齋宮女御集
(
さいぐうのにょうごしふ
)
藤原定家本
徽子女王
001
參給
(
まゐりたま
)
て
又日
(
またのひ
)
の御。
思
(
おも
)
へども
尚恠
(
なほあやし
)
きは
逢事
(
あふこと
)
の
無
(
な
)
かりし
(
)
昔
何思
(
なにおも
)
ひけむ
002
御返
(
おほかへ
)
し。
昔
(
むかし
)
とも
今
(
いま
)
とも
更
(
さら
)
に
思
(
おもほ
)
えず
覺束無
(
おぼつかな
)
さは
夢
(
ゆめ
)
にや
有
(
あ
)
るらむ
003
相知
(
あひし
)
れりける
人
(
ひと
)
の
物
(
もの
)
より
來
(
き
)
て、
菅
(
すげ
)
に
文越
(
ふみこ
)
さして、「
茲
(
これ
)
は
如何
(
いかがみ
)
る?」と
云
(
い
)
へりけるに
詠
(
よ
)
める。
白菅
(
しらすげ
)
の
真野萩原
(
まののはぎはら
)
行
(
ゆ
)
くさ
來
(
く
)
さ
君
(
きみ
)
こそ
(
)
みらめ
真野萩原
(
まののはぎはら
)
004
昇給
(
のほりたま
)
へと
有
(
あり
)
ける
夜
(
よ
)
、
惱
(
なやま
)
しと
聞給
(
きこえたま
)
ひて
參給
(
まゐりたま
)
はさりければ。御。
(
)
寢
(
ね
)
られねば
夢
(
ゆめ
)
にも
見
(
み
)
えず
春夜
(
はるのよ
)
を
明
(
あ
)
かし
兼
(
か
)
ねつる
身
(
み
)
こそ
辛
(
つら
)
けれ
005
御返
(
みかへ
)
し。
程
(
ほど
)
も
無
(
な
)
く
明
(
あ
)
くと
云
(
い
)
ふなる
春夜
(
はるのよ
)
を
夢
(
ゆめ
)
も
物憂
(
ものう
)
く
見
(
み
)
えぬなるらむ
006
諸共
(
もろども
)
に
御事引
(
おほむことひ
)
かせ給て、
其夜罷
(
そのよまか
)
て給ければ、
又日
(
またのひ
)
。御。
飽
(
あ
)
かざりし
事
(
こと
)
こそ
今
(
いま
)
も
忘
(
わす
)
られね
何時
(
いつ
)
しか
返
(
かへ
)
る
聲
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
かばや
007
御返
(
みかへ
)
し。
思出
(
おもひいづ
)
る
事
(
こと
)
は
後
(
のち
)
こそ
憂
(
う
)
かりけれ
返
(
かへ
)
らは
變
(
かは
)
る
聲
(
こゑ
)
や
聞得
(
きこえ
)
む
008 又、五月五日
今日
(
けふ
)
よりは
如何
(
いか
)
に。
聞給
(
きこえたま
)
へりけれは。
五月闇
(
さつきやみ
)
覺束無
(
おぼつかな
)
さの
甚增
(
いととま
)
さらむ
眺來
(
ながめく
)
る
空
(
そら
)
はさの
宮
(
みや
)
009
又
(
また
)
。御。
岩手掛
(
いはてか
)
く
思心
(
おもふこころ
)
を
郭公
(
ほととぎす
)
喚
(
よ
)
ぶ
如是鳴
(
かくな
)
きて
聞
(
き
)
かせやは
為
(
せ
)
ぬ
010
御返
(
みかへ
)
し。
物
(
もの
)
をこそ
岩手山
(
いはてのやま
)
の
郭公
(
ほととぎす
)
人知
(
ひとし
)
れぬ
音
(
ね
)
を
鳴
(
な
)
きつつぞ
經
(
ふ
)
る
011
六月晦
(
みなづきつごもり
)
に
給
(
たま
)
へる
御文
(
みふみ
)
に
付
(
つ
)
けて。
秋近
(
あきちか
)
く
野
(
の
)
は
成
(
な
)
りにけり
人心
(
ひとのこころ
)
の
012 と
聞給
(
きこえたま
)
へれば。
秋近
(
あきちか
)
く
成
(
な
)
るも
知
(
し
)
られず
夏野
(
なつのの
)
の
茂草
(
しげきくさ
)
はと
深
(
ふか
)
き
思
(
おもひ
)
は
013
御返
(
みかへ
)
し。
夏過
(
なつす
)
ぐる
野邊淺茅
(
のべのあさぢ
)
し
茂
(
しげ
)
ければ
露
(
つゆ
)
にも
掛
(
かか
)
る
物
(
もの
)
とこそ
聞
(
き
)
け
014
七月七日
(
たなばた
)
內
(
うち
)
の。御。
今宵
(
こよひ
)
さへ
餘所
(
よそ
)
にや
聞
(
き
)
かむ
我
(
わ
)
が
為
(
ため
)
の
天河原
(
あまのかはら
)
は
渡瀨
(
わたるせ
)
や
無
(
な
)
き
015
御返
(
みかへ
)
し。
天川
(
あまのかは
)
踏見
(
ふみみ
)
る
每
(
ごと
)
の
遙
(
はる
)
けきに
渡
(
わた
)
らぬ
瀨
(
せ
)
とも
成
(
な
)
るにやあるらむ
016
又
(
また
)
、
內
(
うち
)
の御。
長月
(
ながつき
)
の
有明月
(
ありあけのつき
)
は
過行
(
すぎゆ
)
けと
影
(
かけ
)
だに
見
(
み
)
えぬ
君
(
きみ
)
が
面
(
つら
)
さよ
017
御返
(
みかへ
)
し。
時雨行
(
しぐれゆ
)
く
空
(
そら
)
も
朧
(
おぼろ
)
に
覺束無
(
おぼつかな
)
掛離行
(
かけはなれゆ
)
く
程理無
(
ほどのわりな
)
さ
018
如是
(
かく
)
て
參給
(
まゐりたま
)
てさるべき
事有
(
ことあ
)
りて、
罷
(
まか
)
て
給
(
たまひ
)
にければ、とくたに
參
(
まゐ
)
らせ給へとて、
師走晦
(
しはすのつごもり
)
に
上
(
うへ
)
の御。
由緣無
(
つれもな
)
き
人驗
(
ひとのためし
)
は
甚
(
いとど
)
しく
年
(
とし
)
も
經立
(
へだつ
)
る
物
(
もの
)
に
去
(
さ
)
りける
019
返
(
かへ
)
し。
今幾日
(
いまいくか
)
有
(
あり
)
とも
見
(
み
)
えぬ
年
(
とし
)
よりも
老行
(
ふりゆ
)
く
身
(
み
)
こそ
悲
(
かな
)
しかりけれ
020
年返
(
としかへ
)
りて
正月
(
むつき
)
雪降
(
ゆきのふ
)
る
日
(
ひ
)
。
白雪
(
しらゆき
)
と
積
(
つも
)
れる
戀
(
こひ
)
の
恠
(
あやし
)
きは
今立
(
けふた
)
つ
春
(
はる
)
も
知
(
し
)
られざりけり
021
返
(
かへ
)
し。
甚春
(
いとはる
)
に
成
(
な
)
るだに
有
(
あ
)
るを
降雪
(
ふるゆき
)
の
心解
(
こころと
)
けすと
聞
(
き
)
くも
憂哉
(
うきかな
)
022 又、
子日指
(
ねのひさ
)
して
有
(
あり
)
ける
內
(
うち
)
の。
子日
(
ねのひ
)
には
如何
(
いか
)
に
為
(
せ
)
よとか
打延
(
うちは
)
へて
松
(
まつ
)
をも
知
(
