齋宮女御集
(
さいぐうのにょうごしふ
)
西本願寺卅六人集
徽子女王
001
近程
(
ちかきほど
)
に
渡
(
わた
)
らせ給ひて、
音連
(
おとづ
)
れ
聞給
(
きこえたま
)
はねば、女三宮より。
隔
(
へだ
)
てける
景色
(
けしき
)
を
見
(
み
)
れば
山吹
(
やまぶき
)
の
花心
(
はなこころ
)
とも
云
(
い
)
ひつべき
哉
(
かな
)
002
御返
(
おほかへ
)
し女御殿四宮。
【○後拾遺
1093
。】
言
(
い
)
はぬ
間
(
ま
)
を
包
(
つつみ
)
し
程
(
ほど
)
に
梔子花
(
くちなし
)
の
色
(
いろ
)
にや
見
(
み
)
えし
山吹花
(
やまぶきのはな
)
003
帝
(
村上
)
,村雨に
驚
(
おどろ
)
かされ給ひて、
急
(
いそ
)
ぎ
渡
(
わた
)
らせ給ひに。
雨降
(
あめ
)
れば
三笠山
(
みかさのやま
)
も
在
(
あ
)
る
物
(
もの
)
を
夙
(
まだき
)
に
騷
(
さわ
)
ぐ
雲上哉
(
くものうへかな
)
004 女御
失
(
う
)
せ
給
(
たま
)
ひて後、
齋院
(
さいゐん
)
の
御弔
(
みとぶら
)
ひの
御歸
(
みかへ
)
りに
齋宮
(
さいぐう
)
。
影見
(
かげみ
)
えぬ
淚淵
(
なみだのぶち
)
は
衣手
(
ころもで
)
に
渦
(
うづま
)
く
沫
(
あわ
)
の
消
(
き
)
えぞ
死
(
し
)
ぬべき
005
參上
(
まうのぼ
)
らせ給へるに、
上御殿籠
(
うへのみとのごも
)
りたる
程
(
ほど
)
なれば、
唯
(
ただ
)
に
下給
(
おりたま
)
ひて
務
(
つとめ
)
て。
【後拾遺
0871
。】
隱沼
(
かくれぬ
)
に
生
(
お
)
ふる
菖蒲
(
あやめ
)
の
浮根
(
うきね
)
して
果
(
はて
)
は
無情
(
つれな
)
く
成
(
な
)
る
心哉
(
こころかな
)
006 後に
內
(
うち
)
より
間遠
(
まどほ
)
に
在
(
あ
)
れやと
聞
(
きこ
)
えさせ給へる、
御返
(
みかへ
)
りに。
【新古今
1210
。】
馴行
(
なれゆ
)
くは
浮世為
(
うきよな
)
ればや
須磨海人
(
すまのあま
)
の
鹽燒衣
(
しほやきころも
)
間遠成
(
まどほな
)
るらむ
007
折知
(
をりし
)
らず。女御。
藻鹽燒
(
もしほや
)
く
煙
(
けぶり
)
に
成
(
な
)
るる
雨衣
(
あまごろも
)
幾
(
いく
)
そ
度
(
たび
)
かは
袖濡
(
そでのぬ
)
れける
008
御返
(
みかへ
)
しに。
【○新古今
1412
。】
嘆
(
なげ
)
くらむ
心
(
こころ
)
を
空
(
そら
)
に
見
(
み
)
てしがな
立
(
た
)
つ
朝霧
(
あさぎり
)
に
身
(
み
)
をや
成
(
な
)
さまし
009
上
(
うへ
)
の
久度
(
ひさしくわた
)
らせ
給
(
たま
)
はぬ
秋夕暮
(
あきのゆふぐれ
に、
琴
(
きん
)
を
甚愛
(
いとめ
)
でたく
彈給
(
ひきたま
)
ふに、上、
白
(
しろ
)
き
御苑萎
(
みぞのな
)
えたるを
奉
(
たてまつ
)
りて、
急度
(
いそぎわた
)
らせ給ひて、
御側
(
おんかたはら
)
に
居
(
ゐ
)
させ給へど、人の
御座
(
おは
)
するとも
見入
(
みい
)
れさせ給はぬ
景色
(
けしき
)
にて
彈給
(
ひきたま
)
ふを
聞召
(
きこしめ
)
せば。
【○後拾遺
0319
。】
秋日
(
あきのひ
)
の
恠
(
あやし
)
き
程
(
ほど
)
の
黃昏
(
たそがれ
)
に
荻吹
(
をぎぶ
)
く
風
(
かぜ
)
の
音
(
おと
)
ぞ
聞
(
きこ
)
ゆる
010 と
聞付給
(
ききつけたま
)
へる
御心地
(
みここち
)
なむ
甚世智
(
いとせち
)
なりしとぞ御日記にはありける、後に
參上
(
まうのぼ
)
らせ給へると聞えさせ給へど、
然
(
さ
)
も
有
(
あ
)
らねば、
殊
(
こと
)
人をなむ
聞
(
き
)
かせ給ひて。
鶯
(
うぐひす
)
の
鳴
(
な
)
く
一聲
(
ひとこゑ
)
に
聞
(
き
)
けりせば
喚
(
よ
)
ぶ
山人
(
やまひと
)
や
悔
(
くや
)
しからまし
011
如何
(
いか
)
なる
折
(
をり
)
にありけむ御
硯
(
すずり
)
に
入給
(
いれたま
)
ひたりける。
河
(
かは
)
と
見
(
み
)
て
掛離行
(
かけはなれゆ
)
く
水音
(
みづのおと
)
に
如是數為
(
かくかずな
)
らぬ
身
(
み
)
を
如何
(
いか
