真字萬葉集 卷十二 古今相聞往來歌類之下


古今相聞往來歌類之下

2841 正述心緒 【十首第一。】

     我背子之 朝明形 吉不見 今日間 戀暮鴨

     ()背子(せこ)が 朝明姿(あさけのすがた) 良見(よくみ)ずて 今日間(けふのあひだ)を 戀暮(こひく)らすかも

       以憚人目故 不得良見拂曉時 伊人歸姿故 是以今日一日間 哀愁戀慕苦相思

      柿本人麻呂 2841


2842 【承前,十首第二。】

     我心 等望使念 新夜 一夜不落 夢見與

     ()(こころ) (とも)しみ(おも)ふ 新夜(あらたよ)の 一夜(ひとよ)()ちず (いめ)()えこそ

       吾發心深處 欲拜君眉慕我君 自於今日起 夜夜無闕念伊人 宵宵與逢在夢田

      柿本人麻呂 2842


2843 【承前,十首第三。】

     愛 我念妹 人皆 如去見耶 手不纏為

     (うるは)しと ()(おも)(いも)を 人皆(ひとみな)の ()如見(ごとみ)めや ()()かずして

       甚也愛憐哉 既是朝思復暮想 常念伊人者 豈見唯如行道人 還願纏手不相離

      柿本人麻呂 2843


2844 【承前,十首第四。】

     比日 寐之不寐 敷細布 手枕纏 寐欲

     此頃(このころ)の 寐寢(いのね)()ぬは 敷栲(しきたへ)の 手枕纏(たまくらま)きて ()まく()りこそ

       近日此頃之 輾轉不得寐寢者 是何由矣哉 欲取白妙敷栲兮 伊人手枕共眠矣

      柿本人麻呂 2844


2845 【承前,十首第五。】

     忘哉 語 意遣 雖過不過 猶戀

     (わす)るやと 物語(ものがたり)して 心遣(こころや)り ()ぐせど()ぎず 猶戀(なほこ)ひにけり

       雖然揚言云 欲將忘哉卸此情 以慰此抑鬱 然而相思情難忘 煎熬猶益戀更增

      柿本人麻呂 2845


2846 【承前,十首第六。】

     夜不寐 安不有 白細布 衣不脫 及直相

     (よる)()ず (やす)くも(あら)ず 白栲(しろたへ)の (ころも)()かじ (ただ)逢迄(あふまで)

       徹夜不得眠 胸懷忐忑莫安寧 白妙敷栲兮 常著此衣不褪去 直至一旦復相逢

      柿本人麻呂 2846


2847 【承前,十首第七。】

     後相 吾莫戀 妹雖云 戀間 年經乍

     (のち)()はむ (われ)莫戀(なこひ)そと (いも)()へど ()ふる(あひだ)に (とし)()につつ

       其後必相逢 莫戀妾身不守舍 伊人述如此 然而相別思慕間 不覺月異已歷年

      柿本人麻呂 2847


2848 【承前,十首第八。】

     不直相 有諾 夢谷 何人 事繁【或本歌曰,寤者,諾毛不相,夢左倍。】

     (ただ)()はず あるは(うべなり) (いめ)にだに (なに)しか(ひと)の 言繁(ことのしげ)けむ或本歌曰(あるぶみのうたにいふ)(うつつ)には、(うべ)()()く、(いめ)にさへ。】

       不得直逢者 其亦理應實然矣 縱然在夢中 何以閒人蜚語繁 流言不斷噂更傳【或本歌曰,在於現寤時,不得直逢理應然,縱令在夢中。】

      柿本人麻呂 2848


2849 【承前,十首第九。】

     烏玉 彼夢 見繼哉 袖乾日無 吾戀矣

     烏玉(ぬばたま)の 彼夢(そのいめ)にだに 見繼(みつ)げりや 袖乾(そでふ)日無(ひな)く ()()ふらくを

       漆黑烏玉兮 雖然每在夜夢間 得以常相會 然而我袖無乾時 日日啜泣吾戀矣

      柿本人麻呂 2849


2850 【承前,十首第十。】

     現 直不相 夢谷 相見與 我戀國

     (うつつ)には (ただ)にも()はず (いめ)にだに ()ふと()えこそ ()()ふらくに

       白晝現世間 不得直逢隔異地 至少夜夢間 望能相會在枕中 以吾慕情難抑矣

      柿本人麻呂 2850


2851 寄物陳思 【十三第一。】

     人所見 表結 人不見 裏紐開 戀日太

     人見(ひとのみ)る (うへ)(むす)びて 人見(ひとのみ)ぬ 下紐開(したひもあ)けて ()ふる()(おほ)

       他人之所見 外衣上紐雖緊結 然人所不視 內衣下紐夙已解 如是戀慕時日多

      柿本人麻呂 2851


2852 【承前,十三第二。】

     人言 繁時 吾妹 衣有 裏服矣

     人言(ひとごと)の (しげ)(とき)には 我妹子(わぎもこ)し (ころも)にありせば (した)()ましを

       流言蜚語傳 人之閒言喧囂時 親親吾妹子 汝若幻化為衣者 吾必肌身裏服矣

      柿本人麻呂 2852


2853 【承前,十三第三。】

     真珠服 遠兼 念 一重衣 一人服寐

     真玉繫(またまつ)く (をち)をし()ねて (おも)へこそ 一重衣(ひとへのころも) 獨著(ひとりき)()

       真珠美玉串 貫緒彼時亙將來 正因念如此 是以身著一重衣 孤寢獨眠奈寂寥

      柿本人麻呂 2853


2854 【承前,十三第四。】

     白細布 我紐緒 不絕間 戀結為 及相日

     白栲(しろたへ)の ()紐緒(ひものを)の ()えぬ()に 戀結(こひむす)()む ()はむ日迄(ひまで)

       白妙敷栲兮 在吾著裳紐緒之 未絕斷之間 當結此戀定情矣 至於此度復逢時

      柿本人麻呂 2854


2855 【承前,十三第五。】

     新治 今作路 清 聞鴨 妹於事矣

     新墾(にひばり)の 今作(いまつく)(みち) (さや)かにも ()きてけるかも (いも)(うへ)(こと)

       洽猶新墾兮 落成大道之所如 清爽且明朗 得以聽聞比消息 喜知伊人身上事

      柿本人麻呂 2855


2856 【承前,十三第六。】

     山代 石田社 心鈍 手向為在 妹相難

     山背(やましろ)の 石田社(いはたのもり)に 心鈍(こころおそ)く 手向(たむ)けしたれや (いも)逢難(あひかた)

        莫非經山城 山科石田社之時 心鈍不經意 怠慢手向之故哉 離別日久難相逢

      柿本人麻呂 2856


2857 【承前,十三第七。】

     菅根之 惻隱 照日 乾哉吾袖 於妹不相為

     菅根(すがのね)の 惻隱(ねもころごろ)に 照日(てるひ)にも ()めや()(そで) (いも)()はずして

       嗚呼菅根兮 惻隱潤澤無遺處 臨宇照日者 雖可令我衣袖乾 無以致吾與妹逢

      柿本人麻呂 2857


2858 【承前,十三第八。】

     妹戀 不寐朝 吹風 妹經者 吾與經

     (いも)()ひ (いね)朝明(あさけ)に 吹風(ふくかぜ)は (いも)にし()れば ()にも()れこそ

       痛心戀伊人 失眠不寐朝明間 颯颯吹風者 汝若拂過我思人 還願亦來拂吾身

      柿本人麻呂 2858


2859 【承前,十三第九。】

     飛鳥川 高川避紫 越來 信今夜 不明行哉

     明日香川(あすかがは) 高川避紫(未詳) ()()しを 誠今夜(まことこよひ)は ()かさず()なめや

       飛鳥明日香 川水險阻吾不辭 冒險越來者 千辛萬苦得今宵 豈歸在天未明哉

      柿本人麻呂 2859


2860 【承前,十三第十。】

     八釣川 水底不絕 行水 續戀 是比歲【或本歌曰、水尾母不絕。】

     八釣川(やつりがは) 水底絕(みなそこた)えず 行水(ゆくみづ)の ()ぎてぞ()ふる 此年頃(このとしころ)或本歌曰(あるぶみのうたにいふ)水脈(みを)()えせず。】

       飛鳥八釣川 源源水底未嘗絕 逝水之所如 吾心戀慕情不斷 相思懷胸此年頃【或本歌曰,源源水脈未嘗絕。】

      柿本人麻呂 2860


2861 【承前,十三十一。】

     礒上 生小松 名惜 人不知 戀渡鴨

     礒上(いそのうへ)に ()ふる小松(こまつ)の ()()しみ (ひと)()()ず 戀渡(こひわた)るかも

       肅穆荒磯上 所生葱翠小松者 蓋已惜名哉 深藏戀慕埋胸懷 不令人知渡終年

      柿本人麻呂 2861

         或本歌曰:「巖上爾,立小松,名惜,人爾者不云,戀渡鴨。」

         或本歌曰:「岩上(いはのうへ)に、()てる小松(こまつ)の、()()しみ、(ひと)には()はず、戀渡(こひわた)るかも。」

           肅穆巖磐上 所立葱翠小松者 蓋已惜名哉 深藏戀慕埋胸懷 不與人言渡終年



2862 【承前,十三十二。】

     山川 水陰生 山草 不止妹 所念鴨

     山川(やまがは)の 水陰(みづかげ)()ふる 山菅(やますげ)の ()まずも(いも)は (おも)ほゆるかも

       山川水蔭間 所生山菅之如 吾戀戀幾許 常懸伊人在心頭 所念切切無止時

      柿本人麻呂 2862


2863 【承前,十三十三。】

     淺葉野 立神古 菅根 惻隱誰故 吾不戀【或本歌曰,誰葉野爾,立志奈比垂。】

     淺葉野(あさはの)に ()神古(かむさぶ)る 菅根(すがのね)の 惻隱誰(ねもころた)(ゆゑ) ()()()くに或本歌曰(あるぶにのうたにいふ)()葉野(はの)に、立撓(たちしな)ひたる。】

       淺羽淺葉野 所立神古蘊嚴然 菅根之所如 除去懇意汝命故 吾豈慕誰戀如此【或本歌曰,豐前誰葉野,野間所立撓垂靡。】

      柿本人麻呂 2863

         右廿三首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。



2864 正述心緒 【百首第一。】

     吾背子乎 且今且今跡 待居爾 夜更深去者 嘆鶴鴨

     ()背子(せこ)を (いま)(いま)かと 待居(まちゐ)るに 夜更(よのふ)けぬれば (なげ)きつるかも

       我待吾夫子 且今且今引領盼 獨守空閨間 倏然夜更深去者 不覺顰眉復嘆息

      佚名 2864


2865 【承前,百首第二。】

     玉釼 卷宿妹母 有者許增 夜之長毛 歡有倍吉

     玉釧(たまくしろ) 纏寢(まきぬ)(いも)も あらばこそ 夜長(よのなが)けくも (うれ)しくあるべき

       金石珠玉釧 纏得伊人纖細腕 相枕而眠故 縱然漫漫此夜長 怡然自得總歡愉

      佚名 2865


2866 【承前,百首第三。】

     人妻爾 言者誰事 酢衣乃 此紐解跡 言者孰言

     人妻(ひとづま)に ()ふは()(こと) 酢衣(すごろも)の 此紐解(このひもと)けと ()ふは()(こと)

       人妻既有主 誰令輕誂來寄哉 素服酢衣之 孰言欲解此紐哉 自可別尋他芳草

      佚名 2866


2867 【承前,百首第四。】

     如是許 將戀物其跡 知者 其夜者由多爾 有益物乎

     如是許(かくばか)り ()ひむ(もの)そと ()らませば 其夜(そのよ)(ゆた)に あら益物(ましもの)

       若能及早知 至今戀慕如此許 難堪相思者 共度春宵其夜間 自當寬裕良吟味

      佚名 2867


2868 【承前,百首第五。】

     戀乍毛 後將相跡 思許增 己命乎 長欲為禮

     ()ひつつも (のち)()はむと (おも)へこそ (おの)(いのち)を (なが)()りすれ

       戀慕日已久 只由其後欲相逢 以心懸此願 故欲空蟬己命者 得以長生俟逢時

      佚名 2868


2869 【承前,百首第六。】

     今者吾者 將死與吾妹 不相而 念渡者 安毛無

     (いま)()は ()なむよ我妹(わぎも) ()はずして 思渡(おもひわた)れば (やす)けくも()

       噫乎吾妹矣 我今心碎殆將死 相離不得逢 朝夕戀慕焦此情 片刻無寧甚難堪

      佚名 2869


2870 【承前,百首第七。】

     我背子之 將來跡語之 夜者過去 思咲八更更 思許理來目八面

     ()背子(せこ)が ()むと(かた)りし ()()ぎぬ しゑやさらさら しこり()めやも

       薄情吾夫子 語期今宵來相逢 然此夜既過 徒守空閨人不至 也罷至今豈復來

      佚名 2870


2871 【承前,百首第八。】

     人言之 讒乎聞而 玉桙之 道毛不相常 云吾妹

     人言(ひとごと)の (よこ)しを()きて 玉桙(たまほこ)の (みち)にも()はじと ()へりし我妹(わぎも)

       輕聞他人讒 以為我身薄情郎 縱在玉桙兮 康莊大道不予逢 如是所訴吾妹矣

      佚名 2871


2872 【承前,百首第九。】

     不相毛 懈常念者 彌益二 人言繁 所聞來可聞

     ()()くも ()しと(おも)へば 彌增(いやま)しに 人言繁(ひとごとしげ)く ()こえ()るかも

       別離不得逢 居常憂鬱所念者 自然而然矣 不覺彌甚聞人訴 讒言入耳懸心頭

      佚名 2872


2873 【承前,百首第十。】

     里人毛 謂告我禰 縱咲也思 戀而毛將死 誰名將有哉

     里人(さとびと)も 語繼(かたりつ)ぐがね ()しゑやし ()ひても()なむ ()()ならめや

       鄉里邑人矣 口語相傳而可也 橫豎無所謂 不如戀死殉此情 孰之浮名將立哉

      佚名 2873


2874 【承前,百首十一。】

     慥 使乎無跡 情乎曾 使爾遣之 夢所見哉【○慥,本字𭞅。】

     (たし)かなる 使(つかひ)()みと (こころ)をそ 使(つかひ)()りし (いめ)()えきや

       言行相應兮 可賴信使無之故 遂以此赤心 以為遣使至汝許 可曾見吾在夢田

      佚名 2874


2875 【承前,百首十二。】

     天地爾 小不至 大夫跡 思之吾耶 雄心毛無寸

     天地(あめつち)に (すこ)(いた)らぬ 大夫(ますらを)と (おも)ひし(われ)や 男心(をごころ)()

       吾人常自負 殆要頂天立地之 巍峨大丈夫 雖然自詡益荒男 情關難過失雄心

      佚名 2875


2876 【承前,百首十三。】

     里近 家哉應居 此吾目之 人目乎為乍 戀繁口

     里近(さとちか)く (いへ)()るべき 此我(このわ)()の 人目(ひとめ)をしつつ 戀繁(こひのしげ)けく

       不當構家居 在於里近鼎沸處 吾畏蜚語傳 竊避人目憚露見 相思情湧甚難堪

      佚名 2876


2877 【承前,百首十四。】

     何時奈毛 不戀有登者 雖不有 得田直比來 戀之繁母

     何時(いつ)はなも ()ひず(あり)とは ()らねども 別樣此頃(うたてこのころ) (こひ)(しげ)しも

       捫心自問之 雖然無論在何時 莫有不戀者 然而別樣在此頃 思戀更添情難抑

      佚名 2877


2878 【承前,百首十五。】

     黑玉之 宿而之晚乃 物念爾 割西胸者 息時裳無

     烏玉(ぬばたま)の ()ねてし(よひ)の 物思(ものも)ひに ()けにし(むね)は 止時(やむとき)()

       漆黑烏玉兮 相寢纏綿春宵夜 每逢憶彼時 身陷物憂胸抑鬱 心如刀割無息時

      佚名 2878


2879 【承前,百首十六。】

     三空去 名之惜毛 吾者無 不相日數多 年之經者

     御空行(みそらゆ)く 名惜(なのを)しけくも (あれ)()し ()はぬ日數多(ひまねく) 年經(としのへ)ぬれば

       翱翔凌御空 名譽者雖令人惜 吾不畏浮名 苦痛不得與君逢 已然年經歷餘歲

      佚名 2879


2880 【承前,百首十七。】

     得管二毛 今毛見壯鹿 夢耳 手本纏宿登 見者辛苦毛【或本歌發句曰,吾妹兒乎。】

     (うつつ)にも (いま)()てしか (いめ)のみに 手本枕寢(たもとまきぬ)と ()るは(くる)しも或本歌發句曰(あるぶみのはじめのくにいふ)我妹子(わぎもこ)を。】

       縱在晝現時 且今刻下欲逢見 唯有夜夢間 得以手枕相寢者 惆悵辛苦甚難堪【或本歌發句曰,親親吾妹矣。】

      佚名 2880


2881 【承前,百首十八。】

     立而居 為便乃田時毛 今者無 妹爾不相而 月之經去者【或本歌曰,君之目不見而,月之經去者。】

     ()ちて()て (すべ)方便(たどき)も (いま)()し (いも)()はずて 月經(つきのへ)ぬれば或本歌曰(あるぶみのうたにいふ)(きみ)目見(めみ)ずて、月經(つきのへ)ぬれば。】

       坐立皆難安 手足無措不知方 黔驢技已窮 自與妹離不相見 已然歷月良久矣【或本歌曰,與君相別不相見,已然歷月良久矣。】

      佚名 2881


2882 【承前,百首十九。】

     不相而 戀度等母 忘哉 彌日異者 思益等母

     ()はずして 戀渡(こひわた)るとも (わす)れめや 彌日(いやひ)()には 思增(おもひま)すとも

       別離不相見 日日思戀豈忘情 此心此意者 彌日日異念更增 慕情無止更泉湧

      佚名 2882


2883 【承前,百首二十。】

     外目毛 君之光儀乎 見而者社 吾戀山目 命不死者【一云,壽向,吾戀止目。】

     外目(よそめ)にも (きみ)姿(すがた)を ()てばこそ ()戀止(こひや)まめ 命死(いのちし)なずは一云(またにいふ)(いのち)(むか)ふ、()戀止(こひや)まめ。】

       縱然居遠處 若得望君光儀者 忐忑令心焦 相思憂情可抑哉 若此命仍苟延者【一云,不惜懸命吾戀者 或得中止平息哉。】

      佚名 2883


2884 【承前,百首廿一。】

     戀管母 今日者在目杼 玉匣 將開明日 如何將暮

     ()ひつつも 今日(けふ)はあらめど 玉櫛笥(たまくしげ) ()けなむ明日(あす)を 如何(いか)()らさむ

       胸懸心上人 傷懷今日既將過 玉匣麗櫛笥 所以將開明日者 漫然晝長如何暮

      佚名 2884


2885 【承前,百首廿二。】

     左夜深而 妹乎念出 布妙之 枕毛衣世二 嘆鶴鴨

     小夜更(さよふ)けて (いも)思出(おもひい)で 敷栲(しきたへ)の (まくら)(そよ)に (なげ)きつるかも

       每逢小夜深 不覺思念妹妻頃 素妙敷栲兮 香枕微微發鳴動 蓋吾悲嘆甚矣哉

      佚名 2885


2886 【承前,百首廿三。】

     他言者 真言痛 成友 彼所將障 吾爾不有國

     人言(ひとごと)は 誠言痛(まことこちた)く ()りぬとも 彼所(そこ)(さは)らむ (われ)にあら()くに

       縱然閒人等 流言蜚語噂甚痛 不堪入耳者 然吾心意既已決 不為彼所將障矣

      佚名 2886


2887 【承前,百首廿四。】

     立居 田時毛不知 吾意 天津空有 土者踐鞆

     ()ちて()て 方便(たどき)()らず ()(こころ) 天空也(あまつそらなり) (つち)()めども

       坐立皆難安 手足無措不知方 黔驢技已窮 我心茫然猶虛空 足縱蹈地不踏實

      佚名 2887


2888 【承前,百首廿五。】

     世間之 人之辭常 所念莫 真曾戀之 不相日乎多美

     世中(よのなか)の 人言葉(ひとのことば)と (おも)ほすな (まこと)()ひし ()はぬ()(おほ)

