千載和歌集 卷十九 釋教歌
1202 維摩經十喻、此身如水沫と言へる心を詠侍ける
爰に消え 彼處に結ぶ 水沫の 浮世に迴る 身にこそ有けれ
前大納言 藤原公任
1203 浮べる雲の如しと言へる心を
定無き 身は浮雲に 餘所へつつ 果ては其にぞ 成果てぬべき
前大納言 藤原公任
1204 三身如來を觀ずる心を詠ませ賜うける
世中は 咸佛也 押並て 孰物と 別くぞ儚き
花山院御製
1205 法華經藥草喻品之心を詠侍ける
大空の 雨は別きても 注がねど 潤ふ草木は 己が品品
僧都源信
1206 菩提と云ふ寺に結緣講しける時、聽聞に詣でたりけるに、人許より、夙歸りねと言ひたりければ遣はしける
求めても 懸かる蓮の 露を置きて 憂世に又は 歸る物かは
清少納言
1207 後冷泉院御時、皇后宮に一品經供養せられける時、壽量品之心を詠める
月影の 常に澄むなる 山端を 隔つる雲の 無から益かば
藤原國房
1208 寄月念極樂と言へる心を詠侍ける
入月を 見るとや人の 思ふらむ 心を懸けて 西に向へば
堀河入道左大臣 源俊房
1209 天王寺に參りて舍利を拜奉りて詠侍ける
薪盡き 煙も濟みて 去ににけむ 茲や名殘と 見るぞ悲しき
瞻西上人
1210 御嶽に詣侍ける精進の程、金泥法華經書奉りて、彼御山に納奉らむとて參侍ける時、思心やはべりけむ、物に書付置きて侍ける
夢覺めむ 其曉を 待つ程の 闇をも照らせ 法之燈火
如是て詣侍りて彼御山にてなむ身罷りにける。其後、故鄉にて此歌は見出て侍けるとなむ。
藤原敦家朝臣
1211 三十三所觀音拜奉らむとて所所に參侍ける時、美濃谷汲にて油出るを見て詠侍ける
世を照す 佛驗 有ければ 未だ燈火も 消えぬ也けり
前大僧正覺忠
1212 穴穗觀音を見奉りて
見る儘に 淚ぞ落つる 限無き 命に替る 姿と思へば
前大僧正覺忠
1213 提婆品之心を詠める
千歲迄 結びし水も 露許 我身為と 思ひやは為し
僧都覺雅
1214 陀羅尼品之心を、受持法華名者、福不可量、何况擁護具足受持と云渡りを誦して、持經者の結緣賴もしくや侍けむ、詠侍ける
嬉しくぞ 名を保つだに 仇為らぬ 御法花に 身を結びける
前大僧正快修
1215 阿彌陀十二光佛御名を詠侍ける中に、智惠光佛之心を詠める
侘人の 心中を 餘所ながら 知るや悟の 光為るらむ
源俊賴朝臣
1216 百首歌召しける時、普門品、弘誓深如海之心を詠ませ賜うける
誓をば 千尋海に 喻ふ也 露も賴まば 數に入りなむ
崇德院御製
1217 同百首時、華嚴經之心を詠める
儚くぞ 三世佛と 思ひける 我身一つに 在と知らずて
前參議 藤原教長
1218 即身成佛之心を
照月の 心水に 澄みぬれば 軈て此身に 光をぞ射す
前參議 藤原教長
1219 法華經信解品之心を詠侍ける
歸りても 入りぞ煩らふ 真木戶を 惑出にし 心習ひに
前大僧正覺忠
1220 冬頃、後入道法親王高野に籠りて侍けるに、送賜うける
降雪は 谷樞を 埋むとも 三世佛の 日や照すらむ
崇德院御製
1221 御返事
照すなる 三世佛の 朝日には 降雪よりも 罪や消ゆらむ
仁和寺後入道法親王【覺性。】
1222 百首歌中に、法文歌に、普賢願唯此願王不相捨離と言へる心を
故鄉を 獨別るる 夕にも 送るは月の 影とこそ聞け
式子內親王
1223 百首歌詠ませ侍ける時、法文歌に五智如來を詠侍けるに、平等性智之心を詠侍ける
人每に 變るは夢の 惑ひにて 覺むれば同じ 心也けり
攝政前右大臣 藤原兼實
1224 維摩經十喻、此身如水中月と言へる心を詠める
澄めば見ゆ 濁れば隱る 定無き 此身や水に 宿る月影
宮內卿 藤原永範
1225 比叡山に堂眾學徒不和之事出來りて學徒皆散りける時、法印慈圓千日山籠滿ちなむ事も近く、聖跡を絕えむ事を歎きて、微に山洞に留りて侍ける程に、冬にも成りにければ雪降りたる朝、尊圓法師許に遣はしける
甚しく 昔跡や 絕えなむと 思ふも悲し 今朝白雪
