千載和歌集 卷第九 哀傷歌
0545 花盛に藤原為賴等共にて、岩倉に罷れりけるを、中將宣方朝臣、何どか斯と侍らざりけむ、後度には必侍らむと聞えけるを、其年中將も為賴も身罷にける、又年彼花を見て大納言公任に遣はしける
春來れば 散りにし花も 咲きにけり 哀別の 掛からましかば
中務卿具平親王
0546 返し
行返り 春や哀と 思ふらむ 契し人の 復も逢はねば
前大納言 藤原公任
0547 主無き家の櫻を見て詠める
植置きし 人形見と 見ぬだにも 宿櫻を 誰か惜しまぬ
藤原範永朝臣
0548 彈正尹為尊のみこに後侍りて詠める
惜しき哉 形見に著たる 藤衣 惟此頃に 朽果てぬべし
和泉式部
0549 患侍けるが甚弱く成りにけるに、如何なる形見にか有けむ、山吹なる衣を褪ぎて女に遣はし侍ける
梔子の 園にや我身 入りにけむ 思事をも 言はで止みぬる
又云、身罷りて後、女夢に見えて如是詠侍けるとも。
藤原道信朝臣
0550 中將道信朝臣身まかりにける、送斂ての朝に詠める
思兼ね 昨日空を 眺むれば 其かと見ゆる 雲だにも無し
藤原賴孝
0551 世中儚き事を詠ませ賜うける
現とも 夢とも得こそ 判果てね 孰時を 何とか為む
花山院御製
0552 一條院隱賜うての又年、彼院花を見て詠める
櫻花 見るにも悲し 中中に 今年春は 咲かずぞ有らまし
源道濟
0553 親しかりける人身罷りにけるに詠める
後れじと 思へど死なぬ 我身哉 獨や知らぬ 道を行くらむ
道命法師
0554 花山院隱れさせ賜うての頃、詠侍ける
老らくの 命餘り 長くして 君に再び 別れぬる哉
藤原長能
0555 後一條院隱れさせ賜うての年、郭公鳴きけるに詠ませ賜うける
一聲も 君に告げなむ 時鳥 此五月雨は 闇に迷ふと
上東門院 藤原彰子
0556 枇杷殿皇太后宮患賜ひける時、所を歸て心見むとて、外に渡賜へりけるを、隱賜ひて後、陽明門院一品親王と申しける、枇杷殿に歸賜へりけるに、古き御帳內に菖蒲・藥玉の枯たるが侍けるを見て詠侍ける
菖蒲草 淚玉に 貫替へて 折りならぬねを 猶ぞ掛けつる
辨乳母
0557 返し
玉貫きし 菖蒲絲は 在ながら 夜殿は荒れむ 物とやは見し
江侍從
0558 大納言長家、大納言齊信女に住侍けるを、女身罷りける頃、法住寺に籠居て侍けるに遣はしける
悲しさを 且は思ひも 慰めよ 誰も遂には 留るべきかは
大貳三位 藤原賢子
0559 返し
誰も皆 留るべきには 非ねども 後るる程は 猶ぞ悲しき
大納言 藤原長家
0560 一條院隱れさせ賜へりける年秋、月を見て詠侍ける
大方に 清けからぬか 月影は 淚曇らぬ 人に見せばや
承香殿女御
0561 後一條院、四月に隱れさせ賜にける年の九月、中宮又隱させ賜にける四十九日末つ方、宮宮上東門院に渡賜侍ける日、人人別惜みけるに詠侍ける
悲しさに 添へてもものの 悲しきは 別中の 別也けり
小辨命婦
0562 同年冬、御禊大嘗會等過ぎて十二月晦、大納言長家、二條院一品內親王と申しける時、參りて侍けるに詠侍ける
憂物の 流石に惜しき 今年哉 遠ざかりなむ 君が別に
前中宮宣旨
0563 返し
悲しさは 甚ぞ增る 別にし 今年も今日を 限と思へば
大納言 藤原長家
0564 遠所に行きにける人亡成りにけるを、親兄弟等都に歸來て、悲しき事言ひたるに遣はしける
