0157 更衣之心を詠ませ給うける
裁更ふる 名殘や猶も 殘るらむ 花香薄き 蟬羽衣
院御製 伏見帝
0158 題知らず
山城の 常磐杜は 名のみして 下草急ぐ 夏は來にけり
順德院御製
0159 住吉社に詠みて奉りける百首歌中に
如何為れば 日影向ふ 葵草 月桂の 枝を添ふらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0160 祭使にて思續侍ける
今年とや 契置きけむ 葵草 別きて心に 懸けし髻首を
藤原為藤朝臣
0161 夏歌中に
時鳥 言語らひし 折りになど 今年を何時と 契らざりけむ
權大納言 藤原顯朝
0162 千五百番歌合に
忍音を 何方に鳴きて 郭公 卯花垣に 猶待たるらむ
前大納言 藤原忠良
0163 弘長二年十首歌奉りける時、野郭公
尋ねつる 小野の篠原 忍音も 餘程經る 時鳥哉
花山院內大臣 藤原師繼 花山院師繼
0164 題知らず
我聞きて 人に語らむ 此里に 先鳴初めよ 山郭公
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0165 百首歌奉りし時、郭公
待たずとも 我と鳴くべき 夕暮を 由緣無く過す 郭公哉
前大納言 藤原為世 二條為世
0166 內裏に百首歌奉りし時、待郭公
更くる迄 待つ夜空の 時鳥 月に惜しまぬ 一聲欲得
右大臣 藤原冬平 鷹司冬平
0167 追夜待郭公と云ふ事を
然ても猶 寐で幾夜にか 成りぬらむ 山郭公 今や來鳴くと
修理大夫 藤原顯季
0168 弘安八年八月十五夜、三十首歌奉りし時、曉待郭公
時鳥 初音聞かせよ 玆をだに 老寐覺の 思出に為む
前大納言 藤原經任
0169 題知らず
人を分く 初音鳴らしを 郭公 我には何どか 猶も由緣無き
院御製 伏見帝
0170 百首歌詠ませ給ひける時、霍公
郭公 何か心を 盡すらむ 我聞けとても 鳴かぬ物故
法皇御製 龜山院
0171 同心を
待てとだに 賴めも置かで 時鳥 何時迄然のみ 心盡さむ
按察使 藤原實泰 洞院實泰
0172 【○承前。詠同心。】
立濡るる 袖こそ干さね 時鳥 今も由緣無き 森雫に
大藏卿 藤原隆博 九條隆博
0173 【○承前。詠同心。】
強ひて待つ 我が心こそ 郭公 來鳴かぬよりも 強面かりけれ
平時村朝臣
0174 承久元年內裏歌合に、曉郭公
時鳥 出る穴師の 山葛 今や里人 掛けて待つらむ
前中納言 藤原定家
0175 洞院攝政家百首歌合に、郭公
心とは 深山も出でじ 郭公 待たれてのみぞ 初音鳴く也
藻璧門院少將
0176 夏歌中に
郭公 我に勝りて 待人の 有ればや餘所に 初音鳴くらむ
平宣時朝臣
0177 道助法親王家五十首歌中に、思郭公
待人を 何ど語らはで 郭公 獨偲びの 岡に鳴くらむ
法印覺寬
0178 弘長元年百首歌奉りける時、郭公
足引の 山郭公 鳴きぬ也 待た益物を 曙空
從二位 藤原行家 九條行家
0179 題知らず
信樂の 外山末の 郭公 誰が里近き 初音鳴くらむ
藤原隆祐朝臣
0180 後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首歌詠侍りけるに、郭公
他に先づ 鳴きやしつらむ 郭公 我は初音を 聞くと思へど
刑部卿 藤原賴輔
0181 同心を
如何に猶 驚かれまし 郭公 待たれぬ程の 初音也せば
平行氏
0182 院に三十首歌奉りし時、聞郭公
里每に 名乘るは同じ 杜鵑 聞人からや 初音鳴るらむ
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0183 洞院攝政家百首歌に、郭公
郭公 己が古聲 立歸り 其神山に 今名乘るらむ
前大納言 藤原為家
0184 正治二年十首歌合に、同心を
待明かす 佐夜中山 中中に 一聲辛き 郭公哉
前中納言 藤原定家
0185 題知らず
待侘びて 寢ぬ夜ながらも 時鳥 唯一聲は 夢かとぞ聞く
佚名 讀人知らず
0186 【○承前。無題。】
郭公 雲居餘所の 一聲は 聞かで止みぬと 言はぬ許ぞ
權中納言 藤原長方
0187 郭公何方と云ふ事を
時鳥 今一聲を 待得てや 鳴きつる方も 思定めむ
法印長舜
0188 【○承前。詠郭公何方。】
別きて先づ 誰に語らむ 時鳥 定かなりつる 夜半一聲
藤原雅孝朝臣
