僧正道瑜
1357 題知らず
大原や 朧清水 汲みて知れ 澄ます心も 年經ぬる身を
佚名 讀人知らず
1358 同心に行ひける人許に遣はしける
忘る莫よ 流末は 變るとも 一つ御山の 谷川水
蓮生法師
1359 寳治百首歌奉りける時、山家水
澄まば復 澄まれこそせめ 山里は 筧水の 有るに任せて
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1360 山家之心を
靜かなる 草庵の 雨のよを 訪人有らば 哀れとや見む
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1361 【○承前。詠山家之趣。】
世憂に 較ぶる時ぞ 山里は 松嵐も 堪へて住まるる
土御門院御製
1362 【○承前。詠山家之趣。】
寂しさも 誰に語らむ 山陰の 夕日少なき 庭松風
法皇御製 龜山院
1363 天台座主道玄、無動寺に住侍りける頃、申遣はしける
聞く儘に 如何に心の 住みぬらむ 昔跡の 嶺松風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1364 返し
訪はるるや 昔跡の 甲斐ならむ 我が山里の 庭松風
天台座主道玄
1365 題知らず
松風の 音を聞かでや 山里を 憂世之外と 人は言ひけむ
佚名 讀人知らず
1366 【○承前。無題。】
問へかしな 霞衣を 重ねても 嵐寒けき 峰庵を
津守國助
1367 【○承前。無題。】
住侘びば 立歸るべき 故鄉を 隔て莫果てそ 嶺白雲
藤原盛德
1368 【○承前。無題。】
住初めし 跡無かり為ば 小倉山 何方に老の 身を隱さまし
前大納言 藤原為家
1369 百首歌奉りし時、山家
山里に 世を厭はむと 思ひしは 猶深からぬ 心也けり
天台座主道玄
1370 題知らず
思ふには 深き山路も 無き物を 心外に 何尋ぬらむ
平泰時朝臣
1371 【○承前。無題。】
訪はれねば 世憂事も 聞こえ來ず 厭ふ甲斐有る 山奧哉
前大僧正實伊
1372 【○承前。無題。】
世憂さを 歎く心の 身に添はば 山奧にも 住まむ物かは
佚名 讀人知らず
1373 【○承前。無題。】
思入る 吉野奧も 如何ならむ 憂世外の 山路為らねば
九條左大臣二條道良女
1374 【○承前。無題。】
世を憂しと 思も入れぬ 月だにも 澄みける物を 山奧には
從三位 藤原基輔 坊門基輔
1375 弘安元年百首歌奉りし時
契有らば 復や尋ねむ 吉野山 露別侘びし 篠下道
二品法親王覺助
1376 山家之心を
今は良し 浮世之性と 知りぬれば 復異山に 宿は求めじ
顯意上人
1377 【○承前。詠山家之趣。】
憂事の 聞こえ來ざらむ 山影を 誰に問ひてか 身を隱さまし
賀茂在藤朝臣
1378 百首歌奉りし時、同心を
寂しさも 身習はしの 山里に 立歸りては 住む心哉
藤原為信朝臣
1379 題知らず
世を厭ふ 山奧にも 住まれぬや 我身に添へる 心為るらむ
心圓法師
1380 【○承前。無題。】
寂しさも 流石慣行く 柴戶は 暫しぞ人の 來ぬも待たれし
前大納言 藤原實家
1381 【○承前。無題。】
里遠き 宿真柴の 夕煙 立たぬも猶ぞ 寂しかりける
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1382 【○承前。無題。】
山深み 昔や人の 通ひけむ 苔下なる 谷懸橋
法印最信
1383 守覺法親王家五十首歌に
思出づる 人は有りとも 誰か此の 苔古りにける 道を尋ねむ
三條入道左大臣 藤原實房 三條實房
1384 題知らず
