新古今和歌集 卷第六 冬歌
0551 千五百番歌合に、初冬之心を詠める
起明す 秋別の 袖露 霜こそ結べ 冬や來ぬらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0552 天曆御時、神無月と云ふ事を上に置きて、歌仕奉けるに
神無月 風に紅葉の 散る時は 其處は斯となく 物ぞ悲しき
藤原高光
0553 題知らず
名取川 簗瀨浪ぞ 騷ぐなる 紅葉や甚ど 祭りて堰くらむ
源重之
0554 後冷泉院御時、殿上人、大堰川に罷りて、紅葉浮水と言へる心を詠侍けるに
筏士よ 待て言問はむ 水上は 如何許吹く 山嵐ぞ
藤原資宗朝臣
0555 【○承前。後冷泉院御時,殿上人罷大堰川,詠紅葉浮水之趣。】
散掛かる 紅葉流れぬ 大堰川 孰井堰の 水柵
大納言 源經信
0556 大堰川に罷りて、落葉滿水と言へる心を詠侍ける
高瀨舟 澀く許に 紅葉の 流れて下る 大堰川哉
藤原家經朝臣
0557 深山落葉と言へる心を
日暮るれば 逢人もなし 柾木散る 峰嵐の 音許して
源俊賴朝臣
0558 題知らず
自から 音する物は 庭面に 木葉吹卷く 谷冬風
藤原清輔朝臣
0559 春日社歌合に、落葉と云ふ事を詠みて奉りし
木葉散る 宿に片敷く 袖色を 有とも知らで 行嵐哉
前大僧正慈圓
0560 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
木葉散る 時雨や紛ふ 我袖に 脆淚の 色と見る迄
右衛門督 源通具
0561 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
移行く 雲に嵐の 聲すなり 散るか柾木の 葛城山
藤原雅經
0562 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
初時雨 信夫山の 紅葉を 嵐吹けとは 染めずや有けむ
七條院大納言
0563 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
時雨つつ 袖も干し合へず 足引の 山木葉に 嵐吹く頃
信濃
0564 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
山里の 風淒じき 夕暮に 木葉亂れて 物ぞ悲しき
藤原秀能
0565 【○承前。於春日社歌合,奉詠落葉。】
冬來て 山も顯はに 木葉降り 殘る松さへ 峰に寂しき
祝部成茂
0566 五十首歌奉りし時
唐錦 秋形見や 龍田山 散合へぬ枝に 嵐吹く也
若草宮內卿
0567 賴輔卿家歌合に、落葉之心を
時雨かと 聞けば木葉の 降る物を 其にも濡るる 我が袂哉
藤原資隆朝臣
0568 題知らず
時しも有れ 冬は葉守の 神無月 斑に成りぬ 森柏木
法眼慶算
0569 【○承前。無題。】
何時間に 空景色の 變るらむ 激しき今朝の 木枯風
津守國基
0570 【○承前。無題。】
月を待つ 高嶺雲は 晴にけり 心有るべき 初時雨かな
西行法師 佐藤義清
0571 【○承前。無題。】
神無月 木木木葉は 散果て 庭にぞ風の 音は聞ゆる
前大僧正覺忠
0572 【○承前。無題。】
柴戶に 入日影は 射しながら 如何に時雨るる 山邊為るらむ
藤原清輔朝臣
0573 山家時雨と言へる心を
