新古今和歌集 卷十四 戀歌四
1234 中將に侍ける時、女に遣はしける
宵宵に 君を憐と 思ひつつ 人には言はで 音をのみぞ泣く
清慎公 藤原實賴
1235 返し
君だにも 思出ける 宵宵を 待つは如何なる 心地かはする
佚名
1236 少將滋幹に遣はしける
戀しさに 死ぬる命を 思出て 問人有らば 無しと答へよ
佚名
1237 恨むる事侍りて、「更に詣來じ。」と誓言して、二日許有りて遣はしける
別れては 昨日今日こそ 隔てつれ 千代しも經たる 心地のみする
謙德公 藤原伊尹
1238 返し
昨日とも 今日とも知らず 今はとて 別れし程の 心惑に
贈皇后宮母 惠子女王
1239 入道攝政久しく詣來ざりける頃、鬢搔きて出侍ける泔坏の、水入れながら侍けるを見て
絕えぬるか 影だに見えば 問ふべきを 形見水は 水草居にけり
右大將藤原道綱母
1240 內に久しく參賜はざりける頃、五月五日、後朱雀院の御返事に
方方に 引別つつ 菖蒲草 有らぬ根をやは 掛けむと思し
陽明門院 禎子內親王
1241 題知らず
言葉の 移ふだにも 有る物を 甚時雨の 降增さるらむ
伊勢
1242 【○承前。無題。】
吹風に 付けても問はむ 小蟹の 通ひし道は 空に絕ゆとも
右大將藤原道綱母
1243 后宮久しく里に御座しける頃、遣はしける
葛葉に 非ぬ我身も 秋風の 吹くに付けつつ 恨みつる哉
天曆御歌 村上帝
1244 久しく參らざりける人に
霜騷ぐ 野邊草葉に 非ねども 何どか人目の 離增さるらむ
延喜御歌 醍醐帝
1245 御返し
淺茅生ふる 野邊や枯るらむ 山賤の 垣廬草は 色も變らず
佚名
1246 「春に成りて。」と奏侍けるが、然も無かりければ、內より、「未年も改らぬにや?」と宣はせたりける御返事を、楓紅葉に付けて 【○齋宮女御集0049。】
霞むらむ 程をも知らず 時雨つつ 過ぎにし秋の 紅葉をぞ見る
齋宮女御 徽子女王
1247 御返し 【○齋宮女御集0050。】
今來むと 賴めつつ經る 葉ぞ 常磐に見ゆる 紅葉也ける
天曆御歌 村上帝
1248 女御下に侍けるに遣はしける
玉鉾の 道は遙かに 非ねども 別樣雲居に 惑頃哉
朱雀院御歌
1249 御返し
思遣る 心は空に 有物を 何どか雲居に 逢見ざるらむ
女御熈子女王
1250 麗景殿女御、參りて後、雨降りける日、梅壺女御に
春雨の 降頻く頃は 青柳の 甚亂れて 人ぞ戀しき
後朱雀院御歌
1251 御返し
青柳の 甚亂れたる 此頃は 一筋にしも 思寄られじ
女御 藤原生子
1252 又遣はしける
青柳の 絲は方方 紊るとも 思初めてむ 色は變らじ
後朱雀院御歌
1253 御返し
淺綠 深くも非ぬ 青柳は 色變らじと 如何賴まむ
女御 藤原生子
1254 早う物申ける女に、枯たる葵を、御阿禮之日遣はしける
古の 葵と人は 咎むとも 猶其上の 今日ぞ忘れぬ
藤原實方朝臣
1255 返し
枯にける 葵のみこそ 悲しけれ 哀と見ずや 賀茂瑞垣
佚名
1256 廣幡御息所に遣はしける
逢事を 廿日に見えし 月影の 朧けにやは 哀とは思ふ
天曆御歌 村上帝
1257 題知らず
更級や 姨捨山の 有明の 盡きずも物を 思頃哉
