新古今和歌集 卷第四 秋歌上
0285 題知らず
神奈備の 御室山の 葛蔓 裏吹返す 秋は來にけり
中納言 大伴家持
0286 百首歌に、初秋之心を
何時しかと 荻葉向の 方よりに そそや秋とぞ 風も聞ゆる
崇德院御歌
0287 【○承前。於百首歌,詠初秋之趣。】
此寢ぬる 夜間に秋は 來に蓋し 朝明風の 昨日にも似ぬ
藤原季通朝臣
0288 文治六年女御入內屏風に
何時も聞く 麓里と 思へども 昨日に變る 山颪風
後德大寺左大臣 藤原實定
0289 百首歌詠侍ける中に
昨日だに 訪はむと思ひし 津國の 生田森に 秋は來にけり
藤原家隆朝臣
0290 最勝四天王院障子に、高砂描たる所
吹風の 色こそ見えね 高砂の 尾上松に 秋は來にけり
藤原秀能
0291 百首歌奉りし時
伏見山 松蔭より 見渡せば 明くる田面に 秋風ぞ吹く
皇太后宮大夫 藤原俊成
0292 守覺法親王、五十首歌詠ませ侍ける時
明けぬるか 衣手寒し 菅原や 伏見里の 秋秋風
藤原家隆朝臣
0293 千五百番歌合に
深草の 露緣を 契にて 里をば離れず 秋は來にけり
攝政太政大臣 藤原良經
0294 【○承前。於千五百番歌合。】
憐復 如何に忍ばむ 袖露 野原風に 秋は來にけり
右衛門督 源通具
0295 【○承前。於千五百番歌合。】
敷栲の 枕上に 過ぎぬ也 露を尋ぬる 秋初風
源具親
0296 【○承前。於千五百番歌合。】
水莖の 岡葛葉も 色付きて 今朝衷悲し 秋初風
顯昭法師
0297 【○承前。於千五百番歌合。】
秋は唯 心より置く 夕露を 袖外とも 思ける哉
越前
0298 五十首歌奉りし時、秋歌
昨日迄 餘所に忍びし 下荻の 末葉露に 秋風ぞ吹く
藤原雅經
0299 題知らず
押並て 物を思はぬ 人にさへ 心を作る 秋初風
西行法師 佐藤義清
0300 【○承前。無題。】
憐如何に 草葉露の 露るらむ 秋風立ちぬ 宮城野原
西行法師 佐藤義清
0301 崇德院に百首歌奉りける時
水涉付き 植ゑし山田に 引板延へて 復袖濡らす 秋は來にけり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0302 中納言、中將に侍ける時、家に、山家早秋と言へる心を詠ませ侍けるに
朝霧や 龍田山の 里為らで 秋來にけりと 誰か知らまし
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0303 題知らず
夕暮は 荻吹風の 音增さる 今江如何に 寢覺めせられむ
中務卿 具平親王
0304 【○承前。無題。】
夕去れば 荻葉向けを 吹風に 事ぞとも無く 淚墮ちけり
後德大寺左大臣 藤原實定
0305 崇德院に百首歌奉りける時
荻葉も 契有りてや 秋風の 訪始むる 端緒と成りけむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0306 題知らず
秋來ぬと 松吹風も 知らせけり 必ず荻の 上葉為らねど
七條院權大夫
0307 題を探りて、此彼歌詠みけるに、信太森の秋風を詠める
日を經つつ 音こそ增され 和泉為る 信太森の 千枝秋風
藤原經衡
0308 百首歌に
轉寢の 朝明袖に 變る也 鳴らす扇の 秋初風
式子內親王
0309 題知らず
手も弛く 鳴らす扇の 置所 忘る許に 秋風ぞ吹く
相模
0310 【○承前。無題。】
秋風は 吹結べども 白露の 亂れて置かぬ 草葉ぞ無き
大貳三位 藤原賢子
0311 【○承前。無題。】
朝朗 荻上葉の 露見れば 稍肌寒し 秋初風
