真字萬葉集 卷十一 古今相聞往來歌類之上


古今相聞往來歌類之上

2351 旋頭歌 【十七第一。】

     新室 壁草苅邇 御座給根 草如 依逢未通女者 公隨

     新室(にひむろ)の 壁草刈(かべくさか)りに 御座給(いましたま)はね 草如(くさのごと) 寄合娘子(よりあふをとめ)は (きみ)(まにま)

        堂構增春暉 鴻猶丕展開煥然 可臨新室苅壁草 偃草之所如 依逢娘子慕傾心 隨君恣意順所欲

      柿本人麻呂 2351


2352 【承前,十七第二。】

     新室 踏靜子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 內等白世

     新室(にひむろ)を 踏鎮(ふみしづ)()し 手玉(ただま)()すも 玉如(たまのごと) ()りたる(きみ)を (うち)にと(まう)

       堂構增春暉 鴻猶丕展開煥然 鎮地娘子鳴手珠 美玉之所如 輝耀照臨汝命矣 恭迎吾君請入內

      柿本人麻呂 2352


2353 【承前,十七第三。】

     長谷 弓槻下 吾所隱在妻 赤根刺 所光月夜邇 人見點鴨【一云,人見豆良牟可。】

     泊瀨(はつせ)の 弓月(ゆつき)(した)に ()(かく)せる(つま) 茜指(あかねさ)し ()れる月夜(つくよ)に 人見(ひとみ)てむかも一云(またにいふ)人見(ひとみ)つらむか。】

       長谷泊瀨之 纏向弓槻山之下 吾所藏嬌隱在妻 暉曜緋茜射 所光照臨月夜間 可將遭人所見哉【一云,蓋為他人所見哉。】

      柿本人麻呂 2353


2354 【承前,十七第四。】

     健男之 念亂而 隱在其妻 天地 通雖光 所顯目八方【一云,大夫乃,思多雞備弖。】

     大夫(ますらを)の 思亂(おもひみだ)れて (かく)せる其妻(そのつま) 天地(あめつち)に 通照(とほりて)るとも (あらは)れめやも一云(またにいふ)大夫(ますらを)の、思猛(おもひたけ)びて。】

       愧為大丈夫 神魂顛倒情意亂 所以藏嬌隱其妻 雖然天地間 光儀通照晃六合 豈使露顯令人知【一云,愧為大丈夫,孤注一擲奮其意。】

      柿本人麻呂 2354


2355 【承前,十七第五。】

     惠得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾邇應依 人云名國

     (うるは)しと ()(おも)(いも)は (はや)()なぬか ()けりとも (あれ)()るべしと 人言(ひとのこと)()くに

       朝思暮想之 愛也吾所念妹者 汝可玉殞早死耶 縱令生於世 無人祝福同我倆 不若早逝去他界

      柿本人麻呂 2355


2356 【承前,十七第六。】

     狛錦 紐片敘 床落邇祁留 明夜志 將來得云者 取置待

     高麗錦(こまにしき) 紐片方(ひものかたへ)ぞ (とこ)()ちにける 明日夜(あすのよ)し ()なむと()はば 取置(とりお)きて()たむ

       艷華高麗錦 織紐一對其片方 落於寢床在地矣 若云明日夜 仍將復來纏綿者 吾將取置以恭待

      柿本人麻呂 2356


2357 【承前,十七第七。】

     朝戶出 公足結乎 閏露原 早起 出乍吾毛 裳下閏奈

     朝戶出(あさとで)の (きみ)足結(あゆひ)を ()らす露原(つゆはら) 早起(はやくお)き (いで)つつ(われ)も 裳裾濡(もすそぬ)らさな

       纏綿春宵後 朝戶出歸君足結 所以潤濡露原矣 心願能成偶 早起送行吾裳裾 亦請霑漬令衣濕

      柿本人麻呂 2357


2358 【承前,十七第八。】

     何為 命本名 永欲為 雖生 吾念妹 安不相

     何為(なにせ)むに (いのち)元無(もとな) (なが)欲為(ほりせ)む ()けれども ()思妹(おもふいも)に (やす)()()くに

       吾人有所思 何為將欲此身命 冀祈無由長壽哉 縱令得苟活 我所朝朝暮暮念 伊人無緣可逢矣

      柿本人麻呂 2358


2359 【承前,十七第九。】

     息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數數 應相物

     息緒(いきのを)に (あれ)(おも)へど 人目多(ひとめおほ)みこそ 吹風(ふくかぜ)に ()らば數數(しばしば) ()ふべき(もの)

       吾雖不惜命 所以熱切念伊人 然恐人目蜚語繁 避諱不得見 若值吹風拂數數 只求應可相逢矣

      柿本人麻呂 2359


2360 【承前,十七第十。】

     人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝朝 通公 不來哀

     人親(ひとのおや)の 娘子兒据(をとめこす)ゑて 守山邊(もるやまへ)から (あさ)(あさ)な (かよ)ひし(きみ)が ()ねば(かな)しも

       呵護垂乳根 人祖雙親護娘子 所謂深窗守山邊 日日復朝朝 不絕往來伊人者 今不復臨令人悲

      柿本人麻呂 2360


2361 【承前,十七十一。】

     天在 一棚橋 何將行 穉草 妻所云 足壯嚴

     (あめ)なる (ひと)棚橋(たなはし) 如何(いか)にか()かむ 若草(わかくさ)の 妻所(つまがり)()はば 足飾為(あしかざりせ)

       懸於久方天 獨木棚橋跨銀漢 如何渡之越行乎 親親猶若草 吾妻之許將徃者 自當飾足壯嚴矣

      柿本人麻呂 2361


2362 【承前,十七十二。】

     開木代 來背若子 欲云余 相狹丸 吾欲云 開木代來背

     山背(やましろ)の 久世若子(くせのわくご)が ()しと()(われ) 輙爾(あふさわ)に (われ)()しと()ふ 山世久世(やましろのくせ)

       苗木繼根生 山城久世稚子矣 所云好裘傾心余 輕浮輙爾兮 所云愛慕欲我者 山城久世稚子矣

      柿本人麻呂 2362

         右十二首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。



2363 【承前,十七十三。】

     岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之來 曲道為

     岡崎(をかさき)の ()みたる(みち)を 人莫通(ひとなかよ)ひそ (あり)つつも (きみ)來坐(きま)さむ 避道(よきみち)()

       丘岬岡崎之 崎嶇迂迴小徑矣 莫令人往來通之 願常跡罕至 以為有朝君臨時 規避人目密道也

      佚名 2363


2364 【承前,十七十四。】

     玉垂 小簾之寸雞吉仁 入通來根 足乳根之 母我問者 風跡將申

     玉垂(たまだれ)の 小簾隙間(こすのすけき)に 入通來(いりかよひこ)ね 垂乳根(たらちね)の (はは)()はさば (かぜ)(まう)さむ

       請自玉垂之 小簾隙間通入來 慎之莫令他人覺 呵護垂乳根 母君若問何簾動 我將佯申風拂之

      佚名 2364


2365 【承前,十七十五。】

     內日左須 宮道爾相之 人妻姤 玉緒之 念亂而 宿夜四曾多寸

     內日射(うちひさ)す 宮道(みやぢ)()ひし 人妻故(ひとづまゆゑ)に 玉緒(たまのを)の 思亂(おもひみだ)れて ()()しそ(おほ)

       內日照臨兮 康莊宮道瞬一會 不期瞥見人妻故 魂絲命緒矣 神魂顛倒情意亂 孤枕難眠夜多矣

      佚名 2365


2366 【承前,十七十六。】

     真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絕有戀之 繁比者

     真十鏡(まそかがみ) ()しかと(おも)ふ (いも)()はぬかも 玉緒(たまのを)の ()えたる(こひ)の (しげ)此頃(このころ)

       無曇真十鏡 吾人由衷寔欲見 可惜伊人不予逢 魂絲命緒矣 情斷覆水誠難收 其戀仍繁比昔時

      佚名 2366


2367 【承前,十七十七。】

     海原乃 路爾乘哉 吾戀居 大舟之 由多爾將有 人兒由惠爾

     海原(うなはら)の (みち)()りてや ()戀居(こひを)らむ 大船(おほぶね)の (ゆた)にあるらむ 人子故(ひとのこゆゑ)

       吾人之所戀 其猶水路滄海原 險象環生駭浪起 何以為之者 以其安穩乘大船 自若無憂伊人故

      佚名 2367

         右五首,古歌集中出。



2368 正述心緒 【卌七第一。】

     垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國

     垂乳根(たらちね)の (はは)手離(てはな)れ 如是許(かくばか)り 術無(すべな)(こと)は 未為無(いまだせな)くに

       自離垂乳根 母堂之手獨立起 如是愁幾許 手足無措不得方 茫然無助未嘗有

      柿本人麻呂 2368


2369 【承前,卌七第二。】

     人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆【或本歌云,公矣思爾,曉來鴨。】

     人寢(ひとのぬ)る 甘睡(うまい)()ずて ()しきやし (きみ)()すらを ()りし(なげ)かふ或本歌云(あるふみのうたにいはく)(きみ)(おも)ふに、()けにけるかも。】

       無以猶他人 不得甘睡度春宵 慎矣愛憐哉 心願與君會一面 孤寢難眠嘆終夜【或本歌云,心念伊人苦相思,不覺夜更天將明。】

      柿本人麻呂 2369


2370 【承前,卌七第三。】

     戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告無

     戀死(こひし)なば ()ひも()ねとや 玉桙(たまほこ)の 道行人(みちゆきひと)の (こと)()()

       君意蓋如茲 若苦相思欲戀死 戀死而可哉 玉桙華道往來人 未嘗傳言信杳然

      柿本人麻呂 2370


2371 【承前,卌七第四。】

     心 千遍雖念 人不云 吾戀孋 見依鴨

     (こころ)には 千重(ちへ)(おも)へど (ひと)()はぬ ()戀妻(こひづま)を ()由欲得(よしもがも)

       埋藏方寸間 雖念千遍了於胸 未嘗與人訴 可有朝思復暮想 所戀愛妻逢由哉

      柿本人麻呂 2371


2372 【承前,卌七第五。】

     是量 戀物 知者 遠可見 有物

     如是許(かくばか)り ()ひむ(もの)そと ()らませば (とほ)くも()べく ありける(もの)

       後悔不當初 早知戀慕如此許 不能自已者 別離之時當遠望 轉瞬不移惜拜眉

      柿本人麻呂 2372


2373 【承前,卌七第六。】

     何時 不戀時 雖不有 夕方任 戀無乏

     何時(いつ)はしも (こひ)せぬ(とき)は あらねども 夕片設(ゆふかたま)けて (こひ)術無(すべな)

       捫心以自問 雖然無時不戀慕 伊人常懸心 然而每夕將近晚 相思情潰難自抑

      柿本人麻呂 2373


2374 【承前,卌七第七。】

     是耳 戀度 玉切 不知命 歲經管

     如是(かく)のみし ()ひや(わた)らむ 玉限(たまきは)る (いのち)()らず (とし)()につつ

       如是傾吾心 居常戀慕念伊人 玉剋魂極兮 此命不知至何夕 不覺月累年已經

      柿本人麻呂 2374


2375 【承前,卌七第八。】

     吾以後 所生人 如我 戀為道 相與勿湯目

     ()(のち)に ()まれむ(ひと)は ()(ごと)く (こひ)する(みち)に ()ひこす莫努(なゆめ)

       在於我以後 所生之人後輩矣 當以前車鑑 莫逢戀路猶吾人 辛酸迷走總勞苦

      柿本人麻呂 2375


2376 【承前,卌七第九。】

     健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度

     大夫(ますらを)の (うつ)(ごころ)も (あれ)()し 夜晝(よるひる)()はず ()ひし(わた)れば

       丈夫益荒男 彰顯之心我不備 愧對壯士名 朝思暮想懸慕情 日夜不分念伊人

      柿本人麻呂 2376


2377 【承前,卌七第十。】

     何為 命繼 吾妹 不戀前 死物

     何為(なにせ)むに 命繼(いのちつ)ぎけむ 我妹子(わぎもこ)に (こひ)せぬ(さき)に ()益物(ましもの)

       應當何所為 方能苟延續此命 比來有所思 若得未戀伊人前 既死者何苦來哉

      柿本人麻呂 2377


2378 【承前,卌七十一。】

     吉惠哉 不來座公 何為 不猒吾 戀乍居

     ()しゑやし 來坐(きま)さぬ(きみ)を 何為(なにせ)むに (いと)はず(あれ)は ()ひつつ()らむ

       一了而百了 不若果斷絕此情 君既不來訪 何以吾人不改悛 鍾情總戀無情人

      柿本人麻呂 2378


2379 【承前,卌七十二。】

     見度 近渡乎 迴 今哉來座 戀居

     見渡(みわた)せば 近渡(ちかきわた)りを 徘迴(たもとほ)り (いま)來坐(きま)すと ()ひつつそ()

       放眼望見者 不過相隔去咫尺 然以忌人目 朝朝暮暮期伊人 迂迴避道相來會

      柿本人麻呂 2379


2380 【承前,卌七十三。】

     早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不來座

     ()しきやし ()(さは)れかも 玉桙(たまほこ)の 道見忘(みちみわす)れて (きみ)來坐(きま)さぬ

       慎矣愛憐兮 是為誰人所障哉 玉桙華道兮 忘失來路迷千衢 久俟吾君不來會

      柿本人麻呂 2380


2381 【承前,卌七十四。】

     公目 見欲 是二夜 千歲如 吾戀哉

     (きみ)()の ()まく()しけく 此二夜(このふたよ) 千年如(ちとせのごと)も ()()ふるかも

       難堪相思情 欲拜君眉守空閨 短短此二夜 猶如千秋萬歲長 誠因妾身焦戀矣

      柿本人麻呂 2381


2382 【承前,卌七十五。】

     打日刺 宮道人 雖滿行 吾念公 正一人

     內日射(うちひさ)す 宮道(みやぢ)(ひと)は 滿行(みちゆ)けど ()思君(おもふきみ)は 唯一人(ただひとり)のみ

       內日照臨兮 康莊宮道猶若市 雖然行人眾 然吾朝思且暮想 鍾情掛心唯君耳

      柿本人麻呂 2382


2383 【承前,卌七十六。】

     世中 常如 雖念 半手不忘 猶戀在

     世中(よのなか)は 常如是(つねかく)のみと (おも)へども 片手忘(かたてわす)れず 猶戀(なほこ)ひにけり

       雖知空蟬兮 火宅世間總猶是 不能如所願 然而此情不能忘 尚猶戀慕盡徒然

      柿本人麻呂 2383


2384 【承前,卌七十七。】

     我勢古波 幸座 遍來 我告來 人來鴨

     ()背子(せこ)は 幸座(さきくいま)すと 歸來(かへりき)て (あれ)()()む (ひと)()ぬかも

       杳然無音訊 誰能歸來報佳音 言吾夫子者 安然無恙總安平 來告之人不有哉

      柿本人麻呂 2384


2385 【承前,卌七十八。】

     麤玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠

     (あらた)まの 五年經(いつとせふ)れど ()()ふる 跡無(あとな)(こひ)の ()()(あや)

       萬象復更新 五年光陰雖已逝 吾之所戀慕 渺茫無跡此情之 至今不絕甚恠矣

      柿本人麻呂 2385


2386 【承前,卌七十九。】

     石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在

     (いはほ)すら 行通(ゆきとほ)るべき 大夫(ますらを)も (こひ)()(こと)は 後悔(のちのくい)あり

       縱令堅巖兮 尚能貫通行越之 巍峨大丈夫 唯有情關總難過 徒留追悔恨遭逢

      柿本人麻呂 2386


2387 【承前,卌七二十。】

     日位 人可知 今日 如千歲 有與鴨

     日並(ひなら)べば 人知(ひとし)りぬべし 今日日(けふのひ)は 千年如(ちとせのごと)も 有與(ありこ)せぬ(かも)

       日復一日者 此戀當為眾人察 相逢在今宵 但願今日此一日 能猶千秋萬歲長

      柿本人麻呂 2387


2388 【承前,卌七廿一。】

     立座 態不知 雖念 妹不告 間使不來

     ()ちて()て (たどき)()らず (おも)へども (いも)()げねば 間使(まつかひ)()

       坐立咸不安 手足無措不知方 吾雖戀伊人 落花有意水無情 未聞其言無使至

      柿本人麻呂 2388


2389 【承前,卌七廿二。】

     烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦

     烏玉(ぬばたま)の 此夜莫明(このよなあ)けそ (あか)らひく 朝行(あさゆ)(きみ)を ()たば(くる)しも

       漆黑烏玉兮 是夜春宵願莫明 赤輝朱耀兮 朝日送君離歸去 俟君復臨甚艱辛

      柿本人麻呂 2389


2390 【承前,卌七廿三。】

     戀為 死為物 有者 我身千遍 死反

     (こひ)するに (しに)する(もの)に ()らませば ()()千度(ちたび) ()(かへ)らまし

       若以戀慕情 得至一死殞命者 度吾日所念 能令己身千遍死 巧使吾人百重生

      柿本人麻呂 2390


2391 【承前,卌七廿四。】

     玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物

     玉限(たまかぎ)る 昨日夕(きのふのゆふへ) ()(もの)を 今日朝(けふのあした)に ()ふべき(もの)

       玉剋魂極兮 昨日之夕才相見 春宵總苦短 今日之朝一旦離 竟已相思至幾許

      柿本人麻呂 2391


2392 【承前,卌七廿五。】

     中中 不見有 從相見 戀心 益念

     中中(なかなか)に ()ざりしよりも 相見(あひみ)ては (こひ)しき(こころ) ()して(おも)ほゆ

       相較憖片而 不得相逢之時者 自於相見起 戀心絲毫未稍退 反而徒增更生悵

      柿本人麻呂 2392


2393 【承前,卌七廿六。】

     玉桙 道不行為有者 惻隱 此有戀 不相

     玉桙(たまほこ)の 道行(みちゆ)かずあらば 惻隱(ねもころ)の ()かる(こひ)には ()はざらましを

       玉桙華道兮 康莊大道不行者 如今所胸懷 由衷惻隱此戀慕 無由逢之豈傷神

      柿本人麻呂 2393


2394 【承前,卌七廿七。】

     朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故

     朝影(あさかげ)に ()()(なり)ぬ 玉限(たまかき)る (ほの)かに()えて ()にし兒故(こゆゑ)

       稀薄淡闇兮 晨曦朝影吾身成 玉剋魂極兮 風聞朦朧一瞥而 不知所向之子故

      柿本人麻呂 2394


2395 【承前,卌七廿八。】

     行行 不相妹故 久方 天露霜 沾在哉

     ()けど()けど ()はぬ妹故(いもゆゑ) 久方(ひさかた)の 天露霜(あまつゆしも)に ()れにけるかも

       行訪無絕日 卻不予會之子故 遙遙久方兮 天之露霜沾吾衣 漬濡令濕更寂寥

      柿本人麻呂 2395


2396 【承前,卌七廿九。】

     玉坂 吾見人 何有 依以 且一目見

     (たま)さかに ()()(ひと)を 如何(いか)にあらむ ()しを()ちてか 且一目見(またひとめみ)

       不意所邂逅 吾所一見傾心人 魂牽復夢縈 當以何由依何機 得以再逢復見哉

      柿本人麻呂 2396


2397 【承前,卌七三十。】

     蹔 不見戀 吾妹 日日來 事繁

     (しましく)も ()ねば(こひ)しき 我妹子(わぎもこ)を ()()()れば 言繁(ことのしげ)けく

       縱使蹔須臾 片刻不見令人戀 相思吾妹者 若是日日來逢者 唯恐流言蜚語繁

      柿本人麻呂 2397


2398 【承前,卌七卅一。】

     年切 及世定 恃 公依 事繁

     年極(としきは)る 世迄(よまで)(さだ)め (たの)みたる (きみ)()りては 言繁(ことしげ)くとも

       既是積年歲 定情此世永不渝 憑賴寄此生 我所鍾情吾君者 縱令蜚語無所懼

      柿本人麻呂 2398


2399 【承前,卌七卅二。】

     朱引 秦不經 雖寐 心異 我不念

     赤引(あからひ)く (はだ)()れずて ()たれども (こころ)()には ()(おも)()くに

       姝麗紅顏兮 嬌嫩肌膚雖不觸 孤枕而眠者 我心鍾情未嘗改 絲毫無異仍懸君

      柿本人麻呂 2399


2400 【承前,卌七卅三。】

     伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故

     乞何(いでなに)か 幾許甚(ここだはなは)だ 利心(とごころ)の ()する迄思(までおも)ふ 戀故(こひゆゑ)にこそ

       何以如此者 吾人喪心甚幾許 理性盡失而 千頭萬緒所念哉 蓋以真情所戀故

      柿本人麻呂 2400


2401 【承前,卌七卅四。】

     戀死 戀死哉 我妹 吾家門 過行

     戀死(こひし)なば (こひ)()ねとや 我妹子(わぎもこ)が 我家門(わぎへのかど)を ()ぎて()くらむ

       君意蓋如茲 若苦相思欲戀死 戀死而可哉 落花有意水無情 伊人素過我家門

      柿本人麻呂 2401


2402 【承前,卌七卅五。】

     妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無

     (いも)(あた)り (とほ)くも()れば (あやし)くも (あれ)()ふるか 逢由(あふよし)()

       窈窕伊人許 每當遙遙望見者 奇也恠矣哉 吾人戀慕難自已 分明相隔無逢由

      柿本人麻呂 2402


2403 【承前,卌七卅六。】

     玉久世 清川原 身秡為 齋命 妹為

     玉曲瀨(たまくせ)の 清川原(きよきかはら)に (みそぎ)して 齋命(いはふいのち)は (いも)(ため)こそ

       玲瓏玉曲瀨 聖哉淨冽川原間 吾人祓身禊 清淨潔齋此命者 一為吾所慕伊人

      柿本人麻呂 2403


2404 【承前,卌七卅七。】

     思依 見依物 有 一日間 忘念

     思寄(おもひよ)り 見寄(みよ)りて(もの)は ある(もの)を 一日間(ひとひのあひだ)も (わす)れて(おも)へや

       雖云世常理 思案相依能生情 吾等雖兩隔 縱然一日不得近 豈有片刻忘此情

      柿本人麻呂 2404


2405 【承前,卌七卅八。】

     垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無

     垣穗為(かきほな)す (ひと)()へども 高麗錦(こまにしき) 紐解開(ひもときあ)けし (きみ)なら()くに

       眾聚如垣穗 閒言閒語雖繁雜 然天地為證 端莊潔淨高麗錦 君非擅解其紐人

      柿本人麻呂 2405


2406 【承前,卌七卅九。】

     狛錦 紐解開 夕谷 不知有命 戀有

     高麗錦(こまにしき) 紐解開(ひもときあ)けて (ゆふへ)だに ()らざる(いのち) ()ひつつやあらむ

       端莊高麗錦 衣紐解兮盼君臨 不知此命者 可以堪至夕暮哉 如是焦戀苦相思

      柿本人麻呂 2406


2407 【承前,卌七四十。】

     百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂

     百積(ももさか)の 船隱入(ふねかくりい)る 八占指(やうらさ)し (はは)()ふとも 其名(そのな)()らじ

       百積堂皇兮 大船隱入浦所如 八占探天機 縱令家母問言繁 妾身豈輙告君名

      柿本人麻呂 2407


2408 【承前,卌七卌一。】

     眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念吾

     眉根搔(まよねか)き 鼻鳴紐解(はなひひもと)け ()つらむか 何時(いつ)かも()むと (おも)へる(あれ)

       想君今何如 蓋是搔眉鼻鳴而 解紐相待哉 心念伊人欲相逢 兩隔異地俟吾矣

      柿本人麻呂 2408


2409 【承前,卌七卌二。】

     君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒

     (きみ)()ひ 衷觸居(うらぶれを)れば (くや)しくも ()下紐(したびも)の 結手徒(ゆふていたづら)

       戀君情甚苦 沉溺憂思鬱抑時 懊悔悲恨矣 徒解下紐復結兮 夜夜盼君君不來

      柿本人麻呂 2409


2410 【承前,卌七卌三。】

     璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉

     (あらた)まの (とし)()つれど 敷栲(しきたへ)の 袖交(そでか)へし()を (わす)れて(おも)へや

       雖日新月異 一年既竟歲已暮 白妙敷栲兮 曾相交袖共枕眠 窈窕娘子豈忘哉

      柿本人麻呂 2410


2411 【承前,卌七卌四。】

     白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨

     白栲(しろたへ)の (そで)小端(はつはつ) ()しからに 如是戀(かかるこひ)をも (あれ)はする(かも)

       素妙白栲兮 衣手小端稍瞥見 不過如此者 竟然心懸猶刻骨 如是焦戀將為哉

      柿本人麻呂 2411


2412 【承前,卌七卌五。】

     我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐

     我妹子(わぎもこ)に 戀術無(こひすべな)がり (いめ)()むと (あれ)(おも)へど ()ねら得無(えな)くに

       雖然戀伊人 苦無逢猶隔異地 雖然有所思 欲將相會在夢田 無奈輾轉不得眠

      柿本人麻呂 2412


2413 【承前,卌七卌六。】

     故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢

     (ゆゑ)()く ()下紐(したびも)を ()けしめて (ひと)莫知(なし)らせ (ただ)逢迄(あふまで)

