真字萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞
春雜歌
1812 雜歌 【七首第一。】
久方之 天芳山 此夕 霞霏霺 春立下
久方の 天香具山 此夕 霞棚引く 春立つらしも
遙遙久方兮 聖哉天香具山上 此夕彩雲湧 煙霞霏霺懸峰頂 蓋是春日既臨哉
柿本人麻呂 1812
1813 【承前,七首第二。○續古今1488。】
卷向之 檜原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方
卷向の 檜原に立てる 春霞 欝にし思はば 滯來めやも
吾思作何如 若猶卷向檜原間 所湧春霞之 所念迷濛凡俗者 豈涉萬險蹈來哉
柿本人麻呂 1813
1814 【承前,七首第三。】
古 人之殖兼 杉枝 霞霏霺 春者來良之
古の 人植ゑけむ 杉が枝に 霞棚引く 春は來ぬらし
松柏誠蒼鬱 曩古之人所手植 老樹杉枝上 煙霞霏霺牽樹梢 蓋是春日既臨哉
柿本人麻呂 1814
1815 【承前,七首第四。】
子等我手乎 卷向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏霺
兒等が手を 卷向山に 春去れば 木葉凌て 霞棚引く
伊人細腕兮 手纏枕之卷向山 每逢春日臨 煙霞霏霺凌木葉 飄然緩動邁林間
柿本人麻呂 1815
1816 【承前,七首第五。】
玉蜻 夕去來者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏霺
玉限る 夕去來れば 獵人の 弓月が岳に 霞棚引く
玉剋魂極兮 誰彼黃昏日暮時 狩師獵人兮 弓月之岳峰嶺上 煙霞霏霺掛高天
柿本人麻呂 1816
1817 【承前,七首第六。】
今朝去而 明日者來牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏霺
今朝行きて 明日には來なむと 云子鹿丹 朝妻山に 霞棚引く
今朝離去而 明日之夕再將來 所謂子鹿丹 逢瀨後居朝妻山 頂上煙霞懸霏霺
柿本人麻呂 1817
1818 【承前,七首第七。】
子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之爾 霞多奈引
兒等が名に 懸けの宜しき 朝妻の 片山崖に 霞棚引く
欲以佳人名 相懸付之吾心躍 逢瀨朝妻之 片山之崖急坂處 煙霞掛兮飄霏霺
柿本人麻呂 1818
1819 詠鳥 【廿四第一。】
打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇禮爾 鷪鳴都
打靡く 春立ちぬらし 我が門の 柳末に 鶯鳴きつ
搖曳隨風動 萬象復始春臨哉 吾宿屋戶前 楊柳枝頭末梢上 鶯鳴鳥囀報春暖
佚名 1819
1820 【承前,廿四第二。】
梅花 開有岳邊爾 家居者 乏毛不有 鷪之音
梅花 咲ける岡邊に 家居れば 乏しくも非ず 鶯聲
暗香飄浮動 梅花所開此岡邊 家居於茲者 其音繞樑無所乏 報春鶯鳴鳥囀聲
佚名 1820
1821 【承前,廿四第三。】
春霞 流共爾 青柳之 枝喙持而 鷪鳴毛
春霞 流るる共に 青柳の 枝喙持ちて 鶯鳴くも
春霞飄霏霺 和之流動與共進 青柳發新綠 喙持其枝啣彼梢 黃鶯出谷報春鳴
佚名 1821
1822 【承前,廿四第四。】
吾瀨子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀨 夜之不深刀爾
我が背子を 莫越山の 呼子鳥 君呼返せ 夜更けぬとに
親親吾夫子 莫令汝離莫越山 嶺間喚子鳥 願喚吾君令更歸 珍惜春宵夜更前
佚名 1822
1823 【承前,廿四第五。】
朝井代爾 來鳴果鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴
朝堰に 來鳴く貌鳥 汝だにも 君に戀ふれや 時終へず鳴く
朝日晨曦時 來鳴井堰閑古鳥 貌鳥有心者 汝亦戀君不止哉 見汝常鳴無終時
佚名 1823
1824 【承前,廿四第六。】
冬隱 春去來之 足比木乃 山二文野二文 鷪鳴裳
冬隱り 春去來れば 足引の 山にも野にも 鶯鳴くも
籠冬日已久 新春去來萬象始 足曳勢險峻 高山平野遍地間 鶯鳴報暖盈六合
佚名 1824
1825 【承前,廿四第七。】
紫之 根延橫野之 春野庭 君乎懸管 鷪名雲
紫草の 根延橫野の 春野には 君を懸けつつ 鶯鳴くも
暉曜緋茜射 紫草根延橫野之 欣榮春野間 黃鶯慕君情難抑 來鳴迴蕩啼聲囀
佚名 1825
1826 【承前,廿四第八。】
春之在者 妻乎求等 鷪之 木末乎傳 鳴乍本名
春去れば 妻を求むと 鶯の 木末を傳ひ 鳴きつつ元無
每逢春日時 黃鶯求妻探佳偶 鳴聲傳木末 梢間密林音繚繞 無由徒囀啼不止
佚名 1826
1827 【承前,廿四第九。】
春日有 羽買之山從 狹帆之內敝 鳴徃成者 孰喚子鳥
春日なる 羽易山ゆ 佐保內へ 鳴行くなるは 誰呼子鳥
自寧樂春日 兩翼交疊羽易山 到於佐保內 鳴度大虛發聲啼 呼子鳥者喚誰哉
佚名 1827
1828 【承前,廿四第十。】
不答爾 勿喚動曾 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二
答へぬに 勿呼響めそ 呼子鳥 佐保山邊を 上下りに
既然無人應 還冀莫喚勤如此 嗚呼喚子鳥 來鳴佐保山邊間 高飛低翔巡弋矣
佚名 1828
1829 【承前,廿四十一。○新古今0029。】
梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鷪之音
梓弓 春山近く 家居れば 繼ぎて聞くらむ 鶯聲
梓弓引弩張 春山之畔山麓邊 若家居於此 續而聞哉不絕耳 黃鶯報暖啼囀聲
佚名 1829
1830 【承前,廿四十二。】
打靡 春去來者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鷪鳴毛
打靡く 春去來れば 篠末に 尾羽打觸れて 鶯鳴くも
搖曳隨風動 向榮新春臨來者 篠末竹梢之 尾羽輕觸越林間 黃鶯報暖發聲鳴
佚名 1830
1831 【承前,廿四十三。】
朝霧爾 之努努爾所沾而 喚子鳥 三船山從 喧渡所見
朝霧に 濕霑に濡れて 呼子鳥 三船山ゆ 鳴渡る見ゆ
晨曦霞霧漫 煙雲濕霑身所濡 嗚呼喚子鳥 自於三船山而來 鳴渡之狀今可見
佚名 1831
1832 【承前,廿四十四。】
打靡 春去來者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管
打靡く 春去來れば 然すがに 天雲霧らひ 雪は降りつつ
搖曳隨風動 向榮新春臨來者 雖茲然為而 天雲蔽空霧一面 零雪紛紛仍未止
佚名 1832
1833 【承前,廿四十五。】
梅花 零覆雪乎 裹持 君令見跡 取者消管
梅花 降覆ふ雪を 包持ち 君に見せむと 取れば消につつ
清雅梅花上 零來降覆沫雪者 今欲以手取 裹持將來令君見 無奈一觸逝無蹤
佚名 1833
1834 【承前,廿四十六。】
梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭爾 零重管
梅花 咲散過ぎぬ 然すがに 白雪庭に 降頻りつつ
清雅梅花矣 花開花謝已盛過 雖如此為然 然見庭中沫雪者 頻降紛紛積皓白
佚名 1834
1835 【承前,廿四十七。○新古今0021】
今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎
今更に 雪降らめやも 陽炎の 燃ゆる春邊と 成にし物を
時節至今更 天上沫雪豈零哉 陽炎蜻火之 燎火燃兮裊煙起 更新春日已至矣
佚名 1835
1836 【承前,廿四十八。○新古今0008。】
風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去爾來
風交り 雪は降りつつ 然すがに 霞棚引き 春去りにけり
交雜東風間 沫雪乍零降紛紛 雖如此為然 煙霞棚引懸霏霺 佐保春日既臨矣
佚名 1836
1837 【承前,廿四十九。】
山際爾 鷪喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼
山際に 鶯鳴きて 打靡く 春と思へど 雪降頻ぬ
遙遙山際間 黃鶯報暖鳴聲喧 聞彼報暖者 以為打靡春既至 豈料零雪仍頻降
佚名 1837
1838 【承前,廿四二十。】
峯上爾 零置雪師 風之共 此聞散良思 春者雖有
峰上に 降置ける雪し 風共 此處に散るらし 春には在れども
蓋是峰嶺上 所零白雪積置者 乘風共馳來 散落此處斑白哉 分明雖在春日者
佚名 1838
1839 【承前,廿四廿一。】
為君 山田之澤 惠具採跡 雪消之水爾 裳裾所沾
君が為 山田澤に 蘞摘むと 雪消水に 裳裾濡れぬ
心欲為吾君 至於山田之澤間 摘採蘞草者 冰融雪水沁骨寒 霑濡裳裾令衣濕
佚名 1839
1840 【承前,廿四廿二。○新古今0030。】
梅枝爾 鳴而移徙 鷪之 翼白妙爾 沫雪曾落
梅が枝に 鳴きて移ろふ 鶯の 羽白妙に 沫雪そ降る
春寒花未放 穿梭移徙梅枝間 鳴囀黃鶯者 餝妝其翼作斑白 沫雪紛降添淨絹
佚名 1840
1841 【承前,廿四廿三。】
山高三 零來雪乎 梅花 落鴨來跡 念鶴鴨【一云,梅花,開香裳落跡。】
山高み 降來る雪を 梅花 散りかも來ると 思ひつるかも【一云、梅花、咲きかも散ると。】
足曳山高嶮 嶺上零來白雪者 飄舞降繽紛 殆似梅花散落來 真假難辨迷目眩【一云,飄舞降繽紛,殆以梅花開而落。】
佚名 1841
1842 【承前,廿四廿四。】
除雪而 梅莫戀 足曳之 山片就而 家居為流君
雪を除て 梅に莫戀ひそ 足引の 山片付きて 家居せる君
莫除雪景美 單戀梅花翫暗香 足曳勢險峻 山邊營室棲此地 以為家居吾君矣
佚名 1842
1843 詠霞
昨日社 年者極之賀 春霞 春日山爾 速立爾來
昨日こそ 年は果てしか 春霞 春日山に 早立ちにけり
分明在昨日 年者極之冬方去 何以春霞者 夙在春日山頂上 早湧霏霺春意濃
佚名 1843
1844 【承前。】
寒過 暖來良思 朝烏指 滓鹿能山爾 霞輕引
冬過ぎて 春來るらし 朝日指す 春日山に 霞棚引く
寒冬既已過 暖春來兮萬象始 金烏朝日射 寧樂春日山頂上 煙霞輕引飄霏霺
佚名 1844
1845 【承前。】
鷪之 春成良思 春日山 霞棚引 夜目見侶
鶯の 春に成るらし 春日山 霞棚引く 夜目に見れども
耳聞報暖聲 黃鶯出谷春臨哉 寧樂春日山 煙霞霏霺掛頂上 縱雖闇夜可察之
佚名 1845
1846 詠柳 【八首第一。】
霜干 冬柳者 見人之 蘰可為 目生來鴨
霜枯れの 冬柳は 見る人の 縵にすべく 萌えにけるかも
霜摧草木枯 冬柳今日復始發 可為見人之 鬘蘰餝首裝身麗 新芽更萌欣向榮
佚名 1846
1847 【承前,八首第二。】
淺綠 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生來鴨
