0959 上東門院より六十賀行賜ひける時、詠侍ける
數知る 人無かりせば 奧山の 谷松とや 年を積ままし
法成寺入道前太政大臣 藤原道長
0960 上東門院入內時、御屏風に、松在る家に笛吹遊びしたる人在る所を詠侍ける
笛竹の 夜深き聲ぞ 聞ゆなる 峰松風 吹きや添ふらむ
大納言 藤原齊信
0961 一條院御時、皇后宮五節奉られける時、辰日傅き十二人童下仕迄青摺をなむ著せられたりけるに、兵衛と云ふが赤紐解けたりけるを、茲結ばばやと云ふを聞きて、中將實方朝臣寄りて繕ふとて、「足引の、山井水は、凍れるを、如何なる紐の、解くるなるらむ。」 【○後拾遺1124。】と云ふを聞きて返事に詠侍ける
上冰 淡に結べる 紐為れば 翳す日影に 弛ぶ許ぞ
皇后宮清少納言
0962 十二月許、門を叩兼ねてなむ歸りにしと恨みたりける男、年返りて、門は開きぬらむやと言ひて侍ければ遣はしける
誰が里の 春便に 鶯の 霞に閉づる 宿を訪ふらむ
上東門院紫式部
0963 藤原實方朝臣の宿直所に諸共に伏して、曉歸りて朝に遣はしける
妹と寢て 起行く朝の 道よりも 中中物の 思はしき哉
藤原道信朝臣
0964 二月許、月明き夜、二條院にて人人數多居明して物語等し侍けるに、內侍周防寄臥して枕欲得と忍びやかに云ふを聞きて、大納言忠家是を枕に取て腕を御廉下より差入れて侍ければ詠侍ける 【○百人一首0067。】
春夜の 夢許なる 手枕に 甲斐無く立たむ 名こそ惜しけれ
春夜夢無常 好景虛幻易俄逝 君願借手枕 然其表麗卻無實 只懼徒立浮名矣
周防內侍 平仲子
0965 と言出し侍ければ、返しに詠める
契有りて 春夜深き 手枕を 如何甲斐無き 夢に為すべき
大納言 藤原忠家
0966 一條院御時、皇后宮に清少納言始めて侍ける頃、三月許に二三日罷出侍けるに、彼宮より遣はされて侍ける
如何にして 過ぎにし方を 過しけむ 暮煩ふ 昨日今日哉
皇后宮【藤原定子。】
0967 御返し
雲上も 暮兼ねける 春日を 所柄とも 詠めつる哉
清少納言
0968 訝しく思召されける人の女の、女房局にゆかりありて忍びてかたたがへにまゐれりけるを、あかつきとく出でにければ遣はしける
逢見むと 思ひし事を 違ふれば 辛き方にも 定めつる哉
選子內親王
0969 選子內親王に侍ける右近、後齋院に參りて御禊の出し車に乘ると聞きて、又日遣はしける
禊為し 賀茂川浪 立返り 早見し世に 袖は濡れきや
大齋院中將
0970 祭使にて神館宿所より齋院女房に遣はしける 【○齋宮齋院百人一首0032。】
千早振る 齋院宮の 旅寢には 葵ぞ草の 枕也ける
千早振神威 賀茂齋院宿所內 暫泊旅寢時 象徵逢日葵草者 以為神館香枕也
藤原實方朝臣
0971 彈正尹為尊親王隱侍りて後、大宰帥敦道親王花橘を遣はして、如何見ると言ひて侍ければ遣はしける
馨る香に 擬ふるよりは 時鳥 聞かばや同じ 聲やしたると
和泉式部
0972 上西門院、賀茂齋院と申けるを、替らせ賜て唐崎に祓へし賜ける御供にて、女房許に遣はしける 【○齋宮齋院百人一首0071。】
昨日迄 御手洗川に 為し禊 志賀浦浪 立ちぞ變れる
迄於昨日頃 每至御手洗河間 齋戒為禊者 志賀唐崎浦浪矣 千變萬化層湧也
八條前太政大臣 藤原實行
0973 賀茂齋院替賜うて後、唐崎の祓侍ける又日、雙林寺親王許より、昨日は何事か等侍ける返事に遣はされ侍ける
御手洗や かげたえはつる 心地して 志賀浪路に 袖ぞ濡れこし
式子內親王
0974 右兵衛督に侍ける時、中院右大臣、中納言に侍けるに、弓を借置きて侍けるを、官辭申して籠居侍ける時、彼弓を返贈るとて添へて遣はしける
八年迄 手慣したりし 梓弓 歸るを見るに 音ぞ泣かれける