       無故亦無由 令吾下紐自解矣 其為所徵哉 莫令人知勿張揚 迄於直相來逢矣

      柿本人麻呂 2413


2414 【承前,卌七卌七。】

     戀事 意追不得 出行者 山川 不知來

     ()ふる(こと) 慰兼(なぐさめか)ねて (いで)()けば (やま)(かは)をも ()らず()にけり

       心欲慰戀事 意拂不得難撫平 因而出行者 不辨山川心神亂 竟然不覺至此處

      柿本人麻呂 2414


2415 寄物陳思 【九三第一。】

     處女等乎 袖振山 水垣乃 久時由 念來吾等者

     娘子等(をとめら)を 袖振山(そでふるやま)の 瑞垣(みづかき)の (ひさ)しき(とき)ゆ (おも)ひけり(あれ)

       娘子揮袖振 布留山座石上振 神宮瑞垣之 歷時彌久洽所如 吾亦慕君自遠昔

      柿本人麻呂 2415


2416 【承前,九三第二。】

     千早振 神持在 命 誰為 長欲為

     千早振(ちはやぶ)る 神持(かみのも)たせる (いのち)をば ()(ため)にかも (なが)欲為(ほりせ)

       千早振稜威 神靈所授此命者 三界如火宅 吾耐無常不如意 苟延憂世所為誰

      柿本人麻呂 2416


2417 【承前,九三第三。】

     石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨

     石上(いそのかみ) 布留神杉(ふるのかむすぎ) (かむ)さぶる (こひ)をも(あれ)は (さら)にするかも

       石上振神宮 布留神杉之所如 蒼然蘊古意 泰然自若抑情熱 斯戀吾更將為之

      柿本人麻呂 2417


2418 【承前,九三第四。】

     何 名負神 幣嚮奉者 吾念妹 夢谷見

     如何(いか)ならむ ()負神(おふかみ)に 手向(たむけ)せば ()思妹(おもふいも)を (いめ)にだに()

       當與負何名 潔齋祈禱奉幣饗 方能如所願 朝思暮想懸伊人 欲與妹逢在夢田

      柿本人麻呂 2418


2419 【承前,九三第五。】

     天地 言名絕 有 汝吾 相事止

     天地(あめつち)と ()名絕(なのた)えて あらばこそ (いまし)(あれ)と 逢事止(あふことや)まめ

       此情至不渝 直至天地名將絕 海枯石爛際 汝命與我常相會 止逢唯在末世時

      柿本人麻呂 2419


2420 【承前,九三第六。】

     月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨

     月見(つきみ)れば (くに)(おな)じそ 山隔(やまへな)り (うつく)(いも)は (へな)りたるかも

       仰首望明月 身居處處似同國 然顧地上者 吾與所戀伊人間 山巒險阻隔異地

      柿本人麻呂 2420


2421 【承前,九三第七。】

     縿路者 石蹈山 無鴨 吾待公 馬爪盡

     ()(みち)は 岩踏(いしふ)(やま)も ()くも欲得(がも) ()待君(まつきみ)が 馬躓(うまつまづ)くに

       妾身有所思 還願來訪路途間 莫有石蹈山 吾所待君未至者 延宕蓋以馬躓故

      柿本人麻呂 2421


2422 【承前,九三第八。】

     石根踏 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨

     岩根踏(いはねふ)む (かさ)なる(やま)は あらねども ()はぬ日數(ひまね)み 戀渡(こひわた)るかも

       吾觀其山勢 雖非岩根累盤踞 必須踏破者 然而逢日苦無多 必然戀渡常相思

      柿本人麻呂 2422


2423 【承前,九三第九。】

     路後 深津嶋山 蹔 君目不見 苦有

     道後(みちのしり) 深津島山(ふかつしまやま) (しまし)くも (きみ)目見(めみ)ねば (くる)しかりけり

       吉備道後國 深津山之所如 稍暫須臾間 相離不得拜君顏 相思戀苦至如此

      柿本人麻呂 2423


2424 【承前,九三第十。】

     紐鏡 能登香山 誰故 君來座在 紐不開寐

     紐鏡(ひもかがみ) 能登香山(のとかのやま)も ()(ゆゑ)か 君來坐(きみきま)せるに 紐解(ひもと)かず()

       紐鏡莫解兮 能登香山名所如 為誰故也哉 君雖來坐在此地 不解衣紐孤自寢

      柿本人麻呂 2424


2425 【承前,九三十一。】

     山科 強田山 馬雖在 步吾來 汝念不得

     山科(やましな)の 木幡山(こはたのやま)を (うま)()れど 徒步(かち)ゆそ()()し ()思兼(おもひか)ねて

       宇治山科之 山城青旗木幡山 雖有馬可乘 吾人徒步緩行來 以念汝情不能已

      柿本人麻呂 2425


2426 【承前,九三十二。】

     遠山 霞被 益遐 妹目不見 吾戀

     遠山(とほやま)に 霞棚引(かすみたなび)き 彌遠(いやとほ)に (いも)目見(めみ)ねば 我戀(あれこ)ひにけり

       遙遙久方兮 遠山批霞之所如 彌遠彌久長 不見伊人日已久 自然戀慕無以止

      柿本人麻呂 2426


2427 【承前,九三十三。】

     是川 瀨瀨敷浪 布布 妹心 乘在鴨

     宇治川(うぢかは)の 瀨瀨敷浪(せぜのしきなみ) 頻頻(しくしく)に (いも)(こころ)に ()りにけるかも

       菟道宇治川 瀨瀨敷浪之所如 頻頻陣陣兮 伊人光儀莫得忘 漸乘吾心踞吾情

      柿本人麻呂 2427


2428 【承前,九三十四。】

     千早人 宇治度 速瀨 不相有 後我孋

     千早人(ちはやひと) 宇治渡(うぢのわた)りの ()(はや)み ()はずこそあれ (のち)()(つま)

       千早逸靈威 菟道宇治渡濟間 湍瀨急且速 今雖水險不得會 其後必逢吾妻矣

      柿本人麻呂 2428


2429 【承前,九三十五。】

     早敷哉 不相子故 徒 是川瀨 裳襴潤

     ()しきやし ()はぬ兒故(こゆゑ)に (いたづら)に 宇治川瀨(うぢがはのせ)に 裳裾濡(ものすそぬ)らしつ

       憤矣愛憐哉 落花有意水無情 伊人不予逢 吾在宇治川瀨間 徒濕裾裳苦相思

      柿本人麻呂 2429


2430 【承前,九三十六。】

     是川 水阿和逆纏 行水 事不反 思始為

     宇治川(うぢかは)の 水沫逆纏(みなあわさかま)き 行水(ゆくみづ)の 事返(ことかへ)らずそ 思始(おもひそ)めてし

       菟道宇治川 水沫逆纏渦卷兮 逝水如斯夫 一但事成不復返 始念追悔已莫及

      柿本人麻呂 2430


2431 【承前,九三十七。】

     鴨川 後瀨靜 後相 妹者我 雖不今

     鴨川(かもがは)の 後瀨靜(のちせしづ)けく (のち)()はむ (いも)には(われ)は (いま)ならずとも

       賀茂鴨川之 後瀨恬靜之所如 其後將逢之 愛也吾妹我倆者 不會當下亦可哉

      柿本人麻呂 2431


2432 【承前,九三十八。】

     言出 云忌忌 山川之 當都心 塞耐在

     (こと)(いで)て ()はば忌忌(ゆゆ)しみ 山川(やまがは)の 激心(たぎつこころ)を 塞耐(せか)へたりけり

       世俗避言舉 揚言出口忌不吉 故如山川之 耐塞激越此情而 深埋胸懷方寸間

      柿本人麻呂 2432


2433 【承前,九三十九。】

     水上 如數書 吾命 妹相 受日鶴鴨

     水上(みづのうへ)に 數書(かずか)(ごと)き ()(いのち) (いも)()はむと 誓約(うけひ)つるかも

       其猶畫流水 隨畫隨合不留痕 我命甚虛渺 是身雖短苦無常 仍常誓約逢伊人

      柿本人麻呂 2433


2434 【承前,九三二十。】

     荒礒越 外徃波乃 外心 吾者不思 戀而死鞆

     荒礒越(ありそこ)し 外行浪(ほかゆくなみ)の 外心(ほかごころ) (あれ)(おも)はじ ()ひて()ぬとも

       翻越荒礒而 外徃駭浪之所如 汝心不在此 另有屬意在他方 我縱戀死亦無驗

      柿本人麻呂 2434


2435 【承前,九三廿一。】

     淡海海 奧白浪 雖不知 妹所云 七日越來

     近江海(あふみのうみ) 沖白波(おきつしらなみ) ()らずとも 妹許(いもがり)()はば 七日越來(なぬかこえこ)

       近江淡海海 奧津浪之所如 縱不知所在 若是將赴伊人許 七日越來不辭勞

      柿本人麻呂 2435


2436 【承前,九三廿二。】

     大船 香取海 慍下 何有人 物不念有

     大船(おほぶね)の 香取海(かとりのうみ)に (いかりお)ろし 如何(いか)なる(ひと)か 物思(ものおも)はざらむ

       其猶大船之 檝執香取海下 重石之所如 當消鐵石何許人 方得不陷物憂哉

      柿本人麻呂 2436


2437 【承前,九三廿三。】

     奧藻 隱障浪 五百重浪 千重敷敷 戀度鴨

     沖藻(おきつも)を (かく)さふ(なみ)の 五百重波(いほへなみ) 千重頻頻(ちへしくしく)に 戀渡(こひわた)るかも

       遠瀛沖津藻 所隱奧藻浪所如 其浪五百重 千重頻敷未嘗斷 吾人常戀亦如斯

      柿本人麻呂 2437


2438 【承前,九三廿四。】

     人事 蹔吾妹 繩手引 從海益 深念

     人言(ひとごと)は (しま)しぞ我妹(わぎも) 綱手引(つなてひ)く (うみ)()さりて (ふか)くしそ(おも)

       流言蜚語者 不過一時片刻爾 親親無妹矣 較於所繫綱手之 滄溟更深此念矣

      柿本人麻呂 2438


2439 【承前,九三廿五。】

     淡海 奧嶋山 奧儲 吾念妹 事繁

     近江(あふみ)の 島山(おきつしまやま) (おくま)けて ()思妹(おもふいも)が 言繁(ことのしげ)けく

       近江淡海之 瀛津島山之所如 雖然戀伊人 吾納此思深奧處 奈何流言蜚語繁

      柿本人麻呂 2439


2440 【承前,九三廿六。】

     近江海 奧滂船 重下 藏公之 事待吾序

     近江海(あふみのうみ) 沖漕舟(おきこぐふね)の 碇下(いかりおろ)し (しの)びて(きみ)が 言待(ことま)(われ)

       近江淡海之 瀛津遠處泊滂船 下碇之所如 妾身隱忍避人目 久俟靜待君言矣

      柿本人麻呂 2440


2441 【承前,九三廿七。】

     隱沼 從裏戀者 無乏 妹名告 忌物矣

     隱沼(こもりぬ)の (した)()ふれば (すべ)()み (いも)名告(なの)りつ (ゆゆ)しき(もの)

       隱沼下通兮 隱匿戀情竊思者 情溢誠難止 不覺口漏伊人名 雖知禁忌難自已

      柿本人麻呂 2441


2442 【承前,九三廿八。】

     大土 採雖盡 世中 盡不得物 戀在

     大地(おほつち)は 取盡(とりつく)すとも 世中(よのなか)の (つく)()(もの)は (こひ)にしありけり

       六合大地間 萬物採盡雖有竭 然而此世間 悠悠無盡不絕者 其是所謂戀也矣

      柿本人麻呂 2442


2443 【承前,九三廿九。】

     隱處 澤泉在 石根 通念 吾戀者

     隱處(こもりど)の 澤泉(さはいづみ)なる 岩根(いはね)をも (とほ)してそ(おも)ふ ()()ふらくは

       縱令隱國之 秘境溪壑湧泉間 岩磐可穿矣 如斯堅毅所念者 是即吾之所戀矣

      柿本人麻呂 2443


2444 【承前,九三三十。】

     白檀 石邊山 常石有 命哉 戀乍居

     白真弓(しらまゆみ) 石邊山(いしへのやま)の 常磐(ときは)なる (いのち)なれやも ()ひつつ()らむ

       白檀真弓兮 石邊山間常磐在 蓋是當此命 有如常磐無盡而 如是無為徒戀慕

      柿本人麻呂 2444


2445 【承前,九三卅一。】

     淡海海 沈白玉 不知 從戀者 今益

     近江海(あふみのうみ) (しづ)白玉(しらたま) ()らずして 戀為(こひせ)しよりは (いま)こそ()され

       近江淡海間 所沉白玉無人曉 相較不識時 今雖相識情更切 相思之情徒增爾

      柿本人麻呂 2445


2446 【承前,九三卅二。】

     白玉 纏持 從今 吾玉為 知時谷

     白玉(しらたま)を ()きて()てたる (いま)よりは ()(たま)()む ()れる(とき)だに

       晶瑩白玉矣 纏持手上不離身 自今而後者 以為吾玉常相伴 至少此時為我物

      柿本人麻呂 2446


2447 【承前,九三卅三。】

     白玉 從手纏 不忘 念 何畢

     白玉(しらたま)を ()()きしより (わす)れじと (おも)ひし(こと)は (なに)(をは)らむ

       晶瑩白玉矣 自於纏持手上起 誓言永不忘 此情此意當恆久 何有一旦竟渝哉

      柿本人麻呂 2447


2448 【承前,九三卅四。】

     白玉 間開乍 貫緒 縛依 後相物

     白玉(しらたま)の 間開(あひだあ)けつつ ()ける()も 括寄(くくりよ)すれば (のち)合物(あふもの)

       晶瑩白玉矣 雖然貫之結時 縱設間以隔 然而一旦縛依者 其後必當相合矣

      柿本人麻呂 2448


2449 【承前,九三卅五。】

     香山爾 雲位桁曳 於保保思久 相見子等乎 後戀牟鴨

     香具山(かぐやま)に 雲居棚引(くもゐたなび)き (おほほ)しく 相見(あひみ)兒等(こら)を 後戀(のちこ)ひむかも

       天香具山間 雲居霏霺之所如 迷濛飄渺而 雖與佳人相會晤 其後仍當苦戀煩

      柿本人麻呂 2449


2450 【承前,九三卅六。】

     雲間從 狹化月乃 於保保思久 相見子等乎 見因鴨

     雲間(くもま)より 狹渡(さわた)(つき)の (おほほ)しく 相見(あひみ)兒等(こら)を ()由欲得(よしもがも)

       其猶自雲間 游移渡御明月也 迷濛飄渺而 驚鴻一瞥伊人矣 欲得逢由冀相見

      柿本人麻呂 2450


2451 【承前,九三卅七。】

     天雲 依相遠 雖不相 異手枕 吾纏哉

     天雲(あまくも)の 寄合遠(よりあひとほ)み ()はずとも (あた)手枕(たまくら) 我捲(われま)かめやも

       唯有久方兮 遙遙天雲相寄處 方得兩相逢 吾人孤寢雖戀苦 豈渝情枕異手哉

      柿本人麻呂 2451


2452 【承前,九三卅八。】

     雲谷 灼發 意追 見乍居 及直相

     (くも)だにも (しる)くし()たば 心遣(こころや)り ()つつも()らむ (ただ)逢迄(あふまで)

       雖然兩相隔 不若見雲湧灼發 奉為慰鬱情 長居望遠觀雲霞 直至有朝相逢時

      柿本人麻呂 2452


2453 【承前,九三卅九。】

     春楊 葛山 發雲 立座 妹念

     春柳(はるやなぎ) 葛城山(かづらきやま)に (たつくも)の ()ちても()ても (いも)をしそ(おも)

       春柳垂絲兮 大和葛城山頂上 雲湧之所如 吾人坐立不得安 心頭總念懸伊人

      柿本人麻呂 2453


2454 【承前,九三四十。】

     春日山 雲座隱 雖遠 家不念 公念

     春日山(かすがやま) 雲居隱(くもゐかく)りて (とほ)けども (いへ)(おも)はず (きみ)をしそ(おも)

       春日山頂上 雲湧遮蔽之所如 雖然相隔遠 吾今所念非家族 懸心總是掛伊人

      柿本人麻呂 2454


2455 【承前,九三卌一。】

     我故 所云妹 高山之 岑朝霧 過兼鴨

     ()(ゆゑ)に ()はれし(いも)は 高山(たかやま)の 峰朝霧(みねのあさぎり) ()ぎにけむ(かも)

       一度因吾故 受人流言蜚語繁 親親吾妹矣 蓋猶高峰朝霧之 消逝無蹤情渝哉

      柿本人麻呂 2455


2456 【承前,九三卌二。】

     烏玉 黑髮山 山草 小雨零敷 益益所思

     烏玉(ぬばたま)の 黑髮山(くろかみやま)の 山菅(やますげ)に 小雨降頻(こさめふりし)き 頻頻(しくし)(おも)ほゆ

       漆黑烏玉兮 黑髮山中山菅上 小雨零紛紛 猶彼霪雨降頻繁 吾思益益未嘗止

      柿本人麻呂 2456


2457 【承前,九三卌三。】

     大野 小雨被敷 木本 時依來 我念人

     大野藪(おほのら)に 小雨降頻(こさめふりし)く 木下(このもと)に 時時寄來(よりよりよりこ) ()思人(おもふひと)

       大野原藪間 小雨頻零降紛紛 木下樹蔭處 還望時時可依來 朝思暮想吾念人

      柿本人麻呂 2457


2458 【承前,九三卌四。】

     朝霜 消消 念乍 何此夜 明鴨

     朝霜(あさしも)の ()なば()ぬべく (おも)ひつつ 如何(いか)此夜(このよ)を ()かしてむかも

       朝霜之所如 其當消逝直需逝 每每念及此 無涯漫漫長夜間 如何輾轉待天明

      柿本人麻呂 2458


2459 【承前,九三卌五。】

     吾背兒我 濱行風 彌急 急事 益不相有

     ()背子(せこ)が 濱行(はまゆ)(かぜ)の 彌早(いやはや)に (こと)(はや)みか 彌逢(いやあ)はざらむ

        親親吾夫子 蓋是汝傍濱行風 彌急之所如 流言蜚語傳且速 彌相離兮不得逢

      柿本人麻呂 2459


2460 【承前,九三卌六。】

     遠妹 振仰見 偲 是月面 雲勿棚引

     遠妹(とほきいも)が 振放見(ふりさけみ)つつ (しの)ふらむ 此月面(このつきのおも)に 雲勿棚引(くもなたなび)

       相隔遠異地 吾妹翹首仰望而 騁思相念哉 是以此天原明月 還冀浮雲莫蔽之

      柿本人麻呂 2460


2461 【承前,九三卌七。】

     山葉 追出月 端端 妹見鶴 及戀

     山端(やまのは)を 追出(おひいづ)(つき)の 端端(はつはつ)に (いも)をそ()つる ()ほしき(まで)

       其猶西山端 傾注追出月所如 端端稍瞥見 萍水相逢拜一面 竟戀伊人至幾許

      柿本人麻呂 2461


2462 【承前,九三卌八。】

     我妹 吾矣念者 真鏡 照出月 影所見來

     我妹子(わぎもこ)や (われ)(おも)はば 真十鏡(まそかがみ) 照出(てりいづ)(つき)の (かげ)()()

       吾妻妹子矣 汝若相思念我者 無曇真十鏡 照出明月可見之 以為面影緩憂思

      柿本人麻呂 2462


2463 【承前,九三卌九。】

     久方 天光月 隱去 何名副 妹偲

     久方(ひさかた)の 天照(あまて)(つき)の (かく)りなば ()(なそ)へて (いも)(しの)はむ

       遙遙久方兮 玄天照覽明月者 所為浮雲蔽 吾當擬何為面影 以思伊人光儀哉

      柿本人麻呂 2463


2464 【承前,九三五十。】

     若月 清不見 雲隱 見欲 宇多手比日

     三日月(みかづき)の (さや)にも()えず 雲隱(くもがく)り ()まくそ()しき 別樣此頃(うたてこのころ)

       稚齡三日月 光儀莫以見清晰 其猶雲隱之 朝思暮想欲相見 胸懷別樣此頃時

      柿本人麻呂 2464


2465 【承前,九三五一。】

     我背兒爾 吾戀居者 吾屋戶之 草佐倍思 浦乾來

     ()背子(せこ)に ()戀居(こひを)れば ()宿(やど)の (くさ)さへ(おも)ひ 衷振(うらぶ)れにけり

       蓋因我鍾情 戀慕伊人吾夫子 不得報之故 吾宿庭草感此心 惻隱悲懷垂萎矣

      柿本人麻呂 2465


2466 【承前,九三五二。】

     朝茅原 小野印 空事 何在云 公待

     淺茅原(あさぢはら) 小野(をの)標結(しめゆ)ひ 空言(むなこと)を (いか)なりと()ひて (きみ)をし()たむ

       標結淺茅原 叢生小野之所如 虛渺無益矣 吾當如何誑空言 枯待薄情君臨哉

      柿本人麻呂 2466


2467 【承前,九三五三。】

     路邊 草深白合之 後云 妹命 我知

     道邊(みちのへ)の 草深百合(くさふかゆり)の (ゆり)もと()ふ (いも)(いのち)を 我知(あれし)らめやも

       道邊所叢生 草深百合之所如 雖云後日者 人生苦短是無常 吾妹壽者豈知哉

      柿本人麻呂 2467


2468 【承前,九三五四。】

     湖葦 交在草 知草 人皆知 吾裏念

     湊葦(みなとあし)に ()じれる(くさ)の 知草(しりくさ)の 人皆知(ひとみなし)りぬ ()下思(したおも)ひは

       水戶湊葦間 所以雜生交在草 知草之所如 吾人深埋藏內心 此情人盡已皆知

      柿本人麻呂 2468


2469 【承前,九三五五。】

     山萵苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止

     山萵苣(やまぢさ)の 白露重(しらつゆおも)み 衷振(うらぶ)れて (こころ)(ふか)く ()戀止(こひや)まず

       其猶山萵苣 白露置之積重而 萎靡之所如 意志消沉鬱不樂 吾心深戀不得止

      柿本人麻呂 2469


2470 【承前,九三五六。】

     湖 核延子菅 不竊隱 公戀乍 有不勝

     (みなと)に 小根延小菅(さねばふこすげ) 竊隱(ぬすま)はず (きみ)()ひつつ 在克(ありか)つましじ

       湖湊河口間 蔓根小菅之所如 此情難竊隱 吾人戀君情甚切 不克久藏埋心中

      柿本人麻呂 2470


2471 【承前,九三五七。】

     山代 泉小菅 凡浪 妹心 吾不念

     山背(やましろ)の 泉小菅(いづみのこすげ) 凡浪(なみなみ)に (いも)(こころ)を ()(おも)()くに

       苗木繼根生 山城泉川流域間 菅浪之所如 吾戀我妹情深切 豈如凡俗並尋常

      柿本人麻呂 2471


2472 【承前,九三五八。】

     見渡 三室山 石穗菅 惻隱吾 片念為【一云,三諸山之,石小菅。】

     見渡(みわた)しの 三室山(みむろのやま)の 巖菅(いはほすげ) 懇我(ねもころあれ)は 片思(かたもひ)そする一云(またにいふ)三諸山(みもろのやま)の、岩小菅(いはこすげ)。】

       放眼望見者 神奈備兮三室山 巖菅根所如 吾人懇意投真情 無奈只為單相思【一云,神奈備兮三諸山,岩上小菅根所如。】

      柿本人麻呂 2472


2473 【承前,九三五九。】

     菅根 惻隱君 結為 我紐緒 解人不有

     菅根(すがのね)の 懇君(ねもころきみ)が (むす)びてし ()紐緒(ひものを)を 解人(とくひと)()

       菅根之所如 真情懇意吾君之 所以躬手結 吾人紐緒自貞潔 豈有他人能解哉

      柿本人麻呂 2473


2474 【承前,九三六十。】

     山菅 亂戀耳 令為乍 不相妹鴨 年經乍

     山菅(やますげ)の 亂戀(みだれこひ)のみ ()しめつつ ()はぬ(いも)かも (とし)()につつ

       山菅漫草兮 千頭萬緒情意亂 狂戀猶如此 伊人無意與相逢 不覺經年齒徒長

      柿本人麻呂 2474


2475 【承前,九三六一。】

     我屋戶 甍子太草 雖生 戀忘草 見未生

     ()宿(やど)は 甍羊齒草(いらかしだくさ) ()ひたれど 戀忘草(こひわすれぐさ) ()るに未生(いまだお)ひず

       吾戶屋簷上 甍間羊齒草雖生 然云能解憂 忘情效驗戀忘草 見之幾度仍未生

      柿本人麻呂 2475


2476 【承前,九三六二。】

     打田 稗數多 雖有 擇為我 夜一人宿

     打田(うつた)に (ひえ)はし數多(あまた) (あり)()へど (えら)えし(あれ)そ 夜獨寢(よるひとりぬ)

