0641 堀河院御時、百首歌奉りける時、初戀之心を詠める
難波江の 藻に埋るる 玉柏 顯はれてだに 人を戀ばや
源俊賴朝臣
0642 【○承前。堀河院御時,奉百首歌之際,詠初戀之心。】
未知らぬ 人を初めて 戀ふる哉 思心よ 道導為よ
二條太皇太后宮肥後
0643 【○承前。堀河院御時,奉百首歌之際,詠初戀之心。】
理無しや 思心の 色為らば 此ぞ其とも 見せ益物を
前齋宮河內
0644 權中納言俊忠、中將に侍ける時、歌合し侍けるに、初戀之心を詠める
思ふより 何時しか濡るる 袂哉 淚ぞ戀の 道標也ける
後二條關白家筑前
0645 女に遣はしける
藻屑火の 磯間を分くる 漁舟 髣髴なりしに 思始めてき
藤原長能
0646 題不知
如何に為む 思を人に 染めながら 色に出じと 思心を
延久三親王 輔仁親王
0647 【○承前。無題。】
0648 【○承前。無題。】
裹めども 淚に袖の 顯れて 戀すと人に 知られぬる哉
中院右大臣 源雅定
0649 【○承前。無題。】
包めども 絕えぬ思に 成りぬれば 問はず語の 為真欲き哉
大納言 藤原成通
0650 百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
0651 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
思へども 岩手山に 年を經て 朽や果なむ 谷埋木
左京大夫 藤原顯輔
0652 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
高砂の 尾上松に 吹風の 音にのみやは 聞渡るべき
左京大夫 藤原顯輔
0653 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
荒磯の 岩に碎くる 浪為れや 由緣無き人に 懸くる心は
待賢院堀川
0654 【○承前。奉百首歌時,詠戀歌。】
岩間行く 山下水 偃侘びて 漏らす心の 程を知らなむ
上西門院兵衛
0655 權中納言俊忠の家歌合に、戀歌とて詠める
水籠に 岩手古屋の 忍草 忍ぶとだにも 知らせてし哉
藤原基俊
0656 人に遣はしける
思事 巖間に蒔きし 松種 千世と契らむ 今は根刺せよ
藤原長能
0657 迂陵島人此處に放たれ來て、此處人の物言ふを聞きも知らでなむ有ると云ふ頃、返事せぬ女に遣はしける
覺束無 迂陵嶋の 人為れや 我が言葉を 知らず顏為る
前大納言 藤原公任
0658 雨降る日、忍びたる人に遣はしける
人知れず 物思ふ頃の 袖見れば 雨も淚も 判れざりけり
堀河右大臣 藤原賴宗
0659 權中納言俊忠桂家にて、無き名立つ戀と言へる心を詠侍ける
立ちしより 晴ずも物を 思哉 無き名や野邊の 霞為るらむ
源俊賴朝臣
0660 戀歌とて詠める
歎餘り 知らせ初めつる 言葉も 思許は 言はれざりけり
源明賢朝臣
0661 百首歌詠侍ける時、戀歌とて詠侍ける
人知れぬ 木葉下の 埋水 思心を 書流さばや
右大臣 藤原實定
0662 題不知
戀しとも 言はぬに濡るる 袂哉 心を知るは 淚也けり
久我內大臣 源雅通
0663 【○承前。無題。】
思へども 言はで忍ぶの 摺衣 心中に 亂れぬる哉
從三位 源賴政
0664 【○承前。無題。】
陸奥の 忍夫捩摺 忍びつつ 色には出じ 亂れもぞする
寂然法師
0665 【○承前。無題。】
難波女の 籾殼焚火の 下焦 上は由緣無き 我身也けり
藤原清輔朝臣
0666 歌合し侍ける時、忍戀之心を詠める
戀死なば 世儚に 言置きて 無き跡迄も 人に知られじ
刑部卿 藤原賴輔
0667 【○承前。侍歌合時,詠忍戀之心。】
人知れぬ 淚川の 水上や 岩手山の 谷下水
顯昭法師
0668 題不知
如何に為む 御垣原に 摘む芹の 音にのみ泣けど 知人無き
佚名
0669 戀百首歌詠侍ける時、寄霞戀と言へる心を詠める
由緣も無き 人心や 逢坂の 關路隔つる 霞為るらむ
賀茂重保
0670 戀歌とて詠める
淚川 浮寢鳥と 成りぬれど 人にはえこそ 見慣れざりけれ
藤原清輔朝臣
0671 二條院御時、殿上人百首歌奉りける時、詠める