大宮前太政大臣 藤原伊通
0975 返し
0976 右大將兼長、春日祭上卿に立侍ける供に、藤原範綱子清綱が六位侍けるに、信夫摺狩衣を著せて侍ける、可笑しく見えければ又日、範綱許に差置かせ侍ける
昨日見し 信夫文字摺 誰為らむ 心程ぞ 限知られぬ
左京大輔 藤原顯輔
0977 上東門院に侍けるを、里に出たりける頃、女房の消息の序に、箏傳へに詣むと言ひて侍ければ遣はしける
露繁き 蓬が許の 蟲音を 朧げにてや 人尋ねむ
紫式部
0978 二條院御時、年頃大內守る事を承りて御垣內に侍ながら、昇殿を許されざりければ、行幸有ける夜、月明かりけるに、女房許に申侍ける
人知れぬ 大內山の 山守は 木隱れてのみ 月を見る哉
從三位 源賴政
0979 三條女御【𤨲子】遁世後、あふぎがみに月いだしてつかはし侍けると、そへて侍ける
秋を經て 光を增せと 思しに 思はぬ月の 影にも有哉
權中納言 藤原實綱
0980 月為友と言へる心を
訪人に 思擬へて 見る月の 曇るは歸る 心地こそすれ
仁和寺後入道法親王【覺性。】
0981 月歌數多詠ませ侍ける時、詠侍ける
碎浪や 國津御神の 裏冴えて 古都に 月獨澄む
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0982 【○承前。侍詠數多月歌時所詠。】
天川 空行く月は 一つにて 宿らぬ水の 如何で無からむ
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0983 題不知
獨居て 月を眺むる 秋夜は 何事をかは 思殘さむ
中務卿具平親王
0984 【○承前。無題。】
物思はぬ 人もや今宵 詠むらむ 寢られぬ儘に 月を見哉
赤染衛門
0985 【○承前。無題。】
眺めつつ 昔も月は 見し物を 如是やは袖の 隙無かるべき
相模
0986 【○承前。無題。】
獨のみ 哀なるかと 我為らぬ 人に今宵の 月を見せばや
和泉式部
0987 思事侍ける頃、月忌じく明く侍ける夜、詠侍ける
如此許 憂世中の 思出に 見よとも澄める 夜半月哉
久我內大臣 源雅通
0988 山家月と言へる心を詠侍ける
住侘びて 身を隱すべき 山里に 餘り隈無き 夜半月哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0989 百首歌奉りける時、月歌とて詠める
播磨潟 須磨月讀め 空寒えて 繪島崎に 雪降りにけり
前參議 藤原親隆
0990 月歌十首詠侍ける時、詠める 【○續古今1930。】
小夜千鳥 吹飯浦に 音信て 繪島磯に 月傾ぶきぬ
藤原家基
0991 【○承前。侍詠月歌十首時所詠。】
筏下す 清瀧川に 澄月は 棹に觸らぬ 冰也けり
俊惠法師
0992 【○承前。侍詠月歌十首時所詠。】
天原 澄める景色は 長閑にて 早くも月の 西へ逝哉
賀茂成保
0993 【○承前。侍詠月歌十首時所詠。】
寂しさに 哀も甚 增さりけり 獨ぞ月は 見るべかりける
顯昭法師
0994 【○承前。侍詠月歌十首時所詠。】
今よりは 更行く迄に 月は見じ 其事と無く 淚墮ちけり
藤原清輔朝臣
0995 年頃修行に罷步きけるが、歸詣來て月前述懷と言へる心を詠める
諸共に 見し人如何に 成りにけむ 月は昔に 變らざりけり
登蓮法師
0996 都を離れて遠罷る事侍ける時、月を見て詠侍ける
飽か無くに 又も此世に 迴來ば 面變りす勿 山端月
法印靜賢
0997 月歌數多詠侍ける時、十六夜月之心を詠める
儚くも 我世更けを 知らずして 猶豫月を 待渡るかな
源仲正
0998 見月戀故人と言へる心を詠める
先立ちし 人は闇にや 迷ふらむ 何時迄我も 月を眺めむ