し
)
らぬ
心
(
こころ
)
なるらむ
023
返
(
かへ
)
し。
春
(
はる
)
よりも
淺茅綠
(
あさぎみどり
)
の
色見
(
いろみ
)
れば
一入
(
ひとしほ
)
ますは
無名
(
なきな
)
なりけり
024
參給
(
まゐりたま
)
はむと
有
(
あり
)
ける
程
(
ほど
)
の
過
(
す
)
ぎければ。
內
(
うち
)
の。
中中
(
なかなか
)
に
何時
(
いつ
)
とも
知
(
し
)
らぬ
時
(
とき
)
よりも
今
(
いま
)
やと
待
(
ま
)
つは
開
(
あ
)
かぬ
心
(
こころ
)
よ
025
返
(
かへ
)
し。
忘草
(
わすれぐさ
)
負
(
お
)
ふとし
聞
(
き
)
けば
住吉
(
すみのえ
)
の
松
(
まつ
)
も
甲斐無
(
かひな
)
く
思
(
おも
)
ほゆる
哉
(
かな
)
026
參給
(
まゐりたまへ
)
けるに
渡給
(
わたりたまへ
)
て
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
が
有
(
あり
)
けむ
返給
(
かへりたまひ
)
て。
【○新古今
1421
。】
水上
(
みづのうへ
)
に
儚
(
はかな
)
き
事
(
こと
)
も
思
(
おも
)
ほえず
深心
(
ふかきこころ
)
し
底
(
そこ
)
に
留
(
とま
)
れば
027
返
(
かへ
)
し。
忘川
(
わすれかは
)
流
(
なが
)
れて
淺
(
あさ
)
き
水無瀨川
(
みなせがは
)
慣
(
な
)
れる
心
(
こころ
)
や
底
(
そこ
)
に
見
(
み
)
ゆらむ
028
又罷
(
またまかり
)
て
給
(
たまひ
)
て
五月迄參給
(
さつきまでまいりたま
)
はざりければ。
里
(
さと
)
にのみ
泣度
(
なきわた
)
る
哉
(
かな
)
郭公
(
ほととぎす
)
我
(
わ
)
が
待時
(
まつとき
)
に
何
(
な
)
どか
由緣無
(
つれな
)
き
029
返
(
かへ
)
し。
郭公
(
ほととぎす
)
鳴
(
な
)
きてのみ
振
(
ふ
)
る
聲
(
こゑ
)
をだに
聞
(
き
)
かぬ
人
(
ひと
)
こそ
由緣無
(
つれな
)
かりけれ
030 と
聞給
(
きこえたま
)
へりしに
內
(
うち
)
の
聞
(
き
)
かぬとかありしかはとて。
如此許
(
かくばかり
)
待乳山
(
まつちのやま
)
の
郭公
(
ほととぎす
)
心知
(
こころし
)
らでや
餘所
(
よそ
)
に
鳴
(
な
)
くらむ
031
返
(
かへ
)
し。
問難
(
とひがた
)
き
心
(
こころ
)
を
知
(
し
)
れる
郭公
(
ほととぎす
)
音羽山
(
おとはのやま
)
に
鳴
(
な
)
くにやあるらむ
032
院
(
ゐん
)
の
御服
(
みぶく
)
に
成給
(
なりたまへ
)
ての
頃
(
ころ
)
、
內
(
うち
)
の御。
住初
(
すみそ
)
めの
身
(
み
)
に
睦
(
むつ
)
ましく
成
(
な
)
りしより
覺束無
(
おぼつかな
)
さは
侘
(
わび
)
しかりけり
033
返
(
かへ
)
し。
住初
(
すみそ
)
めの
色
(
いろ
)
だに
無
(
な
)
くは
仄
(
ほの
)
かにも
覺束無
(
おぼつかな
)
さを
知
(
し
)
らでや
有
(
あ
)
らまし
034
師走晦日
(
しはすのつごもりのひ
)
、「
今年
(
ことし
)
は
今日
(
けふ
)
越
(
こ
)
し。」との
給
(
たま
)
はせける。御返に。
殘無
(
のこりな
)
く
成果
(
なりはて
)
にける
年
(
とし
)
よりも
留
(
とま
)
らぬ
人
(
ひと
)
の
心
(
こころ
)
をぞ
見
(
み
)
る
035
參給
(
まゐりたまへ
)
ての
御手習
(
みてならひ
)
に。
賴來
(
たのみく
)
る
人心
(
ひとのこころ
)
の
空
(
そら
)
なれば
雲居川
(
くもゐのかは
)
に
袖
(
そで
)
ぞ
濡
(
ぬ
)
れぬる
036
等書給
(
などかいたま
)
ふたりけるに、
上
(
うへ
)
も
書
(
か
)
きませさせ
給
(
たま
)
へりける。
かつ
見
(
み
)
れど
尚
(
なほ
)
こそ
戀
(
こひ
)
は
滿
(
み
)
ちにけれ
宜
(
むべ
)
も
心
(
こころ
)
の
空
(
そら
)
に
見
(
み
)
ゆらむ
037
【○承前。】
流出
(
ながれいづ
)
る
淚川
(
なみだのかは
)
に
沉綱
(
しづみなは
)
身
(
み
)
の
憂事
(
うきこと
)
は
思止
(
おもひや
)
みなむ
038
內
(
うち
)
の御。
淚川
(
なみだがは
)
底
(
そこ
)
にも
深
(
ふか
)
き
心有
(
こころあ
)
らば
皆度
(
みなわた
)
らむと
思
(
おも
)
ふなるべし
039
【○承前。】
如此許
(
かくばかり
)
思
(
おも
)
はぬ
山
(
やま
)
に
白雲
(
しらくも
)
の
掛出
(
かかりそ
)
めけむ
事
(
こと
)
ぞ
悔
(
くや
)
しき
040 又
內
(
うち
)
の御。
燃
(
も
)
ゆるこそ
婀娜
(
あだ
)
に
覺
(
おぼ
)
ゆれ
富士嶺
(
ふじのね
)
の
絕
(
た
)
えぬ
煙
(
けぶり
)
を
憐
(
あはれ
)
とは
見
(
み
)
て
041
御返
(
みかへ
)
し。
身憂
(
みのう
)
きを
思入江
(
おもひいりえ
)
に
棲鳥
(
すむどり
)
は
名
(
な
)
を
惜
(
を
)
しとこそ
音
(
ね
)
をも
鳴
(
な
)
きけれ
042
上
(
うへ
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
立別
(
たちわか
)
れ
去鴛鴦
(
ゆくをしどり
)
の
留難
(
とどめか
)
ね
今夜鳴音
(
こよひなくね
)
や
人
(
ひと
)
も
聞
(
き
)
くらむ
043
又
(
また
)
。
御垣守
(
みかきも
)
る
衛士
(
ゑし
)
の
堪
(
た
)
へたる
我為
(
あれな
)
れや
類未無
(
たぐひまだな
)
き
物思
(
ものおも
)
ひらむ
044
御返
(
みかへ
)
し。
絕
(
た
)
ゆる
世
(
よ
)
も
無
(
な
)
しとこそ
聞
(
き
)
け
君
(
きみ
)
が
(
)
為
(
ため
)
つけそめてける
衛士
(
ゑし
)
の
類
(
たぐひ
)
は
045
唯
(
ただ
)
にもあらて
罷
(
まか
)
て
給
(
たまへ
)
ける
頃
(
ころ
)
、
如何
(
いかが
)
と
御訪有
(
みとぶらひあり
)
けるに、十月
許
(
ばかり
)
に
程近
(
ほどちか
)
う
成給