雲晴て 後も時雨るる 柴戶や 山風拂ふ 松下露
藤原隆信朝臣
0574 寬平御時、后宮歌合に
神無月 時雨降るらし 佐保山の 柾木蔓 色增行く
佚名
0575 題知らず
木枯しの 音に時雨を 聞別かで 紅葉に濡るる 袂とぞ見る
中務卿具平親王
0576 【○承前。無題。新古今0430。】
時雨降る 音はすれども 吳竹の 何ど世と共に 色も變らぬ
中納言 藤原兼輔
0577 十月許、常盤社をすぐとて
時雨雨 染兼ねてけり 山城の 常盤社の 槙下葉は
能因法師
0578 題知らず
冬を淺み 夙時雨と 思しを 絕えざりけりな 老淚も
清原元輔
0579 鳥羽殿にて、旅宿時雨と云ふ事を
斑為る 柴庵に 旅寢して 時雨に濡るる 小夜衣哉
後白河院御歌
0580 時雨を
やよ時雨 物思袖の 無かり為ば 木葉後に 何を染めまし
前大僧正慈圓
0581 冬の歌の中に
深綠 爭兼ねて 如何為らむ 間無く時雨の 布留神杉
太上天皇 後鳥羽帝
0582 題知らず 【○萬葉集2196。】
時雨雨 間無くし降れば 槙葉も 爭兼ねて 色付きにけり
時雨之雨矣 紛降無間莫所止 縱令真木葉 難與抗衡不得勝 已然添色褪葉黃
柿本人麿 柿本人麻呂
0583 【○承前。無題。】
世中に 尚も降る哉 時雨つつ 雲間月の 出やと思へど
和泉式部
0584 百首歌奉りしに
折こそあれ 眺めに懸かる 浮雲の 袖も一つに 打時雨つつ
二條院讚岐
0585 題知らず
秋篠や 外山里や 時雨るらむ 生駒嶽に 雲懸かれる
西行法師 佐藤義清
0586 【○承前。無題。】
晴曇 時雨は定め 無き物を 古果てぬるは 我が身也けり
道因法師
0587 千五百番歌合に、冬歌
今はまた 散らでも紛ふ 時雨哉 獨古行く 庭松風
源具親
0588 題知らず
御吉野の 山搔曇り 雪降れば 麓里は 打時雨つつ
俊惠法師
0589 百首歌奉りし時
槙屋に 時雨音の 變る哉 紅葉や深く 散積るらむ
入道左大臣 藤原實房
0590 千五百番歌合に、冬歌
世に經るは 苦しき物を 槙屋に 息くも過ぐる 初時雨哉
二條院讚岐
0591 題知らず 【○和漢朗詠0396。】
仄仄と 有明月の 月影に 紅葉吹落す 山颪風
源信明朝臣
0592 【○承前。無題。】
紅葉を 何惜みけむ 木間より 漏來る月は 今宵こそ見れ
中務卿具平親王
0593 【○承前。無題。】
吹拂ふ 嵐後の 高嶺より 木葉曇らで 月や出らむ
宜秋門院丹後
0594 春日社歌合に、曉月と云ふ事を
霜凍る 袖にも影は 殘りけり 露より成れし 有明月
右衛門督 源通具
0595 和歌所にて六首歌奉りしに、冬歌
眺めつつ 幾度袖に 曇るらむ 時雨に更くる 有明月
藤原家隆朝臣
0596 題知らず
定無く 時雨るる空の 叢雲に 幾度同じ 月を待つらむ
源泰光
0597 千五百番歌合に
今よりは 木葉隱れも 無けれども 時雨に殘る 叢雲月
源具親
0598 題知らず
晴曇る 影を都に 先立てて 時雨ると告ぐる 山端月
源具親
0599 五十首歌奉りし時
絕絕に 里分く月の 光哉 時雨を送る 夜半叢雲
寂蓮法師 藤原定長
0600 雨後冬月と言へる心を
今はとて 寢な益物を 時雨つる 空とも見えず 澄める月哉
良暹法師
0601 題知らず
露霜の 夜半に起居て 冬夜の 月見る程に 袖は凍りぬ
曾禰好忠