)
に
為
(
せ
)
む
012
同頃
(
おなじころ
)
。
如何
(
いか
)
で
尚
(
なほ
)
春霞
(
はるのかすみ
)
に
成
(
な
)
りにしか
思
(
おも
)
はぬ
山
(
やま
)
に
掛
(
かか
)
る
業為
(
わざせ
)
し
013
上
(
うへ
)
より
御文
(
みふみ
)
の
有
(
あり
)
ける
御返
(
みかへ
)
しに。
薄冰
(
うすらひ
)
に
閇
(
とぢ
)
たる
冬
(
ふゆ
)
の
鶯
(
うぐひす
)
は
訪
(
おとな
)
ふ
春
(
はる
)
の
風
(
かぜ
)
をこそ
待
(
ま
)
て
014
服
(
ぶく
)
に
御座
(
おは
)
しましけるに、
內
(
うち
)
より
間遠
(
まどほ
)
なりける
御文
(
みふみ
)
に、日頃
覺
(
おぼ
)
し
集
(
あつ
)
めたる
事
(
こと
)
を
御手習
(
おてなら
)
ひの
樣
(
やう
)
にて
奉
(
たてまつ
)
らせ給ひける。
立曇
(
たちくも
)
る
佐保川霧
(
さほのかはぎり
)
霽
(
はれ
)
ずのみ
日長
(
ひた
)
けぬ
空
(
そら
)
に
程降
(
ほどのふ
)
る
哉
(
かな
)
015
露
(
つゆ
)
も
久
(
ひさ
)
しき。
吹風
(
ふくかぜ
)
に
靡
(
なび
)
く
淺茅
(
あさぢ
)
は
和
(
なに
)
なれや
人心
(
ひとのこころ
)
の
秋
(
あき
)
を
知
(
し
)
らする
015a
御返
(
みかへ
)
し。
打延
(
うちは
)
へて
思方
(
おもふかた
)
より
吹風
(
ふくかぜ
)
の
靡
(
なび
)
く
淺茅
(
あさぢ
)
を
見
(
み
)
ても
知
(
し
)
らする
016
誰
(
た
)
に
云
(
い
)
へとか。
知
(
し
)
ら
無
(
な
)
くに
忘
(
わす
)
るる
物
(
もの
)
は
覺束無
(
おぼつかな
)
藻
(
も
)
に
住
(
す
)
む
蟲
(
むし
)
の
名
(
な
)
にこそ
有
(
あり
)
けれ
016a
御返
(
みかへ
)
し。
忘
(
わす
)
るらむ
藻
(
も
)
に
住
(
す
)
む
蟲
(
むし
)
の
名
(
な
)
を
問
(
と
)
はば
甲斐
(
かひ
)
も
有
(
あり
)
とぞ
海人
(
あま
)
は
付
(
つ
)
けまし
017
【○承前。】
白露
(
しらつゆ
)
の
消
(
き
)
えにし
人
(
ひと
)
の
秋待
(
あきまつ
)
と
常世
(
とこよ
)
の
雁
(
かり
)
も
鳴
(
な
)
きて
飛
(
とび
)
けり
018 又女御
言
(
い
)
はむ
方無
(
かたな
)
のよや、
目
(
め
)
の
覺
(
さ
)
めつつ。
里別
(
さとわか
)
ず
飛渡
(
とびわた
)
るなる
雁音
(
かりがね
)
を
雲居
(
くもゐ
)
に
聞
(
き
)
くは
我
(
わ
)
が
身也
(
みなり
)
けり
018a
御返
(
みかへ
)
し。
玉章
(
たまつさ
)
を
付
(
つ
)
けつる
程
(
ほど
)
は
遠
(
とほ
)
けれど
飛事絕
(
とぶことた
)
えぬ
雁
(
かり
)
にやはあらぬ
019
類有
(
たぐひあ
)
らじかし。
浦滿
(
うらみつ
)
の
濱
(
はま
)
に
生云
(
おふて
)
ふ
蘆茂
(
あししげ
)
み
隙無
(
ひまな
)
く
物
(
もの
)
を
思頃哉
(
おもふころかな
)
020
非
(
あら
)
じ
我
(
わ
)
が
身
(
み
)
を。
眺
(
なが
)
めする
空
(
そら
)
にも
有
(
あ
)
らで
時雨
(
しぐ
)
るるは
袖浦
(
そでのうら
)
にも
浪
(
なみ
)
は
立
(
た
)
つらむ
021 又女御、
哀
(
あは
)
れの
樣
(
さま
)
やと。
【○新古今
0348
。】
仄
(
ほの
)
かにも
風
(
かぜ
)
は
傳
(
つ
)
てなむ
花芒
(
はなすすき
)
結
(
むす
)
ぼほれつつ
露
(
つゆ
)
に
濡
(
ぬ
)
るとも
022 又女御
限
(
かぎ
)
りなりけり。
秋野
(
あきのの
)
の
荻下根
(
をぎのしたね
)
に
鳴蟲
(
なくむし
)
の
忍兼
(
しのびか
)
ねては
穗
(
ほ
)
に
出
(
いで
)
ぬべし
023
見苦
(
みぐるし
)
の
樣
(
やう
)
や
例
(
れい
)
の
山懷
(
やまふところ
)
。
谷河
(
たにがは
)
の
瀨瀨玉藻
(
せぜのたまも
)
を
搔集
(
かきつ
)
めて
誰
(
た
)
が
水葛
(
みくづ
)
にか
成
(
な
)
らむとすらむ
024
如何
(
いか
)
なる
事
(
こと
)
の
有
(
あり
)
けむ。
倒
(
さかさま
)
に
