詞花和歌集卷第七 戀 上
0187 戀歌とて詠侍ける 【○金葉集三奏本0450。】
恠しくも 我が身山木の 萌ゆる哉 思火は人に 點けてし物を
關白前太政大臣 藤原忠通
0188 題不知
如何でかは 思火有りとも 知らすべき 室八島の 烟為らでは
藤原實方朝臣
0189 【○承前。無題。】
斯とだに 言はで儚く 戀死為ば 頓て知られぬ 身とや成なむ
隆惠法師
0190 堀河院御時、百首歌奉けるに詠める
思兼ね 今日立て初むる 錦木の 千束も待たで 逢由欲得
大藏卿 大江匡房
0191 題不知
谷川の 岩間を別けて 行水の 音にのみやは 聞かむと思ひし
平兼盛
0192 春立ける日、承香殿女御許へ遣はしける
世と共に 戀つつ過ぐる 年月は 變れど變る 心地こそ為ね
一條院御製 一條帝
0193 承暦四年內裏歌合に詠める
我戀は 夢路にのみぞ 慰むる 由緣無き人も 逢ふと見つれば
藤原伊家
0194 新院位に坐しし時、殿上人を御前に召して、寢覺之戀と云ふ事を詠ませ給けるに詠める
慰むる 方も無くてや 止みなまし 夢にも人の 由緣無かりせば
左兵衛督公能
0195 寛和二年內裏歌合に詠める
命在らば 逢世も有らむ 世中に 何ど死許 思心ぞ
藤原惟成
0196 左京大夫顯輔家にて歌合し侍けるに詠める
餘所ながら 哀と言はむ 事よりも 人傳為らで 厭へとぞ思ふ
大納言 藤原成通
0197 題不知
戀死為ば 君は哀と 云はずとも 中中餘所の 人や忍ばむ
寛念法師
0198 由緣無き女に遣はしける
如何計 人辛さを 恨みまし 憂身咎と 思為さずば
賀茂成助
0199 左衛門督家成家に歌合し侍けるに詠める
如何為らむ 言葉にてか 靡くべき 戀しと云ふは 甲斐無かりけり
藤原賴保
0200 題不知
我為に 辛き人をば 置きながら 何罪無き 世をや恨みむ
淨藏法師
0201 女を相語ひける頃、由有て攝津國に長柄と云ふ所に罷て、斯女許に遣はしける
忘るやと 長柄へ行けど 身に添ひて 戀しき事は 後れざりけり
平兼盛
0202 題不知
年を經て 燃云ふ富士の 山よりも 逢はぬ思火は 我ぞ勝れる
佚名
0203 【○承前。無題。】
侘びぬれば 強て忘れむと 思へども 心弱くも 落つる淚か
佚名
0204 【○承前。無題。】
思はじと 思へば甚 戀しきは 何方か我が 心為るらむ
佚名
0205 【○承前。無題。】
心さへ 結神や 作けむ 解くる氣色も 見えぬ君哉
能因法師
0206 徒徒しくも有るまじかりける女を甚忍びて言はせ侍けるを、世に知りて、煩はしき樣に聞こえければ、言絕えて後、年月經て、思餘りて言遣はしける
一方に 思絕えにし 世中を 如何はすべき 倭文苧環
前大納言 藤原公任
0207 三井寺に侍ける童を、「京に出ば必ず告げよ。」と契て侍けるを、京へ出たりとは聞きけれども、訪侍らざりければ、言遣はしける
影見えぬ 君は雨夜の 月是れや 出ても人に 知られざりけり
僧都覺雅
0208 更に搖氣無き女に、七月七日遣はしける 【○金葉集三奏本0367。】
七夕に 今朝引絲の 露を重み 撓む氣色を 見でや止みなむ
大納言 藤原道綱
0209 戀歌とて詠める
身の程を 思知りぬる 事のみや 由緣無き人の 情なるらむ
隆緣法師
0210 左衛門督家成が攝津國山庄にて、旅宿戀と云ふ事を詠める
