千載和歌集 卷十五 戀歌五
0904 題不知
轉寢に 儚く覺めし 夢をだに 此世に復は 見でや止みなむ
相模
0905 【○承前。無題。】
音を泣けば 袖は朽ても 失せぬ也 猶憂事ぞ 盡きせざりける
和泉式部
0906 【○承前。無題。】
兔も角も 言はば並べてに 成ぬべし 音に泣きてこそ 見すべかりけれ
和泉式部
0907 【○承前。無題。】
有明の 月見遊びに 置きて去にし 人名殘を 詠めし物を
和泉式部
0908 【○承前。無題。】
忘るるは 憂世之常と 思ふにも 身を遣る方の 無きぞ侘ぬる
紫式部
0909 左大將朝光誓言文を書きて、代遣せよと責侍ければ遣はしける
千早振る 賀茂社の 神も聞け 君忘れずは 我も忘れじ
馬內侍
0910 語らひける人の久しく訪れざりければ遣はしける
疑し 命許は 在ながら 契し中の 絕えぬべき哉
大貳三位 藤原賢子
0911 元知りて侍ける男の、異人に物申すと聞きて文を遣はしければ、言遣はしける
狩人は 咎めもや為む 草茂み 怪しき鳥の 跡亂れを
相模
0912 女の、深山にも入ら真欲き由、言ひて侍ければ遣はしける
山よりも 深處を 尋ね見ば 我が心にぞ 人は入るべき
大納言 藤原齊信
0913 時時物申ける女許に文を遣はしたりけるを、世も非じとて返して侍ければ遣はしける
古へも 越見てしかば 逢坂は 踏違ふべき 中道かは
藤原經衡
0914 女許に通ふ男の、狩になむ罷るとて太刀を請ひに遣せたりければ、女に代りて遣はしける
假にぞと 言はぬ先より 賴まれず 立止るべき 心為らねば
赤染衛門
0915 中納言國信家歌合に、戀心を詠める
人心 何を賴みて 水無瀨川 堰古杭 朽果てぬらむ
藤原基俊
0916 堀川院御時百首歌奉りける時、恨心を詠める
恨みずは 忘れぬ人も 在なまし 思知らでぞ 有るべかりける
隆源法師
0917 花園左大臣家に侍ける女伊豫と申けるに、未だ中納言等申ける頃、物申語りけるを、離離に成りにければ、思ひや絕へにけむ、前山城守為りける物に物申すと聞きて言遣はしける
誠にや 三歲も待たで 山城の 伏見里に 新枕する
如是言ひて侍ければ、文無く彼男に逢はず成りにけるとなむ。
中院右大臣 源雅定
0918 百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
憂き人を 忍ぶべしとは 思ひきや 我が心さへ 何ど變るらむ
待賢門院堀川
0919 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
憂かりける 世世之契を 思ふにも 辛きは今の 心のみかは
上西門院兵衛
0920 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
知る為れば 如何に枕の 思ふらむ 塵のみ積る 床景色を
前參議 藤原親隆
0921 題不知
儚くも 來世を懸けて 契る哉 二度同じ 身とも為らじを
右大臣 藤原實定
0922 【○承前。無題。】
思出よ 夕雲も 棚引かば 茲や歎きに 絕えぬ烟と
右近中將 藤原忠良
0923 【○承前。無題。】
戀死なば 浮れむ魂よ 暫だに 我が思人の 褄に止まれ
左兵衞督 藤原隆房
0924 【○承前。無題。】
君戀ふと 浮きぬる魂の 小夜更けて 如何為る褄に 結ばれぬらむ
太皇太后宮小侍從
0925 【○承前。無題。】
君戀ふる 心闇を 侘つつは 此世許と 思はましかば
二條院讚岐
0926 【○承前。無題。】
變行く 景色を見ても 生ける身の 命を徒に 思ひける哉
殷富門院大輔
0927 【○承前。無題。】
君や非ぬ 我身や非ぬ 覺束無 賴めし事の 皆變りぬる
俊惠法師
0928 【○承前。無題。】
物思へども 斯からぬ人も 有る物を 哀也ける 身契哉
圓位法師 釋西行
0929 月前戀と言へる心を詠める 【○百人一首0086。】
歎けとて 月やは物を 思はする 託顏為る 我が淚哉
月云嘆息乎 似令人作徒物思 雖知非如此 不覺託顏作慍色 我淚涕下竊怨月
圓位法師 釋西行