云
(
い
)
ふとも
何
(
なに
)
か
辛
(
つら
)
からむ
返返
(
かへすがへ
)
すも
身
(
み
)
をぞ
怨
(
うら
)
むる
025 すけなりが
女
(
むすめ
)
、
東宮
(
はるのみや
)
に
參
(
まゐ
)
らむと
聞
(
きこ
)
えて、
或男
(
あるをとこ
)
につきにけりと
聞給
(
ききたま
)
ひて。
結人
(
むすぶひと
)
有
(
あり
)
ける
物
(
もの
)
を
冬川
(
ふゆかは
)
の
晴
(
は
)
るくる
風
(
かぜ
)
と
思
(
おも
)
ひける
哉
(
かな
)
026
冷泉院
(
れむぜいゐん
)
の
池
(
いけ
)
に
浮草
(
うきくさ
)
の
有
(
あ
)
るを
思亂
(
おぼしみだ
)
るる
頃
(
ころ
)
にや
有
(
あり
)
けむ。
身
(
み
)
の
憂
(
う
)
きに
甚憂
(
いととう
)
きたる
浮草
(
うきくさ
)
の
寢無
(
ねな
)
くは
人
(
ひと
)
に
見
(
み
)
せしとぞ
思
(
おも
)
ふ
027
同宮
(
おなじみや
)
にて
向
(
むか
)
ひたる
西對
(
にしのたい
)
に、
堀河院
(
ほりかはどの
)
の
北方
(
きたのかた
)
住給
(
すみたま
)
ふより。
花芒
(
はなすすき
)
程
(
ほど
)
だに
遠
(
とほ
)
き
物為
(
ものな
)
らば
音
(
おと
)
せぬ
風
(
かぜ
)
も
怨
(
うら
)
みざらまし
028
御返
(
みかへ
)
り。
何時方
(
いづかた
)
の
風
(
かぜ
)
にか
秋
(
あき
)
は
通
(
かよ
)
ふらむ
人知
(
ひとし
)
れずのみ
靡
(
まね
)
く
尾花
(
をばな
)
を
029 又
野分
(
のわき
)
したる
務
(
つと
)
めて
北方
(
きたのかた
)
。
近野
(
ちかきの
)
の
野分
(
のわき
)
は
音
(
おと
)
も
為
(
せ
)
ざりきや
荻吹
(
をぎふ
)
く
風
(
かぜ
)
を
誰
(
たれ
)
か
聞
(
き
)
くらむ
030
御返
(
みかへ
)
り。
蔓延
(
はびこ
)
れる
葛之下吹
(
くずのしたふ
)
く
風聲
(
かぜのおと
)
も
誰
(
たれ
)
かは
今
(
いま
)
は
聞
(
き
)
くべかりける
031 又
北方
(
きたのかた
)
違
(
たが
)
へして
歸給
(
かへりたま
)
へる。
又日
(
またのひ
)
。
如何
(
いか
)
でかは
人
(
ひと
)
は
聞
(
き
)
きけむ
我袖
(
わがそで
)
は
露置
(
つゆお
)
く
野邊
(
のべ
)
に
訪
(
おと
)
らぬ
物
(
もの
)
を
032
雨降
(
あめのふ
)
るに、
三條宮
(
さんでうのみや
)
にて。
雨
(
あめ
)
ならで
守人
(
もるひと
)
も
無
(
な
)
き
我宿
(
わがやど
)
は
淺茅原
(
あさぢがはら
)
と
見
(
み
)
るぞ
悲
(
かな
)
しき
033
東三條院
(
ひがしのさんでうのゐん
)
にて。
我
(
われ
)
ならで
復打拂
(
またうちはら
)
ふ
人
(
ひと
)
も
無
(
な
)
き
蓬原
(
よもぎがはら
)
を
長雨
(
ながめ
)
てぞ
降
(
ふ
)
る
034
內
(
うち
)
にて
御前
(
みまへ
)
の
藤
(
ふぢ
)
をなむ
忍
(
しの
)
びて
扱
(
こ
)
く
人有
(
ひとあり
)
と
聞
(
き
)
かせ
給
(
たま
)
ひて。
朝每
(
あさごと
)
に
薄
(
うす
)
とは
聞
(
き
)
けど
藤花
(
ふぢのはな
)
扱
(
こ
)
くこそ
甚
(
いと
)
ど
色增
(
いろま
)
ざりけれ
035
父宮
(
重明親王
)
の
御座
(
おは
)
しける
時
(
とき
)
に、
母上
(
ははうへ
)
の
御形等
(
みかたちなど
)
を、
今
(
いま
)
の
北方
(
きたのかた
)
の
語聞
(
きたりきこ
)
え
給
(
たま
)
ひて、
御髮
(
みぐし
)
の
愛
(
め
)
でたかりしは
復有
(
またあ
)
らむやとて、
取
(
と
)
りに
奉給
(
たてまつりたま
)
へりければ。
形
(
かた
)
も
無
(
な
)
く
成
(
な
)
りにし
君
(
きみ
)
が
玉鬘
(
たまかづら
)
掛
(
か
)
けもやすると
置
(
お
)
きつつも
見
(
み
)
む
036 とて
奉
(
たてまつ
)
らせ給ふ、
父宮
(
ちちみや
)
失給
(
うせたま
)
ひて
又年
(
またのとし
)
の
正月一日
(
むつきのついたち
)
に。
忌為
(
いむな
)
れど
今日
(
けふ
)
しもものの
悲
(
かな
)
しきは
年
(
とし
)
を
隔
(
へだ
)
つと