(
なりたま
)
て
心細
(
こころほそ
)
く
覺
(
おぼ
)
されければ。
【後拾遺
0901
。】
枯果
(
かれは
)
つる
淺茅
(
あさぢ
)
が
上
(
うへ
)
の
霜
(
しも
)
よりも
消
(
け
)
ぬべき
程
(
ほど
)
を
今
(
いま
)
かとぞ
待
(
ま
)
つ
046
又
(
また
)
、
餘所
(
よそ
)
にて
年月經
(
としつきのふ
)
るは
覺給
(
おぼえたま
)
はぬかと
申給
(
まをしたま
)
ければ。
【○新古今
1246
。】
搔暗
(
かきくら
)
し
何時
(
いつ
)
とも
知
(
し
)
らず
時雨
(
しぐれ
)
つつ
明
(
あ
)
けぬ
世
(
よ
)
ながら
年
(
とし
)
も
經
(
へ
)
にけり
047
又
(
また
)
、
師走晦
(
しはすのつごもり
)
に
等
(
など
)
が
荒
(
あれ
)
たる
所
(
ところ
)
に
如是
(
かく
)
のみ
長居
(
ながゐ
)
し
給
(
たまへ
)
と
聞給
(
きこえたまへ
)
ける。
御返
(
みかへし
)
に
御宮
(
ごみや
)
も
御座
(
おは
)
せて
後
(
のち
)
なるべし。
長雨
(
ながめ
)
つつ
雨
(
あめ
)
も
淚
(
なみだ
)
も
故鄉
(
ふるさと
)
の
葎門
(
むぐらのかど
)
は
出難
(
いでがた
)
き
哉
(
かな
)
048 と
有
(
あり
)
ける
御返
(
みかへし
)
を
朔
(
ついたち
)
になむ
有
(
あり
)
ける。
新
(
あたら
)
しく
立年
(
たつとし
)
さへや
故鄉
(
ふるさと
)
を
出難
(
いでがて
)
にすと
君
(
きみ
)
が
云
(
い
)
ふべき
049
春
(
はる
)
に
成
(
な
)
りて
參
(
まゐ
)
らむと
聞給
(
きこえたまへ
)
けれど、
然
(
さ
)
も
在
(
あ
)
らざりければ、
未年
(
まだとし
)
も
返
(
かへ
)
らぬにやとの
給
(
たま
)
はせたりける
御返
(
みかへ
)
しを
代
(
かえ
)
ての
紅葉
(
もみぢ
)
に
付
(
つ
)
けて。
霞
(
かす
)
むらむ
程
(
ほど
)
をも
知
(
し
)
らず
時雨
(
しぐれ
)
つつ
過
(
す
)
ぎにし
秋
(
あき
)
の
紅葉
(
もみぢ
)
をぞ
見
(
み
)
る
050 と
有
(
あり
)
ければ
上
(
うへ
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
【○新古今
1247
。】
今來
(
いまこ
)
むと
賴
(
たの
)
めて
經
(
へ
)
ぬる
言葉
(
ことのは
)
ぞ
常磐
(
ときは
)
に
見
(
み
)
ゆる
紅葉
(
もみぢ
)
なりける
051
返
(
かへ
)
し。
今
(
いま
)
とのみ
思
(
おも
)
ふ
月日
(
つきひ
)
の
過
(
す
)
ぎぬれば
變
(
かは
)
る
常磐
(
ときは
)
を
形見
(
かたみ
)
にぞ
見
(
み
)
る
052 ご宮
失給
(
うせたま
)
て
(
)
のち、
里
(
さと
)
に
久
(
ひさ
)
しく
御座
(
おは
)
しければ、
等如是
(
などかく
)
のみ
參給
(
まゐりたま
)
はぬと
有
(
あり
)
ければ、
御返
(
みかへし
)
に
徒然共
(
つれづれども
)
の
心細
(
こころほそ
)
く
覺給
(
おぼえたまへ
)
て、
書集給
(
かきあつめたま
)
へりける
事
(
こと
)
を、
取過
(
とりあやま
)
ちたる
樣
(
やう
)
にで
參
(
まゐ
)
らせ
給
(
たま
)
へりける
御返共
(
みかへしども
)
さりげ
無
(
な
)
くて
御文
(
みふみ
)
の
內
(
うち
)
に
有
(
あり
)
。
搔立
(
かきた
)
へて
幾世經
(
いくよへ
)
ぬらむ
小蟹
(
ささがに
)
の
挑
(
いど
)
みし
如此
(
かく
)
も
思
(
おも
)
ふべき
哉
(
かな
)
053
女御殿
(
にょうごどの
)
。
立曇
(
たちくも
)
る
佐保川霧
(
さほのかはぎり
)
霽
(
はれ
)
ずのみ
日長
(
ひた
)
くる
空
(
そら
)
に
程降
(
ほどのふ
)
る
哉
(
かな
)
054
露
(
つゆ
)
も
久
(
ひさ
)
しき。
風吹
(
かぜふく
)
に
靡
(
なび
)
く
淺茅
(
あさぢ
)
は
我
(
われ
)
なれや
人心
(
ひとのこころ
)
の
秋
(
あき
)
を
知
(
し
)
らする
055
內御
(
うちのご
)
。
打延
(
うちは
)
へて
思方
(
おもふかた
)
より
吹風
(
ふくかぜ
)
に
靡
(
なび
)
く
淺茅
(
あさぢ
)
を
見
(
み
)
ても
知
(
し
)
らする
056
誰
(
た
)
に
云
(
い
)
へとか。
知
(
し
)
らるるに
忘
(
わす
)
るる
物
(
もの
)
は
覺束無
(
おぼつかな
)
藻
(
も
)
に
住
(
す
)
む
蟲
(
むし
)
の
名
(
な
)
にこそ
有
(
あり
)
けれ
056a
內御返
(
うちのごかへ
)
し。
忘
(
わす
)
るらむ
藻
(
も
)
に
住
(
す
)
む
蟲
(
むし
)
の
名
(
な
)
を
問
(
と
)
はば
甲斐
(
かひ
)
も
有
(
あり
)
とぞ
海人
(
あま
)
は
付
(
つ
)
けまし
056b 又女御
言
(
い
)
はむ
方無
(
かたな
)
のよや、
目
(
め
)
の
覺
(
さ
)
めつつ。
里別
(
さとわか
)
ず
飛渡
(
とびわた
)
るなる
雁音
(
かりがね
)
を
雲居
(
くもゐ
)
に
聞
(
き
)
くは
我
(
わ
)
が
身也
(
みなり
)
けり
057
御返
(
みかへ
)
し。
玉章
(
たまつさ
)
を
付
(
つ
)
けつる
程
(
ほど
)
は
遠
(
とほ
)
けれど
飛事絕
(
とぶことた
)
えぬ
雁
(
かり
)
にやはあらぬ
058
【承前。】
玉章
(
たまつさ
)
の
偶
(
たま
)
さかにでも
有
(
あ
)
ればこそ
飛
(
と
)
ぶ
徵
(
しるし
)
には
雁
(
かり
)
にでもあれ
059
又
(
また
)
。
仄
(
ほの
)
かにも
風
(
かぜ
)
は
傳
(
つ
)
けしな
花芒
(
はなすすき
)
結
(
むす
)
ぼほれつつ
露
(
つゆ
)
に
濡
(
ぬ
)
るとも
060
御返
(
みかへ
)
し。
花芒
(
はなすすき
)
東風吹
(
こちふ
)
く
風
(
かぜ
)
に
靡為
(
なびきせ
)
は
露
(
つゆ
)
に
濡
(
ぬ
)
れつつ
秋
(
あき
)
を
經
(
へ
)
ましや
061
又
(
また
)
。
秋野
(
あきのの
)
の
荻下根
(