       雖云耕田間 田稗雜生生無數 何以巧如此 萬中擇一除我去 只得孤寢度長夜

      柿本人麻呂 2476


2477 【承前,九三六三。】

     足引 名負山菅 押伏 君結 不相有哉

     足引(あしひき)の ()()山菅(やますげ) 押伏(おしふ)せて (きみ)(むす)ばば ()はざらめやも

       足曳勢險峻 負名穴師山山菅 押伏之所如 君若暴強欲結契 妾又何由不予逢

      柿本人麻呂 2477


2478 【承前,九三六四。】

     秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顏面 公无勝

     秋柏(あきかしは) 潤和川邊(うるわかはへ)の 篠目(しののめ)の (ひと)には(しの)び (きみ)堪無(あへな)くに

       秋柏霑露兮 潤和川畔細竹編 篠目之所如 吾雖隱忍避人目 此情豈抑在君前

      柿本人麻呂 2478


2479 【承前,九三六五。】

     核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍

     真葛(さねかづら) (のち)()はむと (いめ)のみに 誓約渡(うけひわた)りて (とし)()につつ

       真葛遠長兮 今非逢時後有期 吾賴此夢占 望穿秋水度日徃 不覺月異已經年

      柿本人麻呂 2479


2480 【承前,九三六六。】

     路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀孋【或本歌曰,灼然,人知爾家里,繼而之念者。】

     道邊(みちのへ)の 壹師花(いちしのはな)の 灼然(いちしろ)く 人皆知(ひとみなし)りぬ ()戀妻(こひづま)或本歌曰(またふみのうたにいふ)灼然(いちしろ)く、人知(ひとし)りにけり、()ぎてし(おも)へば。】

       道邊路旁之 所咲壹師花所如 灼然昭顯矣 人盡皆知不得隱 吾心所繫戀妻者【或本歌曰,灼然昭顯矣,人盡皆知天下察,吾常懸心所念者。】

      柿本人麻呂 2480


2481 【承前,九三六七。】

     大野 跡狀不知 印結 有不得 吾眷

     大野藪(おほのら)に 跡狀(たどき)()らず 標結(しめゆ)ひて 在克(ありかつ)ましじ ()()ふらくは

       大原野藪間 漫無目的不知去 茫然標印結 如斯苦痛不得生 吾所朝暮眷戀者

      柿本人麻呂 2481


2482 【承前,九三六八。】

     水底 生玉藻 打靡 心依 戀比日

     水底(みなそこ)に ()ふる玉藻(たまも)の 打靡(うちなび)き (こころ)()りて ()ふる此頃(このころ)

       其猶滄溟下 所生玉藻之所如 隨波而蕩漾 寄情舉手投足間 一喜一憂戀此頃

      柿本人麻呂 2482


2483 【承前,九三六九。】

     敷栲之 衣手離而 玉藻成 靡可宿濫 和乎待難爾

     敷栲(しきたへ)の 衣手離(ころもでか)れて 玉藻成(たまもな)す (なび)きか()らむ ()待難(まちかて)

       白妙敷栲兮 纖纖衣手兩相離 玉藻之所如 伊人萎靡今寢哉 望穿秋水甚難待

      柿本人麻呂 2483


2484 【承前,九三七十。】

     君不來者 形見為等 我二人 殖松木 君乎待出牟

     君來(きみこ)ずは 形見(かたみ)()むと ()二人(ふたり) ()ゑし(まつのき) (きみ)(まちいで)

       君若不來者 以為緣物偲君形 吾等倆相助 所殖栽培松木矣 常駐待君有驗哉

      柿本人麻呂 2484


2485 【承前,九三七一。】

     袖振 可見限 吾雖有 其松枝 隱在

     袖振(そでふ)らば ()つべき(かぎ)り (あれ)()れど 其松(そのまつ)()に (かく)らひにけり

       振袖揮手者 放眼可望之極地 吾雖身在此 無奈以彼松枝故 隱吾形姿不得見

      柿本人麻呂 2485


2486 【承前,九三七二。】

     珍海 濱邊小松 根深 吾戀度 人子姤

     千沼海(ちぬのうみ)の 濱邊小松(はまへのこまつ) 根深(ねふか)めて 我戀渡(あれこひわた)る 人兒故(ひとのこゆゑ)

       和泉千沼海 濱邊小松根深紮 無方以自拔 吾之朝思復暮想 所戀既是人子故

      柿本人麻呂 2486

         或本歌曰:「血沼之海之,鹽干能小松,根母己呂爾,戀屋度,人兒故爾。」

         或本歌曰(またふみのうたにいふ):「千沼海(ちぬのうみ)の、潮干小松(しほひのこまつ)(ねもころ)に、()ひや(わた)らむ、人兒故(ひとのこゆゑ)に。」

           和泉千沼海 潮干瀉生小松 切之所如 吾之朝思復暮想 所戀是為人子故



2487 【承前,九三七三。】

     平山 子松末 有廉敘波 我思妹 不相止者

     奈良山(ならやま)の 小松(こまつ)(うれ)の うれむぞは ()思妹(おもふいも)に ()はず()()

       大和奈良山 小松末梢之所如 何以致如此 吾與朝暮懸心頭 所戀伊人不得逢

      柿本人麻呂 2487


2488 【承前,九三七四。】

     礒上 立迴香樹 心哀 何深目 念始

     礒上(いそのうへ)に ()てる迴香木(むろのき) (ねもころ)に (なに)しか(ふか)め 思初(おもひそ)めけむ

       佇立荒磯上 所生迴香樹所如 根深情懇切 何以深邃難自拔 瘋狂依戀至如此

      柿本人麻呂 2488


2489 【承前,九三七五。】

     橘 本我立 下枝取 成哉君 問子等

     (たちばな)の (もと)()()ち 下枝取(しづえと)り ()らむや(きみ)と ()ひし兒等(こら)はも

       非時香菓之 橘樹根元我倆立 手取其下枝 可與君能成果哉 如是探問姑娘矣

      柿本人麻呂 2489


2490 【承前,九三七六。】

     天雲爾 翼打附而 飛鶴乃 多頭多頭思鴨 君不座者

     天雲(あまくも)に 翼打附(はねうちつ)けて (とぶたづ)の 多頭多頭(たづたづ)しかも (きみ)(いま)さねば

       久方天雲間 摶翅翱翔遊蒼穹 飛鶴之所如 忐忑不安心難靜 唯因君之不在此

      柿本人麻呂 2490


2491 【承前,九三七七。】

     妹戀 不寐朝明 男為鳥 從是此度 妹使

     (いも)()ひ ()ねぬ朝明(あさけ)に 鴛鴦(をしどり)の ()如斯渡(かくわた)る (いも)使(つかひ)

       此心懸伊人 輾轉無眠迎朝明 見得鴛鴦之 大群從此渡如斯 蓋是伊人信使哉

      柿本人麻呂 2491


2492 【承前,九三七八。】

     念 餘者 丹穗鳥 足沾來 人見鴨

     (おも)ひにし (あま)りにしかば 丹穗鳥(にほどり)の 滯來(なづさひこ)しを 人見(ひとみ)けむかも

       慕情不能止 餘念潰堤似氾濫 丹穗貌鳥兮 千里跋涉滯來者 蓋為他人所見哉

      柿本人麻呂 2492


2493 【承前,九三七九。】

     高山 峯行宍 友眾 袖不振來 忘念勿

     高山(たかやま)の 峰行(みねゆ)氈鹿(しし)の (とも)(おほ)み 袖振(そでふ)らず()ぬ (わす)ると(おも)()

       此猶向高山 頂峰行徃氈鹿者 以其夥友眾 故不振袖而來矣 莫思吾人忘情也

      柿本人麻呂 2493


2494 【承前,九三七十。】

     大船 真楫繁拔 榜間 極太戀 年在如何

     大船(おほぶね)に 真楫繁貫(まかぢしじぬ)き 漕間(こぐあひだ)も 幾許戀(ここだこ)ふるを (とし)にあらば如何(いか)

       堂皇大船之 真梶繁貫蹈滄溟 划槳榜船間 戀慕不止至幾許 不覺經年當何如

      柿本人麻呂 2494


2495 【承前,九三八一。】

     足常 母養子 眉隱 隱在妹 見依鴨

     垂根(たらつね)の (はは)養蠶(かふこ)の 繭隱(まよごも)り (こも)れる(いも)を ()由欲得(よしもがも)

       育恩垂乳根 慈母生業所養蠶 隱繭之所如 伊人藏身在深閨 欲得逢由與相晤

      柿本人麻呂 2495


2496 【承前,九三八二。】

     肥人 額髮結在 染木綿 染心 我忘哉【一云,所忘目八方。】

     肥人(こまひと)の 額髮結(ぬかがみゆ)へる 染木綿(しめゆふ)の ()みにし(こころ) 我忘(あれわす)れめや一云(またにいふ)(わす)らえめやも。】

       筑紫肥人之 相結額髮染木綿 深沁之所如 汝情渲染沁我心 此念不渝豈忘懷【一云,此念豈能忘懷哉。】

      柿本人麻呂 2496


2497 【承前,九三八三。】

     早人 名負夜音 灼然 吾名謂 孋恃

     隼人(はやひと)の ()()夜聲(よごゑ) 灼然(いちしろ)く ()()()りつ (つま)(たの)ませ

       隼人宮墻傍 盛名犬吠獻夜聲 灼然之所如 妾身已然告己名 汝當恃吾為妻矣

      柿本人麻呂 2497


2498 【承前,九三八四。】

     剱刀 諸刃利 足踏 死死 公依

     劍大刀(つるぎたち) 諸刃利(もろはのと)きに 足踏(あしふ)みて ()なば()なむよ (きみ)()りては

       雖然劍大刀 諸刃之利能傷創 蹈足不顧身 此身若死直須死 若為吾君不足惜

      柿本人麻呂 2498


2499 【承前,九三八五。】

     我妹 戀度 劔刀 名惜 念不得

     我妹子(わぎもこ)に ()ひし(わた)れば 劍大刀(つるぎたち) 名惜(なのを)しけくも 思兼(おもひか)ねつも

       魂牽夢縈而 朝思暮戀伊人者 韴威劍刀兮 不顧身名無所惜 此命殆毀以相思

      柿本人麻呂 2499


2500 【承前,九三八六。】

     朝月日 向黃楊櫛 雖舊 何然公 見不飽

     朝日(あさづくひ) (むか)黃楊櫛(つげくし) ()りぬれど (なに)しか(きみ)が ()れど()かざらむ

       晨曦朝付日 彼向黃楊櫛所如 雖然為舊交 何然吾君令人憐 見之百遍不嘗厭

      柿本人麻呂 2500


2501 【承前,九三八七。】

     里遠 眷浦經 真鏡 床重不去 夢所見與

     里遠(さとどほ)み 戀衷振(こひうらぶ)れぬ 真十鏡(まそかがみ) 床邊去(とこのへさ)らず (いめ)()えこそ

       以居里甚遠 異地兩隔愁相思 無曇真十鏡 莫離床邊寄邯鄲 只願相逢在夢田

      柿本人麻呂 2501


2502 【承前,九三八八。】

     真鏡 手取以 朝朝 雖見君 飽事無

     真十鏡(まそかがみ) ()取持(とりも)ちて (あさ)(あさ)な ()れども(きみ)は ()(こと)()

       無曇真十鏡 以手取持之所如 朝朝復暮暮 何然吾君令人憐 雖見百遍不嘗厭

      柿本人麻呂 2502


2503 【承前,九三八九。】

     夕去 床重不去 黃楊枕 何然汝 主待固

     夕去(ゆふさ)れば 床邊去(とこのへさ)らぬ 黃楊枕(つげまくら) (なに)しか(なれ)の 主待難(ぬしまちがた)

       每逢夕暮時 堅守床邊不離去 嗚呼黃楊枕 何然汝命待主難 久俟無報總空虛

      柿本人麻呂 2503


2504 【承前,九三九十。】

     解衣 戀亂乍 浮沙 生吾 有度鴨

     解衣(とききぬ)の 戀亂(こひみだ)れつつ 浮砂(うきまなご) ()きても(あれ)は 在渡(ありわた)(かも)

       解衣敝裳兮 戀心忐忑情意亂 逐流浮沙兮 我心無依莫安寧 豈得長生憂世間

      柿本人麻呂 2504


2505 【承前,九三九一。】

     梓弓 引不許 有者 此有戀 不相

     梓弓(あづさゆみ) ()きて(ゆる)さず ()らませば ()かる(こひ)には ()はざらましを

       梓弓振弦兮 引其弩張莫令弛 若得如此者 起遭此戀亂心緒 意亂情迷如是哉

      柿本人麻呂 2505


2506 【承前,九三九二。】

     事靈 八十衢 夕占問 占正謂 妹相依

     言靈(ことだま)の 八十衢(やそのちまた)に 夕占問(ゆふけと)ふ 占正(うらまさ)()る 妹相寄(いもあひよ)らむと

       黃昏大禍時 出居言靈八十衢 以問夕占者 占正灼然謂如是 將靡伊人與相依

      柿本人麻呂 2506


2507 【承前,九三九三。】

     玉桙 路徃占 占相 妹逢 我謂

     玉桙(たまほこ)の 道行占(みちゆきうら)の 占正(うらまさ)に (いも)()はむと (われ)(< /rp>)りつも

       玉桙華道兮 出居言靈八十衢 以問道行占 占正謂我誠如是 其云吾將與妹逢

      柿本人麻呂 2507


2508 問答 【九首第一。】

     皇祖乃 神御門乎 懼見等 侍從時爾 相流公鴨

     天皇(すめろぎ)の 神御門(かみのみかど)を (かしこ)みと 侍從時(さもらふとき)に ()へる(きみ)かも

       皇祖天皇之 宮中賢所御門處 誠惶復誠恐 戒慎恐懼侍從時 不意相逢我君矣

      柿本人麻呂 2508


2509 【承前,九首第二。】

     真祖鏡 雖見言哉 玉限 石垣淵乃 隱而在孋

     真十鏡(まそかがみ) ()とも()はめや 玉限(たまかぎ)る 磐垣淵(いはがきふち)の (こも)りたる(つま)

       無曇真十鏡 雖然相見豈言哉 玉限魂極兮 磐垣淵者之所如 藏嬌金屋莫令揚

      柿本人麻呂 2509

         右二首。



2510 【承前,九首第三。】

     赤駒之 足我枳速者 雲居爾毛 隱徃序 袖卷吾妹

     赤駒(あかごま)が 足搔速(あがきはや)けば 雲居(くもゐ)にも 隱行(かくりゆ)かむぞ 袖卷我妹(そでまけわぎも)

       赤駒千里馬 足騷且速馳且疾 遙遙雲居處 隱往不見九霄外 汝當枕袖吾妹矣

      柿本人麻呂 2510


2511 【承前,九首第四。】

     隱口乃 豐泊瀨道者 常滑乃 恐道曾 戀由眼

     隱國(こもりく)の 豐泊瀨道(とよはつせぢ)は 常滑(とこなめ)の 恐道(かしこきみち)そ ()ふらくは(ゆめ)

       盆底隱國兮 豐饒長谷泊瀨道 其乃常滑而 路途險難恐道也 莫以熱戀失心神

      柿本人麻呂 2511


2512 【承前,九首第五。】

     味酒之 三毛侶乃山爾 立月之 見我欲君我 馬之音曾為

     味酒(うまさけ)の 三諸山(みもろのやま)に 立月(たつつき)の ()()(きみ)が 馬音(うまのおと)そする

       美酒彌醇矣 御諸山間月遲出 難待之所如 朝思暮想盼君臨 遙遙馬音似可聞

      柿本人麻呂 2512

         右三首。



2513 【承前,九首第六。】

     雷神 小動 刺雲 雨零耶 君將留

     鳴神(なるかみ)の 暫響(しましとよ)もし 刺曇(さしくも)り (あめ)()らぬか (きみ)(とど)めむ

       雷動鳴神之 隱約微震稍暫響 天曇致陰霾 但願龗神賜雨零 留君在此不別去

      柿本人麻呂 2513


2514 【承前,九首第七。】

     雷神 小動 雖不零 吾將留 妹留者

     鳴神(なるかみ)の 暫響(しましとよ)もし ()らずとも ()(とど)まらむ (いも)(とど)めば

       雷動鳴神之 隱約微震稍暫響 縱令天不雨 吾亦駐此與相伴 只消吾妹留我者

      柿本人麻呂 2514

         右二首。



2515 【承前,九首第八。】

     布細布 枕動 夜不寐 思人 後相物

     敷栲(しきたへ)の 枕動(まくらとよ)みて (よる)()じ 思人(おもふひと)には (のち)逢物(あふもの)

       白妙敷栲兮 輾轉枕動莫得寧 夜長不得寢 然而心懸之所念 伊人其後必將逢

      柿本人麻呂 2515


2516 【承前,九首第九。】

     敷細布 枕人 事問哉 其枕 苔生負為

     敷栲(しきたへ)の (まくら)(ひと)に 言問(ことと)へや 其枕(そのまくら)には 苔生(こけむ)しにたり

       白妙敷栲兮 木枕何以能言語 復能問事哉 妾觀其枕無人問 已然苔生負其上

      柿本人麻呂 2516

         右二首。
         以前一百四十九首,柿本朝臣人麻呂之歌集出。



2517 正述心緒 【百二第一。】

     足千根乃 母爾障良婆 無用 伊麻思毛吾毛 事應成

     垂乳根(たらちね)の (はは)(さは)らば (いたづら)に (いまし)(あれ)も 事成(ことな)るべしや

       育恩垂乳根 若為母堂障此情 徒然終無用 汝命與我皆徒花 不能連理莫結實

      佚名 2517


2518 【承前,百二第二。】

     吾妹子之 吾呼送跡 白細布乃 袂漬左右二 哭四所念

     我妹子(わぎもこ)が (あれ)(おく)ると 白栲(しろたへ)の 袖漬迄(そでひつまで)に ()きし(おも)ほゆ

       親親吾妹子 離情依依送吾者 白妙敷栲兮 絹袖衣袂沾淚濕 啼泣不止令人念

      佚名 2518


2519 【承前,百二第三。】

     奧山之 真木乃板戶乎 押開 思惠也出來根 後者何將為

     奧山(おくやま)の 真木板戶(まきのいたと)を 押開(おしひら)き しゑや出來(いでこ)ね (のち)何為(なにせ)

       深邃奧山之 真木板戶排開而 嚴重高垣間 敞開門戶出深窗 其後何為無所憚

      佚名 2519


2520 【承前,百二第四。】

     苅薦能 一重叫敷而 紗眠友 君共宿者 冷雲梨

     刈薦(かりこも)の 一重(ひとへ)()きて 小寢(さぬ)れども (きみ)とし()れば (さむ)けくも()

       今夜所小寢 雖然苅菰之薦者 唯敷一重爾 若能與君共枕眠 暖意不絕無所寒

      佚名 2520


2521 【承前,百二第五。】

     垣幡 丹頰經君叫 率爾 思出乍 嘆鶴鴨

     垣幡(かきつはた) 丹頰君(につらふきみ)を 緣無(ゆくりな)く 思出(おもひい)でつつ (なげ)きつるかも

       垣幡之所如 丹頰紅顏汝命矣 偶然率爾而 轉瞬憶及溢胸懷 不覺欷歔露吐息

      佚名 2521


2522 【承前,百二第六。】

     恨登 思狹名盤 在之者 外耳見之 心者雖念

     (うら)みむと (おも)ひて()なは 在然(ありしか)ば (よそ)のみそ()し (こころ)(おも)へど

       恚恨懷怨懟 如是所思吾夫矣 以之在然者 相離遠觀遙見之 方寸雖然念猶斯

      佚名 2522


2523 【承前,百二第七。】

     散頰相 色者不出 小文 心中 吾念名君

     小丹頰(さにつら)ふ (いろ)には(いで)ず (すく)なくも 心中(こころのうち)に ()(おも)()くに

       雖然隱此情 小丹頰兮不作色 然觀胸懷中 此念滿溢不得抑 激情闇燃殆毀滅

      佚名 2523


2524 【承前,百二第八。】

     吾背子爾 直相者社 名者立米 事之通爾 何其故

     ()背子(せこ)に (ただ)()はばこそ ()()ため 言通(ことのかよ)ひに (なに)かそこ(ゆゑ)

       若與吾夫子 坦然相會直逢者 浮名亦宜然 然而何故唯文通 流言蜚語揚如斯

      佚名 2524


2525 【承前,百二第九。】

     懃 片念為歟 比者之 吾情利乃 生戶裳名寸

     (ねもころ)に 片思(かたもひ)すれか 此頃(このころ)の ()利心(こころど)の ()けるとも()

       蓋以情真切 慇懃單戀之故哉 比日此頃時 吾之利情誠痛心 渾渾噩噩不覺生

      佚名 2525


2526 【承前,百二第十。】

     將待爾 到者妹之 懽跡 咲儀乎 徃而早見

     ()つらむに (いた)らば(いも)が (うれ)しみと ()まむ姿(すがた)を ()きて早見(はやみ)

       今赴所相待 約束之地拜眉者 當可見吾妹 歡愉展咲光儀哉 心急欲徃早見矣

      佚名 2526


2527 【承前,百二十一。】

     誰此乃 吾屋戶來喚 足千根乃 母爾所嘖 物思吾呼

     (たれ)そこの ()宿(やど)來呼(きよ)ぶ 垂乳根(たらちね)の (はは)(ころ)はえ 物思(ものも)(われ)

       此是誰矣哉 臨來吾宿所喚者 今受垂乳根 母堂嘖讓沉憂思 鬱悶之際呼我者

      佚名 2527


2528 【承前,百二十二。】

     左不宿夜者 千夜毛有十方 我背子之 思可悔 心者不持

     小寢(さね)()は 千夜(ちよ)(あり)とも ()背子(せこ)が 思悔(おもひく)ゆべき (こころ)()たじ

       雖然隔異地 不得相寢長夜者 計有千夜許 然令夫子所思悔 輕薄浮心我不持

      佚名 2528


2529 【承前,百二十三。】

     家人者 路毛四美三荷 雖徃來 吾待妹之 使不來鴨

     家人(いへびと)は (みち)(しみみ)に (かよ)へども ()()(いも)が 使來(つかひこ)ぬかも

       今觀屋外者 各路家僕滿道中 絡繹雖不絕 何奈唯獨我苦待 伊人信使不嘗來

      佚名 2529


2530 【承前,百二十四。】

     璞之 寸戶我竹垣 編目從毛 妹志所見者 吾戀目八方

     麤玉(あらたま)の 寸戶(きへ)竹垣(たかがき) 編目(あみ)ゆも (いも)()えなば 我戀(あれこ)ひめやも

       自於麤玉兮 寸戶竹籬繁垣之 所開編目間 若得窺見伊人者 吾豈苦戀焦如斯

      佚名 2530


2531 【承前,百二十五。】

     吾背子我 其名不謂跡 玉切 命者棄 忘賜名

     ()背子(せこ)が 其名告(そのなの)らじと 玉極(たまきは)る (いのち)()てつ (わす)(たま)()

       親愛吾夫子 我誓必不告汝名 玉限魂極兮 縱捨身命亦無悔 還願念之慎勿忘

      佚名 2531


2532 【承前,百二十六。】

     凡者 誰將見鴨 黑玉乃 我玄髮乎 靡而將居

     (おほかた)は ()()むとかも 烏玉(ぬばたま)の ()黑髮(くろかみ)を (なび)けて()らむ

        此情若凡俗 當示誰人以觀之 漆黑烏玉之 吾之黑髮長靡矣 唯待君手以結之

      佚名 2532


2533 【承前,百二十七。】

     面忘 何有人之 為物焉 言者為金津 繼手志念者

     面忘(おもわす)れ 如何(いか)なる(ひと)の する(もの)そ (われ)はし()ねつ ()ぎてし(おも)へば

       不識伊人貌 其是孰可為之哉 雖云世無長 妾身難忘心上人 常念懸心所以也

      佚名 2533


2534 【承前,百二十八。】

     不相思 人之故可 璞之 年緒長 言戀將居

     相思(あひおも)はぬ 人故(ひとのゆゑ)にか (あら)たまの 年緒長(としのをなが)く ()戀居(こひを)らむ

       落花雖有意 流水無情伊人故 日新月異兮 徒然不覺年緒長 吾人苦戀至如今

      佚名 2534


2535 【承前,百二十九。】

     凡乃 行者不念 言故 人爾事痛 所云物乎

     (おほろ)かの (わざ)とは(おも)はじ ()(ゆゑ)に (ひと)言痛(こちた)く ()はれし(もの)

