新後撰和歌集 卷第八 羈旅歌
0553 白河殿七百首歌に遊子越關と云ふ事を
鳥音に 關戶出づる 旅人を 未だ夜深しと 送る月影
前大納言 藤原為家
0554 題知らず
鳥音を 麓里に 聞捨てて 夜深く越ゆる 小夜中山
佚名 讀人知らず
0555 熊野に參らせ給ひける時、住吉にて三首歌講ぜられける次に
鐘音も 聞こえぬ旅の 山路には 明行く空を 月に知る哉
後鳥羽院御製
0556 旅心を
篠分くる 篠に折延へ 旅衣 干す日も知らず 山下露
順德院御製
0557 【○承前。旅之趣。】
岩根踏み 重なる山の 遠ければ 分けつる雲の 跡も知られず
法皇御製 龜山院
0558 【○承前。旅之趣。】
歸見る 其面影は 立添ひて 行けば隔つる 峯白雲
前中納言 藤原定家
0559 熊野に參らせ給ひける時、詠ませ給ひける
山端に 時雨るる雲を 先立てて 旅空にも 冬は來にけり
白河院御製
0560 題知らず
旅衣 時雨れて留まる 夕暮に 猶雲越ゆる 足柄山
從三位 藤原賴基
0561 【○承前。無題。】
山高み 今日は麓に 成りにけり 昨日分けこし 嶺白雲
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0562 【○承前。無題。】
旅衣 朝立つ山の 嶺越えて 雲幾重を 袖に分くらむ
平貞時朝臣
0563 越に侍りける頃、中務卿宗尊親王許に申し遣はしける
思遣れ 幾重雲の 隔てとも 知らぬ心に 晴れぬ淚を
參河
0564 返し
憂く辛き 雲隔ては 現にて 思慰む 夢だにも見ず
中務卿 宗尊親王
0565 旅歌中に
古鄉に 思出づとも 知らせばや 越えて重なる 山端月
前大納言 藤原為家
0566 【○承前。旅歌之中。】
忘られぬ 同都の 面影を 月こそ空に 隔てざりけれ
大藏卿 藤原隆博 九條隆博
0567 【○承前。旅歌之中。】
都思ふ 淚を干さで 旅衣 來つつなれ行く 袖月影
佚名 讀人知らず
0568 月明かりける夜、鏡山を越ゆるとて詠侍りける
立寄れば 月にぞ見ゆる 鏡山 偲ぶ都の 夜半面影
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0569 旅歌とて詠める
越懸る 山路月の 入らぬ間に 里迄行かむ 夜は更けぬとも
藤原景綱
0570 八月十五夜、十首歌奉りし時、秋旅
月に行く 佐野渡の 秋夜は 宿有りとても 泊りやはせむ
津守國助
0571 前參議教長家歌合に、旅宿月
月見れば 旅寢床も 忘られて 露御結ぶ 草枕哉
寂蓮法師
0572 天台座主道玄、日吉社にて人人に薦侍りける廿一首歌中に
都にて 見し面影ぞ 殘りける 草枕の 有明月
普光園入道前關白左大臣 藤原良實 二條良實
0573 旅宿を
先立ちて 誰か草葉を 結びけむ 留る枕に 殘る白露
後九條內大臣 藤原基家 九條基家
0574 長月頃、物へ罷りて侍りける人許に申し遣はしける
都だに 今は夜寒の 秋風に 旅寢床を 思ひこそ遣れ
從三位 賀茂氏久
0575 陸奧國に罷りて詠侍りける
音にこそ 吹くとも聞きし 秋風の 袖に慣れぬる 白川關
藤原賴範女
0576 旅歌中に
霧深き 山下道 分詫びて 暮れぬと留る 秋旅人
法印守禪
0577 【○承前。旅歌之中。】
過來つる 山分衣 干し遣らで 裾野露に 猶や萎れむ
正三位 藤原顯資
0578 【○承前。旅歌之中。】
今宵如是 萎るる袖の 露乍ら 明日もや越えむ 宇津山道
藤原範重朝臣
0579 正治百首歌に
旅衣 萎れぬ道は 無けれども 猶露深し 小夜中山
皇太后宮大夫 藤原俊成
0580 題知らず
旅衣 夕霜寒き 篠葉の 小夜中山 嵐吹く也
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0581 性助法親王家五十首歌に、旅
古鄉を 幾夜隔てて 草枕 露より霜に 結來ぬらむ
法眼源承
0582 同心を
草枕 結ぶとも無き 夢をだに 何と嵐の 驚かすらむ
平時久
0583 【○承前。詠同心。】
古鄉を 出でしに增さる 淚哉 嵐枕 夢に別れて
前中納言 藤原定家
0584 寳治元年十首歌合に、旅宿嵐
幾夜我 片敷侘びぬ 旅衣 重なる山の 峰嵐に
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0585 三月頃、但馬湯浴みに罷りける道にて詠侍りける
思置く 宮古花の 面影の 立ちも離れぬ 山端雲
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0586 題知らず
