千載和歌集 卷十二 戀歌二
0704 堀川院御時百首歌奉りける時、戀心を詠侍ける
思餘り 人に問はばや 水無瀨川 結ばぬ水に 袖は濡るやと
大納言 藤原公實
0705 題不知
儚くも 人に心を 盡す哉 身為にこそ 思初めしか
花園左大臣 源有仁
0706 【○承前。無題。】
戀初めし 人は如是こそ 由緣無けれ 我淚しも 色變るらむ
二條太皇太后宮大貳
0707 白河院、三條殿に御座しましける時、殿上人戀歌詠侍けるに詠める
斯かりける 淚と人も 見る許 絞らじ袖よ 朽果てねただ
前中納言 源雅兼
0708 權中納言俊忠家に、戀十首歌詠侍ける時、雖祈不逢之戀と言へる心を詠める 【○百人一首0074。】
憂かりける 人を初瀨の 山颪よ 烈しかれとは 祈らぬ物を
致憂復致惱 薄情之人甚冷漠 初瀨長谷山 山下之嵐淒冷冽 吾可曾祈漠如此
源俊賴朝臣
0709 同十首中に、誓戀と言へる心を詠める
嬉しくば 後心を 神も聞け 引注連繩の 絕えじとぞ思ふ
修理大夫 藤原顯季
0710 乍臥無實戀
結置く 伏見里の 草枕 解けでや實ぬる 旅にも有哉
藤原顯仲朝臣
0711 來不留戀
戀戀て 甲斐も渚に 瀛浪 寄せては軈て たちかへれとや
權中納言 藤原俊忠
0712 女に遣はしける
如何で我 由緣無き人に 身を替へて 戀しき程を 思知らせむ
德大寺左大臣 藤原實能
0713 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時、家歌合に、戀心を詠める
玉藻苅る 野島浦の 海人だにも 甚如是袖は 濡るる物かは
源雅光
0714 【○承前。法性寺入道前太政大臣侍內大臣時,於家歌合詠戀心。】
逢事を 其年月と 契らねば 命や戀の 限りなるらむ
藤原重基
0715 中院入道右大臣、中將に侍ける時、歌合し侍けるに、戀歌とて詠める
戀渡る 淚川に 身を投げむ 此世為らでも 逢瀨有やと
藤原宗兼朝臣
0716 百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
陸奥の 十綱橋に 繰綱の 絕えずも人に 言渡る哉
前參議 藤原親隆
0717 逐日增戀と言へる心を詠ませ賜ひける
戀侘ぶる 今日淚に 較ぶれば 昨日袖は 濡れし數かは
後白河院御製
0718 題不知
朝夙 露を然ながら 莎苅る 賤が袖だに 斯は濡れじを
後德大寺左大臣 藤原實定
0719 【○承前。無題。】
潮たるる 伊勢をの海人や 我為らむ 然らば海松布を 苅由欲得
權大納言 藤原實國
0720 【○承前。無題。】
縱然らば 逢ふと見つるに 慰まむ 覺る現も 夢為らぬかは
權大納言 藤原實家
0721 【○承前。無題。】
如何許 思ふと知りて 辛からむ 憐淚の 色を見せばや
右衛門督 藤原賴實
0722 【○承前。無題。】
戀死なむ 命を誰に 讓置きて 由緣無き人の 果を見せまし
俊惠法師
0723 【○承前。無題。】
堰兼ぬる 淚川の 速瀨は 逢ふより外の 柵ぞ無き
從三位前右經權大夫 源賴政
0724 【○承前。無題。】
我が戀は 年經る甲斐も 無かりけり 羨ましきは 宇治橋守
藤原顯方
0725 【○承前。無題。】
馴れて後 死なむ別の 悲しきに 命に替へぬ 逢事欲得
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0726 【○承前。無題。】
錦木の 千束に限り 無かり為ば 猶懲りずまに 立て益物を
賀茂重保
0727 百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