       吾不思汝命 以凡俗念為之矣 汝命依我故 受人留言蜚語謗 此情自有其堅毅

      佚名 2535


2536 【承前,百二二十。】

     氣緒爾 妹乎思念者 年月之 徃覽別毛 不所念鳧

     息緒(いきのを)に (いも)をし(おも)へば 年月(としつき)の ()くらむ(わき)も (おも)ほえぬかも

       賭命不惜生 如思心懸伊人者 渾渾噩噩而 莫察晝夜之相代 不覺月異已經年

      佚名 2536


2537 【承前,百二廿一。】

     足千根乃 母爾不所知 吾持留 心者吉惠 君之隨意

     垂乳根(たらちね)の (はは)()らえず ()()てる (こころ)()しゑ (きみ)(まにま)

       育恩垂乳根 此情不令吾母知 妾身唯相待 此心如何縱其去 一切皆盡隨君意

      佚名 2537


2538 【承前,百二廿二。】

     獨寢等 茭朽目八方 綾席 緒爾成及 君乎之將待

     獨寢(ひとりぬ)と 薦朽(こもく)ちめやも 綾席(あやむしろ) ()()(まで)に (きみ)をし()たむ

       孤身獨寢者 豈令茭薦傷朽哉 直至綾席之 花茣蓙襤為長緒 吾守空閨俟君至

      佚名 2538


2539 【承前,百二廿三。】

     相見者 千歲八去流 否乎鴨 我哉然念 待公難爾

     相見(あひみ)ては 千年(ちとせ)()ぬる 否諾(いなを)かも (あれ)然思(しかおも)ふ 君待難(きみまちかて)

       去相會以來 至今已歷千秋歟 實則否諾哉 當實吾人念然爾 慕君情溢難待矣

      佚名 2539


2540 【承前,百二廿四。】

     振別之 髮乎短彌 青草乎 髮爾多久濫 妹乎師僧於母布

     振分(ふりわけ)の (かみ)(みじか)み 青草(あをくさ)を (かみ)束結(たく)らむ (いも)をしそ(おも)

       以其振別之 垂髫披髮短之故 手執青草而 添之束結於髮哉 吾人心神嚮伊人

      佚名 2540


2541 【承前,百二廿五。】

     徊俳 徃箕之里爾 妹乎置而 心空在 土者踏鞆

     俳迴(たもとほ)り 行箕里(ゆきみのさと)に (いも)()きて 心空(こころそら)なり (つち)()めども

       迂迴徘徊兮 明日香川行箕里 至妹此處故 此心忐忑猶騰空 縱令踏地不安寧

      佚名 2541


2542 【承前,百二廿六。】

     若草乃 新手枕乎 卷始而 夜哉將間 二八十一不在國

     若草(わかくさ)の 新手枕(にひたまくら)を 卷始(まきそ)めて ()をや(へだ)てむ (にく)()()くに

       親親猶若草 自於新妻共纏綿 枕其手以來 夜夜逢瀨豈有止 以其裏外無所憎

      佚名 2542


2543 【承前,百二廿七。】

     吾戀之 事毛語 名草目六 君之使乎 待八金手六

     ()()ひし (こと)(かた)らひ (なぐさ)めむ (きみ)使(つかひ)を ()ちや()ねてむ

       冀能相言語 述吾所戀其慕情 聊以為慰藉 然而汝命信使者 久久未來誠難待

      佚名 2543


2544 【承前,百二廿八。】

     寤者 相緣毛無 夢谷 間無見君 戀爾可死

     (うつつ)には 逢由(あふよし)()し (いめ)にだに 間無(まな)()(きみ) (こひ)ひに()ぬべし

       在於現世間 無由相逢莫得會 唯冀在夢中 得以拜眉無絕時 慕君戀苦猶當死

      佚名 2544


2545 【承前,百二廿九。】

     誰彼登 問者將答 為便乎無 君之使乎 還鶴鴨

     ()(かれ)と ()はば(こた)へむ (すべ)()み (きみ)使(つかひ)を (かへ)しつるかも

       彼為誰人哉 家母訊者吾將答 無奈苦無方 千言萬語咽心頭 令君信使早歸去

      佚名 2545


2546 【承前,百二三十。】

     不念丹 到者妹之 歡三跡 咲牟眉曳 所思鴨

     (おも)はぬに (いた)らば(いも)が (うれ)しみと ()まむ眉引(まよび)き (おも)ほゆるかも

       若出其不意 到於妹許拜顏者 吾妹顯歡愉 豁然展咲柳眉舒 百媚光儀浮瞼內

      佚名 2546


2547 【承前,百二卅一。】

     如是許 將戀物衣常 不念者 妹之手本乎 不纏夜裳有寸

     如是許(かくばか)り ()ひむ(もの)そと (おも)はねば (いも)手本(たもと)を ()かぬ()(あり)

       悔不當初矣 未知戀慕如此許 相思怠毀滅 奈何與妹相離前 不纏綿夜亦有之

      佚名 2547


2548 【承前,百二卅二。】

     如是谷裳 吾者戀南 玉梓之 君之使乎 待也金手武

     如是(かく)だにも (あれ)()ひなむ 玉梓(たまづさ)の (きみ)使(つかひ)を ()ちや()ねてむ

       誇張甚猶是 吾所戀慕情如此 玉梓華杖兮 君之使人尚未至 引領長盼時難待

      佚名 2548


2549 【承前,百二卅三。】

     妹戀 吾哭涕 敷妙 木枕通而 袖副所沾【或本歌曰,枕通而,卷者寒母 。】

     (いも)()ひ ()泣淚(なくなみた) 敷栲(しきたへ)の 木枕通(こまくらとほ)り (そで)さへ()れぬ或本歌曰(またふみのうたにいふ)枕通(まくらとほ)りて、()けば(さむ)しも。】

       以吾戀伊人 所以涓然淚涕下 白妙敷栲兮 汍瀾滂沱穿木枕 漬濡沾袖衣手濕【或本歌曰,汍瀾滂沱通枕穿,枕之身寒心更寒 。】

      佚名 2549


2550 【承前,百二卅四。○新敕撰0940。】
2551 【承前,百二卅五。】

     念之 餘者 為便無三 出曾行 其門乎見爾

     (おも)ひにし (あま)りに(しか)ば (すべ)()み (いで)てそ()きし 其門(そのかど)()

       心思之所至 戀慕之情溢無止 手足更無措 難安家中出戶行 來此欲拜其門楣

      佚名 2551


2552 【承前,百二卅六。】

     情者 千遍敷及 雖念 使乎將遣 為便之不知久

     (こころ)には 千重(ちへ)頻頻(しくしく) (おも)へども 使(つかひ)()らむ 術知(すべのし)()

       雖然方寸間 慕情千重盪頻頻 無奈情千種 縱欲遣使告所念 苦不知方愁無措

      佚名 2552


2553 【承前,百二卅七。】

     夢耳 見尚幾許 戀吾者 寤見者 益而如何有

     (いめ)のみに ()てすら幾許(ここだ) ()ふる()は (うつつ)()てば ()して如何(いか)にあらむ

       不過是夢見 戀慕幾許至如此 吾情切如是 若有一旦逢現世 如何能抑此慕情

      佚名 2553


2554 【承前,百二卅八。】

     對面者 面隱流 物柄爾 繼而見卷能 欲公毳

     相見(あひみ)ては 面隱(おもかく)さるる (もの)からに ()ぎて()まくの ()しき(きみ)かも

       一旦相見者 不堪嬌羞欲遮面 雖然如此者 仍冀繼而能相會 如此心慕吾君矣

      佚名 2554


2555 【承前,百二卅九。】

     旦戶乎 速莫開 味澤相 目之乏流君 今夜來座有

     朝戶(あさと)を (はや)莫開(なあ)けそ 味障(あぢさは)ふ 目羨(めのとも)しかる(きみ) 今夜來坐(こよひきま)せり

       吾人有所願 明朝旦戶莫速開 味障多合兮 目之所羨心所依 良人今夜將來矣

      佚名 2555


2556 【承前,百二四十。】

     玉垂之 小簀之垂簾乎 徃褐 寐者不眠友 君者通速為

     玉垂(たまだれ)の 小簾垂簾(こすのたれす)を 行難(ゆきか)ちに ()()さずとも (きみ)(かよ)はせ

       以其玉垂之 小簾垂簾在門楣 阻絕吋難行 是以縱令不寐寢 仍冀望吾君能通來

      佚名 2556


2557 【承前,百二卌一。】

     垂乳根乃 母白者 公毛余毛 相鳥羽梨丹 年可經

     垂乳根(たらちね)の (はは)(まう)さば (きみ)(あれ)も ()ふとは()しに (とし)()ぬべき

       育恩垂乳根 嚴母若欲障此情 汝命與我皆 無緣相逢難連理 徒然歷時更經年

      佚名 2557


2558 【承前,百二卌二。】

     愛等 思篇來師 莫忘登 結之紐乃 解樂念者

     (うるは)しと (おも)へり(けら)し 莫忘(なわす)れと (むす)びし(ひも)の ()くらく(おも)へば

       蓋是汝命者 相思戀慕所致哉 想在別離時 相誓勿忘結之紐 如今自解而所念

      佚名 2558


2559 【承前,百二卌三。】

     昨日見而 今日社間 吾妹兒之 幾許繼手 見卷欲毛

     昨日見(きのふみ)て 今日(けふ)こそ(へだ)て 我妹子(わぎもこ)が 幾許繼(ここだくつ)ぎて ()まくし()しも

       昨日才相見 今日一隔猶千秋 親親吾妹子 何以吾難耐慕情 繼欲相見至幾許

      佚名 2559


2560 【承前,百二卌四。】

     人毛無 古鄉爾 有人乎 愍久也君之 戀爾令死

     (ひと)()き ()りにし(さと)に ()(ひと)を (めぐ)くや(きみ)が (こひ)()なせむ

       孤零無人依 獨居故京舊里之 影單妾身者 敢問吾君不愍哉 是欲令我戀死耶

      佚名 2560


2561 【承前,百二卌五。】

     人事之 繁間守而 相十方八 反吾上爾 事之將繁

     人言(ひとごと)の 繁間守(しげきまも)りて ()ふともや 尚我(なほわ)(うへ)に 言繁(ことのしげ)けむ

       雖然畏流言 窺伺蜚語絕之間 逢瀨避人目 何以吾沾一身腥 流言蜚語猶尚繁

      佚名 2561


2562 【承前,百二卌六。】

     里人之 言緣妻乎 荒垣之 外也吾將見 惡有名國

     里人(さとびと)の 言寄(ことよ)(つま)を 荒垣(あらかき)の (よそ)にや()()む (にく)()()くに

       里人傳蜚語 言我與之結連理 稀疏荒垣外 吾隔遠處以瞥見 觀其裏外無所憎

      佚名 2562


2563 【承前,百二卌七。】

     他眼守 君之隨爾 余共爾 夙興乍 裳裾所沾

     人目守(ひとめも)る (きみ)(まにま)に (われ)さへに 早起(はやくお)きつつ 裳裾濡(ものすそぬ)れぬ

       汝為避人目 不願流言蜚語起 因故早褪去 吾隨君命夙興而 涓然淚下濡裳裾

      佚名 2563


2564 【承前,百二卌八。】

     夜干玉之 妹之黑髮 今夜毛加 吾無床爾 靡而宿良武

     烏玉(ぬばたま)の (いも)黑髮(くろかみ) 今夜(こよひ)もか ()()(とこ)に (なび)けて()らむ

       漆黑烏玉之 伊人濡烏黑髮矣 想來今夜亦 獨守空閨寐床上 青絲披靡而寢哉

      佚名 2564


2565 【承前,百二卌九。】

     花細 葦垣越爾 直一目 相視之兒故 千遍嘆津

     花細(はなぐは)し 葦垣越(あしかきご)しに 唯一目(ただひとめ) 相見(あひみ)兒故(こゆゑ) 千度嘆(ちたびなげ)きつ

       纖細優美兮 葦花牆垣相隔而 唯瞥見一目 萍水相逢伊人故 吾已哀嘆千百度

      佚名 2565


2566 【承前,百二五十。】

     色出而 戀者人見而 應知 情中之 隱妻波母

     (いろ)(いで)て ()ひば人見(ひとみ)て ()りぬべし 心中(こころのうち)の 隱妻(こもりづま)はも

       若夫作色而 思念伊人為人見 當遭世所知 千情萬種藏心頭 所慕隱妻今何如

      佚名 2566


2567 【承前,百二五一。】

     相見而者 戀名草六跡 人者雖云 見後爾曾毛 戀益家類

     相見(あひみ)ては 戀慰(こひなぐさ)むと (ひと)()へど ()(のち)にそも 戀增(こひま)さりける

       若得相會者 可慰戀情解憂思 人雖云如是 豈知 一旦相逢後 戀慕未減更徒增

      佚名 2567


2568 【承前,百二五二。】

     凡 吾之念者 如是許 難御門乎 退出米也母

     (おほろ)かに (われ)(おも)はば 如是許(かくばか)り 堅御門(かたきみかど)を 罷出(まかりで)めやも

       若吾之所念 不過凡俗無異者 起將如此許 罷出嚴重堅御門 來茲與汝相逢哉

      佚名 2568


2569 【承前,百二五三。】

     將念 其人有哉 烏玉之 每夜君之 夢西所見【或本歌曰,夜晝不云,吾戀渡。】

     (おも)ふらむ 其人(そのひと)なれや 烏玉(ぬばたま)の 夜每(よごと)(きみ)が (いめ)にし()ゆる或本歌曰(あるふみのうたにいふ)夜晝(よるひる)()はず、()戀渡(こひわた)る。】

       人云將念者 蓋是其人是矣哉 漆黑烏玉兮 每宵夜深人未靜 夜夜會汝在夢田【或本歌曰,不問夜晝幽顯時,吾人刻刻皆戀渡。】

      佚名 2569


2570 【承前,百二五四。】

     如是耳 戀者可死 足乳根之 母毛告都 不止通為

     如是(かく)のみし ()ひば()ぬべみ 垂乳根(たらちね)の (はは)にも()げつ ()まず(かよ)はせ

       若是戀如此 其情激越身將死 呵護垂乳根 吾已稟告悉母堂 還願不止常通來

      佚名 2570


2571 【承前,百二五五。】

     大夫波 友之驂爾 名草溢 心毛將有 我衣苦寸

     大夫(ますらを)は 友騷(とものさわ)きに (なぐさ)もる (こころ)もあらむ (あれ)(くる)しき

       若為壯士者 與友驂擾喧囂而 可以慰鬱情 可惜妾身手弱女 不知何解相思苦

      佚名 2571


2572 【承前,百二五六。】

     偽毛 似付曾為 何時從鹿 不見人戀爾 人之死為

     (いつは)りも 似付(につ)きてそする 何時(いつ)よりか ()人戀(ひとこ)ひに 人死(ひとのし)にする

       其情不由衷 仍佯作勢殆似真 從何時起哉 為賦新詞強說愁 竟云戀死未識人

      佚名 2572


2573 【承前,百二五七。】

     情左倍 奉有君爾 何物乎鴨 不云言此跡 吾將竊食

     (こころ)さへ (まつ)れる(きみ)に (なに)をかも ()はず()ひしと ()(ぬすま)はむ

       非僅止此身 此心亦已奉吾君 何以不由衷 實雖未語訴語矣 吾隱赤心吐嘘言

      佚名 2573


2574 【承前,百二五八。】

     面忘 太爾毛得為也登 手握而 雖打不寒 戀云奴

     面忘(おもわす)れ だにも()すやと 手握(たにぎ)りて ()てども()りず (こひ)()(やつこ)

       吾心若刀割 還願得忘其面容 雙手握拳而 雖然擊之不退卻 所謂戀慕之情矣

      佚名 2574


2575 【承前,百二五九。】

     希將見 君乎見常衣 左手之 執弓方之 眉根搔禮

     (めづら)しき (きみ)()とこそ 左手(ひだりて)の 弓取(ゆみと)(かた)の 眉根搔(まよねか)きつれ

       聚少而離多 心欲與君相見者 還願得冥貺 左手蓄勢執弓處 寄情相思搔柳眉

      佚名 2575


2576 【承前,百二六十。】

     人間守 蘆垣越爾 吾妹子乎 相見之柄二 事曾左太多寸

     人間守(ひとまも)り 葦垣越(あしかきご)しに 我妹子(わぎもこ)を 相見(あひみ)しからに (こと)そさだ(おほ)

       隱晦避人目 竊越蘆垣與相會 親親吾妹子 逢瀨不令他人知 豈知流言蜚語傳

      佚名 2576


2577 【承前,百二六一。】

     今谷毛 目莫令乏 不相見而 將戀年月 久家真國

     (いま)だにも 目莫乏(めなとも)しめそ 相見(あひみ)ずて ()ひむ年月(としつき) (ひさ)しけまくに

       縱僅今片刻 只望盡情恣相會 不相見以來 心如刀割苦相思 孤枕難眠年月久

      佚名 2577


2578 【承前,百二六二。】

     朝宿髮 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾

     朝寢髮(あさねがみ) (われ)(けづ)らじ (うるは)しき (きみ)手枕(たまくら) ()れてし(もの)

       夙興寢髮亂 青絲千頭復萬緒 然妾不梳理 以君昨夜與纏眠 手枕所觸盪餘波

      佚名 2578


2579 【承前,百二六三。】

     早去而 何時君乎 相見等 念之情 今曾水葱少熱

     早行(はやゆ)きて 何時(いつ)しか(きみ)を 相見(あひみ)むと (おも)ひし(こころ) (いま)(なぎ)ぬる

       難耐相思苦 夙興疾行不停蹄 何時能相會 如是所念吾心者 狂瀾不止今方歇

      佚名 2579


2580 【承前,百二六四。】

     面形之 忘左在者 小豆鳴 男士物屋 戀乍將居

     面形(おもかた)の 忘際(わするさ)あらば 理無(あづきな)く (をとこ)(もの)や ()ひつつ()らむ

       伊人光儀者 若有片刻能忘懷 豈將如此哉 吾身愧為大丈夫 竟然戀慕如此許

      佚名 2580


2581 【承前,百二六五。】

     言云者 三三二田八酢四 小九毛 心中二 我念羽奈九二

     (こと)()へば (みみ)容易(たやす)し (すく)なくも 心中(こころのうち)に ()(おも)()くに

        此情若輒言 聽聞於耳猶毫毛 然而方寸間 千頭萬緒情意亂 此慕焦苦殆毀滅

      佚名 2581


2582 【承前,百二六六。】

     小豆奈九 何狂言 今更 小童言為流 老人二四手

     理無(あづきな)く 何狂言(なにのたはこと) 今更(いまさら)に 童言(わらはごと)する 老人(おいひと)にして

       無地能自容 何陷譫妄吐狂言 馬齒誠徒長 情迷意亂亂方寸 口吐童言愧身老

      佚名 2582


2583 【承前,百二六七。】

     相見而 幾久毛 不有爾 如年月 所思可聞

     相見(あひみ)ては 幾久(いくびさ)さにも ()()くに 年月如(としつきのごと) (おも)ほゆる(かも)

       自於前相見 別離至今日未久 何以度日難 一日亦如隔千秋 所念猶似經年月

      佚名 2583


2584 【承前,百二六八。】

     大夫登 念有吾乎 如是許 令戀波 苛者在來

     大夫(ますらを)と (おも)へる(あれ)を 如是許(かくばか)り 戀為(こひせ)しむるは (から)くはありけり

       吾人嘗自負 臨危不亂大丈夫 何以如此許 令吾焦戀失方寸 汝命心性甚酷矣

      佚名 2584


2585 【承前,百二六九。】

     如是為乍 吾待印 有鴨 世人皆乃 常不在國

     ()くしつつ ()待驗(まつしるし) ()らぬかも 世人皆(よのひとみな)の (つね)()()くに

       蓋當如是爾 吾之苦待無效驗 終究徒然哉 三界世間有生者 諸行無常豈不渝

      佚名 2585


2586 【承前,百二七十。】

     人事 茂君 玉梓之 使不遣 忘跡思名

     人言(ひとごと)を (しげ)みと(きみ)に 玉梓(たまづさ)の 使(つかひ)()らず (わす)ると(おも)()

       以人閒語繁 不欲流言甚痛故 玉梓華杖兮 暫緩遣使訪汝命 莫思我作薄情郎

      佚名 2586


2587 【承前,百二七一。】

     大原 古鄉 妹置 吾稻金津 夢所見乍

     大原(おほはら)の ()りにし(さと)に (いも)()きて 我寐兼(あれいねか)ねつ (いめ)()えつつ

       飛鳥大原之 故京舊里置吾妹 令汝影單者 君亦不愍難入眠 每見逢瀨在夢田

      佚名 2587


2588 【承前,百二七二。】

     夕去者 公來座跡 待夜之 名凝衣今 宿不勝為

     夕去(ゆふさ)れば 君來坐(きみきま)さむと ()ちし()の 名殘(なごり)(いま)も 寐難(いねかて)にする

       每逢夕暮者 引領期盼待君來 其為守空閨 所以蕩漾餘波矣 今亦輾轉甚難眠

      佚名 2588


2589 【承前,百二七三。】

     不相思 公者在良思 黑玉 夢不見 受旱宿跡

     相思(あひおも)はず (きみ)はあるらし 烏玉(ぬばたま)の (いめ)にも()えず (うけ)ひて()れど

       薄情吾君矣 想來汝命不相思 漆黑烏玉兮 夜夢之間不得見 縱吾祈神誓而寢

      佚名 2589


2590 【承前,百二七四。】

     石根踏 夜道不行 念跡 妹依者 忍金津毛

     岩根踏(いはねふ)む 夜道(よみち)()かじと (おも)へれど (いも)()りては 忍兼(しのびか)ねつも

       其路甚艱險 吾雖不欲深夜間 踏破岩磐行 然若奉為拜柳眉 豈忍相思至天明

      佚名 2590


2591 【承前,百二七五。】

     人事 茂間守跡 不相在 終八子等 面忘南

     人言(ひとごと)の 繁間守(しげきまも)ると ()はずあらば (つひ)にや兒等(こら)が 面忘(おもわす)れなむ

       以其畏流言 窺伺蜚語歇絕時 不逢避人目 在於隱忍相隔間 伊人將忘吾貌哉

      佚名 2591


2592 【承前,百二七六。】

     戀死 後何為 吾命 生日社 見幕欲為禮

     戀死(こひし)なむ (のち)何為(なにせ)む ()(いのち) ()ける()にこそ ()まく()りすれ

       若是戀死矣 其後何為無所益 嗚呼吾身命 有生之日欲會君 相見相逢在此生

      佚名 2592


2593 【承前,百二七七。】

     敷細 枕動而 宿不所寢 物念此夕 急明鴨

     敷栲(しきたへ)の 枕動(まくらうご)きて ()ねらえず 物思(ものおも)今夜(こよひ) (はや)()けぬかも

       白妙敷栲兮 輾轉枕動莫得寧 無以能宿寢 身陷物憂悲此夕 還願速去令天明

      佚名 2593


2594 【承前,百二七八。】

     不徃吾 來跡可夜 門不閇 可怜吾妹子 待箇在

     ()かぬ(あれ)を ()むとか(よる)も 門閉(かどさ)さず 憐我妹子(あはれわぎもこ) ()ちつつあるらむ

       吾人雖不往 念我將至長夜間 開門不閉戶 可憐紅顏我妹子 獨守空閨長相待

      佚名 2594


2595 【承前,百二七九。】

     夢谷 何鴨不所見 雖所見 吾鴨迷 戀茂爾

     (いめ)にだに (なに)かも()えぬ ()ゆれども (あれ)かも(まと)ふ 戀繁(こひしげ)きに

       縱然在夢中 何以別離不能見 或雖得相會 茫茫之中不辨哉 以我戀狂情意亂

      佚名 2595


2596 【承前,百二七十。】

     名草漏 心莫二 如是耳 戀也度 月日殊【或本歌曰,奧津浪,敷而耳八方,戀度奈牟。】

     (なぐさ)もる (こころ)()しに 如是(かく)のみし ()ひや(わた)らむ (つき)()()或本歌曰(あるぶみのうたにいふ)沖波(おきつなみ)(しき)てのみやも、戀渡(こひわた)りなむ。】

       雖欲解憂情 然此心者莫能慰 意亂如是耳 終日此心懸伊人 戀渡日新月復異【或本歌曰,滄溟奧津浪,頻頻無絕之所如,日復一日浸戀慕。】

      佚名 2596


2597 【承前,百二八一。】

     何為而 忘物 吾妹子丹 戀益跡 所忘莫苦二

     如何(いか)にして (わす)るる(もの)そ 我妹子(わぎもこ)に (こひ)()されど (わす)らえ()くに

       吾應當何如 方可忘懷卸此情 親親吾妹子 慕情唯與日徒增 未嘗可解相思苦

      佚名 2597


2598 【承前,百二八二。】

     遠有跡 公衣戀流 玉桙乃 里人皆爾 吾戀八方

     (とほ)()れど (きみ)にそ()ふる 玉桙(たまほこ)の 里人皆(さとひとみな)に 我戀(あれこ)ひめやも

       雖然隔異地 妾身鍾情唯予君 玉桙華道兮 里人雖多非我欲 豈將移情別戀哉

      佚名 2598


2599 【承前,百二八三。】

     驗無 戀毛為鹿 暮去者 人之手枕而 將寐兒故

     驗無(しるしな)き (こひ)をもするか 夕去(ゆふさ)れば 人手枕(ひとのてま)きて ()らむ兒故(こゆゑ)