0930 【○承前。詠月前戀之趣。】
久方の 月故にやは 戀初めし 眺むれば先づ 濡るる袖哉
寂超法師
0931 戀歌とて詠める
辛しとも 恨むる方ぞ 無かりける 憂を厭ふは 君獨かは
祐盛法師
0932 【○承前。詠戀歌。】
思知る 心無きを 歎く哉 憂身故こそ 人もつらけれ
藤原隆親
0933 【○承前。詠戀歌。】
思ふをも 忘るる人は 然も有らばあれ 憂きを忍ばぬ 心と欲得
源有房
0934 【○承前。詠戀歌。】
儚くぞ 後世迄と 契ける 夙にだにも 變る心を
惟宗廣言
0935 【○承前。詠戀歌。】
厭はるる 其緣にて 如何為れば 戀は我身を 離れざるらむ
源仲賴
0936 隔海路戀と言へる心を詠める
思餘り 打寢る宵の 幻も 浪路を分けて 行通ひけり
鴨長明
0937 絕えて久しく成りにける男の思出て、今よりは徒なる心非じ等言ひければ遣はしける
年經れど 憂身は更に 變らじを 辛さも同じ 辛さなるらむ
土御門前齋院中將
0938 百首歌召しける時、戀歌とて詠ませ賜うける
歎く間に 鏡影も 衰へぬ 契し事の 變るのみかは
崇德院御製
0939 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
年經れど 哀に絕えぬ 淚哉 戀しき人の 斯から益かば
左京大夫 藤原顯輔
0940 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
今は唯 抑ふる袖も 朽果て 心儘に 墮つる淚か
藤原季通朝臣
0941 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
奥山の 岩垣沼の 浮蓴 深戀路に 何亂れけむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0942 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
頻忍ぶ 床だに見えぬ 淚にも 戀は朽ちせぬ 物にぞ有ける
皇太后宮大夫 藤原俊成
0943 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
朝夕に 海松布を潛く 海人だにも 恨は絕えぬ 物とこそ聞け
藤原清輔朝臣
0944 【○承前。召百首歌時,賜詠戀歌。】
何為むに 空賴めとて 恨みけむ 思絕えたる 暮も有けり
上西門院兵衛
0945 戀歌とて詠める
等閑の 空賴めとて 待ちし夜の 苦しかりしぞ 今は戀しき
殷富門院大輔
0946 題不知
惜兼ね 異に言知らぬ 別哉 月も今はの 有明空
攝政前右大臣 藤原兼實
0947 【○承前。無題。】
戀侘ぶる 心は空に 浮きぬれど 淚底に 身は沉む哉
右近大將 藤原實房
0948 隔關路戀と言へる心を詠める
思兼ね 越ゆる關路に 夜を深み 八聲鳥に 音をぞ添へつる
前中納言 源雅賴
0949 九月晦に女に遣はしける
世に知らぬ 秋別に 打添へて 人遣為らず 物ぞ悲しき
權中納言 源通親
0950 戀歌とて詠める
契しに 非ず鳴門の 濱千鳥 跡だに見せぬ 恨をぞする
藤原經家朝臣
0951 【○承前。詠戀歌。】
然許 契し中も 變ける 此世に人を 賴みける哉
藤原定家
0952 秋夜戀と言へる心を詠める
秋夜を 物思ふ事の 限とは 獨寢覺めの 枕にぞ知る
顯昭法師
0953 十首歌、人の詠ませ侍ける時、詠める
縱然らば 君に心は 盡してむ 復も戀しき 人もこそ在れ
前參議 藤原教長
0954 暮戀故人と云へる心を
亡人を 思出たる 夕暮は 恨みし事ぞ 悔しかりける
仁和寺後入道法親王覺性
0955 題不知
玆を見よ 六田淀に 小網差して 萎れし賤の 麻衣かは
源俊賴朝臣
0956 【○承前。無題。】
莎草苅る 荒田澤に 立つ民も 身為にこそ 袖も濡るらめ
源俊賴朝臣
0957 【○承前。無題。】
笹葉に 霰降る夜の 寒けきに 獨は寢なむ 物とやは思ふ
馬內侍
0958 【○承前。無題。】
恨むべき 心許は 有る物を 無きに作しても 問はぬ君哉
和泉式部