源仲綱
0999 百首歌奉りける時、月歌とて詠める
殘無く 我世更けぬと 思ふにも 傾く月に 澄む心哉
待賢門院堀川
1000 從一位藤原宗子病重成りて、久しく參侍らで心細き由等奏せさせて侍けるに遣はしける
浮雲の 掛かる程だに 有物を 隱莫はてそ 有明月
近衛院御製
1001 箕面山寺に日頃籠りて出ける曉、月面白侍ければ詠める
木間漏る 有明月の 送らずば 獨や山の 峰を出まし
仁和寺後入道法親王【覺性。】
1002 月歌とて詠侍ける
琴音を 雪に調ぶと 聞ゆ也 月冴ゆる夜の 峰松風
道性法親王
1003 【○承前。侍詠月歌。】
飽かで入らむ 名殘を甚 思へとや 傾く儘に 澄める月哉
權中納言 藤原長方
1004 殷富門院にて、人人百首歌詠侍ける時、月歌とて詠める
如何に為む 然らで憂世は 慰まず 憑みし月も 淚墮ちけり
藤原定家
1005 題不知
山深き 松嵐を 身に沁めて 誰か寢覺に 月を見るらむ
藤原家隆
1006 【○承前。無題。】
待程も 甚心ぞ 慰まぬ 姨捨山の 有明月
八條院六條
1007 【○承前。無題。】
世を厭ふ 心は月を 慕へばや 山端にのみ 思入るらむ
法印實修
1008 閑居月と云へる心を詠める
寂しさも 月見る程は 慰みぬ 入りなむ後を 訪人欲得
藤原隆親
1009 寒夜月と言へる心を詠侍ける
霜冴ゆる 庭木葉を 踏別けて 月は見るやと 訪人欲得
圓位法師 釋西行
1010 世を遁れて後、西山に罷籠るとて人に遣はしける
住馴し 宿をば出て 西へ行く 月を慕ひて 山にこそ入れ
平實重
1011 故鄉月を詠める
故鄉の 板井清水 水草居て 月さへ澄まず 澄りにける哉
俊惠法師
1012 水上月と言へる心を
然もこそは 影留むべき 世為らねど 跡無き水に 宿る月哉
藤原家基
1013 賀茂社後番歌合に月歌とて詠める
何と無く 眺むる袖の 乾かぬは 月桂の 露や置くらむ
藤原親盛
1014 山家曉霰と言へる心を詠める
真柴葺く 宿霰に 夢覺めて 有明方の 月を見る哉
大江公景
1015 山家月を詠める
足曳の 山端近く 住むとても 待たでやは見る 有明月
靜蓮法師
1016 月照寒草と言へる心を詠める
諸共に 秋をや偲ぶ 霜枯の 荻上葉を 照す月影
紀康宗
1017 月照山水と言へる心を
真菅生る 山下水に 宿る夜は 月さへ草の 庵をぞ差す
法眼長真
1018 山端月と言へる心を詠める
深き夜の 露吹結ぶ 木枯に 空さへ登る 山端月
藤原為忠朝臣
1019 荒屋月と言へる心を
山風に 真屋蘆葺 荒にけり 枕に宿る 夜半月影
覺延法師
1020 題不知
山深み 誰又掛かる 住居して 槙葉分くる 月を見るらむ
法印慈圓
1021 【○承前。無題。】
月影の 入ぬる跡に 思哉 迷はむ闇の 行末之空
法印慈圓
1022 攝政前右大臣家に百首歌詠ませ侍ける時、月歌之中に詠める
此世にて 六十離ぬ 秋月 死出山路も 面變りす莫
俊惠法師
1023 月歌とて詠める
來世には 心中に 現はさむ 飽かでや見ぬる 月光を
圓位法師 釋西行
1024 二條院御時、四代迄侍つる事を思ひて詠侍ける
如何為れば 沈みながらに 年を經て 代代雲居の 月を見るらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1025 堀川院御時百首歌奉りける時、述懷之心を詠める
唐國に 沈みし人も 我が如く 三代迄逢はぬ 歎きをぞ為し
藤原基俊
1026 律師光覺、維摩會講師の請を申けるを、度度洩れにければ、法性寺入道前太政大臣に恨申けるを、標茅原と侍けれど、又其年も洩れにければ、詠みて遣はしける 【○百人一首0075。】