0602 【○承前。無題。】
紅葉は 己染めたる 色ぞかし 餘所氣に置ける 今朝霜哉
前大僧正慈圓
0603 【○承前。無題。】
小倉山 麓里に 木葉散れば 梢に晴る 月を見哉
西行法師 佐藤義清
0604 五十首歌奉りし時
秋色を 拂果てや 久方の 月桂に 木枯風
藤原雅經
0605 題知らず
風寒み 木葉晴行く 夜夜に 殘る隈無き 庭月影
式子內親王
0606 【○承前。無題。】
我門の 苅田寢屋に 伏す鴫の 床露為る 冬夜月
殷富門院大輔
0607 【○承前。無題。】
冬枯の 森朽葉の 霜上に 落ちたる月の 影寒けさ
藤原清輔朝臣
0608 千五百番歌合に
冴侘びて 寒る枕に 影見れば 霜深き夜の 有明月
皇太后宮大夫藤原俊成女
0609 【○承前。於千五百番歌合。】
霜結ぶ 袖片敷き 打解けて 寢ぬ夜月の 影ぞ寒けき
右衛門督 源通具
0610 五十首歌奉りし時
影留めし 露宿を 思出て 霜に跡訪ふ 淺茅生月
藤原雅經
0611 橋上霜と言へる事を詠侍ける
片敷の 袖をや霜に 重ぬらむ 月に夜離るる 宇治橋姬
法印幸清
0612 題知らず
夏苅の 荻古枝は 枯にけり 群居し鳥は 空にや有るらむ
源重之
0613 【○承前。無題。】
小夜更けて 聲さへ寒き 葦鶴は 幾重霜か 置增さるらむ
藤原道信朝臣
0614 冬歌中に
冬夜の 長きを送る 袖濡れぬ 曉方の 四方嵐に
太上天皇 後鳥羽帝
0615 百首歌奉りし時
笹葉は 御山も騷に 打戰ぎ 凍れる霜を 吹嵐哉
攝政太政大臣 藤原良經
0616 崇德院御時、百首歌奉りけるに
君來ずは 一人や寢なむ 笹葉の 御山も戰に 騷ぐ霜夜を
藤原清輔朝臣
0617 題知らず
霜枯は 其處とも見えぬ 草原 誰に問はまし 秋名殘を
皇太后宮大夫藤原俊成女
0618 百首歌中に
霜冴ゆる 山田畔の 群薄 苅人無しに 殘る頃哉
前大僧正慈圓
0619 題知らず
草上に 幾許玉居し 白露を 下葉霜と 結ぶ冬哉
曾禰好忠
0620 【○承前。無題。】
鵲の 渡せる橋に 置霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける
中納言 大伴家持
0621 殿上人、菊合し侍ける序に
時雨つつ 枯行く野邊の 花為れば 霜籬に 匂ふ色哉
延喜御歌 醍醐帝
0622 延喜十四年、尚侍藤原滿子に菊宴賜はせける時
菊花 手折りては見じ 初霜の 置きながらこそ 色增りけれ
中納言 藤原兼輔
0623 同御時、大堰川に行幸侍ける日
影さへに 今はと菊の 移ふは 浪底にも 霜や置くらむ
坂上是則
0624 題知らず
野邊見れば 尾花許の 思草 枯行く冬に 成\りぞしにける
和泉式部
0625 【○承前。無題。】
津國の 難波春は 夢為れや 蘆枯葉に 風渡る也
西行法師 佐藤義清
0626 崇德院に十首歌奉りける時
冬深く 成りにけらしな 難波江の 青葉混らぬ 蘆群立
大納言 藤原成通
0627 題知らず
寂しさに 耐へたる人の 又も有れな 庵並べむ 冬山里
西行法師 佐藤義清
0628 東に侍ける時、都人に遣はしける
東道の 道冬草 茂合ひて 跡だに見えぬ 忘水哉
康資王母
0629 冬歌とて詠侍ける
昔思ふ 小夜寢覺の 床冴えて 淚も凍る 袖上哉
守覺法親王
0630 百首歌奉りし時
立濡るる 山雫も 音絕えて 槙下葉に 垂冰しにけり