橫雲は 峯に分れて 逢坂の 關路鳥の 聲ぞ開けぬる
源清兼
0587 百首歌奉りし時、關
清見潟 磯山傳ひ 行暮れて 心と關に 留りぬる哉
前中納言 源有房
0588 名所百首歌奉りける時とき
流離さすらふる 心身こころのみをも 任まかせずば 清見關きよみヶせきの 月つきを見みましや
僧正行意
0589 題知だいしらず
然さらでだに 乾かわかぬ袖そでぞ 清見潟きよみがた 暫莫掛しばしなかけそ 浪關守なみのせきもり
源俊賴朝臣
0590 【○承前。無題。】
清見潟きよみがた 浦風寒うらかぜさむき 夜よな夜よなは 夢ゆめも許ゆるさぬ 浪關守なみのせきもり
院大納言典侍 京極為子
0591 【○承前。無題。】
清見潟きよみがた 打出うちいでて見みれば 庵原いほはらの 三保興津みほのおきつは 浪靜なみしづかなり
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0592 【○承前。無題。】
慣來なれきつる 山嵐やまのあらしを 聞捨ききすてて 浦路うらぢに掛かかる 旅衣哉たびごろもかな
藤原為相朝臣
0593 【○承前。無題。】
都鳥みやこどり 幾代いくよか茲ここに 隅田川すみだかは 往來人ゆききのひとに 名なのみ問とはれて
法印清譽
0594 海路うみぢを
心為こころなる 道みちだに旅たびは 悲かなしきに 風かぜに任まかせて 出いづる船人ふなびと
中務卿 宗尊親王
0595 內裏だいりに百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき、旅泊りょはく
吹送ふきおくる 風便かぜのたよりも 白菅しらすげの 湊別みなとわかれて 出いづる舟人ふなびと
前中納言 藤原俊定
0596 旅歌中たびのうたのなかに
漕出こぎいづる 瀛津汐路おきつしほぢの 跡浪あとのなみ 立返たちかへるべき 程ほどぞ遙はるけき
前大納言 藤原資季
0597 【○承前。旅歌之中。】
此頃このごろは 海人苫屋あまのとまやに 臥慣ふしなれて 月出潮つきのでしほの 程ほどを知しる哉かな
心海上人
0598 後法性寺入道前關白ごほっしゃうじにふだうさきのくわんぱく、右大臣うだいじんに侍はべりける時とき、家いへに百首歌詠侍ひゃくしゅのうたよみはべりけるに詠よみて遣つかはしける
住吉すみよしの 松岩根まつのいはねを 枕まくらにて 敷津浦しきつのうらの 月つきを見みる哉かな
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定
0599 題知だいしらず
苫屋形とまやかた 枕流まくらながれぬ 浮寐うきねには 夢ゆめやは見みゆる 荒濱風あらきはまかぜ
順德院御製
0600 【○承前。無題。】
慣なれにける 蘆屋海人あしやのあまも 哀也あはれなり 一夜ひとよにだにも 濡ぬるる袂たもとを
順德院御製
0601 門司關もじのせきにて詠よめる
都出みやこいでて 百夜浪ももよのなみの 舵枕かぢまくら 狎なれても疎うとき 物ものにぞ有ありける
如願法師
0602 旅之心たびのこころを
己おのづから 故鄉人ふるさとひとも 思出おもひいでば 旅寢たびねに通かよふ 夢ゆめや見みるらむ
平親清女妹
0603 越國こしのくにに侍はべりける時とき、春頃はるのころ、權中納言公雄許ごんちゅうなごんきみをのもとに遣つかはしける
思おもひきや 慕慣したひなれにし 春雁はるのかり 歸かへる山路やまぢに 待またむ物ものとは
藤原忠資朝臣
0604 返かへし
越路こしぢには 都秋みやこのあきの 心地ここちして 嘸莫待さぞなまつらむ 春雁音はるのかりがね
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
0605 歸朝後きてうののち、月つきを見みて唐土之事もろこしのことを思出おもひででて詠侍よみはべりける
故鄉ふるさとの 面影添おもかげそひし 夜月よるのつき 復唐土またもろこしの 形見也かたみなりけり
志遠上人
0606 題知だいしらず
然さらぬだに 鳥音とりのね待まちし 草枕くさまくら 末すゑを都みやこと 猶急なほいそぐ哉かな
佚名 讀人知よむひとしらず
0607 百首歌詠侍ひゃくしゅのうたよみはべりける中なかに
誘さそふべき 美豆小島みつのこじまの 人ひとも無なし 一人ひとりぞ歸かへる 都戀みやここひつつ
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家