千載和歌集 卷十四 戀歌四
0840 題不知
如何にして 夜心を 慰めむ 晝は眺めに 然ても暮しつ
和泉式部
0841 【○承前。無題。】
玆も皆 然ぞな昔の 契ぞと 思物から 淺ましき哉
和泉式部
0842 昔御覽じける人の近程に渡りける由、聞かせ賜うて遣はしける
餘所にては 中中扨ても 在にしを 別樣物思ふ 昨日今日哉
花山院御製
0843 久しく詣來ざりける人の、訪れたりける返事に遣はしける
思出て 誰をか人の 尋ねまし 憂に堪へたる 命為らずは
小式部
0844 太宰帥敦道親王中絕侍ける頃、秋方思出て物して侍けるに、詠侍ける
待つとても 斯計こそは 有らましか 思ひも掛けぬ 秋夕暮
和泉式部
0845 ○
程經れば 人は忘れて 止みぬらむ 契し事を 猶賴む哉
題不知
0846 女許より夜深く歸りて遣はしける
竹葉に 玉貫露に 非ねども 未だ夜を籠めて 置きにける哉
藤原實方朝臣
0847 堀川院御時百首歌奉りける時、戀心を詠める
木間より 領巾振袖を 餘所に見て 如何はすべき 松浦佐用姫
藤原基俊
0848 【○承前。奉堀川院御時百首歌之際,詠戀心。】
射翳指す 賤男身にも 堪兼ねて 鳩吹く秋の 聲立てつ也
藤原仲實朝臣
0849 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時の家にて、寄花戀と言へる心を詠める
吹風に 堪へぬ梢の 花よりも 止難きは 淚也けり
源雅光
0850 遇不逢戀と言へる心を詠侍ける
逢見むと 云渡りしは 行末の 物思ふ事の 端にぞ有ける
大納言 藤原成通
0851 權中納言俊忠、中將に侍ける時、歌合し侍けるに、戀歌とて詠める
戀侘て 哀と許 打歎く 事より他の 慰めぞ無き
伊豫三位【藤原敦兼朝臣母。】 藤原兼子
0852 同家に十首戀歌詠侍ける時、來不留戀と言へる心を詠侍ける
立歸る 人をも何か 恨みまし 戀しさをだに 留めざり為ば
權中納言 源師時
0853 【○承前。於同家侍十首戀歌時,詠來不留戀之趣。】
鶉鳴く 賤屋に生ふる 玉小菅 苅にのみ來て 歸る君哉
藤原道經
0854 絕えて後の形見と言へる心を詠侍ける
別れては 形見成りける 玉章を 慰む許 書きも置かせで
久我內大臣 源雅通
0855 崇德院に百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
我が袖の 淚や鳰の 海為らむ 苅にも人を 海松布無ければ
上西門院兵衛
0856 【○承前。於崇德院奉百首歌時,詠戀歌。】
東屋の 小萱軒の 忍草 忍びも堪へず 茂る思に
前參議 藤原親隆
0857 【○承前。於崇德院奉百首歌時,詠戀歌。】
戀をのみ 飾磨市に 立民も 絕えぬ思に 身をや替へてむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0858 【○承前。於崇德院奉百首歌時,詠戀歌。】
戀をのみ 菅田池に 水草居て 澄まで止みなむ 名こそ惜けれ
待賢門院安藝
0859 【○承前。於崇德院奉百首歌時,詠戀歌。】
露深き 淺間野らに 小萱苅る 賤袂も 如是は濡れじを
藤原清輔朝臣
0860 【○承前。於崇德院奉百首歌時,詠戀歌。】
逢事は 引佐細江の 澪標 深き徵も 無き世也けり
藤原清輔朝臣
0861 百首歌詠みける時、戀歌とて詠める
人傳は 然しもやはとも 思ふらむ 見せばや君に 褻れる姿を
顯昭法師
0862 女の通ふ人の數多に聞ゆるに遣はしける
淺ましや 然のみは如何に 信濃為る 木曾路橋の 懸渡るらむ
平實重
0863 題不知
人上と 思はば如何に 擬かまし 辛きも知らず 戀ふる心を
平實重
0864 契りける事違ひにける女に遣はしける
契りしも 諸共にこそ 契しか 忘れば我も 忘れましかば
參議 藤原為通
0865 忍びて物言ひける女の、常に心指し無しと怨じければ遣はしける
君にのみ 下思火は 川島の 水心は 淺から無くに
從三位 藤原季行
0866 殿上人、老後戀と言へる心を仕奉けるに詠ませ賜うける
思ひきや 年積るは 忘られて 戀に命の 絕えむ物とは
後白河院御製
0867 題不知
歎餘り 憂身ぞ今は 懷かしき 君故物を 思ふと思へば
藤原季通朝臣
0868 【○承前。無題。】
水莖は 是を限と 書集めて 堰堪へぬ物は 淚也けり
從三位 源賴政
0869 睦月朔日頃、忍びたる所に遣はしける
誰もよも 未聞始めじ 鶯の 君にのみこそ 音し始むれ
二條院御製
0870 御返事
鶯は 並て都に 馴れぬらむ 古巢に音をば 我のみぞ鳴く
佚名
