0302 題不知
遙なる 唐土迄も 行く物は 秋寢覺の 心也けり
大貳三位 藤原賢子
0303 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める
山里は 寂しかりけり 木枯の 吹く夕暮の 蜩聲
藤原仲實朝臣
0304 崇德院に百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
秋夜は 松を拂はぬ 風だにも 悲しき琴の 音を立てずやは
藤原季通朝臣
0305 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時、家歌合に、野風と言へる心を詠める
露寒み 末枯持てく 秋野に 寂しくも有る 風音哉
藤原時昌
0306 承曆二年內裏歌合に詠める
夕去れば 小野萩原 吹風に 寂しくも有るか 鹿鳴くなる
藤原正家朝臣
0307 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める
御室山 下す嵐の 寂しきに 妻喚ぶ鹿の 聲伉ふ也
二條太皇太后宮肥後
0308 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際所詠。】
杣方に 道や惑へる 小壯鹿の 妻問聲の 繁くも有哉
大納言 藤原公實
0309 題不知
秋夜は 同尾上に 鳴鹿の 更行く儘に 近く為哉
輔仁御子 輔仁親王
0310 田上山里にて鹿鳴くを聞きて詠侍ける
小壯鹿の 鳴音は野邊に 聞ゆれど 淚は床の 物にぞ有ける
源俊賴朝臣
0311 百首歌奉りける時、詠める
然らぬだに 夕寂しき 山里の 霧籬に 牡鹿鳴く也
待賢門院堀川
0312 夜泊鹿と云ふ心を詠める
湊川 浮寢床に 聞ゆ也 生田奧の 小壯鹿聲
刑部卿 藤原範兼
0313 【○承前。詠夜泊鹿之趣。】
浮寢する 豬名湊に 聞ゆなり 鹿音降す 峯松風
藤原隆信朝臣
0314 【○承前。詠夜泊鹿之趣。】
夜を籠めて 明石瀨戶を 漕出れば 遙に送る 小壯鹿聲
俊惠法師
0315 【○承前。詠夜泊鹿之趣。】
湊川 夜船漕出る 追風に 鹿聲さへ 瀨戶渡る也
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0316 鹿聲兩方と云へる心を詠める
宮城野の 小萩原を 行く程は 鹿音をさへ 別けて聞く哉
覺延法師
0317 鹿歌とて詠める
小壯鹿の 妻喚聲も 如何為れや 夕は別きて 悲しかるらむ
左京大夫 藤原脩範
0318 【○承前。詠鹿歌。】
聞く僅に 片敷く袖の 濡るる哉 鹿聲には 露や添ふらむ
右京大夫 藤原季能
0319 【○承前。詠鹿歌。】
山里の 曉方の 鹿音は 夜半哀の 限也けり
法印慈圓
0320 【○承前。詠鹿歌。】
餘所にだに 身に沁む暮の 鹿音を 如何為る妻か 由緣無かるらむ
俊惠法師
0321 【○承前。詠鹿歌。】
夕間暮 偖もや秋は 悲しきと 鹿音聞かぬ 人に問はばや
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0322 【○承前。詠鹿歌。】
常よりも 秋夕を 哀とは 鹿音にてや 思始めけむ
賀茂政平
0323 【○承前。詠鹿歌。】
寂しさを 何に譬へむ 牡鹿鳴く 深山里の 明方空
惟宗廣言
0324 【○承前。詠鹿歌。】
如何許 露氣卦るらむ 小壯鹿の 妻戀兼1ぬる 小野草臥し
長覺法師
0325 【○承前。詠鹿歌。】
尾上より 門田に通ふ 秋風に 稻葉を渡る 小壯鹿聲
寂蓮法師
0326 題不知
驚かす 音こそ夜の 小山田は 人無きよりも 寂しかりけれ
佚名
0327 【○承前。無題。】
我が門の 奥手引板に 驚きて 室苅田に 鴫ぞ立つなる
源兼昌
0328 【○承前。無題。】
蟲音は 淺茅が本に 埋れて 秋は末葉の 色にぞ有ける
寂蓮法師
0329 【○承前。無題。】
秋夜の 哀は誰も 知る物を 我のみと鳴く 蟋蟀哉