淺綠 染懸けたりと 見る迄に 春柳は 萌えにけるかも
一眼望見者 以為絹絲染淺綠 飄然懸樹頭 寔乃春柳萌新綠 垂枝飄盪映新春
佚名 1847
1848 【承前,八首第三。】
山際爾 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延爾家留可聞
山際に 雪は降りつつ 然すがに 此川楊は 萌えにけるかも
顧見足曳兮 山際雪零未嘗止 縱然為此而 此處河岸川柳者 已然萌芽發新綠
佚名 1848
1849 【承前,八首第四。】
山際之 雪者不消有乎 水飯合 川之副者 目生來鴨
山際の 雪は消ざるを 潀ふ 川沿ひには 萌えにけるかも
顧見足曳兮 山際零雪未消融 而以水潀之 落激川邊沿岸上 川柳萌芽發新綠
佚名 1849
1850 【承前,八首第五。】
朝旦 吾見柳 鷪之 來居而應鳴 森爾早奈禮
朝な朝な 我が見る柳 鶯の 來居て鳴くべく 森に早成れ
每朝復每旦 吾之所見小柳矣 願汝更成長 以為黃鶯所來鳴 可棲巨木鬱森矣
佚名 1850
1851 【承前,八首第六。】
青柳之 絲乃細紗 春風爾 不亂伊間爾 令視子裳欲得
青柳の 絲細しさ 春風に 亂れぬい間に 見せむ子もがも
青柳流春意 柳絲纖細美有緻 還望春風之 尚未吹亂彼絃前 欲得佳人令其翫
佚名 1851
1852 【承前,八首第七。】
百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨
百敷の 大宮人の 蘰ける 下垂柳は 見れど飽かぬかも
百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 取之為蘰餝 玲瓏翠絲垂柳者 雖見百度未嘗厭
佚名 1852
1853 【承前,八首第八。】
梅花 取持而見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞
梅花 取持ちて見れば 我が宿の 柳眉し 思ほゆるかも
梅花綻幽香 折枝取持而見者 心中有所思 所念我宿吾庭間 仙姿玉質柳眉矣
佚名 1853
1854 詠花 【廿首第一。】
鷪之 木傳梅乃 移者 櫻花之 時片設奴
鶯の 木傳ふ梅の 移ろへば 櫻花の 時片設けぬ
每逢黃鶯之 傳枝穿梭白梅花 移落之際者 便是櫻花將代之 一面滿開盛咲時
佚名 1854
1855 【承前,廿首第二。】
櫻花 時者雖不過 見人之 戀盛常 今之將落
櫻花 時は過ぎねど 見る人の 戀ふる盛りと 今し散るらむ
顧見時節者 櫻花盛時仍未過 何以今凋零 蓋是所念翫人之 戀盛之頃謝今朝
佚名 1855
1856 【承前,廿首第三。】
我刺 柳絲乎 吹亂 風爾加妹之 梅乃散覽
我が髻首す 柳絲を 吹亂る 風にか妹が 梅散るらむ
吾之所髻首 柳絲為風吹紊亂 吾度同風者 亦拂窈窕吾妹兒 致其梅花零舞散
佚名 1856
1857 【承前,廿首第四。】
每年 梅者開友 空蟬之 世人吾羊蹄 春無有來
年每に 梅は咲けども 空蟬の 世人我し 春無かりけり
年年復年年 分明梅花逢春咲 然此空蟬兮 憂世之人我身者 蓋是無復春可臨
佚名 1857
1858 【承前,廿首第五。】
打細爾 鳥者雖不喫 繩延 守卷欲寸 梅花鴨
打細に 鳥は食まねど 繩延へて 守らまく欲しき 梅花哉
雖非鳥等者 必然喫之摧其落 然吾有所思 欲張繩守呵護之 楚楚可憐梅花矣
佚名 1858
1859 【承前,廿首第六。】
馬並而 高山部乎 白妙丹 令艷色有者 梅花鴨
馬並めて 多賀山邊を 白栲に 匂はしたるは 梅花哉
列馬馳騁兮 多賀高山岡邊處 素妙白栲兮 令染艷色綻放者 蓋是幽雅梅花哉
佚名 1859
1860 【承前,廿首第七。】
花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花
花咲きて 實は成らねども 長日に 思ほゆるかも 山吹花
雖然花咲而 終不成實徒花者 然吾長所念 繫於心頭懷胸中 嗚呼八重山吹花
佚名 1860
1861 【承前,廿首第八。】
能登河之 水底并爾 光及爾 三笠乃山者 咲來鴨
能登川の 水底さへに 照る迄に 御笠山は 咲きにけるかも
縱令能登川 水底之下能照臨 光及至如斯 御蓋三笠山之間 百花爭艷咲來矣
佚名 1861
1862 【承前,廿首第九。】
見雪者 未冬有 然為蟹 春霞立 梅者散乍
雪見れば 未だ冬也 然すがに 春霞立ち 梅は散りつつ
顧見沫雪者 則知寒冬未過也 然此為斯者 何以春霞湧霏霺 梅花散兮櫻將咲
佚名 1862
1863 【承前,廿首第十。】
去年咲之 久木今開 徒 土哉將墮 見人名四二
去年咲きし 久木今咲く 徒に 地にか落ちむ 見る人無しに
去年所咲之 久木之花今亦咲 然吾有所思 彼蓋徒然將墮地 孤芳自賞無人翫
佚名 1863
1864 【承前,廿首十一。】
足日木之 山間照 櫻花 是春雨爾 散去鴨
足引の 山際照す 櫻花 此春雨に 散去かむかも
足曳勢險峻 高聳山際今照臨 盛咲櫻花矣 今當為茲春雨摧 零落舞散凋逝去
佚名 1864
1865 【承前,廿首十二。】
打靡 春避來之 山際 最木末乃 咲徃見者
打靡く 春去來らし 山際の 遠木末の 咲行見れば
搖曳隨風動 萬象復始春臨哉 若見山際之 樹梢枝頭遠木末 咲徃之者可知悉
佚名 1865
1866 【承前,廿首十三。】
春雉鳴 高圓邊丹 櫻花 散流歷 見人毛我母
雉鳴く 高圓邊に 櫻花 散りて流らふ 見む人もがも
春雉之所鳴 寧樂高圓山邊處 繽紛令目眩 櫻花散流猶吹雪 欲得同志可共覽
佚名 1866
1867 【承前,廿首十四。】
阿保山之 佐案花者 今日毛鴨 散亂 見人無二
阿保山の 櫻花は 今日もかも 散亂ふらむ 見る人無しに
寧樂阿保山 山間群生櫻花者 今日亦如斯 吹雪散亂落徒然 可惜無人能翫之
佚名 1867
1868 【承前,廿首十五。】
川津鳴 吉野河之 瀧上乃 馬醉之花會 置末勿勤
蛙鳴く 吉野川の 瀧上の 馬醉木花ぞ 端に置く勿努
河蛙田雞鳴 御芳野兮吉野河 宮瀧上所生 馬醉木花妍華矣 莫置端隅疏怠之
佚名 1868
1869 【承前,廿首十六。】
春雨爾 相爭不勝而 吾屋前之 櫻花者 開始爾家里
春雨に 爭兼ねて 我が宿の 櫻花は 咲始めにけり
春雨催華咲 與之相爭不能勝 是以吾屋前 含苞待放櫻花者 今日始咲綻芬芳
佚名 1869
1870 【承前,廿首十七。○新古今0110。】
春雨者 甚勿零 櫻花 未見爾 散卷惜裳
春雨は 甚く勿降りそ 櫻花 未見無くに 散らまく惜しも
紛紛春雨者 汝莫甚降零如是 可憐櫻花矣 尚未端詳賞翫間 倏然凋散誠可惜
佚名 1870
1871 【承前,廿首十八。】
春去者 散卷惜 梅花 片時者不咲 含而毛欲得
春去れば 散らまく惜しき 梅花 片時は咲かず 含みてもがも
每逢春至者 倏然散落甚可昔 暗香梅花矣 還願片時暫不咲 留得含苞待人翫
佚名 1871
1872 【承前,廿首十九。】
見渡者 春日之野邊爾 霞立 開艷者 櫻花鴨
見渡せば 春日野邊に 霞立ち 咲匂へるは 櫻花哉
一眼望見去 寧樂春日野邊處 煙霞湧蕩而 花開一面爭豔者 概是盛咲櫻華矣
佚名 1872
1873 【承前,廿首二十。】
何時鴨 此夜乃將明 鷪之 木傳落 梅花將見
何時しかも 此夜明けむ 鶯の 木傳散らす 梅花見む
還須待何時 漫漫此夜才將明 吾人有所思 欲見黃鶯傳枝頭 穿梭蹴散梅花矣
佚名 1873
1874 詠月 【三首第一。】
春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野爾
春霞 棚引く今日の 夕月夜 清く照るらむ 高松野に
春霞飄霏霺 高懸棚引今日之 夜暮夕月者 蓋當不穢清照臨 寧樂高松之野矣
佚名 1874
1875 【承前,三首第二。】
春去者 紀之許能暮之 夕月夜 欝束無裳 山陰爾指天【一云,春去者,木隱多,暮月夜。】
春去れば 木木暗の 夕月夜 覺束無しも 山蔭にして【一云、春去れば、木隱を多み、夕月夜。】
每逢春臨者 森間木蔭之所蔽 夜暮夕月者 朦朧飄渺無覺束 隱於山因匿不見【一云,每逢春臨者,多隱木蔭為所遮,夜暮夕月者。】
佚名 1875
1876 【承前,三首第三。】
朝霞 春日之晚者 從木間 移歷月乎 何時可將待
朝霞 春日暮は 木間より 移ろふ月を 何時とか待たむ
朝霞飄霏霺 春之日暮晚時者 木間之所現 飄忽移歷明月矣 究竟何時可待得
佚名 1876
1877 詠雨
春之雨爾 有來物乎 立隱 妹之家道爾 此日晚都
春雨に 有ける物を 立隱り 妹が家道に 此日暮らしつ
分明春雨者 稀稀落落非激降 然以頻雨宿 人往妹家道途上 未拜妻眉日已暮
佚名 1877
1878 詠河
今徃而 聞物爾毛我 明日香川 春雨零而 瀧津湍音乎
今行きて 聞く物にもが 明日香川 春雨降りて 激瀨音を
今徃行去而 欲得聽聞冀逢時 明日香之川 飛鳥河上春雨降 洶湧湍急激瀨音
佚名 1878
1879 詠煙
春日野爾 煙立所見 媙嬬等四 春野之菟芽子 採而煮良思文
春日野に 煙立つ見ゆ 娘子等し 春野嫁菜 摘みて煮らしも
遠眺春日野 炊煙裊裊今可見 蓋是娘子等 摘取春野嫁菜而 烹煮羹湯所至耶
佚名 1879
1880 野遊 【四首第一。】
春日野之 淺茅之上爾 念共 遊今日 忘目八方
春日野の 淺茅が上に 思共 遊ぶ今日日 忘らえめやも
寧樂春日野 淺茅叢生原野上 志同道合者 相與交遊今日日 永銘心頭豈忘哉
佚名 1880
1881 【承前,四首第二。】
春霞 立春日野乎 徃還 吾者相見 彌年之黃土
春霞 立つ春日野を 行歸り 我は相見む 彌年每に
春霞層湧兮 所立寧樂春日野 徃還每行歸 吾等相見觀彼野 歲歲年年彌翫之
佚名 1881
1882 【承前,四首第三。】
春野爾 意將述跡 念共 來之今日者 不晚毛荒粳
春野に 心延むと 思共 來し今日日は 暮れずも有らぬか
春日原野間 欲將馳騁此心而 志同道合者 相與來兮今日日 還望察情莫早暮
佚名 1882
1883 【承前,四首第四。○新古今0104、和漢朗詠0025。】
百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎插頭而 此間集有
百敷の 大宮人は 暇有れや 梅を髻首して 此間に集へる
百敷宮闈間 高雅殿上大宮人 蓋有閒暇耶 摘梅插頭為髻首 集於此間催遊興
佚名 1883
1884 歎舊 【二首第一。】
寒過 暖來者 年月者 雖新有 人者舊去
冬過ぎて 春し來れば 年月は 新たなれども 人は舊徃く
寒冬既已過 暖春來兮萬象始 年月雖翻新 然歎空蟬浮身者 人唯古去舊往矣
佚名 1884
1885 【承前,二首第二。】
物皆者 新吉 唯 人者舊之 應宜
物皆は 新たしき良し 唯しくも 人は古りにし 宜しかるべし
顧見此世間 年年歲歲物皆新 雖然空蟬兮 歲歲年年人老去 理宜如此何歎哉
佚名 1885
1886 懽逢
住吉之 里行之鹿齒 春花乃 益希見 君相有香開