をぎのしたね
)
に
鳴蟲
(
なくむし
)
の
忍兼
(
しのびか
)
ねては
穗
(
ほ
)
に
出
(
いで
)
ぬべし
062
內
(
うち
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
秋野
(
あきのの
)
の
忍兼
(
しのびか
)
ねつつ
鳴蟲
(
なくむし
)
は
君松蟲
(
きみまつむし
)
の
音
(
ね
)
にや
有
(
あ
)
るらむ
063
又
(
また
)
。
谷河
(
たにがは
)
の
瀨瀨玉藻
(
せぜのたまも
)
を
搔集
(
かきつ
)
めて
誰
(
た
)
が
水葛
(
みくづ
)
にか
成
(
な
)
らむとすらむ
064
內
(
うち
)
の。
川瀨
(
かはのせ
)
に
玉藻
(
たまも
)
の
浮
(
う
)
ける
事為
(
ことな
)
れや
心
(
こころ
)
に
為
(
せ
)
けど
盛
(
も
)
らすと
云
(
い
)
ふらむ
065
又
(
また
)
。
暇
(
ひま
)
も
無
(
な
)
く
心一
(
こころひと
)
つに
見
(
み
)
る
人
(
ひと
)
の
盛
(
も
)
らせは
漏
(
も
)
るる
水
(
みづ
)
も
有
(
あり
)
けり
066
又
(
また
)
。
眺
(
なが
)
めする
空
(
そら
)
にも
有
(
あ
)
らで
時雨
(
しぐ
)
るるは
袖內
(
そでのうち
)
にも
秋
(
あき
)
は
立
(
た
)
つらむ
067
內
(
うち
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
餘所
(
よそ
)
にのみ
古
(
ふ
)
るにぞ
袖
(
そで
)
の
漬
(
ひ
)
ぢぬらむ
心
(
こころ
)
からなる
時雨
(
しぐれ
)
なるらむ
068
又
(
また
)
。
白露
(
しらつゆ
)
の
消
(
き
)
えにし
人
(
ひと
)
の
秋花
(
あきはな
)
を
常世
(
とこよ
)
の
雁
(
かり
)
も
鳴
(
な
)
きて
飛
(
とび
)
けり
069
內
(
うち
)
の御。
雁音
(
かりがね
)
の
來程
(
くるほど
)
だにも
近
(
ちか
)
ければ
君
(
きみ
)
が
寒
(
すむ
)
さと
幾
(
いく
)
か
成
(
な
)
るらむ
070
久
(
ひさ
)
しとあるたに
度度
(
たびたび
)
に
成
(
な
)
れば、女御殿。
浦滿
(
うらみつ
)
の
怨
(
うら
)
に
負
(
おい
)
たる
蘆茂
(
あししげ
)
み
隙無
(
ひまな
)
く
物
(
もの
)
を
思頃哉
(
おもふころかな
)
071
內
(
うち
)
の御。
怨
(
うら
)
むべき
事
(
こと
)
も
難波
(
なには
)
の
浦
(
うら
)
に
負
(
お
)
ふる
惡樣
(
あしざま
)
にのみ
名
(
な
)
に
思
(
おも
)
ふらむ
072
又
(
また
)
。
恨
(
うら
)
みては
思知
(
おもひし
)
らなむ
白浪
(
しらなみ
)
の
掛
(
かか
)
るを
惡
(
あし
)
と
云
(
い
)
ふにぞ
有
(
あり
)
ける
073
又
(
また
)
。
如何
(
いか
)
にぞや
莫告其
(
なのりそれ
)
よと
問
(
と
)
はむにも
忘
(
わす
)
れか
人
(
ひと
)
や
海人
(
あま
)
は
言
(
い
)
はまし
074
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
の
有
(
あり
)
けむ。
倒
(
さかさま
)
に
云
(
い
)
ふとも
何
(
なに
)
か
辛
(
つら
)
からむ
返返
(
かへすがへ
)
すも
身
(
み
)
をぞ
怨
(
うら
)
むる
075 すけなりが
女
(
むすめ
)
、
東宮
(
はるのみや
)
に
參
(
まゐ
)
らせむと
聞
(
き
)
きて、
男
(
をとこ
)
につきたりと
聞
(
き
)
きて。
結人
(
むすぶひと
)
有
(
あり
)
ける
物
(
もの
)
を
冬川
(
ふゆかは
)
の
晴
(
は
)
るくる
風
(
かぜ
)
と
思
(
おも
)
ひける
哉
(
かな
)
076
近程
(
ちかきほど
)
に
渡
(
わた
)
らせ給ひて、
音連
(
おとづ
)
れ
聞
(
きこえ
)
させ
給
(
たま
)
はざりければ、女三宮より。
隔
(
へだ
)
てける
景色
(
けしき
)
を
見
(
み
)
れば
山吹
(
やまぶき
)
の
花心
(
はなこころ
)
とも
云
(
い
)
ひつべき
哉
(
かな
)
077
御返
(
おほかへ
)
し女御殿四宮。
【○後拾遺
1093
。】
言
(
い
)
はぬ
間
(
ま
)
を
包
(
つつみ
)
し
程
(
ほど
)
に
梔子花
(
くちなし
)
の
色
(
いろ
)
にや
見
(
み
)
えし
山吹花
(
やまぶきのはな
)
078
上
(
うへ
)
渡
(
わた
)
らせ給ひに、
村雨
(
むらさめ
)
に
驚
(
おどろ
)
かされて、
急
(
いそ
)
ぎ
返
(
かへ
)
らせ
給
(
たま
)
ひに。
雨降
(
あめ
)
らば
三笠山
(
みかさのやま
)
も
在
(
あ
)
る
物
(
もの
)
を
夙
(
まだき
)
に
騷
(
さわ
)
ぐ
雲上哉
(
くものうへかな
)
079 女御
失
(
う
)
せ
給
(
たま
)
ひて、
齋院
(
さいゐん
)
より
弔
(
とぶら
)
ひの
御返
(
みかへ
)
りに。
影見
(
かげみ
)
えぬ
淚淵
(
なみだのぶち
)
は
衣手
(
ころもで
)
に
渦
(
うづま
)
く
沫
(
あは
)
の
消
(
き
)
えぞ
死
(
し
)
ぬべき
080 ある
御返
(
みかへり
)
に。
訪事
(
とふこと
)
の
遙
(
はるか
)
なるには
鶯
(
うぐひす
)
の
古巢廢
(
ふるすすた
)
たむ
事
(
こと
)
ぞ
物憂
(
ものう
)
き
081
參上
(
まうのぼ
)
らせ給へるに、
上御殿籠
(
うへのみとのごも
)
らせ給へる
程
(
ほど
)
なれば、
唯
(
ただ
)
に
下
(
おり
)
させ
給
(
たま
)
ひて
又日
(
またのひ
)
。
【後拾遺
0871
。】
隱沼
(
かくれぬ
)
に
生
(
お
)
ふる
菖蒲
(
あやめ
)
の
浮根
(
うきね
)
して
果
(
はて
)
は
無情
(
つれな
)
く
成
(
な
)
る
心哉
(
こころかな
)
082
上
(
うへ
)
より
間遠
(
まどほ
)
に
在
(
あ
)
れやと
聞
(
きこ
)
え給へる、
御返
(
みかへ
)
りに。
【新古今
1210
。】
馴行
(
なれゆ
)
けば
憂目
(
うきめ
)
かればや
須磨海人
(
すまのあま
)
の
鹽燒衣
(
しほやきころも
