新後撰和歌集 卷第五 秋歌下
0349 弘安元年百首歌奉りし時
分きて猶 光を添へて 照る月の 桂里に 秋風ぞ吹く
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0350 中納言家成家歌合に
天河 雲浪無き 秋夜は 流るる月の 影ぞ長閑けき
刑部卿 藤原範兼
0351 文永二年九月十三夜、五首歌合に、河月
初瀨川 堰越す浪の 音よりも 清かに澄める 秋夜月
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0352 同五年九月十三夜、白川殿五首歌合に、河水澄月
秋夜の 月も猶こそ 澄增され 代代に變らぬ 白川水
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0353 【○承前。同五年九月十三夜,白川殿五首歌合,河水澄月。】
待たれつる 秋は今宵と 白川の 流も清く 澄める月影
法印憲實
0354 題知らず
真野浦や 夜舟漕出る 音更けて 入江浪に 月ぞ清けき
法眼源承
0355 【○承前。無題。】
秋夜は 比良山風 冴えねども 月にぞ冰る 志賀浦浪
院大納言典侍 京極為子
0356 千五百番歌合に
住江の 月に神代の 事問へば 松梢に 秋風ぞ吹く
從二位 藤原家隆
0357 文永七年八月十五夜、內裏五首歌に、海月
雲拂ふ 奈吳入江の 潮風に 湊を掛けて 澄める月影
前大納言 源具房 久我具房
0358 關月と云へる心を
曇無く 月漏れとてや 河口の 關荒垣 間遠為るらむ
後嵯峨院御製
0359 建長三年九月十三夜、十首歌合に、名所月
清見潟 雲をば止めぬ 浦風に 月をぞ宿す 浪關守
前大納言 藤原資季
0360 海月と云ふ事を詠ませ給ひける
藻鹽燒く 煙も絕えて 松島や 雄島浪に 晴るる月影
今上御製 後二條帝
0361 弘長元年百首歌奉りける時、月
潮風の 浪掛け衣 秋を經て 月に馴れたる 須磨浦人
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0362 題知らず
藻鹽燒く 煙莫立てそ 須磨海人の 濡るる袖にも 月は見るらむ
津守國冬
0363 文永七年八月十五夜、內裏五首歌合に、海月
月澄めば 海人藻鹽の 煙だに 立ちも登らず 浦風ぞ吹く
從二位 藤原行家 九條行家
0364 洞院攝政家百首歌に、月
何方に 鹽燒く煙 靡くらむ 空吹風は 月も曇らず
藻璧門院少將
0365 建仁元年八月十五夜、和歌所撰歌合に、月前松風と云へる事を
月影 敷津浦の 松風に 結ぶ冰を 歸する浪哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0366 八月十五夜十首歌奉りし時、秋浦
浦人の 冰上に 置く網の 沈むぞ月の 徵也ける
津守國助
0367 海邊月を
久堅の 雲居を掛けて 瀛風 吹上濱は 月ぞ清けき
法印最信
0368 堀河院に百首歌奉りし時
嵐吹く 伊駒山の 雲晴れて 長井浦に 澄める月影
權中納言 源國信
0369 題知らず
風音も 心盡しの 秋山に 木間寂しく 澄める月影
從三位 藤原為繼
0370 【○承前。無題。】
吹別くる 秋風無くば 如何にして 繁木間の 月は漏らまし
尚侍 藤原頊子朝臣
0371 【○承前。無題。】
津國の 生田杜に 人は來で 月に言問ふ 夜半秋風
中務卿 宗尊親王
0372 【○承前。無題。】
春日野の 野守鏡 是為れや 餘所に三笠の 山端月
前僧正公朝
0373 【○承前。無題。】
憧れて 行末遠き 限をも 月に見つべき 武藏野原
權大納言 藤原師信
0374 中務卿宗尊親王家歌合に
露分くる 野原萩の 摺衣 重ねて月の 影ぞ映ろふ
前參議 藤原能清 一條能清
0375 文永七年八月十五夜、五首歌召されし序に、野月を詠ませ給うける
見る儘に 心ぞ映る 秋萩の 花野露に 宿る月影
法皇御製 龜山院
0376 千五百番歌合に
小山田の 稻葉片寄り 月冴えて 穗向風に 露亂る也
後鳥羽院御製
0377 建仁元年八月十五夜、和歌所撰歌合に、田家見月
小壯鹿の 妻問ふ小田に 霜置きて 月影寒し 岡上宿
前中納言 藤原定家
0378 月歌中に
露結ぶ 門田晚稻 只管に 月漏る夜半は 寐られやはする
