新古今和歌集 卷十九 神祇歌
1852 【○無題。】
知るらめや 今日子日の 姬小松 生ひむ末迄 榮ゆべしとは
此歌は、日吉社司、社頭の後山に罷りて、子日して侍ける夜、人の夢に見えけるとなむ。
日吉社
1853 【○無題。】
情無く 折る人辛し 我が宿の 主忘れぬ 梅立枝を
此歌は、建久二年春頃、筑紫へ罷れりけるものの、安樂寺之梅を折りて侍ける夜、夢に見えけるとなむ。
天滿大自在天神御歌
1854 【○無題。】
補陀落の 南岸に 堂建てて 今ぞ榮えむ 北藤浪
此歌は、興福寺南圓堂造始侍ける時、春日榎本明神、詠賜へりけるとなむ。
春日社
1855 【○無題。】
夜や寒き 衣や薄き 片削の 行交間より 霜や置くらむ
住吉社
1856 【○無題。】
如何許 年は經ねども 住江の 松ぞ再び 生變りぬる
此歌は、或人、住吉に詣でて、「人為らば問は益物を住江之松は幾度生變るらむ?」と詠みて奉りける御返しとなむ言へる。
住吉社
1857 【○無題。】
睦まじと 君は知ら無み 瑞垣の 久しき世より 齋初めてき
伊勢物語に、「住吉に行幸時、御神現形し賜ひて。」と記せり。
住吉社
1858 【○無題。】
人知れず 今や今やと 千早振る 神古る迄 君をこそ待て
此歌は、待賢門院堀河、大和方より熊野へ詣侍けるに、春日へ參るべき由の夢を見たりけれど、後に參らむと思ひて、罷過ぎにけるを、歸侍けるに、託宣し賜ひけるとなむ。
春日明神
1859 【○無題。】
道遠し 程も遙かに 隔たれり 思遣せよ 我も忘れじ
此歌は、陸奥に住みける人の、熊野へ三年詣でむと願を立てて參りて侍けるが、忌苦しかりければ、今二度を如何に為むと嘆きて、御前に臥したりける夜夢に見えけるとなむ。
熊野權現
1860 【○無題。】
思事 身に餘る迄 鳴瀧の 暫淀むを 何恨むらむ
此歌は、身沉める事を嘆きて、東方へ罷らむと思立ちける人、熊野御前に通夜して侍ける夢に見えけるとなむ。
熊野權現
1861 【○無題。】
我賴む 人徒に 成果てば 復雲分けて 昇る許ぞ
賀茂社
1862 【○無題。】
鏡にも 影御手洗の 水面に 映る許の 心とを知れ
此復、賀茂に詣でたる人の夢に見えけると言へり。
賀茂社
1863 【○無題。】
在來つつ 來つつ見れども 潔き 人心を 我忘れめや
石清水御歌と言へり。
石清水社
1864 【○無題。】
西海 立つ白浪の 上にして 何過すらむ 假此世を
此歌は、稱德天皇御時、和氣清麿を宇佐宮に奉賜ひける時、託宣し賜けるとなむ。
宇佐社
1865 延喜六年、日本紀竟宴に、神日本磐余彥天皇 【○實題乃玉依姫。日本紀竟宴0016。】
白浪に 玉依姬の 來し事は 渚や終に 泊りなりけむ
大江千古
1866 猿田彥 【○日本紀竟宴0015。】
久方の 天八重雲 振別けて 降りし君を 我ぞ迎へし
紀淑望
1867 玉依姫 【○實題乃神日本磐余彥天皇。日本紀竟宴0003。】
飛掛ける 天磐船 尋ねてぞ 秋津島には 宮肇ける
三統理平
1868 賀茂社午日歌侍るなる歌
大和哉 海に嵐の 西吹かば 孰浦に 御舟繫がむ
三統理平
1869 神樂を詠侍ける
置霜に 色も變らぬ 榊葉の 香をやは人の 求めて來つらむ
紀貫之
1870 臨時祭を詠める
宮人の 摺れる衣に 木綿襷 掛けて心を 誰に寄すらむ