)
間遠成
(
まどほな
)
るらむ
083
御
(
ご
)
。
緯筬
(
ぬきを
)
らむ
御間遠成
(
みまどをな
)
れど
雨衣
(
あまごろも
)
幾
(
いく
)
ぞ
度
(
たび
)
かは
袖濡
(
そでのぬ
)
れける
084
又
(
また
)
。
藻鹽燒
(
もしほや
)
く
煙
(
けぶり
)
に
褻
(
な
)
るる
雨衣
(
あまごろも
)
憂目
(
うきめ
)
を
裹
(
つつ
)
む
袖
(
そで
)
にやあるらむ
085
罷
(
まか
)
てて
久
(
ひさ
)
しく
參
(
まゐ
)
らぬに。
【○新古今
1411
。】
天空
(
あまつそら
)
其處
(
そこ
)
とも
見
(
み
)
えぬ
大空
(
おほそら
)
に
覺束無
(
おぼつかな
)
しと
嘆
(
なげ
)
きつる
哉
(
かな
)
086 女御殿
御返
(
みかへ
)
し。
【○新古今
1412
。】
嘆
(
なげ
)
くらむ
心
(
こころ
)
を
空
(
そら
)
に
見
(
み
)
てしがな
立
(
た
)
つ
朝霧
(
あさぎり
)
に
身
(
み
)
をや
成
(
な
)
さまし
087
上
(
うへ
久度
(
ひさしくわた
)
らせ
給
(
たま
)
はぬ秋の
夕暮
(
ゆふぐれ
に、
琴
(
きん
)
を
甚妙
(
いとおかし
く
彈給
(
ひきたま
)
ふに、
急度
(
いそぎわた
らせ給ひて、
御側
(
おんかたはら
に
居
(
ゐ
させ給へど、人
御座
(
おは
)
しますとも
知
(
し
らせ給はぬ
景色
(
けしき
にて
琴
(
こと
)
に
彈
(
ひ
)
かせ給へを
聞
(
き
かせ給へば。
秋日
(
あきのひ
の
恠
(
あやし
き
程
(
ほど
の
夕暮
(
ゆふぐれ
に
荻吹
(
をぎぶ
く
風
(
かぜ
の
音
(
おと
ぞ
聞
(
きこ
ゆる
088
雨降
(
あめのふ
)
るに、
三條宮
(
さんでうのみや
)
にて。
雨
(
あめ
)
ならで
守人
(
もるひと
)
も
無
(
な
)
き
我宿
(
わがやど
)
は
淺茅原
(
あさぢがはら
)
と
見
(
み
)
るぞ
悲
(
かな
)
しき
089
三條御院
(
さんでうのごゐん
)
にて。
我
(
われ
)
ならで
復打拂
(
またうちはら
)
ふ
人
(
ひと
)
も
無
(
な
)
し
蓬原
(
よもぎがはら
)
を
長雨
(
ながめ
)
てぞ
降
(
ふ
)
る
090
內
(
うち
)
にて
御前
(
みまへ
)
の
藤
(
ふぢ
)
をなむよるよる
忍
(
しの
)
びて
人扱
(
ひとこ
)
くと
聞
(
き
)
かせ
給
(
たま
)
ひて。
朝每
(
あさごと
)
に
薄
(
うす
)
とは
聞
(
き
)
けど
藤花
(
ふぢのはな
)
扱
(
こ
)
くこそ
甚
(
いと
)
ど
色增
(
いろま
)
ざりけれ
091
父宮
(
重明親王
)
の
御座
(
おは
)
しける
時
(
とき
)
に、
母上
(
ははうへ
)
の
御形等
(
みかたちなど
)
を、
今
(
いま
)
の
北方
(
きたのかた
)
に
語聞
(
きたりきこ
)
え
給
(
たま
)
ひて、
御櫛
(
みぐし
)
の
愛
(
め
)
でたかりしは
復有
(
またあ
)
らむやとて、
取
(
と
)
りに
奉給
(
たてまつりたま
)
ければ。
形
(
かた
)
も
無
(
な
)
く
成
(
な
)
りにし
君
(
きみ
)
が
玉鬘
(
たまかづら
)
掛
(
か
)
けもやすると
置
(
お
)
きつつも
見
(
み
)
む
092 とて
奉
(
たてまつ
)
らせ給はず、
宮
(
みや
)
失給
(
うせたま
)
ひて
後
(
のち
)
、
正月一日
(
むつきのついたち
)
に。
忌為
(
いむな
)
れど
今日
(
けふ
)
しもものの
悲
(
かな
)
しきは
年
(
とし
)
を
隔
(
へだ
)
つと
思
(
おも
)
ふなりけり
093
雪降日
(
ゆきのふるひ
)
の
心細
(
こころぼそ
)
きに。
儚
(
はかな
)
くて
年經
(
としふ
)
る
雪
(
ゆき
)
も
今見
(
いまみ
)
れば
有
(
あり
)
し
人
(
ひと
)
には
劣
(
おと
)
らざりけり
094
繼母
(
ままはは
)
の
北方
(
きたのかた
)
。
見
(
み
)
し
人
(
ひと
)
の
雲
(
くも
)
と
成
(
な
)
りにし
空別
(
そらわ
)
けて
降雪
(
ふるゆき
)
さへも
珍
(
めづら
)
しき
哉
(
かな
)
095
其兄弟
(
そのはらから
)
の少將
宮使
(
みやづか
)
へすべしと
聞
(
き
)
かせ
給
(
たま
)
ひて、さて
過暮
(
すぎくれ
)
のとの給へ
馳
(
は
)
せたりければ少將。
數為
(
かずな
)
らで
梓杣
(
あづさのそま
)
に
立
(
た
)
ちぬとも
杉本
(
すぎのもと
)
をば
何時忘
(
いつかわす
)
れむ
096
御返
(
みかへ
)
し。
忘
(
わす
)
れじと
云
(
い
)
ふにも
依
(
よ
)
らじ
三輪山
(
みわのやま
)
杉本
(
すぎのもと
)
には
雨
(
あめ
)
も
漏
(
も
)
りけり
097
前代御祖父
(
まへのだいのみそふ
)
に
親手
(
てづから
)
書
(
か
)
かせ給へる
物
(
もの
)
を、
馬內侍
(
むまのないし
)
に見せに
給
(
たま
)
はせたれば、
上
(
うへ
)
の見せむとの給はせに、
隱
(
かく
)
れさせ給ひにしかば、
口惜
(
くちをし
)
かりしを
嬉
(
うれ
)
しくとて。
【○新古今
0806
。】
訪
(
たづ
)
ねても
跡
(
あと
)
は
如是
(
かく
)
ても
水莖
(
みづぐき
)
の
行方
(
ゆくへ
)
も
知
(
し
)
らぬ
昔也
(
むかしなり
)
けり
098 とて中に入れて、
御文
(
みふみ
)
には。
君
(
きみ
)
にのみ
留
(
とど
)
めを
置
(
お
)
きて
古
(
いにしへ
)
の
絕
(
た
)
えにし
跡
(
あと
)
を
見
(
み
)
るぞ
哀
(
かな
)
しき
099
下
(
した
)
に
陸奧國守
(
みちのくにかみ
)
のあるに
書付
(
かきつ
)
く
濱千鳥
(
はまちどり
)
跡有
(
あとあ
)
るをだに
留
(
とど
)
めねば
唯白浪
(
ただしらなみ
)
は
歸
(
かへ
)
す
許
(
ばかり
)
ぞ
100
返
(
かへ
)
し。
【○新古今
0807
。】
古
(
いにしへ
)
の
泣
(
な
)
きに
流
(
なが
)
るる
水莖
(
みづぐき
)
は
跡
(
あと
)
こそ
袖
(
そで
)
の
裏
(
うら
)
に
寄
(
よ
)
りけれ
101
【○承前。】
水莖
(
みづぐき
)
の
儚
(
はかな
)
きだにも
消
(
き
)
え
無
(
な
)
くに
