0068 弘長元年百首歌奉りける時、花
眺むれば 四方白雲 懸からくの 初瀨山は 花匂ふらし
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0069 正治二年、後鳥羽院に百首歌奉りける時
葛城や 高間山の 峯續き 朝居る雲や 櫻為るらむ
藤原隆信朝臣
0070 題知らず
吉野山 尾上櫻 咲きぬれば 絕えず棚引く 花白雲
太上天皇 後宇多院
0071 弘長元年百首歌奉りける時、花
山櫻 咲ける咲かざる 押並て 然ながら花と 見ゆる白雲
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0072 山階入道左大臣家に、十首歌詠侍りけるに、寄霞花と云へる心を
山櫻 匂を何に つつままし 霞袖に 餘る春風
前太政大臣 藤原公守 洞院公守
0073 山花を詠ませ給うける
吉野山 空も一つに 匂ふ也 霞上の 花白雲
今上御製 後二條帝
0074 百首歌奉りし時、花
何方より 花とも分かむ 山高み 櫻に續く 峯白雲
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0075 【○承前。奉百首歌時,花。】
白雲の 懸からざり為ば 山櫻 重ねて花の 色を見ましや
天台座主道玄
0076 同心を
山高み 重なる雲の 白妙に 櫻も紛ふ 春曙
平貞時朝臣
0077 從二位行家、住吉社にて歌合し侍りける時、松間花
見渡せば 松絕間に 霞みけり 遠里小野の 花白雲
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
0078 寳治元年十首歌合に、山花
芳野山 峯に棚引く 白雲の 匂ふは花の 盛也けり
萬里小路右大臣 藤原公基 西園寺公基
0079 【○承前。寳治元年十首歌合,山花。】
山風は 心して吹け 高砂の 尾上櫻 今盛り也
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0080 千五百番歌合に
久堅の 光長閑に 櫻花 散らでぞにほふ 春山風
從二位 藤原家隆
0081 人人に百首歌召されし序に、花
吹風も 治まれと思ふ 世中に 絕えて櫻の 誘はず欲得
太上天皇 後宇多院
0082 位に座しましける時、殿上人庭花盛久と云ふ事を仕奉ける序に
他よりも 散らぬ日數や 重ぬらむ 我が九重の 宿櫻は
院御製 伏見帝
0083 花歌中に
哀にも 昔春の 面影を 身さへ老木の 花に見る哉
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0084 【○承前。花歌之中。】
春雨の 布留山邊の 花見ても 昔を偲ぶ 袖は濡れけり
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
0085 三十首歌詠ませ給うける時、見花
九重に 春は馴れにし 櫻花 變らぬ色を 見て偲ぶ哉
新院御製 後伏見院
0086 弘安元年百首歌奉りし時
何時も唯 花に紛へて 眺めばや 春のみ懸かる 峰雲かは
前大納言 藤原長雅 花山院長雅
0087 山花似雲と云へる心を
芳野山 峰立隱す 雲かとて 花故花を 恨みつる哉
前大納言 藤原兼宗 中山兼宗
0088 光明峯寺入道前攝政家歌合に、雲間花
芳野山 棚引く雲の 途絕えとも 他には見えぬ 花色哉
藤原光俊朝臣
0089 守覺法親王家に五十首歌詠侍りける時
木本を 尋ねぬ人や 吉野山 雲とは花の 色を見るらむ
寂蓮法師
0090 花頃、人許に遣はしける
思遣る 心行きて 手折るをば 花主も 得やは惜しまむ
前僧正公朝
0091 題知らず
在所離るる 心はさても 山櫻 散りなむ後や 身に返るべき
西行法師 佐藤義清
0092 【○承前。無題。】
梓弓 春山風 心有らば 散らさで花の 在處知らせよ
刑部卿 藤原賴輔
0093 【○承前。無題。】
山櫻 復異方に 尋見ば 別くる心を 花や怨みむ
從二位 藤原行家 九條行家
0094 寳治元年十首歌合に、山花