守覺法親王
0631 題知らず
且凍り 且は碎くる 山川の 岩間に咽ぶ 曉聲
皇太后宮大夫 藤原俊成
0632 【○承前。無題。】
消返り 岩間に迷ふ 水泡の 暫宿借る 薄冰哉
攝政太政大臣 藤原良經
0633 【○承前。無題。】
枕にも 袖にも淚 冰柱居て 結ばぬ夢を 訪ふ嵐哉
攝政太政大臣 藤原良經
0634 五十首歌奉りし時
水上や 絕絕凍る 岩間より 清瀧川に 殘る白浪
攝政太政大臣 藤原良經
0635 百首歌奉りし時
片敷の 袖冰も 結ぼほれ 解けて寢夜の 夢ぞ短き
攝政太政大臣 藤原良經
0636 最勝四天王院障子に、宇治川描きたる所
橋姬の 片敷衣 狹筵に 待つ夜虛しき 宇治曙
太上天皇 後鳥羽帝
0637 【○承前。最勝四天王院障子,繪有宇治川處。】
網代木に 猶豫浪の 音更けて 獨や寢ぬる 宇治橋姬
前大僧正慈圓
0638 百首歌中に
見る儘に 冬は來にけり 鴨居る 入江汀 薄凍りつつ
式子內親王
0639 攝政太政大臣家歌合に、湖上冬月
志賀浦や 遠離行く 浪間より 凍りて出る 有明月
藤原家隆朝臣
0640 守覺法親王、五十首歌詠ませ侍けるに
獨見る 池冰に 澄月の 軈袖にも 映りぬる哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0641 題知らず 【○萬葉集0925。】
烏玉の 夜更去けば 楸生る 清川原に 千鳥鳴く也
漆黑烏玉兮 闇夜更深闌人靜 楸木所茂生 澄明清澈川原間 千鳥數鳴聲起落
山邊赤人
0642 佐保川原に千鳥鳴きけるを詠侍ける
行樣は 小夜更けぬれど 千鳥鳴く 佐保川原は 過憂かりけり
伊勢大輔
0643 陸奧國に罷りける時、詠侍ける
夕去れば 潮風越して 陸奧の 野田玉川 千鳥鳴く也
能因法師 橘永愷
0644 題知らず
白浪に 羽搏交し 濱千鳥 悲しき聲は 夜一聲
源重之
0645 【○承前。無題。】
夕凪に 門渡る千鳥 波間より 見ゆる小島の 雲に消えぬる
後德大寺左大臣 藤原實定
0646 堀河院に百首歌奉けるに
浦風に 吹上濱の 濱千鳥 浪立來らし 夜半に鳴く也
祐子內親王家紀伊
0647 五十首歌奉りし時
月ぞ澄む 誰かは此處に 紀國や 吹上千鳥 獨鳴く也
攝政太政大臣 藤原良經
0648 千五百番歌合に
小夜千鳥 聲こそ近く 鳴海潟 傾月に 潮や滿つらむ
正三位 藤原季能
0649 最勝四天王院障子に、鳴海浦描きたる所
風吹けば 餘所に鳴海の 片思 思はぬ浪に 鳴千鳥哉
藤原秀能
0650 同所
浦人の 日も夕暮に 鳴海潟 翻る袖より 千鳥鳴く也
權大納言 源通光
0651 文治六年女御入內屏風に
風冴ゆる 富島磯の 群千鳥 立居は浪の 心也けり
正三位 藤原季經
0652 五十首歌奉りし時
果無しや 然ても幾夜か 逝水に 數書侘る 鴛獨寢
藤原雅經
0653 堀河院に百首歌奉りけるに
水鳥の 鴨浮寢の 憂ながら 浪枕に 幾夜寢ぬらむ
前齋宮河內
0654 題知らず 【○萬葉集0375。】
吉野為る 夏實川の 川淀に 鴨ぞ鳴くなる 山影にして
芳野御吉野 吉野美地夏實川 川淀滯澱處 禽鴨爭鳴啼不斷 在彼山影峰蔭間
湯原王
0655 【○承前。無題。】
閨上に 片枝指覆ひ 外面為る に 葉廣柏に 霰降る也
能因法師
0656 【○承前。無題。】
碎浪や 志賀唐崎 風冴えて 比良高嶺に 霰降る也