行方
(
ゆくゑ
)
も
知
(
し
)
らぬ
昔
(
むかし
)
なりけり
102
返
(
かへ
)
し。
濱千鳥
(
はまちどり
)
見慣
(
みな
)
れし
跡
(
あと
)
を
澳浪
(
おきつなみ
)
歸
(
かへ
)
すや
淺
(
あさ
)
き
心為
(
こころな
)
るらむ
103
宣耀殿女御
(
せえうでんのにょうご
)
の
御許
(
みもと
)
より。
偶
(
たま
)
さかに
訪人有
(
とふひとあり
)
やと
春日野
(
かすがの
)
の
野守
(
のもり
)
は
如何
(
いか
)
に
告
(
つ
)
けやしてけむ
104
御返
(
みかへ
)
し。
春日野
(
かすがの
)
の
雪下草
(
ゆきのしたぐさ
)
人知
(
ひとし
)
れず
訪日有
(
とふひあり
)
やと
我
(
われ
)
ぞ
待
(
ま
)
ちつる
105
野宮
(
ののみや
)
に
御座
(
おは
)
しける
頃
(
ころ
)
、
三條宮
(
さんでうのみや
)
に
真弓紅葉
(
まゆみのもみぢ
)
の
一葉有
(
ひとはあ
)
るに
指
(
さ
)
して。
木枯
(
こがらし
)
の
風便
(
かぜのたより
)
は
近
(
ちか
)
けれど
人
(
ひと
)
は
忘
(
わす
)
るる
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
106
野宮
(
ののみや
)
にて
琴
(
こと
)
に
風音
(
かぜのおと
)
の
通
(
かよ
)
ふと
云
(
い
)
ふ
題
(
だい
)
を。
【拾遺0451。】
琴音
(
ことのね
)
に
峰
(
みね
)
の
松風
(
まつかぜ
)
通
(
かよ
)
ふらし
何峰
(
いづれのを
)
より
調始
(
しらべそ
)
めけむ
107
【承前。拾遺
0452
。】
松風
(
まつかぜ
)
の
音
(
おと
)
に
亂
(
みだ
)
るる
琴音
(
ことのね
)
を
彈
(
ひ
)
け
莫子日
(
なねのひ
)
の
心地
(
ここち
)
こそすれ
108
伊勢
(
いせ
)
に
下給
(
くだりたま
)
ひて、
同宮
(
おなじみや
)
の
御幣使
(
みてぐらづかひ
)
に、
下
(
くだ
)
りたりけるに、
御文無
(
みふみのな
)
かりければ。
振返
(
ふりかへ
)
も
人
(
ひと
)
は
訪
(
と
)
ふべき
雪消
(
ゆきぎ
)
えの
解
(
と
)
くる
使
(
つかひ
)
も
滯
(
とどこほ
)
りけり
109
宇治
(
うぢ
)
に
御座為
(
おはせ
)
し
時
(
とき
)
、
雛遊
(
ひひなあそび
)
に
神御許
(
かみのみもと
)
に
詣
(
まう
)
でたる
女
(
をみな
)
に、
男詣逢
(
をとこまうであ
)
ひて
物言交
(
ものいひかは
)
す。
其神
(
そのかみ
)
は
差
(
さ
)
しも
思
(
おも
)
はで
來然
(
こしか
)
ども
思事
(
おもふこと
)
こそ
事
(
こと
)
に
成
(
な
)
りぬれ
110
女
(
をみな
)
の
返
(
かへ
)
し
神世
(
かみよ
)
より
祈事
(
いのること
)
だに
有物
(
あるもの
)
を
可惜思
(
あたしおもひ
)
に
如何
(
いかが
)
なるらむ
111
同
(
おな
)
じ
雛社前
(
ひなのやしろのまへ
)
の
紅葉散
(
もみぢち
)
る
所
(
ところ
)
にて。
風速
(
かぜはや
)
み
神邊
(
かみのあたり
)
を
拂
(
はら
)
ふらむ
速
(
はや
)
き
瀨瀨
(
せぜ
)
にも
散
(
ち
)
る
紅葉哉
(
もみちかな
)
112
馬內侍
(
むまのないし
)
、
山吹
(
やまぶき
)
に
指
(
さ
)
して。
八重
(
やへ
)
ながら
婀娜
(
あだ
)
に
見
(
み
)
ゆれば
山吹
(
やまぶき
)
の
下
(
した
)
にこそ
嘆
(
なげ
)
井手蛙
(
ゐでのかはづ
)
は
113
御返
(
みかへ
)
し
八重
(
やへ
)
をだに
婀娜
(
あだ
)
に
見
(
み
)
えける
山吹
(
やまぶき
)
の
一重心
(
ひとへこころ
)
を
思
(
おもひ
)
こそ
遣
(
や
)
れ
114
久
(
ひさ
)
しく
里
(
さと
)
に
御座
(
おは
)
しける
頃
(
ころ
)
、
同內侍許
(
おなじないしのもと
)
に。
【後拾遺
0879
。】
夢如
(
ゆめのごと
)
朧
(
おぼ
)
めかれ
行
(
ゆ
)
く
世中
(
よのなか
)
に
何時問
(
いつと
)
はむとか
訪
(
おとづ
)
れも
為
(
せ
)
ぬ
115
伊勢
(
いせ
)
へ
後
(
のち
)
の
下
(
みくだ
)
りの
度
(
たび
)
、
昔
(
むかし
)
を
覺出
(
おぼいで
)
て。
世
(
よ
)
に
經
(
ふ
)
れば
又
(
また
)
も
越
(
こ
)
えけり
鈴鹿山
(
すずかやま
)
昔今
(
むかしのいま
)
に
成
(
な
)
るにや
有
(
あ
)
るらむ
116
宮
(
みや
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
鈴鹿山
(
すずかやま
倭文苧環
(
しづのをたまき
諸共
(
もろとも
に
經
(
ふ
るには
勝
(
まさ
る
事無
(
ことな
かりけり
117
大王宮
(
たいわうのみや
)
に。
【○後拾遺
1002
。】
大空
(
おほそら
)
に
風待
(
かぜま
)
つ
程
(
ほど
)
の
蜘蛛絲
(
くものい
)
の
心細
(
こころぼそ
)
さを
思遣
(
おもひや
)
らなむ
118
御返
(
みかへ
)
し。
【○後拾遺
1003
。】
思遣
(
おもひや
)
る
我
(
わ
)
が
衣手
(
ころもで
)
は
小蟹
(
ささがに
)
の
曇
(
くも
)
らぬ
空
(
そら
)
に
雨
(
あめ
)
ぞ
降
(
ふ
)
りける
119 一品宮より
紙
(
かみ
)
を
付
(
つ
)
きて
玆
(
これ
)
に
物書
(
ものか
)
かせ
たま
(
給
)
ひてと
聞
(
き
)
こえ
給
(
たま
)
へれば、
琴頭
(
ことがみ
)
を
繼
(
つ
)
ぎて
書
(
か
)
かせ
給
(
たま
)
ひて。宮。
雲居
(
くものゐ
)
の
如斯如斯
(
かくかく
)
べくも
有
(
あ
)
らねども
露形見
(
つゆのかたみ
)
を
消
(
け
)
たぬなるべし
120
御返
(
みかへ
)
し。
如是
(
かく
)
よりも
儚
(
はかな
)
く
見
(
み
)
ゆる
蜘蛛絲
(
くものい
)
を
露形見
(
つゆのかたみ
)
に
見
(
み
)
るぞ
悲
(
かな
)
しき
121
伊勢
(
いせ
)
の
御下
(
みくだ
)
りに
齋院
(
さいゐん
)
より。
秋霧
(
あきぎり
)
の
立
(
た
)
ちて
