詞花和歌集卷第三 秋
0082 題不知
山城の 鳥羽田面を 見渡せば 髣髴に今朝ぞ 秋風は吹く
曾禰好忠
0083 津國に住侍ける頃、大江為基任果て昇侍ければ、言遣はしける 【○金葉集三奏本0148。】
君住まば 問は益物を 津國の 生田森の 秋初風
僧都清胤
0084 七月七日、式部大輔資業許にて詠める
萩葉に 巢掛絲をも 小蟹は 七夕にとや 今朝は引くらむ
橘元任
0085 御髮落させ賜ての七月七日詠ませ賜ける
七夕に 衣も脫ぎて 貸すべきに 忌忌しとや見む 墨染袖
花山院御製 花山帝
0086 承曆二年內裏歌合に詠める
七夕に 心は貸すと 思はねど 暮行く空は 嬉しかりけり
藤原顯綱朝臣
0087 題不知
如何為れば 途絕初けむ 天川 逢瀨に渡す 鵲橋
加賀左衛門
0088 新院の仰にて百首歌奉けるに詠める
天川 横切る雲や 織女の 空燻物の 烟為るらむ
左京大夫 藤原顯輔
0089 寛和二年內裏歌合に詠める
覺束無 變りやしにし 天川 年に一度 渡瀨是れば
大中臣能宣朝臣
0090 七夕に詠める
天川 玉橋急ぎ 渡さなむ 淺瀨辿るも 夜更行くに
修理大夫 藤原顯季
0091 橘俊綱朝臣伏見山庄にて、七夕後朝之心を詠める
逢夜とは 誰かは知らぬ 織女の 明くる空をも 慎まざらなむ
良暹法師
0092 【○承前。於橘俊綱朝臣伏見山庄,詠七夕後朝之情。】
七夕の 待ちつる程の 苦しさと 飽かぬ別れと 孰勝れる
藤原顯綱朝臣
0093 題不知
天川 不歸水を 織女は 羨ましとや 今朝は見るらむ
祝部成仲
0094 三條太政大臣家にて八月十五夜に、水上月と云ふ事を詠める
水清み 宿れる秋の 月さへや 千代迄君と 澄まむとすらむ
源順
0095 題不知
如何為れば 同空為る 月影の 秋しも殊に 照勝るらむ
右大臣 源雅定
0096 家に歌合し侍けるに詠める
春夏に 空やは變る 秋夜の 月しも如何で 照勝るらむ
左衛門督 藤原家成
0097 月を御覽じて詠ませ賜ける
秋に又 逢はむ逢はじも 知らぬ身は 今宵許の 月をだに見む
三條院御製 三條帝
0098 題不知
在しにも 非ず成行く 世中に 變らぬ物は 秋夜月
天臺座主明快
0099 關白前太政大臣家にて詠める
秋夜の 月光の 洩る山は 木下蔭も 明けかりけり
藤原重基
0100 比叡山念佛に昇りて、月を見て詠める
天風 雲吹拂ふ 高嶺にて 入る迄見つる 秋夜月
良暹法師
0101 京極前太政大臣家歌合に詠める
秋夜は 月に心の 隙ぞ無き 出るを待つと 入るを惜むと
源賴綱朝臣
0102 關白前太政大臣家にて、八月十五夜之心を詠める
引駒に 影を並べて 逢坂の 關路よりこそ 月は出けれ
藤原朝隆朝臣
0103 左衛門督家成家に歌合し侍けるに詠める
秋夜の 露も曇らぬ 月を見て 置所無き 我心哉
隆緣法師
0104 月を待心を詠める
秋夜の 月待間ねて 思遣る 心幾度 山を越ゆらむ
大江嘉言
0105 月浮山水と云ふ事を詠める
秋山の 清水は汲まじ 濁為ば 宿れる月の 曇りもぞする
藤原忠兼
0106 寛和二年內裏歌合に詠ませ賜ける 【○金葉集三奏本0168。】
秋夜の 月に心の 在所離れて 雲居に物を 思頃哉
花山院御製 花山帝
0107 題不知
獨居て 眺る宿の 荻葉に 風こそ渡れ 秋夕暮
源道濟
0108 【○承前。無題。】
荻葉に そそや秋風 吹也 零れやしぬる 露真珠
大江嘉言
0109 【○承前。無題。】
秋吹くは 如何色の 風是れば 身に染む許 哀為るらむ
和泉式部
0110 【○承前。無題。】
御吉野の 象山蔭に 立てる松 幾秋風に 磯馴切ぬらむ
曾禰好忠
0111 【○承前。無題。】
