0136 堀川院御時、百首歌奉りける時、更衣之心を詠侍ける
夏衣 花袂に 褪換へて 春形見も 止らざりけり
前中納言 大江匡房
0137 【○承前。堀川院御時,奉百首歌之際,詠更衣之趣。】
今朝替ふる 蟬羽衣 著て見れば 袂に夏は 立つにぞ有ける
藤原基俊
0138 崇德院に百首歌奉りける時、夏始之歌とて詠める
飽かで行く 春別に 古の 人や憂月と 言始めけむ
藤原實清朝臣
0139 卯花を詠める
斑斑に 咲ける垣根の 卯花は 木間月の 心地こそすれ
左京大夫 藤原顯輔
0140 暮見卯花と言へる心を詠侍ける
夕月夜 仄めく影も 卯花の 咲ける垣根は 清けかりけり
右近大將 藤原實房
0141 卯花之歌とて詠侍ける
玉川と 音に聞きしは 卯花を 露飾れる 名にこそ有けれ
仁和寺後入道法親王 覺性法親王
0142 白河院、鳥羽殿に御座しましける時、殿上人歌合し侍けるに、卯花を詠める
見で過ぐる 人し無ければ 卯花の 咲ける垣根や 白河關
藤原季通朝臣
0143 遠村卯花と言へる心を詠める
卯花の 餘所目也けり 山里の 垣根許に 降れる白雪
賀茂政平
0144 卯花藏宅と言へる心を詠める
卯花の 垣根とのみや 思はまし 賤伏屋に 煙立たずは
藤原敦經朝臣
0145 山里に此彼罷りて歌詠侍けるに、野草を詠める
燒捨てし 古野小野の 真葛原 玉卷く許 成りにける哉
藤原定通
0146 堀河院御時、百首歌奉りける時、葵を詠める
葵草 照日は神の 心かは 影射す方に 先靡くらむ
藤原基俊
0147 賀茂齋院下賜ひて後、祭御阿禮之日、人の葵を奉侍けるに書附けられて侍ける
神山の 麓に親し 葵草 引別れても 年ぞ經にける
前齋院式子內親王
0148 仁和寺御子許にて、郭公歌五首詠侍ける時、詠める
郭公 待つは久しき 夏夜を 寢ぬに明けぬと 誰か言ひけむ
按察使 藤原公通
0149 修理大夫顯季歌合し侍けるに、郭公を詠める
二聲と 聞かでや止まむ 敦公 待つに寢ぬ夜の 數は積りて
藤原道經
0150 郭公歌とて詠める
時鳥 忍ぶる程は 山彥の 答ふる聲も 髣髴にぞする
賀茂重保
0151 山寺に籠りて侍けるに、郭公鳴かざりければ詠める
怪しきは 待人からか 郭公 鳴かぬにさへも 濡るる袖哉
道命法師
0152 題不知
寢覺する 便に聞けば 郭公 辛き人をも 待つべかりけり
康資王母
0153 【○承前。無題。】
郭公 又もや鳴くと 待たれつつ 聞く夜しもこそ 寢られざりけれ
刑部卿 藤原賴輔母
0154 【○承前。無題。】
待たで聞く 人に訪はばや 時鳥 扨も初音や 嬉しかるらむ
覺盛法師
0155 崇德院に百首歌奉りける時、詠める
尋ねても 聞くべき者を 郭公 人賴めなる 夜半一聲
前參議 藤原教長
0156 遠聞郭公と云ふ心を
思遣る 心も盡きぬ 時鳥 雲幾重の 外に鳴くらむ
權大納言 藤原實家
0157 暮天郭公と言へる心を詠侍ける
時鳥 猶初聲を 忍山 夕居る雲の 其處に鳴くなり
仁和寺法親王【守覺】
0158 郭公歌とて詠める
風越しを 夕越來れば 郭公 麓雲の 其處に鳴く也
藤原清輔朝臣
0159 【○承前。詠郭公歌。】
一聲は 清に鳴きて 子規 雲路遙に 遠ざかる也
前右京權大夫 源賴政
0160 右大臣に侍ける時、家に百首歌詠ませ侍けるに郭公歌とて詠侍ける
思事 無き身為りせば 時鳥 夢に聞く夜も 在らまし物を
攝政前右大臣 藤原兼實
0161 曉聞郭公と言へる心を詠侍ける 【○百人一首0081。】
郭公 鳴きつる方を 眺むれば 唯有明の 月ぞ殘れる
郭公不如歸 今尋聞聲眺望者 不見啼鳥蹤 唯視有明天將曙 殘月掛空懸太虛
右大臣 藤原兼實
0162 郭公歌とて詠める
名殘無く 過ぎぬなる哉 郭公 去年語らひし 宿と知らずや
權大納言 藤原實國
0163 【○承前。詠郭公歌。】
夕月夜 入佐山の 木隱れに 髣髴に名告る 時鳥哉
權大納言 藤原宗家
0164 【○承前。詠郭公歌。】
郭公 聞きも判れぬ 一聲に 四方空をも 眺めつる哉