行
(
ゆ
)
くらむ
露
(
つゆ
)
けさは
心
(
こころ
)
を
添
(
そ
)
へて
思遣
(
おもひや
)
る
哉
(
かな
)
122
御返
(
おほむかへ
)
し。
餘所
(
よそ
)
ながら
立
(
た
)
つ
朝霧
(
あさぎり
)
は
何為
(
なにな
)
れや
野邊
(
のべ
)
に
袂
(
たもと
)
は
別
(
わか
)
れぬ
物
(
もの
)
を
123
桃園宮
(
ももぞののみや
)
に
琴
(
こと
)
をかり
聞
(
きこ
)
えて、
返
(
かへ
)
し
奉
(
たてまつ
)
らせ
給
(
たま
)
ふに。
聞鳴
(
ききな
)
らす
程
(
ほど
)
は
經
(
へ
)
にける
琴為
(
ことな
)
れど
逢
(
あ
)
はぬ
聲
(
こゑ
)
こそ
甲斐無
(
かひな
)
かりけれ
124
御返
(
みかへ
)
し。あい宮。
岩上
(
いはのうへ
)
に
松例
(
まつのためし
)
を
引掛
(
ひきか
)
けば
世
(
よ
)
に
逢
(
あ
)
ふ
事
(
こと
)
は
違
(
たが
)
ひしも
為
(
せ
)
じ
125
伊勢
(
いせ
)
より。
人
(
ひと
)
を
尚
(
なほ
)
恨
(
うら
)
みつべしや
都鳥
(
みやこどり
)
有
(
あり
)
やとだにも
問
(
と
)
ふを
聞
(
き
)
かねば
126
御返
(
みかへ
)
し。
問
(
と
)
はねども
深
(
ふか
)
き
心
(
こころ
)
は
伊勢海
(
いせのうみ
)
の
底
(
そこ
)
なる
海人
(
あま
)
に
劣
(
おと
)
りやはする
127
峰君失
(
みねのきみう
)
せ
給
(
たま
)
ひての
頃
(
ころ
)
世
(
よ
)
の
他
(
ほか
)
の
巖中
(
いはほのなか
)
も
儚
(
はかな
)
くて
峰煙
(
みねのけぶり
)
と
如何
(
いか
)
で
成
(
なり
)
けむ
128
御返
(
みかへ
)
し。
同
(
おな
)
じ。
儚
(
はか
)
もなき
世
(
よ
)
を
棄
(
す
)
て
果
(
はて
)
し
人
(
ひと
)
ぞruby>待
(
ま
)
つ
煙
(
けぶり
)
に
成
(
な
)
りて
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ちける
129 一品宮より、
伊勢御下
(
いせのみくだ
りに。
別行
(
わかれゆ
く
程
(
ほど
は
雲居
(
くもゐ
に
隔
(
へだ
つとも
思心
(
おもふこころ
は
霧
(
きり
も
障
(
さは
らじ
130
同
(
おな
)
じ
折
(
をり
)
に女御殿より。
秋霧
(
あきぎり
)
と
立出
(
たちいづ
)
る
度
(
たび
)
の
空
(
そら
)
よりも
今
(
いま
)
はと
聞
(
き
)
くの
露
(
つゆ
)
ぞ
零
(
こぼ
)
るる
131
御返
(
みかへ
)
し。
菊
(
きく
)
にだに
盛
(
も
)
りける
露
(
つゆ
)
を
宜
(
むべ
)
しこそ
送
(
おく
)
るる
袖
(
そで
)
の
乾
(
かは
)
かざりけれ
132
忍
(
しの
)
びて
下給
(
くだりたま
)
へれば、なるべし
尼
(
あま
)
にならせ
給
(
たま
)
ひぬと
聞
(
き
)
きて
土御門
(
つちみかど
)
。
海人小舟
(
あまをぶね
)
成
(
な
)
るとに
速
(
はや
)
く
漕出
(
こぎいづ
)
る
峽
(
かい
)
の
雫
(
しづく
)
に
君
(
きみ
)
も
如何
(
いか
)
にぞ
133
御返
(
みかへ
)
し。宮。
淺
(
あさ
)
ましく
舟流
(
ふねなが
)
したる
海士
(
あま
)
よりも
我袖裏
(
わがそでのうら
)
の
潮
(
しほ
)
も
乾
(
かは
)
かず
134
兵部卿宮
(
ひゃうぶきゃうのみや
)
入道
にふだう
(
)
し給へりしに
伊勢
(
いせ
)
より。
懸
(
か
)
からでも
雲居程
(
くもゐのほど
)
を
嘆
(
なげ
)
きしに
見
(
み
)
えぬ
山路
(
やまぢ
)
を
思遣
(
おもひや
)
る
哉
(
かな
)
135 女三宮の
御草紙書
(
みさうしか
)
かせ
奉給
(
たてまつりたま
)
ひけるに、
葦
(
あし
)
で
長歌等書
(
なかうたなどか
)
かせ給ひて
同心
(
おなじこころ
)
。
【○新古今
1796
。】
皆人
(
みなびと
)
の
背果
(
そむきはて
)
ぬる
世中
(
よのなか
)
に
布留社
(
ふるのやしろ
)
の
身
(
み
)
を
如何
(
いか
)
に
為
(
せ
)
む
136
伊勢
(
いせ
)
に
大淀浦
(
おほよどのうら
)
と
云所
(
いふところ
)
に
松甚多
(
まついとおほ
)
かりける
御祓
(
みはら
)
へに。
【○新古今
1606
。】
大淀
(
おほよど
)
の
浦立
(
うらた
)
つ
浪
(
なみ
)
の
歸
(
かへ
)
らずは
變
(
かは
)
らぬ
松
(
まつ
)
の
色
(
いろ
)
を
見
(
み
)
ましや
137
七月七日
(
たなばた
)
に。
邂逅
(
わくらば
)
に
天川浪
(
あまのかはなみ
)
歸
(
よ
)
るながら
明
(
あ
)
くる
空
(
そら
)
には
任
(
まか
)
せず
欲得
(
もかな
)
138
同日片脇
(
おなじひかたわき
)
て
前栽合
(
せんざいあは
)
せせさせ
給
(
たま
)
けるを、
雨甚降
(
あめいたうふ
)
りて、
方人心元無
(
かたひとこころもとな
)
かりけれは。女御殿。
天川
(
あまのかは
)
昨日空
(
きのふのそら
)
の
名殘
(
なごり
)
にも
身如何
(
みぎはいか
)
なる
物
(
もの
)
とかは
知
(
し
)
る
139
為恭
(
ためちか
)
が
同胞
(
はらから
)
の
為
(
ため
)
くに、五月五日
參
(
まゐ
)
りて、
宮御前
(
みやのおまへ
)
の
遣水
(
やりみづ
)
を
參河池
(
みかはのいけ
)
となむ
云
(
い
)
ふなる
台盤所
(
だいばんどころ
)
にて。
今年老
(
ことしおひ
)
の
參河池
(
みかはのいけ
)
の
菖蒲草
(
あやめぐさ
)
長
(
なが
)
き
例
(
ためし
)
に
人
(
ひと
)
の
引
(
ひ
)
かなむ
140
返
(
かへ
)
し。女御
殿
(
どの
)
。
老世
(
おいのよ
)
を
何時延
(
いつはえ
)
なりや
菖蒲草
(
あやめぐさ
)
千代
(
ちよ
)
に
楝
(
あふち
)
の
花
(
はな
)
をこそ
見
(
み
)
め
141
忍
(
しの
)
びて
下給
(
くだりたま
)
ふ
也
(
なり
)
とて、女御殿より。
鈴鹿山
(
すずかやま
)
布留中道
(
ふるのなかみち
)
君
(
きみ
)
よりも
聞慣
(
ききなら