       勿思吾所言 以為娑婆俗世間 陳腐虛詞矣 字字真誠發心奧 所戀不逢日多矣

      佚名 2888


2889 【承前,百首廿六。】

     乞如何吾 幾許戀流 吾妹子之 不相跡言流 事毛有莫國

     乞何(いでな)()が 幾許戀(ここだくこ)ふる 我妹子(わぎもこ)が ()はじと()へる (こと)もあら()くに

       奈何如此哉 竟然戀慕至幾許 分明吾妹子 未嘗斷言不相見 別離之苦仍難耐

      佚名 2889


2890 【承前,百首廿七。】

     夜干玉之 夜乎長鴨 吾背子之 夢爾夢西 所見還良武

     烏玉(ぬばたま)の ()(なが)みかも ()背子(せこ)が (いめ)(いめ)にし ()(かへ)るらむ

       漆黑烏玉兮 漫漫長夜故矣哉 親親吾夫子 一而再也再而三 反覆見君在夢田

      佚名 2890


2891 【承前,百首廿八。】

     荒玉之 年緒長 如此戀者 信吾命 全有目八面

     (あら)たまの 年緒長(としのをなが)く 如此戀(かくこ)ひば 誠我(まことわ)(いのち) (また)くあらめやも

       日新月異兮 胸懷此念年緒長 吾戀若猶此 須臾脆促此命者 終究豈可有常哉

      佚名 2891


2892 【承前,百首廿九。】

     思遣 為便乃田時毛 吾者無 不相數多 月之經去者

     思遣(おもひや)る 術方便(すべのたどき)も (われ)()し ()はずて數多(まねく) 月經(つきのへ)ぬれば

       雖欲解抑鬱 手足無措不知方 黔驢吾技窮 自與妹離不相見 已然歷月良久矣

      佚名 2892


2893 【承前,百首三十。】

     朝去而 暮者來座 君故爾 忌忌久毛吾者 歎鶴鴨

     朝去(あしたい)にて (ゆふ)()ます 君故(きみゆゑ)に 忌忌(ゆゆ)しくも(あれ)は (なげ)きつるかも

       每逢朝離去 至於夕暮而復來 奉為我君故 雖然忌忌不甚吉 吾仍難耐總嘆息

      佚名 2893


2894 【承前,百首卅一。】

     從聞 物乎念者 我胸者 破而摧而 鋒心無

     ()きしより (もの)(おも)へば ()(むね)は ()れて(くだ)けて 利心(とごころ)()

       自聞其消息 終日抑鬱陷物憂 吾胸懷相思 心如刀割破碎而 理性盡失殆毀滅

      佚名 2894


2895 【承前,百首卅二。】

     人言乎 繁三言痛三 我妹子二 去月從 未相可母

     人言(ひとごと)を (しげ)言痛(こちた)み 我妹子(わぎもこ)に ()にし(つき)より 未逢(いまだあ)はぬかも

        閒雜人等之 流言蜚語甚繁矣 親親吾妹子 自於前月相別起 懼憚至今未能逢

      佚名 2895


2896 【承前,百首卅三。】

     歌方毛 曰管毛有鹿 吾有者 地庭不落 空消生

     未必(うたがた)も ()ひつつもあるか (われ)ならば (つち)には()ちず (そら)()なまし

       未必如此矣 豈能斷言如汝述 若為妾身者 早在失墜落地前 已然消熔逝空中

      佚名 2896


2897 【承前,百首卅四。】

     何 日之時可毛 吾妹子之 裳引之容儀 朝爾食爾將見

     如何(いか)ならむ 日時(ひのとき)にかも 我妹子(わぎもこ)が 裳引(もび)きの姿(すがた) (あさ)()()

       其當如何而 有朝一日遂我願 親親吾妹子 雍容曳裳光儀者 朝朝日日可見哉

      佚名 2897


2898 【承前,百首卅五。】

     獨居而 戀者辛苦 玉手次 不懸將忘 言量欲

     獨居(ひとりゐ)て ()ふれば(くる)し 玉襷(たまだすき) ()けず(わす)れむ 事計(ことはか)りもが

       形單影孤而 獨居戀慕慎辛苦 玉襷掛手繦 如何平然不懸心 欲得方策能忘情

      佚名 2898


2899 【承前,百首卅六。】

     中中二 默然毛有申尾 小豆無 相見始而毛 吾者戀香

     中中(なかなか)に (もだ)もあら(まし)を 理無(あづきな)く 相見初(あひみそ)めても (あれ)()ふるか

       早知如此者 不若嘿默有益哉 違理亂方寸 萍水相逢邂逅故 我戀如斯疾痛心

      佚名 2899


2900 【承前,百首卅七。】

     吾妹子之 咲眉引 面影 懸而本名 所念可毛

     我妹子(わぎもこ)が ()まひ眉引(まよび)き 面影(おもかげ)に ()かりて元無(もとな) (おも)ほゆるかも

       親親吾妹子 豁然展咲柳眉開 百媚光儀者 面影不去浮瞼內 慕念莫名懸心頭

      佚名 2900


2901 【承前,百首卅八。】

     赤根指 日之暮去者 為便乎無三 千遍嘆而 戀乍曾居

     茜指(あかねさ)す 日暮(ひのく)れぬれば (すべ)()み 千度嘆(ちたびなげ)きて ()ひつつそ()

       暉曜緋茜射 斜陽西沉暮去者 手足皆無措 悲哀嘆息千百遍 唯有徒然浸戀慕

      佚名 2901


2902 【承前,百首卅九。】

     吾戀者 夜晝不別 百重成 情之念者 甚為便無

     ()(こひ)は 夜晝別(よるひるわか)ず 百重成(ももへな)す (こころ)(おも)へば (いた)術無(すべな)

       吾人之所戀 不捨晝夜慕無別 情湧千百重 心之所念意所趨 相思潰堤無可計

      佚名 2902


2903 【承前,百首四十。】

     五十殿寸太 薄寸眉根乎 徒 令搔管 不相人可母

     甚除(いとの)きて (うす)眉根(まよね)を (いたづら)に ()かしめつつも ()はぬ人かも

       徒搔薄眉根 心縋咒驗欲相會 俗信盡徒然 形單影孤無逢由 無情冷漠伊人矣

      佚名 2903


2904 【承前,百首卌一。】

     戀戀而 後裳將相常 名草漏 心四無者 五十寸手有目八面

     戀戀(こひこひ)て (のち)()はむと (なぐさ)もる (こころ)()くは ()きてあらめやも

       居常戀戀之 只願其後能相逢 以之為慰藉 若無此念解思愁 豈得孤身苟活哉

      佚名 2904


2905 【承前,百首卌二。】

     幾 不生有命乎 戀管曾 吾者氣衝 人爾不所知

     (いくばく)も ()けらじ(いのち)を ()ひつつそ (あれ)息吐(いきづ)く (ひと)()らえず

       旦夕且死兮 此命無常莫幾生 依戀埋胸懷 竊然吐息吾悲嘆 此情伊人不所知

      佚名 2905


2906 【承前,百首卌三。】

     他國爾 結婚爾行而 大刀之緒毛 未解者 左夜曾明家流

     他國(ひとくに)に 結婚(よばひ)()きて 大刀(たち)()も 未解(いまだと)かねば 小夜(さよ)()けにける

       遠涉至他鄉 夜這妻問逑淑女 大刀飾緒者 未解之際夜已盡 春宵既明吾妹矣

      佚名 2906


2907 【承前,百首卌四。】

     大夫之 聰神毛 今者無 戀之奴爾 吾者可死

     大夫(ますらを)の 聰心(さときこころ)も (いま)()し 戀奴(こひのやつこ)に (あれ)()ぬべし

        壯士益荒男 深謀遠慮不復在 聰慧心盡失 吾今為戀賊所敗 身負百創將死矣

      佚名 2907


2908 【承前,百首卌五。】

     常如是 戀者辛苦 蹔毛 心安目六 事計為與

     常如斯(つねかく)し ()ふれば(くる)し (しましく)も 心休(こころやす)めむ 事計為(ことはかりせ)

       孤居常如是 每為相思戀慕苦 縱令片刻頃 還請計事謀良方 如何令此心暫歇

      佚名 2908


2909 【承前,百首卌六。】

     凡爾 吾之念者 人妻爾 有云妹爾 戀管有米也

     (おほろ)かに (あれ)(おも)はば 人妻(ひとづま)に (あり)()(いも)に ()ひつつあらめや

       吾人之所念 若與凡俗無異者 親親吾妹子 汝今既做他人妻 豈仍戀慕如此許

      佚名 2909


2910 【承前,百首卌七。】

     心者 千重百重 思有杼 人目乎多見 妹爾不相可母

     (こころ)には 千重(ちへ)百重(ももへ)に (おも)へれど 人目(ひとめ)(おほ)み (いも)()はぬかも

       雖然胸懷間 情念千重復百重 慕情湧不止 然憚人目懼人知 避諱不得與妹逢

      佚名 2910


2911 【承前,百首卌八。】

     人目多見 眼社忍禮 小毛 心中爾 吾念莫國

     人目多(ひとめおほ)み ()こそ(しの)ぶれ (すく)なくも 心中(こころのうち)に ()(おも)()くに

       以畏人目故 隱忍避逢日雖久 然觀胸懷中 此念滿溢不得抑 激情闇燃殆毀滅

      佚名 2911


2912 【承前,百首卌九。】

     人見而 事害目不為 夢爾吾 今夜將至 屋戶閇勿勤

     人見(ひとのみ)て 言咎(こととが)めせぬ (いめ)(われ) 今夜至(こよひいた)らむ 宿閉(やどさ)勿努(なゆめ)

       不若晝現時 縱為人見不遭咎 邯鄲夜夢間 欲赴汝許在今宵 還冀今夜莫閉戶

      佚名 2912


2913 【承前,百首五十。】

     何時左右二 將生命曾 凡者 戀乍不有者 死上有

     何時迄(いつまで)に ()かむ(いのち)そ 大方(おほかた)は ()ひつつあらずは ()益物(ましもの)

       諸行本無常 此命生至何時哉 凡矣大方者 較於苦戀苟殘喘 不若一死能百了

      佚名 2913


2914 【承前,百首五一。】

     愛等 念吾妹乎 夢見而 起而探爾 無之不怜

     (うるは)しと (おも)我妹(わぎも)を (いめ)()て ()きて(さぐ)るに ()きが(さぶ)しさ

       甚也愛憐哉 朝思暮想我伊人 相逢在夢中 驚覺已後探八方 晝現無人更悲寂

      佚名 2914


2915 【承前,百首五二。】

     妹登曰者 無禮恐 然為蟹 懸卷欲 言爾有鴨

     (いも)()はば 無禮(なめ)(かしこ)し (しか)すがに ()けまく()しき (こと)()るかも

       以妹稱之者 無禮之極當戒慎 然而捫心問 發自方寸深奧處 所欲言之辭矣哉

      佚名 2915


2916 【承前,百首五三。】

     玉勝間 相登云者 誰有香 相有時左倍 面隱為

     玉勝間(たまかつま) ()はむと()ふは (たれ)なるか ()へる(とき)さへ 面隱(おもかく)しする

        玉籠勝間兮 所謂欲為相逢者 孰人之言哉 縱在春宵夜短時 嬌羞遮面孰人哉

      佚名 2916


2917 【承前,百首五四。】

     寤香 妹之來座有 夢可毛 吾香惑流 戀之繁爾

     (うつつ)にか (いも)來坐(きま)せる (いめ)にかも (あれ)(まと)へる 戀繁(こひのしげ)きに

       縱然晝現時 伊人亦嘗來矣哉 或為夢一場 茫茫之中不辨哉 以我戀狂情意亂

      佚名 2917


2918 【承前,百首五五。】

     大方者 何鴨將戀 言舉不為 妹爾依宿牟 年者近綬

     大方(おほかた)は (なに)かも()ひむ 言舉(ことあ)げせず (いも)寄寢(よりね)む (とし)(ちか)きを

       凡矣大方者 何苦戀慕至幾許 縱令不揚言 此去將與心所懸 伊人纏眠年不遠

      佚名 2918


2919 【承前,百首五六。】

     二為而 結之紐乎 一為而 吾者解不見 直相及者

     二人(ふたり)して (むす)びし(ひも)を 一人(ひとり)して (あれ)解見(ときみ)じ (ただ)逢迄(あふまで)

       此為在昔日 我倆攜手所結紐 是以有所思 不欲隻身解其紐 直至有朝復逢時

      佚名 2919


2920 【承前,百首五七。】

     終命 此者不念 唯毛 妹爾不相 言乎之曾念

     ()なむ(いのち) 此處(ここ)(おも)はず (ただ)しくも (いも)()はざる (こと)をしそ(おも)

       命旦夕且死 然吾豈惜身亡哉 胸懷有所思 縱令天命忽至者 唯愁不能與汝面

      佚名 2920


2921 【承前,百首五八。】

     幼婦者 同情 須臾 止時毛無久 將見等曾念

     手弱女(たわやめ)は 同心(おやじこころ)に 須臾(しましく)も 止時(やむとき)()く ()てむとそ(おも)

        妾雖手弱女 胸懷之志與君同 縱令轉瞬間 此心熱望無稍歇 無時不盼與君逢

      佚名 2921


2922 【承前,百首五九。】

     夕去者 於君將相跡 念許增 日之晚毛 悞有家禮

     夕去(ゆふさ)らば (きみ)()はむと (おも)へこそ 日暮(ひのく)るらくも (うれ)しく(あり)けれ

       每逢夕去者 得與君逢度良宵 正因念如此 黃昏近晚日暮時 不覺欣喜盼君來

      佚名 2922


2923 【承前,百首六十。】

     直今日毛 君爾波相目跡 人言乎 繁不相而 戀度鴨

     直今日(ただけふ)も (きみ)には()はめど 人言(ひとごと)を (しげ)()はずて 戀渡(こひわた)るかも

       迫不能及待 且今欲得與君逢 然恐畏人目 迴避蜚語不相逢 唯苦相思度終日

      佚名 2923


2924 【承前,百首六一。】

     世間爾 戀將繁跡 不念者 君之手本乎 不枕夜毛有寸

     世中(よのなか)に 戀繁(こひしげ)けむと (おも)はねば (きみ)手本(たもと)を (まか)()(あり)

       後悔總莫及 未知戀慕苦如此 相思怠毀滅 奈何與妹相離前 不纏綿夜亦有之

      佚名 2924


2925 【承前,百首六二。】

     綠兒之 為社乳母者 求云 乳飲哉君之 於毛求覽

     稚子(みどりこ)の (ため)こそ乳母(おも)は (もと)むと()へ 乳飲(ちの)めや(きみ)が 乳母求(おももと)むらむ

       奉為稚子而 尋求乳母情可原 然今又奈何 汝君蓋欲飲乳哉 求此乳母所為何

      佚名 2925


2926 【承前,百首六三。】

     悔毛 老爾來鴨 我背子之 求流乳母爾 行益物乎

     (くや)しくも ()いにけるかも ()背子(せこ)が (もと)むる乳母(おも)に ()益物(ましもの)

       悔哉甚遺憾 色衰貌竭年華老 親親吾夫子 此身焜黃華葉衰 形似乳母豈好逑

      佚名 2926


2927 【承前,百首六四。】

     浦觸而 可例西袖叫 又卷者 過西戀以 亂今可聞

     衷觸(うらぶ)れて ()れにし(そで)を 亦枕(またま)かば ()ぎにし(こひ)い 亂來(みだれこ)むかも

       抑鬱憂難耐 取持離緣舊人袖 復以為枕者 過往依戀本已斷 倏然又生亂我情

      佚名 2927


2928 【承前,百首六五。】

     各寺師 人死為良思 妹爾戀 日異羸沼 人丹不所知

     (おの)(じし) 人死(ひとし)にすらし (いも)()ひ ()()()せぬ (ひと)()らえず

       人人蓋陌路 各自身死無羈絆 吾心戀伊人 以致與日俱羸痩 仍嘆無由令人知

      佚名 2928


2929 【承前,百首六六。】

     夕夕 吾立待爾 若雲 君不來益者 應辛苦

     宵宵(よひよひ)に ()立待(たちま)つに (けだ)しくも 君來坐(きみきま)さずは (くる)しかるべし

       每逢近晚時 宵宵夕夕待君臨 夜夜引領盼 吾君汝若不來逢 方寸甚苦心殆碎

      佚名 2929


2930 【承前,百首六七。】

     生代爾 戀云物乎 相不見者 戀中爾毛 吾曾苦寸

     ()ける()に (こひ)云物(いふもの)を 相見(あひみ)ねば 戀中(こひのうち)にも (あれ)(くる)しき

       自有生以來 所謂戀情之物者 吾未嘗見矣 今思森羅萬象中 吾之所戀最苦哉

      佚名 2930


2931 【承前,百首六八。】

     念管 座者苦毛 夜干玉之 夜爾至者 吾社湯龜

     (おも)ひつつ ()れば(くる)しも 烏玉(ぬばたま)の (よる)(いた)らば (われ)こそ()かめ

        終日苦相思 徒守空閨甚難堪 漆黑烏玉兮 夜幕低垂天闇時 汝不須來吾將往

      佚名 2931


2932 【承前,百首六九。】

     情庭 燎而念杼 虛蟬之 人目乎繁 妹爾不相鴨

     (こころ)には ()えて(おも)へど 空蟬(うつせみ)の 人目(ひとめ)(しげ)み (いも)()はぬかも

       雖然方寸中 情念高昂燎不止 空蟬憂世間 忌憚人目恐蜚語 以故不得與妹逢

      佚名 2932


2933 【承前,百首七十。】

     不相念 公者雖座 肩戀丹 吾者衣戀 君之光儀

     相思(あひおも)はず (きみ)(いま)せど 片戀(かたこひ)に (あれ)はそ()ふる (きみ)姿(すがた)

       君不以為意 泰然自若無所動 然我苦相思 心猶刀割單戀者 只為君之光儀矣

      佚名 2933


2934 【承前,百首七一。】

     味澤相 目者非不飽 攜 不問事毛 苦勞有來

     味障(あぢさ)はふ ()()かざらね (たづさは)り 言問(ことと)()くも (くる)しかりけり

       味障多合兮 目雖常見非不厭 咫尺天崖兮 無緣可執子之手 莫得言問心疾苦

      佚名 2934


2935 【承前,百首七二。】

     璞之 年緒永 何時左右鹿 我戀將居 壽不知而

     (あらた)まの 年緒長(としのをなが)く 何時迄(いつまで)か ()戀居(こひを)らむ 命知(いのちし)らずて

       日新月亦異 年緒且長時日久 其當至何時 漫漫我戀可遂哉 不知命數殘幾何

      佚名 2935


2936 【承前,百首七三。】

     今者吾者 指南與我兄 戀為者 一夜一日毛 安毛無

     (いま)()は ()なむよ()() (こひ)すれば 一夜一日(ひとよひとひ)も (やす)けくも()