伊勢
1258 【○承前。無題。】
何時とても 哀と思ふを 寢ぬる夜の 月は朧け 泣く泣くぞ見し
中務
1259 【○承前。無題。】
更級の 山より外に 照月も 慰兼ねつ 此頃空
凡河內躬恒
1260 【○承前。無題。】
天戶を 押開方の 月見れば 憂人しもぞ 戀しかりける
佚名
1261 【○承前。無題。】
庶見えし 月を戀しと 歸途の 雲路浪に 濡れて來し哉
佚名
1262 人に遣はしける
入方は 清か成りける 月影を 上空にも 待ちし宵哉
紫式部
1263 返し
射して行く 山端も皆 搔曇り 心空に 消えし月影
佚名
1264 題知らず
今はとて 別れし程の 月をだに 淚に昏れて 眺めやは為し
藤原經衡
1265 【○承前。無題。】
面影の 忘れぬ人に 擬へつつ 入るをぞ慕ふ 秋夜月
二條太皇太后宮肥後
1266 【○承前。無題。】
憂人の 月は何ぞの 緣ぞと 思ひながらも 打眺めつつ
後德大寺左大臣 藤原實定
1267 【○承前。無題。】
月のみや 上空為る 形見にて 思ひも出ば 心通はむ
西行法師 佐藤義清
1268 【○承前。無題。】
曇も無き 折しも人を 思出て 心と月を 窶しつる哉
西行法師 佐藤義清
1269 【○承前。無題。】
物思ひて 眺むる頃の 月色に 如何許為る 哀添むらむ
西行法師 佐藤義清
1270 【○承前。無題。】
曇れかし 眺むるからに 悲しきは 月に覺ゆる 人之面影
八條院高倉
1271 百首歌中に
忘らるる 身を知る袖の 村雨に 由緣無く山の 月は出けり
太上天皇 後鳥羽帝
1272 千五百番歌合に
巡逢はむ 限は何時と 知らねども 月莫隔てそ 餘所浮雲
攝政太政大臣 藤原良經
1273 【○承前。於千五百番歌合。】
我淚 尋めて袖に 宿月 然りとて人の 影は見ねども
攝政太政大臣 藤原良經
1274 【○承前。於千五百番歌合。】
戀侘ぶる 淚や空に 曇るらむ 光も變る 閨月影
權中納言 藤原公經
1275 【○承前。於千五百番歌合。】
幾巡 空行く月も 隔て來ぬ 契し仲は 餘所浮雲
左衛門督 源通光
1276 【○承前。於千五百番歌合。】
今來むと 契し事は 夢ながら 見し夜に似たる 有明月
右衛門督 源通具
1277 【○承前。於千五百番歌合。】
忘れじと 言ひし許の 名殘とて 其夜月は 巡來にけり
藤原有家朝臣
1278 題知らず
思出て 夜な夜な月に 尋ねずは 待てと契し 仲や絕えなむ
攝政太政大臣 藤原良經
1279 【○承前。無題。】
忘る莫よ 今は心の 變るとも 慣れし其夜の 有明月
藤原家隆朝臣
1280 【○承前。無題。】
其儘に 松嵐も 變らぬを 忘れやしぬる 更けし夜月
法眼宗圓
1281 【○承前。無題。】
人ぞ憂き 賴めぬ月は 巡來て 昔忘れぬ 蓬生宿
藤原秀能
1282 八月十五夜、和歌所にて、月前戀と云ふ事を
偶然に 待ちつる宵も 更けにけり 然やは契し 山端月
攝政太政大臣 藤原良經
1283 【○承前。八月十五夜,於和歌所,詠月前戀。】
來ぬ人を 待つとは無くて 待宵の 更行く空の 月も恨めし
藤原有家朝臣
1284 【○承前。八月十五夜,於和歌所,詠月前戀。】