思
(
おも
)
ふなりけり
037
雪降日
(
ゆきのふるひ
)
物心細
(
もののこころぼそ
)
きに。
儚
(
はかな
)
くて
年經
(
としふ
)
る
雪
(
ゆき
)
も
今見
(
いまみ
)
れば
有
(
あり
)
し
人
(
ひと
)
には
劣
(
おと
)
らざりけり
038
繼母
(
ままはは
)
の
北方
(
きたのかた
)
。
見
(
み
)
し
人
(
ひと
)
の
雲
(
くも
)
と
成
(
な
)
りにし
空是
(
そらな
)
れば
降雪
(
ふるゆき
)
さへも
珍
(
めづら
)
しき
哉
(
かな
)
039
右馬頭
(
むまのかみ
)
の
兄弟
(
はらから
)
少將の
宮使
(
みやづか
)
へすべしと
聞
(
き
)
かせ
給
(
たま
)
ひて、さて
過暮
(
すぎくれ
)
のとの給へ
馳
(
は
)
せたりければ少將。
數為
(
かずな
)
らで
梓杣
(
あづさのそま
)
に
立
(
た
)
ちぬとも
杉本
(
すぎのもと
)
をば
如何忘
(
いかがわす
)
れむ
040
御返
(
みかへ
)
し。
忘
(
わす
)
れじと
云
(
い
)
ふにも
依
(
よ
)
らじ
三輪山
(
みわのやま
)
杉本
(
すぎのもと
)
には
雨
(
あめ
)
も
漏
(
も
)
りけり
041
前代御祖父
(
まへのだいのみそふ
)
に御
親手
(
てづから
)
物
書
(
か
)
かせ給へる
物共
(
ものども
)
を、
馬內侍
(
むまのないし
)
に見せに
遣
(
つか
)
はしたりければ、
上
(
うへ
)
の見せむとの給はせしを、
隱
(
かく
)
れさせ給ひしかば、
口惜
(
くちをし
)
かりしに
甚嬉
(
いとうれ
)
しくとて。
馬內侍
(
むまのないし
)
。
【○新古今
0806
。】
訪
(
たづ
)
ねても
跡
(
あと
)
は
如是
(
かく
)
ても
水莖
(
みづぐき
)
の
行方
(
ゆくへ
)
も
知
(
し
)
らぬ
昔也
(
むかしなり
)
けり
042 とて中に入れて、
御文
(
みふみ
)
には
下
(
した
)
に
唯紙
(
ただのかみ
)
の
有
(
あ
)
るに
書付
(
かきつ
)
く。
君
(
きみ
)
にのみ
留
(
とど
)
めて
置
(
お
)
きし
古
(
いにしへ
)
の
絕
(
た
)
えにし
跡
(
あと
)
を
見
(
み
)
るぞ
哀
(
かな
)
しき
043
【○承前。】
濱千鳥
(
はまちどり
)
跡有
(
あとあ
)
るをだに
留
(
とど
)
めねば
唯白浪
(
ただしらなみ
)
に
歸
(
かへ
)
す
許
(
ばかり
)
ぞ
044
御返
(
みかへ
)
し。
【○新古今
0807
。】
古
(
いにしへ
)
の
泣
(
な
)
きに
流
(
なが
)
るる
水莖
(
みづぐき
)
は
跡
(
あと
)
こそ
袖
(
そで
)
の
裏
(
うら
)
に
寄
(
よ
)
りけれ
045
【○承前。】
水莖
(
みづぐき
)
の
儚
(
はかな
)
きだにも
消
(
き
)
え
無
(
な
)
くに
行方知
(
ゆくへし
)
らぬは
昔
(
むかし
)
なりけり
046
【○承前。】
濱千鳥
(
はまちどり
)
見慣
(
みな
)
れし
跡
(
あと
)
を
澳浪
(
おきつなみ
)
隱
(
かく
)
すや
淺
(
あさ
)
き
磯
(
いそ
)
に
為
(
な
)
すらむ
047
宣耀殿女御
(
せえうでんのにょうご
)
の
御許
(
みもと
)
に。
偶
(
たま
)
さかに
訪人有
(
とふひとあり
)
やと
春日野
(
かすがの
)
の
野守
(
のもり
)
は
如何
(
いかが
)
告
(
つ
)
けやしつらむ
048
御返
(
みかへ
)
し。
春日野
(
かすがの
)
の
雪下草
(
ゆきのしたぐさ
)
人知
(
ひとし
)
れず
訪日有
(
とふひあり
)
やと
我
(
われ
)
ぞ
待
(
ま
)
ちつる
048a
野宮
(
ののみや
)
にて
琴
(
こと
)
に
風音
(
かぜのおと
)
の
通
(
かよ
)
ふと
云
(
い
)
ふ
題
(
だい
)
を。
琴音
(
ことのね
)
に
峰
(
みね
)
の
松風
(
まつかぜ
)
通
(
かよ
)
ふなり
何峰
(
いづれのを
)
より
調始
(
しらべそ
)
めけむ
048b
【○承前。拾遺
0452
。】
松風
(
まつかぜ
)
の
音
(
おと
)
に
亂
(
みだ
)
るる
琴音
(
ことのね
)
を
彈
(
ひ
)
けば
子日
(
ねのひ
)
の
心地
(
ここち
)
こそすれ
049
野宮
(
ののみや
)
に
御座
(
おは
)
しける
頃
(
ころ
)
、
三條殿
(
さんでうのどの
)
より
真弓紅葉
(
まゆみのもみぢ
)
の
一葉有
(
ひとはあ
)