何方の 雲路と知らば 尋ねまし 列離れけむ 雁行末を
紫式部
0565 恒德公隱侍りて後、彼常に見侍ける鏡の、物中に侍けるを見て詠みける
年を經て 君が見慣れし 真澄鏡 昔影は 留らざりけり
藤原道信朝臣
0566 上東門院に參りて侍けるに、一條院御事等思出たる御氣色也ける朝に奉ける
常よりも 復濡添ひし 袂哉 昔を懸けて 墮し淚に
赤染衛門
0567 御返事
現とも 思判れて 過ぐる間に 見し世夢を 何語りけむ
上東門院 藤原彰子
0568 縣に侍ける程に、京なる女身罷りぬと聞きて、急上侍ける道にて詠める
都へと 思ふに付けて 悲しきは 誰かは今は 我を待つらむ
源實基朝臣
0569 藏人に侍ける時、親の思に成りにける秋、殿上人嵯峨野に花見ると聞きて遣はしける
諸共に 春花をば 見し物を 人に後るる 秋ぞ悲しき
平雅康
0570 右衞門督基忠隱侍りての後、彼家に遣はしける
花と見し 人は程無く 散りにけり 我身も風を 待つと知らなむ
前中納言 大江匡房
0571 後三條院隱賜うて、諒闇頃詠侍ける
乾く間も 無き墨染の 袂哉 朽ちなば何を 形見にも為む
藤原顯綱朝臣
0572 少將に侍ける時、大納言忠家隱侍にける後、五月五日、中納言國信、中將に侍ける時、消息して侍ける序に遣はしける
墨染の 袂に掛かる 根を見れば 綾目も知らぬ 淚也けり
權中納言 藤原俊忠
0573 返し
菖蒲草 埿根を見ても 淚のみ 掛からむ袖を 思ひこそ遣れ
中納言 源國信
0574 女に後れて歎侍ける頃、肥後許より問侍けるに遣はしける
思遣れ 空しき床を 打拂ひ 昔を偲ぶ 袖雫を
藤原基俊
0575 贈皇后以子隱侍りにける後、硯箱等取認侍けるに、物に書付けて置かれ侍ける歌
胸に滿つ 思火をだにも 晴かさで 煙と成らむ 事ぞ悲しき
藤原以子
0576 相知れりける女身罷りにける時、月を見て詠める
諸共に 有明月も 見し物を 如何なる闇に 君惑ふらむ
藤原有信朝臣
0577 人の業しける導師にて諷誦文詠みけるに、歌侍ければ詠侍ける
打鳴らす 鐘音にや 長夜も 明けぬ也とは 思知るらむ
慶範法師
0578 待賢門院隱賜うて後、御忌はてて方方に歸らせ賜ける日
限有りて 人は方方 別るとも 淚をだにも 留めてしがな
崇德院御製
0579 御返し
散散に 別るる今日の 悲しさに 淚しもこそ 留まらざりけれ
上西門院兵衞
0580 相語ける童の思はずに疎く成りにける後、亡成りにけるを、人弔ひて侍ければ詠める
悲しさを 是より異にや 思はまし 豫て習はぬ 別也せば
靜嚴法師
0581 服に侍ける時、或上人來れりけるが、墨染袈裟を忘れて取りに遣はしたりける、遣はすとて詠める
墨染の 色は孰も 變らぬを 濡れぬや君が 衣為るらむ
天臺座主勝範
0582 患はせ賜うける時、鳥羽殿にて郭公鳴きけるを聞かせ賜うて詠ませ賜うける
常よりも 睦ましき哉 時鳥 死出山路の 友と思へば
鳥羽院御製
0583 美福門院御服にて侍けるを、宣旨にて脫侍とて詠める
心指し 深く染めてし 藤衣 著つる日數の 淺くも有哉
久我內大臣 源雅通
0584 中納言伊實六條家にて身罷りにけるを、後業等果て九條堂に歸侍ける時、柱に書付け侍ける
類無く 憂事見えし 宿為れど 其も別るるは 悲しかりけり
大宮前太政大臣 藤原伊通
