0387 堀川院御時、百首歌奉りける時、初冬之心を詠侍ける
昨日こそ 秋は暮しか 何時間に 岩間水の 薄冰るらむ
大納言 藤原公實
0388 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際,侍詠初冬之趣。】
如何許 秋名殘を 眺めまし 今朝は木葉に 嵐吹かずば
源俊賴朝臣
0389 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際,侍詠初冬之趣。】
泉川 水曲の 柴漬けに 柴間冰る 冬は來にけり
藤原仲實朝臣
0390 百首歌召しける時、初冬之心を詠ませ賜うける
隙も無く 散る紅葉に 埋もれて 庭景色も 冬籠りけり
崇德院御製
0391 【○承前。召百首歌之際,詠初冬之趣。】
0392 【○承前。召百首歌之際,詠初冬之趣。】
澄む水を 心無しとは 誰か云ふ 冰ぞ冬の 始めをも知る
大納言 藤原隆季
0393 【○承前。召百首歌之際,詠初冬之趣。】
秋內は 哀知らせし 風音の 烈しさ添ふる 冬は來にけり
前參議 藤原教長
0394 【○承前。召百首歌之際,詠初冬之趣。】
我妹子が 上裳裾の 水波に 今朝こそ冬は 立始めけれ
花薗左大臣家小大進
0395 山家初冬を詠める
何時間に 筧水の 冰るらむ 然こそ嵐の 音變らめ
藤原孝善
0396 題不知
外山吹く 嵐風の 音聞けば 夙に冬の 置くぞ知らるる
和泉式部
0397 百首歌奉りける時、初冬歌詠侍ける
0398 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める
高砂の 尾上鐘の 音すなり 曉掛けて 霜や置くらむ
前中納言 大江匡房
0399 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際所詠。】
楸生る 小野淺茅に 置霜の 白きを見れば 夜や更けぬらむ
藤原基俊
0400 冬始之歌とて詠める
冬來ては 一夜二夜を 玉笹の 葉別けの霜の 處狹き迄
藤原定家
0401 題不知
霜冴えて 枯行く小野の 岡邊為る 楢廣葉に 時雨降る也
藤原基俊
0402 【○承前。無題。】
寢覺して 誰か聞くらむ 此頃の 木葉に變る 夜半時雨を
馬內侍
0403 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時、家歌合に時雨を詠める
音にさへ 袂を濡らす 時雨哉 槙板屋の 夜半寢覺に
源定信【法名道舜。】
0404 崇德院に百首歌奉りける時、落葉歌とて詠める
疎為る 慎板屋に 音はして 漏らぬ時雨や 木葉為るらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0405 時雨歌とて詠める
木葉散る と許聞きて 止みなまし 漏らで時雨の 山迴為ば
仁和寺後入道法親王覺性 本仁親王
0406 曉更時雨と言へる心を詠侍ける
獨寢の 淚や空に 通ふらむ 時雨に曇る 有明月
攝政前右大臣 藤原兼實
0407 【○承前。侍詠曉更時雨之趣。】
轉寢の 夢や現に 通ふらむ 覺めても同じ 時雨をぞ聞く
藤原隆信朝臣
0408 時雨歌とて詠める
山迴る 雲下にや 成りぬらむ 裾野原に 時雨過ぐ也
前右京權大夫 源賴政
0409 【○承前。詠時雨歌。】
時雨行く 遠外山の 峯續き 移りも堪へず 雲懸かるらむ
源師光
0410 【○承前。詠時雨歌。】
嵐吹く 比良高嶺の 嶺渡しに 哀時雨る 神無月哉
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0411 堀河院御時、百首歌奉りける時、時雨歌
深山邊の 時雨れて渡る 數每に 託言がましき 玉柏哉
中納言 源國信
0412 【○承前。堀河院御時奉百首歌之際,時雨歌。】
木葉のみ 散ると思ひし 時雨には 淚も絕えぬ 物にぞ有ける
源俊賴朝臣
0413 【○承前。堀河院御時奉百首歌之際,時雨歌。】
振延へて 人も訪來ぬ 山里は 時雨許ぞ 過難にする
二條太皇太后宮肥後
0414 圓位法師人人に勸めて百首歌詠ませ侍ける時、時雨歌とて詠める