るに
指
(
さ
)
して。
木枯
(
こがらし
)
の
風便
(
かぜのたよ
)
りは
近
(
ちか
)
けれど
人
(
ひと
)
は
忘
(
わす
)
るる
物
(
もの
)
にぞ
有
(
あり
)
ける
050
伊勢
(
いせ
)
に
下給
(
くだりたま
)
ひて、
同宮
(
おなじみや
)
の
御幣使
(
みてぐらづかひ
)
に、
下
(
くだ
)
りたりけるに、
御文無
(
みふみのな
)
かりければ。
振返
(
ふりかへ
)
む
人
(
ひと
)
は
訪
(
と
)
ふべき
雪消
(
ゆきぎ
)
えの
解
(
と
)
くる
便
(
たよ
)
りも
滯
(
とどこほ
)
りけり
051
宇治
(
うぢ
)
に
御座為
(
おはせ
)
し
時
(
とき
)
、
雛遊
(
ひいなあそび
)
に
神御許
(
かみのみもと
)
に
詣
(
まう
)
づる
女
(
をみな
)
に、
男迄逢
(
をとこまであ
)
ひて
物言交
(
ものいひかは
)
す。
其神
(
そのかみ
)
は
差
(
さ
)
しも
思
(
おも
)
はで
來然
(
こしか
)
ども
思事
(
おもふこと
)
こそ
事
(
こと
)
に
成
(
な
)
りぬれ
052
女
(
をみな
)
の
返
(
かへ
)
し
神代
(
かみよ
)
より
思事
(
おもふこと
)
だに
有物
(
あるもの
)
を
可惜思
(
あたらおもひ
)
に
如何
(
いかが
)
なるらむ
053
同
(
おな
)
じ
雛社前
(
ひなのやしろのまへ
)
の
川
(
かは
)
に
紅葉散
(
もみぢち
)
る
所
(
ところ
)
にて。
風
(
かぜ
)
さへや
神邊
(
かみのあたり
)
を
拂
(
はら
)
ふらむ
速
(
はや
)
き
瀨瀨
(
せぜ
)
にも
散
(
ち
)
る
紅葉
(
もみちば
)
を
054
馬內侍
(
むまのないし
)
、
山吹
(
やまぶき
)
に
指
(
さ
)
して。
八重
(
やへ
)
ながら
婀娜
(
あだ
)
に
見
(
み
)
ゆれば
山吹
(
やまぶき
)
の
下
(
した
)
にぞ
嘆
(
なげ
)
く
井手蛙
(
ゐでのかはづ
)
は
055
御返
(
みかへ
)
し
八重
(
やへ
)
ながら
婀娜
(
あだ
)
に
見
(
み
)
えける
山吹
(
やまぶき
)
の
一重心
(
ひとへこころ
)
を
思
(
おもひ
)
こそ
遣
(
や
)
れ
056
久
(
ひさ
)
しく
里
(
さと
)
に
御座
(
おは
)
しける
頃
(
ころ
)
、
同內侍許
(
おなじないしのもと
)
に。
【後拾遺
0879
。】
夢如
(
ゆめのごと
)
朧
(
おぼ
)
めかれ
行
(
ゆ
)
く
世中
(
よのなか
)
に
何時問
(
いつと
)
はむとか
訪
(
おとづ
)
れも
為
(
せ
)
ぬ
057
伊勢
(
いせ
)
の
後
(
のち
)
の
御下
(
みくだ
)
りの
度
(
たび
)
、
昔覺
(
むかしおぼ
)
しいでて。
世
(
よ
)
に
經
(
ふ
)
れば
又
(
また
)
も
越
(
こ
)
えけり
鈴鹿山
(
すずかやま
)
昔今
(
むかしのいま
)
に
成
(
な
)
るにや
有
(
あ
)
るらむ
058
宮
(
みや
)
の
御返
(
みかへ
)
し。
鈴鹿山
(
すずかやま
倭文苧環
(
しづのをたまき
諸共
(
もろとも
に
經
(
ふ
るには
勝
(
まさ
る
事無
(
ことな
かりけり
059
大王宮
(
たいわうのみや
)
に。
【○後拾遺
1002
。】
大空
(
おほそら
)
に
風待
(
かぜま
)
つ
程
(
ほど
)
の
蜘蛛絲
(
くものい
)
の
心細
(
こころぼそ
)
さを
思遣
(
おもひや
)
らなむ
060
御返
(
みかへ
)
し。
【○後拾遺
1003
。】
思遣
(
おもひや
)
る
我
(
わ
)
が
衣手
(
ころもで
)
は
小蟹
(
ささがに
)
の
曇
(
くも
)
らぬ
空
(
そら
)
に
雨
(
あめ
)
のみぞ
降
(
ふ
)
る
061 一品宮より
紙
(
かみ
)
を
繼
(
つ
)
がせて
玆
(
これ
)
に
物書
(
ものか
)
かせ
たま
(
給
)
ひてと
聞
(
き
)
こえ
給
(
たま
)
へりければ、
琴頭
(
ことがみ
)
を
繼
(
つ
)
ぎて
書
(
か
)
かせ
給
(
たま
)
ひて。宮。
雲居
(
くものゐ
)
の
如斯如斯
(
かくかく
)
べくも
有
(
あ
)
らねども
露形見
(
つゆのかたみ
)
に
消
(
け
)
たぬなるべし
062
御返
(
みかへ
)
し。
如是
(
かく
)
よりも
割無
(
わりな
)
く
見
(
み
)
ゆる
蜘蛛絲
(
くものい
)
を
露形見
(
つゆのかたみ
)
に
見
(
み
)
るぞ
嬉
(