       噫乎吾夫矣 我今心碎殆將死 相離不得逢 朝夕戀慕焦此情 一夜一日皆無寧

      佚名 2936


2937 【承前,百首七四。】

     白細布之 袖折反 戀者香 妹之容儀乃 夢二四三湯流

     白栲(しろたへ)の 袖折返(そでをりかへ)し ()ふればか (いも)姿(すがた)の (いめ)にし()ゆる

       素妙白栲兮 手折衣袖以為枕 戀慕寢故哉 朝思暮想淑女矣 吾見汝姿夜夢中

      佚名 2937


2938 【承前,百首七五。】

     人言乎 繁三毛人髮三 我兄子乎 目者雖見 相因毛無

     人言(ひとごと)を (しげ)言痛(こちた)み ()背子(せこ)を ()には()れども 逢由(あふよし)()

       以憚人目而 畏懼流言蜚語甚 親親吾夫子 雖然常窺汝光儀 苦無逢由心更痛

      佚名 2938


2939 【承前,百首七六。】

     戀云者 薄事有 雖然 我者不忘 戀者死十方

     (こひ)()へば 薄事也(うすきことなり) (しか)れども (あれ)(わす)れじ (こひ)()ぬとも

       所謂慕戀者 言語雖輕猶鴻毛 然故吾自身 刻骨銘心不相忘 縱令戀死不足惜

      佚名 2939


2940 【承前,百首七七。】

     中中二 死者安六 出日之 入別不知 吾四九流四毛

     中中(なかなか)に ()なば(やす)けむ (いづ)()の ()別知(わきし)らぬ (われ)(くる)しも

       進退不得志 不若一死能百了 晨曦所昇日 不知西沉在何時 渾渾噩噩我苦哉

      佚名 2940


2941 【承前,百首七八。】

     念八流 跡狀毛我者 今者無 妹二不相而 年之經行者

     思遣(おもひや)る 方便(たどき)(われ)は (いま)()し (いも)()はずて 年經(としのへ)ぬれば

       雖欲緩憂情 手足無措不知方 黔驢技已窮 自與妹離不相見 已然經年良久矣

      佚名 2941


2942 【承前,百首七九。】

     吾兄子爾 戀跡二四有四 小兒之 夜哭乎為乍 宿不勝苦者

     ()背子(せこ)に ()ふとにしあらし 稚子(みどりこ)の 夜泣(よな)きをしつつ 寐難(いねかてな)くは

       親親吾夫子 蓋是戀汝欲見哉 小兒稚子之 嚎啕夜泣不止息 喧鬧終夜不令眠

      佚名 2942


2943 【承前,百首七十。】

     我命之 長欲家口 偽乎 好為人乎 執許乎

     ()(いのち)の (なが)()しけく (いつはり)を ()くする(ひと)を 捕許(とらふばかり)

       捫心自問矣 何欲此命長生哉 所以為何者 欲補善偽吐虛言 平然吐露誑語者

      佚名 2943


2944 【承前,百首八一。】

     人言 繁跡妹 不相 情裏 戀比日

     人言(ひとごと)を (しげ)みと(いも)に ()はずして 心中(こころのうち)に ()ふる此頃(このころ)

       以憚人言而 畏懼蜚語甚之故 久不與妹逢 心中難耐情難抑 焦於戀慕此頃時

      佚名 2944


2945 【承前,百首八二。】

     玉梓之 君之使乎 待之夜乃 名凝其今毛 不宿夜乃大寸

     玉梓(たまづさ)の (きみ)使(つかひ)を ()ちし()の 名殘(なごり)(いま)も ()ねぬ()(おほ)

       玉梓華杖兮 盼汝信使來相會 夜夜守空房 所以蕩漾餘波矣 今亦輾轉甚難眠

      佚名 2945


2946 【承前,百首八三。】

     玉桙之 道爾行相而 外目耳毛 見者吉子乎 何時鹿將待

     玉桙(たまほこ)の (みち)行逢(ゆきあ)ひて 外目(よそめ)にも ()れば良子(よきこ)を 何時(いつ)とか()たむ

       玉桙華道兮 萍水相逢大路上 縱然居遠處 遙望仍感窈窕女 待至何時能晤逢

      佚名 2946


2947 【承前,百首八四。】

     念西 餘西鹿齒 為便乎無美 吾者五十日手寸 應忌鬼尾

     (おも)ひにし (あま)りにしかば (すべ)()み (われ)()ひてき ()むべき(もの)

       慕情不能止 餘念潰堤似氾濫 手足皆無措 大意揚言伊人名 分明應忌名諱矣

      柿本人麻呂 2947

         或本歌曰:「門出而,吾反側乎,人見監可毛。【一云,無乏,出行,家當見。】

         柿本朝臣人麻呂歌集云:「爾保鳥之,奈津柴比來乎,人見鴨。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「(かど)(いで)て、()臥伏(こいふ)すを、人見(ひとみ)けむかも。一云(みたにいふ)(すべ)()み、(いで)てそ()きし、家邊(いへのあた)()に。】

         柿本朝臣人麻呂歌集云(かきのもとのあそみひとまろ):「鳰鳥(にほどり)の、滯來(なづさひこ)しを、人見(ひとみ)けむかも。」

           或本歌曰:「大意出屋戶,吾之狼狽臥伏者,蓋為他人所見哉。【一云、手足皆無措,不避人目輙出行,為見伊人家邊許。】」

           柿本朝臣人麻呂歌集云:「丹穗貌鳥兮,千里跋涉滯來者,蓋為他人所見哉。」



2948 【承前,百首八五。】

     明日者 其門將去 出而見與 戀有容儀 數知兼

     明日日(あすのひ)は 其門行(そのがとゆ)かむ (いで)()よ ()ひたる姿(すがた) 數多著(あまたし)るけむ

       明日之日者 吾身將行過其門 汝可出門見 憔悴焦戀此形姿 歷歷可見無分說

      佚名 2948


2949 【承前,百首八六。】

     得田價異 心欝悒 事計 吉為吾兄子 相有時谷

     別樣異(うたてけ)に 心欝悒(こころいぶせ)し 事計(ことはか)り ()くせ()背子(せこ) ()へる(とき)だに

       蓋是何以哉 今日別樣心欝悒 嗚呼吾兄子 還願汝良以計事 如是難得相逢時

      佚名 2949


2950 【承前,百首八七。】

     吾妹子之 夜戶出乃光儀 見而之從 情空有 地者雖踐

     我妹子(わぎもこ)が 夜戶出姿(よとでのすがた) ()てしより 心空成(こころそらな)り (つち)()めども

       自於見伊人 夜戶外出光儀者 面影揮不去 此心忐忑猶騰空 縱令踏地不安寧

      佚名 2950


2951 【承前,百首八八。】

     海石榴市之 八十衢爾 立平之 結紐乎 解卷惜毛

     海石榴市(つばいち)の 八十衢(やそのちまた)に 立平(たちなら)し (むす)びし(ひも)を ()かまく()しも

       海石榴市之 四通八達八十衢 於茲歌垣際 伊人所以手結紐 吾甚惜之不欲解

      佚名 2951


2952 【承前,百首八九。○新古今1427。】
2953 【承前,百首九十。】

     戀君 吾哭涕 白妙 袖兼所漬 為便母奈之

     (きみ)()ひ ()泣淚(なくなみた) 白栲(しろたへ)の (そで)さへ()ちて 為術(せむすべ)()

       戀君誠刻骨 吾人淚泣下滂沱 白妙敷栲兮 衣袖漬濕無乾時 不知為術手無措

      佚名 2953


2954 【承前,百首九一。○新古今1428。】
2955 【承前,百首九二。】

     夢可登 情班 月數多 干西君之 事之通者

     (いめ)かと 心惑(こころまど)ひぬ 月數多(つきまねく) ()れにし(きみ)が 言通(ことのかよ)へば

       其蓋夜夢哉 我心幻惑情紊亂 曠日更歷月 相離已久不往來 吾君今日通言來

      佚名 2955


2956 【承前,百首九三。】

     未玉之 年月兼而 烏玉乃 夢爾所見 君之容儀者

     (あらた)まの 年月兼(としつきか)ねて 烏玉(ぬばたま)の (いめ)()えけり (きみ)姿(すがた)

       日新月異兮 滿懷懸念歷年月 漆黑烏玉兮 終在夜夢能相會 朝思暮想伊人姿

      佚名 2956


2957 【承前,百首九四。】

     從今者 雖戀妹爾 將相哉母 床邊不離 夢爾所見乞

     (いま)よりは ()ふとも(いも)に ()はめやも 床邊去(とこのへさ)らず (いめ)()えこそ

       從今以後者 雖戀吾妹情不減 然苦無逢由 還冀莫自床邊去 只願能晤在夢中

      佚名 2957


2958 【承前,百首九五。】

     人見而 言害目不為 夢谷 不止見與 我戀將息

     人見(ひとのみ)て 言咎為(こととがめせ)ぬ (いめ)にだに ()まず()えこそ ()戀止(こひや)まむ

       不若晝現時 縱為人見不遭咎 邯鄲夜夢間 只願相望無絕時 如是思情蓋可緩

      佚名 2958

         或本歌頭云:「人目多,直者不相。」

         或本歌頭云(あるぶみのうたのかみにいふ):「人目多(ひとめおほ)み、(ただ)には()はず。」

           或本歌頭云:「既然晝現時,懼憚人見不得逢。」



2959 【承前,百首九六。】

     現者 言絕有 夢谷 嗣而所見與 直相左右二

     (うつつ)には (こと)()えたり (いめ)にだに 繼ぎ()()えこそ (ただ)逢迄(あふまで)

       回顧晝現者 不得相見信亦絕 還願夜夢中 仍可望見無絕時 直至一旦相逢時

      佚名 2959


2960 【承前,百首九七。】

     虛蟬之 宇都思情毛 吾者無 妹乎不相見而 年之經去者

     空蟬(うつせみ)の 現心(うつしごころ)も (あれ)()し (いも)相見(あひみ)ずて 年經(としのへ)ぬれば

       空蟬浮生兮 平和之心吾不備 心慌情意亂 自與妹離不相見 已然經年良久矣

      佚名 2960


2961 【承前,百首九八。】

     虛蟬之 常辭登 雖念 繼而之聞者 心遮焉

     空蟬(うつせみ)の 常言葉(つねのことば)と (おも)へども (つぎ)てし()けば 心惑(こころまど)ひぬ

       空蟬憂世兮 陳腐常套虛辭矣 心雖知如此 然而繼而聽聞者 不覺心搖為所動

      佚名 2961


2962 【承前,百首九九。】

     白細之 袖不數而宿 烏玉之 今夜者早毛 明者將開

     白栲(しろたへ)の 袖離(そでか)れて()る 烏玉(ぬばたま)の 今夜(こよひ)(はや)も ()けば()けなむ

       白妙敷栲兮 離袖隻身孤寢時 漆黑烏玉兮 今夜輾轉甚難眠 只願長夜速天明

      佚名 2962


2963 【承前,百首一百。】

     白細之 手本寬久 人之宿 味宿者不寐哉 戀將渡

     白栲(しろたへ)の 手本寬(たもとゆた)けく 人寢(ひとのぬ)る 味寐(うまい)()ずや 戀渡(こひわた)りなむ

       白妙敷栲兮 世人枕袖共纏綿 然反觀諸己 輾轉隻寢孤難眠 終夜將苦相思情

      佚名 2963


2964 寄物陳思 【百卅七第一。】

     如是耳 在家流君乎 衣爾有者 下毛將著跡 吾念有家留

     如是(かく)のみに (あり)ける(きみ)を (きぬ)ならば (した)にも()むと ()(おも)へりける

       至今雖知悉 君之薄情如是爾 曩昔仍懵懂 嘗思若君為衣者 冀著肌身不願離

      佚名 2964


2965 【承前,百卅七第二。】

     橡之 袷衣 裏爾為者 吾將強八方 君之不來座

     (つるはみ)の 袷衣(あはせのころも) (うら)にせば 我強(われし)ひめやも (きみ)來坐(きま)さぬ

       橡染黃褐裳 表裏袷衣之所如 汝欲裏返者 妾身豈將強要哉 何以君之不復來

      佚名 2965


2966 【承前,百卅七第三。】

     紅 薄染衣 淺爾 相見之人爾 戀比日可聞

     (くれなゐ)の 薄染衣(うすぞめころも) (あさ)らかに 相見(あひみ)(ひと)に ()ふる(ころ)かも

       其猶鮮紅花 薄染衣裳之所如 淡薄淺矣哉 萍水相逢陌路人 不覺戀慕此頃時

      佚名 2966


2967 【承前,百卅七第四。】

     年之經者 見管偲登 妹之言思 衣乃縫目 見者哀裳

     年經(としのへ)ば ()つつ(しの)へと (いも)()ひし 衣縫目(ころものぬひめ) ()れば(かな)しも

       相別經年者 可見信物慰憂情 雖然述如斯 吾睹伊人所贈裳 每視逢目更傷悲

      佚名 2967


2968 【承前,百卅七第五。】

     橡之 一重衣 裏毛無 將有兒故 戀渡可聞

     (つるはみ)の 一重衣(ひとへのころも) (うら)()く あるらむ兒故(こゆゑ) 戀渡(こひわた)るかも

       橡染黃褐裳 一重衣裳之所如 虛浮無裏矣 當為無心伊人故 終日徒然戀慕哉

      佚名 2968


2969 【承前,百卅七第六。】

     解衣之 念亂而 雖戀 何之故其跡 問人毛無

     解衣(とききぬ)の 思亂(おもひみだ)れて ()ふれども 何故(なにのゆゑ)そと 問人(とふひと)()

       解衣之所如 此情迷惘心絮亂 戀慕至如此 何故憔悴云云者 至今仍無人問津

      佚名 2969


2970 【承前,百卅七第七。】

     桃花褐 淺等乃衣 淺爾 念而妹爾 將相物香裳

     桃染(つきそ)めの (あさ)らの(ころも) (あさ)らかに (おも)ひて(いも)に ()はむ(もの)かも

       朱鷺桃花褐 薄染微紅衣所如 淡泊心所向 蓋當與吾所戀慕 懸心伊人稍逢哉

      佚名 2970


2971 【承前,百卅七第八。】

     大王之 鹽燒海部乃 藤衣 穢者雖為 彌希將見毛

     大君(おほきみ)の 鹽燒海人(しほやくあま)の 藤衣(ふぢころも) ()れはすれども 彌珍(いやめづら)しも

       奉為吾皇而 燒鹽海人身所著 藤衣之所如 縱然襤褸敝褻馴 彌貼肌身不願離

      佚名 2971


2972 【承前,百卅七第九。】

     赤帛之 純裏衣 長欲 我念君之 不所見比者鴨

     赤絹(あかぎぬ)の 純裏衣(ひとうらのころも) (なが)()り ()思君(おもふきみ)が ()えぬ(ころ)かも

       其猶赤織絹 純裏布衣之所如 相欲長日久 與吾朝暮所心懸 伊人不逢此頃時

      佚名 2972


2973 【承前,百卅七第十。】

     真玉就 越乞兼而 結鶴 言下紐之 所解日有米也

     真玉繫(またまつ)く 遠近兼(をちこちか)ねて (むす)びつる ()下紐(したびも)の ()くる()あらめや

       真珠美玉串 貫緒往來亙未然 深思而交結 汝之所繫吾下紐 豈有輙解之日哉

      佚名 2973


2974 【承前,百卅七十一。】

     紫 帶之結毛 解毛不見 本名也妹爾 戀度南

     (むらさき)の 帶結(おびのむす)びも ()きも()ず 元無(もとな)(いも)に 戀渡(こひわた)りなむ

       紫草所渲染 伊人手結此帶者 未曾嘗解之 慕情無由更高漲 終日徒然戀伊人

      佚名 2974


2975 【承前,百卅七十二。】

     高麗錦 紐之結毛 解不放 齊而待杼 驗無可聞

     高麗錦(こまにしき) 紐結(ひものむす)びも 解放(ときさ)けず (いは)ひて()てど 驗無(しるしな)きかも

       艷華高麗錦 相別之際所手結 此紐未嘗解 潔身齋戒守空閨 久待伊人嘆無驗

      佚名 2975


2976 【承前,百卅七十三。】

     紫 我下紐乃 色爾不出 戀可毛將瘦 相因乎無見

     (むらさき)の ()下紐(したひも)の (いろ)(いで)ず ()ひかも()せむ 逢由(あふよし)()

       若猶我所著 紫草渲染吾下紐 隱忍不露色 焦戀身瘦形慘悴 羸弱只因無逢由

      佚名 2976


2977 【承前,百卅七十四。】

     何故可 不思將有 紐緒之 心爾入而 戀布物乎

     何故(なにゆゑ)か (おも)はずあらむ 紐緒(ひものを)の (こころ)()りて (こひ)しき(もの)

       當有何良方 可以忘情卸此思 紐緒結所如 此念深沁入胸懷 戀慕幾許豈得解

      佚名 2977


2978 【承前,百卅七十五。】

     真十鏡 見座吾背子 吾形見 將持辰爾 將不相哉

     真十鏡(まそかがみ) 見坐(みま)()背子(せこ) ()形見(かたみ) ()てらむ(とき)に ()はざらめやも

       無曇真十鏡 冀常望之吾夫子 其猶我形見 良以相持不捨者 其後豈無逢由哉

      佚名 2978


2979 【承前,百卅七十六。】

     真十鏡 直目爾君乎 見者許增 命對 吾戀止目

     真十鏡(まそかがみ) 直目(ただめ)(きみ)を ()てばこそ (いのち)(むか)ふ ()戀止(こひや)まめ

       無曇真十鏡 直至親眼獲拜眉 與君直逢時 不惜懸命吾戀者 或得中止平息哉

      佚名 2979


2980 【承前,百卅七十七。】

     犬馬鏡 見不飽妹爾 不相而 月之經去者 生友名師

     真十鏡(まそかがみ) 見飽(みあ)かぬ(いも)に ()はずして 月經(つきのへ)ぬれば ()けりとも()

       無曇真十鏡 端詳幾度無飽厭 親親吾妹子 與汝相別歷月來 渾渾噩噩不知生

      佚名 2980


2981 【承前,百卅七十八。】

     祝部等之 齋三諸乃 犬馬鏡 懸而偲 相人每

     祝部等(はふりら)が (いつ)三諸(みもろ)の 真十鏡(まそかがみ) ()けて(しの)ひつ 逢人每(あふひとごと)

       其猶祝部等 潔齋奉仕三諸山 真十鏡也矣 懸而引領偲伊人 每嘆所逢非所盼

      佚名 2981


2982 【承前,百卅七十九。】

     針者有杼 妹之無者 將著哉跡 吾乎令煩 絕紐之緒

     (はり)はあれど (いも)()ければ ()けめやと (われ)(なや)まし ()ゆる紐緒(ひものを)

       縱令有針線 若無伊人伴身邊 何以將著哉 令吾思惱致心煩 斷緒之紐當何如

      佚名 2982


2983 【承前,百卅七二十。】

     高麗劔 己之景迹故 外耳 見乍哉君乎 戀渡奈牟

     高麗劍(こまつるぎ) ()(こころ)から (よそ)のみに ()つつや(きみ)を 戀渡(こひわた)りなむ

       環頭高麗劍 己之景迹膽魂故 雖不得直逢 只消遠觀伊人姿 能堪戀慕度終日

      佚名 2983


2984 【承前,百卅七廿一。】

     劔大刀 名之惜毛 吾者無 比來之間 戀之繁爾

     劍大刀(つるぎたち) 名惜(なのを)しけくも (われ)()し 此頃間(このころのま)の 戀繁(こひのしげ)きに

       韴威劍刀兮 名譽者雖令人惜 吾不畏浮名 比來相別不相見 相思情湧此頃時

      佚名 2984


2985 【承前,百卅七廿二。】

     梓弓 末者師不知 雖然 真坂者君爾 緣西物乎

     梓弓(あづさゆみ) (すゑ)はし()らず (しか)れども 目前(まさ)かは(きみ)に ()りにし(もの)