詫びつつも 同都は 慰めき 旅寐ぞ戀の 限也ける
隆緣法師
0211 冷泉院春宮と申ける時、百首歌奉けるに詠める 【○百人一首0048。】
風を疾み 岩擊浪の 己のみ 碎けて物を 思頃哉
疾風速且勁 拂揚巨浪拍岸岩 汝固身如岩 吾今思己如彼濤 身碎心裂徒愴然
源重之
0212 堀河院御時、百首歌奉けるに詠める
我戀は 吉野山の 奧是れや 思入れども 逢人も無し
修理大夫 藤原顯季
0213 題不知 【○金葉集三奏本0397。】
胸は富士 袖は清見が 關是れや 烟も波も 立たぬ日ぞ無き
平祐擧
0214 【○承前。無題。】
徒に 千束朽ちにし 錦木を 猶懲りず間に 思立つ哉
藤原永實
0215 春に成りて逢はむと賴めける女の、然も在るまじげに見えければ、言遣はしける
山櫻 遂に咲くべき 物為らば 人心を 盡くさざらなむ
道命法師
0216 堀河院御時、藏人に侍けるに、贈皇后宮御方に侍ける女を偲びて相語侍けるを、異人に物言ふと聞きて、白菊花に差して遣はしける
霜置かぬ 人心は 虛ひて 面變為ぬ 白菊花
源家時
0217 返し、女に代りて
白菊の 變らぬ色も 賴まれず 虛はで止む 秋し無ければ
大納言 藤原公實
0218 中納言俊忠家歌合に詠める
紅の 濃染衣 上に著む 戀淚の 色隱るやと
藤原顯綱朝臣
0219 題不知 【○金葉集三奏本0412。】
忍ぶれど 淚ぞ著き 紅に 物思ふ袖は 染むべかりけり
源道濟
0220 文遣はしける女の、如何なる事か有けむ、今更に返事を為ず侍ければ、言遣はしける
紅に 淚色も 成にけり 變るは人の 心のみかは
源雅光
0221 左京大夫顯輔家に歌合し侍けるに詠める
戀死なむ 身こそ思へば 惜からね 憂きも辛きも 人咎かは
平實重
0222 題不知
辛さをば 君に傚ひて 知ぬるを 嬉しき事を 誰に問はまし
道命法師
0223 女を恨みて詠める 【○金葉集三奏本0368。】
嬉しきは 如何許かは 思ふらむ 憂は身に沁む 物にぞ在ける
藤原道信朝臣
0224 比叡山に歌合し侍けるに詠める
戀すれば 憂身さへこそ 惜まるれ 同世にだに 住まむと思へば
心覺法師
0225 題不知 【○百人一首0049。】
御垣守 衛士炊火の 夜は燃 晝は消えつつ 物をこそ思へ
警固御垣守 衛士炊火若吾情 夜燃而晝滅 吾人思火亦如是 時燃時消屢煎熬
大中臣能宣朝臣
0226 題不知
我戀や 蓋身換れる 玉櫛笥 如何にすれども 逢方ぞ無き
佚名
0227 山寺に籠りて日頃侍て、女許へ言遣はしける
冰して 音は為ねども 山川の 下は流るる 物と知らずや
藤原範永朝臣
0228 關白前太政大臣家にて詠める
風吹けば 藻鹽烟 偏りに 靡くを人の 心と欲得
藤原親隆朝臣
0229 題不知 【○百人一首0077。】
瀬を速み 岩に塞かるる 瀧川の 割れても末に 逢むとぞ思ふ
其流疾且速 川瀨遇岩遭阻絕 瀧川割二分 吾度彼川今雖離 其末必將再相逢
新院御製 崇德帝
0230 題不知
播磨為る 飾磨に染むる 強に 人を戀しと 思頃哉
曾禰好忠
0231 冬頃、暮に逢はむと言ひたる女に、暮兼ねて言遣はしける
程も無く 暮るると思ひし 冬日の 心元無き 折も有けり
道命法師
0232 家に歌合し侍けるに詠める
戀詫て 獨伏せ屋に 終夜 落る淚や 音無瀧
中納言 藤原俊忠