       流水既無情 可當戀之徒然哉 每逢夕慕時 我所心懸伊人者 枕他人手而寢故

      佚名 2599


2600 【承前,百二八四。】

     百世下 千代下生 有目八方 吾念妹乎 置嘆

     百代(ももよ)しも 千代(ちよ)しも()きて ()らめやも ()思妹(おもふいも)を ()きて(なげ)かむ

       人皆有命數 豈得長生百千代 蹉跎渡光陰 無以與我所懸心 伊人相守徒悲歎

      佚名 2600


2601 【承前,百二八五。】

     現毛 夢毛吾者 不思寸 振有公爾 此間將會十羽

     (うつつ)にも (いめ)にも(われ)は (おも)はずき ()りたる(きみ)に 此間(ここ)()はむとは

       無論於晝現 或於幽世夜夢間 始料所未及 與昔過從甚密之 君命意外逢此間

      佚名 2601


2602 【承前,百二八六。】

     黑髮 白髮左右跡 結大王 心一乎 今解目八方

     黑髮(くろかみ)の 白髮迄(しらくるまで)と (むす)びてし 心一(こころひと)つを 今解(いまと)かめやも

       海誓山盟而 直至黑髮化白頭 永世必不渝 如是所結此鍾情 方今豈輙解之哉

      佚名 2602


2603 【承前,百二八七。】

     心乎之 君爾奉跡 念有者 縱比來者 戀乍乎將有

     (こころ)をし (きみ)(まつ)ると (おも)へれば 縱此頃(よしこのころ)は ()ひつつをあらむ

       吾奉此赤誠 一心一意仕我君 既然有此念 縱比來者苦相思 戀慕不止度終日

      佚名 2603


2604 【承前,百二八八。】

     念出而 哭者雖泣 灼然 人之可知 嘆為勿謹

     思出(おもひいで)て ()には()くとも 灼然(いちしろ)く 人知(ひとのし)るべく (なげ)かす勿努(なゆめ)

       每逢憶昔日 縱令在於無人處 啼哭暗啜泣 然莫光天化日下 灼然悲嘆令人知

      佚名 2604


2605 【承前,百二八九。】

     玉桙之 道去夫利爾 不思 妹乎相見而 戀比鴨

     玉桙(たまほこ)の 道行振(みちゆきぶ)りに (おも)はぬに (いも)相見(あひみ)て ()ふる(ころ)かも

       玉桙華道兮 萍水相逢錯身過 始料所未及 不覺邂逅會伊人 因而戀慕此頃時

      佚名 2605


2606 【承前,百二九十。】

     人目多 常如是耳志 候者 何時 吾不戀將有

     人目多(ひとめおほ)み 常如是(つねかく)のみし (さもら)はば (いづ)れの(とき)か ()()ひざらむ

       奉為避人目 常時如是隔異地 苦候徒傷感 至於何時能忘情 不復戀慕苦相思

      佚名 2606


2607 【承前,百二九一。】

     敷細之 衣手可禮天 吾乎待登 在濫子等者 面影爾見

     敷栲(しきたへ)の 衣手離(ころもでか)れて (あれ)()つと あるらむ兒等(こら)は 面影(おもかげ)()

       白妙敷栲兮 纖纖衣手兩相離 不得相纏眠 獨守香閨待吾之 伊人面影浮眼簾

      佚名 2607


2608 【承前,百二九二。○新古今1359。】
2609 【承前,百二九三。】

     白細之 袖者間結奴 我妹子我 家當乎 不止振四二

     白栲(しろたへ)の (そで)(まゆ)ひぬ 我妹子(わぎもこ)が 家當(いへのあた)りを ()まず()りしに

       白妙敷栲兮 衣袖欲紕殆襤褸 何以如此者 今向吾妹伊人家 惜別揮振不止故

      佚名 2609


2610 【承前,百二九四。】

     夜干玉之 吾黑髮乎 引奴良思 亂而反 戀度鴨

     烏玉(ぬばたま)の ()黑髮(くろかみ)を ()きぬらし (みだ)れて(なほ)も 戀渡(こひわた)るかも

       漆黑烏玉兮 妾身濡烏黑髮矣 手引而解之 縱然心迷情意亂 依舊戀慕度終日

      佚名 2610


2611 【承前,百二九五。】

     今更 君之手枕 卷宿米也 吾紐緒乃 解都追本名

     今更(いまさら)に (きみ)手枕(たまくら) 卷寢(まきぬ)めや ()紐緒(ひものを)の ()けつつ元無(もとな)

       事至如此者 無緣再以君雄腕 以為手枕矣 縱令吾祈於冥貺 解此紐緒亦無益

      佚名 2611


2612 【承前,百二九六。】

     白細布乃 袖觸而夜 吾背子爾 吾戀落波 止時裳無

     白栲(しろたへ)の (そで)()れて() ()背子(せこ)に ()()ふらくは ()(とき)()

       白妙敷栲兮 自於須臾觸袖起 嗚呼吾兄子 妾身戀慕度終日 未有片刻稍息時

      佚名 2612


2613 【承前,百二九七。】

     夕卜爾毛 占爾毛告有 今夜谷 不來君乎 何時將待

     夕占(ゆふけ)にも (うら)にも()れる 今夜(こよひ)だに 來坐(きま)さぬ(きみ)を 何時(いつ)とか()たむ

       夕占亦占正 太占亦告待人來 然雖滿心盼 俟至今夜君不來 究竟當待至何時

      佚名 2613


2614 【承前,百二九八。】

     眉根搔 下言借見 思有爾 去家人乎 相見鶴鴨

     眉根搔(まよねか)き 下訝(したいふか)しみ (おも)へるに 故人(いにしへひと)を 相見(あひみ)つるかも

       搔眉抑恠癢 方寸詫異是何徵 逡巡如此時 竟與久別隔異地 往昔故人相逢矣

      佚名 2614

         或本歌曰:「眉根搔,誰乎香將見跡,思乍,氣長戀之,妹爾相鴨。」

         一書歌曰:「眉根搔,下伊布可之美,念有之,妹之容儀乎,今日見都流香裳。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「眉根搔(まよねか)き、(たれ)をか()むと、(おも)ひつつ、日長(けなが)()ひし、(いも)()へるかも。」

         一書歌曰(またのふみにいふ):「眉根搔(まよねか)き、下訝(したいふか)しみ、(おも)へりし、(いも)姿(すがた)を、今日見(けふみ)つるかも。」

           或本歌曰:「搔眉抑恠癢,心詫將與誰相見,逡巡如此時,與我戀慕時日久,親親吾妹得逢矣。」

           一書歌曰:「搔眉抑恠癢,方寸詫異是何徵,逡巡如此時,親親吾妹光儀者,今得拜眉收眼簾。」



2615 【承前,百二九九。】

     敷栲乃 枕卷而 妹與吾 寐夜者無而 年曾經來

     敷栲(しきたへ)の (まくら)()きて (いも)(あれ)と ()()()くて (とし)()にける

       白妙敷栲兮 相枕同衾我所願 然妹與吾倆 孤寢不得纏綿者 不覺月異已經年

      佚名 2615


2616 【承前,百二一百。】

     奧山之 真木乃板戶乎 音速見 妹之當乃 霜上爾宿奴

     奧山(おくやま)の 真木板戶(まきのいたと)を 音速(おとはや)み (いも)(あた)りの 霜上(しものうへ)()

       深邃奧山之 真木板戶易作響 伊人籠深窗 吾雖來茲恐驚人 獨寢妹許傍霜上

      佚名 2616


2617 【承前,百二百一。】

     足日木能 山櫻戶乎 開置而 吾待君乎 誰留流

     足引(あしひき)の 山櫻戶(やまさくらと)を 開置(あけお)きて ()待君(まつきみ)を (たれ)(とど)むる

       足曳勢險峻 山櫻板戶徒開置 朝思復暮想 吾雖待君君不至 是為誰人所繫留

      佚名 2617


2618 【承前,百二百二。】

     月夜好三 妹二相跡 直道柄 吾者雖來 夜其深去來

     月夜良(つくよよ)み (いも)()はむと 直道(ただち)から (われ)()つれど ()()けにける

       今夜月明晰 一心速欲與妹逢 吾雖尋近道 一路截彎取直來 豈知至此夜已深

      佚名 2618


2619 寄物陳思 【百八十九之第一。】

     朝影爾 吾身者成 辛衣 襴之不相而 久成者

     朝影(あさかげ)に ()()(なり)ぬ 韓衣(からころも) (すそ)()はずて (ひさ)しく()れば

       稀薄淡闇兮 晨曦朝影吾身成  舶來韓衣兮 裾襴不合之所如 我等不逢既久矣

      佚名 2619


2620 【承前,百八十九之第二。】

     解衣之 思亂而 雖戀 何如汝之故跡 問人毛無

     解衣(とききぬ)の 思亂(おもひみだ)れて ()ふれども ()()(ゆゑ)と 問人(とふひと)()

       解衣敝裳兮 心神忐忑情意亂 吾雖戀如此 落魄蓋是汝故者 何以無人問矣哉

      佚名 2620


2621 【承前,百八十九之第三。】

     摺衣 著有跡夢見津 寤者 孰人之 言可將繁

     摺衣(すりころも) ()りと(いめ)()つ (うつつ)には 何人(いづれのひと)の (こと)(しげ)けむ

       摺染色繽紛 夜夢雖見著艷衣 然在晝現間 孰人與吾傳蜚語 遭人流言可繁哉

      佚名 2621


2622 【承前,百八十九之第四。】

     志賀乃白水郎之 鹽燒衣 雖穢 戀云物者 忘金津毛

     志賀海人(しかのあま)の 鹽燒衣(しほやきころも) (なれ)ぬれど (こひ)()(もの)は 忘兼(わすれか)ねつも

       志賀白水郎 海人燒鹽衣所如 此情雖褻馴 然而所謂戀慕者 其情難忘久留存

      佚名 2622


2623 【承前,百八十九之第五。】

     吳藍之 八鹽乃衣 朝旦 穢者雖為 益希將見裳

     (くれなゐ)の 八入衣(やしほのころも) (あさ)(あさ)な ()れはすれども 彌珍(いやめづ)らしも

       吳藍鮮紅之 八入沁染艷衣裳 朝朝旦旦而 雖然褻馴更親昵 然益珍奇令人憐

      佚名 2623


2624 【承前,百八十九之第六。】

     紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴

     (くれなゐ)の 深染衣(ふかそめのきぬ) 色深(いろふか)く ()みに(しか)ばか 忘兼(わすれか)ねつる

       蓋猶鮮紅之 深染衣裳之所如 其色濃郁而 入木三分沁方寸 刻骨銘心難忘懷

      佚名 2624


2625 【承前,百八十九之第七。】

     不相爾 夕卜乎問常 幣爾置爾 吾衣手者 又曾可續

     ()()くに 夕占(ゆふけ)()ふと (ぬさ)()くに ()衣手(ころもで)は (また)()ぐべき

       雖慕不得逢 立八十衢問夕占 斷置我衣袖 千切作幣祈驗者 是需可續無際限

      佚名 2625


2626 【承前,百八十九之第八。】

     古衣 打棄人者 秋風之 立來時爾 物念物其

     古衣(ふるころも) 打棄(うつ)つる(ひと)は 秋風(あきかぜ)の 立來(たちく)(とき)に 物思(ものおも)(もの)

       喜新厭舊而 打棄古衣無情郎 當逢秋風起 天氣等冽霜寒時 蓋當愧悔念舊哉

      佚名 2626


2627 【承前,百八十九之第九。】

     波禰縵 今為妹之 浦若見 咲見慍見 著四紐解

     葉根蘰(はねかづら) (いま)する(いも)が 衷若(うらわか)み ()みみ(いか)りみ ()けし紐解(ひもと)

       今以葉根蘰 結織為冠飾首之 吾妹年稚故 慮汝一顰復一笑 令解付紐甚勞心

      佚名 2627


2628 【承前,百八十九之第十。】

     去家之 倭文旗帶乎 結垂 孰云人毛 君者不益

     (いにしへ)の 倭文機帶(しつはたおび)を 結垂(むすびた)れ (たれ)云人(いふひと)も (きみ)には()さじ

       堅毅古風兮 倭文機織御帶矣 結而垂飾者 縱令誰人與相較 不能勝君此風範

      佚名 2628

         一書歌曰:「古之,狹織之帶乎,結垂,誰之能人毛,君爾波不益。」

         一書歌曰(またぶみのうたにいふ):「(いにしへ)の、狹織帶(さおりのおび)を、結垂(むすびた)れ、(たれ)しの(ひと)も、(きみ)には()さじ。」

           一書歌曰:「堅毅古風兮,倭文狹織御帶矣,結而垂飾者,誰人縱欲與相較,不能勝君此風範。」



2629 【承前,百八十九之十一。】

     不相友 吾波不怨 此枕 吾等念而 枕手左宿座

     ()はずとも (われ)(うら)みじ 此枕(このまくら) (われ)(おも)ひて ()きて小寢(さね)ませ

       縱令不得逢 吾不怨尤無恨恚 還願以此枕 想作吾人伴身邊 枕之小寢入夢田

      佚名 2629


2630 【承前,百八十九之十二。】

     結紐 解日遠 敷細 吾木枕 蘿生來

     ()ひし(ひも) ()かむ日遠(ひとほ)み 敷栲(しきたへ)の ()木枕(こまくら)は 苔生(こけむ)しにけり

       汝之所手結 此紐將解日仍遠 白妙敷栲兮 吾守空閨無人問 木枕生苔映孤寂

      佚名 2630


2631 【承前,百八十九之十三。】

     夜干玉之 黑髮色天 長夜叫 手枕之上爾 妹待覽蚊

     烏玉(ぬばたま)の 黑髮敷(くろかみし)きて 長夜(ながきよ)を 手枕上(たまくらのうへ)に 妹待(いもま)つらむか

       漆黑烏玉兮 濡烏黑髮敷空閨 漫漫長夜間 曲肱為枕不得眠 伊人相待孤寢哉

      佚名 2631


2632 【承前,百八十九之十四。】

     真素鏡 直二四妹乎 不相見者 我戀不止 年者雖經

     真十鏡(まそかがみ) (ただ)にし(いも)を 相見(あひみ)ずは ()戀止(こひや)まじ (とし)()ぬとも

       無曇真十鏡 吾念我妹殆失神 若不得相見 戀慕之情抑無由 縱然月易復經年

      佚名 2632


2633 【承前,百八十九之十五。】

     真十鏡 手取持手 朝旦 將見時禁屋 戀之將繁

     真十鏡(まそかがみ) ()取持(とりも)ちて (あさ)(あさ)な ()(とき)さへや 戀繁(こひのしげ)けむ

       無曇真十鏡 總以此手取持而 朝朝復暮暮 時時窺見慰慕情 何奈相思愁不斷

      佚名 2633


2634 【承前,百八十九之十六。】

     里遠 戀和備爾家里 真十鏡 面影不去 夢所見社

     里遠(さとどほ)み 戀詫(こひわび)にけり 真十鏡(まそかがみ) 面影去(おもかげさ)らず (いめ)()えこそ

       以居里甚遠 異地兩隔詫相思 無曇真十鏡 面影懸心久不去 只願相逢在夢田

      柿本人麻呂 2634

         右一首,上見柿本朝臣人麻呂之歌中也。但以句句相換,故載於茲。



2635 【承前,百八十九之十七。】

     剱刀 身爾佩副流 大夫也 戀云物乎 忍金手武

     劍大刀(つるぎたち) ()佩添(はきそ)ふる 大夫(ますらを)や (こひ)云物(いふもの)を 忍兼(しのびか)ねてむ

       雖然劍大刀 佩添身上振武威 巍峨大丈夫 無奈鐵漢有一疏 情關難過不得堪

      佚名 2635


2636 【承前,百八十九之十八。】

     剱刀 諸刃之於荷 去觸而 所煞鴨將死 戀管不有者

     劍大刀(つるぎたち) 諸刃上(もろはのうへ)に 行觸(ゆきふ)れて ()にかもしなむ ()ひつつ()らずは

       雖然劍大刀 諸刃之利能奪命 蹈火不顧惜 此身將死直須死 較於戀苦輕鴻毛

      佚名 2636


2637 【承前,百八十九之十九。】

     唕 鼻乎曾嚏鶴 劔刀 身副妹之 思來下

     打鼻(うちはな)ひ (はな)をそ()つる 劍大刀(つるぎたち) ()添妹(そふいも)し 思蓋(おもひけら)しも

       打鼻嚏不止 耳鳴目瞤更占嚏 劍大刀所如 常伴身邊伊人矣 今蓋思吾以驗哉

      佚名 2637


2638 【承前,百八十九之二十。】

     梓弓 末之腹野爾 鷹田為 君之弓食之 將絕跡念甕屋

     梓弓(あづさゆみ) 末腹野(すゑのはらの)に 鳥狩(とがり)する (きみ)弓弦(ゆづる)の ()えむと(おも)へや

       梓弓振弦兮 弓梢末之腹野間 遊獵鷹狩兮 吾君弓弦之所如 此念豈有斷絕時

      佚名 2638


2639 【承前,百八十九之廿一。】

     葛木之 其津彥真弓 荒木爾毛 憑也君之 吾之名告兼

     葛城(かづらき)の 襲津彥真弓(そつびこまゆみ) 荒木(あらき)にも (たの)めや(きみ)が ()名告(なの)りけむ

       葛城襲津彥 武威真弓之所如 猶彼荒木強 吾念君命誠可恃 何汝輕薄告吾名

      佚名 2639


2640 【承前,百八十九之廿二。】

     梓弓 引見弛見 不來者不來 來者來其乎奈何 不來者來者其乎

     梓弓(あづさゆみ) ()きみ(ゆる)へみ ()ずは()ず ()來其(こそ)奈何(なぞ) ()ずは()()

       梓弓振弦兮 引張弛緩亂人心 不來則不來 將來者當言將來 奈何不來云將來

      佚名 2640


2641 【承前,百八十九之廿三。】

     時守之 打鳴鼓 數見者 辰爾波成 不相毛恠

     時守(ときもり)が 打鳴(うちな)(つづみ) ()みみれば (とき)には()りぬ ()()くも(あや)

       陰陽守辰丁 擊鼓鳴聲響四度 屬其鼓聲數 時至人定亥刻矣 何不來逢怪也哉

      佚名 2641


2642 【承前,百八十九之廿四。】

     燈之 陰爾蚊蛾欲布 虛蟬之 妹蛾咲狀思 面影爾所見

     燈火(ともしび)の (かげ)耀(かがよ)ふ 空蟬(うつせみ)の (いも)()まひし 面影(おもかげ)()

       燈火耀然而 光影搖曳照斑駁 浮生憂世間 伊人柳眉笑顏開 陽炎面影今可見

      佚名 2642


2643 【承前,百八十九之廿五。○新敕撰0880。】
2644 【承前,百八十九之廿六。】

     小墾田之 板田乃橋之 壞者 從桁將去 莫戀吾妹

     小治田(をはりだ)の 板田橋(いただのはし)の (こほ)れなば (けた)より()かむ 莫戀(なこ)ひそ我妹(わぎも)

       若有朝一日 小墾田之板田橋 倒壞不通者 縱令渡桁亦將徃 莫愁相思吾妹矣

      佚名 2644


2645 【承前,百八十九之廿七。○新敕撰0722。】
2646 【承前,百八十九之廿八。】

     住吉乃 津守網引之 浮笶緒乃 得干蚊將去 戀管不有者

     住吉(すみのえ)の 津守網引(つもりあびき)の ()けの()の ()かれか()かむ ()ひつつあらずは

       墨江住吉之 津守網引以生業 浮緒之所如 浮浪漂泊無所謂 較於戀苦輕鴻毛

      佚名 2646


2647 【承前,百八十九之廿九。】

     東細布 從空延越 遠見社 目言踈良米 絕跡間也

     橫雲(よこぐも)の (そら)引越(ひきこ)し (とほ)みこそ 目言離(めことか)るらめ ()ゆと(へだ)てや

       東布橫雲之 渡空引越匿行跡 蓋以相隔遠 目離言離不相會 豈為絕情而隔哉

      佚名 2647


2648 【承前,百八十九之三十。】

     云云 物者不念 斐太人乃 打墨繩之 直一道二

     云云(かにかく)に (もの)(おも)はじ 飛驒人(ひだひと)の ()墨繩(すみなは)の 唯一道(ただひとみち)

       顧左右云云 吾莫三心復二意 神工飛驒匠 所打墨繩之所如 筆直灼然唯一道

      佚名 2648


2649 【承前,百八十九之卅一。○新古今0992。】
2650 【承前,百八十九之卅二。】

     十寸板持 盖流板目乃 不合相者 如何為跡可 吾宿始兼

     蘇岐板持(そきいたも)ち ()ける板目(いため)の ()はざらば 如何(いか)()むとか ()寢初(ねそ)めけむ

       蘇岐板所葺 屋根板目不相合 若不得逢者 其是如何為之哉 吾與彼人初寢矣

      佚名 2650


2651 【承前,百八十九之卅三。】

     難波人 葦火燎屋之 酢四手雖有 己妻許增 常目頰次吉

     難波人(なにはひと) 葦火焚(あしひた)()の ()してあれど (おの)(つま)こそ 常珍(つねめづ)らしき

       押照難波人 葦火燎屋之所如 雖為煤所沾 己妻雖然務糙糠 依舊常時令人憐

      佚名 2651


2652 【承前,百八十九之卅四。】

     妹之髮 上小竹葉野之 放駒 蕩去家良思 不合思者

     (いも)(かみ) ()竹葉野(たかはの)の 放駒(はなれごま) (あら)びに(けら)し ()()(おも)へば

       其蓋猶束結 吾妹秀髮竹葉野 無縛放駒矣 自於所念不得逢 我心蕩去情意亂

      佚名 2652


2653 【承前,百八十九之卅五。】

     馬音之 跡杼登毛為者 松蔭爾 出曾見鶴 若君香跡

     馬音(うまのおと)の とどともすれば 松蔭(まつかげ)に (いで)てそ()つる (けだ)(きみ)かと

       耳聞馬蹄聲 嗒嗒作響音更近 故自松蔭間 出而遠望盼伊人 一心以為君來矣

      佚名 2653


2654 【承前,百八十九之卅六。】

     君戀 寢不宿朝明 誰乘流 馬足音 吾聞為

     (きみ)()ひ ()ねぬ朝明(あさけ)に ()()れる 馬足音(うまのあのおと)そ (われ)()かする

       戀君苦相思 輾轉難眠翌朝明 是誰之所乘 嗒嗒作響馬蹄聲 菲薄無情令吾聞

      佚名 2654


2655 【承前,百八十九之卅七。】

     紅之 襴引道乎 中置而 妾哉將通 公哉將來座【一云、須蘇衝河乎。又曰、待香將待。】

     (くれなゐ)の 裾引(すそび)(みち)を (なか)()きて (われ)(かよ)はむ (きみ)來坐(きま)さむ一云(またにいふ)裾漬(すそつ)(かは)を。又曰(またにいはく)()ちにか()たむ。】

       嫣紅艷赤之 拖曳裾襴行道矣 居中隔兩側 妾哉將通以相會 或君將來與逢哉【一云,漬濡裾襴川河矣。又曰,或當靜待俟君來。】

      佚名 2655


2656 【承前,百八十九之卅八。】

     天飛也 輕乃社之 齋槻 幾世及將有 隱嬬其毛

     天飛(あまと)ぶや 輕社(かるのやしろ)の 齋槻(いはひつき) 幾代迄在(いくよまであ)らむ 隱妻(こもりづま)そも

       高飛翔天際 輕之御社鎮守森 稜威齋槻矣 歷經幾世常在此 避諱人目隱妻矣

      佚名 2656


2657 【承前,百八十九之卅九。】

     神名火爾 紐呂寸立而 雖忌 人心者 間守不敢物

     神奈備(かむなび)に 神籬立(ひもろきた)てて (いは)へども 人心(ひとのこころ)は 守堪(まもりあ)へぬ(もの)