住吉の 里行きしかば 春花の 彌珍しき 君に逢へるかも
墨江住吉之 姬松之里行之者 春華之所如 魂牽夢縈彌珍愛 吾君與逢我欣懽
佚名 1886
1887 旋頭歌 【二首第一。】
春日在 三笠乃山爾 月母出奴可母 佐紀山爾 開有櫻之 花乃可見
春日なる 三笠山に 月も出でぬ哉 佐紀山に 咲ける櫻の 花の見ゆべく
寧樂春日之 御蓋三笠山頂上 皎潔明月可出哉 欲見京西北 佐紀山間開有之 櫻華絢爛咲狀矣
佚名 1887
1888 【承前,二首第二。】
白雪之 常敷冬者 過去家良霜 春霞 田菜引野邊之 鷪鳴焉
白雪の 常敷く冬は 過ぎにけらしも 春霞 棚引く野邊の 鶯鳴くも
皓皓白雪之 積降常敷籠冬者 蓋已既過萬象新 春霞飄霏霺 高掛天頭野邊間 黃鶯出谷報春暖
佚名 1888
1889 譬喻歌
吾屋前之 毛桃之下爾 月夜指 下心吉 菟楯頃者
我が宿の 毛桃下に 月夜射し 下心快し 別樣此頃
吾宿屋前之 毛桃之下月夜射 灑落臨照地 此心此情難言諭 胸懷別樣此頃時
佚名 1889
春相聞
1890 春相聞 【七首第一。】
春山 友鷪 鳴別 眷益間 思御吾
春山の 友鶯の 泣別れ 歸坐す間も 思ほせ我を
春日山林中 友鶯泣別發啼聲 離情依依兮 如是歸向別去間 還願繫吾在心頭
柿本人麻呂 1890
1891 【承前,七首第二。】
冬隱 春開花 手折以 千遍限 戀渡鴨
冬隱り 春咲く花を 手折持ち 千度限り 戀渡るかも
籠冬日已遠 手折新春咲妍花 取持將來者 千遍之限情無盡 戀慕不止永銘心
柿本人麻呂 1891
1892 【承前,七首第三。】
春山 霧惑在 鷪 我益 物念哉
春山の 霧に惑へる 鶯も 我に益さりて 物思ふらめや
春日山林中 煙霧瀰漫籠霏霺 其間黃鶯者 迷濛無方勝吾身 沉溺物憂惑思哉
柿本人麻呂 1892
1893 【承前,七首第四。】
出見 向岡 本繁 開在花 不成不止
出て見る 向岡に 本茂く 咲きたる花の 成らずは止まじ
出戶放眼望 向丘之上根元茂 所咲妍華盛 吾人不棄亦如斯 豈將未實終徒花
柿本人麻呂 1893
1894 【承前,七首第五。】
霞發 春永日 戀暮 夜深去 妹相鴨
霞立つ 春長日を 戀暮らし 夜も更行くに 妹も逢はぬ哉
心繫煙霞湧 春暖和煦日之長 戀如此慕間 不覺今宵夜已深 還願有望與妹逢
柿本人麻呂 1894
1895 【承前,七首第六。】
春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹
春去れば 先三枝の 幸くあらば 後にも逢はむ 莫戀ひそ我妹
每逢春日臨 先咲三枝之所如 幸命無恙者 其後必當復相逢 莫愁戀苦吾妹矣
柿本人麻呂 1895
1896 【承前,七首第七。】
春去 為垂柳 十緒 妹心 乘在鴨
春去れば 垂柳の 撓にも 妹は心に 乘りにけるかも
每逢春臨者 楊柳垂枝隨風動 搖曳撓其絮 親親吾妹在我心 繚繞不絕據胸懷
柿本人麻呂 1896
1897 寄鳥 【二首第一。】
春之在者 伯勞鳥之草具吉 雖不所見 吾者見將遣 君之當乎婆
春去れば 伯勞鳥草潛き 見えずとも 我は見遣らむ 君が邊りをば
每逢春臨者 伯勞鳥之潛草間 其雖不可見 然吾將眺仔細望 端詳君許尋光儀
佚名 1897
1898 【承前,二首第二。】
容鳥之 間無數鳴 春野之 草根乃繁 戀毛為鴨
貌鳥の 間無く數鳴く 春野の 草根繁き 戀もするかも
貌鳥閑古鳥 頻鳴無間喚不止 繚繞春野間 草根繁茂無絕處 吾心亦亂以戀繁
佚名 1898
1899 寄花 【九首第一。】
春去者 宇乃花具多思 吾越之 妹我垣間者 荒來鴨
春去れば 卯花腐し 我が越えし 妹が垣間は 荒れにけるかも
每逢春臨者 絡繹不絕吾頻訪 卯花傷而腐 佳人舊日垣間者 今頃蓋已荒漫哉
佚名 1899
1900 【承前,九首第二。4041重出。】
梅花 咲散苑爾 吾將去 君之使乎 片待香花光
梅花 咲散る園に 我行かむ 君が使を 片待難り
暗香白梅花 花開花落汝苑矣 今日吾將往 久盼君使仍不來 更難長待忍相思
佚名 1900
1901 【承前,九首第三。】
藤浪 咲春野爾 蔓葛 下夜之戀者 久雲在
藤波の 咲く春野に 延葛の 下よし戀ひば 久しくもあらむ
藤浪波濤之 所咲一面春野間 蔓葛之所如 不為人知隱忍者 此戀年久成就緩
佚名 1901
1902 【承前,九首第四。】
春野爾 霞棚引 咲花乃 如是成二手爾 不逢君可母
春野に 霞棚引き 咲花の 如是なる迄に 逢はぬ君かも
嗚呼春野間 煙霞棚引罩霏霺 於焉咲花者 直至今日如是而 不與相逢吾君矣
佚名 1902
1903 【承前,九首第五。】
吾瀨子爾 吾戀良久者 奥山之 馬醉花之 今盛有
我が背子に 我が戀ふらくは 奥山の 馬醉木花の 今盛也
親親吾兄子 妾身戀慕此情者 猶若深山之 人跡罕至處所綻 馬醉木花今盛也
佚名 1903
1904 【承前,九首第六。】
梅花 四垂柳爾 折雜 花爾供養者 君爾相可毛
梅花 垂柳に 折交へ 花に供へば 君に逢はむ哉
手折白梅花 交雜纖細垂柳枝 今以此妍花 作為供養求冥貺 可與君命得逢哉
佚名 1904
1905 【承前,九首第七。】
姬部思 咲野爾生 白管自 不知事以 所言之吾背
女郎花 佐紀野に生ふる 白躑躅 知らぬ事以て 言はれし我が背
妍哉女郎花 花咲滿開佐紀野 所生白躑躅 流言蜚語事無根 兄子莫煩不諳事
佚名 1905
1906 【承前,九首第八。】
梅花 吾者不令落 青丹吉 平城之人 來管見之根
梅花 我は散らさじ 青丹吉し 奈良なる人も 來つつ見るがね
暗香浮動兮 梅花吾者不令落 青丹良且秀 平城之人每來時 欲使翫之共賞矣
佚名 1906
1907 【承前,九首第九。】
如是有者 何如殖兼 山振乃 止時喪哭 戀良苦念者
如是しあらば 何か植ゑけむ 山吹の 止時も無く 戀ふらく思へば
早知如此者 當初何以手植哉 顧思山吹之 全無效驗違彼名 吾之戀苦無歇時
佚名 1907
1908 寄霜
春去者 水草之上爾 置霜乃 消乍毛我者 戀度鴨
春去れば 水草上に 置霜の 消につつも我は 戀渡るかも
每逢春臨者 岸邊叢生水草上 置霜之所如 吾人魂銷殆毀滅 憂於戀苦愁相思
佚名 1908
1909 寄霞 【六首第一。】
春霞 山棚引 欝 妹乎相見 後戀毳
春霞 山に棚引き 欝しく 妹を相見て 後戀ひむかも
其猶春霞之 瀰漫棚引此山間 迷濛飄渺而 雖與佳人相會晤 其後仍當苦戀煩
佚名 1909
1910 【承前,六首第二。】
春霞 立爾之日從 至今日 吾戀不止 本之繁家波【一云,片念爾指天。】
春霞 立ちにし日より 今日迄に 我が戀止まず 本繁けば【一云、片思にして。】
自於春煙霞 層簇湧立之日起 迄於今日爾 吾人戀慕情不止 方寸忐忑甚紊亂【一云,隱忍單戀苦相思。】
佚名 1910
1911 【承前,六首第三。】
左丹頰經 妹乎念登 霞立 春日毛晚爾 戀度可母
小丹頰ふ 妹を思ふと 霞立つ 春日も暮に 戀渡るかも
每思妹紅顏 倩影光儀揮不去 縱令煙霞湧 風光明媚春日者 看作暮闇苦相思
佚名 1911
1912 【承前,六首第四。】
靈寸春 吾山之於爾 立霞 雖立雖座 君之隨意
靈剋る 我が山上に 立霞 立つとも居とも 君が隨に
靈剋魂極矣 吾人所居山頂上 湧立雲霞矣 無論据座或立身 盡隨君意恣情也
佚名 1912
1913 【承前,六首第五。】
見渡者 春日之野邊 立霞 見卷之欲 君之容儀香
見渡せば 春日野邊に 立霞 見まくの欲しき 君が姿か
每當眺望者 我必冀望有所思 願如春日野 野邊湧現煙霞而 欲拜吾君光儀矣
佚名 1913
1914 【承前,六首第六。】
戀乍毛 今日者暮都 霞立 明日之春日乎 如何將晚
戀ひつつも 今日は暮しつ 霞立つ 明日春日を 如何に暮らさむ
胸懸心上人 傷懷今日既已暮 然思明日者 煙霞瀰漫盡矇矓 春之日長如何晚
佚名 1914
1915 寄雨 【四首第一。】
吾背子爾 戀而為便莫 春雨之 零別不知 出而來可聞
我が背子に 戀ひて術無み 春雨の 降る別知らず 出て來しかも
親親吾兄子 我戀汝命焦思苦 欲解憂無方 不辨春雨降紛紛 飛奔而出欲拜眉
佚名 1915
1916 【承前,四首第二。】
今更 君者伊不徃 春雨之 情乎人之 不知有名國
今更に 君はい行かじ 春雨の 心を人の 知らざら無くに
時至如今而 吾君莫道將歸去 春雨降紛紛 天公自然亦知趣 有生豈不察其情
佚名 1916
1917 【承前,四首第三。】
春雨爾 衣甚 將通哉 七日四零者 七日不來哉
春雨に 衣は甚く 通らめや 七日し降らば 七日來じとや
春雨降不止 我度衣裳為沾濡 漬濕通透矣 倘若不斷零七日 吾君七日不來哉
佚名 1917
1918 【承前,四首第四。】
梅花 令散春雨 多零 客爾也君之 廬入西留良武
梅花 散らす春雨 甚降る 旅にや君が 廬為るらむ
無情摧蹂躪 令散梅花春雨者 甚零無止時 今在草枕羈旅之 吾君假盧孤寢哉
佚名 1918
1919 寄草 【三首第一。】
國栖等之 春菜將採 司馬乃野之 數君麻 思比日
國栖等が 春菜摘むらむ 司馬野の 數ば君を 思ふ此頃
國栖土俗等 所以將採春菜之 司馬野所如 吾人比日常相思 頻念我君戀難忘
佚名 1919
1920 【承前,三首第二。】
春草之 繁吾戀 大海 方徃浪之 千重積
春草の 繁き我が戀 大海の 邊に行波の 千重に積もりぬ
春風吹又生 漫草繁兮我戀者 其猶綿津見 大海寄岸波濤矣 前浪後浪積千重
佚名 1920
1921 【承前,三首第三。】
不明 公乎相見而 菅根乃 長春日乎 孤悲渡鴨
欝悒しく 君を相見て 菅根の 長き春日を 戀渡るかも
欝悒不明瞭 與君相見在矇矓 菅根之所如 春之日長終此日 孤悲戀渡浸憂思
佚名 1921
1922 寄松
梅花 咲而落去者 吾妹乎 將來香不來香跡 吾待乃木曾
梅花 咲きて散りなば 我妹子を 來むか來じかと 我が松木そ
暗香浮動兮 梅花咲而落去者 親親吾妹子 汝將來耶不來耶 我苦待之猶松木
佚名 1922
1923 寄雲
白檀弓 今春山爾 去雲之 逝哉將別 戀敷物乎
白真弓 今春山に 行雲の 行きや別れむ 戀しき物を
白檀真弓矣 今將引兮春山上 行雲之所如 逝哉將別離去歟 慕情依依何所止
佚名 1923
1924 贈蘰
大夫之 伏居嘆而 造有 四垂柳之 蘰為吾妹
大夫の 伏居嘆きて 作りたる 垂柳の 蘰為我妹
益荒大夫之 起臥伏居憂嘆而 所以造作之 四垂之柳蘰鬘者 還願餝首吾妹矣
佚名 1924
1925 悲別
朝戶出乃 君之儀乎 曲不見而 長春日乎 戀八九良三
朝戶出の 君が姿を 良く見ずて 長き春日を 戀ひや暮らさむ
朝日開門楣 出戶君之光儀者 不得詳見而 春之日長隨戀苦 相思情憂難渡日
佚名 1925
1926 問答 【十一第一。】
春山之 馬醉花之 不惡 公爾波思惠也 所因友好
春山の 馬醉木花の 惡しからぬ 君にはしゑや 寄そるとも良し
春日山野間 馬醉木花之所如 不憎不為惡 人傳流言蜚語等 若是與君吾欣然
佚名 1926
1927 【承前,十一第二。】
石上 振乃神杉 神備西 吾八更更 戀爾相爾家留
石上 布留神杉 神びにし 我や更更 戀に合ひにける