前左兵衛督 藤原教定 飛鳥井教定
0379 【○承前。月歌之中。】
風渡る 野邊尾花の 夕露に 影も留らぬ 袖月哉
大藏卿 高階重經
0380 【○承前。月歌之中。】
住慣れて 幾夜月か 宿るらむ 里は昔の 蓬生露
遊義門院大藏卿
0381 【○承前。月歌之中。】
片削の 月を昔の 色と見て 猶霜拂ふ 松秋風
津守經國
0382 百首歌奉りし時、月
神代より 曇らぬ影や 水江の 吉野宮の 秋夜月
右大臣 藤原冬平 鷹司冬平
0383 右大臣に侍りける時、家に百首歌詠侍りけるに、同心を
今宵しも 何ど我宿を 訪はざらむ 月にぞ見ゆる 人心は
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0384 百首歌詠ませ給ひける時
見る人の 心に先づぞ 懸りける 月邊の 夜半浮雲
法皇御製 龜山院
0385 內裏三首歌合に、月前雲
絕絕えに 餘所空行く 浮雲を 月に懸けじと 秋風ぞ吹く
前大納言 藤原實教 小倉實教
0386 題知らず
山端を 叢雲ながら 出でにけり 時雨に混る 秋月影
行念法師
0387 建仁二年九月十三夜、三首歌に、月前風
慣れて誰 暫しも夢を 結ぶらむ 月を深山の 秋嵐に
大藏卿 藤原有家
0388 題知らず
眺むるに 慰む事は 無けれども 月を友にて 明かす頃哉
西行法師 佐藤義清
0389 【○承前。無題。】
馴れぬれば 老いと成る云ふ 理も 身に知られける 秋月哉
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0390 【○承前。無題。】
眺來て 果ては老いとぞ 成りにける 月は哀と 言はぬ物故
藤原重綱
0391 百首歌中に
縱や唯 老いずも非ず それをだに 思事とて 月を眺めむ
高階宗成朝臣
0392 弘安元年百首歌奉りし時
思ふ事 在し昔の 秋よりや 袖をば月の 宿と作しけむ
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0393 弘長元年百首歌奉りける時、月
仕來し 秋は六十に 遠けれど 雲居月ぞ 見る心地する
前大納言 藤原為家
0394 同心を
身を歎く 五十秋の 寐覺にぞ 更けぬる月の 影は悲しき
前大僧正良覺
0395 後京極攝政家、月五十首歌中に
在所離るる 心は際も 無き物を 山端近き 月影哉
前中納言 藤原定家
0396 建仁元年八月十五夜、和歌所撰歌合に、深山曉月
秋夜の 深き哀を 留めけり 吉野月の 明方空
皇太后宮大夫藤原俊成女
0397 海邊月と云ふ事を
和田原 山端知らで 行く月は 明くる空こそ 限也けれ
雅成親王
0398 正治百首歌奉りける時
藻に住まぬ 野原蟲も 我からと 長夜徹 露に鳴く也
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0399 百首歌召されし序に、聞蟲と云へる心を
蛬 其處とも見えぬ 庭面の 暮行く草の 影に鳴く也
今上御製 後二條帝
0400 山階入道左大臣家十首歌に、夜蟲と云ふ事を詠みて遣はしける
徹夜 音をば無くとも 蛬 我より勝る 物は思はじ
三條入道內大臣 藤原公親 三條公親
0401 秋歌中に
鳴明かす 野原蟲の 思草 尾花が本や 夜寒なるらむ
藤原景綱
0402 百首歌奉りし時、蟲
秋夜は 辛き處も 嘸歎に 多かる野邊の 松蟲聲
遊義門院權大納言 二條為子
0403 建仁元年九月十三夜、五首歌に、野蟲
誰が秋の 辛さ恨みて 蛬 暮るれば野邊の 露に鳴くらむ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0404 題知らず
尋ねても 誰訪へとてか 蟀 深蓬の 露に鳴くらむ
源親長朝臣
0405 守覺法親王家五十首歌に
門田吹く 稻葉風や 寒からむ 蘆丸屋に 衣搗つ也
從二位 藤原家隆
0406 秋歌中に
眺めても 心隙の 有ればこそ 月には人の 衣搗つらめ
平宣時朝臣
0407 弘安八年八月十五夜、三十首歌奉りける時、夕擣衣
風寒き 裾野里の 夕暮に 月待人や 衣搗つらむ
藤原為道朝臣
0408 【○承前。弘安八年八月十五夜,奉三十首歌時,夕擣衣。】
誰が里と 聞きも分かれず 夕月夜 覺束無くも 衣搗つ哉
前中納言 藤原為方