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0657 【○承前。無題。○萬葉集2331。】
矢田野に 淺茅色付く 有乳山 峰淡雪 寒くぞ有るらし
吾觀寧樂郊 矢田野間淺茅原 儼然添色黃 想必愛發峰頂上 沫雪零之降天寒
人麿 柿本人麻呂
0658 雪朝、基俊許へ申遣はしける
常よりも 篠屋軒ぞ 埋るる 今日は都に 初雪や降る
瞻西上人
0659 返し
降雪に 誠に篠屋 如何為らむ 今日は都に 跡だにも無し
藤原基俊
0660 冬歌數多詠侍けるに
初雪の 布留神杉 埋れて 標結野邊は 冬籠為り
權中納言 藤原長方
0661 思事侍ける頃、初雪降侍ける日
降れば如是 憂さのみ增さる 世を知らで 荒たる庭に 積る初雪
紫式部
0662 百首歌に
狹筵の 夜半衣手 冴冴て 初雪白し 岡邊松
式子內親王
0663 入道前關白、右大臣に侍ける時、家歌合に、雪を詠める
降始むる 今朝だに人の 待たれつる 深山里の 雪夕暮
寂蓮法師 藤原定長
0664 雪朝、後德大寺左大臣許に遣はしける
今日はもし 君もや訪ふと 眺むれど 未跡も無き 庭雪哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0665 返し
今ぞ聞く 心は跡も 無かりけり 雪搔別けて 思遣れども
後德大寺左大臣 藤原實定
0666 題知らず
白山に 年降る雪や 積るらむ 夜半に片敷く 袂冴ゆ也
前大納言 藤原公任
0667 夜深聞雪と云ふ事を
明遣らぬ 寢覺床に 聞ゆ也 籬竹の 雪下折れ
刑部卿 藤原範兼
0668 殿上人、曉望山雪と言へる心を仕奉けるに
音羽山 清かに見ゆる 白雪を 明けぬと告ぐる 鳥聲哉
高倉院御歌
0669 紅葉散れりける上に、初雪降懸りて侍けるを見て、上東門院に侍ける女房に遣はしける
山里は 道もや見えず 成りぬらむ 紅葉と共に 雪降りぬる
藤原家經朝臣
0670 野亭雪を詠侍ける
寂しさを 如何に為よとて 岡邊為る 楢葉垂り 雪降るらむ
藤原國房
0671 百首歌奉りし時
駒留めて 袖打拂ふ 蔭も無し 佐野渡の 雪夕暮
藤原定家朝臣
0672 攝政太政大臣、大納言に侍ける時、山家雪と云ふ事を詠ませ侍けるに
待人の 麓道は 絕えぬらむ 軒端に 雪重る也
藤原定家朝臣
0673 同家にて、所名を探りて、冬歌詠ませ侍けるに、伏見里雪を
夢通ふ 道さへ絕えぬ 吳竹の 伏見里の 雪下折れ
藤原有家朝臣
0674 家に百首歌詠ませ侍けるに
降雪に 焚藻煙 搔絕えて 寂しくも有るか 鹽竈浦
入道前關白太政大臣 藤原兼實
0675 題知らず
田子浦に 打出て見れば 白妙の 富士高嶺に 雪は降りつつ
山邊赤人
0676 延喜御時、「歌奉れ。」と仰せられければ
雪のみや 降りぬと思ふ 山里に 我も多くの 年ぞ積れる
紀貫之
0677 守覺法親王、五十首歌詠ませ侍けるに
雪降れば 峰真榊 埋れて 月に磨ける 天香具山
皇太后宮大夫 藤原俊成
0678 題知らず
搔曇り 天霧る雪の 故里を 積らぬ先に 訪人欲得
太皇太后宮小侍從
0679 【○承前。無題。】
庭雪に 我が跡付けて 出つるを 訪はれにけりと 人や見るらむ
前大僧正慈圓
0680 【○承前。無題。】
眺むれば 我が山端に 雪白し 都人よ 哀とも見よ