       梓弓射無收 其末未然無由知 然而在當下 吾心蕩漾難平復 此情偃靡寄君矣

      佚名 2985

         一本歌曰:「梓弓,末乃多頭吉波,雖不知,心者君爾,因之物乎。」

         一本歌曰(またぶみのうたにいふ):「梓弓(あづさゆみ)末活計(すゑのたづき)は、()らねども、(こころ)(きみ)に、()りにし(もの)を。」

           一本歌曰:「梓弓射無收,其末方計當何如,未然雖不知,然吾當下心蕩漾,所以全因寄君故。」



2986 【承前,百卅七廿三。】

     梓弓 引見緩見 思見而 既心齒 因爾思物乎

     梓弓(あづさゆみ) ()きみ(ゆる)へみ 思見(おもひみ)て (すで)(こころ)は ()りにし(もの)

       吾之思量者 雖猶梓弓有緩急 或引或馳者 然而反顧此心者 早已偃靡寄君矣

      佚名 2986


2987 【承前,百卅七廿四。】

     梓弓 引而不緩 大夫哉 戀云物乎 忍不得牟

     梓弓(あづさゆみ) ()きて(ゆる)へぬ 大夫(ますらを)や (こひ)云物(いふもの)を 忍兼(しのびか)ねてむ

       雖然嚴梓弓 引而不緩振武威 巍峨大丈夫 無奈鐵漢有一疏 情關難過不得堪

      佚名 2987


2988 【承前,百卅七廿五。】

     梓弓 末中一伏三起 不通有之 君者會奴 嗟羽將息

     梓弓(あづさゆみ) 末之中頃(すゑのなかごろ) (よど)めりし (きみ)には()ひぬ (なげ)きは()まむ

       梓弓振弦兮 弓梢末之中頃時 不通而淀矣 吾君今者得久逢 長年嗟嘆蓋將息

      佚名 2988


2989 【承前,百卅七廿六。】

     今更 何壯鹿將念 梓弓 引見縱見 緣西鬼乎

     今更(いまさら)に (なに)をか(おも)はむ 梓弓(あづさゆみ) ()きみ(ゆる)へみ ()りにし(もの)

       今更念何事 何以有所憂思哉 梓弓振弦兮 或引或馳有鬆緊 倚託寄情懸忐忑

      佚名 2989


2990 【承前,百卅七廿七。】

     媙嬬等之 續麻之多田有 打麻懸 續時無三 戀度鴨

     娘子等(をとめら)が 績麻絡垜(うみをのたたり) 打麻懸(うちそか)け ()時無(ときな)しに 戀渡(こひわた)るかも

       其若媙嬬等 續麻績麻之絡垜 麻苧懸而積 我心常積無倦時 終日戀慕思幾許

      佚名 2990


2991 【承前,百卅七廿八。】

     垂乳根之 母我養蠶乃 眉隱 馬聲蜂音石花蜘蟵荒鹿 異母二不相而

     垂乳根(たらちね)の (はは)()()の 繭隱(まよごも)り (いぶせ)くも()るか (いも)()はずして

       恩育垂乳根 慈母所飼桑蠶者 彼蠶籠繭中 吾如彼蠶心鬱悒 哀嘆不得會佳人

      佚名 2991


2992 【承前,百卅七廿九。】

     玉手次 不懸者辛苦 懸垂者 續手見卷之 欲寸君可毛

     玉襷(たまたすき) ()けねば(くる)し 懸垂(かけた)れば ()ぎて()まくの ()しき(きみ)かも

       玉襷掛手繦 口不懸者心辛苦 若口懸垂者 繼而還欲得拜眉 如是戀慕吾君矣

      佚名 2992


2993 【承前,百卅七三十。】

     紫 綵色之蘰 花八香爾 今日見人爾 後將戀鴨

     (むらさき)の 斑蘰(まだらのかづら) (はな)やかに 今日見(けふみ)(ひと)に 後戀(のちこ)ひむかも

       紫草所絞染 綵色豔蘰之所如 華麗而奪目 今日萍水相逢人 其後憶之將戀哉

      佚名 2993


2994 【承前,百卅七卅一。】

     玉蘰 不懸時無 戀友 何如妹爾 相時毛名寸

     玉蘰(たまかづら) ()けぬ時無(ときな)く ()ふれども (なに)しか(いも)に 逢時(あふとき)()

       玉蘰餝身兮 無時無刻不懸心 我戀雖如是 何以兩隔不相會 苦與伊人無逢時

      佚名 2994


2995 【承前,百卅七卅二。】

     相因之 出來左右者 疊薦 重編數 夢西將見

     逢由(あふよし)の 出來(いでく)(まで)は 疊薦(たたみこも) 隔編(へだてあ)(かず) (いめ)にし()えむ

       相別不相會 迄於重獲逢由止 戀汝慕幾許 繁猶疊薦隔編數 魂殆離身會汝夢

      佚名 2995


2996 【承前,百卅七卅三。】

     白香付 木綿者花物 事社者 何時之真坂毛 常不所忘

     白髮付(しらかつ)く 木綿(ゆふ)花物(はなもの) (こと)こそば 何時目前(いつのまさ)かも 常忘(つねわす)らえね

       白髮所付兮 木綿無非虛華矣 唯有誠言者 無論當下是何時 刻骨銘心無所忘

      佚名 2996


2997 【承前,百卅七卅四。】

     石上 振之高橋 高高爾 妹之將待 夜曾深去家留

     石上(いそのか) 布留(ふるのたかはし) 高高(たかたか)に (いも)()つらむ ()()けにける

       石上振神宮 布留橋之所如 時時引領盼 親親吾妹待我至 恨夜深去焦如焚

      佚名 2997


2998 【承前,百卅七卅五。】

     湊入之 葦別小船 障多 今來吾乎 不通跡念莫

     港入(みなとい)りの 葦別小舟(あしわけをぶね) 障多(さはりおほ)み 今來(いまこ)(われ)を (よど)むと(おも)()

       洽猶將入湊  葦別小舟之所如 障礙實多故 雖然我身今方至 莫思無情不來會

      佚名 2998

         或本歌曰:「湊入爾,蘆別小船,障多,君爾不相而,年曾經來。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「港入(みなとい)りに、葦別小舟(あしわけをぶね)障多(さはりおほ)み、(きみ)()はずて、(とし)()にける。」

           洽猶將入湊  葦別小舟之所如 障礙實多故 相別不得與君逢 不覺歷月已經年



2999 【承前,百卅七卅六。】

     水乎多 上爾種蒔 比要乎多 擇擢之業曾 吾獨宿

     (みづ)(おほ)み 上田(あげ)種蒔(たねま)き (ひえ)(おほ)み ()らえし(わざ)そ ()獨寢(ひとりぬ)

       潤澤雨紛紛 山田蒔種雜稗生 洽猶拔稗苗 萬中擇一除我去 只得孤寢度長夜

      佚名 2999


3000 【承前,百卅七卅七。】

      意合者 相宿物乎 小山田之 鹿豬田禁如 母之守為裳【一云,母之守之師。】

     心合(こころあ)へば 相寢(あひぬ)(もの)を 小山田(をやまだ)の 鹿豬田守(ししだも)(ごと) (はは)()らすも一云(またにいふ)(はは)()らしし。】

       情投意合者 不辭辛苦將共寢 谷間小山田 禁守鹿豬之所如 垂乳嚴母為守矣【一云,雖然母之為守矣。】

      佚名 3000


3001 【承前,百卅七卅八。】

     春日野爾 照有暮日之 外耳 君乎相見而 今曾悔寸

     春日野(かすがの)に ()れる夕日(ゆふひ)の (よそ)のみに (きみ)相見(あひみ)て (いま)(くや)しき

       寧樂春日野 照臨暮日之所如 唯得在遠處 遙遙望見伊人者 今甚後悔苦相思

      佚名 3001


3002 【承前,百卅七卅九。】

     足日木乃 從山出流 月待登 人爾波言而 妹待吾乎

     足引(あしひき)の (やま)より()づる 月待(つきま)つと (ひと)には()ひて 妹待(いもま)(われ)

       足曳勢險峻 高山遮蔽月遲故 待月昇之間 難耐慕情與人訴 苦待伊人吾身矣

      佚名 3002


3003 【承前,百卅七四十。】

     夕月夜 五更闇之 不明 見之人故 戀渡鴨

     夕月夜(ゆふづく) 曉闇(あかときやみ)の 欝悒(おほほ)しく ()人故(ひとゆゑ)に 戀渡(こひわた)るかも

       夕暮月夜兮 五更曉闇之所如 欝悒不明而 萍水瞥見伊人故 竟然戀慕至幾許

      佚名 3003


3004 【承前,百卅七卌一。】

     久堅之 天水虛爾 照月之 將失日社 吾戀止目

     久方(ひさかた)の 天御虛空(あまつみそら)に 照月(てるつき)の ()せなむ()こそ ()戀止(こひや)まめ

       此情至不渝 直至遙遙久方兮 天空照月之 黯淡失明末世際 我戀方有稍息時

      佚名 3004


3005 【承前,百卅七卌二。】

     十五日 出之月乃 高高爾 君乎座而 何物乎加將念

     十五日(もちのひ)に (いで)にし(つき)の 高高(たかたか)に (きみ)居坐(いませ)て (なに)をか(おも)はむ

       洽猶十五日 所昇滿月之所如 高高引領盼 懸心伊人今來坐 豈仍尚有思煩哉

      佚名 3005


3006 【承前,百卅七卌三。】

     月夜好 門爾出立 足占為而 徃時禁八 妹二不相有

     月夜良(つくよよ)み (かど)出立(いでた)ち 足占(あしうら)して ()(とき)さへや (いも)()はざらむ

       皎月清明故 出於門戶為足占 欲知兆兇吉 無奈踏足總徒然 心勞不得逢伊人

      佚名 3006


3007 【承前,百卅七卌四。】

     野干玉 夜渡月之 清者 吉見而申尾 君之光儀乎

     烏玉(ぬばたま)の 夜渡(よわた)(つき)の (さや)けくは ()()てましを (きみ)姿(すがた)

       漆黑烏玉兮 越渡暗夜虛空之 月若清明者 或得委細端詳哉 心懸吾君光儀矣

      佚名 3007


3008 【承前,百卅七卌五。】

     足引之 山呼木高三 暮月乎 何時君乎 待之苦沙

     足引(あしひき)の (やま)木高(こだか)み 夕月(ゆふつき)を 何時(いつ)かと(きみ)を ()つが(くる)しさ

       足曳勢險峻 高山木聳蔽月遲 猶待夕月出 獨守空閨盼不至 徒待吾君我心苦

      佚名 3008


3009 【承前,百卅七卌六。】

     橡之 衣解洗 又打山 古人爾者 猶不如家利

     (つるはみ)の 衣解洗(きぬときあら)ひ 真土山(まつちやま) 舊人(もとつひと)には 猶及(なほし)かずけり

       橡染黃褐衣 解洗搗衣滌打兮 和紀真土山 吾念結髮糟糠妻 他人尚猶不能及

      佚名 3009


3010 【承前,百卅七卌七。】

     佐保川之 川浪不立 靜雲 君二副而 明日兼欲得

     佐保川(さほがは)の 川波立(かはなみた)たず (しづ)けくも (きみ)(たぐ)ひて 明日(あす)さへ欲得(もがも)

       寧樂佐保川 下游安閑不起浪 靜定之所如 吾今伴君不離身 明日亦欲相依偎

      佚名 3010


3011 【承前,百卅七卌八。】

     吾妹兒爾 衣借香之 宜寸川 因毛有額 妹之目乎將見

     我妹子(わぎもこ)に 衣春日(ころもかすが)の 寸川(よしきがは) (よし)()らぬか (いも)()()

       親親吾妹子 吾貸衣兮春日之 宜寸川所如 可得手蔓有以哉 吾還欲拜伊人顏

      佚名 3011


3012 【承前,百卅七卌九。】

     登能雲入 雨零川之 左射禮浪 間無毛君者 所念鴨

     殿雲(とのぐも)り 雨布留川(あめふるかは)の 細波(さざれなみ) 間無(まな)くも(きみ)は (おも)ほゆるかも

       殿雲蔽虛空 雨零石上布留川 碎浪之所如 此身思慕頻不止 所念吾君無絕時

      佚名 3012


3013 【承前,百卅七五十。】

     吾妹兒哉 安乎忘為莫 石上 袖振川之 將絕跡念倍也

     我妹子(わぎもこ)や ()(わす)らす() 石上(いそのかみ) 袖布留川(そでふるかは)の ()えむと(おも)へや

       親親吾妹子 還願銘心莫忘吾 石上御稜威 振袖布留川所如 此念豈有斷絕時

      佚名 3013


3014 【承前,百卅七五一。】

     神山之 山下響 逝水之 水尾不絕者 後毛吾妻

     三輪山(みわやま)の 山下響(やましたとよ)み 行水(ゆくみづ)の 水脈(みを)()えずは (のち)()(つま)

       御室三輪山 山麓轟轟聲作響 泊瀨川行水 只要水脈不相絕 汝後必將為我妻

      佚名 3014


3015 【承前,百卅七五二。】

     如神 所聞瀧之 白浪乃 面知君之 不所見比日

     雷如(かみのごと) (きこ)ゆる(たき)の 白波(しらなみ)の 面知(おもし)(きみ)が ()えぬ此頃(このころ)

       洽猶鳴神兮 轟轟雷動嚴瀧間 白浪之所如 灼然刻骨甚銘心 君面不見此頃時

      佚名 3015


3016 【承前,百卅七五三。】

     山川之 瀧爾益流 戀為登曾 人知爾來 無間念者

     山川(やまがは)の (たき)(まさ)れる (こひ)すとそ 人知(ひとし)りにける 間無(まな)くし(おも)へば

       此情程如何 激勝山川嚴瀧矣 戀慕至幾許 不覺天下人皆知 只因思念無絕時

      佚名 3016


3017 【承前,百卅七五四。】

     足檜木之 山川水之 音不出 人之子姤 戀渡青頭雞

     足引(あしひき)の 山川水(やまがはみづ)の (おと)(いで)ず 人兒故(ひとのこゆゑ)に 戀渡(こひわた)るかも

       足曳勢險峻 深山谷川奧壑間 行水之所如 嗚咽抑聲何所為 長相竊戀人妻故

      佚名 3017


3018 【承前,百卅七五五。】

     高湍爾有 能登瀨乃川之 後將合 妹者吾者 今爾不有十方

     高湍(たかせ)なる 能登瀨川(のとせのかは)の (のち)()はむ (いも)には(われ)は (いま)(あら)ずとも

       在於高湍之 能登瀨川之所如 其後將逢之 愛也吾妹我倆者 不會當下亦可哉

      佚名 3018


3019 【承前,百卅七五六。】

     浣衣 取替河之 河余杼能 不通牟心 思兼都母

     洗衣(あらひきぬ) 取替川(とりかひがは)の 川淀(かはよど)の (よど)まむ(こころ) 思兼(おもひか)ねつも

       洗濯浣衣兮 所以交換取替川 川淀之所如 停滯不通絕緣者 吾人未嘗有此念

      佚名 3019


3020 【承前,百卅七五七。】

     斑鳩之 因可乃池之 宜毛 君乎不言者 念衣吾為流

     斑鳩(いかるが)の 可池(よるかのいけ)の (よろ)しくも (きみ)()はねば (おも)ひそ()がする

       生駒斑鳩之 因可池矣所負名 宜哉之所如 以為好逑不語人 思埋胸懷吾戀矣

      佚名 3020


3021 【承前,百卅七五八。】

     絕沼之 下從者將戀 市白久 人之可知 歎為米也母

     隱沼(こもりぬ)の (した)ゆは()ひむ 灼然(いちしろ)く 人知(ひとのし)るべく (なげ)きせめやも

       隱沼下通兮 隱匿戀情竊思者 啼哭暗啜泣 豈在光天化日下 灼然悲嘆令人知

      佚名 3021


3022 【承前,百卅七五九。】

     去方無三 隱有小沼乃 下思爾 吾曾物念 頃者之間

     行方無(ゆくへな)み (こも)れる小沼(をぬ)の 下思(したもひ)に (あれ)物思(ものおも)ふ 此頃間(このころのあひだ)

       不知何所向 停滯隱沼之所如 暗藏方寸間 吾惱憂思情更慕 陰鬱不止此頃間

      佚名 3022


3023 【承前,百卅七六十。】

     隱沼乃 下從戀餘 白浪之 灼然出 人之可知

     隱沼(こもりぬ)の (した)戀餘(こひあま)り 白波(しらなみ)の 灼然(いちしろ)(いで)ぬ 人知(ひとのし)るべく

       隱沼下通兮 隱匿戀情慕有餘 白浪分明兮 不覺露色顯灼然 此情既為天下知

      佚名 3023


3024 【承前,百卅七六一。】

     妹目乎 見卷欲江之 小浪 敷而戀乍 有跡告乞

     (いも)()を ()まく堀江(ほりえ)の 細波(さざれなみ) (しき)()ひつつ (あり)()げこそ

       吾赤心何如 洽由難波崛江之 細波碎浪矣 思慕頻頻欲逢者 還願誰能傳告之

      佚名 3024


3025 【承前,百卅七六二。】

     石走 垂水之水能 早敷八師 君爾戀良久 吾情柄

     石走(いはばし)る 垂水水(たるみのみづ)の ()しきやし (きみ)()ふらく ()(こころ)から

       石走迸流水 飛瀧垂水激所如 慎矣愛憐哉 所以戀君情難抑 全因吾心之所由

      佚名 3025


3026 【承前,百卅七六三。】

     君者不來 吾者故無 立浪之 敷和備思 如此而不來跡也

     (きみ)()ず (あれ)故無(ゆゑな)み 立波(たつなみ)の 頻頻詫(しくしくわび)し 如此(かく)()じとや

       以君不來訪 吾人內心愁莫名 驚滔駭浪兮 鬱悶頻頻湧心頭 如是汝命不來哉

      佚名 3026


3027 【承前,百卅七六四。】

     淡海之海 邊多波人知 奧浪 君乎置者 知人毛無

     近江(あふみ)の (へた)人知(ひとし)る 沖波(おきつなみ) (きみ)()きては ()(ひと)()

       近將淡海之 水畔邊岸人皆知 然在瀛沖浪 置君吾心深邃處 密藏此戀無人曉

      佚名 3027


3028 【承前,百卅七六五。】

     大海之 底乎深目而 結義之 妹心者 疑毛無

     大海(おほきうみ)の (そこ)(ふか)めて (むす)びてし (いも)(こころ)は (うたが)ひも()

       綿津見滄洺 大海深邃不見底 情結胸奧處 吾知妹心所屬意 不假多慮無所疑

      佚名 3028


3029 【承前,百卅七六六。】

     貞能汭爾 依流白浪 無間 思乎如何 妹爾難相

      貞浦(さだのうら)に ()する白波(しらなみ) 間無(あひだな)く (おも)ふを(なに)か (いも)逢難(あひがた)

       分明猶貞浦 依來白浪之所如 頻頻無間斷 吾念伊人無絕時 奈何難以逢伊人

      佚名 3029


3030 【承前,百卅七六七。】

     念出而 為便無時者 天雲之 奧香裳不知 戀乍曾居

     思出(おもひいで)て 術無(すべな)(とき)は 天雲(あまくも)の 奧處(おくか)()らず ()ひつつそ()