0189 【○承前。詠郭公何方。】
子規 音羽山に 聞きつとは 先づ逢坂の 人に語らむ
源俊賴朝臣
0190 【○承前。詠郭公何方。】
鳴捨てて 因幡山の 時鳥 猶立歸り 待つと知らなむ
權中納言 藤原經平
0191 千五百番歌合に
0192 夏歌中に
待て暫し 夜深き空の 時鳥 未寐覺めせぬ 人もこそ有れ
前左兵衛督 藤原教定 飛鳥井教定
0193 【○承前。夏歌之中。】
時鳥 過ぎつる里の 言問はむ 同じ寐覺の 人も有りやと
尊治親王
0194 【○承前。夏歌之中。】
己づから 鳴くも夜深き 時鳥 寐覺めならでは 聞く人ぞ無き
從三位 賀茂氏久
0195 【○承前。夏歌之中。】
郭公 朝倉山の 曙に 問人も無き 名乘りすらしも
祝部成仲
0196 【○承前。夏歌之中。】
郭公 雲何方に 鳴くとだに 知らで明けぬる 短夜空
佚名 讀人知らず
0197 寳治百首歌奉ける時、聞郭公
郭公 稀にも誰か 語らはむ 己が情けぞ 身には知らるる
前大納言 藤原基良
0198 弘安元年百首歌奉りし時
我聞きて 後は變らず 時鳥 昔如何なる 言語りけむ
前大納言 藤原良教 粟田口良教
0199 題知らず
昔思ふ 花橘に 訪て 物忘れせぬ 郭公哉
式子內親王
0200 【○承前。無題。】
五月待つ 己が友とや 郭公 花橘に 言語るらむ
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0201 【○承前。無題。】
我為らで 昔を偲ぶ 人やあると 花橘に 言や問はまし
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0202 千五百番歌合に
橘に 菖蒲枕 匂ふ夜ぞ 昔を偲ぶ 限也ける
皇太后宮大夫 藤原俊成
0203 久安百首歌奉りし時
隱沼に 生ふる菖蒲も 今日は猶 尋ねて引かぬ 人や無からむ
左京大夫 藤原顯輔
0204 中宮と申しける時、五月五日菖蒲根に添へて遊義門院に奉られける
掛けて見よ 君に心の 深江に 引ける甲斐無き 浮根為れども
永福門院 西園寺鏱子
0205 御返し
君が代の 例為る迄 長根に 深心の 程ぞ見えける
遊義門院 姈子內親王
0206 寳治百首歌奉りける時、早苗
道野邊の 山田御注連 引延へて 長き日月の 早苗採る也
前大納言 藤原為家
0207 弘長元年百首歌奉りける時、五月雨
早苗取る 田子小笠を 其儘に 脫難でぞ歸る 五月雨頃
藤原信實朝臣
0208 弘長二年內裏五十首歌に、里郭公
今は復 忍ぶの里の 忍ぶにも 非ぬ皐月の 郭公哉
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0209 題知らず
時鳥 聞けども飽かず 橘の 花散る里の 五月雨頃
鎌倉右大臣 源實朝
0210 初五月雨と云ふ事を
五月雨の 程もこそ降れ 御吉野の 水隈菅を 今日や苅らまし
後鳥羽院御製
0211 前大納言為家家百首歌に
指棹の 水之水嵩の 高瀨舟 早くぞ降す 五月雨頃
藤原信實朝臣
0212 夏歌中に
名取川 瀨瀨に有云ふ 埋木も 淵にぞ沈む 五月雨頃
從三位 藤原為繼
0213 弘安元年百首歌奉りし時
瀧瀨に 落添ふ水の 音羽川 堰く方も無き 五月雨頃
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0214 河五月雨と云へる心を
五月雨の 夕汐向ふ 湊川 堰かれて甚 水增りつつ
藤原為信朝臣
0215 前大納言為家、日吉社にて歌合し侍りけるに、江五月雨を
難波江や 汐干潟の 蘆葉も 猶浪越ゆる 五月雨頃
從二位 藤原行家 九條行家
0216 承曆二年內裏後番歌合に、五月雨を詠侍りける
五月雨は 田子の裳裾や 朽ちぬらむ 衣干すべき 暇し無ければ
前中納言 大江匡房
0217 守覺法親王家五十首歌に
立昇る 煙は雲に 成りにけり 室八島の 五月雨頃
從二位 藤原家隆
0218 題知らず
山賤の 朝明煙 雲沿へて 晴れぬ庵の 五月雨頃
藻璧門院少將
0219 【○承前。無題。】
五月雨に 入りぬる磯の 草よりも 雲間月ぞ 見らく少なき
源兼氏朝臣
0220 【○承前。無題。】
短夜は 蘆間に宿る 程も無し 軈て入江の 夏月影
祝部成久
0221 【○承前。無題。】