如何許 戀路は遠き 物為れば 年は逝けども 逢夜無からむ
前參議 藤原教長
0728 時時物申交しける人に、名立つは知らぬかと、人告けければ詠める
馴れて後 辛からましに 較ぶれば 無名は事の 數為らぬ哉
三御子家越後 女三內親王家越後
0729 大納言重通、少將に侍ける時、名立つ事侍けるを、同じくば誠に無さばやと言遣はして侍ければ、詠みて遣はしける
逢見むと 思莫よりそ 白浪の 立ちけむ名だに 惜しき汀を
法性寺入道前太政大臣家參河
0730 後三條內大臣家に歌合し侍ける時、戀歌とて詠める
戀死なむ 身は惜からず 逢事に 替へむ程迄と 思許ぞ
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0731 贈左大臣【長實。】八條家にて、戀心を詠める
今は然は 逢見む迄は 難くとも 命と為らむ 言葉欲得
左京大夫 藤原顯輔
0732 題不知
一方に 靡く藻鹽の 煙哉 由緣無き人の 斯から益かば
平忠盛朝臣
0733 【○承前。無題。】
戀侘ぬ 茅渟壯士 為ら無くに 生田川に 身をや投げまし
藤原通經
0734 【○承前。無題。】
命をば 逢ふに替へむと 思しを 戀死ぬとだに 知らせてしがな
寂越法師
0735 【○承前。無題。】
戀しとも 又辛しとも 思遣る 心何れか 先に立つらむ
源師光
0736 【○承前。無題。】
逢ふならぬ 戀慰めの 有らばこそ 由緣無しとても 思絕えなめ
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0737 【○承前。無題。】
由緣無さに 今は思ひも 絕えなまし 此世一つの 契也せば
顯昭法師
0738 【○承前。無題。】
轉寢の 夢に逢見て 後よりは 人も賴めぬ 暮ぞ待たるる
源慶法師
0739 【○承前。無題。】
哀とも 枕許や 思ふらむ 淚絕えせぬ 夜半景色を
朝惠法師
0740 忍戀之心を詠侍ける
衣手に 落つる淚の 色無くば 露とも人に 言は益物を
二條院內侍參河
0741 【○承前。侍詠忍戀之趣。】
思事を 忍ぶに甚 添ふ物は 數為らぬ身の 歎也けり
殷富門院大輔
0742 右大臣に侍ける時、家歌合に、戀歌とて詠侍ける
行歸る 心に人の 馴るればや 逢見ぬ先に 戀しかるらむ
攝政前右大臣 藤原兼實
0743 寄鄉戀と言へる心を詠める
逢事を 然りともとのみ 思哉 伏見里の 名を賴みつつ
左衛門督 藤原家通
0744 忍びて暮に參上るべき由侍ける人に、遣はしける
何どや如是 然も暮難き 大空ぞ 我が待つ事は 有と知らずや
二條院御製
0745 百首歌中に、戀心を
袖色は 人問ふ迄 成りもせよ 深思を 君に賴まば
式子內親王
0746 契暮秋戀と言へる心を詠侍ける
秋は惜し 契は待たる 兔に角に 心に懸かる 暮空哉
左近中將 藤原良經
0747 戀歌とて詠める
戀をのみ 時雨るる空の 浮雲は 曇も堪へず 袖ぬらしけり
藤原成家朝臣
0748 忍傳書戀と言へる心を詠める
磯隱れ 搔きは遣れども 藻鹽草 立來る浪に 顯はれや為む
藤原家實
0749 題不知
暮にとも 契りて誰に 歸るらむ 思絕えたる 曙空
藤原家隆
0750 【○承前。無題。】
契置く 其言葉に 身を替へて 後世にだに 逢見てしがな
佚名
0751 大內にて月明かりける夜、人人遊びけるを、髣髴にみて心在所離る由言ひて侍ける人の返事に遣はしける
誰故に 在所離れにけむ 雲間より 見し月影は 獨為らじを
殷富門院尾張
0752 戀為後世妨と言へる心を詠める