       每逢憶此情 手足無措不知方 久方天雲兮 浩瀚無涯不知盡 焦於戀慕度終日

      佚名 3030


3031 【承前,百卅七六八。】

     天雲乃 絕多比安 心有者 吾乎莫憑 待者苦毛

     天雲(あまくも)の 搖盪易(たゆたひやす)き 心有(こころあ)らば ()莫賴(なたの)めそ ()たば(くる)しも

       汝性堅貞哉 若猶天雲甚搖盪 易變無常者 切莫誑語令我賴 徒守空閨心甚苦

      佚名 3031


3032 【承前,百卅七六九。○新古今1369。】
3033 【承前,百卅七七十。】

     中中二 如何知兼 吾山爾 燒流火氣能 外見申尾

     中中(なかなか)に (なに)()りけむ ()(やま)に ()ゆる火氣(このけ)の (よそ)()ましを

       奈何竟如是 相知半端難進退 不若猶我山 裊裊燃煙之所如 遙遙遠觀者益哉

      佚名 3033


3034 【承前,百卅七七一。】

     吾妹兒爾 戀為便名鴈 胷乎熱 旦戶開者 所見霧可聞

     我妹子(わぎもこ)に 戀術無(こひすべな)がり (むね)(あつ)み 朝戶開(あさとあ)くれば ()ゆる(きり)かも

       吾戀伊人者 苦在無方不知措 胸熱焚猶燃 每開朝戶望眼者 唯見悲嘆化霧矣

      佚名 3034


3035 【承前,百卅七七二。】

     曉之 朝霧隱 反羽二 如何戀乃 色丹出爾家留

     (あかとき)の 朝霧隱(あさぎりごも)り (かへ)らばに (なに)しか()の (いろ)(いで)にける

       以為藏心中 隱於曉方朝霧間 奈何與願違 吾戀泉湧情難忍 露於顏色天下知

      佚名 3035


3036 【承前,百卅七七三。】

     思出 時者為便無 佐保山爾 立雨霧乃 應消所念

     思出(おもひいづ)る (とき)術無(すべな)み 佐保山(さほやま)に 立雨霧(たつあまぎり)の ()ぬべく(おも)ほゆ

       每逢憶出時 手足無措不知方 洽猶佐保山 所湧迷濛雨霧之 可消心意更鬱沉

      佚名 3036


3037 【承前,百卅七七四。】

     煞目山 徃反道之 朝霞 髣髴谷八 妹爾不相牟

     切目山(きりめやま) 行交道(ゆきかふみち)の 朝霞(あさがすみ) 髣髴(ほのか)にだにや (いも)()はざらむ

       洽猶熊野道 徃反要衝切目山 朝霞之所如 雖欲髣髴逢伊人 無奈絲毫不可得

      佚名 3037


3038 【承前,百卅七七五。】

     如此將戀 物等知者 夕置而 旦者消流 露有申尾

     如此戀(かくこ)ひむ (もの)()りせば 夕置(ゆふへお)きて (あした)()ぬる (つゆ)なら(まし)

       若得早知道 心焚戀慕如此許 不若猶夕置 翌朝消溶逝無蹤 飄渺儚露而可矣

      佚名 3038


3039 【承前,百卅七七六。】

     暮置而 旦者消流 白露之 可消戀毛 吾者為鴨

     夕置(ゆふへお)きて (あした)()ぬる 白露(しらつゆ)の ()ぬべき(こひ)も (あれ)はするかも

       黃昏夕暮至 明旦消逝不久長 白露誠虛渺 如是黯然痛傷神 苦戀吾人為之矣

      佚名 3039


3040 【承前,百卅七七七。】

     後遂爾 妹將相跡 旦露之 命者生有 戀者雖繁

     後遂(のちつひ)に (いも)()はむと 朝露(あさつゆ)の (いのち)()けり (こひ)(しげ)けど

       竊思在其後 終將必與伊人逢 心懷抱此念 而續朝露我命矣 雖然焦戀不能止

      佚名 3040


3041 【承前,百卅七七八。】

     朝旦 草上白 置露乃 消者共跡 云師君者毛

     (あさ)()な 草上白(くさのうへしろ)く 置露(おくつゆ)の ()なば(とも)にと ()ひし(きみ)はも

       朝旦草葉上 所置白露之所如 消逝將與共 如斯誓言孰人哉 昔日相好吾君矣

      佚名 3041


3042 【承前,百卅七七九。】

     朝日指 春日能小野爾 置露乃 可消吾身 惜雲無

     朝日射(あさひさ)す 春日小野(かすがのをの)に 置露(おくつゆ)の ()ぬべき我身(あがみ) ()しけくも()

       金烏朝日射 寧樂春日小野間 置露之所如 此身虛渺瞬消逝 旦夕且死無所惜

      佚名 3042


3043 【承前,百卅七七十。】

     露霜乃 消安我身 雖老 又若反 君乎思將待

     露霜(つゆしも)の 消易(けやす)我身(あがみ) ()いぬとも 又若返(またをちかへ)り (きみ)をし()たむ

       露霜之所如 稍縱即逝此身者 縱然年事高 仍將返老更還童 復若以待君至來

      佚名 3043


3044 【承前,百卅七八一。】

     待君常 庭耳居者 打靡 吾黑髮爾 霜曾置爾家留

     君待(きみま)つと (には)のみ()れば 打靡(うちなび)く ()黑髮(くろかみ)に (しも)()きにける

       待君守空閨 總居庭苑不離者 霧鬢雲鬟兮 吾身青絲黑髮上 不覺霜降置斑駁

      佚名 3044

         或本歌尾句云:「白細之,吾衣手爾,露曾置爾家留。」

         或本歌尾句云(あるぶみのうたのをのくにいふ):「白栲(しろたへ)の、()衣手(ころもで)に、(しも)()きにける。」

           或本歌尾句云:「白妙敷栲兮,吾身衣手襟袖上,不覺霜降置斑駁。」



3045 【承前,百卅七八二。】

     朝霜乃 可消耳也 時無二 思將度 氣之緒爾為而

     朝霜(あさしも)の ()ぬべくのみや 時無(ときな)しに 思渡(おもひわた)らむ 息緒(いきのを)にして

       朝霜不久長 轉瞬即逝可消哉 頻頻無絕時 悲痛思慕度終日 懸賭空蟬此身命

      佚名 3045


3046 【承前,百卅七八三。】

     左佐浪之 波越安蹔仁 落小雨 間文置而 吾不念國

     樂浪(ささなみ)の 波越(なみこ)安蹔(あざ)に ()小雨(こさめ) (あひだ)()きて ()(おも)()くに

       細波碎浪之 樂浪所越安蹔地 小雨零所如 吾戀頻頻無絕時 常時心繫在伊人

      佚名 3046


3047 【承前,百卅七八四。】

     神左備而 巖爾生 松根之 君心者 忘不得毛

     神古(かむさ)びて (いはほ)()ふる 松根(まつがね)の (きみ)(こころ)は 忘兼(わすれか)ねつも

       神古蘊嚴然 歷年巖上所植生 松根之所如 吾心常在永不渝 片刻無絕懸胸懷

      佚名 3047


3048 【承前,百卅七八五。○新古今1050。】
3049 【承前,百卅七八六。】

     櫻麻之 麻原乃下草 早生者 妹之下紐 下解有申尾

     櫻麻(さくらあさ)の 麻生下草(をふのしたくさ) 早生(はやくお)ひば (いも)下紐(したびも) ()かざらましを

       夏日櫻麻茂 苧田麻生下草矣 汝若早生者 親親吾妹衣下紐 或許無緣能解之

      佚名 3049


3050 【承前,百卅七八七。】

     春日野爾 淺茅標結 斷米也登 吾念人者 彌遠長爾

     春日野(かすがの)に 淺茅標結(あさぢしめゆ)ひ ()えめやと ()(おも)(ひと)は 彌遠長(いやとほなが)

       標結春日野 野間所生淺茅者 誓此情不渝 我之所念伊人者 只願不變彌遠長

      佚名 3050


3051 【承前,百卅七八八。】

     足檜木之 山菅根之 懃 吾波曾戀流 君之光儀乎

     足引(あしひき)の 山菅根(やますがのね)の (ねもころ)に (あれ)はそ()ふる (きみ)姿(すがた)

       足曳勢險峻 山菅盤根之所如 慇懃掏心肺 吾人焦戀殆毀滅 欲見伊人光儀矣

      佚名 3051

         或本歌曰:「吾念人乎,將見因毛我母。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「()思人(おもふひと)を、()由欲得(よしもがも)。」

           或本歌曰:「吾人焦戀殆毀滅,欲得逢由與伊人。」



3052 【承前,百卅七八九。】

     垣津旗 開澤生 菅根之 絕跡也君之 不所見頃者

     垣津旗(かきつはた) 佐紀澤(さきさは)()ふる 菅根(すがのね)の ()ゆとや(きみ)が ()えぬ此頃(このころ)

       垣津旗咲兮 佐紀澤間所以生 菅根之所如 蓋欲與我絕緣哉 吾君此頃不所見

      佚名 3052


3053 【承前,百卅七九十。】

     足檜木乃 山菅根之 懃 不止念者 於妹將相可聞

     足引(あしひき)の 山菅根(やますがのね)の (ねもころ)に ()まず(おも)はば (いも)()はむかも

       足曳勢險峻 山菅盤根之所如 慇懃掏肺腑 懸心思慕無間者 終將可與妹逢哉

      佚名 3053


3054 【承前,百卅七九一。】

     相不念 有物乎鴨 菅根乃 懃懇 吾念有良武

     相思(あひおも)はず 有物(あるもの)をかも 菅根(すがのね)の 懃懇(ねもころごろ)に ()()へるらむ

       落花雖有意 奈何流水總無情 窈窕佳人矣 菅根吾心甚懃懇 我慕伊人不慕我

      佚名 3054


3055 【承前,百卅七九二。】

     山菅之 不止而公乎 念可母 吾心神之 頃者名寸

     山菅(やますげ)の ()まずて(きみ)を (おも)へかも ()心神(こころど)の 此頃(このころ)()

       盤根山菅兮 吾人念君未嘗止 以情念深故 吾人心神甚渙散 渾渾噩噩此頃時

      佚名 3055


3056 【承前,百卅七九三。】

     妹門 去過不得而 草結 風吹解勿 又將顧【一云,直相麻弖爾。】

     (いも)(かど) 行過兼(ゆきすぎか)ねて 草結(くさむす)ぶ 風吹解(かぜふきと)() 亦歸見(またかへりみ)一云(またにいふ)(ただ)逢迄(あふまで)に。】

       每經妹門楣 難以徒過而不入 結草求貺驗 還願莫令風吹解 直至吾歸復相見【一云,直至相逢拜眉時。】

      佚名 3056


3057 【承前,百卅七九四。】

     淺茅原 茅生丹足踏 意具美 吾念兒等之 家當見津【一云,妹之家當見津。】

     淺茅原(あさぢはら) 茅生(ちふ)足踏(あしふ)み 心苦(こころぐ)み ()思兒等(おもふこら)が 家邊見(いへのあたりみ)一云(またにいふ)(いも)が、家邊見(いへのあたりみ)つ。】

       踏破淺茅原 足為茅生掠而傷 身痛心更苦 每望見兮愁傷感 我所思人家邊許【一云,每望見兮愁傷感,所思伊人家邊許。】

      佚名 3057


3058 【承前,百卅七九五。】

     內日刺 宮庭有跡 鴨頭草之 移情 吾思名國

     內日射(うちひさ)す (みや)にはあれど 月草(つきくさ)の 移心(うつろふこころ) ()(おも)()くに

       內日照臨兮 雖侍奉職宮內裏 月草之所如 渲染移情變心者 吾人未嘗有之矣

      佚名 3058


3059 【承前,百卅七九六。】

     百爾千爾 人者雖言 月草之 移情 吾將持八方

     (もも)()に (ひと)()ふとも 月草(つきくさ)の 移心(うつろふこころ) 我持(われも)ためやも

       縱然千百之 流言蜚語訴不斷 月草之所如 易染移情變心者 吾人豈將持之哉

      佚名 3059


3060 【承前,百卅七九七。】

     萱草 吾紐爾著 時常無 念度者 生跡文奈思

     忘草(わすれぐさ) ()(ひも)()く (とき)()く 思渡(おもひわた)れば ()けりとも()

       宣草忘憂草 吾繫彼草於紐上 欲以解戀憂 倘若戀慕無絕時 此身難堪猶斷生

      佚名 3060


3061 【承前,百卅七九八。】

     五更之 目不酔草跡 此乎谷 見乍座而 吾止偲為

     (あかとき)の 目覺(めさ)まし(ぐさ)と (これ)をだに ()つつ(いま)して (われ)(しの)はせ

       五更拂曉時 致人夢醒觸情物 目不酔草哉 還願吾君常睹之 以為緣物偲我身

      佚名 3061


3062 【承前,百卅七九九。】

     萱草 垣毛繁森 雖殖有 鬼之志許草 猶戀爾家利

     忘草(わすれぐさ) (かき)(しみみ)に ()ゑたれど 醜醜草(しこのしこくさ) 猶戀(なほこ)ひにけり

       宣草忘憂草 雖然繁生佈垣上 滿植庭苑間 然其無驗唯醜草 不能解憂戀更增

      佚名 3062


3063 【承前,百卅七一百。】

     淺茅原 小野爾標結 空言毛 將相跡令聞 戀之名種爾

     淺茅原(あさぢはら) 小野(をの)標結(しめゆ)ふ 空言(むなこと)も ()はむと()こせ 戀慰(こひのなぐさ)

       標結淺茅原 叢生小野之所如 縱然虛誑言 願聞欲逢冀相見 可以稍慰我憂情

      柿本人麻呂 3063

         或本歌曰:「將來知志,君矣志將待。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「()むと()らせし、(きみ)をし()たむ。」

         又,見柿本朝臣人麻呂歌集,然落句小異耳。

           或本歌曰:「汝云將來與相逢,故吾引領待君矣。」



3064 【承前,百卅七百一。】

     皆人之 笠爾縫云 有間菅 在而後爾毛 相等曾念

     皆人(みなひと)の (かさ)()ふと()ふ 間菅(ありますげ) (あり)(のち)にも ()はむとそ(おも)

       奉為皆人之 御笠所縫有間菅 常在之所如 縱令久隔不得會 吾冀其後必相逢

      佚名 3064


3065 【承前,百卅七百二。】

     三吉野之 蜻乃小野爾 苅草之 念亂而 宿夜四曾多

     御吉野(みよしの)の 秋津小野(あきづのをの)に 刈草(かるかや)の 思亂(おもひみだ)れて ()()しそ(おほ)

       三芳御吉野 秋津小野間散置 苅草之所如 吾人思紊情意亂 輾轉難眠夜多矣

      佚名 3065


3066 【承前,百卅七百三。】

     妹待跡 三笠乃山之 山菅之 不止八將戀 命不死者

     妹待(いもま)つと 御笠山(みかさのやま)の 山菅(やますげ)の ()まずや()ひむ 命死(いのちし)なずは

       吾妹待望兮 御蓋三笠峰所生 山菅之所如 吾當戀慕無絕時 只要一息仍尚存

      佚名 3066


3067 【承前,百卅七百四。】

     谷迫 峯邊延有 玉葛 令蔓之有者 年二不來友【一云,石葛,令蔓之有者。】

     谷狹(たにせば)み 峰邊(みねへ)()へる 玉葛(たまかづら) ()へてしあらば (とし)()ずとも一云(またにいふ)石葛(いはつな)の、()へてしあらば。】

       以谷迫狹故 長長蔓延隨峰邊 玉葛之所如 此念若延得通者 年間不來無所懼【一云,石葛之所如,此念若延得通者。】

      佚名 3067


3068 【承前,百卅七百五。】

     水莖之 岡乃田葛葉緒 吹變 面知兒等之 不見比鴨

     水莖(みづくき)の 岡葛葉(をかのくずは)を 吹返(ふきかへ)し 面知(おもし)兒等(こら)が ()えぬ(ころ)かも

       水莖瑞城兮 岡地叢生葛葉者 吹返之所如 灼然刻骨甚銘心 君面不見此頃時

      佚名 3068


3069 【承前,百卅七百六。】

     赤駒之 射去羽計 真田葛原 何傳言 直將吉

     赤駒(あかごま)の い行憚(ゆきはばか)る 真葛原(まくずはら) 何傳言(なにのつてこと) (ただ)にし()けむ

       縱赤駒良馬 憚於行兮真葛原 何以憚如是 何須憚恐借傳言 直來相會豈不善

      佚名 3069


3070 【承前,百卅七百七。】

     木綿疊 田上山之 狹名葛 在去之毛 今不有十方

     木綿疊(ゆふたたみ) 田上山(たなかみやま)の 實葛(さなかづら) (あり)さりてしも (いま)ならずとも

       木綿敷疊兮 近江大津田上山 實葛之所如 吾度其後必相逢 縱令今日隔異地

      佚名 3070


3071 【承前,百卅七百八。】

     丹波道之 大江乃山之 真玉葛 絕牟乃心 我不思

     丹波道(たにはぢ)の 大江山(おほえのやま)の 實葛(さなかづら) ()えむの(こころ) ()(おも)()くに

       山陰丹波道 御嶽大江山上生 實葛之所如 斷情絕緣薄心者 吾人未嘗持之矣

      佚名 3071


3072 【承前,百卅七百九。】

     大埼之 有礒乃渡 延久受乃 徃方無哉 戀度南

     大崎(おほさき)の 荒礒渡(ありそのわたり) 延葛(はふくず)の 行方(ゆくへ)()くや 戀渡(こひわた)りなむ

       紀伊大崎之 荒礒一代所蔓生 延葛之所如 不知何去復何從 唯有戀慕渡日哉

      佚名 3072


3073 【承前,百卅七百十。】

     木綿裹【一云,疊。】 白月山之 佐奈葛 後毛必 將相等曾念【或本歌曰,將絕跡妹乎,吾念莫久爾。】

     木綿包(ゆふづつ)一云(またにいふ)(たたみ)。】 白月山(しらつきやま)の 實葛(さなかづら) (のち)(かなら)ず ()はむとそ(おも)或本歌曰(あるぶみのうたにいふ)()えむと(いも)を、()(おも)()くに。】

       木綿所裹兮【一云,木綿疊薦兮。】 白月山間蔓叢生 實葛之所如 雖然近頃兩相離 吾度其後必相逢【或本歌曰,與妹絕緣斷情者,吾人未嘗有此念。】

      佚名 3073


3074 【承前,百卅七百十一。】

     唐棣花色之 移安 情有者 年乎曾寸經 事者不絕而

     唐棣花色(はねずいろ)の 移易(うつろひやす)き 心有(こころあ)れば (とし)をそ來經(きふ)る (こと)()えずて

       唐棣花色兮 慕戀無常心易移 薄情有之故 歷月經年無盟誓 唯有傳言不曾絕

      佚名 3074


3075 【承前,百卅七百十二。】

     如此為而曾 人之死云 藤浪乃 直一目耳 見之人故爾

     如此(かく)してそ 人死(ひとのし)ぬと()ふ 藤波(ふぢなみ)の 唯一目(ただひとめ)のみ ()人故(ひとゆゑ)

       如是甚幾許 戀慕能致人殞命 藤浪波濤之 奉為轉瞬所瞥見 一期一會伊人故

      佚名 3075


3076 【承前,百卅七百十三。】

     住吉之 敷津之浦乃 名告藻之 名者告而之乎 不相毛恠

     住吉(すみのえ)の 敷津浦(しきつのうら)の 勿告藻(なのりそ)の ()()りてしを ()()くも(あや)