曾禰好忠
0312 【○承前。無題。】
吹結ぶ 風は昔の 秋ながら 在しにも似ぬ 袖露哉
小野小町
0313 延喜御時、月次屏風に
大空を 我も眺めて 彥星の 妻待つ夜さへ 獨かも寢む
紀貫之
0314 題知らず 【○萬葉集2052。】
此夕方 降りつる雨は 彥星の 門渡る舟の 櫂雫か
在於此七夕 零來雨者何為也 蓋是牛郎之 滂舟橫渡銀河口 船櫂所致水沫矣
山邊赤人
0315 【○承前。無題。】
年を經て 住むべき宿の 池水は 星逢影も 面慣れやせむ
權大納言 藤原長家
0316 花山院御時、七夕歌仕奉けるに
袖漬ちて 我手に掬ぶ 水面に 天津星逢の 空を見る哉
藤原長能
0317 七月七日に、七夕祭する所にて詠みける
雲間より 星逢空を 見渡みわたせば 靜心無しづこころなき 天川浪あまのかはなみ
祭主 大中臣輔親
0318 七夕歌たなばたのうたとて詠侍よみはべりける
七夕たなばたの 天羽衣あまのはごろも 打重うちかさね 寢ぬる夜涼よすずしき 秋風あきかぜぞ吹ふく
太宰大貳 藤原高遠
0319 【○承前。侍詠七夕歌。】
七夕たなばたの 衣褄ころものつまは 心こころして 吹莫返ふきなかへしそ 秋初風あきのはつかぜ
小辨
0320 【○承前。侍詠七夕歌。】
七夕たなばたの 門渡とわたる舟ふねの 梶葉かぢのはに 幾秋書いくあきかきつ 露玉梓つゆのたまづさ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0321 百首歌中ひゃくしゅのうたのなかに
眺ながむれば 衣手涼ころもですずし 久方ひさかたの 天河原あまのかはらの 秋夕暮あきのゆふぐれ
式子內親王
0322 家いへに百首歌ひゃくしゅのうた詠侍よみはべりける時とき
如何許いかばかり 身みに沁しみぬらむ 七夕たなばたの 妻待宵つままつよひの 天川風あまのかはかぜ
入道前關白太政大臣 藤原兼實
0323 七夕之心たなばたのこころを
星逢ほしあひの 夕涼ゆふべすずしき 天川あまのがは 紅葉橋もみぢのはしを 渡わたる秋風あきかぜ
權中納言 藤原公經
0324 【○承前。詠七夕之趣。】
七夕たなばたの 逢瀨絕あふせたえせぬ 天川あまのがは 如何いかなる秋あきか 渡始わたりそめけむ
待賢門院堀河
0325 【○承前。詠七夕之趣。齋宮女御集0079。】
邂逅わくらばに 天川浪あまのかはなみ 寄よるながら 明あくる空そらには 任まかせず欲得もがな
女御 徽子女王
0326 【○承前。詠七夕之趣。】
甚いとどしく 思おもひけぬべし 七夕たなばたの 別袖わかれのそでに 置をける白露しらつゆ
大中臣能宣朝臣
0327 中納言兼輔家屏風ちゅうなごんかねすけのいへのびゃうぶに
七夕たなばたは 今いまや別わかるる 天川あまのがは 河霧立かはぎりたちて 千鳥ちどりなく也なり
紀貫之
0328 堀河院御時ほりかはのゐんのおほむとき、百首歌中ひゃくしゅのうたのなかに、萩はぎを詠侍よみはべりける
川水かはみづに 鹿柵しかのしがらみ 掛かけてけり 憂うきて流ながれぬ 秋萩花あきはぎのはな
前中納言 大江匡房
0329 題知だいしらず
狩衣かりごろも 我われとは摺すらじ 露繁つゆしげき 野原萩のはらのはぎの 花はなに任まかせて
從三位 源賴政
0330 【○承前。無題。】
秋萩あきはぎを 折おらでは過すぎじ 月草つきくさの 花摺衣はなずりごろも 露つゆに濡ぬるとも
權僧正永緣
0331 守覺法親王しゅかくほふしんわう、五十首歌詠ごじつしゅのうたよませ侍はべりけるに
萩花はぎがはな 真袖まそでに懸かけて 高圓たかまとの 尾上宮をのへのみやに 領巾振ひれふるや誰たれ