迷はじな 通慣れたる 山人の 爪木道は 枝折せずとも
惟康親王家右衛門督
1385 讀置きて侍りける歌を、前中納言定家許に遣すとて、裹紙に書付けける
愚かなる 心は猶も 迷ひけり 教へし道の 跡は有れども
藤原基政
1386 觀意法師、續拾遺集に返入りて侍りける時、申し遣はしける
思ひのみ 滿行く汐の 蘆分けに 障も果てぬ 和歌浦舟
津守國助
1387 返し
後れても 蘆分け小舟 入汐に 障し程を 何か恨みむ
觀意法師
1388 弘安元年百首歌奉りし時
葦原の 跡と許は 忍べども 寄る方知らぬ 和歌浦浪
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
1389 司召頃、為世が參議を望申すとて奏し侍りける
和歌浦に 獨老いぬる 夜鶴の 子の為思ふ 音こそ啼かるれ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
1390 御返し
和歌浦に 子を思ふとて 鳴く鶴の 聲は雲居に 今ぞ聞ゆる
法皇御製 龜山院
1391 題知らず
垂乳根の 親諫めの 數數に 思合せて 音をのみぞ泣く
前大納言 藤原為家
1392 【○承前。無題。】
傳置く 言葉にこそ 殘りけれ 親諫めし 道芝露
丹波長有朝臣
1393 弘長三年內裏百首歌に、窗竹
如何にして 窗に年經し 笛竹の 雲居に高く 音を傳へけむ
前大納言 藤原良教 粟田口良教
1394 述懷之心を詠める
家風 吹くとはすれど 笛竹の 代代に及ばぬ 音ぞ泣かれける
豐原政秋
1395 【○承前。詠述懷之趣。】
風騷ぐ 荒磯浪に 引く網の 置所無き 身を恨みつつ
源有長朝臣
1396 前大僧正慈鎮に罷逢ひて後に遣はしける
逢見てし 後は伊香具の 海よりも 深しや人を 思心は
前右近大將 源賴朝
1397 返し
賴む事 深しと言はば 渡海も 返りて淺く 成りぬべき哉
前大僧正慈鎮
1398 題知らず
消遣らで 波に漂ふ 泡沫の 寄邊知らぬや 我身為るらむ
入道二品親王性助
1399 【○承前。無題。】
淀む莫よ 佐保河水 昔より 絕えぬ流の 跡に任せて
內大臣 藤原內實 一條內實
1400 【○承前。無題。】
稻舟も 上兼ねたる 最上川 暫許と 何時を待ちけむ
藤原嗣房朝臣
1401 一品之望滯侍りける頃、人許に遣はしける
昇得ぬ 淀の筏の 綱手繩 此瀨許を 引く人欲得
前內大臣 藤原實重 三條實重
1402 司召に恨むる事有りける頃、人の訪ひて侍りける返事に
憂きに猶 堪へて由緣無き 末松 越ゆる浪をも 得こそ恨みね
民部卿 藤原資宣
1403 述懷歌中に
玉鉾の 道有る御代の 位山 麓に獨り 猶迷ふ哉
前大納言 藤原教良 二條教良
1404 除目之朝、尚侍藤原頊子朝臣に給はせける
其上に 賴めし事の 違はねば 並べて昔の 代にや歸らむ
太上天皇 後宇多院
1405 御返し
契來し 心末は 知らねども 此一言や 變らざるらむ
尚侍 藤原頊子朝臣
1406 太宰權帥に歸りなりて侍りける頃、人の悅申しける返事に申して侍りける
知らざりき 香椎髻首 年經りて 過ぎにし跡に 歸るべしとは
前大納言 藤原經任
1407 題知らず
繰返し 猶憂物は 數為らで 我身老曾の 杜注連繩
源兼泰
1408 【○承前。無題。】
身一つの 憂きに限らぬ 此世ぞと 思作せども 濡るる袖哉
藤原基賴
1409 【○承前。無題。】
思ふとも 其に寄るべき 世為らぬを 何歎かるる 心為るらむ
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
1410 【○承前。無題。】
理と 思作すべき 心さへ 身を忘れては 猶歎く哉