前大僧正慈圓
0681 【○承前。無題。】
冬草の 枯にし人の 今更に 雪踏分けて 見えむ物かは
曾禰好忠
0682 雪朝、大原にて詠侍ける
尋來て 道分侘る 人も非じ 幾重も積れ 庭白雪
寂然法師
0683 百首歌中に
此頃は 花も紅葉も 枝に無し 暫莫消えそ 松白雪
太上天皇 後鳥羽帝
0684 千五百番歌合に
草も木も 降紛へたる 雪中に 春待つ梅の 花香ぞする
右衛門督 源通具
0685 百首歌召しける時
御狩する 交野御野に 降霰 甚切囂未き 鳥もこそ立て
崇德院御歌
0686 內大臣に侍ける時、家歌合に
御狩すと 鳥立原を 漁つつ 交野野邊に 今日も暮しつ
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0687 京極關白前太政大臣高陽院歌合に
御狩野は 且降雪に 埋れて 鳥立も見えず 草隱れつつ
前中納言 大江匡房
0688 鷹狩之心を詠侍ける
狩暮し 交野真柴 折敷きて 淀川瀨の 月を見る哉
左近中將 藤原公衡
0689 埋火を詠侍ける
中中に 消えは消え莫で 埋火の 生きて甲斐無き 世にも有哉
權僧正永緣
0690 百首歌奉りし時
日數經る 雪氣に增さる 炭竈の 煙も寂し 大原里
式子內親王
0691 歳暮に、人に遣はしける
自から 言はぬを慕ふ 人や有ると 躊躇ふ程に 年暮ぬる
西行法師 佐藤義清
0692 歲暮に詠侍ける
返りては 身に添ふ物と 知りながら 暮行く年を 何慕ふらむ
上西門院兵衛
0693 【○承前。詠於歲暮。】
隔行く 世世面影 搔暗し 雪と降りぬる 歲暮哉
皇太后宮大夫藤原俊成女
0694 【○承前。詠於歲暮。】
新しき 年や我身を 尋來らむ 隙行駒に 道を任せて
大納言 藤原隆季
0695 俊成卿家に十首歌詠侍けるに、歲暮之心を
嘆きつつ 今年も暮れぬ 露命 生ける許を 思出にして
俊惠法師
0696 百首歌奉りし時
思遣れ 八十年の 暮為れば 如何許かは 物は悲しき
太皇太后宮小侍從
0697 題知らず
昔思ふ 庭に浮木を 積置きて 見し世にも似ぬ 歲暮哉
西行法師 佐藤義清
0698 【○承前。無題。】
石上 布留野小笹 霜を經て 一夜許に 殘る年哉
攝政太政大臣 藤原良經
0699 【○承前。無題。】
年明けて 浮世夢の 覺むべくは 暮るとも今日は 厭はざらまし
前大僧正慈圓
0700 【○承前。無題。】
朝每の 閼井水に 年暮て 我世の程の 汲まれぬる哉
權律師隆聖
0701 百首歌奉りし時
急がれぬ 歲暮こそ 哀為れ 昔は餘所に 聞きし春かは
入道左大臣 藤原實房
0702 歲暮に、身老ぬる事を嘆きて詠侍ける
數ふれば 年殘りも 無かりけり 老ぬる許 悲しきは無し
和泉式部
0703 入道前關白太政大臣、百首歌詠ませ侍ける時、歲暮之心を詠みて遣はしける
石走る 泊瀨川の 波枕 速くも年の 暮にける哉
後德大寺左大臣 藤原實定
0704 土御門內大臣家にて、海邊歲暮と言へる心を詠める
行年を 雄島海人の 濡衣 重ねて袖に 浪や掛くらむ
藤原有家朝臣
0705 【○承前。於土御門內大臣家,詠海邊歲暮之趣。】
老浪 越えける身こそ 哀為れ 今年も今は 末松山
寂蓮法師 藤原定長
0706 千五百番歌合に
今日每に 今日や限りと 惜しめども 復も今年に 逢にけるかな
皇太后宮大夫 藤原俊成