うれ
)
しき
063
伊勢
(
いせ
)
の
御下
(
みくだ
)
りに
齋院
(
さいゐん
)
より。
【○續古今
0833
。】
秋霧
(
あきぎり
)
の
立
(
た
)
ちて
行
(
ゆ
)
くらむ
露
(
つゆ
)
けさは
心
(
こころ
)
を
添
(
そ
)
へて
思遣
(
おもひや
)
る
哉
(
かな
)
064
御返
(
みかへ
)
し。
【○續古今
0834
。】
餘所
(
よそ
)
ながら
立
(
た
)
つ
朝霧
(
あさぎり
)
は
何為
(
なにな
)
れや
野邊
(
のべ
)
に
袂
(
たもと
)
は
別
(
わか
)
れぬ
物
(
もの
)
を
065
桃園宮
(
ももぞののみや
)
に
御琴
(
みこと
)
かり
聞
(
きこ
)
えさせ
給
(
たま
)
ひて、
返
(
かへ
)
し
奉
(
たてまつ
)
らせ
給
(
たま
)
ふに。
聞鳴
(
ききな
)
らす
程
(
ほど
)
は
經
(
へ
)
にける
琴為
(
ことな
)
れど
逢
(
あ
)
はぬ
戀路
(
こひち
)
ぞ
甲斐無
(
かひな
)
かりける
066
御返
(
みかへ
)
し。あい宮。
岩上
(
いはのうへ
)
に
松縱
(
まつのたと
)
ひを
引掛
(
ひきか
)
けて
世
(
よ
)
に
逢
(
あ
)
ふ
事
(
こと
)
は
違
(
たが
)
ひしも
為
(
せ
)
じ
067
伊勢
(
いせ
)
より。
【○新古今
0908
。】
人
(
ひと
)
を
尚
(
なほ
)
恨
(
うら
)
みつべしや
都鳥
(
みやこどり
)
有
(
あり
)
やとだにも
問
(
と
)
ふを
聞
(
き
)
かねば
068
御返
(
みかへ
)
し。あい宮。
問
(
と
)
はねども
深
(
ふか
)
き
心
(
こころ
)
は
伊勢海
(
いせのうみ
)
の
底
(
そこ
)
なる
海人
(
あま
)
に
劣
(
おと
)
りやはする
069
峰君失
(
みねのきみう
)
せ
給
(
たま
)
ひての
頃
(
ころ
)
世間
(
よのなか
)
も
巖中
(
いはほのなか
)
も
儚
(
はかな
)
くて
峰煙
(
みねのけぶり
)
と
如何
(
いか
)
で
成
(
なり
)
けむ
070
御返
(
みかへ
)
し。
同
(
おな
)
じ。
儚
(
はか
)
もなき
世
(
よ
)
を
棄
(
す
)
て
果
(
はて
)
し
人
(
ひと
)
ぞ
待
(
ま
)
つ
煙
(
けぶり
)
と
成
(
な
)
りて
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ちける
071 一品宮より、
伊勢御下
(
いせのみくだ
りに。
別行
(
わかれゆ
く
程
(
ほど
は
雲居
(
くもゐ
を
隔
(
へだ
つとも
思心
(
おもふこころ
は
霧
(
きり
も
障
(
さは
らじ
072
御返
(
みかへ
)
し、
同
(
おな
)
じ
折
(
をり
)
に女御殿より。
秋霧
(
あきぎり
)
と
立出
(
たちいづ
)
る
旅
(
たび
)
の
空
(
そら
)
よりも
今
(
いま
)
はと
聞
(
き
)
くの
露
(
つゆ
)
ぞ
零
(
こぼ
)
るる
073
御返
(
みかへ
)
し。
菊
(
きく
)
にだに
置
(
お
)
きける
露
(
つゆ
)
を
宜
(
むべ
)
しこそ
送
(
おく
)
るる
袖
(
そで
)
の
苦
(
くる
)
しかりけれ
074
忍
(
しの
)
びて
下給
(
くだりたま
)
へれば、
尼
(
あま
)
にならせ
給
(
たま
)
ひぬと
聞
(
き
)
きて
土御門
(
つちみかど
)
と
云
(
い
)
ふ。
海人小舟
(
あまをぶね
)
成
(
な
)
るとに
速
(
はや
)
く
漕出
(
こぎいづ
)
る
峽
(
かい
)
の
雫
(
しづく
)
に
君
(
きみ
)
も
如何
(
いか
)
にぞ
075
御返
(
みかへ
)
し。宮。
淺
(
あさ
)
ましく
舟流
(
ふねなが
)
したる
海士
(
あま
)
よりも
我袖裏
(
わがそでのうら
)
の
潮
(
しほ
)
も
乾
(
かは
)
かず
076
兵部卿宮
(
ひゃうぶきゃうのみや
)
入道
にふだう
(
)
し給へりしに
伊勢
(
いせ
)
より。
懸
(
か
)
からでも
雲居程
(
くもゐのほど
)
は
嘆
(
なげ
)
きしに
見
(
み
)
えぬ
山路
(
やまぢ
)
を
思遣
(
おもひや
)
る
哉
(
かな
)
077 女三宮の
御草紙書
(
みさうしか
)
かせ
奉給
(
たてまつりたま
)
ひけるに、
葦
(
あし
)
で
長歌等書
(
なかうたなどか
)
かせ給ひて
同所
(
おなじところ
)
。
【○新古今
1796
。】
皆人
(
みなびと
)
の
背果