顯昭法師
0332 題知だいしらず
置露をくつゆも 靜心無しづこころなく 秋風あきかぜに 亂みだれて咲さける 真野萩原まののはぎはら
祐子內親王家紀伊
0333 【○承前。無題。萬葉集2252。】
秋萩あきはぎの 咲散さきちる野邊のべの 夕露ゆふつゆに 濡ぬれつつ來坐きませ 夜よは更ふけぬとも
一心盼君臨 秋荻咲散小野中 還願君有情 暮露沾襟越野來 縱令夜深不辭勞
人丸 柿本人麻呂
0334 【○承前。無題。○萬葉集0074、和漢朗詠0333。】
小牡鹿さをしかの 朝立あさたつ野邊のべの 秋萩あきはぎに 玉たまと見みる迄まで 置をける白露しらつゆ
以為牡雄鹿 朝立野邊秋荻上 所懸珠玉者 晶瑩剔透殆被欺 寔乃置梢白露矣
中納言 大伴家持
0335 【○承前。無題。】
秋野あきののを 別行わけゆく露つゆに 移うつりつつ 我わが衣手ころもでは 花香はなのかぞする
凡河內躬恒
0336 【○承前。無題。】
誰たれをかも 待乳山まつちのやまの 女郎花をみなへし 秋あきと契ちぎれる 人ひとぞ有あるらし
小野小町
0337 【○承前。無題。】
女郎花をみなへし 野邊故鄉のべのふるさと 思出おもひいでて 宿やどりし蟲むしの 聲こゑや戀こひしき
藤原元真
0338 千五百番歌合せんごひゃくばんのうたあはせに
夕去ゆふされば 玉散たまちる野邊のべの 女郎花をみなへし 枕定まくらさだめぬ 秋風あきかぜぞ吹ふく
左近中將 藤原良平
0339 蘭ふぢばかまを詠よめる
蘭ふぢばかま 主ぬしは誰たれとも 白露しらつゆの 零こぼれて匂にほふ 野邊秋風のべのあきかぜ
公猷法師
0340 崇德院すとくのゐんの百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりける時とき
薄霧うすぎりの 籬花まがきのはなの 朝濕あさじめり 秋あきは夕方ゆふべと 誰たれか言いひけむ
藤原清輔朝臣
0341 入道前關白太政大臣にふだうさきのくわんぱくだいじゃうだいじん、右大臣うだいじんに侍はべりける時とき、百首歌詠ひゃくしゅのうたよませ侍はべりけるに
甚如是いとかくや 袖そでは萎しをれし 野邊のべに出いでて 昔むかしも秋あきの 花はなは見みしかど
皇太后宮大夫 藤原俊成
0342 筑紫つくしに侍はべりける時とき、秋野あきののを見みて詠侍よみはべりける
花見はなみにと 人遣為ひとやりならぬ 野邊のべに來きて 心限こころのかぎり 盡つくしつる哉かな
大納言 源經信
0343 題知だいしらず
置おきて見みむと 思おもひし程ほどに 枯かれにけり 露つゆより異けなる 朝顏花あさがほのはな
4曾禰好忠
0344 【○承前。無題。】
山賤やまがつの 垣廬かきほに咲さける 朝顏あさがほは 東雲為しののめならで 逢由あふよしも無なし
紀貫之
0345 【○承前。無題。】
裏枯うらがるる 淺茅原あさぢヶはらの 苅萱かるかやの 亂みだれて物ものを 思頃哉おもふころかな
坂上是則
0346 【○承前。無題。萬葉集2277。】
小牡鹿さをしかの 入野薄いるののすすき 初尾花はつをばな 如何いつしか妹いもが 手枕たまくらに為せむ
小壯雄鹿之 入野之芒所叢生 初尾花所如 窈窕淑女吾好裘 何時可枕汝手哉
人丸 柿本人麻呂
0347 【○承前。無題。和漢朗詠0230。】
小倉山をぐらやま 麓野邊ふもとののべの 花薄はなすすき 髣髴ほのかに見みゆる 秋夕暮あきのゆふぐれ
佚名讀人知らず
0348 【○承前。無題。齋宮女御集0021。】