石上振神宮 布留神杉之所如 蒼然蘊古意 吾人齡邁至如此 仍陷戀圄無年功
佚名 1927
1928 【承前,十一第三。】
狹野方波 實爾雖不成 花耳 開而所見社 戀之名草爾
狹野方は 實に成らずとも 花のみに 咲きて見えこそ 戀慰に
妍華狹野方 汝縱徒花不結實 然願仍綻放 若得見得此花開 能為苦戀慰藉矣
佚名 1928
1929 【承前,十一第四。】
狹野方波 實爾成西乎 今更 春雨零而 花將咲八方
狹野方は 實に成にしを 今更に 春雨降りて 花咲かめやも
狹野方之華 既已結實有其主 時至如此者 縱然今更零春雨 何由豈令花咲哉
佚名 1929
1930 【承前,十一第五。】
梓弓 引津邊有 莫告藻之 花咲及二 不會君毳
梓弓 引津邊なる 莫告藻の 花咲迄に 逢はぬ君かも
梓弓引弩張 引津之邊所生息 可憐莫告藻 直至藻花綻咲時 不與相逢吾君矣
佚名 1930
1931 【承前,十一第六。】
川上之 伊都藻之花乃 何時何時 來座吾背子 時自異目八方
川上の 溢藻花の 何時も何時も 來坐せ我が背子 時じけめやも
其猶川之上 溢藻花名所如矣 何時復何時 時時來幸吾兄子 仍有機不逢時哉
佚名 1931
1932 【承前,十一第七。】
春雨之 不止零零 吾戀 人之目尚矣 不令相見
春雨の 止まず降る降る 我が戀ふる 人目すらを 相見せ無くに
春雨零不止 淅淅瀝瀝無歇時 朝思復暮想 吾之所戀心上人 不令相見增憂情
佚名 1932
1933 【承前,十一第八。】
吾妹子爾 戀乍居者 春雨之 彼毛知如 不止零乍
我妹子に 戀ひつつ居れば 春雨の 其も知る如 止まず降りつつ
心繫吾妹子 焦慮戀慕相思時 春雨非有生 卻似良能知我心 刻意不止零紛紛
佚名 1933
1934 【承前,十一第九。】
相不念 妹哉本名 菅根乃 長春日乎 念晚牟
相思はぬ 妹をや元無 菅根の 長き春日を 思暮らさむ
落花雖有意 流水無情此妹矣 菅根之所如 春之日長吾終日 心繫伊人不得報
佚名 1934
1935 【承前,十一第十。】
春去者 先鳴鳥乃 鷪之 事先立之 君乎之將待
春去れば 先鳴く鳥の 鶯の 言先立ちし 君をし待たむ
每逢春日臨 先鳴報暖啼春鳥 黃鶯之所如 吾人待君發先聲 隱忍嘿默藏深情
佚名 1935
1936 【承前,十一十一。】
相不念 將有兒故 玉緒 長春日乎 念晚久
相思はず あるらむ兒故 玉緒の 長き春日を 思暮らさく
落花雖有意 流水無情佳人故 魂絲玉緒之 春之日長吾終日 心繫伊人不得償
佚名 1936
夏雜歌
1937 詠鳥 【廿七第一。】
大夫之 出立向 故鄉之 神名備山爾 明來者 柘之左枝爾 暮去者 小松之若末爾 里人之 聞戀麻田 山彥乃 答響萬田 霍公鳥 都麻戀為良思 左夜中爾鳴
大夫の 出立向ふ 故鄉の 神奈備山に 明來れば 柘小枝に 夕去れば 小松が末に 里人の 聞戀ふる迄 山彥の 相響む迄 霍公鳥 妻戀ひすらし 小夜中に鳴く
大夫益荒男 出外放眼望見者 飛鳥舊京之 故鄉神奈備之山 每逢朝明時 繚繞山桑柘小枝 又臨暮晚時 迴盪小松末梢間 鄉里人家之 聽而更復欲聞矣 山彥回音之 迴響其聲更不絕 杜鵑不如歸 霍公鳥者戀嬌妻 鳴泣啼血小夜中
佚名 1937
1938 反歌 【承前,廿七第二。承前,反歌。】
客爾為而 妻戀為良思 霍公鳥 神名備山爾 左夜深而鳴
旅にして 妻戀すらし 霍公鳥 神奈備山に 小夜更けて鳴く
蓋是羈旅而 客在異鄉慕妻哉 嗚呼霍公鳥 徬徨神奈備山間 鳴泣啼血小夜中
佚名 1938
1939 【承前,廿七第三。】
霍公鳥 汝始音者 於吾欲得 五月之珠爾 交而將貫
霍公鳥 汝が初聲は 我に欲得 五月玉に 交へて貫かむ
杜鵑不如歸 霍公鳥兮汝初聲 於吾欲得矣 交於五月藥玉間 貫在綵絲長命縷
佚名 1939
1940 【承前,廿七第四。】
朝霞 棚引野邊 足檜木乃 山霍公鳥 何時來將鳴
朝霞 棚引く野邊に 足引の 山霍公鳥 何時か來鳴かむ
朝霞飄霏霺 瀰漫霧籠野邊間 足曳勢險峻 山霍公鳥不如歸 待至何時方來鳴
佚名 1940
1941 【承前,廿七第五。】
旦霧 八重山越而 喚孤鳥 吟八汝來 屋戶母不有九二
朝霧の 八重山越えて 呼子鳥 鳴きや汝が來る 宿も有ら無くに
朝霧層湧立 八重山兮今飛越 嗚呼喚子鳥 汝者千里鳴渡來 無宿可棲不為意
佚名 1941
1942 【承前,廿七第六。】
霍公鳥 鳴音聞哉 宇能花乃 開落岳爾 田葛引娍嬬
霍公鳥 鳴く聲聞くや 卯花の 咲散る岡に 葛引く娘子
杜鵑霍公鳥 郭公鳴聲可聞哉 於茲卯華之 花開花落此岡邊 摘除田葛娘子矣
佚名 1942
1943 【承前,廿七第七。】
月夜吉 鳴霍公鳥 欲見 吾草取有 見人毛欲得
月夜良み 鳴く霍公鳥 見まく欲り 我草取れり 見む人もがも
月夜美且秀 欲見杜鵑霍公鳥 於此良宵間 吾人摘草手執之 欲得佳人與共賞
佚名 1943
1944 【承前,廿七第八。】
藤浪之 散卷惜 霍公鳥 今城岳𠮧 鳴而越奈利
藤波の 散らまく惜しみ 霍公鳥 今城岡を 鳴きて越ゆ也
蓋是惋藤浪 徒然散去甚可惜 杜鵑霍公鳥 飛越今城岡頂上 鳴渡大虛啼欷歔
佚名 1944
1945 【承前,廿七第九。】
旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越來
朝霧の 八重山越えて 霍公鳥 卯花邊から 鳴きて越來ぬ
朝霧層湧立 八重山兮今飛越 杜鵑霍公鳥 經由卯花所咲邊 翱翔鳴渡臨來矣
佚名 1945
1946 【承前,廿七第十。】
木高者 曾木不殖 霍公鳥 來鳴令響而 戀令益
木高くは 曾て木植ゑじ 霍公鳥 來鳴響めて 戀增さらしむ
早知茂如此 不曾植木令樹高 杜鵑霍公鳥 來鳴令響不如歸 泣聲每催相思愁
佚名 1946
1947 【承前,廿七十一。】
難相 君爾逢有夜 霍公鳥 他時從者 今社鳴目
逢難き 君に逢へる夜 霍公鳥 他時ゆは 今こそ鳴かめ
難得與君逢 今宵相晤值千金 杜鵑霍公鳥 當知此刻別他時 知趣鳴囀而可矣
佚名 1947
1948 【承前,廿七十二。】
木晚之 暮闇有爾【一云,有者。】 霍公鳥 何處乎家登 鳴渡良武
木暗の 夕闇なるに【一云、なれば。】 霍公鳥 何處を家と 鳴渡るらむ
木蔭陰暗處 每逢夕闇日暮時【一云,每逢夕闇日暮者。】 杜鵑霍公鳥 汝以何處為棲家 鳴渡虛空啼泣哉
佚名 1948
1949 【承前,廿七十三。】
霍公鳥 今朝之旦明爾 鳴都流波 君將聞可 朝宿疑將寐
霍公鳥 今朝朝明に 鳴きつるは 君聞きけむか 朝寐か寢けむ
杜鵑霍公鳥 今朝旦明晨曦間 不如歸之鳴 吾君可曾耳聞哉 抑或朝寐在夢鄉
佚名 1949
1950 【承前,廿七十四。】
霍公鳥 花橘之 枝爾居而 鳴響者 花波散乍
霍公鳥 花橘の 枝に居て 鳴響もせば 花は散りつつ
杜鵑霍公鳥 來於花橘木葉間 停歇細枝上 鳴囀發啼響盪者 花隨其音散紛紛
佚名 1950
1951 【承前,廿七十五。】
慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 來喧響目
慨きや 醜霍公鳥 今こそば 聲嗄るがに 來鳴響めめ
嗚呼慨哉矣 醜兮駑鈍霍公鳥 此時此刻者 汝當高啼令聲嗄 來喧鳴響識機微
佚名 1951
1952 【承前,廿七十六。】
今夜乃 於保束無荷 霍公鳥 喧奈流聲之 音乃遙左
今夜の 覺束無きに 霍公鳥 鳴くなる聲の 音遙けさ
今宵無覺束 朦朧月夜視界茫 杜鵑霍公鳥 所鳴喧聲甚髣髴 其音渺遠囀遙遙
佚名 1952
1953 【承前,廿七十七。○新古今0193。】
五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨
五月山 卯花月夜 霍公鳥 聞けども飽かず 復鳴かぬかも
夏日五月天 山間卯花盛一面 花咲月夜間 霍公鳥聲聽不厭 還願更鳴令聞賞
佚名 1953
1954 【承前,廿七十八。】
霍公鳥 來居裳鳴香 吾屋前乃 花橘乃 地二落六見牟
霍公鳥 來居も鳴かぬか 我が宿の 花橘の 地に落ちむ見む
杜鵑霍公鳥 還願來居暢啼鳴 願翫吾宿間 庭院花橘負雀動 翩然舞落飄風流
佚名 1954
1955 【承前,廿七十九。4035重出。】
霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰將為日 從此鳴度禮
霍公鳥 厭時無し 菖蒲草 蘰に為む日 此ゆ鳴渡れ
杜鵑霍公鳥 吾翫汝聲無厭時 五月端午節 菖蒲為蘰飾首日 願能從此鳴渡矣
佚名 1955
1956 【承前,廿七二十。】
山跡庭 啼而香將來 霍公鳥 汝鳴每 無人所念
大和には 鳴きてか來らむ 霍公鳥 汝が鳴く每に 亡人思ほゆ
磯輪上秀真 大和國中啼將來 杜鵑霍公鳥 每聞汝之鳴泣聲 更摧悲戚念故人
佚名 1956
1957 【承前,廿七廿一。】
宇能花乃 散卷惜 霍公鳥 野出山入 來鳴令動
卯花の 散らまく惜しみ 霍公鳥 野に出で山に入り 來鳴響もす
蓋是惋卯花 徒然散去甚可惜 杜鵑霍公鳥 出入原野巡山間 來回鳴響啼欷歔
佚名 1957
1958 【承前,廿七廿二。】
橘之 林乎殖 霍公鳥 常爾冬及 住度金
橘の 林を植ゑむ 霍公鳥 常に冬迄 棲渡るがね
手植橘苗而 聚木為林欲使茂 還願霍公鳥 常棲此處及於冬 是以手植造橘林
佚名 1958
1959 【承前,廿七廿三。】
雨𣋠之 雲爾副而 霍公鳥 指春日而 從此鳴度
雨晴の 雲に副て 霍公鳥 春日を指して 此ゆ鳴渡る
副於雨𣋠之 卷雲相伴而臨矣 杜鵑霍公鳥 指向春日翔東天 從此鳴渡劃大虛
佚名 1959
1960 【承前,廿七廿四。】
物念登 不宿旦開爾 霍公鳥 鳴而左度 為便無左右二
物思ふと 寐ねぬ朝明に 霍公鳥 鳴きて小渡る 術無迄に
傷神浸憂思 失眠不寐朝明時 杜鵑霍公鳥 鳴渡大虛泣唏噓 啼聲淒絕察吾情
佚名 1960
1961 【承前,廿七廿五。】
吾衣 於君令服與登 霍公鳥 吾乎領 袖爾來居管
我が衣 君に著せよと 霍公鳥 我を領 袖に來居つつ
欲使我夫君 令著吾衣在裳下 杜鵑霍公鳥 好似要來促我者 來居袖上囀不停
佚名 1961
1962 【承前,廿七廿六。】
本人 霍公鳥乎八 希將見 今哉汝來 戀乍居者
本人 霍公鳥をや 珍しみ 今か汝が來し 戀ひつつ居れば
長年情誼昵 故交舊友霍公鳥 吾慕汝身形 所念今哉汝來歟 引領期盼渡終日
佚名 1962
1963 【承前,廿七廿七。】
如是許 雨之零爾 霍公鳥 宇乃花山爾 猶香將鳴
如是許り 雨降らくに 霍公鳥 卯花山に 猶か鳴くらむ
傾盆零如注 雨降滂沱如此許 杜鵑霍公鳥 不畏天象險此疇 猶鳴卯花此山間
佚名 1963
1964 詠蟬
默然毛將有 時母鳴奈武 日晚乃 物念時爾 鳴管本名
默もあらむ 時も鳴かなむ 蜩の 物思ふ時に 鳴きつつ元無
還冀於默然 無慮之時亦能鳴 暮蟬蜩者矣 每逢吾人浸憂思 鳴泣莫名更催愁
佚名 1964
1965 詠榛
思子之 衣將揩爾 爾保比與 嶋之榛原 秋不立友
思兒が 衣摺らむに 匂ひこそ 嶋榛原 秋立たずとも
欲為魂所牽 夢縈伊人摺染之 斑衣添色豔 嶋地榛原願織紅 縱時節雖未立秋