松山と 契し人は 由緣無くて 袖越す浪に 殘る月影
藤原定家朝臣
1285 千五百番歌合に
習來し 誰が偽も 未知らで 待つと為し間の 庭之蓬生
皇太后宮大夫藤原俊成女
1286 經房卿家歌合に、久戀を
後絕えて 淺茅末に 成りにけり 賴めし宿の 庭白露
二條院讚岐
1287 攝政太政大臣家百首歌詠侍けるに
來ぬ人を 思絕えたる 庭面の 蓬末ぞ 待つに增される
寂蓮法師 藤原定長
1288 題知らず
尋ねても 袖に掛くべき 方ぞ無き 深蓬の 露之託言を
左衛門督 源通光
1289 【○承前。無題。】
形見とて 仄踏分けし 跡も無し 來しは昔の 庭之荻原
藤原保季朝臣
1290 【○承前。無題。】
名殘をば 庭淺茅に 留置きて 誰故君が 住浮かれけむ
法橋行遍
1291 攝政太政大臣家百首歌合に
忘れずは 慣れし袖もや 凍るらむ 寢ぬ夜床の 霜狹筵
藤原定家朝臣
1292 【○承前。攝政太政大臣家百首歌合。】
風吹かば 峰に別れむ 雲をだに 在りし名殘の 形見とも見よ
藤原家隆朝臣
1293 百首歌奉りし時
言はざりき 今來む迄の 空雲 月日隔てて 物思へとは
攝政太政大臣 藤原良經
1294 千五百番歌合に
思出よ 誰が豫言の 末為らむ 昨日之雲の 跡山風
藤原家隆朝臣
1295 二條院御時、艷書之歌召しけるに
忘行く 人故空を 眺むれば 絕絕にこそ 雲も見えけれ
刑部卿 藤原範兼
1296 題知らず
忘れなば 生けらむ物かと 思ひしに 其も叶はぬ 此世也けり
殷富門院大輔
1297 【○承前。無題。】
疎く為る 人を何とて 恨むらむ 知られず知らぬ 折も在しに
西行法師 佐藤義清
1298 【○承前。無題。】
今ぞ知る 思出よと 契しは 忘れむとての 情也けり
西行法師 佐藤義清
1299 建仁元年三月、歌合に、遇不逢戀之心を
逢見しは 昔語の 限にて 其豫言を 夢になせとや
土御門內大臣 源通親
1300 【○承前。建仁元年三月歌合,詠遇不逢戀之趣。】
哀為る 心闇の 緣とも 見し夜の夢を 誰か定めむ
權中納言 藤原公經
1301 【○承前。建仁元年三月歌合,詠遇不逢戀之趣。】
契きや 飽かぬ別に 露置きし 曉許 形見為れとは
右衛門督 源通具
1302 【○承前。建仁元年三月歌合,詠遇不逢戀之趣。】
恨び 待たじ今はの 身為れども 思慣れにし 夕暮空
寂蓮法師 藤原定長
1303 【○承前。建仁元年三月歌合,詠遇不逢戀之趣。】
忘れじの 言葉如何に 成りにけむ 賴めし暮は 秋風ぞ吹く
宜秋門院丹後
1304 家に百首歌合し侍けるに
思兼ね 打寢る宵も 有なまし 吹きだに荒め 庭松風
攝政太政大臣 藤原良經
1305 【○承前。侍家百首歌合時。】
然らでだに 恨みむと思ふ 吾妹子が 衣裾に 秋風ぞ吹く
藤原有家朝臣
1306 題知らず
心には 何時も秋なる 寢覺哉 身に沁む風の 幾夜とも無く
佚名
1307 【○承前。無題。】
哀とて 訪人の何ど
無かるらむ 物思ふ宿の 荻上風
西行法師 佐藤義清
1308 入道前關白太政大臣家歌合に
我が戀は 今を限と 夕間暮 荻吹風の 訪れて行く
俊惠法師
1309 題知らず
今は唯 こころのほかに 聞く物を 知らず顏為る 荻上風