       墨江住吉之 敷津浦間所漂泊 勿告藻所猶 已然委身告名諱 竟不得逢甚恠矣

      佚名 3076


3077 【承前,百卅七百十四。】

     三佐吳集 荒礒爾生流 勿謂藻乃 吉名者不告 父母者知等毛

     鶚居(みさごゐ)る 荒礒(ありそ)()ふる 勿告藻(なのりそ)の ()()()らじ (おや)()るとも

       鷲鶚水沙兒 所居荒磯勿告藻 汝既名勿告 吾必不洩汝芳名 縱為父母知之矣

      佚名 3077


3078 【承前,百卅七百十五。】

     浪之共 靡玉藻乃 片念爾 吾念人之 言乃繁家口

     波共(なみのむた) (なび)玉藻(たまも)の 片思(かたもひ)に ()思人(おもふひと)の 言繁(ことのしげ)けく

       隨波逐流兮 漂蕩玉藻之所如 落花雖有意 流水無情我思人 輕浮緋聞不絕耳

      佚名 3078


3079 【承前,百卅七百十六。】

     海若之 奧津玉藻乃 靡將寐 早來座君 待者苦毛

     海神(わたつみ)の 沖玉藻(おきつたまも)の 靡寢(なびきね)む 早來坐(はやきま)(きみ) ()たば(くる)しも

       海神綿津見 瀛津深邃千尋下 玉藻寢蕩漾 只願吾君早日來 苦守空閨甚難耐

      佚名 3079


3080 【承前,百卅七百十七。】

     海若之 奧爾生有 繩乘乃 名者曾不告 戀者雖死

     海神(わたつみ)の (おき)()ひたる 繩海苔(なはのり)の ()(かつ)()らじ ()ひは()ぬとも

       海神綿津見 千尋瀛津所生息 繩海苔所如 吾誓必不告汝名 縱令戀死心不渝

      佚名 3080


3081 【承前,百卅七百十八。】

     玉緒乎 片緒爾搓而 緒乎弱彌 亂時爾 不戀有目八方

     玉緒(たまのを)を 片緒(かたを)()りて ()(よわ)み (みだ)るる(とき)に ()ひざらめやも

       洽猶以單絲 一縷所貫珠玉矣 縱令繩將絕 散落狂亂失心性 豈得抑此慕情哉

      佚名 3081


3082 【承前,百卅七百十九。】

     君爾不相 久成宿 玉緒之 長命之 惜雲無

     (きみ)()はず (ひさ)しくなりぬ 玉緒(たまのを)の 長命(ながきいのち)の ()しけくも()

       與君隔異地 相別之日去已久 玉緒魂絲矣 渾渾噩噩此長命 縱令捨之無所惜

      佚名 3082


3083 【承前,百卅七百二十。】

     戀事 益今者 玉緒之 絕而亂而 可死所念

     ()ふる(こと) ()される(いま)は 玉緒(たまのを)の ()えて(みだ)れて ()ぬべく(おも)ほゆ

       戀慕無以抑 憂情徒增此頃時 玉緒魂絲矣 吾命悶絕心紊亂 殆至毀滅念可死

      佚名 3083


3084 【承前,百卅七百廿一。】

     海處女 潛取云 忘貝 代二毛不忘 妹之容儀者

     海人娘子(あまをとめ) 潛採(かづきと)ると()ふ 忘貝(わすれがひ) ()にも(わす)れじ (いも)姿(すがた)

       人云海女所 沉潛千尋滄溟下 所採忘情貝 然縱海枯石為爛 吾必不忘妹光儀

      佚名 3084


3085 【承前,百卅七百廿二。】

     朝影爾 吾身者成奴 玉蜻 髣髴所見而 徃之兒故爾

     朝影(あさかげ)に ()()()りぬ 玉限(たまかぎ)る 髣髴(ほのか)()えて ()にし兒故(こゆゑ)

       稀薄淡闇兮 晨曦朝影吾身成 玉剋魂極兮 髣髴朦朧所瞥見 不知所向之子故

      佚名 3085


3086 【承前,百卅七百廿三。】

     中中二 人跡不在者 桑子爾毛 成益物乎 玉之緒許

     中中(なかなか)に (ひと)とあらずは 桑子(くはご)にも ()益物(ましもの)を 玉緒許(たまのをばかり)

       較於渾噩而 不上不下為人者 不若化桑蠶 可免情長憂苦哉 縱令玉緒火光間

      佚名 3086


3087 【承前,百卅七百廿四。】

     真菅吉 宗我乃河原爾 鳴千鳥 間無吾背子 吾戀者

     真菅良(ますげよ)し 宗我川原(そがのかはら)に ()千鳥(ちどり) 間無(まな)()背子(せこ) ()()ふらくは

       真菅良且秀 河內宗我川原間 爭鳴川千鳥 此起彼落無間斷 我戀兄子無絕時

      佚名 3087


3088 【承前,百卅七百廿五。】

     戀衣 著楢乃山爾 鳴鳥之 間無時無 吾戀良苦者

     戀衣(こひごろも) 著奈良山(きならのやま)に 鳴鳥(なくとり)の 間無(まな)時無(ときな)し ()()ふらくは

       戀衣不離身 貼肌著馴奈良山 鳴鶴之所如 毫無間歇無止時 我戀故舊慕伊人

      佚名 3088


3089 【承前,百卅七百廿六。○新敕撰0723。】
3090 【承前,百卅七百廿七。】

     葦邊徃 鴨之羽音之 聲耳 聞管本名 戀度鴨

     葦邊行(あしへゆ)く 鴨羽音(かものはおと)の (おと)のみに ()きつつ元無(もとな) 戀渡(こひわた)るかも

       洽猶徃葦邊 鴨摶翅音之所如 羽聲甚喧囂 聞之莫名摧憂情 不覺戀慕度終日

      佚名 3090


3091 【承前,百卅七百廿八。】

     鴨尚毛 己之妻共 求食為而 所遺間爾 戀云物乎

     (かも)すらも (おの)妻共(つまどち) 求食(あさ)りして (おく)るる(あひだ)に ()ふと云物(いふもの)

       縱令葦鴨者 欲與妻共為求食 出雙而入對 所遺之間患相思 況乎吾身為人哉

      佚名 3091


3092 【承前,百卅七百廿九。】

     白檀 斐太乃細江之 菅鳥乃 妹爾戀哉 寐宿金鶴

     白真弓(しらまゆみ) 斐太細江(ひだのほそえ)の 菅鳥(すがどり)の (いも)()ふれか ()寢兼(ねか)ねつる

       白檀真弓兮 斐太細江所棲息 菅鳥喚哀啼 蓋是戀妻寂寥哉 反覆輾轉寐難眠

      佚名 3092


3093 【承前,百卅七百三十。】

     小竹之上爾 來居而鳴鳥 目乎安見 人妻姤爾 吾戀二來

     篠上(しののうへ)に 來居(きゐ)鳴鳥(なくとり) ()(やす)み 人妻故(ひとづまゆゑ)に 我戀(あれこ)ひにけり

       洽猶篠竹上 來居鳴鳥之所如 以其貌姝麗 雖然夙作他人妻 我戀魂顛情意亂

      佚名 3093


3094 【承前,百卅七百卅一。】

     物念常 不宿起有 旦開者 和備弖鳴成 雞左倍

     物思(ものおも)ふと (いね)()きたる 朝明(あさけ)には (わび)()くなり 庭鳥(にはつとり)さへ

       以陷憂思故 輾轉難眠不得寢 翌日朝明時 報曉啼音聲萎靡 雄雞汝亦失意哉

      佚名 3094


3095 【承前,百卅七百卅二。】

     朝烏 早勿鳴 吾背子之 旦開之容儀 見者悲毛

     朝烏(あさがらす) (はや)勿鳴(なな)きそ ()背子(せこ)が 朝明姿(あさけのすがた) ()れば(かな)しも

       嗟乎朝烏矣 汝莫早啼報曉至 親親吾夫子 朝明歸去身影者 見之欷歔我心悲

      佚名 3095


3096 【承前,百卅七百卅三。】

     柜楉越爾 麥昨駒乃 雖詈 猶戀久 思不勝焉

     馬柵越(ませご)しに 麥食駒(むぎはむこま)の ()らゆれど (なほ)(こひ)しく 思兼(おもひか)ねつも

       其猶越馬柵 荒食麥穗駒所如 雖然責罵者 依然猶戀不可抑 思念之意情難忍

      佚名 3096


3097 【承前,百卅七百卅四。】

     左檜隈 檜隈河爾 駐馬 馬爾水令飲 吾外將見

     小檜隈(さひのくま) 檜隈川(ひのくまがは)に 馬留(うまとど)め (うま)水飼(みづか)へ 我外(われよそ)()

       小檜隈也兮 還願駐馬檜隈川 飼之以清水 妾身只冀遙遙望 暼見君影慰我心

      佚名 3097


3098 【承前,百卅七百卅五。】

     於能禮故 所詈而居者 驄馬之 面高夫駄爾 乘而應來哉

     (おの)(ゆゑ) ()らえて()れば 青馬(あをうま)の 面高夫駄(おもたかぶだ)に ()りて()べしや

       誠是因汝故 吾遭責罵逢訓斥 驄馬青馬之 面高夫駄役馬矣 豈宜駕之來會哉

      紀皇女 3098

         右一首,平群文屋朝臣益人傳云:「昔多紀皇女竊嫁高安王被嘖之時,御作此歌。」但高安王左降,任之伊與國守也。



3099 【承前,百卅七百卅六。】

     紫草乎 草跡別別 伏鹿之 野者殊異為而 心者同

     紫草(むらさき)を (くさ)別別(わくわ)く 伏鹿(ふすしか)の ()(こと)にして (こころ)(おな)

       莫令傷紫草 細心揀別除野草 伏鹿之所如 我倆雖然棲異野 心心相繫如膠漆

      佚名 3099


3100 【承前,百卅七百卅七。】

     不想乎 想常云者 真鳥住 卯名手乃社之 神思將御知

     (おも)はぬを (おも)ふと()はば 真鳥住(まとりす)む 雲梯杜(うなてのもり)の (かみ)()らさむ

       若心實不念 口上佯言慕念者 真鳥鷲所棲 大和橿原雲梯社 神將知悉降神罰

      佚名 3100


3101 問答歌 【廿六第一。】

     紫者 灰指物曾 海石榴市之 八十街爾 相兒哉誰

     (むらさき)は 灰差(はひさ)(もの)そ 海石榴市(つばきち)の 八十衢(やそのちまた)に ()へる()(たれ)

       所謂紫染者 藉由椿灰所煉矣 海石榴市之 人聲鼎沸八十衢 所逢伊人是誰哉

      佚名 3101


3102 【承前,廿六第二。】

     足千根乃 母之召名乎 雖白 路行人乎 孰跡知而可

     垂乳根(たらちね)の (はは)呼名(よぶな)を (まを)さめど 道行人(みちゆきびと)を (たれ)()りてか

       恩育垂乳根 慈母所喚吾名諱 雖欲相告者 然而萍水道行人 不知汝性是孰何

      佚名 3102

         右二首。



3103 【承前,廿六第三。】

     不相 然將有 玉梓之 使乎谷毛 待八金手六

     ()()くは (しか)もありなむ 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)をだにも ()ちや()ねてむ

       汝命不來逢 吾知理實有苦衷 玉梓華杖兮 何以縱令君使人 其亦曠日難待哉

      佚名 3103


3104 【承前,廿六第四。】

     將相者 千遍雖念 蟻通 人眼乎多 戀乍衣居

     ()はむとは 千度思(ちたびおも)へど 蟻通(ありがよ)ふ 人目(ひとめ)(おほ)み (こひ)つつそ()

       心欲徃相逢 所念雖然千百度 然恐蟻通兮 絡繹不絕眾目多 是以戀慕度終日

      佚名 3104

         右二首。



3105 【承前,廿六第五。】

     人目太 直不相而 盖雲 吾戀死者 誰名將有裳

     人目多(ひとめおほ)み (ただ)()はずて (けだ)しくも ()戀死(こひし)なば ()()ならむも

       汝云眾目多 忌憚蜚語不與逢 我亦有所思 有朝一日吾戀死 孰之浮名將傳哉

      佚名 3105


3106 【承前,廿六第六。】

     相見 欲為者 從君毛 吾曾益而 伊布可思美為也

     相見(あひみ)まく ()しきが(ため)は (きみ)よりも (あれ)(まさ)りて 不審(いふかし)みする

       雖欲與相見 然慮廝守能久長 較於君所念 妾身慕戀實更勝 奈何伊人不察哉

      佚名 3106

         右二首。



3107 【承前,廿六第七。】

     空蟬之 人目乎繁 不相而 年之經者 生跡毛奈思

     空蟬(うつせみ)の 人目(ひとめ)(しげ)み ()はずして 年經(としのへ)ぬれば ()けりとも()

       空蟬憂世兮 畏懼眾目蜚語繁 不相見之間 別離歷月經年來 渾渾噩噩不知生

      佚名 3107


3108 【承前,廿六第八。】

     空蟬之 人目繁者 夜干玉之 夜夢乎 次而所見欲

     空蟬(うつせみ)の 人目繁(ひとめしげ)くは 烏玉(ぬばたま)の 夜夢(よるのいめ)にを ()ぎて()えこそ

       既然空蟬兮 眾目流言蜚語繁 漆黑烏玉兮 還願至少夜夢間 可以繼而來見矣

      佚名 3108

         右二首。



3109 【承前,廿六第九。】

     慇懃 憶吾妹乎 人言之 繁爾因而 不通比日可聞

     慇懃(ねもころ)に (おも)我妹(わぎも)を 人言(ひとごと)の (しげ)きによりて 淀頃(よどむころ)かも

       雖然自肺腑 慇懃所念我伊人 然恐蜚語繁 忌憚人目畏人言 停蹄不通淀頃矣

      佚名 3109


3110 【承前,廿六第十。】

     人言之 繁思有者 君毛吾毛 將絕常云而 相之物鴨

     人言(ひとごと)の (しげ)くしあらば (きみ)(あれ)も ()えむと()ひて ()ひし物哉(ものかも)

       按汝今所言 若懼蜚語不通者 君也復吾也 當初豈誓將絕緣 情念可渝而逢哉

      佚名 3110

         右二首。



3111 【承前,廿六十一。】

     為便毛無 片戀乎為登 比日爾 吾可死者 夢所見哉

     (すべ)()き 片戀(かたこひ)をすと 此頃(このころ)に ()()ぬべきは (いめ)()えきや

       手足皆無措 竊自單戀不能抑 比日此頃時 吾身殆將毀滅者 汝命夢中可見哉

      佚名 3111


3112 【承前,廿六十二。】

     夢見而 衣乎取服 裝束間爾 妹之使曾 先爾來

     (いめ)()て (ころも)取著(とりき) 裝間(よそふま)に (いも)使(つかひ)そ 先立(さきだ)ちにける

       奉為夢見而 取著衣裳整儀容 為盛裝之間 還未出戶訪伊人 伊人信使先到來

      佚名 3112

         右二首。



3113 【承前,廿六十三。】

     在有而 後毛將相登 言耳乎 堅要管 相者無爾

     在在(ありあり)て (のち)()はむと (こと)のみを (かた)()ひつつ ()ふとは()しに

       汝云後將逢 兩相別離日已久 信口開河哉 唯有誓言如金堅 無奈未嘗與逢矣

      佚名 3113


3114 【承前,廿六十四。】

     極而 吾毛相登 思友 人之言社 繁君爾有

     (きはま)りて (われ)()はむと (おも)へども 人言(ひとのこと)こそ (しげ)(きみ)にあれ

       待有朝一日 吾終欲與汝相會 然雖作此念 流言蜚語未嘗絕 浮名如此吾君矣

      佚名 3114

         右二首。



3115 【承前,廿六十五。】

     氣緒爾 言氣築之 妹尚乎 人妻有跡 聞者悲毛

     息緒(いきのを)に ()息繼(いきづ)きし (いも)すらを 人妻也(ひとづまなり)と ()けば(かな)しも

       吾不惜身命 終日戀慕浸愁嘆 然而伊人矣 聽聞已是他人妻 心碎傷悲不得寧

      佚名 3115


3116 【承前,廿六十六。】

     我故爾 痛勿和備曾 後遂 不相登要之 言毛不有爾

     ()(ゆゑ)に (いた)勿詫(なわび)そ 後遂(のちつひ)に ()はじと()ひし (こと)()()くに

       切莫因我故 失意萎靡如此許 縱然雖如此 吾度從今而後者 並非無由可復逢

      佚名 3116

         右二首。



3117 【承前,廿六十七。】

     門立而 戶毛閇而有乎 何處從鹿 妹之入來而 夢所見鶴

     門立(かどた)てて ()()したるを 何處(いづく)ゆか (いも)入來(いりき)て (いめ)()えつる

       大門既深鎖 戶亦閇而不開矣 吾人有所思 吾妹究經何處來 蓋是相見在夢中

      佚名 3117


3118 【承前,廿六十八。】

     門立而 戶者雖闔 盗人之 穿穴從 入而所見牟

     門立(かどた)てて ()()したれど 盗人(ぬすびと)の 穿()れる(あな)より ()りて()えけむ

       大門既深鎖 戶者雖闔不開矣 縱然如此者 蓋經盜人所鑿穴 竊自入來相見哉

      佚名 3118

         右二首。



3119 【承前,廿六十九。】

     從明日者 戀乍將去 今夕彈 速初夜從 綏解我妹

     明日(あす)よりは ()ひつつ()かむ 今夜(こよひ)だに 早宵(はやくよひ)より 紐解(ひもと)我妹(わぎも)

       一旦明日臨 縱令不捨須啟行 至少在今夜 還願早宵速解紐 纏綿溫存與伊人

      佚名 3119


3120 【承前,廿六二十。】

     今更 將寐哉我背子 荒田夜之 全夜毛不落 夢所見欲

     今更(いまさら)に ()めや()背子(せこ) 新夜(あらたよ)の 全夜(またよ)()ちず (いめ)()えこそ

       時已將破曉 豈復眠哉吾夫子 自於新夜起 宵宵全夜無所遺 自然相會在夢田

      佚名 3120

         右二首。



3121 【承前,廿六廿一。】

     吾勢子之 使乎待跡 笠不著 出乍曾見之 雨零爾

     ()背子(せこ)が 使(つかひ)()つと (かさ)()ず ()でつつそ()し 雨降(あめのふ)らくに

       相思情難忍 為待夫子信使來 不著笠蓋而 迫不及待出而見 縱然雨零無所懼

      佚名 3121


3122 【承前,廿六廿二。】

     無心 雨爾毛有鹿 人目守 乏妹爾 今日谷相乎

     心無(こころな)き (あめ)にもあるか 人目守(ひとめも)り (とも)しき(いも)に 今日(けふ)だに()はむを

       無情不識趣 嗚呼雨降不逢時 忌憚避人目 久別伊人不相見 今欲與逢怎奈何

      佚名 3122

         右二首。



3123 【承前,廿六廿三。】

     直獨 宿杼宿不得而 白細 袖乎笠爾著 沾乍曾來

     唯一人(ただひとり) ()れど寢兼(ねか)ねて 白栲(しろたへ)の (そで)(かさ)() ()れつつそ()

       形單影隻而 孤寢輾轉難眠故 白妙敷栲兮 衣袖代笠著頂上 沾濡雨中而來矣

      佚名 3123


3124 【承前,廿六廿四。】

     雨毛零 夜毛更深利 今更 君將行哉 紐解設名

     (あめ)()る ()()けにけり 今更(いまさら)に 君去(きみい)なめやも 紐解設(ひもときま)けな

       雨零降紛紛 夜亦既更宵已深 至於如此者 君豈別離將去哉 不如解紐設床褥

      佚名 3124

         右二首。



3125 【承前,廿六廿五。】

     久堅乃 雨零日乎 我門爾 蓑笠不蒙而 來有人哉誰

     久方(ひさかた)の 雨降(あめのふ)()を ()(かど)に 蓑笠著(みのかさき)ずて ()(ひと)(たれ)

       遙遙久方天 傾盆大雨滂沱日 在吾屋戶前 不著蓑笠沾身濕 狼狽來者是孰人

      佚名 3125


3126 【承前,廿六廿六。】

     纏向之 病足乃山爾 雲居乍 雨者雖零 所沾乍焉來

     卷向(まきむく)の 穴師山(あなしのやま)に 雲居(くもゐ)つつ (あめ)()れども ()れつつそ()