佚名 1965
1966 詠花 【十首第一。】
風散 花橘叫 袖受而 為君御跡 思鶴鴨
風に散る 花橘を 袖に受けて 君が御跡と 偲ひつるかも
繽紛隨風散 花橘吹雪零絢爛 舉袖受其瓣 以為君之御跡而 縱情思慕念伊人
佚名 1966
1967 【承前,十首第二。】
香細寸 花橘乎 玉貫 將送妹者 三禮而毛有香
芳しき 花橘を 玉に貫き 贈らむ妹は 窶れてもあるか
今折芳香之 花橘貫縷為珠串 如此手向而 所將饋贈吾妹者 可為無恙或窶哉
佚名 1967
1968 【承前,十首第三。】
霍公鳥 來鳴響 橘之 花散庭乎 將見人八孰
霍公鳥 來鳴響もす 橘の 花散る庭を 見人や誰
杜鵑霍公鳥 飛來迴繞啼鳴響 陣陣飄芳香 花橘零落此庭間 孰人將可與共賞
佚名 1968
1969 【承前,十首第四。】
吾屋前之 花橘者 落爾家里 悔時爾 相在君鴨
我が宿の 花橘は 散りにけり 悔しき時に 逢へる君かも
吾宿屋前之 所生花橘既凋零 在此散華兮 心中唏噓悔慨時 方得相逢吾君矣
佚名 1969
1970 【承前,十首第五。】
見渡者 向野邊乃 石竹之 落卷惜毛 雨莫零行年
見渡せば 向野邊の 撫子の 散らまく惜しも 雨莫降りそね
放眼望去者 向野之處所叢生 石竹撫子花 散華零落令人惜 還願此雨莫輙降
佚名 1970
1971 【承前,十首第六。】
雨間開而 國見毛將為乎 故鄉之 花橘者 散家武可聞
雨間明けて 國見も為むを 故鄉の 花橘は 散りにけむかも
陰雨降連綿 待𣋠之間雖心欲 登高見國中 然念故鄉花橘者 蓋遭雨摧散盡矣
佚名 1971
1972 【承前,十首第七。】
野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母
野邊見れば 撫子花 咲きにけり 我が待秋は 近付くらしも
眼見野邊者 瞿麦石竹撫子花 綻放咲無惜 人云見微能知著 吾所待秋蓋近矣
佚名 1972
1973 【承前,十首第八。】
吾妹子爾 相市乃花波 落不過 今咲有如 有與奴香聞
我妹子に 楝花は 散過ぎず 今咲ける如 有りこせぬかも
親親吾妹子 吾苦相思久未逢 還願猶楝花 盛開不謝之所如 可得相與晤逢哉
佚名 1973
1974 【承前,十首第九。】
春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而將插頭
春日野の 藤は散りにて 何をかも 御狩人の 折りて髻首さむ
奈良春日野 野間藤浪已散去 今當以何華 從駕藥獵御狩人 手折插頭將髻首
佚名 1974
1975 【承前,十首第十。】
不時 玉乎曾連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有
時ならず 玉をそ貫ける 卯花の 五月を待たば 久しくあるべみ
雖非其時節 以為藥玉貫命縷 妍哉卯之花 若待五月端午節 時日方長可久矣
佚名 1975
1976 問答 【二首第一。】
宇能花乃 咲落岳從 霍公鳥 鳴而沙度 公者聞津八
卯花の 咲散る岡ゆ 霍公鳥 鳴きて小渡る 君は聞きつ哉
自於卯華之 花開花落此岡邊 杜鵑霍公鳥 鳴泣翱翔大虛者 吾君可有耳聞哉
佚名 1976
1977 【承前,二首第二。】
聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野爾所沾而 從此鳴綿類
聞きつ哉と 君が問はせる 霍公鳥 濕霑に濡れて 此ゆ鳴渡る
可曾耳聞哉 吾君如此探問者 杜鵑霍公鳥 霑濕漬濡不辭勞 經此鳴渡聲切切
佚名 1977
1978 譬喻歌
橘 花落里爾 通名者 山霍公鳥 將令響鴨
橘の 花散る里に 通ひなば 山霍公鳥 響もさむかも
若吾經花橘 零落舞散此里間 雖懷橘飄香 然度山霍公鳥等 蓋將騷鳴響喧囂
佚名 1978
夏相聞
1979 寄鳥 【三首第一。】
春之在者 酢輕成野之 霍公鳥 保等穗跡妹爾 不相來爾家里
春去れば 蜾蠃なす野の 霍公鳥 殆妹に 逢はず來にけり
逢春之在者 蜾嬴音鳴那須野 杜鵑霍公鳥 殆不與吾心所繫 妹子相逢而來矣
佚名 1979
1980 【承前,三首第二。】
五月山 花橘爾 霍公鳥 隱合時爾 逢有公鴨
五月山 花橘に 霍公鳥 隱らふ時に 逢へる君かも
夏日五月天 山間杜鵑霍公鳥 隱匿花橘間 規避人目此時節 倏然來逢吾君矣
佚名 1980
1981 【承前,三首第三。】
霍公鳥 來鳴五月之 短夜毛 獨宿者 明不得毛
霍公鳥 來鳴く五月の 短夜も 獨し寢れば 明かし兼ねつも
杜鵑霍公鳥 所以來鳴五月天 縱令夏夜短 若是孤寢獨宿者 仍恨夜長天難明
佚名 1981
1982 寄蟬
日倉足者 時常雖鳴 於戀 手弱女我者 不定哭
蜩は 時と鳴けども 戀しくに 手弱女我は 定まらず泣く
暮蟬晚蜩者 所鳴嘶噪有定時 然顧長相思 於戀手弱女我者 傷神啼泣時無定
佚名 1982
1983 寄草 【四首第一。】
人言者 夏野乃草之 繁友 妹與吾師 攜宿者
人言は 夏野草の 繁くとも 妹と我とし 攜寢ば
閒言蜚語者 雖如夏野雜草繁 然妹與吾者 不畏世間噂所謗 執手雙宿寢纏綿
佚名 1983
1984 【承前,四首第二。】
廼者之 戀乃繁久 夏草乃 苅掃友 生布如
此頃の 戀繁けく 夏草の 刈掃へども 生及く如し
比日此頃之 戀之憂思繁無間 一猶夏草茂 雖然苅掃去不盡 儵然復生之所如
佚名 1984
1985 【承前,四首第三。】
真田葛延 夏野之繁 如是戀者 信吾命 常有目八面
真葛延ふ 夏野繁く 如是戀ひば 誠我が命 常ならめやも
真葛廣蔓延 夏野盛繁茂蕃蕪 吾戀若猶此 須臾脆促此命者 終究豈可有常哉
佚名 1985
1986 【承前,四首第四。】
吾耳哉 如是戀為良武 垣津旗 丹頰合妹者 如何將有
我のみや 如是戀すらむ 垣津旗 丹頰ふ妹は 如何にか有るらむ
蓋唯吾爾耶 焦戀如此燔身心 垣津旗所如 紅顏倩影我妹子 汝之方寸作何如
佚名 1986
1987 寄花 【七首第一。】
片搓爾 絲叫曾吾搓 吾背兒之 花橘乎 將貫跡母日手
片縒りに 絲をそ我が縒る 我が背子が 花橘を 貫かむと思ひて
手執獨編絮 紡搓為線何所念 奉為吾兄子 山橘赤實藪山子 欲以貫之繫君情
佚名 1987
1988 【承前,七首第二。】
鷪之 徃來垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不來座
鶯の 通ふ垣根の 卯花の 憂事有れ哉 君が來坐さぬ
蓋如黃鶯之 所以往來垣根間 卯花之所如 吾君當有憂事哉 以故久不來相會
佚名 1988
1989 【承前,七首第三。】
宇能花之 開登波無二 有人爾 戀也將渡 獨念爾指天
卯花の 咲くとは無しに ある人に 戀ひや渡らむ 片思にして
未嘗如卯花 華咲結實無情郎 慕情誠徒然 落花有意水無情 吾情不叶總單戀
佚名 1989
1990 【承前,七首第四。】
吾社葉 憎毛有目 吾屋前之 花橘乎 見爾波不來鳥屋
我こそば 憎くもあらめ 我が宿の 花橘を 見には來じとや
唯吾徒傷神 閨怨憎恨度日哉 吾宿庭苑之 花橘雖開是徒然 君蓋無意來賞耶
佚名 1990
1991 【承前,七首第五。】
霍公鳥 來鳴動 岡邊有 藤浪見者 君者不來登夜
霍公鳥 來鳴響もす 岡邊なる 藤波見には 君は來じとや
杜鵑霍公鳥 所以飛來鳴響之 岡邊藤花咲 吾雖冀共翫藤浪 君蓋無意來賞耶
佚名 1991
1992 【承前,七首第六。】
隱耳 戀者苦 瞿麦之 花爾開出與 朝旦將見
隱りのみ 戀ふれば苦し 撫子の 花に咲出よ 朝な朝な見む
隱籠深窗中 兩別戀者甚苦矣 還願佳人者 化作撫子花盛咲 朝朝旦旦欲相見
佚名 1992
1993 【承前,七首第七。】
外耳 見筒戀牟 紅乃 末採花之 色不出友
外のみに 見つつ戀ひなむ 紅の 末摘花の 色に出でずとも
遠觀不能近 遙遙望之慕情燃 縱令汝含蘊 不若鮮紅末摘花 艷色不出仍可也
佚名 1993
1994 寄露 【○新古今1375。】
夏草乃 露別衣 不著爾 我衣手乃 干時毛名寸
夏草の 露別衣 著け無くに 我が衣手の 乾る時も無き
排分夏草之 闢路道別露霑衣 分明不著而 何以吾袖衣手者 常時漬濡無乾時
佚名 1994
1995 寄日
六月之 地副割而 照日爾毛 吾袖將乾哉 於君不相四手
六月の 地さへ裂けて 照日にも 我が袖干めや 君に逢はずして
縱令水無兮 季夏六月能割地 猛烈照日者 雖可令我衣袖乾 無以致吾與君逢
佚名 1995
秋雜歌
1996 七夕 【九八第一。】
天漢 水左閇而照 舟竟 舟人 妹等所見寸哉
天川 水さへに照る 舟泊てて 舟なる人は 妹に見えきや
華麗照天漢 銀河之水映堂皇 船泊著彼岸 乘舟之人牛郎矣 汝可得見織女哉
柿本人麻呂 1996
1997 【承前,九八第二。】
久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座都 乏諸手丹
久方の 天川原に 鵺鳥の 衷歎坐つ 術無き迄に
遙遙久方兮 銀河天之川原間 鵺鳥虎鶇之 胸懷哀嘆泣心中 悲戚乏術令人惋
柿本人麻呂 1997
1998 【承前,九八第三。】
吾戀 嬬者知遠 徃船乃 過而應來哉 事毛告火
我が戀を 夫は知れるを 行舟の 過ぎて來べしや 言も告げなむ
親親吾夫者 明知妾身戀如此 然汝行舟者 可當過而應來哉 還願一言以相報
柿本人麻呂 1998
1999 【承前,九八第四。】
朱羅引 色妙子 數見者 人妻故 吾可戀奴
赤らひく 色麗し兒を 屢見れば 人妻故に 我戀ひぬべし
紅顏色妙之 窈窕佳人令人迷 屢見之間者 雖知名花既有主 吾仍不覺心戀之
柿本人麻呂 1999
2000 【承前,九八第五。】
天漢 安渡丹 船浮而 秋立待等 妹告與具
天川 安渡に 舟浮けて 秋立待つと 妹に告げこそ
銀河天之川 天安河原渡場間 浮舟乘浪上 吾人佇立待七夕 還願相告令妻悉
柿本人麻呂 2000
2001 【承前,九八第六。】
從蒼天 徃來吾等須良 汝故 天漢道 名積而敘來
大空ゆ 通ふ我すら 汝が故に 天川道を 滯てぞ來し
縱令是蒼天 吾能去來翔自由 然若為汝故 雖然天川道難涉 不辭辛勞來相會
柿本人麻呂 2001
2002 【承前,九八第七。】
八千戈 神自御世 乏孋 人知爾來 告思者
八千桙の 神御代より 乏し妻 人知りにけり 繼ぎてし思へば
早自大國主 八千桙神御代起 吾妻稀能逢 人盡皆知川無涯 以吾常相戀慕矣
柿本人麻呂 2002
2003 【承前,九八第八。】
吾等戀 丹穗面 今夕母可 天漢原 石枕卷
我が戀ふる 丹秀面輪 今宵もか 天川原に 石枕枕く
吾之所戀慕 朝思暮想紅顏矣 想汝今宵亦 獨守天安河原間 以石為枕孤枕眠
柿本人麻呂 2003
2004 【承前,九八第九。】
己孋 乏子等者 竟津 荒礒卷而寐 君待難
己夫に 乏しき兒等は 泊てむ津の 荒礒卷きて寢む 君待難に
稀能與夫逢 獨守空閨織女者 不能堪相思 寢於泊津荒礒上 枕石盼君早日來
柿本人麻呂 2004
2005 【承前,九八第十。】
天地等 別之時從 自孋 然敘干而在 金待吾者
天地と 分れし時ゆ 己が妻 如是ぞ離れてある 秋待つ我は