髣髴ほのかにも 風かぜは吹ふかなむ 花薄はなすすき 結 むすぼほれつつ 露つゆに濡ぬるとも
女御 徽子女王
0349 百首歌ひゃくしゅのうたに
花薄はなすすき 又露深またつゆふかし 秀ほに出いでて 眺ながめじと思おもふ 秋盛あきのさかりを
式子內親王
0350 攝政太政大臣せっしゃうだいじゃうだいじん、百首歌詠ひゃくしゅのうたよませ侍はべりけるに
野邊每のべごとに 訪渡おとづれわたる 秋風あきかぜを 徒あだにも靡なびく 花薄哉はなすすきかな
八條院六條
0351 和歌所歌合わかどころのうたあはせに、朝草花あしたのさうくわと云いふ事ことを
明あけぬとて 野邊のべより山やまに 入鹿いるしかの 跡吹送あとふきをくる 萩下風はぎのしたかぜ
左衛門督 源通光
0352 題知だいしらず
身みに留とまる 思おもひを荻をぎの 上葉うはばにて 此頃悲このごろかなし 夕暮空ゆふぐれのそら
前大僧正慈圓
0353 崇德院御時すとくのゐんのおほむとき、百首歌召ひゃくしゅのうためしけるに、荻をぎを
身程みのほどを 思おもひつづ來くる 夕暮ゆふぐれの 荻上葉をぎのうはばに 風渡かぜわたる也なり
大藏卿 源行宗
0354 秋歌あきのうた詠侍よみはべりけるに
秋あきは唯ただ 物ものをこそ思おもへ 露懸つゆかかる 荻上吹をぎのうへふく 風かぜに付つけても
源重之女
0355 堀河院ほりかはのゐんに百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりける時とき
秋風あきかぜの 稍肌寒ややはださむく 吹共ふくなへに 荻上葉をぎのうはばの 音おとぞ悲かなしき
藤原基俊
0356 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
荻葉をぎのはに 吹ふけば嵐あらしの 秋為あきなるを 待まちける夜半よはの 小壯鹿聲さをしかのこゑ
攝政太政大臣 藤原良經
0357 【○承前。奉百首歌時。】
押並をしなべて 思おもひし事ことの 數數かずかずに 猶色增なほいろまさる 秋夕暮あきのゆふぐれ
攝政太政大臣 藤原良經
0358 題知だいしらず
暮掛くれかかる 虛むなしき空そらの 秋あきを見みて 思おぼえず溜たまる 袖露哉そでのつゆかな
攝政太政大臣 藤原良經
0359 家いへに百首歌合ひゃくしゅのうたあはせし侍はべりけるに
物思ものおもはで 掛かかる露つゆやは 袖そでに置をく 眺望ながめてけりな 秋夕暮あきのゆふぐれ
攝政太政大臣 藤原良經
0360 殿上人をのこども詩しを作つくりて歌うたに合侍あはせはべりしに、山路秋行やまぢのしうかうと云いふ事ことを
深山路みやまぢや 何時いつより秋あきの 色為いろならむ 見みざりし雲くもの 夕暮空ゆふぐれのそら
前大僧正慈圓
0361 題知だいしらず
寂さびしさは 其色そのいろとしも 無なかりけり 槙木立山まきたつやまの 秋夕暮あきのゆふぐれ
寂蓮法師 藤原定長
0362 【○承前。無題。】
心無こころなき 身みにも哀あはれは 知しられけり 鴫立しぎたつ澤さはの 秋夕暮あきのゆふぐれ
西行法師 佐藤義清
0363 西行法師さいぎゃうのほふし、勸すすめて、百首歌詠ひゃくしゅのうたよませ侍はべりけるに
見渡みわたせば 花はなも紅葉もみぢも 無なかりけり 浦苫屋うらのとまやの 秋夕暮あきのゆふぐれ
藤原定家朝臣
0364 五十首歌奉ごじつしゅのうたたてまつりし時とき
耐たへてやは 思雅おもひありとも 如何為いかがせむ 葎宿むぐらのやどの 秋夕暮あきのゆふぐれ
藤原雅經
0365 秋歌あきのうたとて詠侍よみはべりける