賀茂久世
1411 【○承前。無題。】
然りともと 儚き世をも 賴む哉 有るべき程は 見ゆる我身を
源師光
1412 【○承前。無題。】
中中に 憂きも辛きも 知られずば 心儘に 世をや過ぐさむ
惟宗忠宗
1413 中務卿宗尊親王家百首歌に
兔に角に 我から物を 思哉 身より他なる 心為らねば
左近中將 源具氏
1414 題知らず
大方の 世をも恨みじ 心だに 憂身に叶ふ 習為りせば
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1415 【○承前。無題。】
憂しと云ふも 唯大方の 習とや 心を知らぬ 人は思はむ
平久時
1416 【○承前。無題。】
縱然らば 在るに任せて 過ぐしてむ 思ふに叶ふ 浮世為らねば
權僧正尊源
1417 【○承前。無題。】
愚かなる 心を如何に 慰めて 憂きを報いと 思判かまし
行生法師
1418 【○承前。無題。】
憂しとても 身に託つべき 方ぞ無き 此世一つの 報為らねば
前大納言 藤原實家
1419 【○承前。無題。】
行末の 何かゆかしき 來方に 憂身程は 思知りにき
天台座主道玄
1420 【○承前。無題。】
永らへば 憂事や猶 數添はむ 昔も今も 物ぞ悲しき
平時茂
1421 【○承前。無題。】
世中に 猶も由緣無く 長らへて 憂きを知らぬは 命也けり
法印圓勇
1422 【○承前。無題。】
行末も 然こそと思へば 有らましの 慰めだにも 無き我身哉
圓道法師
1423 【○承前。無題。】
責めて我が 身慰めの 無き儘に 憂例をぞ 今は數ふる
前右衛門督 藤原基顯 園基顯
1424 【○承前。無題。】
世中を 恨むるとしは 無けれども 身憂時ぞ 淚墮ちける
道洪法師
1425 【○承前。無題。】
憂事を 思續けて 寢ぬる夜は 夢內にも 音ぞ泣かれける
法印定意
1426 【○承前。無題。】
何時とても 變らず夢は 見しかども 老寐覺ぞ 袖は濡れける
前參議 藤原能清 一條能清
1427 【○承前。無題。】
物をのみ 思慣れたる 老が身に 寐覺せられぬ 曉欲得
平時廣
1428 【○承前。無題。】
儚くも 我が有らましの 行末を 待つとせし間の 身こそ老いぬれ
前僧正實伊
1429 弘安元年百首歌奉りし時
見ても猶 在しにも似ぬ 面影や 老いを真澄の 鏡為るらむ
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
1430 題知らず
如何に為む 鏡底に 瑞齒ぐむ 影も昔の 友為ら無くに
鴨長明
1431 【○承前。無題。】
在所離れて 世憂度に 止まらぬ 心友や 淚為るらむ
前大納言 藤原忠良
1432 【○承前。無題。】
濁江の 葦間に宿る 月見れば 實に住難き 世こそ知らるれ
平時元
1433 平親世、人人に歌詠ませ侍りけるに、詠みて遣はしける
道邊に 茂る小笹の 一節も 心止まらぬ 此世也けり
天台座主道玄
1434 述懷之心を
心無き 泉杣の 宮木だに 曳く人有れば 朽果てぬ世を
後久我太政大臣 源通光 久我通光
1435 【○承前。詠述懷之趣。】
梓弓 心惹くに 任せずば 今も直なる 世にや返らむ
平宗宣
1436 【○承前。詠述懷之趣。】
味氣無く 思知らるる 世憂さも 身數為らば 猶や歎かむ
藤原為信朝臣
1437 弘安元年百首歌奉りし時
永らへて 如何に為るべき 果てぞとも 我さへ知らぬ 身行方哉
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
1438 題知らず
何事に 暫憂身の 忘られて 思慰む 心為るらむ
大江忠成朝臣女
1439 【○承前。無題。】
