0770 弘安元年百首歌奉りし時
人知れず 思ひ入野の 花薄 亂始めける 袖露哉
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0771 弘長元年百首歌奉りし時、初戀
入始むる 繁き小笹の 露為らで 先袖濡らす 我が淚哉
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0772 後法性寺入道前關白家百首歌に、同心を
然もこそは 未だ見ぬ戀の 道ならめ 思立つより 迷ひぬる哉
藤原隆信朝臣
0773 題知らず
辛からば 如何に為むとか 行末の 心も知らず 思始むらむ
左近中將 源具氏
0774 【○承前。無題。】
知られじな 霞に籠めて 陽炎の 小野若草 下に萌ゆとも
前大納言 藤原為家
0775 【○承前。無題。】
知るや如何に 石田小野の 篠薄 思ふ心は 穗に出でずとも
正三位 藤原知家
0776 【○承前。無題。】
知られじな 露懸かるとも 下荻の 穗に出すべき 思為らねば
藤原重綱
0777 【○承前。無題。】
仄なる 難波蘆火 如何為れば 焚初むるより 身を焦すらむ
藤原為綱朝臣
0778 寄烟忍戀之心を
胸に滿つ 思ひは有れど 富士嶺の 煙為らねば 知る人も無し
鷹司院按察 兵衛督 葉室光親女
0779 戀歌之中に
知るらめや 葛城山に 居る雲の 立居に懸かる 我が心とは
式子內親王
0780 後法性寺入道前關白家百首歌に、忍戀
哀れとも 誰かは戀を 慰めむ 身より外には 知る人も無し
藤原隆信朝臣
0781 題知らず
憂身には 絕えぬ歎きに 面慣れて 物や思ふと 問ふ人も無し
鴨長明
0782 【○承前。無題。】
戀侘びて 歎かば色に 出でぬべし 身にも知られぬ 心と欲得
大炊御門內大臣 藤原冬忠 大炊御門冬忠
0783 【○承前。無題。】
甲斐無しや 知られぬ中に 長らへて 心一つの 賴み許は
從二位 藤原兼行
0784 【○承前。無題。】
人知れず 思ふ心の 苦しさを 色に出てや 知らせ始めまし
後嵯峨院大納言典侍 藤原為子
0785 【○承前。無題。】
淚こそ 忍ばば餘所に 見えずとも 抑ふる袖を 人や咎めむ
平政村朝臣
0786 【○承前。無題。】
堰返し 抑ふる袖に 年經りて 人目に知らぬ 淚と欲得
院大納言典侍 京極為子
0787 【○承前。無題。】
下にのみ 岩間水の 咽歸り 漏さぬ先に 袖ぞ濡れける
前中納言 大江匡房
0788 後京極攝政家六百番歌合に
名に立てる 音羽瀧も 音にのみ 聞くより袖は 濡るる物かは
大藏卿 藤原有家
0789 名所百首歌奉りける時
春霞 霞浦を 行舟の 餘所にも見えぬ 人を戀ひつつ
前中納言 藤原定家
0789b 【○承前。奉名所百首歌時。】
己づから 懸けても袖に 知らす莫よ 岩瀨杜の 秋白露
僧正行意
0790 忍戀之心を
我が戀は 岩瀨森の 下草の 亂れてのみも 過ぐる頃哉
土御門院御製
0791 【○承前。忍戀之趣。】
知られじな 然ても忍ぶの 杜露 漏りて淚の 袖に見えずば
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0792 【○承前。忍戀之趣。】
下にこそ 忍ぶの露の 亂るとも 袖外には 如何漏さむ
祝部成茂
0793 寳治百首歌奉りける時、寄衣戀
色見えぬ 玆や信夫の 摺衣 思亂るる 袖白露
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0794 題知らず
心のみ 限知られぬ 亂れにて 幾年月を 信夫捩摺
後嵯峨院御製
0795 【○承前。無題。】
陸奧の 亂れて摺れる 狩衣 名をだに立つる 人に知られじ
前大納言 藤原為家
0796 建長三年九月十三夜、十首歌合に、寄烟忍戀
富士嶺の 消たぬ煙も 立たばたて 身思ひだに 人し知らずば
前大納言 藤原資季
0797 【○承前。建長三年九月十三夜十首歌合中,寄煙忍戀。】
浦風に 焚藻煙 靡くとも 知らる莫人に 心弱さを
後九條內大臣 藤原基家 九條基家
0798 【○承前。建長三年九月十三夜十首歌合中,寄煙忍戀。】
