0250 守覺法親王家五十首歌に
敷妙の 枕にのみぞ 知られける 未だ東雲の 秋初風
前中納言 藤原定家
0251 久安百首歌に、秋始歌
衣手の 未だ薄ければ 朝夙 身に沁む物は 秋初風
左京大夫 藤原顯輔
0252 題知らず
誰が袖に 秋待つ程は 包みけむ 今朝は零るる 露白玉
後嵯峨院御製
0253 【○承前。無題。】
涼しさぞ 昨日に替る 夏衣 同袂の 秋初風
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0254 洞院攝政家百首歌に、早秋
早晩と ならす扇を 荻葉に 軈て涼しき 秋初風
後九條內大臣 藤原基家 九條基家
0255 荻風告秋と云ふ事を
秋來ぬと 思ひも敢へぬ 荻葉に 何時しか變る 風音哉
前中納言 藤原為兼 京極為兼
0256 秋歌中に
吹拂ふ 籬荻の 夕露を 袂に殘す 秋初風
藤原隆祐朝臣
0257 山階入道左大臣家十首歌に、初秋露
置始むる 露こそ有らめ 如何にして 淚も袖に 秋を知るらむ
侍從 藤原公世
0258 題知らず
逢はぬ間の 月日を何に 慰めて 織女の 契待つらむ
左近中將 源具氏
0259 【○承前。無題。】
待渡る 逢瀨隔つ莫 久方の 天河原の 秋夕霧
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0260 【○承前。無題。】
今日と云へば 暮るるも遲く 彥星の 行合橋を 待渡りつつ
雅成親王
0261 正治二年百首歌奉りける時
0262 七夕之心を詠ませ給ひける
秋每に 途絕えも非じ 鵲の 渡せる橋の 長契は
院御製 伏見帝
0263 【○承前。奉詠七夕之趣。】
鵲の 渡せる橋や 七夕の 羽根を並ぶる 契為るらむ
前大納言 藤原長雅 花山院長雅
0264 【○承前。奉詠七夕之趣。】
漕歸る 習も豫て 悲しきは 雲衣の 妻迎へ舟
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
0265 【○承前。奉詠七夕之趣。】
稀に逢ふ 恨も有らじ 七夕の 絕えぬ契の 契無ければ
尊治親王
0266 七月七日、內裏に七首歌奉りし時
幾秋も 君ぞ映して 御溝水 雲居に絕えぬ 星合影
前大納言 藤原為世 二條為世
0267 後京極攝政家六百番歌合に
秋每に 絕えぬ星合の 小夜更けて 光並ぶる 庭燈火
前中納言 藤原定家
0268 七夕を
秋風も 空に涼しく 通ふ也 天つ星合の 夜や更けぬらむ
新院御製 後伏見院
0269 【○承前。詠七夕。】
彥星の 契絕えせぬ 秋を經て 幾夜重ねつ 天羽衣
春宮大夫 源通重 中院通重
0270 百首歌奉りし時、七夕
歸途の 袖濡らすらむ 鵲の 寄り羽に掛かる 天川浪
藤原為相朝臣
0271 千五百番歌合に
玉鉾の 道芝草 打靡き 古都に 秋風ぞ吹く
後鳥羽院御製
0272 春日社に詠みて奉りける歌中に
秋風を 老寐覺に 待得ても 零易きは 淚也けり
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0273 秋歌中に
然のみ何ど 荻葉渡る 秋風を 聞きも過ぐさず 袖濡らすらむ
藤原伊信朝臣
0274 山階入道左大臣家十首歌に、閑居秋風
人目見ぬ 宿荻原 訪れて 秋とは風の 傳にこそ知れ
三條入道內大臣 藤原公親 三條公親
0275 題知らず
秋は唯 物思へとや 荻葉の 風も身に沁む 夕為るらむ
法皇御製 龜山院
0276 光明峰寺入道前攝政家、秋三十首歌中に
有りて憂き 荻葉風の 音連れは 待たれぬ物を 秋夕暮
辨內侍 後深草院辨內侍 藤原信實女
0277 題知らず
荻葉を 吹棄てて行く 風音に 心亂るる 秋夕暮
西行法師 佐藤義清
0278 弘安八年八月十五夜、三十首歌奉りし時、秋風入簾
垣穗より 荻繁みを 傳來て 小簾間寒き 秋風ぞ吹く
津守國助
0279 秋歌中に
故鄉は 聞きしに似たる 荻葉の 音や昔の 庭秋風
平行氏
0280 【○承前。秋歌之中。】
誰か復 秋風為らで 故鄉の 庭淺茅の 露も拂はむ
平宣時朝臣
0281 五首歌合に、野外秋風
色變る 野邊淺茅に 置露を 末葉に掛けて 秋風ぞ吹く
前中納言 藤原俊定
0282 【○承前。五首歌合中,野外秋風。】
分過ぐる 野路笹原 指してだに 止らぬ露に 秋風ぞ吹く
從三位 藤原隆教
0283 【○承前。五首歌合中,野外秋風。】