       縱於神奈備 靈山設立嚴神籬 齋戒祈禱者 人心易改無久常 海誓山盟不堪守

      佚名 2657


2658 【承前,百八十九之四十。】

     天雲之 八重雲隱 鳴神之 音耳爾八方 聞度南

     天雲(あまくも)の 八重雲隱(やへくもがく)り 鳴神(なるかみ)の (おと)のみにやも 聞渡(ききわた)りなむ

       洽猶天雲之 八重叢雲所隱匿 鳴神之所如 久俟不見君影來 唯聞其音不絕耳

      佚名 2658


2659 【承前,百八十九之卌一。】

     爭者 神毛惡為 縱咲八師 世副流君之 惡有莫君爾

     (あらそ)へば (かみ)(にく)ます ()しゑやし (よそ)ふる(きみ)が (にく)()()くに

       若強否定者 縱令神祇亦憎惡 亦無不可哉 人人寄言汝命者 吾非有所恚恨處

      佚名 2659


2660 【承前,百八十九之卌二。】

     夜並而 君乎來座跡 千石破 神社乎 不祈日者無

     夜並(よなら)べて (きみ)來坐(きま)せと 千早振(ちはやぶ)る 神社(かみのやしろ)を ()まぬ()()

       每夜每宵間 望君來坐與相會 千早振稜威 日日參拜嚴神社 誠心祈禱無絕時

      佚名 2660


2661 【承前,百八十九之卌三。】

     靈治波布 神毛吾者 打棄乞 四惠也壽之 恡無

     靈影護(たまぢはふ) (かみ)(われ)をば 打棄(うつ)()そ しゑや(いのち)の ()しけくも()

       奇靈影護兮 神祇可捨吾不顧 只願棄我去 其以失戀此身命 娑婆世間無所惜

      佚名 2661


2662 【承前,百八十九之卌四。】

     吾妹兒 又毛相等 千羽八振 神社乎 不禱日者無

     我妹子(わぎもこ)に (また)()はむと 千早振(ちはやぶ)る 神社(かみのやしろ)を ()まぬ()()

       一心無旁鶩 只願再與伊人逢 千早振稜威 日日參拜嚴神社 誠心祈禱無絕時

      佚名 2662


2663 【承前,百八十九之卌五。】

     千葉破 神之伊垣毛 可越 今者吾名之 惜無

     千早振(ちはやぶ)る 神齋垣(かみのいかき)も ()えぬべし (いま)()()の ()しけくも()

       千早振稜威 嚴神鎮守社齋垣 可越不忌顧 吾苦相思迫如此 今殆毀滅不惜名

      佚名 2663


2664 【承前,百八十九之卌六。】

     暮月夜 曉闇夜乃 朝影爾 吾身者成奴 汝乎念金丹

     夕月夜(ゆふづくよ) 曉闇(あかときやみ)の 朝影(あさかげ)に ()()()りぬ ()思兼(おもひか)ねに

       夕暮月夜兮 天曉黯淡晨曦間 朝影之所如 吾身不覺化稀薄 所以唯因思汝故

      佚名 2664


2665 【承前,百八十九之卌七。】

     月之有者 明覽別裳 不知而 寐吾來乎 人見兼鴨

     (つき)()れば ()くらむ(わき)も ()らずして ()()()しを 人見(ひとみ)けむ(かも)

       明月之有者 照臨大地能辨路 然吾不知之 寢過終夜歸翌日 蓋遭旁人眼見哉

      佚名 2663


2666 【承前,百八十九之卌八。】

     妹目之 見卷欲家口 夕闇之 木葉隱有 月待如

     (いも)()の ()まく()しけく 夕闇(ゆふやみ)の 木葉隱(このはごも)れる 月待(つきま)(ごと)

       相思情難耐 一心欲拜柳眉者 洽猶夕闇間 太陰匿隱木葉後 久待其月之所如

      佚名 2666


2667 【承前,百八十九之卌九。】

     真袖持 床打拂 君待跡 居之間爾 月傾

     真袖持(まそでも)ち 床打拂(とこうちはら)ひ 君待(きみま)つと ()りし(あひだ)に 月傾(つきかたぶ)きぬ

       以兩袖衣手 打拂寢床去塵埃 苦守此空閨 引領待君來之間 不覺月傾天將明

      佚名 2667


2668 【承前,百八十九之五十。】

     二上爾 隱經月之 雖惜 妹之田本乎 加流類比來

     二上(ふたかみ)に (かく)らふ(つき)の ()しけども (いも)手本(たもと)を ()るる此頃(このころ)

       其猶二上山 頂上將隱皎月者 雖然惜惆悵 纏綿終夜無限好 離妹手枕此此頃

      佚名 2668


2669 【承前,百八十九之五一。】

     吾背子之 振放見乍 將嘆 清月夜爾 雲莫田名引

     ()背子(せこ)が 振放見(ふりさけみ)つつ (なげ)くらむ 清月夜(きよきつくよ)に 雲莫棚引(くもなたなび)

       相隔遠異地 吾夫翹首仰望而 騁思相念哉 是以清清此月夜 還冀浮雲莫蔽之

      佚名 2669


2670 【承前,百八十九之五二。】

     真素鏡 清月夜之 湯徙去者 念者不止 戀社益

     真十鏡(まそかがみ) 清月夜(きよきつくよ)の 徙去(ゆつり)なば (おも)ひは()まず (こひ)こそ()さめ

       無曇真十鏡 清澄明晰月夜之 徙去西沉者 相思之情不能止 唯有戀慕更徒增

      佚名 2670


2671 【承前,百八十九之五三。】

     今夜之 在開月夜 在乍文 公叫置者 待人無

     今夜(こよひ)の 有明月夜(ありあけつくよ) (あり)つつも (きみ)()きては 待人(まつひと)()

       洽猶今夜之 有明月者之所如 天明月仍在 吾心堅定久不渝 除君以外無待人

      佚名 2671


2672 【承前,百八十九之五四。○續古今1049。】
2673 【承前,百八十九之五五。】

     烏玉乃 夜渡月之 湯移去者 更哉妹爾 吾戀將居

     烏玉(ぬばたま)の 夜渡(よわた)(つき)の 移去(ゆつり)なば (さら)にや(いも)に ()戀居(こひを)らむ

       漆黑烏玉兮 闇夜所渡皎月之 徙去西沉者 相思之情不能止 唯有戀慕更徒增

      佚名 2673


2674 【承前,百八十九之五六。】

     朽網山 夕居雲 薄徃者 余者將戀名 公之目乎欲

     朽網山(くたみやま) 夕居(ゆふゐ)(くも)の 薄行(うすれゆ)かば (あれ)()ひむな (きみ)()()

       九重朽網山 頂上蟠踞夕雲之 淡去薄徃者 余者相思情更甚 欲拜君眉不能抑

      佚名 2674


2675 【承前,百八十九之五七。】

     君之服 三笠之山爾 居雲乃 立者繼流 戀為鴨

     (きみ)()る 御笠山(みかさのやま)に 居雲(ゐるくも)の ()てば()がるる (こひ)もするかも

       吾君所戴兮 御蓋三笠山頂上 叢雲之所如 層層湧出繼綿延 此戀源源無絕時

      佚名 2675


2676 【承前,百八十九之五八。】

     久堅之 天飛雲爾 在而然 君相見 落日莫死

     久方(ひさかた)の 天飛(あまと)(くも)に (あり)てしか (きみ)をば相見(あひみ)む ()つる日無(ひな)しに

       遙遙久方兮 飛翔蒼穹高天雲 願得騰雲矣 妾身欲往與相見 莫有不念吾君時

      佚名 2676


2677 【承前,百八十九之五九。】

     佐保乃內從 下風之 吹禮波 還者胡粉 歎夜衣大寸

     佐保內(さほのうち)ゆ 嵐風(あらしのかぜ)の ()きぬれば (かへ)りは()らに (なげ)()(おほ)

       自於佐保內 疾猛嵐風吹拂者 道路為所遮 雖欲歸去不知方 徒然長嘆夜多矣

      佚名 2677


2678 【承前,百八十九之六十。】

     級寸八師 不吹風故 玉匣 開而左宿之 吾其悔寸

     ()しきやし ()かぬ風故(かぜゆゑ) 玉櫛笥(たまくしげ) ()けて小寢(さね)にし (われ)(くや)しき

       慎矣愛憐兮 竟以不吹之風故 珠匣玉櫛笥 開而敞兮孤寢之 獨守空閨吾甚悔

      佚名 2678


2679 【承前,百八十九之六一。】

     窗超爾 月臨照而 足檜乃 下風吹夜者 公乎之其念

     窗越(まどご)しに 月臨照(つきおして)りて 足引(あしひき)の 嵐吹夜(あらしふくよ)は (きみ)をしそ(おも)

       越窗灑落而 明月臨照耀空閨 足曳勢嶮兮 山嵐疾拂此月夜 難忍相思總念君

      佚名 2679


2680 【承前,百八十九之六二。】

     河千鳥 住澤上爾 立霧之 市白兼名 相言始而言

     川千鳥(かはちどり) ()澤上(さはのうへ)に 立霧(たつきり)の 灼然(いちしろ)けむな 相言始(あひいひそ)めてば

       河邊川千鳥 所棲水際澤之上 湧霧之所如 灼然可為他人見 吾等若始相言者

      佚名 2680


2681 【承前,百八十九之六三。】

     吾背子之 使乎待跡 笠毛不著 出乍其見之 雨落久爾

     ()背子(せこ)が 使(つかひ)()つと (かさ)()ず ()でつつそ()し 雨降(あめのふ)らくに

       相思情難忍 為待夫子信使來 不著笠蓋而 迫不及待出而見 縱然雨零無所懼

      佚名 2681


2682 【承前,百八十九之六四。】

     辛衣 君爾內著 欲見 戀其晚師之 雨零日乎

     韓衣(からころも) (きみ)打著(うちき)せ ()まく()り ()ひそ()らしし 雨降(あめのふ)()

       妙裁韓衣矣 欲令吾君試著而 量見其裄丈 如斯戀慕不能抑 徒然虛度雨降日

      佚名 2682


2683 【承前,百八十九之六五。】

     彼方之 赤土少屋爾 霡霂零 床共所沾 於身副我妹

     彼方(をちかた)の 埴生小屋(はにふのをや)に 小雨降(こさめふ)り (とこ)さへ()れぬ ()()我妹(わぎも)

       遙遙彼方之 赤土埴生小屋上 霡霂小雨零 以其床為漬濡故 來添此身吾妹矣

      佚名 2683


2684 【承前,百八十九之六六。】

     笠無登 人爾者言手 雨乍見 留之君我 容儀志所念

     笠無(かさな)しと (ひと)には()ひて 雨障(あまつつ)み (とま)りし(きみ)が 姿(すがた)(おも)ほゆ

       藉口無雨笠 言於他人而請暇 奉為雨障而 昔日留宿不歸去 君之光儀吾所念

      佚名 2684


2685 【承前,百八十九之六七。】

     妹門 去過不勝都 久方乃 雨毛零奴可 其乎因將為

     (いも)(かど) 行過兼(ゆきすぎか)ねつ 久方(ひさかた)の (あめ)()らぬか ()(よし)()

       朝思暮想之 伊人門楣難行過 遙遙久方兮 天雨欲得可降哉 願以為由借雨宿

      佚名 2685


2686 【承前,百八十九之六八。】

     夜占問 吾袖爾置 白露乎 於公令視跡 取者消管

     夕占問(ゆふけと)ふ ()(そで)()く 白露(しらつゆ)を (きみ)()せむと ()れば()につつ

       夕占問待人 所置吾袖衣手上 白露誠剔透 吾惜彼晶瑩欲令視 將手取者逝無蹤

      佚名 2686


2687 【承前,百八十九之六九。】

     櫻麻乃 苧原之下草 露有者 令明而射去 母者雖知

     櫻麻(さくらあさ)の 麻生下草(をふのしたくさ) (つゆ)しあれば ()かしてい()け (はは)()るとも

       夏日櫻麻茂 苧田麻生下草者 以其露有者 不妨宿此度終夜 縱令母知無所惜

      佚名 2687


2688 【承前,百八十九之七十。】

     待不得而 內者不入 白細布之 吾袖爾 露者置奴鞆

     待兼(まちか)ねて (うち)には()らじ 白栲(しろたへ)の ()衣手(ころもで)に (つゆ)()きぬとも

       迫不及待而 出外引領不入內 白妙敷栲兮 吾衣袖雖沾露濕 無意枯守空閨中

      佚名 2688


2689 【承前,百八十九之七一。】

     朝露之 消安吾身 雖老 又若反 君乎思將待

     朝露(あさつゆ)の 消易(けやす)()() ()いぬとも 又變若返(またをちかへ)り (きみ)をし()たむ

       朝露之所如 稍縱即逝此身者 縱然年事高 仍將返老更還童 復若以待君至來

      佚名 2689


2690 【承前,百八十九之七二。】

     白細布乃 吾袖爾 露者置 妹者不相 猶豫四手

     白栲(しろたへ)の ()衣手(ころもで)に (つゆ)()きぬ (いも)()はさず 猶豫(たゆたひ)にして

       白妙敷栲兮 吾人衣手襟袖上 置露沾漬濕 伊人遲遲不予逢 蓋是猶豫不能決

      佚名 2690


2691 【承前,百八十九之七三。】

     云云 物者不念 朝露之 吾身一者 君之隨意

     云云(かにかく)に (もの)(おも)はじ 朝露(あさつゆ)の ()身一(みひと)つは (きみ)(まにま)

       吾不復煩惱 沉澱此思莫忐忑 朝霧之所如 儚幻虛渺此一身 隨君恣意任汝命

      佚名 2691


2692 【承前,百八十九之七四。】

     夕凝 霜置來 朝戶出爾 甚踐而 人爾所知名

     夕凝(ゆふこ)りの 霜置(しもお)きにけり 朝戶出(あさとで)に (いたく)()みて (ひと)()らゆ()

       以其夕凝之 霜露降置結地者 朝戶出歸時 切莫甚踐留跡矣 相睦莫令他人知

      佚名 2692


2693 【承前,百八十九之七五。】

     如是許 戀乍不有者 朝爾日爾 妹之將履 地爾有申尾

     如是許(かくばか)り ()ひつつあらずは (あさ)()に (いも)()むらむ (つち)にあら(まし)

       戀慕如此許 相較常苦相思者 不若化黃土 無論日出或當中 伊人可踐不相離

      佚名 2693


2694 【承前,百八十九之七六。】

     足日木之 山鳥尾乃 一峰越 一目見之兒爾 應戀鬼香

     足引(あしひき)の 山鳥尾(やまどりのを)の 一峰越(ひとをこ)え 一目見(ひとめみ)()に ()ふべき(もの)

       足曳勢險峻 山鳥雉尾之所如 需越一峰而 方能一面窈窕女 吾竟戀慕至如此

      佚名 2694


2695 【承前,百八十九之七七。】

     吾妹子爾 相緣乎無 駿河有 不盡乃高嶺之 燒管香將有

     我妹子(わぎもこ)に 逢由(あふよし)()み 駿河(するが)なる 富士高嶺(ふじのたかね)の ()えつつかあらむ

       吾與我妹子 相隔已久無逢由 唯如駿河國 富士高嶺不二峰 燃煙裊裊無絕時

      佚名 2695


2696 【承前,百八十九之七八。】

     荒熊之 住云山之 師齒迫山 責而雖問 汝名者不告

     荒熊(あらぐま)の ()むと()(やま)の 師歯迫山(しはせやま) ()めて()ふとも ()()()らじ

       人云荒熊之 所以棲息此山間 師歯山矣 縱遭百般問者 吾仍不願告汝名

      佚名 2696


2697 【承前,百八十九之七九。】

     妹之名毛 吾名毛立者 惜社 布仕能高嶺之 燎乍渡

     (いも)()も ()()()たば ()しみこそ 富士高嶺(ふじのたかね)の ()えつつ(わた)

       惜妹浮名立 亦憚吾之虛名起 以懼蜚語傳 是以思火心中藏 燃度猶富士高嶺

      佚名 2697

         或歌曰:「君名毛,妾名毛立者,惜己曾,不盡乃高山之,燎乍毛居。」

         或歌曰:「(きみ)()も、()()()たば、()しみこそ、富士高嶺(ふじのたかね)の、()えつつも()れ。」

           或歌曰:「惜君浮名立 亦憚妾身虛名起 以懼蜚語傳 是以思火心中藏 燎居猶富士高嶺」



2698 【承前,百八十九之七十。】

     徃而見而 來戀敷 朝香方 山越置代 宿不勝鴨

     ()きて()て ()れば(こひ)しき 朝香潟(あさかがた) 山越(やまご)しに()きて ()(かて)ぬかも

       雖徃而逢見 一旦歸來戀慕增 淺鹿朝香潟 留置彼處越嶺者 輾轉反覆甚難眠

      佚名 2698


2699 【承前,百八十九之八一。】

     安太人乃 八名打度 瀨速 意者雖念 直不相鴨

     阿太人(あだひと)の 梁打渡(やなうちわた)す ()(はや)み (こころ)(おも)へど (ただ)()はぬかも

       阿太養鸕部 所以作梁取魚之 湍瀨疾且速 是以吾心雖戀焦 苦無方法能立逢

      佚名 2699


2700 【承前,百八十九之八二。】

     玉蜻 石垣淵之 隱庭 伏以死 汝名羽不謂

     玉限(たまかぎ)る 岩垣淵(いはかきふち)の (こも)りには ()して()ぬとも ()()()らじ

       玉剋魂極兮 磐垣淵者之所如 隱匿不令知 縱令倒臥伏地死 不洩汝名埋胸中

      佚名 2700


2701 【承前,百八十九之八三。】

     明日香川 明日文將渡 石走 遠心者 不思鴨

     明日香川(あすかがは) 明日(あす)(わた)らむ 石橋(いしはし)の 遠心(とほきこころ)は (おも)ほえぬかも

       明日香川矣 明日將渡飛鳥河 砌磴石橋兮 兼知未然遠心者 吾所不具莫能耐

      佚名 2701


2702 【承前,百八十九之八四。】

     飛鳥川 水徃增 彌日異 戀乃增者 在勝申自

     明日香川(あすかがは) 水行增(みづゆきま)さり 彌日異(いやひけ)に 戀增(こひのま)さらば 在克(ありかつ)ましじ

       明日香川矣 飛鳥河水水更漲 此戀亦如斯 與日俱增彌日高 不能克之殆毀滅

      佚名 2702


2703 【承前,百八十九之八五。】

     真薦苅 大野川原之 水隱 戀來之妹之 紐解吾者

     真薦刈(まこもか)る 大野川原(おほのがはら)の 水隱(みごも)りに 戀來(こひこ)(いも)が 紐解(ひもと)(あれ)

       真薦之所苅 大野川原隱水間 隱誨避人目 戀慕而來伊人矣 解其衣紐吾身者

      佚名 2703


2704 【承前,百八十九之八六。】

     惡冰木乃 山下動 逝水之 時友無雲 戀度鴨

     足引(あしひき)の 山下響(やましたとよ)み 逝水(ゆくみづ)の (とき)とも()くも 戀渡(こひわた)るかも

       足曳勢險峻 巍峨山下所鳴響 逝水如斯夫 不捨晝夜無絕時 吾人戀慕度終日

      佚名 2704


2705 【承前,百八十九之八七。】

     愛八師 不相君故 徒爾 此川瀨爾 玉裳沾津

     ()しきやし ()はぬ君故(きみゆゑ) (いたづら)に 此川瀨(このかはのせ)に 玉裳濡(たまもぬ)らしつ

       憤矣愛憐哉 落花有意水無情 伊人不來逢 妾在此河川瀨間 徒濕裾裳苦相思

      佚名 2705


2706 【承前,百八十九之八八。】

     泊湍川 速見早湍乎 結上而 不飽八妹登 問師公羽裳

     泊瀨川(はつせがは) 速早瀨(はやみはやせ)を 結上(むすびあ)げて ()かずや(いも)と ()ひし(きみ)はも

       長谷泊瀨川 速水湍急掬上而 可口也哉飽也哉 親親吾妹想如何 如是問訊我君矣

      佚名 2706


2707 【承前,百八十九之八九。】

     青山之 石垣沼間乃 水隱爾 戀哉將度 相緣乎無

     青山(あをやま)の 磐垣沼(いはかきぬま)の 水隱(みごも)りに ()ひや(わた)らむ 逢由(あふよし)()

       蒼鬱青山之 岩根盤據磐垣沼 水匿之所如 此情隱忍埋胸懷 戀渡只因無逢由

      佚名 2707


2708 【承前,百八十九之九十。】

     四長鳥 居名山響爾 行水乃 名耳所緣之 內妻波母【一云,名耳所緣而,戀管哉將在。】

     息長鳥(しながどり) 豬名山響(ゐなやまとよ)に 行水(ゆくみづ)の ()のみ()そりし 隱妻(こもりづま)はも一云(またにいふ)()のみ()そりて、()ひつつやあらむ。】

       相率息長鳥 豬名山間作鳴響 逝水之所如 唯有風聞入耳中 親親隱妻今何如【一云,唯有風聞入耳中,相思戀慕無絕時。】

      佚名 2708


2709 【承前,百八十九之九一。】

     吾妹子 吾戀樂者 水有者 之賀良三超而 應逝衣思【或本歌發句云,相不思,人乎念久。】

     我妹子(わぎもこ)に ()()ふらくは (みづ)ならば 柵越(しがらみこ)して ()くべく(おも)ほゆ或本歌發句云(あるふみのはじまるのくにいふ)相思(あひおも)はぬ、(ひと)(おも)はく。】

       窈窕淑女矣 吾人所以戀慕者 若以水諭之 洽猶逝水越柵而 不惜強行此念矣【或本歌發句云,落花雖有情,所慕不戀吾人者。】

      佚名 2709


2710 【承前,百八十九之九二。】

     狗上之 鳥籠山爾有 不知也河 不知二五寸許瀨 余名告奈

     犬上(いぬかみ)の 鳥籠山(とこのやま)なる 不知哉川(いさやかは) 去來(いさ)とを()こせ ()名告(なの)らす()

       犬上近江道 鳥籠山邊不知哉 川名喚不知 去來不知何以返 還願莫告我名矣

      佚名 2710


2711 【承前,百八十九之九三。】

     奧山之 木葉隱而 行水乃 音聞從 常不所忘

     奧山(おくやま)の 木葉隱(このはがく)りて 行水(ゆくみづ)の 音聞(おとき)きしより 常忘(つねわす)らえず

       洽猶深山間 木葉遮蔽所隱兮 逝水之所如 自從風聞汝音訊 常懸心頭未嘗忘

      佚名 2711


2712 【承前,百八十九之九四。】

     言急者 中波余騰益 水無河 絕跡云事乎 有超名湯目

     言急(ことと)くは (なか)(よど)ませ 水無川(みなしがは) ()ゆと云事(いふこと)を (あり)こす勿努(なゆめ)

       流言蜚語傳 噂繁痛者可中淀 然而有所思 願如伏流水無川 勿斷往來莫絕緣

      佚名 2712


2713 【承前,百八十九之九五。】

     明日香河 逝湍乎早見 將速登 待良武妹乎 此日晚津

     明日香川(あすかがは) 行瀨(ゆくせ)(はや)み (はや)けむと ()つらむ(いも)を 此日暮(このひく)らしつ

       見彼飛鳥河 川瀨湍急速水者 願伊人早來 如斯引領娘子矣 徒守空閨日已暮

      佚名 2713


2714 【承前,百八十九之九六。】

     物部乃 八十氏川之 急瀨 立不得戀毛 吾為鴨【一云,立而毛君者,忘金津藻。】

     文武百官(もののふ)の 八十宇治川(やそうぢがは)の 早瀨(はやきせ)に 立得(たちえ)(こひ)も (あれ)はするかも一云(またにいふ)()ちても(きみ)は、忘兼(わすれか)ねつも。】

       文武百官兮 綿延八十宇治川 早瀨急且速 由是困難不得立 其戀吾人將為哉【一云,勉強而立轉瞬間,片刻莫能忘吾君。】

      佚名 2714


2715 【承前,百八十九之九七。】

     神名火 打迴前乃 石淵 隱而耳八 吾戀居

     神奈備(かむなび)の 打迴崎(うちみのさき)の 岩淵(いはぶち)の (こも)りてのみや ()戀居(こひを)らむ

       飛鳥神奈備 山裾蜿蜒打迴崎 岩淵之所如 常避人目不欲知 吾之長相所戀矣

      佚名 2715


2716 【承前,百八十九之九八。】

     自高山 出來水 石觸 破衣念 妹不相夕者

     高山(たかやま)ゆ 出來(いでく)(みづ)の (いは)()れ (くだ)けてぞ(おも)ふ (いも)()はぬ()

       自於高山上 所以泉湧速水兮 觸岩迸碎矣 不得與妹逢之夜 吾念紊亂恰如斯

      佚名 2716


2717 【承前,百八十九之九九。】

     朝東風爾 井堤超浪之 世染似裳 不相鬼故 瀧毛響動二

     朝東風(あさごち)に ()()(なみ)の 外目(よそめ)にも ()はぬ物故(ものゆゑ) (たき)(とどろ)

       恰如朝東風 所掀駭浪越堤堰 未觸旁人目 千思萬緒埋胸懷 何以瀧音響轟轟

      佚名 2717


2718 【承前,百八十九之一百。】

     高山之 石本瀧千 逝水之 音爾者不立 戀而雖死

     高山(たかやま)の 岩本激(いはもとたぎ)ち 行水(ゆくみづ)の (おと)には()てじ ()ひて()ぬとも

       深邃高山間 岩盤激落綻迸流 逝水之所如 決計不令浮名立 消聲戀死無所惜

      佚名 2718


2719 【承前,百八十九百一。】

     隱沼乃 下爾戀者 飽不足 人爾語都 可忌物乎

     隱沼(こもりぬ)の (した)()ふれば 飽足(あきだ)らず (ひと)(かた)りつ ()むべき(もの)