荻葉に 露吹結ぶ 木枯の 音ぞ夜寒に 成增るなる
藤原顯綱朝臣
0112 霧を詠める
夕霧に 梢も見えず 初瀨山 入相鐘の 音許して
源兼昌
0113 法輪へ詣けるに、嵯峨野花面白く咲きて侍ければ、見て詠める
秋野の 花見る程の 心をば 行くとや言はむ 止るとや言はむ
赤染衛門
0114 賀茂齋と聞えける時、本院透垣に朝顔花咲懸りて侍けるを詠める
神垣に 懸ると為らば 朝顏も 木棉懸くる迄 匂はざらめや
禖子內親王
0115 堀河院御時、百首歌奉けるに詠める
主や誰れ 知人無しに 藤袴 見れば野每に 綻びにけり
隆源法師
0116 白河院、鳥羽殿にて前栽合せさせ賜けるに詠める
朝な朝な 露重げなる 萩枝に 心をさへも 掛けて見哉
周防內侍
0117 【○承前。白河院,令前栽合於鳥羽殿而詠。】
荻葉に 言問ふ人も 無物を 來秋每に そよと答ふる
敦輔王
0118 題不知
秋野の 草叢每に 置露は 夜鳴く蟲の 淚為るべし
曾禰好忠
0119 【○承前。無題。】
八重葎 繁れる宿は 終夜 蟲音聞くぞ 取所なる
永源法師
0120 【○承前。無題。】
鳴蟲の 一聲にも 聞えぬは 心心に 物や悲しき
和泉式部
0121 陸奥國の任果て上侍けるに、尾張國鳴海野に鈴蟲鳴侍けるを詠める
古里に 變らざりけり 鈴蟲の 鳴海野邊の 夕暮聲
橘為仲朝臣
0122 天祿三年、女四宮歌合に詠める
秋風に 露を淚と 鳴蟲の 思心を 誰に尋はまし
橘正通朝臣
0123 駒迎を詠める
逢坂の 杉間月の 無かり為ば 幾寸駒と 如何で知らまし
大藏卿 大江匡房
0124 永承五年一宮歌合に詠める
聞人の 何どか安からぬ 鹿音は 我妻をこそ 戀て鳴くらめ
出羽辨
0125 題不知 【○金葉集三奏本0224。】
秋萩を 草枕に 結夜は 近くも鹿の 聲を聞哉
藤原伊家
0126 九月十三夜に、月照菊花と云ふ事を詠ませ給ける
秋深み 花には菊の 關是れば 下葉に月も 漏明しけり
新院御製
0127 關白前太政大臣家にて詠める
霜枯るる 始めと見ずば 白菊の 移色を 歎かざらまし
源雅光
0128 題不知
今年亦 咲くべき花の 有らばこそ 移ふ菊に 目離れをもせめ
道命法師
0129 題不知
草枯の 冬迄見よと 露霜の 措きて殘せる 白菊花
曾禰好忠
0130 宇治前太政大臣、白河にて、見行客と云ふ事を詠める 【○金葉集三奏本0244。】
關越ゆる 人に尋はばや 陸奥の 安達檀 紅葉しにきや
堀河右大臣 藤原賴宗
0131 武藏國より上侍けるに、三河國兩村山の紅葉を見て詠める 【○金葉集三奏本0245。】
幾らとも 見えぬ紅葉の 錦哉 誰兩村の 山と云ひけむ
橘能元
0132 寛治元年太皇太后宮歌合に詠める
夕去れば 何か急がむ 紅葉の 下照る山は 夜も越えなむ
大藏卿 大江匡房
0133 題不知
山里は 往來道も 見えぬ迄 秋木葉に 埋もれにけり
曾禰好忠
0134 春より法輪寺に籠て侍ける秋、大井河に紅葉隙無く流けるを見て詠める
春雨の 綾織懸し 水面に 秋は紅葉の 錦をぞ敷く
道命法師
0135 雨後落葉と云ふ事を詠める
名殘無く 時雨空は 晴ぬれど 未だ降物は 木葉也けり
源俊賴朝臣
0136 月明夜、紅葉散るを見て詠める
荒果てて 月も留らぬ 我宿に 秋木葉を 風ぞ吹きける
平兼盛
0137 一條攝政家障子に、網代に紅葉隙無く寄りたる形描きたる所に詠める
秋深み 紅葉落ちしく 網代木は 冰魚夜さへ 明く見えけり
藤原惟成
0138 初霜を詠める
初霜も 置にけらしな 今朝見れば 野邊淺茅も 色付きにけり
大中臣能宣朝臣
0139 雨中九月盡と云ふ事を詠める
何方に 秋行くらむ 我宿に 今宵許は 雨宿為よ
前大納言 藤原公任