藤原兼宗朝臣
0330 蟲聲非一と云へる心を詠侍ける
樣樣の 淺茅原の 蟲音を 哀一つに 聞きぞ為しつる
左近中將 藤原良經
0331 百首歌奉りける時、詠侍ける
0332 蟋蟀近鳴きけるを詠ませ賜うける
秋深く 成りに蓋しな 蟋蟀 床邊に 聲聞ゆ也
花山院御製
0333 保延頃ほひ、身を恨むる百首歌詠侍けるに、蟲歌とて詠侍ける
然りともと 思心も 蟲音も 弱果てぬる 秋暮哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0334 題不知
蟲音も 稀に成行く 化野に 獨秋為る 月影哉
仁和寺道性法親王
0335 【○承前。無題。】
草も木も 秋末葉は 見え行くに 月こそ色は 變らざりけれ
式子內親王
0336 後冷泉院御時、九月十三夜月宴侍けるに詠侍ける
0337 十三夜之心を詠める
秋月 千千に心を 碎來て 今宵一夜に 耐へずも有哉
佚名
0338 月前擣衣と言へる心を
小夜更けて 砧音ぞ 弛むなる 月を見つつや 衣擣つらむ
仁和寺後入道法親王覺性
0339 堀川院御時、百首歌奉りける時、擣衣之心を詠侍ける
戀つつや 妹が擣つらむ 唐衣 砧音の 空に鳴る迄
大納言 藤原公實
0340 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際,詠擣衣之趣。】
松風の 音だに秋は 寂しきに 衣搗つ也 玉川里
源俊賴朝臣
0341 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際,詠擣衣之趣。】
誰が為に 如何に搗てばか 唐衣 千度八千度 聲恨むる
藤原基俊
0342 旅宿擣衣と言へる心を詠める
衣搗つ 音を聞くにぞ 知られぬる 里遠からぬ 草枕とは
俊盛法師
0343 霧歌とて詠める
夕霧や 秋哀を 籠めつらむ 別入る袖に 露置添ふ
法橋宗圓
0344 暮尋草花と言へる心を詠ませ給うける
秋深み 黃昏時の 蘭 匂ふは名告る 心地こそすれ
崇德院御製
0345 百首歌奉りける時、詠める
如何にして 岩間も見えぬ 夕霧に 戶無瀨筏 下ちて來つらむ
前參議 藤原親隆
0346 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時、家歌合に、殘菊を詠める
今朝見れば 然ながら霜を 戴きて 翁老行く 白菊花
藤原基俊
0347 月照菊花と言へる心を詠侍ける
白菊の 葉に置露に 宿らずば 花とぞ見まし 照らす月影
內大臣 藤原良通
0348 籬菊如雪と言へる心を詠侍ける
雪為らば 籬にのみは 積らじと 思解くにぞ 白菊花
前大僧正行慶
0349 菊歌とて詠める
朝な朝な 籬菊の 移へば 露さへ色の 變行く哉
祐盛法師
0350 百首歌詠侍ける時、菊歌とて詠める
冴渡る 光を霜に 紛へてや 月に移ふ 白菊花
藤原家隆
0351 崇德院に百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
事事に 悲しかりけり 宜しこそ 秋心を 愁と言ひけれ
藤原季通
0352 瞻西上人雲居寺にて結緣經後宴に歌合し侍けるに、野風之心を詠める
秋に堪へず 然こそは葛の 色付かめ 大恨めしの 風景色や
藤原基俊
0353 紅葉之心を詠侍ける
初時雨 降る程も無く 細枝結ふ 葛城山は 色付きにけり
仁和寺後入道法親王覺性
0354 【○承前。侍詠紅葉之趣。】
叢雲の 時雨れて染むる 紅葉は 薄く濃くこそ 色も見えけれ
覺延法師
0355 秋歌とて詠める
時雨行く 四方梢の 色よりも 秋は夕の 變る也けり
藤原定家
0356 題不知
朧氣の 色とや人の 思ふらむ 小倉山を 照す紅葉
道命法師
0357 宇治前太政大臣、紅葉見侍けるに詠める
君見むと 心やしけむ 龍田姬 紅葉錦 色を盡くせり
小辨
0358 紅葉留客と言へる心を詠める
故鄉に 訪人有らば 紅葉の 散りなむ後を 待てと答へよ
素意法師