(
そむきはて
)
にし
世中
(
よのなか
)
に
布留社
(
ふるのやしろ
)
の
身
(
み
)
を
如何
(
いか
)
に
為
(
せ
)
む
078
伊勢
(
いせ
)
に
大淀浦
(
おほよどのうら
)
と
云所
(
いふところ
)
に
松甚多
(
まついとおほ
)
かりける
御祓
(
みはら
)
へに。
【○新古今
1606
。】
大淀
(
おほよど
)
の
浦立
(
うらた
)
つ
浪
(
なみ
)
の
歸
(
かへ
)
らずは
變
(
かは
)
らぬ
松
(
まつ
)
の
色
(
いろ
)
を
見
(
み
)
ましや
079
七月七日
(
たなばた
)
に。
【○新古今
0325
。】
邂逅
(
わくらば
)
に
天川浪
(
あまのかはなみ
)
歸
(
よ
)
るながら
明
(
あ
)
くる
空
(
そら
)
には
任
(
まか
)
せず
欲得
(
もかな
)
080
同日片脇
(
おなじひかたわき
)
て
前栽合
(
せんざいあは
)
せせさせ
給
(
たま
)
けるを、
雨甚降
(
あめいたうふ
)
りて、
其日止
(
そのひとま
)
りぬ、
方人心元無
(
かたひとこころもとな
)
かりけれは。女御殿。
天川
(
あまのかは
)
昨日空
(
きのふのそら
)
の
名殘
(
なごり
)
にも
身
(
み
)
には
如何
(
いか
)
なる
物
(
もの
)
とかは
知
(
し
)
る
081
為恭
(
ためちか
)
が
同胞
(
はらから
)
の
為
(
ため
)
くに、
齋宮
(
さいぐう
)
の
雷
(
かみなり
)
に、五月五日
參
(
まゐ
)
りて、
宮御前
(
みやのおまへ
)
の
遣水
(
やりみづ
)
を
參河池
(
みかはのいけ
)
となむ
云
(
い
)
ふなる
台盤所
(
だいばんどころ
)
にて。
今年老
(
ことしおひ
)
の
參河池
(
みかはのいけ
)
の
菖蒲草
(
あやめぐさ
)
長
(
なが
)
き
例
(
ためし
)
に
人
(
ひと
)
も
引
(
ひ
)
かなむ
081a
返
(
かへ
)
し。女御
殿
(
どの
)
。
老世
(
おいのよ
)
を
何時延
(
いつはえ
)
なりや
菖蒲草
(
あやめぐさ
)
千代
(
ちよ
)
に
楝
(
あふち
)
の
花
(
はな
)
をこそ
見
(
み
)
れ
082
忍
(
しの
)
びて
下給
(
くだりたま
)
ふ
也
(
なり
)
とて、女御殿より。
鈴鹿山
(
すずかやま
)
布留中道
(
ふるのなかみち
)
君
(
きみ
)
よりも
聞慣
(
ききなら
)
すこそ
後難
(
おくれがた
)
けれ
083
下給
(
くだりたま
)
ひは
遣
(
つか
)
なるべし、
御返
(
みかへ
)
り
伊勢
(
いせ
)
より。
鈴鹿山
(
すすがやま
)
音
(
おと
)
に
聞
(
き
)
きけむ
君
(
きみ
)
よりも
心闇
(
こころのやみ
)
に
惑
(
まど
)
ひにしかな
084
又御返
(
またみかへ
)
し。
儚
(
はかな
)
くて
雲
(
くも
)
と
成
(
な
)
るとも
山彥
(
やまひこ
)
の
答許
(
こたへばかり
)
は
空
(
そら
)
に
如何
(
いか
)
に
為
(
せ
)
む
085 女三宮の
御服拔給
(
みぶくぬきたま
)
へる
頃
(
ころ
)
、一品宮に
伊勢
(
いせ
)
より。
秋果
(
あきはて
)
て
野邊草
(
のべのくさ
)
はも
色變
(
いろかは
)
り
有
(
あ
)
らぬ
色
(
いろ
)
なる
衣如何
(
ころもいか
)
にぞ
086
伊勢
(
いせ
)
より
麗景殿
(
れいけいでん
)
齋宮
(
さいぐう
)
の
宮
(
みや
)
に
浦遠
(
うらとほ
)
み
遙
(
はる
)
かなりとも
濱千鳥
(
はまちどり
)
京方
(
みやこのかた
)
を
問
(
と
)
はぬ
日
(
ひ
)
ぞ
無
(
な
)
き
087
宮
(
みや
)
の
御服拔
(
みぶくぬ
)
かせ
給
(
たま
)
ふ
頃
(
ころ
)
、一品宮に
伊勢
(
いせ
)
より。
御返
(
みかへ
)
し。
訪來
(
とひく
)
るを
待程過
(
まつほどす
)
ぎば
濱千鳥
(
はまちどり
)
浪間
(
なみま
)
に
尚
(
なほ
)
ぞ
恨
(
うら
)
みらるべき
088
内
(
うち
)
にて
何折
(
なにのおり
)
にか
有
(
あり
)
けむ。
東風
(
こちかぜ
)
に
靡
(
なび
)
きも
出
(
いで
)
ぬ
朝舟
(
あさぶね
)
は
身
(
み
)
を
恨
(
うら
)
みつつ
焦
(
こ
)
がれてぞ
古
(
ふ
)
る
089
父親王失給
(
ちちみこうせたま
)
ひて
後
(
のち
)
、
返事
(
かへりごと
)
に。
嘆
(
なげ
)
きつつ
雨
(
あめ
)
も
淚
