0226 秋立日、詠侍ける
秋來ぬと 聞きつるからに 我が宿の 荻葉風の 吹變るらむ
侍從乳母
0227 【○承前。侍詠立秋日。】
淺茅生の 露けくも有か 秋來ぬと 目には清かに 見えける物を
二品仁和寺法親王【釋守覺。】
0228 百首歌奉りける時、秋立つ心を詠める
秋來る 氣色森の 下風に 立添ふ物は 哀也けり
待賢門院堀河
0229 初秋之心を詠める
八重葎 鎖籠りにし 蓬生に 如何でか秋の 別けて來つらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0230 【○承前。詠初秋之趣。】
秋は來ぬ 年も半場に 過ぎぬとや 荻吹く風の 驚かすらむ
寂然法師
0231 【○承前。詠初秋之趣。】
木葉だに 色付く程は 有る物を 秋風吹けば 散る淚哉
佚名
0232 社頭立秋と言へる心を詠める
神山の 松吹風も 今日よりは 色は變らで 音ぞ身に沁む
賀茂重政
0233 郁芳門院前栽合に、荻を詠める
物每に 秋景色は 知るけれど 先づ身に沁むは 荻上風
大藏卿 源行宗
0234 初秋之心を詠める
秋風や 淚催す 端為らむ 訪れしより 袖乾かぬ
源俊賴朝臣
0235 七夕之心を詠める
七夕の 心中や 如何為らむ 待來し今日の 夕暮空
攝政前右大臣 藤原兼實
0236 百首歌奉りける時、七夕之心を詠める
七夕の 天津領巾吹く 秋風に 八十船津を 御船出らし
大納言 藤原隆季
0237 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠侍ける
七夕の 天羽衣 重ねても 飽かぬ契や 猶結ぶらむ
二條太皇太后宮肥後
0238 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際侍詠。】
戀戀て 今宵許や 七夕の 枕に塵の 積らざるらむ
前齋宮河內
0239 七夕之心を詠める
七夕の 天川原の 岩枕 交しも果てず 明けぬ此夜は
源俊賴朝臣
0240 百首歌中に七夕之心を詠ませ賜うける
七夕に 花染衣 褪貸せば 曉露の 返す也けり
崇德院御製
0241 七夕後朝之心を詠侍ける
天川 心を汲みて 思ふにも 袖こそ濡るれ 曉空
土御門右大臣 源師房
0242 堀川院御時、百首歌奉りける時、刈萱を詠侍ける
秋來れば 思亂るる 苅萱の 下葉や人の 心為るらむ
大納言 源師賴
0243 題不知
押並て 草葉上を 吹風に 先下折るる 野邊苅萱
延久三親王親王家甲斐
0244 雲居寺瞻西上人房にて歌合し侍ける時、詠める
踏拉き 朝行く鹿や 過ぬらむ 凌亂に見ゆる 野路苅萱
藤原道經
0245 草花告秋と言へる心を詠める
秋來ぬと 風も告げてし 山里に 猶仄めかす 花薄哉
法印靜賢
0246 題不知
如何為れば 上葉を渡る 秋風に 下折れぬらむ 野邊苅萱
佚名
0247 【○承前。無題。】
人欲得 見せも聞かせも 萩花 咲く夕曀の 蜩聲
和泉式部
0248 【○承前。無題。】
秋山の 麓を領る 家居には 裾野萩ぞ 籬也けり
藤原伊家
0249 【○承前。無題。】
宮城野の 萩や牡鹿の 妻為らむ 花咲きしより 聲色成る
藤原基俊
0250 【○承前。無題。】
心をば 千草色に 染むれども 袖に移るは 萩が花摺
長覺法師
0251 堀河院御時、百首歌奉りける時、詠侍ける
露繁き 朝原の 女郎花 一枝折らむ 袖は濡るとも
大納言 源師賴
0252 法性寺入道前太政大臣家にて、女郎花隨風と言へる心を詠める