0359 歌合し侍ける時、紅葉歌とて詠める
山姫に 千重錦を 手向けても 散る紅葉を 如何で留めむ
左京大夫 藤原顯輔
0360 月照紅葉と言へる心を殿上人仕奉ける時、詠ませ賜うける
紅葉に 月光を 射添へて 茲や赤地の 錦為るらむ
院御製 後白河院
0361 嘉應二年法住寺殿殿上歌合に、關路落葉と言へる心を詠侍ける
山颪に 浦傳ひする 紅葉哉 如何はすべき 須磨關守
右大臣 藤原實定
0362 【○承前。於嘉應二年法住寺殿殿上歌合,侍詠關路落葉之趣。】
清見潟 關に止らで 行舟は 嵐誘ふ 木葉也けり
大納言 藤原實房
0363 【○承前。於嘉應二年法住寺殿殿上歌合,侍詠關路落葉之趣。】
紅葉を 關守る神に 手向置きて 逢坂山を 過ぐる木枯
權中納言 藤原實守
0364 【○承前。於嘉應二年法住寺殿殿上歌合,侍詠關路落葉之趣。】
紅葉の 咸紅に 散敷けば 名のみ成りけり 白河關
左大辨 平親宗
0365 【○承前。於嘉應二年法住寺殿殿上歌合,侍詠關路落葉之趣。】
都には 未だ青葉にて 見しかども 紅葉散敷く 白河關
從三位 源賴政
0366 湖上落葉と言へる心を詠める
碎浪や 比良高嶺の 山颪に 紅葉を湖の 物と為しつる
刑部卿 藤原範兼
0367 百首歌奉りける時、詠める
龍田山 松叢立 無かり為ば 何處か殘る 綠為らまし
藤原清輔朝臣
0368 題不知
秋と云へば 岩田小野の 柞原 時雨も待たず 紅葉しにけり
覺盛法師
0369 近衛院御時、禁庭落葉と言へる心を詠める
庭面に 散りて積れる 紅葉は 九重に敷く 錦也けり
藤原公重朝臣
0370 大井河に紅葉見に罷りて詠める
今日見れば 嵐山は 大井川 紅葉吹颪す 名にこそ有けれ
俊惠法師
0371 【○承前。罷大井河翫紅葉而詠。】
大井河 流れて落つる 紅葉哉 誘ふは峯の 嵐のみかは
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0372 百首歌中に、紅葉を詠める
今ぞ知る 手向山は 紅葉の 幣と散交ふ 名にこそ有けれ
藤原清輔朝臣
0373 落葉之心を詠める
龍田山 麓里は 遠けれど 嵐傳に 紅葉をぞ見る
祝部成仲
0374 【○承前。詠落葉之趣。】
吹亂る 柞原を 見渡せば 色無き風も 紅葉しにけり
賀茂成保
0375 松間紅葉と言へる心を詠める
色變ぬ 松吹く風の 音はして 散るは柞の 紅葉也けり
藤原朝仲
0376 故鄉落葉と言へる心を詠める
故鄉の 庭は木葉に 色變へて 變らぬ松ぞ 綠也ける
惟宗廣言
0377 題不知
散積る 木葉も風に 誘はれて 庭にも秋の 暮にける哉
法橋慈辨
0378 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める
秋田に 紅葉散りける 山里を 事も疎かに 思ひける哉
源俊賴朝臣
0379 百首歌詠ませ侍ける時、紅葉歌とて詠侍ける
散掛る 谷小川の 色付けば 木葉や水の 時雨為るらむ
攝政前右大臣 藤原兼實
0380 落葉浮水と言へる心を詠侍ける
暮れて行く 秋をば水や 誘ふらむ 紅葉流れぬ 山川ぞ無き
後三條內大臣 藤原公教
0381 百首歌めしける時、九月盡之心を詠ませ賜うける
紅葉の 散行く方を 尋ぬれば 秋も嵐の 聲のみぞする
崇德院御製
0382 山寺秋暮と言へる心を詠侍ける
然らぬだに 心細きを 山里の 鐘さへ秋の 暮を告ぐ也
前大僧正覺忠
0383 雲居寺の結緣經後宴に、歌合し侍けるに、九月盡之心を詠侍ける
唐錦 幣に立持て 行秋も 今日や手向の 山路越ゆらむ
瞻西上人
0384 【○承前。侍歌合於雲居寺結緣經後宴,詠九月晦之趣。】
明けぬとも 猶秋風は 訪れて 野邊景色よ 面變りす莫
源俊賴朝臣
0385 承曆二年內裏歌合に、紅葉を詠める
龍田山 散る紅葉を 來て見れば 秋は麓に 歸る也けり
前中納言 大江匡房
0386 百首歌奉りける時、九月盡之心を詠める
今宵迄 秋は限れと 定めける 神代も更に 恨めしき哉
花薗左大臣家小大進