老身に 苦しき山の 坂越えて 何と餘所なる 花を見るらむ
前大納言 藤原為家
0095 【○承前。寳治元年十首歌合,山花。】
御吉野の 奧迄花に 誘はれぬ 歸らむ道の 枝折だにせで
後鳥羽院下野
0096 花歌中に
尋來て 見ずば高嶺の 櫻花 今日も雲とぞ 猶思はまし
權中納言 藤原家定 花山院家定
0097 【○承前。花歌之中。】
都には 霞餘所に 眺むらむ 今日見る峰の 花白雲
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0098 【○承前。花歌之中。】
去來然らば 吉野山の 山守と 花盛りは 人に言はれむ
權中納言 藤原長方
0099 後京極攝政、左大將に侍りける時、伊勢敕使にて下侍けるに伴ひて、鈴鹿關を越ゆとて花許に降居て詠侍りける
得ぞ過ぎぬ 茲や鈴鹿の 關ならむ 振捨難き 花蔭哉
前中納言 藤原定家
0100 白川なる所に花見に罷りて詠侍りける
歸らむと 思ふ心の 有らばこそ 折りても花を 家苞に為め
俊惠法師
0101 花留客と云ふ事を
昨日今日 馴れぬる人の 心をば 花散りなむ 後ぞ見るべき
藤原隆信朝臣
0102 題知らず
0103 百首歌奉りし時、花
己づから 去年來て訪ひし 人許 思出づやと 花に待つ哉
前大納言 藤原為世 二條為世
0104 山家花を
訪人は 思絕えたる 山里に 誰が為とてか 花も咲くらむ
法印最信
0105 【○承前。詠山家花。】
都人 知らずや如何に 山里の 花より他に 主有りとは
津守國助
0106 花下惜友と云へる心を
復も來む 春をや人に 契らまし 今年に限る 花蔭かは
祝部成茂
0107 題知らず
長らへて 復見むとのみ 幾春の 花に命を 惜しみ來ぬらむ
藤原信實朝臣
0108 【○承前。無題。】
飽かずのみ 見捨てて歸る 櫻花 散らぬも同じ 別也けり
月花門院 綜子內親王
0109 前大納言為家家に百首歌詠侍りけるに
徒に咲く 峰梢の 櫻花 風待つ程の 雲かとぞ見る
藻璧門院少將
0110 春歌中に
葛城や 高間櫻 眺むれば 夕居る雲に 春風ぞ吹く
鎌倉右大臣 源實朝
0111 弘安元年百首歌奉りし時
今は早 散ると答へば 如何為む 人にも問はじ 山櫻を
前大納言 藤原長雅 花山院長雅
0112 題知らず
せめてなど 散るを待間の 程だにも 移ろふ色の 花に見ゆらむ
法印定為
0113 【○承前。無題。】
何と如是 徒なる花の 色をしも 心に深く 思始めけむ
西行法師 佐藤義清
0114 【○承前。無題。】
春よりも 花は幾日も 無き物を 強ひても惜しめ 鶯聲
順德院御製
0115 【○承前。無題。】
春霞 復立返り 尋來む 花は幾日も 嵐吹く頃
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0116 百首歌詠ませ給ひける時、花
春風に 咲きぬる花の 宮木守り 心許す莫 宿櫻を
法皇御製 龜山院
0117 花歌中に
櫻花 良きてと思ふ 甲斐も無く 此一本も 春風ぞふく
藤原為通朝臣
0118 內裏に百首歌奉りし時、折花
然ても猶 誘ひやすると 櫻花 手折りて風の 心をも見む
右大臣 藤原冬平 鷹司冬平
0119 落花
心から 散ると云ふ名の 惜しければ 移ろふ花に 風も厭はず
藤原為景朝臣
0120 題知らず
花だにも 惜しむとは知れ 山櫻 風は心の 無き世也とも
佚名 讀人知らず
0121 久安百首歌奉りし時
命をぞ 散る花よりも 惜しむべき 流石に咲かぬ 春し無ければ
左京大夫 藤原顯輔
0122 【○承前。奉久安百首歌時。】
櫻花 思餘りに 散る事の 憂きをば風に 負せつる哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0123 花歌中に
散ればこそ 風も誘へと 思へども 花憂きには なさで見る哉
前僧正道性
0124 【○承前。花歌之中。】
徒に散る 程をも待たで 櫻花 辛くも誘ふ 春風哉
遊義門院 姈子內親王
0125 內裏に百首歌奉りし時、落花
憂しと思ふ 風をぞ軈て 誘はるる 散行く花を 慕ふ心は
遊義門院權大納言 二條為子