法印慈圓
1226 返し
君か名ぞ 猶顯れむ 降雪に 昔跡は 埋もれぬとも
尊圓法師
1227 法華經弟子品、內秘菩薩行之心を詠侍ける
獨のみ 苦海を 渡るとや 底を悟らぬ 人は見るらむ
左近中將 藤原良經
1228 攝政前右大臣家に百首歌詠ませ侍ける時、法文歌中に般若經之心を詠める
吳竹の 虛しと說ける 言葉は 三世佛の 母とこそ聞け
藤原隆信朝臣
1229 同百首時、色即是空空即是色之心を詠める
空しきも 色なる物と 悟ればや 春のみ空の 翠為るらむ
攝政家丹後
1230 法華經、我等長夜修習空法之心を詠める
長夜も 空しき物と 知りぬれば 早明けぬる 心地こそすれ
前中納言 源師仲
1231 壽量品之心を詠める
鷲山 月を入りぬと 見る人は 暗きに迷ふ 心也けり
圓位法師 釋西行
1232 瞻西上人雲居寺極樂堂に堀河左大臣參りて歌詠侍けるに詠める
潔き 池に影こそ 浮かびぬれ 沈みや為むと 思ふ我身を
神祗伯 藤原顯仲
1233 大品經常啼菩薩の心を詠める
朽果つる 袖には如何 包ままし 空と説ける 御法為らずは
寂超法師
1234 維摩經十喻、此身如夢と言へる心を詠める
見る程は 夢も夢とも 知られねば 現も今は 現と思はじ
藤原資隆朝臣
1235 【○承前。維摩經十喻,詠此身如夢之趣。】
驚かぬ 我心こそ 憂かりけれ 儚世をば 夢と見ながら
登蓮法師
1236 高野に參りて詠侍ける
曉を 高野山に 待つ程や 苔下にも 有明月
寂蓮法師
1237 煩惱即菩提之心を詠める
思解く 心一つに 成りぬれば 冰も水も 隔てざりけり
式子內親王家中將
1238 觀音誓を思ひて詠侍ける
賴もしき 誓は春に 非ねども 枯にし枝も 花ぞ咲きける
前大納言 平時忠
1239 法華經序品之心を詠める
春每に 歎きし物を 法庭 散るが嬉しき 花も有けり
藤原伊綱
1240 授記品之心を詠める
水草のみ 茂濁と 見しかども 偖も月澄む 江にこそ有けれ
右京大夫 藤原季能
1241 法師品、漸見濕土泥、決定知近水之心を詠侍ける
武藏野の 堀兼井も 有物を 嬉しくも水の 近付きにけり
皇太后宮大夫 藤原俊成
1242 提婆品を詠める
谷水を 掬べば映る 影のみや 千年を送る 友と成るらむ
顯昭法師
1243 勸持品を詠める
朽果て 危く見えし 小墾田の 板田橋も 今渡す也
法橋泰覺
1244 【○承前。詠勸持品。】
恨みける 氣色や空に 見えつらむ 姨捨山を 照す月影
藤原敦仲
1245 神力品、如日月光明、能除諸幽冥之心を詠める
日光 月影とて 照しける 暗心の 闇晴よとて
蓮上法師 荒木田成良
1246 勸發品之心を詠める
更に又 花ぞ降敷く 鷲山 法莚の 暮方空
皇太后宮大夫 藤原俊成
1247 滿三七日已乘六牙白象の心を詠める
待出て 如何に嬉しく 思ふらむ 廿日餘の 山端月
中原有安
1248 雪朝聞法と云ふ心を
朝夙 御法庭に 降雪は 空より花の 散るかとぞ見る
中原清重
1249 山階寺涅槃會の暮方に、遮羅入滅之昔を思ひて詠侍ける
望月の 雲隱れけむ 古の 憐を今日の 空に知る哉
惠章法師
1250 涅槃經の如於鏡中見諸色像之心を詠める
清澄む 心底を 鏡にて 軈てぞ映る 色も姿も
俊秀法師
1251 火盛久不燃と言へる心を詠める
煙だに 暫棚引け 鳥邊山 立別にし 形見とも見む
寂然法師 藤原賴業
1252 阿彌陀經之心を詠める
鳥音も 浪音にぞ 通ふなる 同御法を 說けば也けり
平康賴
1253 天王寺の御幸の時、古寺忍昔と言へる心を詠める
世を救ふ 跡は昔に 變らねど 始建てけむ 時をしぞ思ふ
藤原定長朝臣
1254 天王寺に參りて遺身舍利を禮して詠める
常為らぬ 例は夜半の 煙にて 消えぬ名殘を 見るぞ悲しき
天台座主明雲
1255 往生講式書侍ける時、教化歌詠侍ける
皆人を 渡さむと思ふ 心こそ 極樂に行く 標也けれ
律師永觀