自於遠神代 天地初判時以來 吾人與愛妻 銀漢無涯離如此 是以我總待秋來
柿本人麻呂 2005
2006 【承前,九八十一。】
孫星 嘆須孋 事谷毛 告爾敘來鶴 見者苦彌
彥星は 嘆かす妻に 言だにも 告げにぞ來つる 見れば苦しみ
牛郎彥星之 來茲悲嘆偲織女 盈盈一水間 隔之脈脈不得語 見者欷歔更鼻酸
柿本人麻呂 2006
2007 【承前,九八十二。】
久方 天印等 水無川 隔而置之 神世之恨
久方の 天印と 水無川 隔てて置きし 神代し恨めし
遙遙久方兮 天印嚴令不得犯 嚴堺水無川 隔而所置迄於今 亙古神代令人恨
柿本人麻呂 2007
2008 【承前,九八十三。】
黑玉 宵霧隱 遠鞆 妹傳 速告與
烏玉の 夜霧に隱り 遠くとも 妹が傳へは 早く告げこそ
漆黑烏玉兮 暗闇夜霧所引籠 銀漢雖迢迢 若有妹妻魚雁者 還願速告令吾知
柿本人麻呂 2008
2009 【承前,九八十四。】
汝戀 妹命者 飽足爾 袖振所見都 及雲隱
汝が戀ふる 妹命は 飽足らに 袖振る見えつ 雲隱る迄
汝之所戀慕 天津棚機織女者 以離情依依 揮袖不止振衣手 直至雲隱不復見
柿本人麻呂 2009
2010 【承前,九八十五。】
夕星毛 徃來天道 及何時鹿 仰而將待 月人壯
夕星も 通ふ天道を 何時迄か 仰ぎて待たむ 月人壯士
太白金星之 夕星往來天道矣 仰首長相待 當至何時彥星見 嗚呼月人壯士矣
柿本人麻呂 2010
2011 【承前,九八十六。】
天漢 已向立而 戀等爾 事谷將告 孋言及者
天川 い向立ちて 戀しらに 言だに告げむ 妻と言迄は
天漢銀河矣 相隔一水情脈脈 慕情無以止 還望一語緩憂思 直至七夕訪妻時
柿本人麻呂 2011
2012 【承前,九八十七。】
水良玉 五百都集乎 解毛不見 吾者干可太奴 相日待爾
白玉の 五百箇集ひを 解きも見ず 我は離難ぬ 逢はむ日待つに
一猶白玉之 五百寶珠所集緒 不曾嘗解之 吾人難堪此離情 日日相待再逢時
柿本人麻呂 2012
2013 【承前,九八十八。】
天漢 水陰草 金風 靡見者 時來來
天川 水蔭草の 秋風に 靡かふ見れば 時は來にけり
每逢見銀河 天川水蔭叢生草 伴隨秋風吹 搖曳靡動猶浪者 是知相逢時至矣
柿本人麻呂 2013
2014 【承前,九八十九。】
吾等待之 白芽子開奴 今谷毛 爾寶比爾徃奈 越方人邇
我が待ちし 秋萩咲きぬ 今だにも 匂ひに行かな 彼方人に
吾所常相待 秋萩芽子咲顏開 迫不及待而 驅身渡水為所染 赴逢相思彼岸人
柿本人麻呂 2014
2015 【承前,九八二十。】
吾世子爾 裏戀居者 天漢 夜船滂動 梶音所聞
我が背子に 衷戀居れば 天川 夜舟漕ぐなる 楫音聞ゆ
心思之所至 每逢吾戀我夫子 銀河天之川 夜間傾聽聲有驗 榜舟楫音似可聞
柿本人麻呂 2015
2016 【承前,九八廿一。】
真氣長 戀心自 白風 妹音所聽 紐解徃名
真日長く 戀ふる心ゆ 秋風に 妹が音聞ゆ 紐解行かな
別離日已遠 以此相思戀慕心 蕭瑟秋風間 妹妻之音似可聞 欲赴解紐伊人處
柿本人麻呂 2016
2017 【承前,九八廿二。】
戀敷者 氣長物乎 今谷 乏之牟可哉 可相夜谷
戀しくは 日長物を 今だにも 乏しむべしや 逢ふべき夜だに
此身苦相思 焦於戀慕日已久 唯願在今時 莫仍故作令心焚 在於當逢此宵間
柿本人麻呂 2017
2018 【承前,九八廿三。】
天漢 去歲渡代 遷閇者 河瀨於踏 夜深去來
天川 去年渡で 移ろへば 川瀨を踏むに 夜そ更けにける
銀河天之川 去年涉水之所渡 川瀨既遷矣 踏破鐵鞋覓淺瀨 須臾良宵夜已深
柿本人麻呂 2018
2019 【承前,九八廿四。】
自古 擧而之服 不顧 天河津爾 年序經去來
古ゆ 上げてし服も 顧ず 天川津に 年ぞ經にける
自古弄機杼 所織之服更不顧 終日不成章 泣涕如雨天川津 無為愁嘆渡一年
柿本人麻呂 2019
2020 【承前,九八廿五。】
天漢 夜船滂而 雖明 將相等念夜 袖易受將有
天川 夜船を漕ぎて 明けぬとも 逢はむと思ふ夜 袖交へず有らむ
銀河天川間 榜漕夜船耗終夜 縱然天將明 久離將逢此念夜 豈堪不與交枕耶
柿本人麻呂 2020
2021 【承前,九八廿六。】
遙媄等 手枕易 寐夜 雞音莫動 明者雖明
遠妻と 手枕交へて 寢たる夜は 雞が音莫鳴き 明けば明けぬとも
久別夜逢瀨 遠妻相與交手枕 纏綿此夜者 還望 庭雞識時務 縱令天明音莫啼
柿本人麻呂 2021
2022 【承前,九八廿七。】
相見久 猒雖不足 稻目 明去來理 舟出為牟孋
相見らく 飽足らねども 稻目の 明去りにけり 舟出為む妻
相看兩不厭 雖然離情誠依依 早朝篠稻目 良宵既過天明來 吾當出舟孋妻矣
柿本人麻呂 2022
2023 【承前,九八廿八。】
左尼始而 何太毛不在者 白栲 帶可乞哉 戀毛不過者
小寢初めて 幾許も在らねば 白栲の 帶乞ふべしや 戀も過ぎねば
自於共入寢 未經幾時宵苦短 素妙白栲兮 已然乞帶將離去 相思憂情未緩解
柿本人麻呂 2023
2024 【承前,九八廿九。】
萬世 攜手居而 相見鞆 念可過 戀爾有莫國
萬代に 攜はり居て 相見とも 思過ぐべき 戀に有ら無くに
縱令千萬世 執子之手與偕老 相看兩不厭 此戀唯有情更添 莫有思過無痕時
柿本人麻呂 2024
2025 【承前,九八三十。】
萬世 可照月毛 雲隱 苦物敘 將相登雖念
萬代に 照るべき月も 雲隱り 苦しき物ぞ 逢はむと思へど
縱應千萬世 可為照臨明月者 雲隱之所如 吾等兩別心甚苦 雖然欲逢不得見
柿本人麻呂 2025
2026 【承前,九八卅一。】
白雲 五百遍隱 雖遠 夜不去將見 妹當者
白雲の 五百重に隱り 遠くとも 夕去らず見む 妹が當りは
雖為白雲之 千重五百重所蔽 隱於遠天邊 吾人夜夜望彼處 宵宵念我織女邊
柿本人麻呂 2026
2027 【承前,九八卅二。】
為我登 織女之 其屋戶爾 織白布 織弖兼鴨
我が為と 織女の 其宿に 織る白栲は 織りてけむかも
奉為吾人而 天津棚機織女之 在於其宿間 所織絹絲白栲衣 業已織成完遂哉
柿本人麻呂 2027
2028 【承前,九八卅三。】
君不相 久時 織服 白栲衣 垢附麻弖爾
君に逢はず 久しき時ゆ 織る服の 白栲衣 垢付く迄に
不得與君逢 日經月累時已久 妾身所手織 神服絹絲白栲衣 久置素裳既化緇
柿本人麻呂 2028
2029 【承前,九八卅四。】
天漢 梶音聞 孫星 與織女 今夕相霜
天川 楫音聞ゆ 彥星と 織女と 今夜逢ふらしも
銀河天之川 榜舟楫音聲可聞 蓋是鴛鴦命 牛郎彥星與織女 久別今夜復將逢
柿本人麻呂 2029
2030 【承前,九八卅五。】
秋去者 川霧立 天川 河向居而 戀夜多
秋去れば 川霧立てる 天川 川に向居て 戀ふる夜そ多き
每逢秋至者 川霧瀰漫層湧起 銀河天之川 吾面彼川佇孤零 愁於相思夜頗多
柿本人麻呂 2030
2031 【承前,九八卅六。】
吉哉 雖不直 奴延鳥 浦嘆居 告子鴨
良しゑやし 直ならずとも 鵺鳥の 衷嘆居りと 告げむ子も欲得
未嘗不可哉 縱令不得與君逢 虎鶫鵺鳥兮 暗自愁嘆度日者 欲得人子替相告
柿本人麻呂 2031
2032 【承前,九八卅七。】
一年邇 七夕耳 相人之 戀毛不過者 夜深徃久毛【一云,不盡者,佐宵曾明爾來。】
一年に 七日夜のみ 逢人の 戀も過ぎねば 夜は更行くも【一云、盡きねばさ、小夜そ明けにける。】
遙遙一年間 唯有七夕能相逢 親親意中人 吾之熱戀無所解 然嘆此宵夜已更【一云,吾之熱戀尚未盡 然嘆小夜天將明。】
柿本人麻呂 2032
2033 【承前,九八卅八。】
天漢 安川原 定而 神競者 磨待無
天川 安川原 定而 神競者 磨待無
遙遙久方兮 銀漢天安之川原 太占神定而 吾心急促情不寧 難堪枯待相逢時
柿本人麻呂 2033
此歌一首,庚辰年作之。 右,柿本朝臣人麻呂之歌集出。
2034 【承前,九八卅九。】
棚機之 五百機立而 織布之 秋去衣 孰取見
織女の 五百機立てて 織る布の 秋去衣 誰か取見む
天津織女之 五百棚機列一面 奉為心上人 所以織布秋去衣 孰人可為修繕哉
佚名 2034
2035 【承前,九八四十。】
年有而 今香將卷 烏玉之 夜霧隱 遠妻手乎
年に有て 今か卷くらむ 烏玉の 夜霧隱れる 遠妻手を
相隔時有年 今夜久逢共纏綿 漆黑烏玉之 夜霧瀰漫此良宵 遠妻玉手吾為枕
佚名 2035
2036 【承前,九八卌一。】
吾待之 秋者來沼 妹與吾 何事在曾 紐不解在牟
我が待ちし 秋は來りぬ 妹と我と 何事有れそ 紐解かずあらむ
吾人所引領 久盼秋日七夕臨 無論妹與我 縱令此身遭何事 不解衣紐待逢時
佚名 2036
2037 【承前,九八卌二。】
年之戀 今夜盡而 明日從者 如常哉 吾戀居牟
年戀 今夜盡して 明日よりは 常如くや 我が戀居らむ
久別離一年 相思之苦今夜解 自於明日起 吾倆如常隔一水 復苦相思咽泣涕
佚名 2037
2038 【承前,九八卌三。】
不合者 氣長物乎 天漢 隔又哉 吾戀將居
逢は無くは 日長き物を 天川 隔てて亦や 我が戀居らむ
盈盈一水間 相隔兩岸不得逢 離時愁日長 銀漢天川去幾許 復苦相思不得語
佚名 2038
2039 【承前,九八卌四。】
戀家口 氣長物乎 可合有 夕谷君之 不來益有良武
戀しけく 日長き物を 逢ふべかる 夕だに君が 來坐さざるらむ
隔離苦相思 戀慕伊人日久長 此為當逢夕 何以吾君良人矣 仍未來坐在何方
佚名 2039
2040 【承前,九八卌五。】
牽牛 與織女 今夜相 天漢門爾 浪立勿謹
彥星と 織女と 今夜逢ふ 天川門に 波立つ勿努
牛郎彥星與 棚雞織女隔銀漢 今夜將相逢 還願銀河天川門 莫起波濤湧駭浪
佚名 2040
2041 【承前,九八卌六。】
秋風 吹漂蕩 白雲者 織女之 天津領巾毳
秋風の 吹漂はす 白雲は 織女の 天領巾哉
蕭瑟秋風之 所吹漂蕩白雲者 蓋為織機女 惜別揮舞送良人 六銖天之領巾哉
佚名 2041
2042 【承前,九八卌七。】
數裳 相不見君矣 天漢 舟出速為 夜不深間
數數も 相見ぬ君を 天川 舟出早せよ 夜更けぬ間に
屢屢隔一水 迢迢不得與君逢 銀漢天之川 速出浮舟泛水上 在此良宵未深前
佚名 2042
2043 【承前,九八卌八。】
秋風之 清夕 天漢 舟滂度 月人壯子
秋風の 清夕に 天川 舟漕渡る 月人壯士
秋風吹瑟瑟 清涼蕭蕭此夕間 銀河天之川 榜船翩翩渡大虛 明晰月人壯士矣
佚名 2043
2044 【承前,九八卌九。】
天漢 霧立度 牽牛之 楫音所聞 夜深徃
天川 霧立渡り 彥星の 楫音聞こゆ 夜更行けば
銀河天之川 水霧瀰漫籠一面 牛郎彥星之 榜舟楫音聲可聞 隨此七夕夜更者
佚名 2044
2045 【承前,九八五十。】
君舟 今滂來良之 天漢 霧立度 此川瀨
君が舟 今漕來らし 天川 霧立渡る 此川瀨に
朝思慕所想 君舟今蓋榜來哉 銀河天之川 水霧瀰漫起一面 湧立籠兮此川瀨
佚名 2045
2046 【承前,九八五一。】
秋風爾 河浪起 蹔 八十舟津 三舟停
秋風に 川波立ちぬ 暫しくは 八十舟津に 御舟留めよ