契置きし 蓬艾露を 命にて 憐今年の 秋も去ぬめり
相諾曾相許 吾命薄幸如朝露 見蓬艾上露 可惜今年秋又至 方知此歲復背信
藤原基俊
1027 運を恥る百首歌詠侍ける中に詠める
世間の 在しにも非ず 成行けば 淚さへこそ 色變りけれ
源俊賴朝臣
1028 述懷之心を詠める
過來にし 四十春の 夢世は 憂より外の 思出ぞ無き
覺審法師
1029 【○承前。詠述懷之心。】
儚しや 憂身ながらは 過ぎぬべき 此世をさへも 忍兼ぬらむ
經因法師
1030 天王寺に詣て侍けるに、長柄にて、此處なむ橋の跡と申すを聞きて詠侍ける
行末を 思へば悲し 津國の 長柄橋も 名が殘りけり
源俊賴朝臣
1031 長柄橋渡にて
何事も 變行くめる 世中に 昔ながらの 橋柱哉
道命法師
1032 同所にて
今日見れば 長柄橋は 跡も無し 昔在きと 聞渡れども
道因法師【俗名藤原敦賴。】
1033 津守國基身罷りて後、住吉にも住まず成りにけるを、有基に具してあからさまに下りて侍けるに、人心も變りて見え侍ければ、松下を削りて書付け侍ける
人心 非ず為れども 住吉の 松景色は 變らざりけり
津守景基
1034 吉野瀧を詠める
白雲に 紛ひや為まし 吉野山 落來る瀧の 音せざり為ば
中納言 藤原經忠
1035 嵯峨大覺寺に罷りて、此彼歌詠侍けるに詠侍ける 【○拾遺集0449、百人一首0055。】
瀧音は 絕えて久しく 成りぬれど 名こそ流れて 猶聞えけれ
瀧音絕已久 昔日名瀧今水涸 其形雖不再 盛名流傳亙萬代 至今猶聞無絕日
前大納言 藤原公任
1036 屏風に瀧落ちたる所を詠める
拔けば散る 拔かねば亂る 足曳の 山より落つる 瀧白玉
藤原長能
1037 京極前太政大臣、布引瀧見侍ける時、詠侍ける
水色の 唯白雲と 見ゆる哉 誰晒しけむ 布引瀧
六條右大臣 源顯房
1038 龍門寺に詣て仙家に書付侍ける
葦田鶴に 乘りて通へる 宿為れば 跡だに人は 見えぬ也けり
能因法師
1039 同龍門之心を詠める
山人の 昔跡を 來て見れば 虛しき床を 拂ふ谷風
藤原清輔朝臣
1040 布引瀧を詠める
音にのみ 聞きしは事の 數為らで 名よりも高き 布引瀧
藤原良清
1041 室八島を詠める
絕えず立つ 室八島の 煙哉 如何に盡きせぬ 思為るらむ
藤原顯方
1042 堀川院御時百首歌奉りける時、橋歌とて詠侍ける
葛城や 渡しも果ぬ 物故に 久米岩橋 苔生ひにけり
大納言 源師賴
1043 同御時、殿上人題を探りて歌仕奉けるに、釣舟を取りて詠侍ける
絲落す 方こそ無けれ 伊勢海の 潮瀨に掛かる 海人釣舟
權中納言 藤原俊忠
1044 百首歌中に、松を詠める
玉藻苅る 伊良胡崎の 岩根松 幾世迄にか 年經ぬらむ
修理大夫 藤原顯季
1045 夏草を詠める
潮滿てば 野島崎の 小百合葉に 浪越す風の 吹かぬ日ぞ無き
源俊賴朝臣
1046 廣田社歌合とて人人詠侍ける時、海上眺望と言へる心を詠侍ける
今日こそは 都方の 山端も 見えず鳴尾の 沖に出ぬれ
權大納言 藤原實家
1047 【○承前。人人侍詠廣田社歌合時,訟海上眺望之趣。】
播磨潟 須磨晴間に 見渡せば 浪は雲居の 物にぞ有ける
權中納言 藤原實宗
1048 【○承前。人人侍詠廣田社歌合時,訟海上眺望之趣。】
遙遙と 御前沖を 見渡せば 雲居に紛ふ 海人釣舟
右衛門督 藤原賴實
1049 眺望之心を詠める
難波潟 潮路遙に 見渡せば 霞に浮かぶ 沖釣舟
圓玄法師
1050 【○承前。詠眺望之趣。】
春霞 繪島崎を 籠つれば 浪懸くとも 見えぬ今朝哉
藤原重綱
1051 和歌浦を詠侍ける
逝年は 浪と共にや 歸るらむ 面變為ぬ 和歌浦哉
祝部成仲宿禰