0409 百首歌召されし序に、擣衣
此頃は 麻狹衣 搗つたへに 月にぞ小寢ぬ 秋里人
太上天皇 後宇多院
0410 建仁元年八月十五夜、和歌所撰歌合に、月前擣衣
秋風に 夜寒衣 打侘びぬ 更行く月の 遠里人
前中納言 藤原定家
0411 隣擣衣と云ふ事を
外よりは 同宿とぞ 聞ゆらむ 垣根隔てて 衣擣つ聲
今上御製 後二條帝
0412 題知らず
荒果てて 風も堪らぬ 故鄉の 夜寒閨に 衣搗つ也
九條左大臣二條道良女
0413 百首歌奉りし時、擣衣
秋風の 身に沁む頃の 小夜衣 擣ちも弛まず 誰を待つらむ
左大辨 藤原經繼 中御門經繼
0414 秋歌中に
里人も 流石微睡む 程為れや 更けて砧の 音ぞ少なき
前大納言 藤原為世 二條為世
0415 【○承前。秋歌中。】
聞く人の 身に沁む秋の 妻ぞとも 思ひも入れず 搗衣哉
土御門院小宰相 承明門院小宰相 藤原家隆女
0416 寳治百首歌奉ける時、聞擣衣
餘所に聞く 我が寐覺だに 長夜を 明かずや賤が 衣搗つらむ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0417 題知らず
哀にも 衣擣つ也 伏見山 松風寒き 秋寐覺に
前大僧正慈鎮
0418 【○承前。無題。】
里續き 夜半嵐や 寒からむ 同寐覺に 衣搗つ也
祝部成茂
0419 【○承前。無題。】
誰里も 夜寒は知るを 秋風に 我が寢寐難てに 衣搗つ哉
前大納言 藤原家雅 花山院家雅
0420 【○承前。無題。】
長夜は 然らでも寒き 曉の 夢を殘して 搗つ衣哉
法印最信
0421 百首歌奉りし時、擣衣
夜を寒み 共に置居る 露霜を 袖に重ねて 搗つ衣哉
前中納言 藤原俊定
0422 題知らず
程も無く 移ろふ草の 露間に 今年秋も 復や暮れなむ
法皇御製 龜山院
0423 【○承前。無題。】
移ろふも 盛りを見する 花為れば 霜に惜しまぬ 庭白菊
法印定為
0424 山階入道左大臣家十首歌に、もりのもみちば
行雲の 浮田杜の 叢時雨 過ぎぬと見れば 紅葉してけり
源兼氏朝臣
0425 弘安元年百首歌奉りし時
豫てだに 移ろふと見し 神奈備の 杜木葉に 時雨降る也
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0426 洞院攝政家百首歌に、紅葉
千早振る 神奈備山の 叢時雨 紅葉を幣と 染めぬ日は無し
前大納言 藤原為家
0427 同心を
初時雨 日每に降れば 山城の 石田杜は 色附きにけり
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0428 山里に住侍りける頃、前關白太政大臣許に遣はしける
見せばやな 時雨るる峰の 紅葉の 焦れて染むる 色深さを
前大僧正公澄
0429 返し
行きて見む 飽かぬ心の 色添へて 染むるも深き 山紅葉
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0430 題知らず
立寄らむ 紅葉蔭の 道も無し 下柴深き 秋山本
前右近大將 藤原家教
0431 【○承前。無題。】
朝朗け 晴行く山の 秋霧に 色見え染むる 峰紅葉
春宮權大夫 藤原兼季 今出川兼季
0432 【○承前。無題。】
幾入と 分かぬ梢の 紅葉に 猶色染ふる 夕付日哉
藤原泰宗
0433 【○承前。無題。】
秋色は 結びも留めぬ 夕霜に 甚枯行く 庭淺茅生
按察使 藤原實泰 洞院實泰
0434 建保四年百首歌召しける序に
惜しめども 秋は末野の 霜下に 恨兼ねたる 蟋蟀哉
後鳥羽院御製
0435 暮秋之心を
長月の 末野真葛 霜枯れて 歸らぬ秋を 猶恨みつつ
院御製 伏見帝
0436 【○承前。詠暮秋之趣。】
長月の 秋の日數も 今幾日 殘る梢の 紅葉をか見む
獎子內親王
0437 百首歌奉りし時、九月盡
留まらぬ 秋こそ有らめ 別樣など 紅葉をさへに 誘ふ嵐ぞ
權大納言 藤原公顯 西園寺公顯
0438 題知らず
龍田姬 分るる秋の 道徹 紅葉幣を 置くる山風
源家清
0439 【○承前。無題。】
紅葉も 今日を限と 時雨る也 秋別の 衣手杜
法印定為
0440 建仁元年五十首歌奉りける時
物每に 忘形見の 別れにて そをだに後と 暮るる秋哉
前中納言 藤原定家