       寧樂纏向之 痛足穴師山頂上 烏雲居不去 雖然大雨降滂沱 狼狽漬濡吾來矣

      佚名 3126

         右二首。



3127 羇旅發思 【五三第一。】

     度會 大川邊 若歷木 吾久在者 妹戀鴨

     度會(わたらひ)の 大川邊(おほかはのへ)の 若久木(わかひさぎ) ()(ひさ)ならば 妹戀(いもこ)ひむかも

       神風伊勢國 度會大川邊所生 若久木所如 吾若出旅日時久 伊人可將戀我哉

      柿本人麻呂 3127


3128 【承前,五三第二。】

     吾妹子 夢見來 倭路 度瀨別 手向吾為

     我妹子(わぎもこ)を (いめ)()()と 大和道(やまとぢ)の 渡瀨每(わたりぜごと)に 手向(たむけ)けそ()がする

       唯冀與伊人 得以相逢在夢間 步行大和道 每逢渡瀨必獻幣 潔齋揖禮祈神貺

      柿本人麻呂 3128


3129 【承前,五三第三。】

     櫻花 開哉散 及見 誰此 所見散行

     櫻花(さくらばな) ()きかも()ると ()(まで)に (たれ)かも此處(ここ)に ()えて散行(ちりゆ)

       恰猶若春櫻 花開花落之所如 寄物而陳思 此處雜沓八十衢 於茲人逢復離散

      柿本人麻呂 3129


3130 【承前,五三第四。】

     豐洲 聞濱松 心哀 何妹 相云始

     豐國(とよくに)の 企救濱松(きくのはままつ) (ねもころ)に (なに)しか(いも)に 相言始(あひいひそ)めけむ

       筑紫豐前之 企救濱松根所如 慇懃懇意哀 當初何以相言始 今慕伊人心悲痛

      柿本人麻呂 3130

         右四首,柿本朝臣人麻呂歌集出。



3131 【承前,五三第五。】

     月易而 君乎婆見登 念鴨 日毛不易為而 戀之重

     月變(つきか)へて (きみ)をば()むと (おも)へかも ()()へずして 戀繁(こひのしげ)けむ

       昨日兩相別 直至月易不得見 胸每懷此念 雖然離別不足日 戀慕情繁已難耐

      佚名 3131


3132 【承前,五三第六。】

     莫去跡 變毛來哉常 顧爾 雖徃不歸 道之長手矣

     莫行(なゆ)きそと (かへ)りも()やと 顧見(かへりみ)に ()けど(かへ)らず 道長手(みちのながて)

       心中有所念 或將追來留我哉 慕然回首者 雖徃不歸人未至 形單影孤涉長途

      佚名 3132


3133 【承前,五三第七。】

     去家而 妹乎念出 灼然 人之應知 歎將為鴨

     (たび)にして (いも)思出(おもひい)で 灼然(いちしろ)く 人知(ひとのし)るべく 嘆為(なげきせ)むかも

       羈旅在外地 每逢憶起伊人時 灼然形於色 旁人見者當知悉 我蓋悲嘆如是矣

      佚名 3133


3134 【承前,五三第八。】

     里離 遠有莫國 草枕 旅登之思者 尚戀來

     里離(さとさか)り (とほ)から()くに 草枕(くさまくら) (たび)とし(おも)へば 尚戀(なほこ)ひにけり

       顧見身處茲 相去故里非甚遠 草枕在異地 每逢憶起羈旅身 不覺尚戀思故鄉

      佚名 3134


3135 【承前,五三第九。】

     近有者 名耳毛聞而 名種目津 今夜從戀乃 益益南

     (ちか)くあれば ()のみも()きて (なぐさ)めつ 今夜(こよひ)(こひ)の 彌增(いやま)さりなむ

       身居近處者 聽得風聞彼消息 可稍慰慕情 然而自於今夜起 思戀彌增情難抑

      佚名 3135


3136 【承前,五三第十。】

     客在而 戀者辛苦 何時毛 京行而 君之目乎將見

     (たび)にありて ()ふれば(くる)し 何時(いつ)しかも (みやこ)()きて (きみ)()()

       羈旅在異地 不堪相思心甚苦 究竟至何時 方得早日赴都城 相逢會晤拜君眉

      佚名 3136


3137 【承前,五三十一。】

     遠有者 光儀者不所見 如常 妹之咲者 面影為而

     (とほ)くあれば 姿(すがた)()えず 常如(つねのごと) (いも)(ゑまひ)は 面影(おもかげ)にして

       相離在異地 遙遙不得見姿儀 依舊如常矣 伊人莞爾咲顏者 幻化面影映瞼內

      佚名 3137


3138 【承前,五三十二。】

     年毛不歷 反來嘗跡 朝影爾 將待妹之 面影所見

     (とし)()ず 歸來(かへりこ)なむと 朝影(あさかげ)に ()つらむ(いも)し 面影(おもかげ)()

       蓋是伊切望 冀吾歸來在年內 稀薄朝影兮 相待吾妹幻影者 今在眼前現朦朧

      佚名 3138


3139 【承前,五三十三。】

     玉桙之 道爾出立 別來之 日從于念 忘時無

     玉桙(たまほこ)の (みち)出立(いでた)ち 別來(わかれこ)し ()より(おも)ふに (わす)時無(ときな)

       玉桙華道兮 自從啟程將出旅 道別日以來 吾人相思情更募 須臾片刻無相忘

      佚名 3139


3140 【承前,五三十四。】

     波之寸八師 志賀在戀爾毛 有之鴨 君所遺而 戀敷念者

     ()しきやし (しか)ある(こひ)にも (あり)(かも) (きみ)(おく)れて (こひ)しき(おも)へば

       嗚呼可憐矣 如是心碎苦戀者 可當有之哉 每逢吾君出旅後 獨守空閨念辛酸

      佚名 3140


3141 【承前,五三十五。】

     草枕 客之悲 有苗爾 妹乎相見而 後將戀可聞

     草枕(くさまくら) 旅悲(たびのかな)しく あるなへに (いも)相見(あひみ)て 後戀(のちこ)ひむかも

       草枕在異地 客在他鄉催憂情 寂寞難耐時 萍水相逢此伊人 其後當戀悲更募

      佚名 3141


3142 【承前,五三十六。】

     國遠 直不相 夢谷 吾爾所見社 相日左右二

     國遠(くにとほ)み (ただ)には()はず (いめ)にだに (われ)()えこそ ()はむ日迄(ひまで)

       相隔兩異地 國遠無由可會晤 只願幽夜頃 可令我見在夢中 直至我倆相逢時

      佚名 3142


3143 【承前,五三十七。】

     如是將戀 物跡知者 吾妹兒爾 言問麻思乎 今之悔毛

     如是戀(かくこ)ひむ (もの)()りせば 我妹子(わぎもこ)に 言問(ことと)はましを (いま)(くや)しも

       後悔不當初 早知戀慕如此許 不能自已者 當時當與妻相語 如今寂寞甚痛心

      佚名 3143


3144 【承前,五三十八。】

     客夜之 久成者 左丹頰合 紐開不離 戀流比日

     旅夜(たびのよ)の (ひさ)しく()れば 佐丹頰(さにつら)ふ 紐解放(ひもときさ)けず ()ふる此頃(このころ)

       草枕在異地 客居他鄉時日久 佐丹頰紅艷 吾妻衣紐不得解 夜夜憂慕此頃時

      佚名 3144


3145 【承前,五三十九。】

     吾妹兒之 阿乎偲良志 草枕 旅之丸寐爾 下紐解

     我妹子(わぎもこ)し ()(しの)ふらし 草枕(くさまくら) 旅丸寢(たびのまろね)に 下紐解(したびもと)けぬ

       親親吾妹矣 汝蓋戀慕思我哉 草枕在異地 客在他鄉丸寢時 不覺下紐自解矣

      佚名 3145


3146 【承前,五三二十。】

     草枕 旅之衣 紐解 所念鴨 此年比者

     草枕(くさまくら) 旅衣(たびのころも)の 紐解(ひもと)けて (おも)ほゆるかも 此年頃(このとしころ)

       草枕在異地 所著旅衣紐自解 吾人有所思 蓋是家人念我哉 尤是比來年頃時

      佚名 3146


3147 【承前,五三廿一。】

     草枕 客之紐解 家之妹志 吾乎待不得而 歎良霜

     草枕(くさまくら) 旅紐解(たびのひもと)く 家妹(いへのいも)し ()待兼(まちか)ねて (なげ)かふらしも

       草枕在異地 所著旅衣紐自解 蓋是守空閨 吾妻寂寞甚難耐 唏噓愁嘆此頃時

      佚名 3147


3148 【承前,五三廿二。】

     玉釼 卷寢志妹乎 月毛不經 置而八將越 此山岫

     玉釧(たまくしろ) 纏寢(まきね)(いも)を (つき)()ず ()きてや()えむ 此山岫(このやまのくき)

       金石珠玉釧 枕腕相寢伊人矣 初逢未足月 竟將留置越去乎 足曳險峻此山岫

      佚名 3148


3149 【承前,五三廿三。】

     梓弓 末者不知杼 愛美 君爾副而 山道越來奴

     梓弓(あづさゆみ) (すゑ)()らねど (うるは)しみ (きみ)(たぐ)ひて 山道越來(やまぢこえき)

       梓弓射無收 雖然不知末何如 愛慕情難抑 不覺副君隨我兄 跋涉山道越來矣

      佚名 3149


3150 【承前,五三廿四。】

     霞立 春長日乎 奧香無 不知山道乎 戀乍可將來

     霞立(かすみた)つ 春長日(はるのながひ)を 奧處無(おくかな)く ()らぬ山道(やまぢ)を ()ひつつか()

       煙霞湧霏霺 春之長日一日間 深邃無窮盡 吾所不諳此山路 當隨戀慕以行哉

      佚名 3150


3151 【承前,五三廿五。】

     外耳 君乎相見而 木綿牒 手向乃山乎 明日香越將去

     (よそ)のみに (きみ)相見(あひみ)て 木綿疊(ゆふたたみ) 手向山(たむけけのやま)を 明日(あす)越去(こえい)なむ

       唯有在遠處 瞥見佳人逢萍水 木綿疊牒兮 旅人所禱手向山 明日將越翻去哉

      佚名 3151


3152 【承前,五三廿六。】

     玉勝間 安倍嶋山之 暮露爾 旅宿得為也 長此夜乎

     玉勝間(たまかつま) 安倍島山(あへしまやま)の 夕露(ゆふつゆ)に 旅寢得為(たびねえせ)めや 長此夜(ながきこのよ)

       玉籠勝間兮 相合安倍島山之 夕露霑衣濕 何能漬濡為旅宿 度此漫漫長夜哉

      佚名 3152


3153 【承前,五三廿七。】

     三雪零 越乃大山 行過而 何日可 我里乎將見

     深雪降(みゆきふ)る 越大山(こしのおほやま) 行過(ゆきす)ぎて 何日(いづれのひ)にか ()(さと)()

       深雪零不斷 越國大山愛發者 今日將行過 至於何日迄何時 方得見我故里哉

      佚名 3153


3154 【承前,五三廿八。】

     乞吾駒 早去欲 亦打山 將待妹乎 去而速見牟

     乞我(いであ)(こま) 早行(はやくゆ)きこそ 真土山(まつちやま) ()つらむ(いも)を ()きて早見(はやみ)

       去來吾駒矣 冀汝奔馳不停蹄 相待真土山 憐吾獨守空閨妹 只望早去以相見

      佚名 3154


3155 【承前,五三廿九。】

     惡木山 木末悉 明日從者 靡有社 妹之當將見

     蘆城山(あしきやま) 木末悉(こぬれことごと) 明日(あす)よりは (なび)きてありこそ (いも)邊見(あたりみ)

       惡木蘆城山 山間木梢令人厭 還冀明日起 叢林悉靡木咸倒 以吾欲見妹許故

      佚名 3155


3156 【承前,五三三十。】

     鈴鹿河 八十瀨渡而 誰故加 夜越爾將越 妻毛不在君

     鈴鹿川(すずかがは) 八十瀨渡(やそせわた)りて ()(ゆゑ)か 夜越(よごえ)(こえ)む (つま)もあら()くに

       伊勢鈴鹿川 今度彼河八十瀨 跋涉為誰故 何苦深夜涉險渡 彼岸既無伊人在

      佚名 3156


3157 【承前,五三卅一。】

     吾妹兒爾 又毛相海之 安河 安寐毛不宿爾 戀度鴨

     我妹子(わぎもこ)に (また)近江(あふみ)の 安川(やすのかは) 安寐(やすい)()ずに 戀渡(こひわた)るかも

       相約與伊人 期以重逢近江之 淡海川矣 奈何忐忑難寢 煎熬思慕至天明

      佚名 3157


3158 【承前,五三卅二。】

     客爾有而 物乎曾念 白浪乃 邊毛奧毛 依者無爾

     (たび)(あり)て (もの)をそ(おも)ふ 白波(しらなみ)の ()にも(おき)にも ()るとは()しに

       羈旅在異地 客在他鄉沉憂思 洽由白浪之 邊岸遠瀛總徘徊 不知當寄依何方

      佚名 3158


3159 【承前,五三卅三。】

     湖轉爾 滿來鹽能 彌益二 戀者雖剩 不所忘鴨

     湊迴(みなとみ)に 滿來(みちく)(しほ)の 彌增(いやま)しに (こひ)(あま)れど (わす)らえぬかも

       水口湊迴處 盈來滿潮之所如 益益更彌增 此戀徒增情殊剩 銘心刻骨無以忘

      佚名 3159


3160 【承前,五三卅四。】

     奧浪 邊浪之來依 貞浦乃 此左太過而 後將戀鴨

     沖波(おきつなみ) 邊波來寄(へなみのきよ)る (さだのうら)の (このさだす)ぎて 後戀(のちこ)ひむかも

       遠瀛沖波至 近岸邊波亦來寄 佐太貞浦矣 千載一遇此時節 錯失其後當可戀

      佚名 3160


3161 【承前,五三卅五。】

     在千方 在名草目而 行目友 家有妹伊 將欝悒

     在千潟(ありちがた) 有慰(ありなぐさ)めて ()かめども (いへ)なる(いも)い 欝悒(おほほ)しみせむ

       客鄉在千潟 雖欲前徃覽勝景 藉以慰憂情 然顧居家吾妻者 其情忐忑欝悒哉

      佚名 3161


3162 【承前,五三卅六。】

     水咫衝石 心盡而 念鴨 此間毛本名 夢西所見

     澪標(みをつくし) 心盡(こころつく)して (おも)へかも 此間(ここ)にも元無(もとな) (いめ)にし()ゆる

       澪標不惜身 蓋是盡心念我哉 甚矣愛憐兮 此間無由頻幾許 常見吾妻在夢中

      佚名 3162


3163 【承前,五三卅七。】

     吾妹兒爾 觸者無二 荒礒迴爾 吾衣手者 所沾可母

     我妹子(わぎもこ)に ()るとは()しに 荒礒迴(ありそみ)に ()衣手(ころもで)は ()れにけるかも

       羈旅在異地 無由觸及吾妹子 荒礒浦迴間 吾之衣手為潮霑 無人乾之總漬濡

      佚名 3163


3164 【承前,五三卅八。】

     室之浦之 湍戶之埼有 鳴嶋之 礒越浪爾 所沾可聞

     室浦(むろのうら)の 瀨戶崎(せとのさき)なる 鳴島(なきしま)の 磯越波(いそこすなみ)に ()れにけるかも

       近江揖保之 御津室浦瀨戶崎 海上鳴島間 駭浪越磯捲狂瀾 水沫霑衣漬吾濡

      佚名 3164


3165 【承前,五三卅九。】

     霍公鳥 飛幡之浦爾 敷浪乃 屢君乎 將見因毛鴨

     霍公鳥(ほととぎす) 飛幡浦(とばたのうら)に 頻波(しくなみ)の (しくし)(きみ)を ()由欲得(よしもがも)

       杜鵑霍公鳥 飛幡浦浦迴所緣來 頻浪之所如 妾身苦耐相思愁 欲得有以可頻逢

      佚名 3165


3166 【承前,五三四十。】

     吾妹兒乎 外耳哉將見 越懈乃 子難懈乃 嶋楢名君

     我妹子(わぎもこ)を (よそ)のみや()む 越海(こしのうみ)の 子難海(こがたのうみ)の (しま)なら()くに

       嗚呼伊人矣 只得遙遙遠觀哉 洽猶越海之 子難海間離島歟 分明汝命非是矣

      佚名 3166


3167 【承前,五三卌一。】

     浪間從 雲位爾所見 粟嶋之 不相物故 吾爾所依兒等

     波間(なみのま)ゆ 雲居(くもゐ)()ゆる 粟島(あはしま)の ()はぬ物故(ものゆゑ) ()()そる兒等(こら)

       自於浪濤間 雲居天邊遙可見 粟島之所如 分明兩隔不得會 蜚語仍起伊人矣

      佚名 3167


3168 【承前,五三卌二。】

     衣袖之 真若之浦之 愛子地 間無時無 吾戀钁

     衣手(ころもで)の 真若浦(まわかのうら)の 真砂地(まなごつち) 間無(まな)時無(ときな)し ()()ふらくは

       揮舞衣袖兮 真若和歌浦之間 真砂地所如 所念無間時不辨 吾之愛慕如是矣

      佚名 3168


3169 【承前,五三卌三。】

     能登海爾 釣為海部之 射去火之 光爾伊徃 月待香光

     能登海(のとのうみ)に (つり)する海人(あま)の 漁火(いざりひ)の (ひかり)にいませ 月待難(つきまちがて)

       汪洋能登海 為釣海人白水郎 船頭漁火明 冀賴彼光速來會 吾待月出有所思

      佚名 3169


3170 【承前,五三卌四。】

     思香乃白水郎乃 釣為燭有 射去火之 髣髴妹乎 將見因毛欲得

     志賀海人(しかのあま)の (つり)(とも)せる 漁火(いざりひ)の 髣髴(ほのか)(いも)を 見由欲得(みむよしもがも)

       志賀白水郎 為釣漁火之所如 縱令仄朦朧 髣髴難辨亦可之 欲得一見佳人影

      佚名 3170


3171 【承前,五三卌五。】

     難波方 水手出船之 遙遙 別來禮杼 忘金津毛

     難波潟(なにはがた) 漕出(こぎづ)(ふね)の 遙遙(はろはろ)に 別來(わかれき)ぬれど 忘兼(わすれか)ねつも

       澪標難波潟 漕出小舟之所如 遙遙甚渺遠 雖然別來至於此 難忘伊人催憂情

      佚名 3171


3172 【承前,五三卌六。】

     浦迴榜 熊野舟附 目頰志久 懸不思 月毛日毛無

     浦迴漕(うらみこ)ぐ 熊野船著(くまのぶねつ)き (めづら)しく ()けて(しの)はぬ (つき)()()

       津津浦浦間 巡迴熊野船著之 珍也愛憐兮 無時無刻不懸心 朝思暮想無息時

      佚名 3172


3173 【承前,五三卌七。】

     松浦舟 亂穿江之 水尾早 檝取間無 所念鴨

     松浦舟(まつらぶ) (さわ)堀江(ほりえ)の 水脈早(みをはや)み 梶取(かぢと)間無(まな)く (おも)ほゆるかも

       肥前松浦船 難波堀江榜聲騷 水脈澪速故 划檝頻頻無間斷 所念無息恰如斯

      佚名 3173


3174 【承前,五三卌八。】

     射去為 海部之檝音 湯桉干 妹心 乘來鴨

     (いざり)する 海人梶音(あまのかぢおと) (ゆくら)かに (いも)(こころ)に ()りにけるかも

       漁獵滄溟間 海人檝音之所如 緩緩不覺間 親親伊人據我心 繚繞無絕佔胸懷

      佚名 3174


3175 【承前,五三卌九。】

     若浦爾 袖左倍沾而 忘貝 拾杼妹者 不所忘爾【或本歌末句云,忘可禰都母。】

     和歌浦(わかのうら)に (そで)さへ()れて 忘貝(わすれがひ) (ひり)へど(いも)は (わす)得無(えな)くに或本歌末句云(あるぶみのすゑのくにいふ)忘兼(わすれか)ねつも。】