思事おもふこと 指さして其それとは 無なき物ものを 秋夕あきのゆふべを 心こころにぞ問とふ
若草宮內卿
0366 【○承前。侍詠秋歌。】
秋風あきかぜの 至いたり至いたらぬ 袖そでは非あらじ 唯我ただわれからの 露夕暮つゆのゆふぐれ
鴨長明
0367 【○承前。侍詠秋歌。】
覺束無おぼつかな 秋あきは如何いかなる 故有ゆゑのあれば 漫すずろに物ものの 悲かなしかるらむ
西行法師 佐藤義清
0368 【○承前。侍詠秋歌。】
其それながら 昔むかしにも非あらぬ 秋風あきかぜに 甚眺いとどながめを 倭文苧環しづのをだまき
式子內親王
0369 題知だいしらず
蜩ひぐらしの 鳴なく夕暮ゆふぐれぞ 憂うかりける 何時いつも盡つきせぬ 思為おもひなれども
藤原長能
0370 【○承前。無題。】
秋來あきくれば 常磐山ときはのやまの 松風まつかぜも 移うつる許ばかりに 身みにぞ沁しみける
和泉式部
0371 【○承前。無題。】
秋風あきかぜの 四方よそに吹來ふきくる 音羽山おとはやま 何草木なにのくさきか 長閑のどけかるべき
曾禰好忠
0372 【○承前。無題。】
曉あかつきの 露つゆは淚なみだも 止とどまらで 恨うらむる風かぜの 聲こゑぞ殘のこれる
相模
0373 法性寺入道前關白太政大臣家歌合はふしゃうじのにふだうさきのくわんぱくだいじゃうだいじんのいへのうたあはせに、野風ののかぜ
高圓たかまとの 野道篠原のぢのしのはら 梢騷すゑさはぎ そそや木枯こがらし 今日吹けふふきぬ也なり
藤原基俊
0374 千五百番歌合せんごひゃくばんのうたあはせに
深草ふかくさの 里月影さとのつきかげ 寂さびしさも 住來すみこし儘ままの 野邊秋風のべのあきかぜ
右衛門督 源通具
0375 五十首歌奉ごじっしゅのうたたてまつりし時とき、杜間月とかんのつきと云いふ事ことを
大荒木おほあらきの 森木間もりのきのまを 漏兼もりかねて 人賴ひとだのめなる 秋夜月あきのよのつき
皇太后宮大夫藤原俊成女
0376 守覺法親王しゅかくほふしんわう、五十首ごじつしゅ歌詠うたよませ侍はべりけるに
有明ありあけの 月待宿つきまつやどの 袖上そでのうへに 人賴ひとだのめなる 宵稻妻よひのいなづま
藤原家隆朝臣
0377 攝政太政大臣家せっしゃうだいじゃうだいじんのいへの百首歌合ひゃくしゅのうたあはせに
風渡かぜわたる 淺茅末あさぢヶすゑの 露つゆにだに 宿やどりも果はてぬ 宵稻妻よひのいなづま
藤原有家朝臣
0378 水無瀨みなせにて十首歌奉じっしゅのうたたてまつりし時とき
武藏野むさしのや 行ゆけども秋あきの 果はてぞ無なき 如何為いかなる風かぜか 末すゑに吹ふくらむ
左衛門督 源通光
0379 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき、月歌つきのうた
何時迄いつまでか 淚曇なみだくもらで 月つきは見みし 秋待あきまちえても 秋あきぞ戀こひしき
前大僧正慈圓
0380 【○承前。奉百首歌時,詠月歌。】
眺侘ながめわびぬ 秋あきより他ほかの 宿欲得やどもがな 野のにも山やまにも 月つきや住すむらむ
式子內親王
0381 題知だいしらず
月影つきかげの 初秋風はつあきかぜと 吹行ふけゆけば 心盡こころづくしに 物ものをこそ思おもへ
圓融院御歌
0382 【○承前。無題。】
足引あしひきの 山彼方やまのあなたに 住すむ人ひとは 待またでや秋の 月つきを見みるらむ
三條院御歌
0383 雲間微月うんかんのびげつと云いふ事ことを
磯城島しきしまや 高圓山たかまとやまの 雲間くもまより 光射添ひかりさしそふ 弓張月ゆみはりのつき