海士焚く 浦鹽屋の 夕煙 思火消ゆとも 人に知らる莫
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0799 千五百番歌合に
瓦屋の 烟は下に 咽ぶとも 思有りとは 人に知らせじ
大藏卿 藤原有家
0800 戀歌之中に
我のみと 燻ゆる煙の 下燃を 人は易くや 思消つらむ
從三位藤原宣子
0801 院に三十首歌奉りし時、不逢戀
物思ふ 徒名は立たじ 夕煙 靡かぬ中に 戀は死ぬとも
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0802 題知らず
如何に為む 忍ぶに堪へぬ 命にて 後の浮名の 世にも殘らば
佚名 讀人知らず
0803 後京極攝政家六百番歌合に
忍びつつ 此世盡きなば 思事 苔下にや 共に朽ちなむ
大藏卿 藤原有家
0804 戀歌とて
如何に為む 袖に人目を 守山の 露も時雨も 色に出でなば
祝部成良
0805 【○承前。詠戀歌。】
思はねど 人もこそ知れ 烏羽玉の 夢にも今宵 見つと語らじ
今出河院近衛 今出川院近衛 鷹司伊平女
0806 寳治百首歌奉りける時、寄橋戀
烏羽玉の 夢の浮橋 哀れなど 人目を避きて 戀渡るらむ
少將內侍 藤原信實女
0807 尚侍藤原頊子朝臣家歌合に、忍戀
縱然らば 淚許さむ 知るとても 人に云ふべき 枕為らねば
內大臣 藤原內實 一條內實
0808 題知らず
見せばやな 碎けて思ふ 淚とも よも白玉の 掛かる袂を
院御製 伏見帝
0809 【○承前。無題。】
人知れず 思色の 下染に 絞る淚の 袖を見せばや
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經
0810 【○承前。無題。】
紅の 淚色も 紛ふやと 秋は時雨に 袖や乾さまし
法皇御製 龜山院
0811 住吉社に詠みて奉りし百首歌中に
秋野の 萩茂みに 伏鹿の 深くも人に 忍ぶ頃哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0812 忍戀之心を詠ませ給うける
此頃は 野邊雄鹿の 音に立てて 啼かぬ許と 如何で知らせむ
太上天皇 後宇多院
0813 寄繪戀と云ふ事を
音立てぬ 物から人に 知らせばや 繪に描く瀧の 沸返るとも
前大納言 藤原為家
0814 弘安元年百首歌奉りし時
洩らさばや 山本掛けて 堰池の 言出難き 心有りとも
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0815 寳治百首歌奉りし時、寄湊戀
堰兼ねぬ 物思ふ袖の 湊川 今は包まぬ 名をや流さむ
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0816 戀歌之中に
埋木の 然てや朽ちなむ 名取川 顯れぬべき 瀨瀨は過ぎにき
津守國助女
0817 【○承前。戀歌之中。】
隱沼の 入江に生ふる 蘆根の 下亂は 苦しかりけり
佚名 讀人知らず
0818 【○承前。戀歌之中。】
水草居る 板井清水 徒に 言はぬを汲みて 知る人は無し
澄覺法親王
0819 【○承前。戀歌之中。】
如何に為む 心中の 柵に 餘りて掛かる 袖淚を
平重村
0820 【○承前。戀歌之中。】
我ながら 如何に心の 成りぬらむ 人目も知らず 濡るる袖哉
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0821 內裏に百首歌奉りし時、忍戀
己づから 洩らさば猶も 如何ならむ 堰くだに袖に 餘る淚を
藤原為藤朝臣
0822 尚侍藤原頊子朝臣家歌合に、同心を
堰きかぬる 淚は非じ 諸共に 忍ぶは同じ 心也とも
津守國冬
0823 題知らず
忍ぶるは 思ふ中だに 苦しきを 辛きに添へて 堰く淚哉
佚名 讀人知らず
0824 正治百首歌に
人知れぬ 心にたつる 錦木の 朽ちぬる色や 袖に見ゆらむ
前大納言 藤原隆房
0825 寳治元年十首歌合に、忍久戀
強面きも 言はねばこそと 思はずば 年月如何で 永らへも為む
後嵯峨院御製