我が戀は 尾花吹越す 秋風の 音には立てじ 身には沁むとも
源通能朝臣
0672 横川麓なる山寺に籠ける時、甚宜しき童の侍ければ詠みて遣はしける
世を厭ふ 端と思し 通路に 文無く人を 戀渡るかな
仁昭法師
0673 題不知
便有らば 海人釣舟 言傳てむ 人を海松に 求侘びぬと
花園左大臣 源有仁
0674 【○承前。無題。】
又も無く 惟一筋に 君を思ふ 戀路に惑ふ 我や何なる
大宮前太政大臣 藤原伊通
0675 【○承前。無題。】
君戀ふる 身は大空に 非ねども 月日を多く 過ぐしつる哉
前中納言 藤原伊房
0676 后宮に始めて參りける女房、琴彈くを聞かせ賜て、詠みて賜ひける
琴音に 通始めぬる 心哉 松吹風に 非ぬ身為れど
二條院御製
0677 百首歌詠賜ひける時、戀歌
儚しや 枕定めぬ 轉寢の 髣髴に迷ふ 夢之通道
式子內親王
0678 百首歌詠侍ける時、戀心を詠侍ける
先に立つ 淚と為らば 人知れず 戀路に惑ふ 道導為よ
右大臣 藤原實定
0679 題不知
永らへば 辛心も 變るやと 定無き世を 賴む許ぞ
刑部卿 藤原賴輔
0680 【○承前。無題。】
洩らさばや 忍果べき 淚かは 袖柵 如是と許は
源有房
0681 【○承前。無題。】
戀しさを 憂身也とて 包みしは 何時迄有し 心為るらむ
源師光
0682 【○承前。無題。】
賴めとや 否とや如何に 稻舟の 暫しと待ちし 程も經にけり
藤原惟規
0683 【○承前。無題。】
如此許 色に出じと 忍べども 見ゆらむ物を 堪へぬ氣色は
賢智法師
0684 夏に入りて戀增さると言へる心を詠める
人知れず 思心は 深草 花咲きてこそ 色に出けれ
賀茂重保
0685 題不知
日を經つつ 繁さは增さる 思草 逢言葉の 何ど無かるらむ
津守國光
0686 【○承前。無題。】
落つれども 軒に知られぬ 玉水は 戀眺めの 雫也けり
大中臣清文
0687 【○承前。無題。】
人知れず 思染めてし 心こそ 今は淚の 色と成りけれ
源季貞
0688 【○承前。無題。】
色見えぬ 心程を 知らするは 袂を染むる 淚也けり
祐盛法師
0689 【○承前。無題。】
我が床は 信夫奥の 菅原 露懸かるとも 知人無き
大中臣定雅
0690 【○承前。無題。】
君戀ふる 淚時雨と 降りぬれば 信夫山も 色付きにけり
祝部成仲宿禰
0691 【○承前。無題。】
如何に為む 信夫山の 下紅葉 時雨る儘に 色增さるを
二條院前皇后宮常陸
0692 【○承前。無題。】
何時しかと 袖に時雨の 注ぐ哉 思は冬の 始為らねど
賀茂重延
0693 攝政右大臣時百首歌の時、忍戀之心を詠侍ける
淺ましや 抑ふる袖の 下潛る 淚末を 人や見つらむ
從三位前右京權大夫 源賴政
0694 【○承前。攝政右大臣時百首歌之際,侍詠忍戀之趣。】
忍音の 袂は色に 出にけり 心にも似ぬ 我淚哉
皇嘉門院別當
0695 女の無き名立つ由、恨みて侍ければ遣はしける
同じくば 重ねて絞れ 濡衣 然ても乾すべき 無き名為らじを
左兵衛督 藤原隆房
0696 返し
流れても 濯ぎやすると 濡衣 人は著すとも 身には馴らさじ
佚名
0697 戀歌とて詠侍ける
人目をば 包むと思ふに 偃兼ねて 袖に餘るは 淚也けり
大納言 藤原宗家
0698 【○承前。侍詠戀歌。】
由緣無さに 言はで絕えなむと 思ふこそ 逢見ぬ先の 別也けれ
右京大夫 藤原季能
0699 【○承前。侍詠戀歌。】
他人に 問はれぬる哉 君にこそ 見せばやと思ふ 袖雫を
法眼實快
0700 【○承前。侍詠戀歌。】
由緣無くぞ 夢にも見ゆる 小夜衣 恨みむとては 返しやは為し
藤原伊綱
0701 攝政右大臣時家歌合に、戀歌とて詠める
思出る 其慰めも 有なまし 逢見て後の 辛さ成りせば
藤原季經朝臣
0702 同家に百首歌詠侍ける時、初戀之心を詠侍ける
照射する 端山裾の 下露や 入るより袖は 斯く萎るらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0703 忍戀
如何に為む 室八島に 宿欲得 戀烟を 空に紛へむ
皇太后宮大夫 藤原俊成