詞花和歌集卷第二 夏
0051 卯月一日に詠める
今日よりは 立夏衣 薄くとも 熱しとのみや 思渡らむ
增基法師
0052 題不知
雪色を 盗みて咲ける 卯花は 冷えてや人に 疑はるらむ
源俊賴朝臣
0053 齋院長官にて侍けるが、少將に成りて、賀茂祭使して侍けるを、珍らしき由人言はせて侍ければ詠める 【○齋宮齋院百人一首0042。】
年を經て 懸し葵は 變らねど 今日髻首は 珍しき哉
經年仕賀茂 祭餝齋葵雖不變 然吾有所思 今日祭上所髻首 其葵殊珍彌貴矣
大藏卿長房
0054 神祭を詠める
榊採る 夏山路や 遠からむ 木棉懸けてのみ 祭る神哉
源兼昌
0055 郭公を待ちて詠める
昔にも 在らぬ我身に 郭公 待心こそ 變らざりけれ
周防內侍
0056 關白前太政大臣家にて、郭公歌各十首づつ詠ませ侍けるに詠める
郭公 鳴音ならでは 世中に 待事も無き 我身也けり
藤原忠兼
0057 題不知
今年だに 待つ初聲を 郭公 世には古さで 我に聞かせよ
花山院御製 花山帝
0058 山寺に籠りて侍けるに、郭公鳴侍らざりければ詠める
山里の 峽こそ無けれ 郭公 都人も 如是や待つらむ
道命法師
0059 題不知
山彥の 答ふる山の 郭公 一聲鳴けば 二聲ぞ聞く
能因法師
0060 題不知
郭公 曉掛けて 鳴聲を 待たぬ寢覺の 人や聞くらむ
藤原伊家
0061 題不知
待人は 寢夜も無きを 郭公 鳴音は夢の 心地こそすれ
大納言 藤原公教
0062 閑中郭公と云ふ事を詠める
鳴きつとも 誰にか言はむ 郭公 影より外に 人し無ければ
源俊賴朝臣
0063 題不知
昆陽池に 生ふる菖蒲の 長根は 引白絲の 心地こそすれ
待賢門院堀河
0064 土御門右大臣家に歌合し侍けるに詠める
終夜 叩く水雞は 天戶を 開けて後こそ 音為ざりけれ
源賴家朝臣
0065 題不知
五月雨の 日を經る儘に 鈴鹿河 八十瀨浪ぞ 聲增る鳴る
皇嘉門院治部卿 源盛子
0066 堀川院御時、百首歌奉けるに詠める
我妹子が 蠶屋篠屋の 五月雨に 如何で乾すらむ 夏引絲
大藏卿 大江匡房
0067 右大臣家歌合に詠める
五月雨は 難波堀江の 澪標 見えぬや水の 增るなるらむ
源忠季
0068 郁芳門院の菖蒲根合に詠める
藻鹽燒く 須磨浦人 打絕えて 厭ひやすらむ 五月雨空
中納言 藤原通俊
0069 藤原通宗朝臣歌合し侍けるに詠める
五月闇 花橘に 吹風は 誰が里迄か 匂行くらむ
良暹法師
0070 世を背かせ賜て後、花橘を御覽じて詠ませ賜ける 【○金葉集三奏本0126。】
宿近く 花橘は 堀植ゑじ 昔を偲ぶ 端と成りけり
花山院御製 花山帝
0071 撫子花を見て詠める
薄く濃く 垣廬に匂ふ 撫子の 花色にぞ 露も置きける
藤原經衡
0072 贈左大臣家に歌合し侍けるに詠める
種蒔し 我が撫子の 花盛り 幾朝露の 置きて見つらむ
修理大夫 藤原顯季
0073 寛和二年內裏歌合に詠める
泣聲も 聞えぬ物の 哀しきは 忍びに燃ゆる 螢也けり
大貳 藤原高遠
0074 六條右大臣家に歌合し侍けるに詠める
五月闇 鵜川に點す 篝火の 數增物は 螢也けり
佚名
0075 水邊納凉と云ふ事を詠める
風吹けば 河邊凉しく 寄浪の 立歸るべき 心地こそ為ね
藤原家經朝臣
0076 題不知 【○金葉集三奏本0144。】
杣川の 筏床の 浮枕 夏は凉しき 寢所也けり
曾禰好忠
0077 長保五年、入道前太政大臣家に歌合し侍けるに詠める
待程に 夏夜甚く 更けぬれば 惜みも堪へぬ 山端月
源道濟
0078 題不知
川上に 夕立すらし 水屑塞く 梁瀨小波 立騒ぐ也
曾禰好忠
0079 閏六月七日詠める
常よりも 歎きやすらむ 織女の 逢はまし暮を 餘所に眺めて
太皇太后宮大貳
0080 題不知
下紅葉 一葉續散る 木蔭に 秋と覺ゆる 蟬聲哉
相模
0081 題不知
蟲音も 未打解けぬ 草叢に 秋を豫ても 結露哉
曾禰好忠