(
なみだ
)
も
故鄉
(
ふるさと
)
の
葎門
(
むぐらのかと
)
の
出難
(
いでがた
)
き
哉
(
かな
)
090
久
(
ひさし
)
く
參給
(
まゐりたま
)
はざりければ。
緯
(
ぬき
)
を
麤
(
あら
)
み
間遠成
(
まどほな
)
れども
麻衣
(
あさごろも
)
幾
(
いく
)
そ
度
(
たび
)
かは
袖濡
(
そでのぬ
)
れけむ
091
御返
(
みかへ
)
し。女御。
藻鹽燒
(
もしほや
)
く
煙
(
けぶり
)
に
褻
(
な
)
るる
麻衣
(
あさごろも
)
憂目
(
うきめ
)
を
裹
(
つつ
)
む
袖
(
そで
)
にやあるらむ
092
上
(
うへ
)
の
御夢
(
みゆめ
)
に
見
(
み
)
えさせ
給
(
たま
)
ひければ。
【○新古今
1384
。】
寢夢
(
ぬるゆめ
)
に
現憂
(
うつつのう
)
さも
忘
(
わす
)
られて
思火慰
(
おもひなぐさ
)
む
程儚
(
ほどのはかな
)
さ
093
又事折
(
またことをり
)
に。
詫
(
わび
)
ぬれば
身
(
み
)
を
浮雲
(
うきくも
)
に
成
(
な
)
しつつも
思
(
おも
)
はぬ
山
(
やま
)
に
掛
(
か
)
からず
欲得
(
もがな
)
094
兵部卿宮
(
ひゃうぶきゃうのみや
)
四君。
常磐為
(
ときはな
)
る
松
(
まつ
)
に
付
(
つ
)
けても
問
(
と
)
ふやとて
幾度春
(
いくたびはる
)
を
過
(
す
)
ぐし
來
(
き
)
ぬらむ
095
御返
(
みかへ
)
し。女御殿。
忘行
(
わすれゆ
)
く
春景色
(
はるのけしき
)
に
翳
(
かす
)
むとて
辛
(
つら
)
き
吉野
(
よしの
)
の
山
(
やま
)
も
理
(
ことわり
)
096
女御殿
(
にょうごどの
)
の御返し。
常磐山
(
ときはやま
)
色變
(
いろかは
)
らめや
春霞
(
はるがすみ
)
棚引
(
たなび
)
く
方
(
かた
)
は
事
(
こと
)
に
成
(
な
)
るとも
097
池
(
いけ
)
に
藤掛
(
ふぢかか
)
りたるを女御殿。
【○後拾遺
0153
。】
紫
(
むらさき
)
に
八鹽染
(
やしほそ
)
めたる
藤花
(
ふぢのはな
)
池
(
いけ
)
には
日射
(
ひさ
)
す
物
(
もの
)
にそ
有
(
あり
)
ける
098
女御殿
(
にょうごどの
)
の
御方
(
みかた
)
に
花有
(
はなのあり
)
けるを
御覽為
(
ごらむせ
)
むとありければ、
梅枝
(
むめのえだ
)
を
折
(
をり
)
て上る。
見
(
み
)
つつのみ
慰
(
なぐさ
)
む
花
(
はな
)
の
枝
(
えだ
)
ならば
付
(
つ
)
けて
心
(
こころ
)
を
思遣
(
おもひや
)
らまし
099
御返
(
みかへ
)
し。
梅花
(
うめのはな
)
下枝露
(
しづえのつゆ
)
に
掛
(
か
)
けて
來
(
け
)
る
人心
(
ひとのこころ
)
は
導見
(
しるべみ
)
えけり
100
春
(
はる
)
まかて給ひて
秋
(
あき
)
とや
聞給
(
きこえたま
)
ひけむ。
【○新古今
1417
。】
春行
(
はるゆ
)
きて
秋迄
(
あきまで
)
とやは
思
(
おも
)
ひけむ
雁
(
かり
)
には
非
(
あら
)
ず
契
(
ちぎ
)
りし
物
(
もの
)
を
101
惱
(
なや
)
ませ
給
(
たまひ
)
ける
頃
(
ころ
)
上る。
【○續古今
1745
。】
斯
(
か
)
かるをも
知
(
し
)
らずや
有
(
あ
)
るらむ
白露
(
しらつゆ
)
の
消
(
け
)
ぬべき
程
(
ほど
)
も
忘
(
わす
)
れぬ
物
(
もの
)
を
102
如何
(
いか
)
なる
折
(
をり
)
にか
有
(
あり
)
けむ。
如何
(
いか
)
にぞや
莫告其
(
なのりそれ
)
かと
問
(
と
)
はむにも
忘
(
わす
)
れる
里
(
さと
)
や
海人
(
あま
)
は
付
(
つ
)
けまし
103
一品資子內親王
(
いっぽんししないしんわう
)
に
逢
(
あ
)
ひて、
昔事
(
むかしのこと
)
ども
申出
(
まうしいだ
)
して
詠侍
(
よみはべり
)
ける。
【○新古今
0778
。】
袖
(
そで
)
にさへ
秋夕
(
あきのゆふべ
)
は
知
(
し
)
られけり
消
(
き
)
えし
淺茅
(
あさぢ
)
が
露
(
つゆ
)
を
懸
(
か
)
けつつ
齋宮女御集,京都西本願寺所藏卅六人集を以て校勘す。
底本:新校群書類從 京都西本願寺所藏卅六人集本『
齋宮女御集
』
參考:藤原定家加筆『
齋宮女御集
』
【再臨ノ詔】
【久遠の絆】