堀河院御歌
0384 題知だいしらず
人ひとよりも 心限こころのかぎり 眺ながめつる 月つきは誰たれとも 判わかじ物故ものゆゑ
堀河右大臣 藤原賴宗
0385 【○承前。無題。】
文無あやなくも 曇くもらぬ宵よひを 厭哉いとふかな 信夫里しのぶのさとの 秋夜月あきのよのつき
橘為仲朝臣
0386 【○承前。無題。】
風吹かぜふけば 玉散たまちる萩はぎの 下露したつゆに 儚はかなく宿やどる 野邊月哉のべのつきかな
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0387 【○承前。無題。】
今宵こよひたれ 篠吹風すずふくかぜを 身みに沁しめて 吉野嶽よしののたけの 月つきを見みるらむ
從三位 源賴政
0388 法性寺入道前關白太政大臣家はふしゃうじのにふだうさきのくわんぱくだいじゃうだいじんのいへに、月歌つきのうた數多詠侍あまたよみはべりけるに
月見つきみれば 思おもひぞ堪あへぬ 山高やまたかみ 孰年いづれのとしの 雪ゆきにか有あるらむ
大宰大貳 藤原重家
0389 和歌所歌合わかどころのうたあはせに、湖邊月こへんのつきと云いふ事ことを
鳰海にほのうみや 月光つきのひかりの 映うつろへば 浪花なみのはなにも 秋あきは見みえけり
藤原家隆朝臣
0390 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
更行ふけゆかば 煙けぶりも非あらじ 鹽竈しほがまの 恨莫果うらみなはてそ 秋夜月あきのよのつき
前大僧正慈圓
0391 題知だいしらず
理ことはりの 秋あきには堪あへぬ 淚哉なみだかな 月桂つきのかつらも 變かはる光ひかりに
皇太后宮大夫藤原俊成女
0392 【○承前。無題。】
眺ながめつつ 思おもふも寂さびし 久方ひさかたの 月都つきのみやこの 明方空あけがたのそら
藤原家隆朝臣
0393 五十首歌奉ごじっしゅのうたたてまつりし時とき、げつぜんのさうくわ月前草花
故鄉ふるさとの 本荒小萩もとあらのこはぎ 咲さきしより 夜夜庭よなよなにはの 月つきぞ映うつろふ
攝政太政大臣 藤原良經
0394 建仁元年三月歌合けんにんのはじめのとしやよひのうたあはせに、山家秋月さんかのしうげつと云いふ事ことを詠侍よみはべりし
時ときしも有あれ 故鄉人ふるさとびとは 音おともせで 深山月みやまのつきに 秋風あきかぜぞ吹ふく
攝政太政大臣 藤原良經
0395 八月十五夜はづきのじふごや、和歌所歌合わかどころのうたあはせに、深山月しんざんのつきと云いふ事ことを
深ふかからぬ 外山庵とやまのいほの 寢覺ねざめだに 然さぞな木間このまの 月つきは寂さびしき
攝政太政大臣 藤原良經
0396 月前松風げつぜんのしょうふう
月つきは尚なほ 漏もらぬ木間このまも 住吉すみよしの 松まつを盡つくして 秋風あきかぜぞ吹ふく
寂蓮法師 藤原定長
0397 【○承前。月前松風。】
眺ながむれば 千千ちぢに物思ものおもふ 月つきに復また 我わが身一みひとつの 峰松風みねのまつかぜ
鴨長明
0398 山月やまのつきと云いふ事ことを詠侍よみはべりける
足引あしひきの 山路苔やまぢのこけの 露上つゆのうへに 寢覺夜深ねざめよぶかき 月つきを見哉みるかな
藤原秀能
0399 八月十五夜はづきのじふごや、和歌所歌合わかどころのうたあはせに、海邊秋月かいへんのしうげつと云いふ事ことを
心有こころある 雄島海人をじまのあまの 袂哉たもとかな 月宿つきやどれとは 濡ぬれぬ物ものから
若草宮內卿