紀貫之
1871 大將に侍ける時、勅使にて大神宮に詣でて詠侍ける
神風や 御裳濯川の 其上に 契し事の 末を違ふ莫
攝政太政大臣 藤原良經
1872 同時、外宮にて詠侍ける
契有りて 今日宮川の 木綿鬘 長世迄も 懸けて賴まむ
藤原定家朝臣
1873 公繼卿、勅使にて大神宮に詣でて歸上侍けるに、齋宮女房中より申贈りける
嬉しさも 哀も如何に 答へまし 故鄉人に 問はれましかば
佚名
1874 返し 【○齋宮齋院百人一首0091。】
神風や 五十鈴川浪 數知らず 住むべき御代に 復歸來む
神風伊勢國 五十鈴川浪無數 猶其波無間 潔心應住此御代 還願再歸來相會
春宮權大夫 藤原公繼
1875 太神宮歌中に
眺めばや 神路山に 雲消えて 夕空を 出む月影
太上天皇 後鳥羽帝
1876 【○承前。太神宮歌中。】
神風や 豐御幣に 靡く四手 掛けて仰ぐと 云ふも畏し
太上天皇 後鳥羽帝
1877 題知らず
宮柱 下つ岩根に 敷立てて 露も曇らぬ 日御影哉
西行法師 佐藤義清
1878 【○承前。無題。】
神路山 月清かなる 誓有りて 天下をば 照す也けり
西行法師 佐藤義清
1879 伊勢月讀社に參りて、月を見て詠める
清かなる 鷲高嶺の 雲居より 影柔らぐる 月讀之森
西行法師 佐藤義清
1880 神祇歌とて詠侍ける
柔らぐる 光に餘る 影為れや 五十鈴川原の 秋夜月
前大僧正慈圓
1881 公卿勅使にて歸侍ける、一志驛にて詠侍ける
立歸り 又も見まくの 欲き哉 御裳濯川の 瀨瀨白浪
中院入道右大臣 源雅定
1882 入道前關白家百首歌詠侍けるに
神風や 五十鈴川の 宮柱 幾千代澄めと 立て始めけむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1883 【○承前。侍詠入道前關白家百首歌。】
神風や 玉串葉を 取餝し 內外宮に 君をこそ祈れ
俊惠法師
1884 五十首歌奉りし時
神風や 山田原の 榊葉に 心之注連を 懸けぬ日ぞ無き
嘉陽門院越前
1885 社頭納涼と云ふ事を
五十鈴川 空や夙に 秋聲 下つ岩根の 松夕風
大中臣明親
1886 香椎宮杉を詠侍ける
千早振る 香椎宮の 綾杉は 神御衣木に 立てる也けり
佚名
1887 八幡宮權官にて年久しかりける事を恨みて、御神樂夜參りて、榊に結付侍ける
榊葉に 其言甲斐は 無けれども 神に心を 懸けぬ間ぞ無き
法印成清
1888 賀茂に參りて
年を經て 憂影をのみ 御手洗の 變る世も無き 身を如何に為む
周防內侍 平仲子
1889 文治六年、女御入內屏風に、臨時祭描ける所を詠侍ける
月冴ゆる 御手洗川に 影見えて 冰に摺れる 山藍袖
皇太后宮大夫 藤原俊成
1890 社頭雪と云ふ心を詠侍ける
木綿四手の 風に亂るる 音冴えて 庭白妙に 雪ぞ積れる
按察使 藤原公通
1891 十首歌合中に、神祇を詠める
君を祈る 心色を 人問はば 糺宮の 朱玉垣
前大僧正慈圓
1892 御生に參りて、社司、各各葵を掛けけるに詠める
跡垂れし 神に逢日の 無かりせば 何に賴みを 懸けて過ぎまし
賀茂重保
1893 社司共貴船に參りて、雨乞ひし侍ける序に詠める
大御田の 潤ふ許 堰掛けて 井堰に落せ 川上神
賀茂幸平
1894 鴨社歌合とて人人詠侍けるに、月を