       隱沼下通兮 隱匿戀情竊思者 此情難飽足 不覺口漏伊人名 雖知禁忌難自已

      佚名 2719


2720 【承前,百八十九百二。】

     水鳥乃 鴨之住池之 下樋無 欝悒君 今日見鶴鴨

     水鳥(みづとり)の (かも)棲池(すむいけ)の 下樋無(したびな)み 欝悒(いぶせ)(きみ)を 今日見(けふみ)つるかも

       浮寢水鳥兮 味鴨生息棲池之 其沼無下樋 欝悒不安吾君矣 今日久別終得逢

      佚名 2720


2721 【承前,百八十九百三。】

     玉藻苅 井堤乃四賀良美 薄可毛 戀乃余杼女留 吾情可聞

     玉藻刈(たまもか)る 堰柵(ゐでのしがらみ) (うす)みかも 戀淀(こひのよど)める ()(こころ)かも

       拾苅玉藻兮 所以阻礙堰柵者 薄而不堅牢 實際令此戀淀者 蓋是易變我心哉

      佚名 2721


2722 【承前,百八十九百四。】

     吾妹子之 笠乃借手乃 和射見野爾 吾者入跡 妹爾告乞

     我妹子(わぎもこ)が (かさ)のかりての 和射見野(わざみの)に (あれ)()りぬと (いも)()げこそ

       親親吾妹之 褦襶笠胎內環兮 和射見野矣 吾今將入至此地 還願告諸我妹子

      佚名 2722


2723 【承前,百八十九百五。】

     數多不有 名乎霜惜三 埋木之 下從其戀 去方不知而

     數多(あまた)あらぬ ()をしも()しみ 埋木(うもれぎ)の (した)ゆそ()ふる 行方知(ゆくへし)らずて

       其數不多有 奉為惜此名望而 埋木之所如 竊戀不為人目觸 不知當去往何方

      佚名 2723


2724 【承前,百八十九百六。】

     冷風之 千江之浦迴乃 木積成 心者依 後者雖不知

     秋風(あきかぜ)の 千江浦迴(ちえのうらみ)の 木屑成(こつみな)す (こころ)()りぬ (のち)()らねど

       秋風迴盪兮 千江浦迴所寄近 木屑之所如 此心已依附伊人 雖然不知後何如

      佚名 2724


2725 【承前,百八十九百七。】

     白細砂 三津之黃土 色出而 不云耳衣 我戀樂者

     白真砂(しらまなご) 御津埴生(みつのはにふ)の (いろ)(いで)て ()()くのみそ ()()ふらくは

       白皙細沙兮 御津埴生之所如 灼然現顏色 雖然不言藏胸懷 我戀已為天下知

      佚名 2725


2726 【承前,百八十九百八。】

     風不吹 浦爾浪立 無名乎 吾者負香 逢者無二【一云,女跡念而。】

     風吹(かぜふ)かぬ (うら)波立(なみた)ち ()かる()を (あれ)()へるか ()ふとは()しに一云(またにいふ)(をみな)(おも)ひて。】

       究竟奈何哉 浦間無風浪卻起 子虛烏有兮 我負浮名如此哉 分明未嘗得相逢【一云,窈窕淑女吾所念。】

      佚名 2726


2727 【承前,百八十九百九。】

     酢蛾嶋之 夏身乃浦爾 依浪 間文置 吾不念君

     酢蛾島(すがしま)の 夏身浦(なつみのうら)に ()する(なみ) (あひだ)()きて ()(おも)()くに

       神風伊勢國 酢蛾島間夏身浦 依浪之所如 我念頻頻無間斷 終日依戀無絕時

      佚名 2727


2728 【承前,百八十九百十。】

     淡海之 奧津嶋山 奧間經而 我念妹之 言繁苦

     近江(あふみ)の 島山(おきつしまやま) 間經(おくまへ)て ()(おも)(いも)が (こと)(しげ)けく

       近江淡海之 瀛津島山之所如 雖然戀伊人 吾藏此思深奧處 奈何流言蜚語繁

      佚名 2728


2729 【承前,百八十九百十一。】

     霰零 遠津大浦爾 緣浪 縱毛依十方 憎不有君

     霰降(あられふ)り 遠大浦(とほつおほうら)に ()する(なみ) (よし)()すとも (にく)()()くに

       霰零雹降兮 沖瀛遠津大浦間 依浪之所如 縱為他人言語姚 戀慕徒長無所憎

      佚名 2729


2730 【承前,百八十九百十二。】

     木海之 名高之浦爾 依浪 音高鳧 不相子故爾

     紀伊海(きのうみ)の 名高浦(なたかのうら)に ()する(なみ) 音高(おとだか)きかも ()はぬ兒故(こゆゑ)

       洽猶紀伊海 名高浦間所依浪 音高之所如 流言蜚語人言繁 竟為未逢娘子故

      佚名 2730


2731 【承前,百八十九百十三。】

     牛窗之 浪乃鹽左豬 嶋響 所依之君 不相鴨將有

     牛窗(うしまど)の 波潮騷(なみのしほさゐ) 島響(しまとよ)み ()そりし(きみ)は ()はずかもあらむ

       吉備牛窗之 駭浪潮騷呻聲高 響徹貫島中 如斯蜚語所依君 蓋當不來相逢哉

      佚名 2731


2732 【承前,百八十九百十四。】

     奧波 邊浪之來緣 左太能浦之 此左太過而 後將戀可聞

     沖波(おきつなみ) 邊波來寄(へなみのきよ)る 佐太(さだのうら)の (このさだす)ぎて 後戀(のちこ)ひむかも

       遠瀛沖波至 近岸邊波亦來寄 嗚呼佐太浦 千載一遇此時節 錯失其後當可戀

      佚名 2732


2733 【承前,百八十九百十五。】

     白浪之 來緣嶋乃 荒礒爾毛 有申物尾 戀乍不有者

     白波(しらなみ)の 來寄(きよ)する(しま)の 荒礒(ありそ)にも あら益物(ましもの)を ()ひつつ()らずは

       滔滔白浪之 前後來依島荒磯 吾人有所思 相較苦戀無絕日 不若身化彼荒磯

      佚名 2733


2734 【承前,百八十九百十六。】

     鹽滿者 水沫爾浮 細砂裳 吾者生鹿 戀者不死而

     潮滿(しほみ)てば 水泡(みなわ)()かぶ 真砂(まなご)にも (あれ)()けるか (こひ)()なずて

       每逢潮滿者 依隨水沫浮滄溟 真砂之所如 吾人忐忑仍苟活 未得戀死能百了

      佚名 2734


2735 【承前,百八十九百十七。】

     住吉之 城師乃浦箕爾 布浪之 數妹乎 見因欲得

     住吉(すみのえ)の 岸浦迴(きしのうらみ)に 頻波(しくなみ)の 屢妹(しばしばいも)を ()由欲得(よしもがも)

       墨江住吉之 邊岸浦迴所緣來 頻浪之所如 吾人苦耐相思愁 欲得有以可頻逢

      佚名 2735


2736 【承前,百八十九百十八。】

     風緒痛 甚振浪能 間無 吾念君者 相念濫香

     (かぜ)(いた)み 甚振(いたぶ)(なみ)の 間無(あひだな)く ()(おも)(きみ)は 相思(あひおも)ふらむか

       疾風吹荒振 所捲狂瀾之所如 吾之念君者 猶彼怒濤無絕時 然君念我又何如

      佚名 2736


2737 【承前,百八十九百十九。】

     大伴之 三津乃白浪 間無 我戀良苦乎 人之不知久

     大伴(おほとも)の 御津白波(みつのしらなみ) 間無(あひだな)く ()()ふらくを 人知(ひとのし)()

       難波大伴之 三津御津白浪者 頻頻無絕時 吾之所戀亦如斯 何奈伊人無由知

      佚名 2737


2738 【承前,百八十九百二十。】

     大船乃 絕多經海爾 重石下 何如為鴨 吾戀將止

     大船(おほぶね)の 搖盪海(たゆたふうみ)に (いかりお)ろし 如何(いか)()ばかも ()戀止(こひや)まむ

       縱令大船者 搖盪不止海象險 下錨於此處 吾人痴狂當何如 可令此戀能息止

      佚名 2738


2739 【承前,百八十九百廿一。】

     水沙兒居 奧麤礒爾 緣浪 徃方毛不知 吾戀久波

     鶚居(みさごゐ)る 沖荒礒(おきつありそ)に ()する(なみ) 行方(ゆくへ)()らず ()()ふらくは

       鷲鶚水沙兒 所棲奧沖荒礒間 依浪之所如 不知將往何處去 吾人戀慕迷霧中

      佚名 2739


2740 【承前,百八十九百廿二。】

     大船之 艫毛舳毛 依浪 依友吾者 君之任意

     大船(おほぶね)の (とも)にも()にも ()する(なみ) ()すとも(われ)は (きみ)(まにま)

       浮海大船之 船艫船舳之所寄 依浪之所如 縱令眾人蜚語繁 隨君恣意吾不顧

      佚名 2740


2741 【承前,百八十九百廿三。】

     大海二 立良武浪者 間將有 公二戀等九 止時毛梨

     大海(おほきうみ)に ()つらむ(なみ)は (あひだ)あらむ (きみ)()ふらく ()(とき)()

       縱令綿津見 滄溟大海所常興 波浪有息時 然而吾之戀君者 須臾片刻無所止

      佚名 2741


2742 【承前,百八十九百廿四。○新敕撰1336。】



2743 【承前,百八十九百廿五。】

     中中二 君二不戀者 枚浦乃 白水郎有申尾 玉藻苅管

     中中(なかなか)に (きみ)()ひずは 比良浦(ひらのうら)の 海人(あま)なら(まし)を 玉藻刈(たまもか)りつつ

       中中不上下 較於戀君屢沉浮 不若化此身 為比良浦白水郎 常苅玉藻無憂慮

      佚名 2743

         或本歌曰:「中中爾,君爾不戀波,留牛馬浦之,海部爾有益男,珠藻苅苅。」

         或本歌曰(あるぶみのうたにいふ):「中中(なかなか)に、(きみ)()ひずは、牛留馬浦(にほのうら)の、海人(あま)にあら(まし)を、玉藻刈(たまもか)()る。」

           中中不上下 較於戀君屢沉浮 不若化此身 為牛留馬浦海人 常苅玉藻無憂慮



2744 【承前,百八十九百廿六。】

     鈴寸取 海部之燭火 外谷 不見人故 戀比日

     鱸取(すずきと)る 海人燈火(あまのともしび) (よそ)にだに ()人故(ひとゆゑ)に ()ふる此頃(このころ)

       願猶捕鱸之 海人燈火照赫顯 縱然立遠處 不得相見苦相思 我戀伊人此頃時

      佚名 2744


2745 【承前,百八十九百廿七。】

     湊入之 葦別小舟 障多見 吾念公爾 不相頃者鴨

     湊入(みなとい)りの 葦別小舟(あしわけをぶね) 障多(さはりおほ)み ()(おも)(きみ)に ()はぬ(ころ)かも

       洽猶將入湊  葦別小舟之所如 以障礙實多 不得與吾之所念 伊人相逢此頃時

      佚名 2745


2746 【承前,百八十九百廿八。】

     庭淨 奧方榜出 海舟乃 執梶間無 戀為鴨

     庭清(にはきよ)み 沖邊漕出(おきへこぎいづ)る 海人舟(あまぶね)の 楫取(かぢと)間無(まな)き (こひ)もするかも

       庭清海寧靜 因以榜出沖瀛之 海人舟槳手 執梶不停無間斷 慕情款款無絕時

      佚名 2746


2747 【承前,百八十九百廿九。】

     味鎌之 鹽津乎射而 水手船之 名者謂手師乎 不相將有八方

     味鎌(あぢかま)の 鹽津(しほつ)()して 漕船(こぐふね)の ()()りてしを ()はざらめやも

       未勘味鎌兮 指其鹽津以航向 水手榜船之 已然委身告名諱 豈有不予逢理哉

      佚名 2747


2748 【承前,百八十九百三十。】

     大船爾 葦荷苅積 四美見似裳 妹心爾 乘來鴨

     大船(おほぶね)に 葦荷刈積(あしにかりつ)み (しみ)みにも (いも)(こころ)に ()りにけるかも

       洽猶大船上 荷積苅葦之所如 層層無間隙 吾寄赤心在伊人 頻頻委之無所遺

      佚名 2748


2749 【承前,百八十九百卅一。】

     驛路爾 引舟渡 直乘爾 妹情爾 乘來鴨

     驛路(はゆまぢ)に ()舟渡(ふねわた)し 直乘(ただの)りに (いも)(こころ)に ()りにけるかも

       洽猶水驛間 曳舟渡河之所如 直乘無所偏 吾寄赤心在伊人 全然委之無所貳

      佚名 2749


2750 【承前,百八十九百卅二。】

     吾妹子 不相久 馬下乃 阿倍橘乃 蘿生左右

     我妹子(わぎもこ)に ()はず(ひさ)しも 旨物(うましもの) 安倍橘(あへたちばな)の 苔生(こけむ)(まで)

       親親吾妹子 不逢以來時日久 珍味旨物兮 安倍橘上蘿已生 苔蘚直道光陰逝

      佚名 2750


2751 【承前,百八十九百卅三。】

     味乃住 渚沙乃入江之 荒礒松 我乎待兒等波 但一耳

     味鴨住(あぢのす)む 渚沙入江(すさのいりえ)の 荒礒松(ありそまつ) ()待兒等(まつこら)は 唯一人(ただひとり)のみ

       味鴨所棲息 須佐渚沙入江之 荒礒松柏矣 吾人懸心之所待 唯獨娘子一人耳

      佚名 2751


2752 【承前,百八十九百卅四。】

     吾妹兒乎 聞都賀野邊能 靡合歡木 吾者隱不得 間無念者

     我妹子(わぎもこ)を 聞都賀野邊(ききつがのへ)の 靡合歡木(しなひねぶ) (あれ)忍得(しのびえ)ず 間無(まな)くし(おも)へば

       吾妹消息矣 常聞都賀野邊之 草偃合歡木 吾人慕情誠難忍 常思汝命無絕時

      佚名 2752


2753 【承前,百八十九百卅五。】

     浪間從 所見小嶋 濱久木 久成奴 君爾不相四手

     波間(なみのま)ゆ ()ゆる小島(こしま)の 濱久木(はまひさぎ) (ひさ)しく()りぬ (きみ)()はずして

       自於浪濤間 所見小嶋濱岸上 自生濱久木 與君相別隔異地 不覺月易日已久

      佚名 2753


2754 【承前,百八十九百卅六。】

     朝柏 閏八河邊之 小竹之眼笶 思而宿者 夢所見來

     朝柏(あさかしは) 潤八川邊(うるやかはへ)の (しののめ)の (しの)ひて()れば (いめ)()えけり

       朝柏霑露兮 潤八川畔細竹織 目之所如 心伊人而寢者 自然夢見在邯鄲

      佚名 2754


2755 【承前,百八十九百卅七。】

     淺茅原 苅標刺而 空事文 所緣之君之 辭鴛鴦將待

     淺茅原(あさぢはら) 刈標指(かりしめさ)して 虛言(むなこと)も ()そりし(きみ)が (こと)をし()たむ

       洽猶淺茅原 苅而標刺之所如 縱尚為虛言 人噂我倆過從密 還待一旦汝來告

      佚名 2755


2756 【承前,百八十九百卅八。】

     月草之 借有命 在人乎 何知而鹿 後毛將相云

     月草(つきくさ)の ()れる(いのち)に 在人(あるひと)を 如何(いか)()りてか (のち)()はむと()

       月草之所如 此生虛渺轉瞬逝 命猶石火光 不知是否能長久 何云其後再相逢

      佚名 2756


2757 【承前,百八十九百卅九。】

     王之 御笠爾縫有 在間菅 有管雖看 事無吾妹

     大君(おほきみ)の 御笠(みかさ)()へる 有間菅(ありますげ) (あり)つつ()れど 事無(ことな)我妹(わぎも)

       吾皇大君之 御笠所縫有間菅 常在之所如 縱令時時近翫之 可憐無厭我妹矣

      佚名 2757


2758 【承前,百八十九百四十。】

     菅根之 懃妹爾 戀西 益卜男心 不所念鳧

     菅根(すがのね)の 懃妹(ねもころいも)に ()ふるにし 大夫心(ますらをごころ) (おも)ほえぬかも

       蔓延菅根兮 慇懃懇切戀伊人 每慕念之時 縱然巍峨大丈夫 頓失心性呈怯懦

      佚名 2758


2759 【承前,百八十九百卌一。】

     吾屋戶之 穗蓼古幹 採生之 實成左右二 君乎志將待

     ()宿(やど)の 穗蓼古幹(ほたでふるから) 摘生(つみおほ)し ()になる(まで)に (きみ)をし()たむ

       吾宿庭苑間 所生穗蓼古莖幹 雖哉仍伸生 直至成實時日久 苦守空閨待君臨

      佚名 2759


2760 【承前,百八十九百卌二。】

     足檜之 山澤徊具乎 採將去 日谷毛相為 母者責十方

     足引(あしひき)の 山澤蘞(やまさはゑぐ)を ()みに()かむ ()だにも()はせ (はは)()むとも

       足曳勢險峻 高山深澤蘞群生 至少將採蘞 而去之日願得逢 縱為母斥無所惜

      佚名 2760


2761 【承前,百八十九百卌三。】

     奧山之 石本菅乃 根深毛 所思鴨 吾念妻者

     奧山(おくやま)の 岩本菅(いはもとすげ)の 根深(ねふか)くも (おも)ほゆるかも ()(おも)(づま)

       深邃奧山之 岩蔭菅根之所如 錯綜盤根深 吾之所念其情切 慕妻深深深幾許

      佚名 2761


2762 【承前,百八十九百卌四。】

     蘆垣之 中之似兒草 爾故余漢 我共咲為而 人爾所知名

     葦垣(あしかき)の (なかのにこぐさ) (にこ)やかに (われ)()まして (ひと)()らゆ()

       其猶葦垣間 中雜和草之所如 恬然藹藹兮 我倆相睦展笑顏 其情莫令他人知

      佚名 2762


2763 【承前,百八十九百卌五。】

     紅之 淺葉乃野良爾 苅草乃 束之間毛 吾忘渚菜

     (くれなゐ)の 淺葉藪(あさはののら)に 刈草(かるかや)の 束間(つかのあひだ)も ()(わす)らす()

       朱紅茜色兮 淺葉野原草藪間 苅草結為束 縱令須臾轉瞬間 還願伊人莫忘我

      佚名 2763


2764 【承前,百八十九百卌六。】

     為妹 壽遺在 苅薦之 思亂而 應死物乎

     (いも)(ため) 命殘(いのちのこ)せり 刈薦(かりこも)の 思亂(おもひみだ)れて ()ぬべき(もの)

       奉為伊人故 唯留此命續殘喘 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 不若一死卸娑婆

      佚名 2764


2765 【承前,百八十九百卌七。】

     吾妹子爾 戀乍不有者 苅薦之 思亂而 可死鬼乎

     我妹子(わぎもこ)に (こひ)つつ(あら)ずは 刈薦(かりこも)の 思亂(おもひみだ)れて ()ぬべき(もの)

       較與戀吾妹 常慕懸心我身焦 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 不若一死能百了

      佚名 2765


2766 【承前,百八十九百卌八。】

     三嶋江之 入江之薦乎 苅爾社 吾乎婆公者 念有來

     三島江(みしまえ)の 入江薦(いりえのこも)を ()りにこそ (われ)をば(きみ)は (おも)ひたりけれ

       攝津三嶋江 入江所生菰薦者 苅取之所如 吾君念我唯假初 方今情淡甚無情

      佚名 2766


2767 【承前,百八十九百卌九。】

     足引乃 山橘之 色出而 吾戀南雄 人目難為名

     足引(あしひき)の 山橘(やまたちばな)の (いろ)()でて ()(こひ)なむを 人目難(ひとめかた)みす()

       足曳勢險峻 山橘赤實之所如 灼然見顏色 吾戀汝命無所顧 願汝亦莫憚人目

      佚名 2767


2768 【承前,百八十九百五十。】

     葦多頭乃 颯入江乃 白菅乃 知為等 乞痛鴨

     葦鶴(あしたづ)の (さわ)入江(いりえ)の 白菅(しらすげ)の ()らせむ(ため)と 言痛(こちた)かるかも

       其猶葦鶴之 所以騷颯入江間 菅之所如 似欲令汝我情 所以流言蜚語傳

      佚名 2768


2769 【承前,百八十九百五一。】

     吾背子爾 吾戀良久者 夏草之 苅除十方 生及如

     ()背子(せこ)に ()()ふらくは 夏草(なつくさ)の 刈除(かりそ)くれども 生及(おひし)(ごと)

       吾慕我夫子 戀之憂思良久者 一猶夏草茂 雖然苅掃去不盡 儵然復生之所如

      佚名 2769


2770 【承前,百八十九百五二。】

     道邊乃 五柴原能 何時毛何時毛 人之將縱 言乎思將待

     道邊(みちのへ)の 嚴柴原(いつしばはら)の 何時(いつ)何時(いつ)も 人許(ひとのゆる)さむ (こと)をし()たむ

       洽猶生道傍 茂盛柴原之所如 何時何時哉 吾人相待日已久 唯望伊人許諾矣

      佚名 2770


2771 【承前,百八十九百五三。】

     吾妹子之 袖乎憑而 真野浦之 小菅乃笠乎 不著而來二來有

     我妹子(わぎもこ)が (そで)(たの)みて 真野浦(まののうら)の 小菅笠(こすげのかさ)を ()ずて()にけり

       親親吾妹子 枕憑汝袖待衣乾 我惜相依時 真野浦間小菅笠 不著而來為雨濡

      佚名 2771


2772 【承前,百八十九百五四。】

     真野池之 小菅乎笠爾 不縫為而 人之遠名乎 可立物可

     真野池(まののいけ)の 小菅(こすげ)(かさ)に ()はずして (ひと)遠名(とほな)を ()つべき(もの)

       吾未以真野 池間小菅縫笠上 事實誠無根 何以他人蜚語繁 浮名遠傳眾皆知

      佚名 2772


2773 【承前,百八十九百五五。】

     刺竹 齒隱有 吾背子之 吾許不來者 吾將戀八方

     刺竹(さすたけ)の 世隱(よごも)りてあれ ()背子(せこ)が 我許(わがり)()ずは 我戀(あれこひ)めやも

       刺竹空腔兮 汝當世隱常若矣 親親吾夫子 汝若未嘗來我許 妾身豈慕至如此

      佚名 2773


2774 【承前,百八十九百五六。】

     神南備能 淺小竹原乃 美 妾思公之 聲之知家口

     神奈備(かむなび)の 淺篠原(あさじのはら)の (うるは)しみ ()思君(おもふきみ)が 聲著(こゑのしる)けく

       三諸神奈備 淺篠竹原之所如 美而不勝收 吾所朝思復暮想 思君之聲歷歷可聞

      佚名 2774


2775 【承前,百八十九百五七。】

     山高 谷邊蔓在 玉葛 絕時無 見因毛欲得

     山高(やまだか)み 谷邊(たにへ)()へる 玉葛(たまかづら) ()ゆる時無(ときな)く ()由欲得(よしもがも)

       以山高嶮故 長長蔓延至谷邊 玉葛之所如 長相思念無絕時 欲得逢由此心焦

      佚名 2775


2776 【承前,百八十九百五八。】

     道邊 草冬野丹 履干 吾立待跡 妹告乞

     道邊(みちのへ)の (くさ)冬野(ふゆの)に 踏枯(ふみか)らし 我立待(あれたちま)つと (いも)()げこそ

       來回徘徊而 踏枯道邊路旁草 萎如冬野矣 如是吾苦立待者 願能傳言告伊人

      佚名 2776


2777 【承前,百八十九百五九。】

     疊薦 隔編數 通者 道之柴草 不生有申尾

     疊薦(たたみこも) (へだ)()(かず) (かよ)ひせば 道柴草(みちのしばくさ) ()ひざらましを

       若猶疊薦之 詰隔密編數所如 常相通來者 路邊道旁野草者 豈將生而盎然哉

      佚名 2777


2778 【承前,百八十九百六十。】

     水底爾 生玉藻之 生不出 縱比者 如是而將通

     水底(みなそこ)に ()ふる玉藻(たまも)の 生出(おひいで)ず 縱此頃(よしこのころ)は 如是(かく)(かよ)はむ

       洽猶水底下 所生玉藻之所如 不出於表面 橫豎如是此頃間 避人而通亦可矣

      佚名 2778


2779 【承前,百八十九百六一。】

     海原之 奧津繩乘 打靡 心裳四怒爾 所念鴨

     海原(うなはら)の 沖繩海苔(おきつなはのり) 打靡(うちなび)き (こころ)(しの)に (おも)ほゆるかも

       滄溟海原間 瀛津所生繩海苔 打靡之所如 一心所向緣伊人 頻頻寄之此念矣

      佚名 2779


2780 【承前,百八十九百六二。】

     紫之 名高乃浦之 靡藻之 情者妹爾 因西鬼乎

     (むらさき)の 名高浦(なたかのうら)の 靡藻(なびきも)の (こころ)(いも)に ()りにし(もの)