世を憂しと 何歎きけむ 背かれぬ 心ぞ身をば 思はざりける
中臣祐世
1440 【○承前。無題。】
世中の 憂きに付けても 辛からじ 身を人數に 思做さずば
平時村朝臣
1441 【○承前。無題。】
兔に角に 思ひし事の 變る世は 我心とて 賴みやはする
院大納言典侍 京極為子
1442 【○承前。無題。】
在經ても 誰が厭ふべき 浮世とて 猶身を捨てぬ 心為るらむ
高階宗成朝臣
1443 【○承前。無題。】
心から 憂きを忍びて 厭はぬや 歎くべき身の 報いなるらむ
永福門院少將
1444 【○承前。無題。】
世人の 數にも有らば 如何ならむ 憂きにだに猶 背かれぬ身は
法眼能圓
1445 【○承前。無題。】
厭はじな 然ても無からむ 後は復 戀しかるべき 此世為らずや
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
1446 【○承前。無題。】
何時か我 背かざりけむ 古を 悔しき物と 思知るべき
從二位 藤原行家 九條行家
1447 【○承前。無題。】
哀れなど 身を憂物と 厭ひても 猶棄てやらぬ 心為るらむ
按察使 源資平
1448 【○承前。無題。】
背くべき 理知らぬ 心こそ 憂世に身をば 惜しみ留めけれ
金刺盛久 金判盛久
1449 【○承前。無題。】
憂世とて 背果てても 如何為む 有らましにだに 變る心を
良心法師
1450 【○承前。無題。】
世中を 憂しと云ひても 甲斐ぞ無き 背かれぬ身の 心弱さに
靜仁法親王
1451 【○承前。無題。】
待事の 有るだに定め 無き物を 何を賴むと 過ぐすなるらむ
殷富門院大輔
1452 【○承前。無題。】
哀れ何時 我があらましの 限にて 背果つべき 浮世為るらむ
按察使 藤原高定
1453 【○承前。無題。】
如何為む 厭ふとも猶 世中を 歎く心の 元身為らば
平時常
1454 【○承前。無題。】
厭へども 猶長らふる 命こそ 憂世に殘る 辛さなりけれ
道洪法師
1455 【○承前。無題。】
命をば 如何なる人の 惜しむらむ 憂きには生ける 身こそ辛けれ
心海上人
1456 守覺法親王家五十首歌に、述懷
憂しとのみ 厭ふさへこそ 哀れなれ 有る物とやは 身を思ふべき
寂蓮法師
1457 題知らず
儚くも 思棄ててし 同身を 世に有顏に 猶歎くらむ
法印定為
1458 世を遁れて後、百首歌詠侍りける中に
淚こそ 心も知らね 捨てしより 何恨みか 身には殘らむ
前僧正道性
1459 百首歌奉りし時、述懷
仕來し 代代昔の 名殘とて 殘る許に 身をや喞たむ
內大臣 藤原內實 一條內實
1460 同心を
如何為む 關藤川 代代を經て 仕へし跡に 憂瀨殘さば
前大納言 藤原實家
1461 小倉山庄、思外なる事出來て住まず成りにける頃、詠侍りける
代代掛けて 思ひ小倉の 山水の 如何に濁れば 澄まず成るらむ
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
1462 其後程無く歸住侍りけるを、悅び申しける人の返事に
山水に 二度影を 宿しても 濁らぬ世こそ 身に知られけれ
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
1463 題知らず
道有れと 難波事も 思へども 蘆分小舟 末ぞ通らぬ
後嵯峨院御製
1464 【○承前。無題。】
向ふべき 世理は 思へども 民力を 助けやはする
普光園入道前關白左大臣 藤原良實 二條良實
1465 百首歌召されし次に、述懷
臥して思ひ 起きても歎く 世中に 同心と 誰を賴まむ
太上天皇 後宇多院