新後撰和歌集 卷第六 冬歌
0441 初冬之心を
遙かなる 峰雲間の 梢迄 寂しき色の 冬は來にけり
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0442 【○承前。初冬之趣。】
搔暮し 雲旗手ぞ 時雨行く 天空より 冬や來ぬらむ
後嵯峨院御製
0443 初冬時雨と云ふ事を
今朝は復 空にや冬を 知らすらむ 袖に降りにし 時雨為れども
天台座主道玄
0444 建保三年五月歌合に、曉時雨
微睡まぬ 須磨關守 明けぬとて 弛む枕も 打時雨つつ
前中納言 藤原定家
0445 題知らず
神無月 時雨れずとても 曉の 寐覺袖は 乾く物かは
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0446 【○承前。無題。】
我許 干さぬ袖かと 神無月 餘所寐覺を 時雨にぞ問ふ
大藏卿 藤原隆博 九條隆博
0447 【○承前。無題。】
今は唯 老の寐覺に 託つ哉 昔も聞きし 同時雨を
民部卿 藤原資宣
0448 【○承前。無題。】
山風に 漂ふ雲の 晴曇り 同尾上に 降る時雨哉
前中納言 藤原為兼 京極為兼
0449 【○承前。無題。】
山風の 吹くに任せて 浮雲の 掛からぬ方も 降る時雨哉
平時範
0450 【○承前。無題。】
隔てつる 尾上雲は 且晴れて 入日餘所に 行く時雨哉
式部卿久明親王
0451 朝落葉と云へる心を
槙屋に 積る木葉を 今朝見ずば 時雨とのみぞ 思果てまし
中務卿 宗尊親王
0452 冬歌中に
時雨をば 秋より聞きし 槙屋に 冬來にけりと 降る木葉哉
前權僧正教範
0453 故屋落葉を
音にこそ 時雨も聞きし 古鄉の 木葉漏る迄 荒れにける哉
藤原隆信朝臣
0454 弘安元年百首歌奉りける時、落葉
散果つる 後さへ跡を 定めぬは 嵐末の 木葉也けり
前大納言 藤原為家
0455 題知らず
降隱す 木葉下の 水無瀨川 何方に水の 在りて行くらむ
丹波尚長朝臣
0456 【○承前。無題。】
正木散る 深山道は 埋れて 木葉よりこそ 冬籠りけれ
法眼源承
0457 【○承前。無題。】
梢には 殘る色無き 冬枯の 庭にのみ聞く 風音哉
藤原為相朝臣
0458 建保四年百首歌奉りける時
賴置く 古鄉人の 跡も無し 深き木葉の 霜下道
光明峯寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0459 殘菊を
霜枯の 籬菊の 花形見 目並ぶ色も 見えぬ頃哉
藤原隆祐朝臣
0460 【○承前。詠殘菊。】
己づから 殘るも寂し 霜枯の 草葉に混る 庭白菊
左近中將 藤原師良 一條師良
0461 【○承前。詠殘菊。】
辛かりし 秋別に 由緣無くも 枯れなで菊の 何殘るらむ
前大納言 藤原良教 粟田口良教
0462 題知らず
萩が花 散りにし小野の 冬枯に 霜降る枝の 色ぞ寂しき
今上御製 後二條帝
0463 【○承前。無題。】
霜となる 秋別の 露間に 軈て枯行く 庭冬草
太政大臣 藤原公孝 德大寺公孝
0464 弘長元年百首歌奉ける時、初冬
何時とても 斯かる人目の 山里は 草原にぞ 冬を知りける
前大納言 藤原為家
0465 冬歌中に
枯行くも 草葉に限る 冬為らば 人目許は 猶や待たまし
中臣祐春
0466 【○承前。冬歌之中。】
冬枯は 跡無き野邊の 夕暮に 霜を吹頻く 風ぞ寒けき
右兵衛督 藤原定房 吉田定房
0467 建保五年內裏歌合に、冬山霜
敷島や 御室山の 岩小菅 其とも見えず 霜冴ゆる頃
順德院御製
0468 【○承前。建保五年內裏歌合,冬山霜。】
朽殘る 木葉少なき 山風に 結定めぬ 霜下草
後久我太政大臣 源通光 久我通光
0469 【○承前。建保五年內裏歌合,冬山霜。】
夜を重ね 山路霜も 白樫の 常磐色ぞ 冬無かりける
光明峯寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0470 題知らず
梢をば 斑に作して 冬枯の 霜朽葉に 嵐吹く也
大江宗秀
0471 朝寒草と云ふ事を
朝霜の 枯葉蘆の 隙を麤み 易くや舟の 湊入るらむ
後九條內大臣 藤原基家 九條基家
0472 冬歌中に
霜深き 野邊尾花は 枯果てて 我が袖許 月ぞ宿れる
