詞花和歌集卷第八 戀 下
0233 「人靜りて來。」と云ひたる女許へ、待兼ねて夙罷たりければ、如是やは云ひつるとて出逢はざりければ、言入侍ける
君を我が 思心は 大原や 何時しかとのみ 惶促れつつ
藤原相如
0234 題不知
我戀は 逢初めてこそ 增けれ 飾磨褐の 色為らねども
藤原道經
0235 女許より曉歸て、立歸言遣はしける
夜を深み 歸し空も 無かりしを 何處より置く 露に濡れけむ
清原元輔
0236 左京大夫顯輔家にて歌合し侍けるに詠める
心をば 留めてこそは 歸つれ 恠や何の 暮を待つらむ
藤原顯廣朝臣
0237 女許より夜深く歸て、翌朝に言遣はしける
竹葉に 玉貫露に 非ねども 未だ夜を込めて 置きにける哉
藤原實方朝臣
0238 長月晦日之朝、初めたる女許より歸て、立歸遣はしける
皆人の 惜む日是れど 我は唯 遲く暮行く 歎きをぞする
佚名
0239 左衛門督家成家に歌合し侍けるに詠める
住吉の 淺澤小野の 忘水 絕絕ならで 逢由欲得
藤原範綱
0240 藤原保昌朝臣に具して丹後國へ罷けるに、忍びて物言ひける男許へ言遣はしける
我のみや 思起為む 味氣無く 人は行方も 知らぬ物故
和泉式部
0241 物言侍ける女許へ言遣はしける
思事 無くて過ぎぬる 世中に 遂に心を 留めつる哉
大江為基
0242 夜離為ず參來ける男の、秋立ける日、其夜しも參來ざりければ、朝に言遣はしける
常よりも 露けかりつる 今宵哉 之や秋立つ 始為るらむ
一宮紀伊
0243 女許に罷たりけるに、親の諫むれば今はえなむ逢ふまじき、と言はせて侍ければ詠める
堰止むる 岩間水も 自から 下には通ふ 物とこそ聞け
坂上明兼
0244 題不知
逢事は 疎に編める 伊豫簾 彌彌我を 侘びさする哉
惠慶法師
0245 等戀兩人と云ふ事を詠める
何處をも 夜離るる事の 割無きに 二に分くる 我身と欲得
右大臣 源雅定
0246 男に忘られて歎きけるに、八月許に、前なる前栽之露を終夜眺めて詠める
諸共に 置居る露の 無かり為ば 誰とか秋の 夜を明さまし
赤染衛門
0247 題不知
來りとも 寢間も有らじ 夏夜の 有明月も 傾にけり
曾禰好忠
0248 新院位に坐しける時、雖契不來戀と云ふ事を詠ませ賜けるに詠侍ける
來ぬ人を 恨も果じ 契起きし 其言葉も 情為らずや
關白前太政大臣 藤原忠通
0249 題不知
夕暮に 物思ふ事は 增るやと 我為らざらむ 人に尋はばや
和泉式部
0250 月明かりける夜、參來りける男立ちながら歸りければ、翌朝に言遣はしける
淚さへ 出にし方を 眺めつつ 心にも在らぬ 月を見し哉
0251 題不知
恨しとて 我さへ人を 忘れなば 去りとて仲の 絕や果つべき
佚名
0252 題不知 【○金葉集三奏本0431。】
逢事や 淚玉の 緒為るらむ 暫し絕ゆれば 落て亂るる
平公誠
0253 弟子成りける童の、親に具して人國へ顯然にとて罷りけるが、久しく見侍らざりければ、便に附けて言遣はしける
御狩野の 暫戀は 然も有らば あれ背果ぬるか 矢形尾鷹
最嚴法師
0254 賴めたる男を今や今と待ちけるに、前なる竹葉に霰降掛りけるを聞きて詠める
竹葉に 霰降也 更更に 獨は寢べき 心地こそ為ね
和泉式部
0255 程無く絕えにける男許へ言遣はしける
在經るも 苦しかりけり 長からぬ 人心を 命と欲得
相模
0256 通ひける女の、別人に物言ふと聞きて、言遣はしける
浮ながら 流石に物の 悲しきは 今は限と 思也けり
清原元輔
0257 久しく音せぬ男に遣はしける
訪はぬ間を 恨紫に 咲藤の 何とて松に 係初けむ
俊子內親王大進
0258 男の絕絕に成ける頃、如何と問ひたる人の返事に詠める
思遣れ 懸樋水の 絕絕に 成行程の 心細さを
高階章行朝臣女
0259 愛しく侍ける童の、大僧正行尊許へ罷にければ、言遣はしける
鶯は 木傳花の 枝にても 谷之古巢を 思忘る莫
律師仁祐
0260 返し、童に代りて
鶯は 花都も 旅是れば 谷之古巢を 忘れやはする
大僧正行尊
0261 左衛門督家成、長月晦頃に初て言始て、如何なる事か有けむ、絕えて訪侍ざりければ、其冬頃、聞事有れば憚りて得なむ云はぬ、と言はせて侍ける返事に詠める
夜を重ね 霜と共にし 置居れば 在し許の 夢だにも見ず
皇嘉門院出雲
0262 家に歌合し侍けるに、逢ひて逢はぬ戀と云ふ事を詠める
逢事も 我が心より 在しかば 戀は死ぬとも 人は恨みじ
中納言 源國信
0263 【○承前。侍歌合於家,詠逢而不逢之戀。】
汲見てし 心一つを 導にて 野中清水 忘れやはする
藤原仲實朝臣
0264 關白前太政大臣家にて詠める
淺茅生に 今朝置露の 寒けくに 枯にし人の 何ぞや戀しき
藤原基俊
0265 心變りたる男に言遣はしける
忘らるる 身は理と 知りながら 思敢へぬは 淚也けり
清少納言
0266 久しく音せぬ男に言遣はしける
今よりは 訪へとも云はじ 我ぞ唯 人を忘るる 事を知るべき
佚名
0267 中納言通俊絕侍ければ言遣はしける
去りとては 誰にか言はん 今は唯 人を忘るる 心教へよ
佚名
0268 返し
未知らぬ 事をば如何 教ふべき 人を忘るる 身にし非ねば
中納言 藤原通俊
0269 同所なる男の書絕えにければ詠める
幾返り 辛しと人を 三熊野の 恨めしながら 戀しかるらむ
和泉式部
0270 大江公資に忘られて詠める 【○金葉集三奏本0375。】
夕暮は 待たれし物を 今は唯 行くらむ方を 思ひこそ遣れ
相模
0271 題不知
忘らるる 人目許を 歎きにて 戀しき事の 無から益かば
佚名