越えやらで 戀路に迷ふ 逢坂や 世を出果ぬ 關と為るらむ
藤原家基
0753 乍臥無實戀と言へる心を詠める
手枕の 上に亂るる 朝寢髮 下に解けずと 人は知らじな
西住法師
0754 題不知
我が袖の 潮滿乾る 浦為らば 淚寄らぬ 折も有らまし
從三位 源賴政
0755 【○承前。無題。】
潮垂るる 袖乾間は 有やとも 逢はでの浦の 海人に問はばや
法印靜賢
0756 【○承前。無題。】
思ひきや 夢を此世の 契にて 覺むる別を 歎くべしとは
俊惠法師
0757 【○承前。無題。】
我故の 淚と玆を 餘所に見ば 哀為るべき 袖上哉
藤原隆信朝臣
0758 【○承前。無題。】
逢事の 如是難ければ 由緣も無き 人心や 岩木為るらむ
賀茂政平
0759 【○承前。無題。】
戀死なむ 淚果や 渡河 深流と 成らむとすらむ
源光行
0760 寄石戀と言へる心を 【○百人一首0092。】
我袖は 潮干に見えぬ 瀛石の 人こそ知らね 乾く間も無き
吾人衣袖者 洽猶潮退未嘗顯 深邃沖石矣 不為人知浸潤久 濕袖未有俄乾時
二條院讃岐
0761 題不知
斯りける 歎きは何の 報ぞと 知人有らば 問は益物を
民部卿 藤原成範
0762 【○承前。無題。】
戀死なむ 事ぞ儚き 渡河 逢瀨有とは 聞かぬ物故
太宰大貳 藤原重家
0763 【○承前。無題。】
妹が當り 流るる川の 瀨に寄らば 泡と成りても 消むとぞ思ふ
刑部卿 藤原範兼
0764 石清水歌合とて人人詠侍ける時、寄松戀と言へる心を詠侍ける
儚しな 心盡しに 年を經て 何時とも知らぬ 逢松原
權中納言 藤原經房
0765 戀歌とて詠める
思寢の 夢だに見えで 明けぬれば 逢はでも鳥の 音こそ辛けれ
寂蓮法師
0766 【○承前。詠戀歌。○百人一首0085。】
終夜 物思ふ頃は 明けやらぬ 閨隙さへ 由緣無かりけり
終夜悲不眠 沉浸物思陷憂情 夜長天不明 豈知幽暗閨中隙 亦感無情甚冷漠
俊惠法師
0767 【○承前。詠戀歌。】
徒に 萎るる袖を 朝露に 歸る袂と 思はましかば
俊惠法師
0768 【○承前。詠戀歌。】
戀故は 然も非ぬ人ぞ 恨めしき 我餘所為らば 問は益物を
管原是忠
0769 【○承前。詠戀歌。】
思堰く 心中の 柵も 堪へず成行く 淚川哉
藤原親盛
0770 【○承前。詠戀歌。】
自から 辛き心も 變るやと 待見む程の 命と欲得
靜緣法師
0771 睦ましくは成らで忘られにける人に遣はしける
忘らるる 憂名は偖も 立ちにけり 心中は 思別けども
大江維順女
0772 晩風催戀と言へる心を詠める
世と共に 由緣無き人を 戀草の 露零れ增す 秋夕風
藤原顯家朝臣
0773 題不知
戀しさを 如何はすべき 思へども 身は數為らず 人は由緣無し
源師光
0774 女許に遣はしける
戀死為ば 我故とだに 思出よ 然こそは辛き 心也とも
權大納言 藤原實國
0775 【○承前。遣於女許。】
只管に 恨みしも為じ 先世に 逢迄こそは 契らざりけめ
左衛門督 藤原家通
0776 思乍ら色には出ざりける女許にて鏡を借りて、其裏に書付け返し侍ける
真澄鏡 心も映る 物為らば 然りとも今は 哀とや見む
藤原公衡朝臣
0777 法性寺殿殿上歌合に、臨期違約戀と言へる心を詠める
今暫 空賴めにも 慰めで 思絕えぬる 宵玉章
權中納言 源通親
0778 【○承前。於法性寺殿殿上歌合,詠臨期違約戀。】
杣川の 淺からずこそ 契しか 何ど此暮を 引違ふらむ
藤原盛方朝臣
0779 【○承前。於法性寺殿殿上歌合,詠臨期違約戀。】
思ひきや 榻端書き 搔集て 百夜も同じ 丸寢為むとは
皇太后宮大夫 藤原俊成