0400 【○承前。八月十五夜,於和歌所歌合詠海邊秋月。】
忘わすれじな 難波秋なにはのあきの 夜半空よはのそら 異浦ことうらに澄すむ 月つきは見みるとも
宜秋門院丹後
0401 【○承前。八月十五夜,於和歌所歌合詠海邊秋月。】
松島まつしまや 鹽汲しほくむ海女あまの 秋袖あきのそで 月つきは物思ものおもふ 習ならひのみかは
鴨長明
0402 題知だいしらず
言問こととはむ 野島崎のじまヶさきの 海女衣あまごろも 浪なみと月つきとに 如何萎いかがしをるる
七條院大納言
0403 和歌所歌合わかどころのうたあはせに、海邊月かいへんのつきを
秋夜あきのよの 月つきや雄島をじまの 天原あまのはら 明方近あけがたちかき 瀛釣舟おきのつりふね
藤原家隆朝臣
0404 題知だいしらず
憂身うきみには 眺ながむる甲斐かひも 無なかりけり 心こころに曇くもる 秋夜月あきのよのつき
前大僧正慈圓
0405 【○承前。無題。】
何處いづくにか 今宵月こよひのつきの 曇くもるべき 小倉山をぐらのやまも 名なをや變かふらむ
大江千里
0406 【○承前。無題。】
心こころこそ 在所離あくがれにけれ 秋夜あきのよの 夜深月よぶかきつきを 獨見ひとりみしより
源道濟
0407 【○承前。無題。】
變かはらじな 知しるも知しらぬも 秋夜あきのよの 月待つきまつ程ほどの 心許こころばかりは
上東門院小少將
0408 【○承前。無題。】
賴たのめたる 人ひとは無なけれど 秋夜あきのよは 月見つきみてぬべき 心地ここちこそ為せね
和泉式部
0409 月つきを見みて遣つかはしける
見みる人ひとの 袖そでをぞ萎しぼる 秋夜あきのよは 月つきに如何いかなる 影かげか添そふらむ
藤原範永朝臣
0410 返かへし
身みに添そへる 影かげとこそ見みれ 秋月あきのよ 袖そでに映うつらぬ 折おりし無なければ
相模
0411 永承四年えいしょうのよとせ、內裏歌合だいりのうたあはせに
月影つきかげの 澄渡すみわたる哉かな 天原あまのはら 雲吹拂くもふきはらふ 夜半嵐よはのあらしに
大納言 源經信
0412 題知だいしらず
龍田山たつたやま 夜半よはに嵐あらしの 松吹まつふけば 雲くもには疎うとき 峰月影みねのつきかげ
左衛門督 源通光
0413 崇德院すとくのゐんに百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりけるに 【○百人一首0079。】
秋風あきかぜに 棚引たなびく雲くもの 絕間たえまより 漏出もれいづる月つきの 影清かげのさやけさ
秋風曳雲長 棚引綿延亙虛空 雲間月光漏 洩出月影誠皎潔 月清朗朗今流泄
左京大夫 藤原顯輔
0414 題知だいしらず
山端やまのはに 雲橫切くものよこぎる 宵間よひのまは 出いでても月つきぞ 猶待なほまたれける
道因法師
0415 【○承前。無題。】
眺ながめつつ 思おもふに濡ぬるる 袂哉たもとかな 幾夜いくよかは見みむ 秋夜月あきのよのつき
殷富門院大輔
0416 【○承前。無題。】
宵間よひのまに 然さても寢ねぬべき 月為つきならば 山近やまのはちかき 物ものは思おもはじ
式子內親王
0417 【○承前。無題。】
更ふくる迄まで 眺ながむればこそ 悲かなしけれ 思おもひも入いれじ 秋夜月あきのよのつき
式子內親王
0418 五十首歌奉ごじっしゅのうたたてまつりし時とき
雲くもは咸みな 拂果はらひはてたる 秋風あきかぜを 松まつに殘のこして 月つきを見哉みるかな
攝政太政大臣 藤原良經
0419 家いへに月五十首歌詠つきのごじつしゅのうたよませ侍はべりける時とき