秋風吹瑟瑟 川波洶湧駭浪起 還願暫駐足 至於八十舟津處 稍泊御船待風凪
佚名 2046
2047 【承前,九八五二。】
天漢 河聲清之 牽牛之 秋滂船之 浪𨅶香
天川 川音清し 彥星の 秋漕舟の 波騷きか
銀漢天之川 河音清澈響淙淙 蓋以牛郎之 秋日七夕滂船故 浪湧波音遂起哉
佚名 2047
2048 【承前,九八五三。】
天漢 河門立 吾戀之 君來奈里 紐解待【一云,天河,川向立。】
天川 川門に立ちて 我が戀ひし 君來坐すなり 紐解待たむ【一云、天川、川に向立ち。】
銀漢天之川 立於河門越渡場 朝思慕所想 吾之所戀君將來 汲汲解紐以相待【一云,銀漢天之川,面其川水立河岸。】
佚名 2048
2049 【承前,九八五四。】
天漢 河門座而 年月 戀來君 今夜會可母
天川 川門に居りて 年月を 戀來し君に 今夜逢へるかも
銀漢天之川 立於河門越渡場 日積月累兮 年間懸心所戀慕 吾君將來逢今宵
佚名 2049
2050 【承前,九八五五。】
明日從者 吾玉床乎 打拂 公常不宿 孤可母寐
明日よりは 我が玉床を 打掃ひ 君と寐ねずて 獨かも寢む
自於明日起 吾之香閨玉床矣 打拂去塵埃 不得與君共纏綿 唯有隻身孤寢哉
佚名 2050
2051 【承前,九八五六。】
天原 徃射跡 白檀 挽而隱在 月人壯子
天原 行きて射てむと 白真弓 引きて隱れる 月人壯士
羨煞復心嫉 欲指度射高天原 手執白真弓 引弦隱在山之端 七夕月人壯士矣
佚名 2051
2052 【承前,九八五七。○新古今0314。】
此夕 零來雨者 男星之 早滂船之 賀伊乃散鴨
此夕 降來る雨は 彥星の 早漕ぐ舟の 櫂散り哉
在於此七夕 零來雨者何為也 蓋是牛郎之 迫不及待早滂舟 船櫂零散水沫矣
佚名 2052
2053 【承前,九八五八。】
天漢 八十瀨霧合 男星之 時待船 今滂良之
天川 八十瀨霧らへり 彥星の 時待つ舟は 今し漕ぐらし
銀漢天之川 八十河瀨霧瀰漫 當是牛郎之 蓄勢久待七夕臨 時舟發向今滂哉
佚名 2053
2054 【承前,九八五九。】
風吹而 河浪起 引船丹 度裳來 夜不降間爾
風吹きて 川波立ちぬ 引船に 渡りも來坐せ 夜更けぬ間に
風吹捲川波 駭浪濤天水象險 縱令引綱牽 冀速使船渡來矣 在於良宵未更間
佚名 2054
2055 【承前,九八六十。】
天河 遠渡者 無友 公之舟出者 年爾社候
天川 遠渡りは 無けれども 君が舟出は 年にこそ待て
銀漢清且淺 相去不遠復幾許 盈盈一水間 何以待君出舟者 苦俟經年難相會
佚名 2055
2056 【承前,九八六一。】
天漢 打橋度 妹之家道 不止通 時不待友
天川 打橋渡せ 妹が家道 止まず通はむ 時待たずとも
銀漢天之川 可設假橋令度哉 若能得此者 妹妻家道通不止 縱令時未值七夕
佚名 2056
2057 【承前,九八六二。】
月累 吾思妹 會夜者 今之七夕 續巨勢奴鴨
月重ね 我が思妹に 逢へる夜は 今し七夜を 繼ぎこせぬ哉
累月將經年 與吾朝思夜所慕 妹妻逢夜者 可自今宵復七夜 纏綿相繼共枕哉
佚名 2057
2058 【承前,九八六三。】
年丹裝 吾舟滂 天河 風者吹友 浪立勿忌
年に裝ふ 我が舟漕がむ 天川 風は吹くとも 波立つ勿努
耗時計一年 吾所備舟今將榜 銀漢天之川 縱令風吹狂嵐起 莫捲波濤湧駭浪
佚名 2058
2059 【承前,九八六四。】
天河 浪者立友 吾舟者 率滂出 夜之不深間爾
天川 波は立つとも 我が舟は 去來漕出でむ 夜更けぬ間に
銀漢天之川 縱令駭浪水象險 吾不顧身危 去來榜出發船向 趕在夜之未更間
佚名 2059
2060 【承前,九八六五。】
直今夜 相有兒等爾 事問母 未為而 左夜曾明二來
只今夜 逢ひたる兒等に 言問ひも 未為ずして 小夜そ明けにける
冗冗一年間 唯在今宵可逢晤 親親吾妻矣 未為言問相語間 小夜將盡欲天明
佚名 2060
2061 【承前,九八六六。】
天河 白浪高 吾戀 公之舟出者 今為下
天川 白波高し 我が戀ふる 君が舟出は 今しすらしも
銀漢天之川 河間白浪波湧高 蓋是吾所戀 朝思暮想所念君 出舟發向在於今
佚名 2061
2062 【承前,九八六七。】
機 踏木持徃而 天漢 打橋度 公之來為
機物の 踏木持行きて 天川 打橋渡す 君が來む為
欲取織機之 踏木奔赴向銀河 相隔一水間 奉為朝思暮所戀 渡假橋來吾君矣
佚名 2062
2063 【承前,九八六八。】
天漢 霧立上 棚幡乃 雲衣能 飄袖鴨
天川 霧立上る 織女の 雲衣の 反る袖かも
仰望天之川 銀漢霧湧罩朦朧 蓋是織女之 身襲霓裳綵雲衣 揮舞飄袖所致矣
佚名 2063
2064 【承前,九八六九。】
古 織義之八多乎 此暮 衣縫而 君待吾乎
古に 織りてし服を 此夕 衣に縫ひて 君待つ我を
手執夙昔時 所織和妙絹縷布 在於此夕暮 裁切些縫紉作仙衣 所待良人妾身矣
佚名 2064
2065 【承前,九八七十。】
足玉母 手珠毛由良爾 織旗乎 公之御衣爾 縫將堪可聞
足玉も 手玉も玲瓏に 織る服を 君が御衣に 縫ひも堪へむ哉
懸命操織機 足玉手珠響鈴龍 所織絹縷布 可於七夕相逢前 縫作吾君御衣哉
佚名 2065
2066 【承前,九八七一。】
擇月日 逢義之有者 別乃 惜有君者 明日副裳欲得
月日選り 逢ひてしあれば 別れまく 惜しかる君は 明日さへも欲得
年每擇月日 久分逢於七夕者 每思兩相別 離情依依惜君去 欲得明日仍同在
佚名 2066
2067 【承前,九八七二。】
天漢 渡瀨深彌 泛船而 棹來君之 楫音所聞
天川 渡瀨深み 舟浮けて 漕來る君が 梶音聞こゆ
銀漢天之川 渡瀨深邃或千尋 浮舟泛河而 榜來相會吾君之 牛郎楫音聲可聞
佚名 2067
2068 【承前,九八七三。】
天原 振放見者 天漢 霧立渡 公者來良志
天原 降放見れば 天川 霧立渡る 君は來ぬらし
久方高天原 翹首遙望騁思者 銀漢天之川 河上霧湧瀰一面 牛郎越渡榜船來
佚名 2068
2069 【承前,九八七四。】
天漢 瀨每幣 奉 情者君乎 幸來座跡
天川 瀨每に幣を 奉る 心は君を 幸く來坐と
銀漢天之川 妾在所所河瀨邊 奉幣求冥貺 所以不辭此心者 願君無恙幸來渡
佚名 2069
2070 【承前,九八七五。】
久堅之 天河津爾 舟泛而 君待夜等者 不明毛有寐鹿
久方の 天川津に 舟浮けて 君待つ夜等は 明けずも有らぬか
遙遙久方兮 天漢銀河川津邊 浮舟欲相迎 忐忑待君此夜者 還願良宵永不明
佚名 2070
2071 【承前,九八七六。】
天河 足沾渡 君之手毛 未枕者 夜之深去良久
天川 滯渡る 君が手も 未枕ねば 夜更けぬらく
銀河天之川 辛勞跋涉方越渡 相逢不幾時 未枕君手共纏綿 更恨夜之速深去
佚名 2071
2072 【承前,九八七七。】
渡守 船度世乎跡 呼音之 不至者疑 梶聲之不為
渡守 舟渡せをと 呼聲の 至らねばかも 楫音為ぬ
船頭渡守矣 蓋是吾人所嘶喊 將欲承舟渡 呼聲不至未聞哉 梶聲不為楫音杳
佚名 2072
2073 【承前,九八七八。】
真氣長 河向立 有之袖 今夜卷跡 念之吉紗
真日長く 川に向立ち 在し袖 今夜卷かむと 思はくが良さ
相對一水間 揮振對岸日久之 吾妻衣袖矣 故思今夜將枕之 不覺心愉喜難耐
佚名 2073
2074 【承前,九八七九。】
天河 渡湍每 思乍 來之雲知師 逢有久念者
天川 渡瀨每に 思ひつつ 來しくも著し 逢へらく思へば
銀河天之川 所所渡瀨含百感 心繫伊人姿 跋涉而來不辭勞 念其得逢無所憾
佚名 2074
2075 【承前,九八七十。】
人左倍也 見不繼將有 牽牛之 嬬喚舟之 近附徃乎【一云,見乍有良武。】
人さへや 見繼がずあるらむ 彥星の 妻呼ぶ舟の 近付行くを【一云、見つつ有るらむ。】
吾度眾蒼生 豈有不予注視哉 彥星牽牛之 喚妻之舟渡銀漢 近寄向案欲逢者【一云,吾度眾蒼生,必然凝神不轉瞬。】
佚名 2075
2076 【承前,九八八一。】
天漢 瀨乎早鴨 烏珠之 夜者闌爾乍 不合牽牛
天川 瀨を早み哉 烏玉の 夜は更けにつつ 逢はぬ彥星
蓋是銀漢之 天河川瀨湍急哉 漆黑烏玉之 七夕此宵夜將更 遲遲未得逢牛郎
佚名 2076
2077 【承前,九八八二。】
渡守 舟早渡世 一年爾 二遍徃來 君爾有勿久爾
渡守 舟早渡せ 一年に 二度通ふ 君に有ら無くに
船頭渡守矣 速速榜舟渡此河 遙遙一年間 無緣再渡復往來 逢瀨唯在此良宵
佚名 2077
2078 【承前,九八八三。】
玉葛 不絕物可良 佐宿者 年之度爾 直一夜耳
玉葛 絕えぬ物から 小寢らくは 年渡りに 唯一夜のみ
玉葛珠蔓兮 其蔓雖長無絕斷 然顧逢瀨者 漫漫一年光陰渡 唯有一夜得相寢
佚名 2078
2079 【承前,九八八四。】
戀日者 食長物乎 今夜谷 令乏應哉 可相物乎
戀ふる日は 日長き物を 今夜だに 乏しむべしや 逢ふべき物を
此身苦相思 焦於戀慕日已久 唯願在今夜 莫仍故作令心焚 在於當逢此宵間
佚名 2079
2080 【承前,九八八五。】
織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者將長
織女の 今夜逢ひなば 常如 明日を隔てて 年は長けむ
牛郎織女之 一旦今夜短相逢 嗚呼如常矣 自於明日復相隔 相去一水嘆年長
佚名 2080
2081 【承前,九八八六。】
天漢 棚橋渡 織女之 伊渡左牟爾 棚橋渡
天川 棚橋渡せ 織女の い渡らさむに 棚橋渡せ
銀漢天之川 權設棚橋以為渡 欲令織女之 越彼雲漢之無涯 權設棚橋以為渡
佚名 2081
2082 【承前,九八八七。】
天漢 河門八十有 何爾可 君之三船乎 吾待將居
天川 川門八十有り 何處にか 君が御舟を 我が待居らむ
銀漢天之川 河門數繁有八十 妾當於何處 待君御舟渡河來 引領相迎赴良宵
佚名 2082
2083 【承前,九八八八。】
秋風乃 吹西日從 天漢 瀨爾出立 待登告許曾
秋風の 吹きにし日より 天川 瀨に出立ちて 待つと告げこそ
夫自立秋之 秋風瑟瑟拂日起 妾身出銀漢 立於河瀨待良人 此事還願代相告
佚名 2083
2084 【承前,九八八九。】
天漢 去年之渡湍 有二家里 君之將來 道乃不知久
天川 去年渡瀨 荒れにけり 君が來坐さむ 道知ら無く
銀漢天之川 去年所以渡瀨者 水荒象洶湧 今年君之可將來 水路當何不知矣
佚名 2084
2085 【承前,九八九十。】
天漢 湍瀨爾白浪 雖高 直渡來沼 待者苦三
天川 瀨瀨に白波 高けども 直渡來ぬ 待たば苦しみ
銀漢天之川 雖然處處湍瀨間 洶湧駭浪高 吾不畏險直渡來 以其苦待誠難耐
佚名 2085
2086 【承前,九八九一。】
牽牛之 嬬喚舟之 引綱乃 將絕跡君乎 吾之念勿國
彥星の 妻呼ぶ舟の 引綱の 絕えむと君を 我が思は無くに
牛郎彥星之 七夕喚妻扁舟間 引綱之所如 縱令海枯石爛時 無意斷我等情緣
佚名 2086
2087 【承前,九八九二。】
渡守 舟出為將出 今夜耳 相見而後者 不相物可毛
渡守 舟出し出でむ 今夜のみ 相見て後は 逢はじ物哉
船頭渡守矣 速速榜舟出船行 唯有在今日 久別一年復相逢 而後無緣再晤哉