左大辨 藤原經繼 中御門經繼
0473 弘安元年百首歌奉りし時
見る儘に 雲も木葉も 誘はれて 嵐に殘る 峰月影
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0474 前大納言為家、人人に勸めて日吉社にて歌合し侍りける時、關路冬月を
清見潟 關守る浪は 冰らぬに 獨冴えたる 冬月影
普光園入道前關白左大臣 藤原良實 二條良實
0475 豐明節會之心を
見し儘に 思遣りてぞ 偲ばるる 豐明の 月面影
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0476 千五百番歌合に
天袖 振る白雪に 少女子が 雲通路 花ぞ散りかふ
從二位 藤原家隆
0477 住吉社に詠みて奉りける百首歌中に
明石潟 月出潮や 道濡らむ 須磨浪路に 千鳥と渡る
皇太后宮大夫 藤原俊成
0478 弘安元年百首歌奉りし時
須磨關 明方近き 月影に 浦戶渡る 千鳥鳴く也
入道二品親王性助
0479 千五百番歌合に
松島や 雄島磯に 寄浪の 月冰に 千鳥鳴く也
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0480 千鳥を詠ませ給うける
關戶は 未明遣らで 清見潟 空より通ふ 小夜千鳥哉
今上御製 後二條帝
0481 寳治百首歌奉りし時、潟千鳥
遠離る 潮干潟の 浦風に 冬浪高く 千鳥鳴く也
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0482 堀川院に百首歌奉りける時
志賀浦の 松吹く風の 寂しさに 夕浪千鳥 立居鳴く鳴く也
權大納言 藤原公實
0483 【○承前。於堀川院奉百首歌時。】
風寒み 夜や更けぬらむ 息長鳥 豬名湊に 千鳥鳴く也
藤原顯仲朝臣
0484 題知らず
冴ゆる夜は 須磨浦浪 立歸り 同潟にも 鳴く千鳥哉
從三位 藤原為繼
0485 家に五十首歌詠侍りける時、島千鳥
海原 漕出でし舟の 友千鳥 八十島隱れ 聲聞こゆ也
入道二品親王道助
0486 建保五年內裏歌合に、冬河風
吉野川 清河內の 山風に 冰らぬ瀧も 夜は冴えつつ
光明峯寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0487 冬歌中に
吉野川 岩切落つる 瀧瀨の 何時淀みに 冰始むらむ
前大僧正實伊
0488 【○承前。冬歌之中。】
己づから 淀む木葉を 其儘に 誘ひも果てず 冰る山川
源邦長朝臣
0489 內裏に百首歌奉りし時、冰初結
冴渡る 瀨瀨岩波 途絕えして 嵐に早く 冰る山川
右大辨 藤原定資 坊城定資
0490 院に三十首歌奉りし時、河冰
冬去れば 嵐を寒み 山川の 淺瀨よりぞ 先凍ける
從三位源親子
0491 題知らず
己づから 冰殘れる 程許 絕絕えに行く 山川水
永福門院 西園寺鏱子
0492 三十首歌召されし序に、川千鳥
夏箕川 川音絕えて 冰る夜に 山影寒く 鴨ぞ鳴くなる
院御製 伏見帝
0493 弘安元年百首歌召されし序に
蘆鴨の 玉藻床の 浮枕 定めぬ浪に 任せてぞ行く
法皇御製 龜山院
0494 題知らず
水鳥の 霜打拂ふ 羽風にや 冰床は 甚冴ゆらむ
前參議 藤原教長
0495 【○承前。無題。】
冴增る 鴛鴦毛衣 如何ならむ 冰も霜も 夜を重ねつつ
院大納言典侍 京極為子
0496 寒夜水鳥と云ふ事を
冴ゆる夜は 同じ入江も 蘆鴨の 騷がぬ方や 先冰るらむ
從三位 賀茂氏久
0497 道助法親王家五十首歌に、池水鳥
鳰鳥の 下通も 絕えぬらむ 殘る浪無き 池冰に
前中納言 藤原定家
0498 霰を
浦人も 夜や寒からし 霰降る 鹿島崎の 沖潮風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0499 【○承前。詠霰。】
愚かなる 人淚に 何時なれて 霰も袖の 玉と見ゆらむ
中務卿 宗尊親王
0500 建保五年內裏歌合に、冬野霰
花薄 枯野草の 枕にも 玉散る許 降る霰哉
正三位 藤原知家
0501 名所歌奉りける時
霰降る 音ぞ寂しき 御狩する 交野御野の 楢葉柏
後久我太政大臣 源通光 久我通光
0502 冬歌中に
今朝間に 降りこそ替れ 時雨つる 後瀨山の 峰白雪