時雨つる 山軒端の 程無きに 頓て射入る 月影哉
藤原定家
0415 【○承前。圓位法師西行勸眾人詠百首歌時,訟時雨歌。】
玉章に 淚掛かる 心地して 時雨るる空に 雁鳴く也
佚名
0416 山家時雨と言へる心を詠める
峯越えに 楢葉傳ひ 訪れて 頓て軒端に 時雨來にけり
源仲賴
0417 題不知
曉の 寢覺めに過ぐる 時雨こそ 漏らでも人の 袖濡らしけれ
紀康宗
0418 落葉之心を詠める
散果て 後さへ風を 厭ふ哉 紅葉を葺ける 深山邊里
藤原盛雅
0419 中納言定賴、世を遁れて後、山里に侍ける頃、遣はしける
都だに 寂しさ增さる 木枯に 峰松風 思こそ遣れ
中納言藤原定賴女
0420 宇治に罷りて侍ける時、詠める 【○百人一首0064。】
朝朗 宇治川霧 絕絕に 顯渡る 瀨瀨網代木
黎明早朝時 宇治川霧漸見晴 斷續且斷續 漸而現出顯分明 瀨瀨之間網代木
中納言 藤原定賴
0421 堀河院御時、百首歌奉りける時、鷹狩之心を詠める
矢形尾の 真白鷹を 引据て 宇陀鳥立を 狩暮しつる
藤原仲實朝臣
0422 【○承前。堀河院御時,奉百首歌之際,詠鷹狩之趣。】
降雪に 行方も見えず 鷂鷹の 尾房鈴の 音許して
隆源法師
0423 【○承前。堀河院御時,奉百首歌之際,詠鷹狩之趣。】
夕間暮 山片付きて 立つ鳥の 羽音に鷹を 放せつる哉
源俊賴朝臣
0424 傅大納言道綱家歌合に、千鳥を詠める
妹許と 佐保川邊を 我が行けば 小夜か更けぬる 千鳥鳴く也
藤原長能
0425 千鳥を詠める
須磨關 有明空に 鳴く千鳥 傾く月や 汝も悲しや
皇太后宮大夫 藤原俊成
0426 【○承前。詠千鳥。】
岩越ゆる 荒磯浪に 立つ千鳥 心為らずや 浦傳ふらむ
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0426b 【○承前。詠千鳥。異本歌。】
曉に 成りやしぬらむ 月影の 清川原に 千鳥鳴く也
右大臣 藤原實定
0427 【○承前。詠千鳥。】
霜さへて 小夜も長井の 浦寒み 明遣らずとや 千鳥鳴くらむ
法印靜賢
0428 【○承前。詠千鳥。】
霜枯の 難波蘆の 仄仄と 明くる湊に 千鳥鳴く也
賀茂成保
0429 水鳥を詠める
互身にや 上毛霜を 拂ふらむ 共寢鴛の 諸聲に鳴く
源親房
0430 題不知
水鳥を 水上とや 餘所に見む 我も憂きたる 世を過しつつ
紫式部
0431 堀河院御時、百首歌奉りける時、詠める
水鳥の 玉藻床の 浮枕 深思は 誰か勝れる
前中納言 大江匡房
0432 百首歌召しける時、詠ませ賜うける
此頃の 鴛鴦浮寢ぞ 哀なる 上毛霜よ 下冰よ
崇德院御製
0433 【○承前。召百首歌時,賜詠。】
難波潟 入江を迴る 葦鴨の 玉藻舟に 浮寐すらしも
左京大夫 藤原顯輔
0434 冰始結と言へる心を詠める
鴛鳥の 浮寐床や 荒ぬらむ 冰柱居にける 昆陽池水
權中納言 藤原經房
0435 水鳥歌とて詠める
鴨居る 入江葦は 霜枯て 己のみこそ 青葉也けれ
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0436 【○承前。詠水鳥歌。】
置霜を 拂兼ねてや 萎伏す 勝見が下に 鴛鳴くらむ
賀茂重保
0437 月前水鳥と言へる心を詠める
葦鴨の 多集入江の 月影は 冰ぞ浪の 數に碎くる
前左衛門督 藤原公光
0438 冬月と言へる心を詠める
夜を重ね 結ぶ冰の 下にさへ 心深くも 澄める月哉
平實重
0439 冰歌とて詠める
何處にか 月は光を 留むらむ 宿し水も 冰居にけり
左大辨 平親宗
0440 【○承前。詠冰歌。】
冬來れば 行くてに人は 汲まねども 冰ぞ掬ぶ 山井水
藤原成家朝臣
0441 【○承前。詠冰歌。】
月澄む 空には雲も 無かりけり 映りし水は 冰隔てて
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0442 百首歌召しける時、冰歌とて詠ませ給うける
冰柱居て 磨ける影の 見ゆる哉 誠に今や 玉川水
崇德院御製
0443 【○承前。召百首歌時,詠冰歌。】
月冴ゆる 冰上に 霰降り 心碎くる 玉川里