0126 弘安元年百首歌奉りし時
0127 洞院攝政家百首歌に、花
春來ても 風より外は 訪人の 無き山里に 散る櫻哉
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0128 題知らず
徒也や 上空為る 春風に 誘はれ易き 花心は
前內大臣 藤原實重 三條實重
0129 【○承前。無題。】
春每に 誘はれて行く 花為れば 櫻や風の 宿知るらむ
正三位藤原經朝女
0130 【○承前。無題。】
花色を えやは留めむ 逢坂の 關吹越ゆる 春嵐に
源兼氏朝臣
0131 【○承前。無題。】
瀧上に 落添波は 嵐吹く 三舟山の 櫻也けり
正三位 藤原重氏 紙屋川重氏
0132 正治二年十首歌合に、落花
御吉野の 花白雪 降る儘に 梢雲を 拂ふ山風
前大納言 藤原忠良
0133 同心を詠ませ給うける
嵐吹く 木本許 埋れて 餘所に積らぬ 花白雪
院御製 伏見帝
0134 千五百番歌合に
花散る 山高嶺の 霞まずば 曇らぬ空の 雪と見てまし
醍醐入道前太政大臣 藤原良平 九條良平
0135 【○承前。千五百番歌合中。】
然らぬだに 朧に見ゆる 春月 散交曇る 花蔭哉
大藏卿 藤原有家
0136 春歌中に
咲花も 思ひしよりは 移ろひぬ 夜間雨の 春曙
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0137 【○承前。春歌中。】
明日も猶 消えずは有とも 櫻花 降りだに添はむ 庭雪かは
從二位 藤原家隆
0138 入道前關白家にて庭落花と云へる心を詠侍りける
散る花を 復吹誘ふ 春風に 庭を盛りと 見る程も無し
前中納言 藤原為兼 京極為兼
0139 百首歌奉りし時、花
行春の 日數ぞ花を 誘ひける 風許とは 何恨むらむ
前大納言 藤原實教 小倉實教
0140 百首歌中に
尋ねばや 信夫奧の 櫻花 風に知られぬ 色や殘ると
前中納言 藤原定家
0141 題知らず
散果てし 花より後の 峯雲 忘れぬ色に 遺る面影
九條左大臣二條道良女
0142 寳治二年百首歌奉りし時、春月
叢雲を 何かは厭ふ 夜半月 霞める空は 絕間だに無し
從二位 藤原顯氏
0143 春曉月を
鐘音は 霞底に 明遣らで 影髣髴なる 春夜月
前大納言 藤原為家
0144 百首歌奉りし時、山吹
山吹の 籬に花の 咲頃や 井手里人 春を知るらむ
尚侍藤原頊子朝臣
0145 百首歌召しける時
款冬の 花緣に 綾無くも 井手里人 睦まじき哉
崇德院御製
0146 題知らず
影見ゆる 井手河浪 速けれど 浮きて流れぬ 山吹花
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0147 百首歌奉りし時、款冬
山吹の 花白露 纏ほれ 言はぬも憂しや 春名殘は
入道前太政大臣 藤原實兼 西園寺實兼
0148 春歌中に
春風は 吹くとも見えず 高砂の 松梢に 掛かる藤浪
平忠盛朝臣
0149 【○承前。春歌之中。】
年を經て 猶幾春も 三笠山 こだかく掛かれ 松藤浪
前關白太政大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0150 題知らず
影し有れば 折られぬ波も 折られけり 汀藤の 春髻首に
順德院御製
0151 院、位に御座しましける時、殿上人、暮春曉月と云ふ事を仕奉けるに
由緣無くて 遺習を 暮れて行く 春に教へよ 有明月
前大納言 藤原為世 二條為世
0152 後京極攝政家六百番歌合に
嵐吹く 花梢の 跡見えて 春は過行く 志賀山越え
從二位 藤原家隆
0153 暮春之心を
暮れて行く 春別は 如何にぞと 花を惜しまぬ 人に問はばや
如願法師
0154 【○承前。詠暮春之心。】
今も猶 花には飽かで 老が身に 六十餘の 春ぞ暮れぬる
前大僧正隆辨
0155 【○承前。詠暮春之心。】
暮れて行く 春手向や 茲為らむ 今日こそ花は 幣と散りけれ
後嵯峨院御製
0156 堀河院御時、百首歌奉りける時
行方も 知られぬ春と 知りながら 心盡しの 今日にも有哉
權大納言 藤原公實