侍從 藤原公世
0503 弘安元年百首歌召されし序に
昨日今日 都空も 風冴えて 外山雲に 雪は降りつつ
法皇御製 龜山院
0504 題知らず
常磐木の 茂き深山に 降雪は 梢よりこそ 先積りけれ
入道親王道覺
0505 【○承前。無題。】
果ては復 松嵐も 埋もれて 靜かに積る 山白雪
從三位 藤原隆教
0506 【○承前。無題。】
暫しこそ 吹くとも風は 知られけれ 雪に籠れる 高砂松
前大僧正道瑜
0507 【○承前。無題。】
終夜 降積む雪の 朝朗け 匂はぬ花を 梢にぞ見る
權大納言 源師重
0508 【○承前。無題。】
何時間に 訪はずと人を 恨むらむ 今朝こそ積れ 庭白雪
平宣時朝臣
0509 【○承前。無題。】
如何許 今朝降雪に 待たれまし 訪はれぬべしと 思ふ身為らば
從二位 藤原顯氏
0510 前大納言為氏罷るべき由申して侍りける頃、雪朝に申し遣はしける
同じくば 日影雪に 消えぬ間を 見せばやとのみ 人ぞ待たるる
平親世
0511 返し
見せばやと 待つらむとてぞ 急ぎつる 日影雪の 跡を尋ねて
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0512 雪朝、性助法親王訪れて侍りけるに遣はしける
跡付けて 今朝しも見つる 言葉に 降るも甲斐有る 宿白雪
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0513 位に御座しましける時、深雪と云ふ事を詠ませ給ひける
限有れば 深太山も 如何ならむ 今日九重に 積る白雪
法皇御製 龜山院
0514 依雪待人と云へる事を
跡付けぬ 程をも見せむ 庭雪 人訪ふ迄 消えずも有らなむ
今上御製 後二條帝
0515 題知らず
訪はれても 復訪人を 待程に 本跡さへ 埋む白雪
右近中將 藤原冬基 鷹司冬基
0516 【○承前。無題。】
降雪に 往來道も 跡絕えて 幾日に成りぬ 小野里人
祐盛法師
0517 家六百番歌合に
雪深き 峰朝明の 如何為らむ 槙戶白む 雪光に
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0518 後九條內大臣の家百首歌合に
身に積る 年をば知らで 白雪の 降るを餘所にも 思ひける哉
前大納言 藤原良教 粟田口良教
0519 冬歌中に
眺めても 幾年經りぬ 高圓の 野上雪の 曙空
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0520 【○承前。冬歌之中。】
有乳山 裾野淺茅 枯しより 峯には雪の 降らぬ日も無し
中務卿 宗尊親王
0521 【○承前。冬歌之中。】
出でぬより 冰りて冴ゆる 光哉 月待つ山の 峰白雪
祝部忠長
0522 性助法親王家五十首歌詠侍りける時
朝明の 干潟を掛けて 鹽津山 吹越す風に 積る白雪
津守國助
0523 續拾遺集奏覽之日、雪降侍りければ、前大納言為氏許に申し遣はしける
和歌浦に 降積む雪も 今日しこそ 代代に變らぬ 跡は見ゆらめ
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0524 題知らず
眺遣る 浪間や何方 白雪の 復降埋む 淡路島山
前大納言 源雅言
0525 鷹狩之心を詠ませ給ひける
楢柴や 枯葉末に 雪散りて 鳥立原に 歸る狩人
土御門院御製
0526 千五百番歌合に
降雪に 人こそ訪はね 炭竈の 煙は絕えぬ 大原里
二條院讚岐 內讚岐 中宮讚岐 源賴政女
0527 冬歌中に
山人の 炭燒くならし 雪深き 遠つ尾上に 煙立つ見ゆ
春宮權大夫 藤原兼季 今出川兼季
0528 【○承前。冬歌之中。】
暮果てて 今は限と 行年の 道降隱せ 夜半白雪
京極 藤原基良女
0529 【○承前。冬歌之中。】
身に積る 物也けりと 思ふより 老いて急がぬ 年暮哉
法印長舜
0530 性助法親王家五十首歌中に
過易き 月日程も 今更に 思知られて 年ぞ暮れぬる
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0531 弘長元年百首歌奉ける時、年暮
五十餘り 送ると思ひし 身上に 復歸りける 年暮哉
前大納言 藤原為家