式子內親王
1310 家歌合に
何時も聞く 物とや人の 思ふらむ 來ぬ夕暮の 秋風聲
攝政太政大臣 藤原良經
1311 【○承前。家歌合中。】
心有らば 吹かずも有らなむ 宵宵に 人待つ宿の 庭松風
前大僧正慈圓
1312 和歌所にて歌合侍しに、會不逢戀之心を
里は荒れぬ 虛しき床の 邊迄 身は習の 秋風ぞ吹く
寂蓮法師 藤原定長
1313 水無瀨戀十五首歌合に
里は荒れぬ 尾上宮の 自から 待來し宵も 昔也けり
太上天皇 後鳥羽帝
1314 【○承前。水無瀨戀十五首歌合中。】
物思はで 唯大方の 露にだに 濡るれば濡るる 秋袂を
藤原有家朝臣
1315 【○承前。水無瀨戀十五首歌合中。】
草枕 結定めむ 方知らず 慣らはぬ野邊の 夢之通路
藤原雅經
1316 和歌所歌合に、深山戀と云ふ事を
然ても猶 訪はれぬ秋の 冬端山 雲吹風も 峰に見ゆらむ
藤原家隆朝臣
1317 【○承前。於和歌所歌合,詠深山戀。】
思入る 深心の 便迄 見しは其とも 無き山路哉
藤原秀能
1318 題知らず
眺めても 哀と思へ 大方の 空だに悲し 秋夕暮
鴨長明
1319 千五百番歌合に
言葉の 移りし秋も 過ぎぬれば 我身時雨と 降淚哉
右衛門督 源通具
1320 【○承前。千五百番歌合中。】
消侘びぬ 移ふ人の 秋色に 身を木枯の 森白露
藤原定家朝臣
1321 攝政太政大臣家歌合に
來ぬ人を 秋景色や 更けぬらむ 恨みに弱る 松蟲之聲
寂蓮法師 藤原定長
1322 戀歌とて詠侍ける
我戀は 庭叢萩 末枯て 人をも身をも 秋夕暮
前大僧正慈圓
1323 被忘戀之心を
袖露も 非ぬ色にぞ 消返る 移れば變る 嘆きせし間に
太上天皇 後鳥羽帝
1324 【○承前。詠被忘戀之心。】
咽ぶとも 知らじな心 瓦屋に 我のみ消たぬ 下煙は
藤原定家朝臣
1325 【○承前。詠被忘戀之心。】
知られじな 同袖には 通ふとも 誰が夕暮と 賴む秋風
藤原家隆朝臣
1326 【○承前。詠被忘戀之心。】
露拂ふ 寢覺は秋の 昔にて 見果てぬ夢に 殘る面影
皇太后宮大夫藤原俊成女
1327 攝政太政大臣家百首歌合に、尋戀
心こそ 行方も知らね 三輪山 杉梢の 夕暮空
前大僧正慈圓
1328 百首歌中に
然りともと 待ちし月日ぞ 移行く 心花の 色に任せて
式子內親王
1329 【○承前。百首歌中。】
生きてよも 明日迄人も 辛からじ 此夕暮を 訪はば訪へかし
式子內親王
1330 曉戀之心を
曉の 淚や空に 類ふらむ 袖に墮來る 鐘音哉
前大僧正慈圓
1331 千五百番歌合に
熟と 思明しの 浦千鳥 淚枕に 泣泣ぞ聞く
權中納言 藤原公經
1332 【○承前。於千五百番歌合。】
尋見る 辛き心の 奧海よ 潮干潟の 云ふ甲斐も無し
藤原定家朝臣
1333 水無瀨戀十五首歌合に
見し人の 面影留めよ 清見潟 袖に關守る 浪之通路
藤原雅經
1334 【○承前。水無瀨戀十五首歌合中。】
降りにけり 時雨は袖に 秋掛けて 言ひし許を 待つとせし間に
皇太后宮大夫藤原俊成女
1335 【○承前。水無瀨戀十五首歌合中。】
通來し 宿之道芝 枯枯に 跡無き霜の 纏ほれつつ
皇太后宮大夫藤原俊成女