0826 【○承前。寳治元年十首歌合,忍久戀。】
我為らぬ 信夫山の 松葉も 年經て色に 出る物かは
兵部卿 源有教
0827 題知らず
夏山の 茂みが下に 延葛の 何時顯れて 怨みだに為む
素暹法師
0828 【○承前。無題。】
色に出て 後も幾世か 辛からむ 忍ぶ許に 年ぞ經にける
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0829 【○承前。無題。】
言はで思ふ 心中の 有らましに 身を慰めて 猶や忍ばむ
佚名 讀人知らず
0830 【○承前。無題。】
人知れず 思ふとだにも 言はぬ間の 心內を 如何で見せまし
右近大將 藤原道平 二條道平
0831 【○承前。無題。】
忍ぶるも 例有らじと 苦しきを 顯れば復 如何歎かむ
後嵯峨院御製
0832 後京極攝政家六百番歌合に
憂身とて 然のみは如何 包むべき 言はで悔しき 事もこそ有れ
法橋顯昭
0833 戀歌之中に
辛しとも 言ひて心や 慰むと 忍ばでだにも 人を戀ひばや
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0834 百首歌奉りし時、忍戀
我許 浮名為ればと 忍ぶとも 心通はぬ 人や洩らさむ
尚侍 藤原頊子朝臣
0835 寳治元年十首歌合に、忍久戀
年を經る 淚也とも 己づから 洩らさば袖の 隙も有らまし
右近大將 源通忠 久我通忠
0836 題知らず
縱然らば 袖淚は 漏らば漏れ 誰故とだに 人知らずば
紀淑文
0837 【○承前。無題。】
包むとも 我とは言はぬ 思ひをも 淚や餘所の 人に知らせむ
祝部成久
0838 【○承前。無題。】
堰兼ねて 淚は袖に 餘るとも 我が心とは 如何洩らさむ
右大臣 藤原冬平 鷹司冬平
0839 【○承前。無題。】
堰かで唯 有らまし物を 中中に 包めば餘る 我が淚哉
獎子內親王
0840 千五百番歌合に
0841 戀歌之中に
洩らさじと 思ふ心も 不知哉川 堰くに堰かるる 浮名為らねば
賀茂久世
0842 【○承前。戀歌之中。】
袖浦の 湊入江の 澪標 朽ちずは猶や 浮名立ちなむ
祝部成茂
0843 【○承前。戀歌之中。】
身為の 思ひと為らば 消えもせで 我が浮名のみ 立煙哉
平為時
0844 弘安元年百首歌奉りし時
下燃えの 煙末よ 空にのみ 立つ名為れとは 思はざりしを
大藏卿 藤原隆博 九條隆博
0845 堀川院御時、艷書歌を人人に召して、女房許に遣はして返歌を召しける時に詠侍りける
忍ぶれど 物思ふ人は 浮雲の 空に聲する 名をのみぞ立つ
權中納言 源師時
0846 返し
戀すとも 如何でか空に 名は立てじ 忍ぶる程は 袖に包迄
郁芳門院安藝 待賢門院安藝 藤原忠俊女
0847 依淚顯戀と云ふ事を
如何にして 淚と共に 洩りぬらむ 袖中なる 浮名為らぬに
藤原為道朝臣
0848 題知らず
戀すとも 人は知らじな 唐衣 袖に餘らぬ 淚也せば
平熙時
0849 【○承前。無題。】
言はで唯 思ひし迄の 有らましは 憂身ながらも 慰みぞ為し
中臣祐茂
0850 【○承前。無題。】
悔しくぞ 辛心を 顯はさで 忍びて末を 賴まざりける
佚名 讀人知らず
0851 名所百首歌召されし次に
仄にも 知らせてけり莫 東為る 霞浦の 海人漁火
順德院御製
0852 弘安元年百首歌奉りし時
蘆屋の 昆陽海人 潮垂れて 袖干す隙も 無き身也けり
靜仁法親王
0853 【○承前。弘安元年奉百首歌時。】
如何樣に 身を盡してか 難波江に 深思の 徵見すべき
前中納言 藤原為兼 京極為兼
0854 題知らず
海人棲む 浦玉藻を 假初に 見し許にも 濡るる袖哉
源親長朝臣
0855 【○承前。無題。】
叢雲に 風吹く夜半の 月影の 早くも見てし 人ぞ戀しき
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0856 建保四年內裏十首歌合に
秋田の 早稻穗鬘 露懸けて 結ぶ契は 假にだに無し
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經