皇太后宮大夫 藤原俊成
0444 閑居聞霰と言へる心を詠侍ける
冴ゆる夜の 槙板屋の 獨寢に 心碎けと 霰降る也
左近中將 藤原良經
0445 山家雪朝と言へる心を詠める
朝戶開けて 見るぞ寂しき 片岡の 楢廣葉に 降れる白雪
大納言 源經信
0446 百首歌中に、雪歌とて詠ませ賜うける
夜を籠めて 谷扉に 風寒み 豫ねてぞ著き 嶺初雪
崇德院御製
0447 【○承前。百首歌中,賜詠雪歌。】
冴渡る 夜半景色に 深山邊の 雪深さを 空に知る哉
藤原季通朝臣
0448 【○承前。百首歌中,賜詠雪歌。】
消ゆるをや 都人は 惜むらむ 今朝山里に 拂ふ白雪
藤原清輔朝臣
0449 雪歌とて詠める
霜枯の 籬內の 雪見れば 菊より後の 花も有けり
藤原資隆朝臣
0450 題不知
譬へても 言はむ方無し 月影に 薄雲懸けて 降れる白雪
仁和寺後入道法親王覺性 本仁親王
0451 【○承前。無題。】
深山道は 且降る雪に 埋れて 如何でか駒の 跡を尋ねむ
前參議 藤原教長
0452 京極前太政大臣高陽院家歌合に、雪歌とて詠侍ける
押並て 山白雪 積れども 著きは越の 高嶺也けり
治部卿 藤原通俊
0453 【○承前。於京極前太政大臣高陽院家歌合,侍詠雪歌。】
外山には 柴下葉も 散果て 遠方高嶺に 雪降りにけり
藤原顯綱朝臣
0454 【○承前。於京極前太政大臣高陽院家歌合,侍詠雪歌。】
降雪に 谷之懸橋 埋れて 梢ぞ冬の 山道也ける
源俊賴朝臣
0455 殿上人百首歌奉りける時、雪歌とて詠ませ賜うける
雪積る 峰に吹雪や 渡るらむ 越のみ空に 迷ふ白雲
二條院御製
0456 遍照寺にて、池邊雪と言へる心を詠侍ける
浪掛けば 汀雪も 消えなまし 心有ても 冰る池哉
仁和寺二品法親王覺性 本仁親王
0457 雪歌とて詠侍ける
山里の 垣根は雪に 埋れて 野邊と一つに 成にける哉
右大臣 藤原實定
0458 【○承前。侍詠雪歌。】
跡も絕え 枝折も雪に 埋れて 歸る山道に 迷ひぬる哉
右近大將 藤原實房
0459 【○承前。侍詠雪歌。】
越兼ねて 今ぞ越路へ 歸る山 雪降る時の 名にこそ有けれ
從三位 源賴政
0460 【○承前。侍詠雪歌。】
浪間より 見えし景色ぞ 變りぬる 雪降りにけり 松が浦島
顯昭法師
0461 攝政、右大臣に侍ける時、百首歌詠ませ侍ける時、雪歌とて詠侍ける
吹雪する 長柄山を 見渡せば 尾上を越ゆる 志賀浦浪
藤原良清
0462 醍醐清瀧社に、歌合し侍ける時
降雪に 軒端竹も 埋もれて 友こそ無けれ 冬山里
佚名
0463 行路雪と言へる心を詠める
駒跡は 且降る雪に 埋れて 遲るる人や 道惑ふらむ
西住法師
0464 題不知
吳竹の 折伏す音の 無かり為ば 夜深雪を 如何で知らまし
坂上明兼
0465 雪歌とて詠める
真柴苅る 小野細道 跡絕えて 深くも雪の 成りにける哉
藤原為季
0466 【○承前。詠雪歌。】
雪降れば 木木之梢も 咲初むる 枝より他の 花も散りけり
俊惠法師
0467 關路滿雪と言へる心を詠侍ける
降る儘に 跡絕えぬれば 鈴鹿山 雪こそ關の 鎖成りけれ
內大臣 藤原良通
0468 歲中梅花咲を見て詠侍ける
山里の 垣根梅は 咲きにけり 斯許こそは 春も匂はめ
天臺座主明快
0469 雪中歳暮と言へる心を詠侍ける
搔暗し 越路も見えず 降雪に 如何でか年の 歸行くらむ
前大納言 藤原實長
0470 籠居て侍ける歲暮に詠める
然りともと 歎歎て 過しつる 年も今宵に 暮果にけり
前左衞門督 藤原公光
0471 歲暮之心を詠める
哀にも 暮行く年の 日數哉 歸らむ事は 夜間と思ふに
相模
0472 歳暮述懷と言へる心を詠める
數為らぬ 身には積らぬ 年為らば 今日暮をも 歎かざらまし
惟宗廣言
0473 【○承前。詠歳暮述懷之趣。】
惜めども 儚暮れて 行年の 忍ぶ昔に 返らましかば
源光行
0474 歳暮之心を詠侍ける
一年は 儚夢の 心地して 暮ぬる今日ぞ 驚かれぬる
前律師俊宗
0475 落餝して後、大原に籠居て侍けるに、閑中歳暮と言へる心を上人共詠侍けるに詠侍ける時、詠める
都にて 送迎ふと 急ぎしを 知りてや年の 今日は暮れなむ
民部卿 平親範