       身居和歌浦 不惜漬濡沾袖濕 所拾戀忘貝 然而伊人總懸心 無以忘情愁更切【或本歌末句云,難以忘情愁更切。】

      佚名 3175


3176 【承前,五三五十。】

     草枕 羈西居者 苅薦之 擾妹爾 不戀日者無

     草枕(くさまくら) (たび)にし()れば 刈薦(かりこも)の (みだ)れて(いも)に ()ひぬ()()

       草枕在異地 孤身羈旅客鄉者 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 日日無闕戀伊人

      佚名 3176


3177 【承前,五三五一。】

     然海部之 礒爾苅干 名告藻之 名者告手師乎 如何相難寸

     志賀海人(しかのあま)の (いそ)刈乾(かりほ)す 勿告藻(なのりそ)の ()()りてしを (なに)逢難(あひがた)

       志賀海人之 在於礒邊所苅乾 勿告藻也矣 家慈諄諄令勿告 何以告之更難逢

      佚名 3177


3178 【承前,五三五二。】

     國遠見 念勿和備曾 風之共 雲之行如 言者將通

     國遠(くにとほ)み (おも)勿詫(なわび)そ 風共(かぜのむた) 雲行(くものゆ)(ごと) (こと)(かよ)はむ

        相隔國甚遠 雖然如斯莫失意 洽猶隨風共 遊行天雲之所如 魚雁書信蓋可通

      佚名 3178


3179 【承前,五三五三。】

     留西 人乎念爾 蜒野 居白雲 止時無

     (とま)りにし (ひと)(おも)ふに 秋津野(あきづの)に ()白雲(しらくも)の 止時(やむとき)()

       每逢憶故鄉 更念留居伊人者 洽猶秋津野 長居白雲之所如 常懸心頭無止時

      佚名 3179


3180 悲別歌 【卅一第一。】

     浦毛無 去之君故 朝旦 本名焉戀 相跡者無杼

     (うら)()く ()にし君故(きみゆゑ) (あさ)(あさ)な 元無(もとな)()ふる ()ふとは()けど

       全為無心之 薄情離去我君故 朝朝復旦旦 無由焦戀愁相思 分明無由得復逢

      佚名 3180


3181 【承前,卅一第二。】

     白細之 君之下紐 吾左倍爾 今日結而名 將相日之為

     白栲(しろたへ)の (きみ)下紐(したびも) (われ)さへに 今日結(けふむす)びてな ()はむ()(ため)

       白妙敷栲兮 君所貼身衣下紐 還願令妾身 今日手結求貺驗 奉為早日能相逢

      佚名 3181


3182 【承前,卅一第三。】

     白妙之 袖之別者 雖惜 思亂而 赦鶴鴨

     白栲(しろたへ)の 袖別(そでのわか)れは ()しけども 思亂(おもひみだ)れて (ゆる)しつるかも

       白妙敷栲兮 別袖幾回麾振者 雖然令人惜 然而心紊情意亂 終許吾君步啟程

      佚名 3182


3183 【承前,卅一第四。】

     京師邊 君者去之乎 孰解可 言紐緒乃 結手懈毛

     都邊(みやこへ)に (きみ)()にしを ()()けか ()紐緒(ひものを)の 結手懈(ゆふてたゆ)きも

       吾君去京師 相隔異地無縫由 究竟孰解哉 吾衣下紐紐自解 頻結幾許手已懈

      佚名 3183


3184 【承前,卅一第五。】

     草枕 客去君乎 人目多 袖不振為而 安萬田悔毛

     草枕(くさまくら) 旅行(たびゆ)(きみ)を 人目多(ひとめおほ)み 袖振(そでふ)らずして 數多悔(あまたくや)しも

       草枕客鄉兮 啟程出旅吾君矣 以畏眾目故 惜別之時未揮袖 至今追悔不當初

      佚名 3184


3185 【承前,卅一第六。】

     白銅鏡 手二取持而 見常不足 君爾所贈而 生跡文無

     真十鏡(まそかがみ) ()取持(とりも)ちて ()れど()かぬ (きみ)(おく)れて ()けりとも()

       無曇真十鏡 總以此手取持而 常見無飽厭 自君出旅留妾此 渾渾噩噩不知生

      佚名 3185


3186 【承前,卅一第七。】

     陰夜之 田時毛不知 山越而 徃座君者 何時將待

     曇夜(くもりよ)の 方便(たどき)()らぬ 山越(やまこ)えて (いま)(きみ)をば 何時(いつ)とか()たむ

       夜曇月無明 暗闇之間不知方 翻山越嶺而 隻身羈旅吾君者 妾身將待至何時

      佚名 3186


3187 【承前,卅一第八。】

     立名付 青垣山之 隔者 數君乎 言不問可聞

     疊付(たたなづ)く 青垣山(あをかきやま)の ()なりなば 屢君(しばしばきみ)を 言問(ことと)はじかも

       層層疊重矣 青山巍峨猶青垣 若為彼相隔 豈得屢屢言問哉 何去何從吾慕情

      佚名 3187


3188 【承前,卅一第九。】

     朝霞 蒙山乎 越而去者 吾波將戀奈 至于相日

     朝霞(あさがすみ) 棚引山(たなびくやま)を ()えて()なば (あれ)()ひむな ()はむ日迄(ひまで)

       朝霞層湧立 所以蟠踞嶮山矣 汝今越去者 吾將戀慕難解憂 直至有朝相逢日

      佚名 3188


3189 【承前,卅一第十。】

     足檜乃 山者百重 雖隱 妹者不忘 直相左右二【一云,雖隱,君乎思苦,止時毛無。】

     足引(あしひき)の (やま)百重(ももへ)に (かく)すとも (いも)(わす)れじ (ただ)逢迄(あふまで)一云(またにいふ)(かく)せども、(きみ)(おも)はく、止時(やむとき)()し。】

       足曳勢險峻 巖山百重層圍繞 雖然隱其中 佳人光儀無所忘 直至有朝復逢時【一云,雖然隱其內,妾身思君情甚切,縱然片刻無止時。】

      佚名 3189


3190 【承前,卅一十一。】

     雲居有 海山超而 伊徃名者 吾者將戀名 後者相宿友

     雲居(くもゐ)なる 海山越(うみやまこ)えて い()きなば (あれ)()ひむな (のち)相寢(あひぬ)とも

       雲居天邊遙 海山越渡而徃者 今日一別離 我必戀慕愁相思 縱令有朝能共寢

      佚名 3190


3191 【承前,卅一十二。】

     不欲惠八師 不戀登為杼 木綿間山 越去之公之 所念良國

     ()しゑやし ()ひじとすれど 木綿間山(ゆふまやま) ()えにし(きみ)が (おも)ほゆらくに

       一了而百了 不若果斷絕此情 心雖欲如此 君越木綿間山去 妾身掛念難忘懷

      佚名 3191


3192 【承前,卅一十三。】

     草蔭之 荒藺之埼乃 笠嶋乎 見乍可君之 山道超良無【一云,三坂越良牟。】

     草蔭(くさかげ)の 荒藺崎(あらゐのさき)の 笠島(かさしま)を ()つつか(きみ)が 山道越(やまぢこ)ゆらむ一云(またにいふ)御坂越(みさかこ)ゆらむ。】

       荒漫草蔭兮 荒藺崎間笠島矣 觀望彼島而 半殺半放荒神居 山道吾夫今越哉【一云,坂道吾夫今越哉。】

      佚名 3192


3193 【承前,卅一十四。】

     玉勝間 嶋熊山之 夕晚 獨可君之 山道將越【一云,暮霧爾,長戀為乍,寐不勝可母。】

     玉勝間(たまかつま) 島熊山(しまくまやま)の 夕暮(ゆふぐ)れに 一人(ひとり)(きみ)が 山道越(やまぢこ)ゆらむ一云(またにいふ)夕霧(ゆふぎり)に、長戀(ながこひ)しつつ、寐難(いねかて)ぬかも。】

       玉籠勝間兮 締合無隙島熊山 黃昏夕晚時 形單影孤我夫君 將越山道此頃哉【一云,誰彼暮霧間,吾身焦戀苦相思,輾轉難眠無安寢。】

      佚名 3193


3194 【承前,卅一十五。】

     氣緒爾 吾念君者 雞鳴 東方重坂乎 今日可越覽

     息緒(いきのを)に ()思君(おもふきみ)は (とり)()く 東坂(あづまのさか)を 今日(けふ)()ゆらむ

       吾之懸身命 全心所念夫君矣 拂曉雞鳴兮 東方群山重坂者 今日蓋將越度哉

      佚名 3194


3195 【承前,卅一十六。】

     磐城山 直越來益 礒埼 許奴美乃濱爾 吾立將待

     磐城山(いはきやま) 直越來坐(ただこえきま)せ 礒崎(いそさき)の 不來見濱(こぬみのはま)に 我立待(われたちま)たむ

       磐城岩木山 還願吾君速越來 駿河礒崎之 不來見濱待汝至 妾守空閨總難耐

      佚名 3195


3196 【承前,卅一十七。】

     春日野之 淺茅之原爾 後居而 時其友無 吾戀良苦者

     春日野(かすがの)の 淺茅原(あさぢがはら)に 後居(おくれゐ)て (とき)そとも()し ()()ふらくは

       寧樂春日野 低矮淺茅之原間 獨留在此處 不知日月無止時 孤守空閨吾慕矣

      佚名 3196


3197 【承前,卅一十八。】

     住吉乃 崖爾向有 淡路嶋 可怜登君乎 不言日者无

     住吉(すみのえ)の (きし)(むか)へる 路島(あはぢしま) (あは)れと(きみ)を ()はぬ()()

       墨江住吉岸 與之相望淡路島 淡路也哀憐 朝朝暮暮嚮君處 愁憂嘆息無止日

      佚名 3197


3198 【承前,卅一十九。】

     明日從者 將行乃河之 出去者 留吾者 戀乍也將有

     明日(あす)よりは 印南(いなむのかは)の (いで)()ば ()まれる(あれ)は ()ひつつやあらむ

       自於明日起 將行啟程印南川 出去別離者 孤身留居妾身者 唯有終日相思哉

      佚名 3198


3199 【承前,卅一二十。】

     海之底 奧者恐 礒迴從 水手運徃為 月者雖經過

     海底(わたのそこ) (おき)(かしこ)し 礒迴(いそみ)より 漕迴去坐(こぎたみいま)せ (つき)()ぬとも

       滄溟海之底 千尋沖奧誠可懼 當往礒岸處 漕迴運徃榜去矣 縱然經日更累月

      佚名 3199


3200 【承前,卅一廿一。】

     飼飯乃浦爾 依流白浪 敷布二 妹之容儀者 所念香毛

     飼飯浦(けひのうら)に ()する白波(しらなみ) (しくしく)に (いも)姿(すがた)は (おも)ほゆるかも

       淡路飼飯浦 緣來白浪之所如 頻頻無間斷 窈窕佳人光儀者 屢屢所念懷胸中

      佚名 3200


3201 【承前,卅一廿二。】

     時風 吹飯乃濱爾 出居乍 贖命者 妹之為社

     時風(ときつかぜ) 吹飯濱(ふけひのはま)に 出居(いでゐ)つつ 贖命(あかふいのち)は (いも)(ため)こそ

       時季海風兮 狂瀾興浪吹飯濱 時時出居而 所以貢獻贖命者 當是奉為伊人矣

      佚名 3201


3202 【承前,卅一廿三。】

     柔田津爾 舟乘將為跡 聞之苗 如何毛君之 所見不來將有

     熟田津(にきたつ)に 舟乘為(ふなのりせ)むと ()きし(なへ) (なに)かも(きみ)が ()()ざるらむ

       今于熟田津 輪番將欲乘船聲 雖然入耳聞 奈何心懸伊人者 不來與吾相見哉

      佚名 3202


3203 【承前,卅一廿四。】

     三沙吳居 渚爾居舟之 榜出去者 裏戀監 後者會宿友

     鶚居(みさごゐ)る ()()(ふね)の 漕出(こぎで)なば 衷戀(うらごひ)しけむ (のち)相寢(あひぬ)とも

       鷲鶚水沙兒 所棲渚上小舟之 划槳啟程者 吾衷必苦相思哉 縱然有朝能共寢

      佚名 3203


3204 【承前,卅一廿五。】

     玉葛 無恙行核 山菅乃 思亂而 戀乍將待

     玉葛(たまかづら) 幸坐(さきくいま)さね 山菅(やますげ)の 思亂(おもひみだ)れて ()ひつつ()たむ

       玉葛復合兮 願君一去幸無恙 山菅之所如 吾心忐忑情意亂 思情泉湧待君歸

      佚名 3204


3205 【承前,卅一廿六。】

     後居而 戀乍不有者 田籠之浦乃 海部有申尾 珠藻苅苅

     後居(おくれゐ)て ()ひつつあらずは 田子浦(たごのうら)の 海人(あま)ならましを 玉藻刈(たまもか)()

       較於留故鄉 終日戀繁苦相思 不若化此身 為田子浦海女哉 常苅玉藻無憂慮

      佚名 3205


3206 【承前,卅一廿七。】

     筑紫道之 荒礒乃玉藻 苅鴨 君久 待不來

     筑紫道(つくしぢ)の 荒礒玉藻(ありそのたまも) ()るとかも (きみ)(ひさ)しく ()てど()まさぬ

       天遠筑紫道 汝蓋欲徃彼荒礒 苅玉藻來哉 君之一去久不返 妾守空閨待不至

      佚名 3206


3207 【承前,卅一廿八。】

     荒玉乃 年緒永 照月 不猒君八 明日別南

     (あら)たまの 年緒長(としのをなが)く 照月(てるつき)の ()かざる(きみ)や 明日別(あすわか)れなむ

       日新月亦異 年緒且長時日久 照月之所如 雖然久觀未嘗厭 何以明日復別離

      佚名 3207


3208 【承前,卅一廿九。】

     久將在 君念爾 久堅乃 清月夜毛 闇夜耳見

     (ひさ)にあらむ (きみ)(おも)ふに 久方(ひさかた)の 清月夜(きよきつくよ)も 闇夜(やみ)のみに()

       每念君旅外 必然良久不得逢 遙遙久方兮 雖見清澈明月夜 仍猶闇夜昏黯淡

      佚名 3208


3209 【承前,卅一三十。】

     春日在 三笠乃山爾 居雲乎 出見每 君乎之曾念

     春日(かすが)なる 御笠山(みかさのやま)に ()(くも)を 出見(いでみ)(ごと)に (きみ)をしそ(おも)

       青丹良且秀 寧樂春日御笠山 頂上居雲矣 每逢出見彼浮雲 必然思君憶汝命

      佚名 3209


3210 【承前,卅一卅一。】

     足檜木乃 片山雉 立徃牟 君爾後而 打四雞目八方

     足引(あしひき)の 片山雉(かたやまきぎし) 立行(たちゆ)かむ (きみ)(おく)れて (うつ)しけめやも

       足曳勢險峻 片山棲雉之所如 君今為立徃 妾身留居憂惜別 心猶刀割氣難和

      佚名 3210


3211 問答歌 【十首第一。】

     玉緒乃 徙心哉 八十梶懸 水手出牟船爾 後而將居

     玉緒(たまのを)の 現心(うつしこころ)や 八十楫掛(やそかか)け 漕出(こぎで)(ふね)に (おく)れて()らむ

       魂絲玉緒兮 吾豈常持保正氣 懸有八十梶 所以漕出船已發 留妾一人在此地

      佚名 3211


3212 【承前,十首第二。】

     八十梶懸 嶋隱去者 吾妹兒之 留登將振 袖不所見可聞

     八十楫懸(やそかか)け 島隱(しまがく)りなば 我妹子(わぎもこ)が ()まれと()らむ 袖見(そでみ)えじかも

       懸配八十梶 大船若隱島蔭者 親親吾妹子 奉為慰留之所振 揮袖蓋不復見哉

      佚名 3212

         右二首。



3213 【承前,十首第三。】

     十月 鍾禮乃雨丹 沾乍哉 君之行疑 宿可借疑

     十月(かむなづき) 時雨雨(しぐれのあめ)に ()れつつか (きみ)()くらむ 宿(やど)()るらむ

       神無十月間 時雨之雨降不斷 親親吾夫子 汝為雨濡仍行哉 抑或借宿待霽哉

      佚名 3213


3214 【承前,十首第四。】

     十月 雨間毛不置 零爾西者 誰里之 宿可借益

     十月(かむなづき) 雨間(あまま)()かず ()りにせば (いづ)れの(さと)の 宿(やど)()らまし

       神無十月間 陰雨綿綿降不斷 滂沱如注者 當向孰里至誰家 能得雨宿可借哉

      佚名 3214

         右二首。



3215 【承前,十首第五。】

     白妙乃 袖之別乎 難見為而 荒津之濱 屋取為鴨

     白栲(しろたへ)の 袖別(そでのわか)れを (かた)みして 荒津濱(あらつのはま)に 宿(やど)りするかも

       白妙敷栲兮 別袖幾回道離情 依依甚難捨 唯有隻身居荒津 獨宿濱邊孤寢哉

      佚名 3215


3216 【承前,十首第六。】

     草枕 羈行君乎 荒津左右 送來 飽不足社

     草枕(くさまくら) 旅行(たびゆ)(きみ)を 荒津迄(あらつまで) (おく)りぞ()ぬる ()()らねこそ

       草枕客鄉兮 啟程出旅吾君矣 妾步至荒津 奉為送別而來矣 離情依依不捨故

      佚名 3216

         右二首。



3217 【承前,十首第七。】

     荒津海 吾幣奉 將齋 早還座 面變不為

     荒津海(あらつのうみ) 我幣奉(われぬさまつ)り (いは)ひてむ 早歸坐(はやかへりま)せ 面變(おもがは)りせず

       今向荒津海 吾恭奉幣求冥貺 齋戒慎恐懼 願君無恙早歸來 容貌不變好去來

      佚名 3217


3218 【承前,十首第八。】

     旦旦 筑紫乃方乎 出見乍 哭耳吾泣 痛毛為便無三

     (あさ)(あさ)な 筑紫方(つくしのかた)を 出見(いでみ)つつ ()のみそ()()く (いた)術無(すべな)

       朝朝復日日 吾望天遠筑紫方 出戶偲伊人 嚎啕放聲泣滂沱 手足無措嘆技窮

      佚名 3218

         右二首。



3219 【承前,十首第九。】

     豐國乃 聞之長濱 去晚 日之昏去者 妹食序念

     豐國(とよくに)の 企救長濱(きくのながはま) 行暮(ゆきく)らし 日暮行(ひのくれゆ)けば (いも)をしぞ(おも)

       筑紫豐國之 砂津企救長濱間 步迴費終日 日之昏去朦朧時 心思吾妻情甚切

      佚名 3219


3220 【承前,十首第十。】

     豐國能 聞之高濱 高高二 君待夜等者 左夜深來

     豐國(とよくに)の 企救高濱(きくのたかはま) 高高(たかたか)に 君待(きみま)()らは 小夜更(さよふ)けにけり

       筑紫豐國之 企救高濱砂所如 時時引領盼 獨守空閨待君宵 不覺蹉跎夜已更

      佚名 3220

         右二首。



真字萬葉集 卷十二 古今相聞往來歌類之下 終