0871 寄源氏物語戀と云へる心を詠める
見せばやな 露緣の 玉葛 心に懸けて 忍ぶ氣色を
佚名
0872 【○承前。詠寄源氏物語戀之趣心。】
逢坂の 名を忘れにし 中為れど 堰遣られぬは 淚也けり
佚名
0873 二條院御時、殿上人百首歌奉りける時、忍戀之心を詠める
月待つと 人には言ひて 眺むれば 慰難き 夕暮空
刑部卿 藤原範兼
0874 題不知
蘆屋の 假初臥は 津國の 長らへ行けど 忘れざりけり
藤原為實
0875 【○承前。無題。】
知らざりき 雲居餘所に 見し月の 影を袂に 宿すべしとは
圓位法師 釋西行
0876 【○承前。無題。】
逢ふと見し 其夜夢の 覺めであれな 長眠は 憂かるべけれど
圓位法師 釋西行
0877 【○承前。無題。】
秋風の 憂人よりも 辛き哉 戀せよとては 吹かざらめども
空人法師
0878 【○承前。無題。】
心さへ 我にも非ず 成りにけり 戀は姿の 變るのみかは
源仲綱
0879 寄浦戀と言へる心を詠める
待兼ねて 小夜も吹飯の 浦風に 賴めぬ浪の 音のみぞする
二條院內侍參河
0880 戀歌とて詠める
一夜とて 夜離し床の 狹筵に 軈ても塵の 積りぬる哉
二條院讚岐
0881 百首歌詠ませ侍ける時、遇不逢戀之心を詠侍ける
長らへて 變る心を 見るよりは 逢ふに命を 替へて益かば
攝政前右大臣 藤原兼實
0882 在所不言戀と言へる心を詠侍ける
逢事の 在りし處し 變らずは 心をだにも 遣ら益物を
前中納言 源雅賴
0883 移香增戀と言へる心を詠侍ける
移香に 何染みにけむ 小夜衣 忘れぬ褄と 成りける物を
權中納言 藤原經房
0884 有明空を共に詠めける女、復逢迄の形見に見むと申ける後、遣はしける
忘れぬや 忍ぶや如何に 逢はぬ間の 形見と聞きし 有明空
右近中將 藤原忠良
0885 歌合し侍ける時、戀歌とて詠める
思兼ね 猶戀路にぞ 歸りぬる 恨は末も 通らざりけり
俊惠法師
0886 【○承前。侍歌合時,詠戀歌。百人一首0090。】
見せばやな 雄島海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は變らず
欲使君觀之 雄島海人漬袖濕 常濡色不變 然吾衣袖沾血淚 染作朱紅見斑斑
殷富門院大輔
0887 隔川戀と言へる心を詠める
山城の 美豆野里に 妹を置きて 幾度淀に 船呼ばふらむ
從三位 源賴政
0888 絕久戀と言へる心を詠侍ける
人知れず 結始めてし 若草の 花盛も 過ぎやしぬらむ
藤原隆信朝臣
0889 希會不絕戀
如何為れば 流は絕えぬ 中川に 逢瀨數の 少なかるらむ
藤原顯家朝臣
0890 攝政、右大臣時、百首歌詠ませ侍ける時、遇不逢戀を詠める
住馴れし 佐野中川 瀨絕えして 流變るは 淚也けり
源仲綱
0891 初疎後思戀と言へる心を詠める
今更に 戀しと云ふも 賴まれず 茲も心の 變ると思へば
二條院讚岐
0892 戀歌とて詠める
戀初めし 心色の 何為れば 思返すに 返らざるらむ
太皇太后宮小侍從
0893 【○承前。詠戀歌。】
伊勢島や 一志浦の 海人だにも 潛かぬ袖は 濡るる物かは
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0894 遇不逢戀と言へる心を詠める
思ひきや 憂かりし夜半の 鷄音を 待事にして 明すべしとは
俊惠法師
0895 夏夜戀と言へる心を詠める
唐衣 返しては寢じ 夏夜は 夢にも飽かで 人別けり
俊惠法師
0896 戀歌とて詠侍ける
身憂さを 思知らでや 止みなまし 逢見ぬ先の 辛さ也せば
法印靜賢
0897 攝政、右大臣時、家歌合に戀心を詠める
逢事は 身を變てとも 待つべきに 世世を隔てむ 程ぞ悲しき
皇太后宮大夫 藤原俊成
0898 【○承前。攝政為右大臣時,於家歌合詠戀心。】
思寢の 夢に慰む 戀為れば 逢はねど暮の 空ぞ待たるる
攝政家丹後
0899 題不知
戀侘て 打寢る宵の 夢にだに 逢ふとは人の 見えばこそ有らめ
民部卿 藤原成範
0900 忍びて物申侍ける女の、消息をだに通はし難く侍けるを、唐枕下に師子造りたるが口中に深隱して遣はしける
侘つつは 汝だに君が 床為れよ 交さぬ夜半の 枕也とも
權大納言 藤原實家
0901 返し
歎きつつ 交さぬ夜半の 積るには 枕も疎く 成らぬ物かは
佚名
0902 題不知
是は皆 思ひし事ぞ 馴しより 哀名殘を 如何に為むとは
右近中將 藤原忠良
0903 【○承前。無題。】
死ぬとても 心を分くる 物為らば 君に殘して 猶や戀まし
權中納言 源通親