)
すこそ
後難
(
をくれがた
)
けれ
142
下給心
(
くだりたまひこころ
)
ばへなるべし、
御返
(
みかへ
)
り
伊勢
(
いせ
)
より。
鈴鹿山
(
すすがやま
)
音
(
をと
)
に
聞
(
き
)
きける
君
(
きみ
)
よりも
心闇
(
こころのやみ
)
に
惑
(
まど
)
ひにしかな
143
又御返
(
またみかへ
)
し。
儚
(
はかな
)
くて
雲
(
くも
)
と
成
(
な
)
るとも
山彥
(
やまひこ
)
の
答許
(
こたへばかり
)
は
空
(
そら
)
に
聞
(
き
)
かなむ
144 女三宮の
御服拔給
(
みぶくぬきたま
)
へる
頃
(
ころ
)
、一品宮に
伊勢
(
いせ
)
より。
秋果
(
あきはて
)
て
野邊草
(
のべのくさ
)
きも
色變
(
いろかは
)
り
有
(
あ
)
らぬ
色
(
いろ
)
なる
衣如何
(
ころもいか
)
にぞ
145
伊勢
(
いせ
)
より
麗景殿
(
れいけいでん
)
齋宮
(
さいぐう
)
にとて
浦遠
(
うらとほ
)
み
遙
(
はる
)
かなれとも
濱千鳥
(
はまちどり
)
京方
(
みやこのかた
)
を
問
(
と
)
はぬ
日
(
ひ
)
ぞ
無
(
な
)
き
146
御返
(
みかへ
)
し。
訪來
(
とひく
)
るを
待程過
(
まつほどす
)
ぎば
濱千鳥
(
はまちどり
)
浪間
(
なみま
)
に
尚
(
なほ
)
ぞ
恨
(
うら
)
みらるべき
147
内
(
うち
)
にて
何折
(
なにのおり
)
にか
有
(
あり
)
けむ。
東風
(
こちかぜ
)
に
靡
(
なび
)
きも
果
(
は
)
てぬ
天舟
(
あまぶね
)
は
身
(
み
)
を
恨
(
うら
)
みつつ
焦
(
こ
)
がれてぞ
古
(
ふ
)
る
148
久
(
ひさし
)
く
參給
(
まゐりたま
)
はざりければ。
上
(
うへ
)
の
夢
(
ゆめ
)
に
見
(
み
)
えさせ
給
(
たま
)
ひける。
【○新古今
1384
。】
寢夢
(
ぬるゆめ
)
に
現憂
(
うつつのう
)
さも
忘
(
わす
)
られて
思
(
みる
)
るに
慰
(
なぐ
)
さむ
程儚
(
ほどのはかな
)
さ
149
又事折
(
またことをり
)
に。
詫
(
わび
)
ぬれば
身
(
み
)
を
浮雲
(
うきくも
)
に
成
(
な
)
しつつも
思
(
おも
)
はぬ
山
(
やま
)
に
掛
(
か
)
からず
欲得
(
もがな
)
150
女御殿
(
にょうごどの
)
の
御方
(
みかた
)
に
花有
(
はなのあり
)
けるを
御覽為
(
ごらむせ
)
むと
仰
(
おほ
)
せられければ、
梅枝
(
むめのえだ
)
を
折
(
をり
)
て。
見
(
み
)
つつのみ
慰
(
なぐさ
)
む
花
(
はな
)
の
枝
(
えだ
)
ならば
付
(
つ
)
けて
心
(
こころ
)
や
思遣
(
おもひや
)
らまし
151
御返
(
みかへ
)
し。
梅花
(
うめのはな
)
下枝露
(
しづえのつゆ
)
に
掛
(
か
)
けて
來
(
け
)
る
人心
(
ひとのこころ
)
は
顯見
(
しるくみ
)
えけり
152
春
(
はる
)
まかて給ひて
秋
(
あき
)
とや
聞給
(
きこえたま
)
ひけむ。
【○新古今
1417
。】
春行
(
はるゆ
)
きて
秋迄
(
あきまで
)
とやは
思
(
おも
)
ひけむ
雁
(
かり
)
には
非
(
あら
)
ず
契
(
ちぎ
)
りし
物
(
もの
)
を
153
御返
(
みかへ
)
し。
春
(
はる
)
や
越
(
こ
)
し
空行方
(
そらのゆくゑ
)
も
思
(
おも
)
ほえず
秋
(
あき
)
とは
雁
(
かり
)
を
聞
(
き
)
くぞ
悲
(
かな
)
しき
154
惱
(
なや
)
ませ
給
(
たまひ
)
ける
頃
(
ころ
)
上。
斯
(
か
)
かるをも
知
(
し
)
らずや
有
(
あ
)
るらむ
白露
(
しらつゆ
)
の
消
(
け
)
ぬべき
程
(
ほど
)
も
忘
(
わす
)
れぬ
物
(
もの
)
を
155
如何
(
いか
)
なる
折
(
をり
)
にか
有
(
あり
)
けむ。
如何
(
いか
)
にぞや
莫告其
(
なのりそれ
)
かと
問
(
と
)
はむにも
忘
(
わす
)
れか
人
(
ひと
)
や
海人
(
あま
)
は
言
(
い
)
はまし
156
兵部卿宮
(
ひゃうぶきゃうのみや
)
四君。
常磐為
(
ときはな
)
る
松
(
まつ
)
に
付
(
つ
)
けても
問
(
と
)
ふやとて
幾度春
(
いくたびはる
)
を
過
(
す
)
ぐし
來
(
き
)
ぬらむ
157
御返
(
みかへ
)
し。女御殿。
隱
(
かく
)
みする
折
(
おり
)
もや
有
(
あ
)
ると
藤花
(
ふぢのはな
)
松
(
まつ
)
に
懸
(
かか
)
れる
心也
(
こころなり
)
けり
158
御兄人
(
みせうと
)
の
通給
(
かよひたま
)
ひ
人
(
ひと
)
に
絕給
(
たえたま
)
へる。
忘行
(
わすれゆ
)
く
春景色
(
はるのけしき
)
を
翳
(
かす
)
むとて
辛
(
つら
)
き
吉野
(
よしの
)
の
山
(
やま
)
も
理
(
ことわり
)
159
女御殿
(
にょうごどの
)
の御返し。
常磐山
(
ときはやま
)
色變
(
いろかは
)
らめや
春霞
(
はるがすみ
)
棚引
(
たなび
)
く
方
(
かた
)
は
事
(
こと
)
に
成
(
な
)
るとも
160
池
(
いけ
)
に
藤掛
(
ふぢかか
)
りたるを女御殿。
【後拾遺
0153
。】
紫
(
むらさき
)
に
八鹽染
(
やしほそ
)
めたる
藤花
(
ふぢのはな
)
池
(
いけ
)
には
日射
(
ひさ
)
す
物
(
もの
)
にそ
有
(
あり
)
ける
161
又
(
また
)
、
如何
(
いか
)
なる
折
(
おり
)
にか。
餘所
(
よそ
)
ならぬ
常磐山
(
ときはのやま
)
も
時雨
(
しぐれ
)
つつ
何時
(
いつ
)
も
麓
(
ふもと
)
の
草
(
くさ
)
は
濡
(
ぬ
)
れしや
162
【○承前。】
浦迴
(
うらみ
)
ても
思知
(
おもひし
)
らなむ
白浪
(
しらなみ
)
の
掛
(
か
)
かるを
葦
(
あし
)
と
云
(
い
)
ふに
然
(
さ
)
りける
163
又
(
また
)
。
暇
(
ひま
)
も
無
(
な
)
く
心一
(
こころひと
)
つに
思人
(
みるひと
)
の
盛
(
も
)
らせば
漏
(
も
)
るる
水
(
みづ
)
も
有
(
あり
)
けり
底本:藤原定家加筆『
齋宮女御集
』
參考:『
齋宮女御集
』
【再臨ノ詔】
【久遠の絆】