前左衛門督 藤原公光
0165 攝政右大臣時歌合に、郭公歌とて詠める
過ぎぬるか 夜半寐覺めの 郭公 聲は枕に 在る心地して
皇太后宮大夫 藤原俊成
0166 右大將實房、中將に侍ける時、十五首歌詠ませ侍けるに詠める
夜を重ね 寐ぬより外に 郭公 如何に待ちてか 二聲は鳴く
道因法師【俗名藤原敦賴。】
0167 郭公を詠める
心をぞ 盡し果てつる 時鳥 仄めく宵の 村雨空
權中納言 藤原長方
0168 久我內大臣家にて旅宿菖蒲と言へる心を詠める
都人 引莫盡しそ 菖蒲草 假寢床の 枕許は
前中納言 源雅賴
0169 菖蒲歌とて詠侍ける
五月雨に 濡れ濡れ引かむ 菖蒲草 沼岩垣 浪もこそ越せ
攝政前右大臣 藤原兼實
0170 【○承前。侍詠菖蒲歌。】
軒近く 今日しも來鳴く 郭公 音をや菖蒲に 添へて葺くらむ
內大臣 藤原良通
0171 後朱雀院御時、長久二年五月、一品內親王歌合に花橘を詠める
唯為らぬ 花橘の 匂哉 寄ふる袖は 誰と無けれど
枇杷殿皇太后宮五節
0172 題不知
風に散る 花橘に 袖染めて 我が思ふ妹が 手枕に為む
藤原基俊
0173 【○承前。無題。】
浮雲の 猶豫ふ宵の 村雨に 追風著く 匂ふ橘
藤原家基
0174 【○承前。無題。】
我宿の 花橘に 吹風を 誰が里よりと 垂眺むらむ
左大辨 平親宗
0175 花橘薰枕と言へる心を詠める
折りしもあれ 花橘の 薰哉 昔を見つる 夢枕に
藤原公衡朝臣
0176 百首歌召しける時、花橘歌とて詠ませ賜うける
五月雨に 花橘の 薰る夜は 月澄む秋も 然も有らば有れ
崇德院御製
0177 題不知
五月雨に 思ひこそ遣れ 古いにしへの 草庵の 夜半寂しさ
無品親王輔仁
0178 堀河院御時、百首歌奉りける時、五月雨歌とて詠める
甚しく 賤庵の 欝悒に 卯花腐し 五月雨ぞ降る
藤原基俊
0179 【○承前。堀河院御時,奉百首歌之際,詠五月雨歌。】
覺束無 何時か晴るべき 詫人の 思ふ心や 五月雨空
源俊賴朝臣
0180 中院入道右大臣、中將に侍ける時、歌合し侍けるに、五月雨歌とて詠める
五月雨に 淺澤沼の 花勝見 且見る儘に 隱行く哉
藤原顯仲朝臣
0181 崇德院に百首歌奉りける時、詠める
五月雨に 日數經ぬれば 苅積みし 賤屋小菅 朽やしぬらむ
左京大夫 藤原顯輔
0182 【○承前。奉百首歌於崇德院時所詠。】
梅雨に 水之水嵩 增るらし 澪幟も 見えず成行く
前參議 藤原親隆
0183 【○承前。奉百首歌於崇德院時所詠。】
五月雨は 炊藻煙 打溼り 汐垂增る 須磨浦人
皇太后宮大夫 藤原俊成
0184 【○承前。奉百首歌於崇德院時所詠。】
時しも有れ 水之水菰を 苅上げて 乾さで腐しつ 梅雨空
藤原清輔朝臣
0185 【○承前。奉百首歌於崇德院時所詠。】
五月雨は 海人藻鹽木 朽にけり 浦邊に煙 絕えて程經ぬ
待賢門院安藝
0186 攝政右大臣に侍ける時、百首歌詠ませ侍けるに、五月雨之心を詠める
五月雨に 室八島を 見渡為ば 煙は浪の 上よりぞ立つ
源行賴朝臣
0187 旅泊五月雨と言へる心を詠める
五月雨は 苫雫に 袖濡れて 甚切潮解けの 浪之浮寢や
源仲正
0188 月前郭公と言へる心を詠める
五月雨の 雲之絕間に 月冴えて 山郭公 空に鳴く也
賀茂成保
0189 雨中郭公と言へる心を詠侍ける
復返り 濡るとも來鳴け 時鳥 今幾かかは 五月雨空
按察使 源資賢
0190 關路郭公と言へる心を詠める
逢坂の 山郭公 名告る也 關守る神や 空に問ふらむ
中納言 源師時
0191 後一條院御時、八講に菩提樹院に參りて侍けるに、神樂岡にて郭公の鳴侍ければ詠める
古を 戀つつ獨 越來れば 鳴交ふ山の 時鳥哉
律師惠暹
0192 瞻西上人、雲居寺房にて未飽郭公と言へる心を詠侍ける
何どて如是 思初めけむ 郭公 雪御山の 法末かは
源俊賴朝臣
0193 堀川院御時、后宮にて、閏五月郭公と言へる心を詠める
五月闇 二村山の 郭公 峰繼鳴く 聲を聞哉
權中納言 藤原俊忠