夕暮は 淺羽野路の 露ながら 小菅亂れて 秋風ぞ吹く
藤原為藤朝臣
0284 建長三年九月十三夜、十首歌合に、山家秋風
山深き 住居からにや 身に沁むと 都秋の 風を問はばや
後嵯峨院御製
0285 名所百首歌奉りし時
水莖の 岡真葛を 海人住む 里導と 秋風ぞ吹く
前中納言 藤原定家
0286 題知らず
置きも敢へず 亂れにけりな 白露の 玉卷く葛に 秋風ぞ吹く
太上天皇 後宇多院
0287 【○承前。無題。】
吹風に 堪へぬ草葉の 露よりも 秋心ぞ 置所無き
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0288 【○承前。無題。】
更に復 老淚の 露ぞ添ふ 何時も慣れにし 秋哀に
式乾門院御匣 安嘉門院三條 如月 久我通光女
0289 千五百番歌合に
人は皆 心外の 秋為れや 我が袖許 置ける白露
二條院讚岐 內讚岐 中宮讚岐 源賴政女
0290 題知らず
鶉鳴く 野原淺茅 打靡き 夕露脆く 秋風ぞ吹く
今上御製 後二條帝
0291 【○承前。無題。】
眺侘び 行方も知らぬ 物ぞ思ふ 八重汐路の 秋夕暮
鎌倉右大臣 源實朝
0292 【○承前。無題。】
藤袴 著つつ狎行く 旅人の 裾野原に 秋風ぞ吹く
土御門院御製
0293 千五百番歌合に
行く人も 留らぬ野邊の 花薄 招兼ねてや 露零るらむ
惟明親王
0294 百首歌奉りし時、薄
賴まじな 風儘なる 花薄 心と招く 袂為らねば
天台座主道玄
0295 三十首歌詠ませ給ひける時、草花露
夕暮は 尾花が末に 露落ちて 靡くとも無く 秋風ぞ吹く
新院御製 後伏見院
0296 俊光朝臣、住吉社にて人人薦侍りける三十六首歌中に
夕去れば 秋風吹きて 高圓の 尾花が上に 露ぞ零るる
從二位 藤原行家 九條行家
0297 弘長元年百首歌奉りける時、薄
旅人の 入野薄 穗に出て 袖數添ふ 秋風ぞ吹く
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0298 秋歌中に
露結ぶ 露籬の 女郎花 見で過難き 秋夕暮
入道親王道覺
0299 【○承前。秋歌之中。】
徒にのみ 磐余野邊の 女郎花 後めたくも 置ける露哉
佚名 讀人知らず
0300 建長三年九月十三夜、十首歌合に、朝草花
朝夙 野原篠原 分來つる 我が衣手の 萩が花摺
冷泉太政大臣 藤原公相 西園寺公相
0301 萩を
分行けば 誰が袂にも 移るらむ 我が占めし野の 萩が花摺
仁和寺二品親王守覺
0302 百首歌詠ませ給ひける時、同心を
甚復 折りてぞ增さる 秋萩の 花錦の 露立貫
法皇御製 龜山院
0303 【○承前。令詠百首歌時,同心。】
立籠むる 霧籬の 朝明に 庭真萩の 花ぞ萎るる
權大納言 藤原公顯 西園寺公顯
0304 題知らず
此秋も 猶立慣れて 萩戶の 花こそ老の 髻首也けれ
民部卿 藤原資宣
0305 【○承前。無題。】
古鄉の 庭秋萩 今よりや 下葉露も 色變るらむ
平親清女
0306 【○承前。無題。】
鳴鹿の 淚を添へて 小萩原 花にも甚 露ぞ餘れる
式部卿久明親王
0307 【○承前。無題。】
夕去れば 野路苅萓 打靡き 亂れてのみぞ 露も置きける
鎌倉右大臣 源實朝
0308 弘安七年秋頃、白川殿御堂に、誰とも無くて、人の秋花を言知らず結びて立てたりけるを、次年秋、復奉るべき由の歌仕奉れと、御前に召して仰言侍りしかば、詠みて彼花に結付侍りし
今も復 折りを忘れぬ 花為らば 今年も結べ 秋白露
前大納言 藤原為世 二條為世
0309 題知らず
憂かりける 誰が習に 秋草の 移ろふ頃は 鹿啼くらむ
鷹司院帥
0310 【○承前。無題。】
柞原 色附きぬらし 山城の 石田小野に 鹿ぞ鳴くなる
惟宗忠景
0311 院に三十首歌奉りし時、鹿
冬端山 今日越來れば 旅衣 裾野風に 牡鹿鳴く也
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0312 建長三年九月十三夜、十首歌合に、暮山鹿
暮行けば 端山繁山 障多み 逢はでや鹿の 妻を戀ふらむ
後嵯峨院御製
0313 【○承前。建長三年九月十三夜,十首歌合,暮山鹿。】
夕暮は 分きて哀や 知らるらむ 妻待つ山の 小壯鹿聲
兵部卿 藤原隆親
0314 百首歌奉りし時、鹿
都より 尋ねて來けば 小倉山 西こそ秋と 鹿も鳴くなれ
津守國冬
0315 千五百番歌合に
思餘る 心程も 聞ゆ也 信夫山の 小壯鹿聲