石川の 瀨見小川の 清ければ 月も流れを 尋ねてぞ澄む
鴨長明
1895 辨に侍ける時、春日祭に下りて、周防內侍に遣はしける
萬代を 祈りぞかくる 木綿襷 春日山の 峰嵐に
中納言 藤原資仲
1896 文治六年、女御入內屏風に、春日祭
今日祭る 神心や 靡くらむ 四手に浪立つ 佐保川風
入道前關白太政大臣 藤原兼實
1897 家に百首歌詠侍ける時、神祇之心を
天下 三笠山の 蔭ならで 賴方無き 身とは知らずや
入道前關白太政大臣 藤原兼實
1898 【○承前。於家侍百首歌時,詠神祇之趣。】
春日野の 棘路の 埋水 末だに神の 驗顯はせ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1899 大原野祭に參りて、周防內侍に遣はしける
千代迄も 心して吹け 紅葉を 神も小鹽の 山颪風
藤原伊家
1900 最勝四天王院障子に、小鹽山描きたる所
小鹽山 神驗を 松葉に 契りし色は 變る物かは
前大僧正慈圓
1901 日吉社に奉りける歌中に、二宮を
和らぐる 影ぞ麓に 曇無き 本地之光は 峰に澄めども
前大僧正慈圓
1902 述懷之心を
我が賴む 七社の 木綿襷 掛けても六の 道に歸す莫
前大僧正慈圓
1903 【○承前。詠述懷之趣。】
押並て 日吉之影は 曇らぬに 淚竒き 昨日今日哉
前大僧正慈圓
1904 【○承前。詠述懷之趣。】
諸人の 願を御津の 濱風に 心涼しき 四手之音哉
前大僧正慈圓
1905 北野に詠みて奉りける
覺めぬれば 思合せて 音をぞ泣く 心盡くしの 古夢
前大僧正慈圓
1906 熊野へ詣賜ける時、道に、花盛成りけるを御覧じて
咲匂ふ 花景色を 見るからに 神心ぞ 空に知らるる
白河院御歌
1907 熊野に參りて奉侍し
岩に生す 苔踏平す 三熊野の 山甲斐有る 行末欲得
太上天皇 後鳥羽帝
1908 新宮に詣づとて、熊野川にて
熊野川 下す早瀨の 水馴棹 流石見慣れぬ 浪之通路
太上天皇 後鳥羽帝
1909 白河院、熊野に詣賜へりけるに、御供人人、鹽屋王子にて歌詠侍けるに
立登る 鹽屋煙 浦風に 靡くを神の 心と欲得
德大寺左大臣 藤原實能
1910 熊野へ詣侍しに、岩代王子に人人之名等書付けさせて、暫侍しに、拜殿長押に書付侍し歌
岩代の 神は知るらむ 導為よ 賴む憂世の 夢之行末
佚名
1911 熊野本宮燒けて、年內に遷宮侍しに、參りて
契有れば 嬉しき斯かる 折に逢ひぬ 忘る莫神も 行末之空
太上天皇 後鳥羽帝
1912 加賀守にて侍ける時、白山に詣でたりけるを思出て、日吉客人宮にて詠侍ける
年經とも 越之白山 忘れずは 頭雪を 哀とも見よ
左京大夫 藤原顯輔
1913 一品聰子內親王、住吉に詣でて、人人歌詠侍けるに詠める
住吉の 濱松枝に 風吹けば 浪白木綿 懸けぬ間ぞ無き
藤原道經
1913b 奉幣使にて住吉に參りて、昔住みける所の荒たりけるを見て、詠侍ける
住吉と 思ひし宿は 荒にけり 神驗を 待つとせし間に
津守有基
1914 或所屏風繪に、十一月、神祭る家前に、馬に乘りて人の行所を
榊葉の 霜打拂ひ 枯れずのみ 住めとぞ祈る 神御前に
大中臣能宣朝臣
1915 延喜御時、屏風に、夏神樂之心を詠侍ける
川社 繁に折延へ 干衣 如何に干せばか 七日久らむ
紀貫之