0194 同御時、百首歌奉りける時、照射之心を詠侍ける
照射する 宮城原の 下露に 信夫捩摺 乾く夜ぞ無き
前中納言 大江匡房
0195 【○承前。同御時,奉百首歌之際,侍詠照射之心。】
五月闇 狹山峯に 灯火は 雲絕間の 星かとぞ見る
修理大夫 藤原顯季
0196 權中納言俊忠、中將に侍ける時、歌合し侍ける時、照射之歌とて詠める
五月闇 茂きは山に 立鹿は 照射にのみぞ 人に知らるる
藤原顯綱朝臣
0197 照射之歌とて詠める
灯しする 火串松も 消え無くに 外山雲の 明渡るらむ
大藏卿 源行宗
0198 【○承前。詠照射之歌。】
灯しする 火串松も 燃盡きて 歸るに迷ふ 下闇哉
源仲正
0199 【○承前。詠照射之歌。】
山深み 火串松は 盡きぬれど 鹿に思火を 猶掛くる哉
佚名
0200 【○承前。詠照射之歌。】
灯しする 火串を妻と 思へばや 逢見て鹿の 身をば代ふらむ
賀茂重保
0201 百首歌奉ける時、螢歌とて詠める
昔我が 集めし物を 思出て 見慣顏にも 來る螢哉
藤原季通朝臣
0202 題不知
哀にも 操に燃ゆる 螢哉 聲立てつべき 此世と思ふに
源俊賴朝臣
0203 【○承前。無題。】
漁為し 水之水錆に 閉ぢられて 菱浮葉に 蛙鳴く也
源俊賴朝臣
0204 水草隔舟と言へる心を詠侍ける
夏深み 玉江に茂る 葦葉の 戰ぐや船の 通ふなるらむ
法性寺入道前太政大臣 藤原忠通
0205 百首歌中に、鵜川之心を詠ませ賜うける
早瀨川 澪溯る 鵜飼舟 先此世にも 如何苦しき
崇德院御製
0206 撫子花盛なりけるを見て詠める
見るに猶 此世物と 覺えぬは 唐撫子の 花にぞ有ける
和泉式部
0207 松下逐凉と言へる心を詠侍ける
常夏の 花も忘れて 秋風を 松蔭にて 今日は暮ぬる
中務卿具平親王
0208 冰室を詠侍ける
春秋も 後形見は 無物を 冰室ぞ冬の 名殘ける
仁和寺後入道法親王覺性
0209 百首歌奉りける時、冰室歌とて詠侍ける
0210 題不知
山蔭や 岩漏る清水 音さえて 夏外為る 蜩聲
法印慈圓
0211 【○承前。無題。】
夕去れば 玉居る數も 見えねども 關小川の 音ぞ凉しき
藤原道經
0212 【○承前。無題。】
岩間漏る 清水を宿に 堰止めて 外より夏を 過ぐしつる哉
俊惠法師
0213 【○承前。無題。】
然らぬだに 光凉しき 夏夜の 月を清水に 宿しつる哉
顯昭法師
0214 泉邊納凉と言へる心を詠める
堰止むる 山下水に 水隱れて 住みける物を 秋景色は
法眼實快
0215 夏夜曉月と言へる心を詠める
我為がら 程無き夜やは 惜しからむ 猶山端に 有明月
藤原經家朝臣
0216 夏月を詠める
夏夜の 月光は 射し乍 如何に明けぬる 天戶為らむ
祝部成仲宿禰
0217 雨後月明と言へる心を詠める
夕立の 未晴遣らぬ 雲間より 同空とも 見えぬ月哉
俊惠法師
0218 小萩原 未花咲かぬ 宮城野の 鹿や今宵の 月に鳴くらむ
大宮前太政大臣家にて、夏月如秋と言へる心を詠める
藤原敦仲
0219 草花先秋と言へる心を詠める
夏衣 裾野原を 別行けば 折違へたる 萩花摺り
顯昭法師
0220 松風秋近と言へる心を詠める
秋風は 浪と共にや 越えぬらむ 夙涼しき 末松山
藤原親盛
0221 刑部卿賴輔歌合し侍けるに、納凉之心を詠侍ける
岩叩く 谷水のみ 訪れて 夏に知られぬ 深山邊里
前參議 藤原教長
0222 【○承前。侍刑部卿賴輔歌合時,詠納凉之趣。】
岩間より 落來る瀧の 白絲は 結ばで見るも 凉しかりけり
藤原盛方朝臣
0223 百首歌奉りける時、六月御祓を詠める
今日暮れば 麻立枝に 木綿懸けて 夏水無月の 祓をぞする
藤原季通朝臣
0224 【○承前。奉百首歌る時,詠六月御祓。】
何時とても 惜しくやは非ぬ 年月を 禊に捨つる 夏暮哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0225 六月御祓を詠める
禊する 川瀨に小夜や 更けぬらむ 翻る袂に 秋風ぞ吹く
佚名