寂蓮法師
0316 建保三年內裏歌合に
秋野の 尾花に混る 鹿音は 色にや妻を 戀渡るらむ
藤原信實朝臣
0317 題知らず
宮城野の 木下露に 立濡れて 幾夜か鹿の 妻を戀ふらむ
前參議 藤原雅有 飛鳥井雅有
0318 【○承前。無題。】
他に復 野離ければや 小壯鹿の 爰にしも鳴く 聲聞ゆる
後嵯峨院御製
0319 文永二年九月十三夜、五首歌合に、野鹿
是も復 花友とぞ 成りにける 聞きて古野の 小壯鹿聲
兵部卿 藤原隆親
0320 秋頃、人を尋ねて小野に罷りたりけるに、鹿鳴きければ
鹿音を 聞くに付けても 住む人の 心知らるる 小野山里
西行法師 佐藤義清
0321 題知らず
憂かりける 我が身一つの 夕暮を 類有りとや 鹿も鳴くらむ
佚名 讀人知らず
0322 百首歌奉りし時、秋夕鹿
堪へて猶 過ぎける物を 小壯鹿の 聲きかざりし 秋夕は
昭慶門院一條
0323 秋歌中に
山端に 待たるる月は 出遣らで 先づ澄昇る 小壯鹿聲
從三位 賀茂氏久
0324 【○承前。秋歌之中。】
小萩原 夜寒露の 置きもせず 音もせで鹿や 妻を戀ふらむ
中務卿 宗尊親王
0325 【○承前。秋歌之中。】
風荒む 小野篠原 妻籠めて 露分けぬるる 小壯鹿聲
法眼慶融
0326 田家鹿
厭ふべき 物とは聞かず 山田守る 庵寐覺の 小壯鹿聲
平時村朝臣
0327 題知らず
思事 殘らぬ物は 鹿音を 聞明かしつる 寐覺め也けり
藤原清輔朝臣
0328 【○承前。無題。】
賴むべき 誰が玉章は 無けれども 空に待たるる 初雁聲
權中納言 藤原公雄 小倉公雄女
0329 【○承前。無題。】
故鄉を 雲居遙に 隔て來て 今ぞ都に 雁は鳴くなる
鷹司院帥 葉室光俊女
0330 【○承前。無題。】
敷島や 山飛越えて 來る雁の 翼顯に 澄める月影
土御門院御製
0331 【○承前。無題。】
明方の 雲居雁の 聲はして 外山霧に 殘る月影
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0332 弘安元年百首歌奉りし時、霧
明行けば 道こそ見ゆれ 高瀨舟 立つ河霧の 空に消えつつ
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0333 秋歌中に
笠結の 島立隱す 朝霧に 速遠離る 棚無小舟
土御門院御製
0334 【○承前。秋歌之中。】
海人住む 磯邊篷屋 絕え絕えに 霧吹殘す 秋浦風
法印定為
0335 【○承前。秋歌之中。】
古鄉は 霧籬の 隔てさへ 顯に見する 秋冬風
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0336 【○承前。秋歌之中。】
霧深き 深山里の 柴戶に 射せども薄き 夕日影哉
藤原泰宗
0337 月歌中に
出でぬれど 光は猶ぞ 待たれける 未暮果てぬ 山端月
源兼氏朝臣
0338 【○承前。月歌之中。】
暮るる間の 月待出づる 山端に 懸かる雲無く 秋風ぞ吹く
藤原為道朝臣
0339 【○承前。月歌之中。】
山端の 橫切る雲に 移ろひて 出でぬと見ゆる 秋夜月
太政大臣 藤原公孝 德大寺公孝
0340 題知らず
雲拂ふ 夕風渡る 篠葉の 深山清かに 出づる月影
中務卿 宗尊親王
0341 【○承前。無題。】
秋風の 枝吹萎る 木間より 且且見ゆる 山端月
順德院御製
0342 【○承前。無題。】
風音も 慰難き 山端に 月待出づる 更科里
土御門院小宰相 承明門院小宰相 藤原家隆女
0343 【○承前。無題。】
程も無く 雲此方に 出でにけり 嵐に向ふ 山端月
平宗宣
0344 百首歌奉りし時、月
霧晴るる 伏見暮の 秋風に 月澄昇る 小泊瀨山
前中納言 源有房
0345 建治二年九月十三夜、五首歌に
澄昇る 月邊は 空晴れて 山端遠く 遺る浮雲
前中納言 藤原為兼 京極為兼
0346 松月出山と云ふ事を
嶺高き 松響に 空澄みて 嵐上に 月ぞなり行く
後光明峯寺前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
0347 清輔朝臣家に歌合し侍りけるに、月歌
思事 有りてや見まし 秋月 雲吹拂ふ 風無かりせば
俊惠法師
0348 西園寺入道前太政大臣家にて、關月と云へる心を詠侍りける
秋風に 不破關屋の 荒れまくも 惜しからぬ迄 月ぞ漏來る
藤原信實朝臣