風戰ぐ 軒端竹に 漏る月の 夜間許ぞ 夏も涼しき
源俊定朝臣
0222 【○承前。無題。】
天戶の 明くる程無き 短夜に 行方遠く 殘る月影
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0223 名所歌奉りける時
蘆屋の 假寐床の 節間も 短く明くる 夏夜な夜な
前中納言 藤原定家
0224 中院入道右大臣家にて、水鷄驚眠と云へる心を
夏夜は 轉寢ながら 明けなまし 叩く水鷄の 音無かりせば
道因法師
0225 題知らず
皐月闇 火串松を 導にて 入佐山に 照射をぞする
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0226 【○承前。無題。】
登得ぬ 程も知られて 夏川の 早瀨に更くる 夜半篝火
前大僧正守譽
0227 【○承前。無題。】
篝火の 光も薄く 成りにけり 田上川の 曙空
後光明峯寺前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
0228 【○承前。無題。】
月為らで 夜河にさせる 篝火も 同桂の 光とぞ見る
前大納言 藤原為家
0229 百首歌奉りし時、夏月
急雨の 露置留めて 月影の 涼しく宿る 庭夏草
「急雨の」,校註國歌大系、國歌大觀作「夕立の」。今據太洋社二十一代集、正保四年版、嘉元元年版新後撰和歌集。
院大納言典侍 京極為子
0230 水邊夏草と云ふ事をよめる
茂行く 下に清水は 埋れて 先づ手に結ぶ 野邊夏草
藤原秀茂
0231 夏歌中に
分侘びて 今も人目は 離れぬべし 茂る夏野の 草深さに
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0232 【○承前。夏歌之中。】
玉藻苅る 野島崎の 夏草に 人も荒めぬ 露ぞ零るる
藻璧門院少將
0233 【○承前。夏歌之中。】
螢飛ぶ 難波昆屋の 更くる夜に 焚かぬ蘆火の 影も見えけり
藤原景綱
0234 【○承前。夏歌之中。】
千早振る 神だに消たぬ 思ひとや 御手洗川に 螢飛ぶらむ
鷹司院按察
0235 深夜螢を
更行けば 同螢の 思川 獨は燃えぬ 影や見ゆらむ
左兵衛督 藤原信家 坊門信家
0236 弘安元年百首歌奉りし時
瀧瀨に 消えぬ螢の 光こそ 思堰くとは 餘所に知らるれ
安嘉門院四條
0237 建長三年秋、吹田にて人人歌仕奉けるに
徒に 野澤に見ゆる
窗に集むる 人や無からむ
後嵯峨院御製
0238 題知らず
夕闇は 己が光を 導にて 木下隱れ 行螢哉
前中納言 藤原俊光 日野俊光
0239 【○承前。無題。】
夏草の 繁みの葉末 暮るるより 光亂れて 飛螢哉
前參議 藤原實俊
0240 罌麥帶露と云へる心を
夏草の 何れとも無き 籬にも 露色添ふ 常夏花
內大臣 藤原內實 一條內實
0241 院に卅首歌奉りし時、樹陰納涼
涼しさを 他に求はず 山城の 宇多冰室の 槙下風
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0242 百首歌奉りし時、夕立
吹風に 行方見えて 涼しきは 日影隔つる 夕立雲
前中納言 藤原為方
0243 弘長元年百首歌奉りける時、同心を
夏山の 楢葉枯しは 風過ぎて 峯立昇る 夕立雲
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0244 千五百番歌合に
蜩の 鳴く音に風を 吹添へて 夕日涼しき 岡上松
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0245 題知らず
蜩の 聲する山の 松風に 岩間を潛る 水涼しさ
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定
0246 【○承前。無題。】
飽かで猶 掬びやせまし 月影も 涼しく映る 山井水
平貞時朝臣
0247 千五百番歌合に
松蔭の 岩井水の 夕暮を 尋ぬる人や 秋を待つらむ
惟明親王
0248 水月如秋と云ふ事を
水面に 澄む月影の 涼しきは 空にや秋の 通始むらむ
前大納言 藤原經房
0249 題知らず
吉野川 瀧つ岩浪 木綿懸けて 故鄉人や 禊しつらむ
後九條內大臣 藤原基家 九條基家