       尊雅貴紫兮 名高浦間所群生 靡藻之所如 吾之慕念何所向 一心寄情在伊人

      佚名 2780


2781 【承前,百八十九百六三。】

     海底 奧乎深目手 生藻之 最今社 戀者為便無寸

     海底(わたのそこ) (おき)(ふか)めて ()ふる()の (もと)(いま)こそ (こひ)術無(すべな)

       海底千尋下 萬哩深邃奧津處 生藻之所如 方今此時最無助 吾人雖戀苦無方

      佚名 2781


2782 【承前,百八十九百六四。】

     左寐蟹齒 孰共毛宿常 奧藻之 名延之君之 言待吾乎

     小寢(さぬ)がには (たれ)とも()めど 沖藻(おきつも)の (なび)きし(きみ)が 言待(ことま)(われ)

       若云小寢者 誰孰與共並無異 然如瀛津藻 心之所向唯在君 妾身只待伊人言

      佚名 2782


2783 【承前,百八十九百六五。】

     吾妹子之 奈何跡裳吾 不思者 含花之 穗應咲

     我妹子(わぎもこ)が (なに)とも(あれ)を (おも)はねば (ふふ)める(はな)の ()()きぬべし

       窈窕淑女之 落花有意水無情 伊人不念吾 我猶含苞花不咲 無奈現色天下知

      佚名 2783


2784 【承前,百八十九百六六。】

     隱庭 戀而死鞆 三苑原之 雞冠草花乃 色二出目八方

     (こも)りには ()ひて()ぬとも 御苑生(みそのふ)の 韓藍花(からあゐのはな)の (いろ)(いで)めやも

       吾雖隱此戀 深埋心中死方休 然如御苑生 韓藍雞冠花所如 難隱慕情露色哉

      佚名 2784


2785 【承前,百八十九百六七。】

     開花者 雖過時有 我戀流 心中者 止時毛梨

     咲花( さくはな)は ()ぐる時有(ときあ)れど ()()ふる 心中(こころのうち)は 止時(やむとき)()

       縱觀咲花者 花開亦有花落時 然顧吾戀者 心中澎湃戀伊人 慕情洋溢無止時

      佚名 2785


2786 【承前,百八十九百六八。】

     山振之 爾保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管

     山吹(やまぶき)の (にほ)へる(いも)が 朱華色(はねずいろ)の 赤裳姿(あかものすがた) (いめ)()えつつ

       山吹花所如 春風滿面笑顏開 親親吾妹之 朱華艷色赤裳姿 見於夢中揮不去

      佚名 2786


2787 【承前,百八十九百六九。】

     天地之 依相極 玉緒之 不絕常念 妹之當見津

     天地(あめつち)の 寄合(よりあひ)(きは)み 玉緒(たまのを)の ()えじと(おも)ふ (いも)邊見(あたりみ)

       縱令遠天邊 與地依合極堺處 魂絲玉緒兮 吾人思念無所絕 每逢遙望伊人許

      佚名 2787


2788 【承前,百八十九百七十。】

     生緒爾 念者苦 玉緒乃 絕天亂名 知者知友

     息緒(いきのを)に (おも)へば(くる)し 玉緒(たまのを)の ()えて(みだ)れな ()らば()るとも

       賭命懸此生 每念吾心如刀割 魂絲玉緒兮 心絮將絕更紊亂 縱為人知無暇顧

      佚名 2788


2789 【承前,百八十九百七一。】

     玉緒之 絕而有戀之 亂者 死卷耳其 又毛不相為而

     玉緒(たまのを)の ()えたる(こひ)の (みだ)れなば ()なまくのみそ (また)()はずして

       魂絲玉緒之 既絕無望此慕情 若復紊亂者 唯有一死能止息 橫豎莫有復逢由

      佚名 2789


2790 【承前,百八十九百七二。】

     玉緒之 久栗緣乍 末終 去者不別 同緒將有

     玉緒(たまのを)の 括寄(くくりよ)せつつ 末遂(すゑつひ)に ()きは(わか)れず (おな)()()らむ

        願猶玉緒之 括寄相繫一縷間 至於末遂迄 無由零落不別去 以其相連同緒矣

      佚名 2790


2791 【承前,百八十九百七三。○新敕撰0719。】
2792 【承前,百八十九百七四。】

     玉緒之 寫意哉 年月乃 行易及 妹爾不逢將有

     玉緒(たまのを)の (うつ)(ごころ)や 年月(としつき)の 行變(ゆきかは)(まで) (いも)()はざらむ

       魂絲玉緒兮 吾豈常持保正氣 自相別以來 月易年改時日久 遲遲不得與妹逢

      佚名 2792


2793 【承前,百八十九百七五。】

     玉緒之 間毛不置 欲見 吾思妹者 家遠在而

     玉緒(たまのを)の (あひだ)()かず ()まく()り ()思妹(おもふいも)は 家遠(いへどほ)(あり)

       魂絲玉緒兮 珠玉相連無間隙 常時欲見矣 奈何吾之所心繫 伊人之家在遠方

      佚名 2793


2794 【承前,百八十九百七六。】

     隱津之 澤立見爾有 石根從毛 達而念 君爾相卷者

     隱津(こもりづ)の 澤潦(さはたつみ)なる 岩根(いはね)ゆも (とほ)りて(おも)ふ (きみ)()はまくは

       縱令隱津之 秘境溪壑泉潦間 岩磐可穿矣 如斯堅毅所念者 是即吾之所戀矣

      佚名 2794


2795 【承前,百八十九百七七。】

     木國之 飽等濱之 忘貝 我者不忘 年者雖歷

     紀伊國(きのくに)の 飽等濱(あくらのはま)の (わす)(がひ) (われ)(わす)れじ (とし)()ぬとも

       麻裳良且秀 紀伊國間飽等濱 戀忘貝也矣 雖云效驗能忘情 吾不能忘縱經年

      佚名 2795


2796 【承前,百八十九百七八。】

     水泳 玉爾接有 礒貝之 獨戀耳 年者經管

     水潛(みなくく)る (たま)(まじ)れる 磯貝(いそかひ)の 片戀(かたこひ)のみに (とし)()につつ

       潛水沉滄洺 似玉混珠磯貝之 戀忘貝所如 隱忍單戀埋胸懷 不覺經月已歷年

      佚名 2796


2797 【承前,百八十九百七九。】

     住吉之 濱爾緣云 打背貝 實無言以 余將戀八方

     住吉(すみのえ)の (はま)()ると()ふ 空貝(うつせがひ) 實無(みな)言以(ことも)ち 我戀(あれこ)ひめやも

       人云在墨江 住吉濱邊所依來 空貝之所如 以此虛渺復無實 情者吾豈戀之哉

      佚名 2797


2798 【承前,百八十九百七十。】

     伊勢乃白水郎之 朝魚夕菜爾 潛云 鰒貝之 獨念荷指天

     伊勢海人(いせのあま)の 朝菜夕菜(あさなゆふな)に (かづ)くと()ふ 鰒貝(あはびのかひ)の 片思(かたもひ)にして

       伊勢白水郎 朝夕無休潛海中 採獲鮑鰒貝 人稱片貝戀忘貝 吾身單戀亦如斯

      佚名 2798


2799 【承前,百八十九百八一。】

     人事乎 繁跡君乎 鶉鳴 人之古家爾 相語而遣都

     人言(ひとごと)を (しげ)みと(きみ)を 鶉鳴(うづらな)く 人古家(ひとのふるへ)に (かた)らひて()りつ

        以憚閒人言 惡其蜚語繁之故 荒廢鶉鳴兮 領君至他人舊家 睦言相語避諱目

      佚名 2799


2800 【承前,百八十九百八二。】

     旭時等 雞鳴成 縱惠也思 獨宿夜者 開者雖明

     (あかとき)と (かけ)()くなり (よし)ゑやし 獨寢(ひとりぬ)()は ()けば()けぬとも

       黎明時將近 雄雞高啼報曉至 橫豎無所謂 形單影孤獨寢夜 既然將明可明也

      佚名 2800


2801 【承前,百八十九百八三。】

     大海之 荒礒之渚鳥 朝名旦名 見卷欲乎 不所見公可聞

     大海(おほうみ)の 荒礒洲鳥(ありそのすどり) (あさ)()な ()まく()しきを ()えぬ君哉(きみかも)

       汪洋大海上 荒礒渚鳥之所如 朝朝無所闕 雖然每欲見吾君 無奈不得拜君眉

      佚名 2801


2802 【承前,百八十九百八四。○百人一首0002。】



2803 【承前,百八十九百八五。】

     里中爾 鳴奈流雞之 喚立而 甚者不鳴 隱妻羽毛【一云,里動,鳴成雞。】

     里中(さとなか)に ()くなる(かけ)の 呼立(よびた)てて (いた)くは()かぬ 隱妻(こもりづま)はも一云(またにいふ)里響(さととよ)め、()くなる(かけ)の。】

       里間盡繚繞 高鳴雄雞啼不斷 莫猶其哭喚 切勿甚泣令人知 親親吾愛隱妻矣【一云,里間震響徹 高鳴雄雞啼不斷。】

      佚名 2803


2804 【承前,百八十九百八六。】

     高山爾 高部左渡 高高爾 余待公乎 待將出可聞

     高山(たかやま)に 高鴨(たかべ)小渡(さわた)り 高高(たかたか)に ()待君(まつきみ)を 待出(まちいで)むかも

       巍峨高山上 鴨翱翔渡天際 時時引領盼 朝思暮想所俟君 究竟可曾待得哉

      佚名 2804


2805 【承前,百八十九百八七。】

     伊勢能海從 鳴來鶴乃 音杼侶毛 君之所聞者 吾將戀八方

     伊勢海(いせのうみ)ゆ 鳴來(なきく)(たづ)の 音驚(おとどろ)も (きみ)()こさば 我戀(あれこ)ひめやも

       自於伊勢海 翔來鳴鶴之所如 縱然唯遠音 若君令我聞音訊 吾豈戀焦至如此

      佚名 2805


2806 【承前,百八十九百八八。】

     吾妹兒爾 戀爾可有牟 奧爾住 鴨之浮宿之 安雲無

     我妹子(わぎもこ)に ()ふれにか()らむ (おき)()む 鴨浮寢(かものうきね)の (やす)けくも()

       蓋是戀伊人 此心忐忑無所依 洽猶棲遠瀛 水鳥浮寢之所如 浮浮沉沉莫安寧

      佚名 2806


2807 【承前,百八十九百八九。】

     可旭 千鳥數鳴 白細乃 君之手枕 未猒君

     ()けぬべく 千鳥屢鳴(ちとりしばな)く 白栲(しろたへ)の (きみ)手枕(たまくら) 未飽(いまだあ)()くに

       心知天將明 千鳥頻鳴聲不斷 素妙白栲兮 君之玉手以為枕 春宵苦短意未盡

      佚名 2807


2808 問答 【廿首第一。】

     眉根搔 鼻火紐解 待八方 何時毛將見跡 戀來吾乎

     眉根搔(まよねか)き 鼻鳴紐解(はなひひもと)け ()てりやも 何時(いつ)かも()むと 戀來(こひこ)(あれ)

       想君今何如 蓋是搔眉鼻鳴而 解紐相待哉 心念伊人欲相逢 戀慕而來俟吾矣

      柿本人麻呂 2808

         右,上見柿本朝臣人麻呂之歌中。但以問答故,累載於茲也。



2809 【承前,廿首第二。】

     今日有者 鼻之鼻火之 眉可由見 思之言者 君西在來

     今日是(けふな)れば 鼻鼻鳴(はなのはなひ)し 眉癢(まよかゆ)み (おも)ひし(こと)は (きみ)にしありけり

       期在今日者 是以鼻鳴嚏不止 眉根癢難耐 何以倏然做此思 蓋是與君逢徵矣

      佚名 2809

         右二首。



2810 【承前,廿首第三。】

     音耳乎 聞而哉戀 犬馬鏡 直目相而 戀卷裳太口

     (おと)のみを ()きてや()ひむ 真十鏡(まそかがみ) 直目(ただめ)()ひて ()ひまくも(いた)

       唯聞汝音訊 相隔異地戀慕哉 無曇真十鏡 倘若直逢後不見 相思之情徒更甚

      佚名 2810


2811 【承前,廿首第四。】

     此言乎 聞跡平 真十鏡 照月夜裳 闇耳見

     此言(このこと)を ()かむとならし 真十鏡(まそかがみ) ()れる月夜(つくよ)も (やみ)のみに()

       汝云如此者 蓋意吾將聽此言 明晰真十鏡 雖然皎月照大空 含淚所見皆暗闇

      佚名 2811

         右二首。



2812 【承前,廿首第五。】

     吾妹兒爾 戀而為便無三 白細布之 袖反之者 夢所見也

     我妹子(わぎもこ)に ()ひて術無(すべな)み 白栲(しろたへ)の 袖返(そでかへ)ししは (いめ)()えきや

       吾戀我妹子 相思之情無以抑 白妙敷栲兮 手折衣袖以為枕 效驗覿面見夢田

      佚名 2812


2813 【承前,廿首第六。】

     吾背子之 袖反夜之 夢有之 真毛君爾 如相有

     ()背子(せこ)が 袖返(そでかへ)()の (いめ)ならし (まこと)(きみ)に ()ひたる(ごと)

       蓋是吾夫子 折袖為枕孤寢之 夜夢也矣哉 雖然邯鄲南柯中 誠如與君直逢矣

      佚名 2813

         右二首。



2814 【承前,廿首第七。】

     吾戀者 名草目金津 真氣長 夢不所見而 年之經去禮者

     ()(こひ)は 慰兼(なぐさめか)ねつ 真日長(まけなが)く (いめ)()えずて 年經(としのへ)ぬれば

       吾之所戀者 莫得慰藉難平復 所去時日長 不復夢見君久矣 已然月異更經年

      佚名 2814


2815 【承前,廿首第八。】

     真氣永 夢毛不所見 雖絕 吾之片戀者 止時毛不有

     真日長(まけなが)く (いめ)にも()えず ()えぬとも ()片戀(かたこひ)は ()(とき)()らじ

       嗚呼時日長 不復夢見君久矣 縱然緣已斷 然我片戀單相思 此情遙遙無絕時

      佚名 2815

         右二首。



2816 【承前,廿首第九。】

     浦觸而 物莫念 天雲之 絕多不心 吾念莫國

     衷觸(うらぶ)れて 物莫思(ものなおも)ひそ 天雲(あまくも)の 蕩漾心(たゆたふこころ) ()(おも)()くに

       切莫陷物悲 沉溺憂思心鬱抑 天雲霏霺兮 輕薄不定蕩漾情 吾人未嘗所持矣

      佚名 2816


2817 【承前,廿首第十。】

     浦觸而 物者不念 水無瀨川 有而毛水者 逝云物乎

     衷觸(うらぶ)れて (もの)(おも)はじ 水無瀨川(みなせがは) (あり)ても(みづ)は ()くと()(もの)

       吾不覺物悲 不念憂思無鬱抑 雖然水無瀨 隱水人目不得見 川流不止無息日

      佚名 2817

         右二首。



2818 【承前,廿首十一。】

     垣津旗 開沼之菅乎 笠爾縫 將著日乎待爾 年曾經去來

     垣津旗(かきつはた) 佐紀沼菅(さきぬのすげ)を (かさ)()ひ ()()()つに (とし)()にける

       妍哉垣津旗 滿開佐紀沼所生 菅縫飾笠上 長俟戴笠迎君日 不覺月異已經年

      佚名 2818


2819 【承前,廿首十二。】

     臨照 難波菅笠 置古之 後者誰將著 笠有莫國

     臨照(おして)る 難波菅笠(なにはすがかさ) 置古(おきふる)し (のち)()()む (かさ)なら()くに

       日光臨照兮 澪標難波菅笠矣 捨置時日久 汝不戴之積古舊 後亦無人將著之

      佚名 2819

         右二首。



2820 【承前,廿首十三。】

     如是谷裳 妹乎待南 左夜深而 出來月之 傾二手荷

     如是(かく)だにも (いも)()ちなむ 小夜更(さよふ)けて 出來(いでこ)(つき)の (かたぶ)(まで)

        忐忑如此許 引領期待妹相來 俟至夜已更 東方出月已西傾 曉時將至汝未臨

      佚名 2820


2821 【承前,廿首十四。】

     木間從 移歷月之 影惜 俳徊爾 左夜深去家里

     木間(このま)より (うつろ)(つき)の (かげ)()しみ 立迴(たちもとほ)るに 小夜更(さよふ)けにけり

       吾惜自木間 移歷灑落月影矣 翫其月光而 游移反覆俳徊間 不覺小夜夜已深

      佚名 2821

         右二首。



2822 【承前,廿首十五。】

     栲領布乃 白濱浪乃 不肯緣 荒振妹爾 戀乍曾居【一云,戀流己呂可母。】

     栲領布(たくひれ)の 白濱波(しらはまなみ)の ()りも()へず (あら)ぶる(いも)に ()ひつつそ()一云(またにいふ)()ふる(ころ)かも】

       素栲領巾兮 寄濱白浪之所如 雖然妹無情 恚慍無常不可近 吾仍慕之情甚切【一云,戀慕情盛徒更增。】

      佚名 2822


2823 【承前,廿首十六。】

     加敝良末爾 君社吾爾 栲領巾之 白濱浪乃 緣時毛無

     (かへ)らまに (きみ)こそ(われ)に 栲領巾(たくひれ)の 白濱波(しらはまなみ)の ()(とき)()

       所言雖如此 我還反問吾君矣 曾如栲領巾 寄濱白浪之所如 頻頻來緣時有哉

      佚名 2823

         右二首。



2824 【承前,廿首十七。】

     念人 將來跡知者 八重六倉 覆庭爾 珠布益乎

     思人(おもふひと) ()むと()りせば 八重葎(やへむぐら) (おほ)へる(には)に 玉敷(たまし)かましを

       若得早知道 朝思暮想伊人來 雜草生漫然 八重葎覆庭苑間 敷玉款待迎君至

      佚名 2824


2825 【承前,廿首十八。】

     玉敷有 家毛何將為 八重六倉 覆小屋毛 妹與居者

     玉敷(たまし)ける (いへ)(なに)せむ 八重葎(やへむぐら) (おほ)へる小屋(こや)も (いも)()りせば

       縱為朱玉敷 輪奐華邸又何如 雖是雜草生 八重葎覆蔽小屋 與妹居者既足矣

      佚名 2825

         右二首。



2826 【承前,廿首十九。】

     如是為乍 有名草目手 玉緒之 絕而別者 為便可無

     如是(かく)しつつ 有慰(ありなぐさ)めて 玉緒(たまのを)の ()えて(わか)れば 術無(すべな)かるべし

       雖然自相識 如是依慰至於此 魂絲玉緒兮 有朝情斷絕緣者 手足無措不欲生

      佚名 2826


2827 【承前,廿首二十。】

     紅 花西有者 衣袖爾 染著持而 可行所念

     (くれなゐ)の (はな)にしあらば 衣手(ころもで)に 染付持(そめつけも)ちて ()くべく(おも)ほゆ

       吾人有所思 若汝朱紅末摘花 願以此花者 渲染衣袖不離身 相持赴任至天邊

      佚名 2827

         右二首。



2828 譬喻 【十三第一。】

     紅之 深染乃衣乎 下著者 人之見久爾 仁寳比將出鴨

     (くれなゐ)の 深染(こそ)めの(きぬ)を (した)()ば 人見(ひとのみ)らくに 匂出(にほひい)でむかも

       若取朱紅之 深染衣裳著服下 以汝姿妙絕 若為他人所見時 蓋當徹衣而晃哉

      柿本人麻呂 2828


2829 【承前,十三第二。】

     衣霜 多在南 取易而 著者也君之 面忘而有

     (ころも)しも (おほ)くあらなむ 取替(とりか)へて ()ればや(きみ)が 面忘(おもわす)れたる

       若為衣裳者 多多益善無不可 取替更新衣 相代著之我君故 早已不復憶吾面

      佚名 2829

         右二首,寄衣喻思。



2830 【承前,十三第三。】

     梓弓 弓束卷易 中見判 更雖引 君之隨意

     梓弓(あづさゆみ) 弓束卷替(ゆづかまきか)へ 中見判(なかみわ)き (さら)()くとも (きみ)(まにま)

       嚴華梓弓矣 更替弓束革卷而 良見判其中 若復更慕舊識者 隨君任意可矣哉

      佚名 2830

         右一首,寄弓喻思。



2831 【承前,十三第四。】

     水沙兒居 渚座船之 夕鹽乎 將待從者 吾社益

     鶚居(みさごゐ)る ()()(ふね)の 夕潮(ゆふしほ)を ()つらむよりは (われ)こそ()され

       鷲鶚水沙兒 所棲沙洲泊船矣 彼舟暫繫岸 較於其待夕潮者 我俟吾君更久矣

      佚名 2831

         右一首,寄船喻思。



2832 【承前,十三第五。】

     山河爾 筌乎伏而 不肯盛 年之八歲乎 吾竊儛師

     山川(やまがは)に (うへ)()せて ()りも()へず 年八歲(としのやとせ)を ()竊儛(ぬすまひ)

       設置山河間 伏筌竹笱不堪守 以其無人守 論其年者八歲間 我私竊儛取其魚

      佚名 2832

         右一首,寄魚喻思。



2833 【承前,十三第六。】

     葦鴨之 多集池水 雖溢 儲溝方爾 吾將越八方

     葦鴨(あしがも)の 多集池水(すだくいけみづ) (はふ)るとも 溉溝邊(まけみぞのへ)に 我越(われこ)えめやも

       葦鴨所多集 喧囂池水雖滿溢 然吾有所思 此心所向已有鍾 豈越溉溝至他池

      佚名 2833

         右一首,寄水喻思。



2834 【承前,十三第七。】

     日本之 室原乃毛桃 本繁 言大王物乎 不成不止

     大和(やまと)の 室生毛桃(むろふのけもも) 本繁(もとしげ)く ()ひてし(もの)を ()らずは()まじ

       蜻蛉秋津洲 大和室生毛桃之 本繁生盎然 既然枝葉發向榮 豈不成實而止哉

      佚名 2834

         右一首,寄菓喻思。



2835 【承前,十三第八。】

     真葛延 小野之淺茅乎 自心毛 人引目八面 吾莫名國

     真葛延(まくずは)ふ 小野淺茅(をののあさぢ)を (こころ)ゆも 人引(ひとひ)かめやも ()()()くに

       真葛廣蔓延 小野盛繁淺茅矣 汝命豈由心 欲令他人所摘哉 分明吾者非不在

      佚名 2835


2836 【承前,十三第九。】

     三嶋菅 未苗在 時待者 不著也將成 三嶋菅笠

     三島菅(みしますげ) 未苗也(いまだなへなり) 時待(ときま)たば ()ずやなりなむ 三島菅笠(みしますがかさ)

       三嶋江菅矣 汝仍稚嫩為苗也 待時之熟者 可以以汝飾笠哉 三嶋之江菅笠矣

      佚名 2836


2837 【承前,十三第十。】

     三吉野之 水具麻我菅乎 不編爾 苅耳苅而 將亂跡也

     御吉野(みよしの)の 水隈(みぐま)(すげ)を 編無(あまな)くに (かり)のみ()りて (みだ)りてむとや

       芳野御吉野 水隈所生菅草矣 汝不編之而 一昧苅而輙摘之 只令狼藉紊亂哉

      佚名 2837


2838 【承前,十三十一。】

     河上爾 洗若菜之 流來而 妹之當乃 瀨社因目

     川上(かはかみ)に (あら)若菜(わかな)の 流來(ながれき)て (いも)(あた)りの ()にこそ()らめ

       吾願猶川上 所洗若菜之所如 隨波流而下 來到所慕伊人許 寄其身旁緣彼瀨

      佚名 2838

         右四首,寄草喻思。



2839 【承前,十三十二。○續古今1050。】



2840 【承前,十三十三。】

     幾多毛 不零雨故 吾背子之 三名乃幾許 瀧毛動響二

     幾多も(いくばく) ()らぬ雨故(あめゆゑ) ()背子(せこ)が 御名(みな)幾許(ここだく) (たき)動響(とどろ)

       雨零非甚多 稀疏點點降小糠 分明如此者 何以夫子浮名立 響徹如瀧傳震耳

      佚名 2840

         右一首,寄瀧喻思。




真字萬葉集 卷十一 古今相聞往來歌類之上 終