女郎花 靡くを見れば 秋風の 吹來る末も 懷かしき哉
前中納言 源雅兼
0253 歎く事侍ける時、女郎花を見て詠侍ける
女郎花 淚に露や 置添ふる 手折れば甚 袖萎るる
前左衞門督 藤原公光
0254 題不知
吹風に 折伏しぬれば 女郎花 籬ぞ花の 枕也ける
藤原行家
0255 攝政前右大臣家にて歌合し侍ける時、野徑秋夕と言へる心を詠める
夕去れば 萱が茂みに 鳴交す 蟲音をさへ 分けつつぞ行く
藤原盛方朝臣
0256 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める
樣樣に 心ぞ留る 宮城野の 花之色色 蟲之聲聲
源俊賴朝臣
0257 野花留客と言へる心を詠める
秋來れば 宿に留るを 旅寢にて 野邊こそ常の 住處也けれ
源俊賴朝臣
0258 百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
野分する 野邊景色を 見る時は 心無き人 有らじとぞ思ふ
藤原季通朝臣
0259 【○承前。奉百首歌時,詠秋歌。】
夕去れば 野邊秋風 身に沁みて 鶉鳴くなり 深草里
皇太后宮大夫 藤原俊成
0260 題不知
何と無く 物ぞ悲しき 菅原や 伏見里の 秋夕暮
源俊賴朝臣
0261 家に百首歌詠ませ侍ける時、草花歌とて詠侍ける
樣樣の 花をば宿に 移し植ゑつ 鹿音誘へ 野邊秋風
攝政前右大臣 藤原兼實
0262 野花露と言へる心を詠侍ける
秋野の 千草色に 移へば 花ぞ卻りて 露を染めける
二品仁和寺法親王【釋守覺】
0263 題不知
草木迄 秋哀を 忍べばや 野にも山にも 露零るらむ
法印慈圓
0264 崇德院に百首歌奉りける時、詠める
儚さを 我が身上に 比れば 袂に懸かる 秋夕露
待賢門院堀川
0265 【○承前。奉百首歌於崇德院時所詠。】
龍田姫 髻首玉の 緒を弱み 亂れにけりと 見ゆる白露
藤原清輔朝臣
0266 題不知
夕間暮 荻吹く風の 音聞けば 袂よりこそ 露は零るれ
藤原季經朝臣
0267 【○承前。無題。】
大方の 露には何の 成る為らむ 袂に置くは 淚也けり
圓位法師
0268 法輪寺に詣けるに、嵯峨野之花を見て詠侍ける
花薄 招くは性と 知りながら 留まる物は 心也けり
道命法師
0269 久しく住まず侍ける所に、秋頃罷渡りて詠侍ける
時しも有れ 秋故鄉に 來て見れば 庭は野邊共 成りにける哉
前大納言 藤原公任
0270 住侍ける山里を、暫し外に侍りて歸りたりけるに、前栽甚萎れたりければ詠める
宿離れて 幾日も有らぬに 鹿鳴く 秋野邊共 成にける哉
小辨
0271 思野花と言へる心を詠める
今はしも 穗に出ぬらむ 東路の 岩田小野の 篠小薄
藤原伊家
0272 秋歌とて詠侍ける
夕去れば 小野淺茅生 玉散りて 心碎くる 風音哉
攝政前右大臣 藤原兼實
0273 【○承前。侍詠秋歌。】
常磐為る 青葉山も 秋來れば 色こそ變へね 寂しかりけり
前大僧正覺忠
0274 月歌數多詠侍ける時、詠侍ける
秋夜の 心を盡す 始めとて 髣髴に見ゆる 夕月夜哉
權大納言 藤原實家
0275 月歌三十首詠ませ侍ける時、詠侍ける
秋月 高嶺雲の 彼方にて 晴行く空の 暮るる待ちけり
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0276 堀川院御時、百首歌奉りける時、詠める 【○金葉集三奏本0179。】
木枯の 雲吹拂ふ 高嶺より 冴えても月の 澄昇る哉