0585 大納言公實身罷りて後、彼遠忌日詠侍ける
數ふれば 昔語に 成りにけり 別は今の 心地すれども
花薗左大臣源有仁室
0586 大炊御門右大臣隱侍りて後、七月七日母三位許に消息の序に遣し侍ける
織女に 今年は貸さぬ 椎柴の 袖しも殊に 露氣かりけり
權大納言 藤原實家
0587 返し
椎柴の 露けき袖は 織女も 貸さぬに付けて 哀とや見む
三位 藤原豪子【右大臣藤原實家母。】
0588 待賢門院隱れさせ賜ひて後、法金剛院にて郭公鳴侍けるに
故里に 今日來ざり為ば 時鳥 誰と昔を 戀て鳴かまし
仁和寺入道法親王【覺性。】
0589 二條院隱にでうゐんれさせ賜ひて御業夜、詠侍ける
常に見し 君が御幸を 今日尋へば 歸らぬ旅と 聞くぞ悲しき
法印澄憲
0590 大炊御門右大臣身罷りて後、彼記置きて侍ける私記共の侍けるを見て詠侍ける
教置く 其言葉を 見る度に 又問ふ方の 無きぞ悲しき
右大臣 藤原實定
0591 母二位身罷りて後、詠侍ける
鳥邊山 思遣るこそ 悲しけれ 獨や苔の 下に朽ちなむ
民部卿 藤原成範
0592 母服に侍ける程に、又紀伊に位身罷りにける時、詠侍ける
限有りて 二つは著ねば 藤衣 淚許を 重ねつる哉
藤原貞憲朝臣
0593 忍びて物申ける女、身罷りにける時、詠める
三年迄 馴れしは夢の 心地して 今日ぞ現の 別也ける
右京大夫 藤原季能
0594 後入道法親王隱侍りて後、入方迄、月を見て詠侍ける
入りぬるか 飽かぬ別の 悲しさを 思知れとや 山端月
僧都印性
0595 親墓に罷りて侍けるに、知らぬ塚共の多見え侍ければ詠める
野邊見れば 昔跡や 誰為らむ 其世も知らぬ 苔下哉
左京大夫 藤原脩範
0596 奈良に侍從と申侍ける童の、泉川にて身を投げて侍ければ詠める
何事の 深思に 泉川 底玉藻と 沉果てけむ
僧都範玄
0597 花薗左大臣家に童にて侍けるを、笙教侍るとて給へりける笛を年經て、彼為に佛供養し侍ける時、笛に添へて侍ける
思ひきや 今日打鳴す 鐘音に 傳へし笛の 音を添へむとは
法印成清
0598 患事侍ける時、母に先立たむ事を嘆思侍けるを、其度怠りて後、又母身罷りける時、詠める
先立たむ 事を憂しとぞ 思ひしに 後れても又 悲しかりけり
靜緣法師
0599 周防國に父罷下りけるが、彼國にて身罷りにけると聞きて、急下ける時、詠める
待らむと 思はば如何に 急がまし 跡を見るだに 迷心を
藤原親盛
0600 仁和寺法親王、【道性。】蓮華心院にて隱侍ける後、月忌日彼墓所に罷りけるに、山に雲懸かりて心細く侍ければ詠める
山端に 棚引く雲や 行方無く 成りし煙の 形見為るらむ
覺蓮法師
0601 父中納言顯長が墓所の堂深草里に侍けるに罷りて詠める
年を經て 昔を忍ぶ 心のみ 憂きに付けても 深草里
法眼長真
0602 母身罷りにける時、詠める
垂乳女や 止りて我を 惜ままし 代るに替る 命也為ば
顯昭法師
0603 同行上人西住、秋頃患事有りて、限に見え侍ければ詠める
諸共に 眺眺て 秋月 獨にならむ 事ぞ悲しき
圓位法師 西行
0604 西住法師身罷りける時、終正念也ける由を聞きて、圓位法師許へ遣はしける
亂れずと 終聞くこそ 嬉しけれ 然ても別は 慰まねども
寂然法師
0605 返し
此世にて 復逢ふまじき 悲しさに 勸めし人ぞ 心亂れし
圓位法師 西行