月つきだにも 慰難なぐさめがたき 秋夜あきのよの 心こころも知しらぬ 松風哉まつのかぜかな
攝政太政大臣 藤原良經
0420 【○承前。於家侍詠月五十首歌。】
狹莚さむしろや 待月秋まつよのあきの 風吹かぜふけて 月つきを片敷かたしく 宇治橋姬うぢのはしひめ
藤原定家朝臣
0421 題知だいしらず
秋夜あきのよの 長ながき甲斐かひこそ 無なかりけれ 待まつに更ふけぬる 有明月ありあけのつき
右大將 藤原忠經
0422 五十首歌奉ごじっしゅのうたたてまつりし時とき、野徑月やけいのつき
行末ゆくすゑは 空そらも一ひとつの 武藏野むさしのに 草原くさのはらより 出いづる月影つきかげ
攝政太政大臣 藤原良經
0423 雨後月うごのつき
月つきを尚なほ 待まつらむ物ものか 村雨むらさめの 晴行はれゆく雲くもの 末里人すゑのさとびと
若草宮內卿
0424 題知だいしらず
秋夜あきのよは 宿やどかる月つきも 露つゆながら 袖そでに吹ふきこす 荻上風をぎのうはかぜ
右衛門督 源通具
0425 【○承前。無題。】
秋月あきのつき 繁しのに宿やどかる 影かげたけて 小笹原をざさヶはらに 露深つゆふけにけり
源家長
0426 元久元年八月十五夜げんきうのはじめのとしはづきのじふごや、和歌所わかどころにて、田家見月でんかにつきをみると云いふ事ことを
風渡かぜわたる 山田庵やまだのいほを 漏もる月つきや 穗浪ほなみに結むすぶ 冰為こほりなるらむ
前太政大臣 藤原賴實
0427 和歌所歌合わかどころのうたあはせに、田家月でんかのつきと云いふ事ことを
雁來かりのくる 伏見小田ふしみのをだに 夢覺ゆめさめて 寢夜庵ねぬよのいほに 月つきを見哉みるかな
前大僧正慈圓
0428 【○承前。於和歌所歌合,詠田家月。】
稻葉吹いなばふく 風かぜに任まかせて 住庵すむいほは 月つきぞ誠まことに 漏明もりあかしける
皇太后宮大夫藤原俊成女
0429 題知だいしらず
在所離あくがれて 寢ねぬ夜よの塵ちりの 積つもる迄まで 月つきに拂はらはぬ 床狹筵とこのさむしろ
皇太后宮大夫藤原俊成女
0430 【○承前。無題。】
秋田あきのたの 假寢床かりねのとこの 稻筵いなむしろ 月宿つきやどれとも 敷しける露哉つゆかな
大中臣定雅
0431 崇德院御時すとくのゐんのおほむとき、百首歌召ひゃくしゅのうためしけるに
秋田あきのたに 庵差いほさす賤しづの 苫とまを麤あらみ 月つきと共ともにや 漏明もりあかすらむ
左京大夫 藤原顯輔
0432 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし秋歌あきのうたに
秋色あきのいろは 籬まがきに疎うとく 成行なりゆけど 手枕為たまくらなるる 閨月影ねやのつきかげ
式子內親王
0433 秋歌中あきのうたのなかに
秋露あきのつゆや 袂たもとに甚いたく 結むすぶらむ 長夜明ながきよあかず 宿やどる月哉つきかな
太上天皇 後鳥羽帝
0434 千五百番歌合せんごひゃくばんのうたあはせに
更さらに復また 暮くれを賴たのめと 明あけにけり 月つきは由緣無つれなき 秋夜空あきのよのそら
左衛門督 源通光
0435 經房卿家歌合つねふさきゃうのいへのうたあはせに、曉月之心げうげつのこころを詠よめる
大方おほかたに 秋寢覺あきのねざめの 露つゆけくは 復誰またたが袖そでに 有明月ありあけのつき
二條院讚岐
0436 五十首歌奉ごじっしゅのうたたてまつりし時とき
拂兼はらひかね 然さこそは露つゆの 繁しげからめ 宿やどるか月つきの 袖狹そでのせばきに
藤原雅經