源俊賴朝臣
0277 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際所詠。】
何處にも 月は別じを 如何為れば 清けかるらむ 更級山
隆源法師
0278 攝政前右大臣家に百首歌詠ませ侍ける時、月歌とて詠める
出でぬより 月見よとこそ 冴えにけれ 姨捨山の 夕暮空
藤原隆信朝臣
0279 月歌とて詠侍ける
雲も無き 御空に秋の 月澄めば 庭には冬の 冰をぞ敷く
重家家歌合俊成判詞:「銀漢雲盡,秋月澄澄。沙庭霜凝,冬冰凜凜。見其文體,已似詩篇。心匠之至,尤可翫之。」
前中納言 源雅賴
0280 皇太后宮大夫俊成十首歌詠侍ける時、詠みて遣はしける
月見れば 遙に思ふ 更級の 山も心の 中にぞ有ける
右大臣 藤原實定
0281 權中納言俊忠の桂家にて、水上月と言へる心を詠める
明日も來む 野路玉川 萩越えて 色なる浪に 月宿りけり
源俊賴朝臣
0282 百首歌召しける時、月歌とて詠ませ賜うける
玉寄する 浦迴風に 空晴て 光をかはす 秋夜月
崇德院御製
0283 【○承前。召百首歌時,詠月歌。】
0284 【○承前。召百首歌時,詠月歌。】
石走る 瀧白玉 數見えて 清瀧川に 澄める月影
皇太后宮大夫 藤原俊成
0285 【○承前。召百首歌時,詠月歌。】
鹽竈の 浦吹く風に 霧晴て 八十島掛けて 澄める月影
藤原清輔朝臣
0286 法性寺入道前太政大臣、內大臣に侍ける時、月每秋友と言へる心を詠ませ侍ける時、詠める
思隈 無くても年の 經ぬる哉 物言交はせ 秋夜月
源俊賴朝臣
0287 題不知
山端に 真澄鏡 懸けたりと 見ゆるは月の 出る也けり
藤原基俊
0288 【○承前。無題。】
秋夜や 天川瀨は 冰るらむ 月光の 冴增さる哉
藤原道經
0289 法性寺入道前太政大臣家にて、月歌詠ませ侍ける時、詠める
遠離る 音は為ねども 月清み 冰と見ゆる 志賀浦浪
太宰大貳 藤原重家
0290 百首歌詠侍ける時、月歌とて詠侍ける
常よりも 身にぞ沁みける 秋野に 月澄む夜半の 荻之上風
右衛門督 藤原賴實
0291 海邊月と言へる心を詠める
眺遣る 心果ぞ 無かりける 明石沖に 澄める月影
俊惠法師
0292 賀茂社後番歌合とて、神主重保歌詠ませ侍ける時、詠める
八百日逝く 濱真砂を 敷變へて 玉に作しつる 秋夜月
權中納言 藤原長方
0293 【○承前。賀茂社後番歌合,神主重保令訟歌時所詠。】
石間行く 御手洗川の 音冴えて 月や結ばぬ 冰為るらむ
藤原公時朝臣
0294 湖上月と言へる心を詠める
月影は 消えぬ冰と 見えながら 碎浪寄する 志賀唐崎
藤原顯家朝臣
0295 月前蟲と言へる心を詠める
照月の 影冴えぬれば 淺茅原 雪下にも 蟲は鳴く也
賴圓法師
0296 月照草露と言へる心を詠める
淺茅原 葉末に結ぶ 露每に 光を別けて 宿る月哉
藤原親盛
0297 題不知
更けにける 我世秋ぞ 哀為る 傾く月は 復も出なむ
藤原清輔朝臣
0298 【○承前。無題。】
身憂さの 秋は忘るる 物為らば 淚曇らで 月は見てまし
刑部卿 藤原賴輔
0299 【○承前。無題。】
大方の 秋哀を 思遣れ 月に心は 在所離れぬとも
紫式部
0300 【○承前。無題。】
類無く 辛しとぞ思ふ 秋夜の 月を殘して 明くる東雲
前大納言 藤原成通
0301 法性寺入道前太政大臣家にて、澗底月と言へる心を詠侍ける
照月の 旅寐床や 楉結ふ 葛城山の 谷川水
源俊賴朝臣