佚名 2087
2088 【承前,九八九三。】
吾隱有 楫棹無而 渡守 舟將借八方 須臾者有待
我が隱せる 楫棹無くて 渡守 舟貸さめやも 須臾はあり待て
若無妾所匿 楫棹之疇槳梶者 船頭渡守矣 豈將貸舟送君歸 須臾稍待惜夜短
佚名 2088
2089 【承前,九八九四。】
乾坤之 初時從 天漢 射向居而 一年丹 兩遍不遭 妻戀爾 物念人 天漢 安乃川原乃 有通 出乃渡丹 具穗船乃 艫丹裳舳丹裳 船裝 真梶繁拔 旗芒 本葉裳具世丹 秋風乃 吹來夕丹 天河 白浪凌 落沸 速湍涉 稚草乃 妻手枕迹 大舟乃 思憑而 滂來等六 其夫乃子我 荒珠乃 年緒長 思來之 戀將盡 七月 七日之夕者 吾毛悲焉
天地の 初めの時ゆ 天川 い向居りて 一年に 再逢はぬ 妻戀ひに 物思ふ人 天川 安川原の 蟻通ふ 出渡に 赤土船の 艫にも舳にも 船裝ひ 真梶繁貫き 旗芒 本葉も微に 秋風の 吹來る夕に 天川 白波凌ぎ 落激つ 早瀨渡りて 若草の 妻を卷むと 大船の 思賴みて 漕來らむ 其夫子が 新まの 年緒長く 思來し 戀盡すらむ 七月の 七日夕は 我も悲しも
早自遠神代 天地乾坤初判時 銀漢天之川 相向盈盈一水間 脈脈一年間 相隔不得逢二度 慕妻苦相思 愁嘆渡日牛郎矣 迢迢天漢間 天安河原川岸邊 蟻通繁往來 出渡埠頭瀨口間 朱塗赤土舟 無論船艫或船舳 施艤裝為備 真梶繁貫通楫槳 幡薄旗芒之 本葉隨拂微搖曳 蕭瑟秋風之 徐徐吹來此七夕 銀河天之川 發船乘風凌白浪 落激水險駭 越渡早瀨不顧身 親親猶若草 欲枕妻手共纏綿 猶乘大船兮 其心思賴憑此情 如此榜來哉 其夫牛郎彥興矣 日新月亦異 年緒且長時日久 相思隔一水 久戀今日可晴哉 立秋七月之 七日之夕此宵者 吾等仰空亦傷悲
佚名 2089
2090 反歌 【承前,九八九五。】
狛錦 紐解易之 天人乃 妻問夕敘 吾裳將偲
高麗錦 紐解交し 天人の 妻問ふ夕ぞ 我も偲はむ
今夜是何夜 相解赤紐高麗錦 天人牛郎之 訪妻之宵七夕矣 吾等仰空亦騁思
佚名 2090
2091 【承前,九八九六。】
彥星之 河瀨渡 左小舟乃 得行而將泊 河津石所念
彥星の 川瀨を渡る さ小舟の 得行きて泊てむ 川津し思ほゆ
故思牛郎之 彥星所以渡川瀨 扁扁小舟矣 其可得行將泊哉 每念銀漢川津者
佚名 2091
2092 【承前,九八九七。】
天地跡 別之時從 久方乃 天驗常 定大王 天之河原爾 璞 月累而 妹爾相 時候跡 立待爾 吾衣手爾 秋風之 吹反者 立座 多土伎乎不知 村肝 心不欲 解衣 思亂而 何時跡 吾待今夜 此川 行長 有得鴨
天地と 分れし時ゆ 久方の 天印と 定めてし 天川原に 新まの 月重なりて 妹に逢ふ 時候ふと 立待つに 我が衣手に 秋風の 吹反らへば 立ちて居て 方策を知らに 五臟六腑の 心迷ひ 解衣の 思亂れて 何時しかと 我が待つ今夜 此川の 流れの長く 在りこせぬかも
早自遠神代 天地乾坤初判時 遙遙久方兮 天印嚴令不得犯 太占神所定 銀漢天安川原間 日新更異兮 累月苦待光陰逝 心懸吾愛妻 每俟與其相逢時 孤影銀漢邊 吾人衣袖當秋風 瑟瑟吹悽悽 反覆吹拂每飄盪 坐立皆難安 苦無方策手無措 五臟六腑之 此情迷惘心絮亂 解衣之所如 千頭萬絮錯縱橫 將待至何時 吾人引領盼今宵 能猶此川之 源遠流長不嘗絕 兩相廝守莫天明
佚名 2092
2093 反歌 【承前,九八九八。】
妹爾相 時片待跡 久方乃 天之漢原爾 月敘經來
妹に逢ふ 時片待つと 久方の 天川原に 月そ經にける
心懸吾愛妻 每俟與其相逢時 遙遙久方兮 銀漢天安川原間 光陰飛逝既累月
佚名 2093
2094 詠花 【卅四第一。】
竿志鹿之 心相念 秋芽子之 鍾禮零丹 落僧惜毛
佐雄鹿の 心相思ふ 秋萩の 時雨降るに 散らくし惜しも
嗚呼小狀鹿 所以魂牽夢縈之 相念秋萩矣 時雨頻零摧花謝 散落此間甚可惜
柿本人麻呂 2094
2095 【承前,卅四第二。】
夕去 野邊秋芽子 末若 露枯 金待難
夕去れば 野邊秋萩 末若み 露に枯れけり 秋待難に
每逢夕暮時 野邊秋荻芽子矣 末梢葉尚稚 置露轉瞬俄枯消 漫漫秋日更難待
柿本人麻呂 2095
2096 【承前,卅四第三。】
真葛原 名引秋風 每吹 阿太乃大野之 芽子花散
真葛原 靡く秋風 吹く每に 阿太大野の 萩花散る
每逢真葛原 草偃所靡秋風吹 蕭瑟此節時 寧樂阿太荒野間 秋荻芽子花散華
佚名 2096
2097 【承前,卅四第四。】
鴈鳴之 來喧牟日及 見乍將有 此芽子原爾 雨勿零根
雁が音の 來鳴かむ日迄 見つつあらむ 此萩原に 雨勿降りそね
吾欲常相望 直至鴈音來鳴之 喧囂日為止 是以還願此萩原 天雨莫零摧花謝
佚名 2097
2098 【承前,卅四第五。】
奧山爾 住云男鹿之 初夜不去 妻問芽子乃 散久惜裳
奧山に 棲むと云ふ鹿の 夕去らず 妻問ふ萩の 散らまく惜しも
人云奧山間 所棲麗壯雄鹿之 每宵每初夜 問妻求婚秋荻矣 倏然散之甚可惜
佚名 2098
2099 【承前,卅四第六。】
白露乃 置卷惜 秋芽子乎 折耳折而 置哉枯
白露の 置かまく惜しみ 秋萩を 折りのみ折りて 置きや枯らさむ
吾謂秋荻之 遭白露置甚可惜 故不欲為凍 手折其枝欲珍藏 無奈置之仍枯萎
佚名 2099
2100 【承前,卅四第七。】
秋田苅 借廬之宿 丹穗經及 咲有秋芽子 雖見不飽香聞
秋田刈る 假廬宿り 匂ふ迄 咲ける秋萩 見れど飽かぬかも
奉為苅秋田 權設假廬小宿之 為其所映照 咲有秋萩芽子花 百見不厭更欲翫
佚名 2100
2101 【承前,卅四第八。】
吾衣 揩有者不在 高松之 野邊行之者 芽子之揩類曾
我が衣 摺れるには非ず 高松の 野邊行きしかば 萩の摺れるそ
吾所著布衫 非令摺染著華彩 乃為出戶時 行至高松野邊間 秋萩芽子添其色
佚名 2101
2102 【承前,卅四第九。】
此暮 秋風吹奴 白露爾 荒爭芽子之 明日將咲見
此夕 秋風吹きぬ 白露に 爭ふ萩の 明日咲かむ見む
自於此夕暮 蕭瑟秋風既始吹 顧思與白露 所爭相抗秋荻之 明日將咲蓋可見
佚名 2102
2103 【承前,卅四第十。】
秋風 冷成奴 馬並而 去來於野行奈 芽子花見爾
秋風は 涼しく成りぬ 馬並めて 去來野に行かな 萩花見に
君不見秋風 已然蕭瑟沁骨寒 列馬並出行 來去深邃原野間 以賞秋萩芽子花
佚名 2103
2104 【承前,卅四十一。】
朝果 朝露負 咲雖云 暮陰社 咲益家禮
朝顏は 朝露ひて 咲くと云へど 夕影にこそ 咲增さりけり
人云朝顏者 浴於朝露遂展顏 何以於日暮 黃昏夕影誰彼時 殊更盛開復添咲
佚名 2104
2105 【承前,卅四十二。】
春去者 霞隱 不所見有師 秋芽子咲 折而將插頭
春去れば 霞隱りて 見えずありし 秋萩咲きぬ 折りて髻首さむ
每逢春日臨 隱於煙霞雲霧後 匿姿不復見 秋萩芽子今始咲 欲折其枝以髻首
佚名 2105
2106 【承前,卅四十三。】
沙額田乃 野邊乃秋芽子 時有者 今盛有 折而將插頭
沙額田の 野邊秋萩 時成れば 今盛り也 折りて髻首さむ
平群額田之 野邊秋萩芽子花 今為彼旬時 故以滿開盛咲矣 吾折其枝將髻首
佚名 2106
2107 【承前,卅四十四。】
事更爾 衣者不揩 佳人部為 咲野之芽子爾 丹穗日而將居
殊更に 衣は摺らじ 女郎花 佐紀野萩に 匂ひて居らむ
吾人之所著 衣者無須令摺染 女郎花所咲 佐紀野間秋荻盛 其色自然沁此衫
佚名 2107
2108 【承前,卅四十五。】
秋風者 急急吹來 芽子花 落卷惜三 競立見
秋風は 疾疾く吹來 萩花 散らまく惜しみ 競立たむ見む
蕭瑟秋風者 疾疾吹來寒凍骨 秋萩芽子花 蓋是惜己將零落 與風相競今可見
佚名 2108
2109 【承前,卅四十六。】
我屋前之 芽子之若末長 秋風之 吹南時爾 將開跡思手
我が宿の 萩末長し 秋風の 吹きなむ時に 咲かむと思ひて
吾宿屋前之 秋萩芽子梢末長 當於秋風之 蕭瑟吹拂時節間 隨之將咲所念矣
佚名 2109
2110 【承前,卅四十七。】
人皆者 芽子乎秋云 縱吾等者 乎花之末乎 秋跡者將言
人皆は 萩を秋と言ふ 縱我は 尾花が末を 秋とは言はむ
天下世間人 皆云以萩為秋矣 人言如此者 吾則當訴猶斯爾 尾花末穗方為秋
佚名 2110
2111 【承前,卅四十八。】
玉梓 公之使乃 手折來有 此秋芽子者 雖見不飽鹿裳
玉梓の 君が使の 手折來る 此秋萩は 見れど飽かぬかも
玉梓華杖兮 君之使人所手折 持來為信物 吾翫此秋芽子者 雖見百遍不飽厭
佚名 2111
2112 【承前,卅四十九。】
吾屋前爾 開有秋芽子 常有者 我待人爾 令見猿物乎
我が宿に 咲ける秋萩 常ならば 我が待つ人に 見せ益物を
吾宿屋前間 所咲秋萩芽子花 若有為常者 願能令吾所待人 相與翫之共為賞
佚名 2112
2113 【承前,卅四二十。】
手寸十名相 殖之名知久 出見者 屋前之早芽子 咲爾家類香聞
手寸十名相 植ゑしく著く 出見れば 宿初萩 咲きにけるかも
辛勞插其枝 獻身所植有效驗 出戶望見者 吾宿屋前初秋萩 於茲始咲綻一面
佚名 2113
2114 【承前,卅四廿一。】
吾屋外爾 殖生有 秋芽子乎 誰標刺 吾爾不所知
我が宿に 植生ほしたる 秋萩を 誰か標刺す 我に知らえず
吾宿庭院內 所以植生秋萩矣 蓋是為誰人 標刺佔作己有哉 在我所不知之間
佚名 2114
2115 【承前,卅四廿二。】
手取者 袖并丹覆 美人部師 此白露爾 散卷惜
手に取れば 袖さへ匂ふ 女郎花 此白露に 散らまく惜しも
以手取之者 衣袖蓋為所渲染 窈窕女郎花 若遭白露摧無情 轉俄零落甚可惜
佚名 2115
2116 【承前,卅四廿三。】
白露爾 荒爭金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根
白露に 爭兼ねて 咲ける萩 散らば惜しけむ 雨莫降りそね
秋荻手弱女 難與白露爭相抗 所咲芽子花 轉俄零落甚可惜 還願天雨莫甚零
佚名 2116
2117 【承前,卅四廿四。】
娍嬬等爾 行相乃速稻乎 苅時 成來下 芽子花咲
娘女等に 行逢早稻を 刈る時に 成にけらしも 萩花咲く
娍嬬娘子兮 行逢交錯季節改 早稻熟稔之 將苅時節既臨哉 萩花齊咲報知秋
佚名 2117
2118 【承前,卅四廿五。】
朝霧之 棚引小野之 芽子花 今哉散濫 未猒爾
朝霧の 棚引く小野の 萩花 今か散るらむ 未だ飽か無くに
朝霧湧霏霺 棚引不去小野之 秋荻芽子花 今蓋將散時節歟 吾人意猶雖未盡
佚名 2118
2119 【承前,卅四廿六。】
戀之久者 形見爾為與登 吾背子我 殖之秋芽子 花咲爾家里
戀しくは 形見にせよと 我が背子が 植ゑし秋萩 花咲きにけり
戀慕情深者 視為信物以思人 親親吾兄子 所植秋萩芽子花 於今始咲展妍顏
佚名 2119
2120 【承前,卅四廿七。】
秋芽子 戀不盡跡 雖念 思惠也安多良思 又將相八方
秋萩に 戀盡さじと 思へども しゑや惜し 亦も逢はめやも
吾人有所思 不為秋荻盡戀慕 雖然有此念 然度花落甚可惜 將來豈有再逢時
佚名 2120
2121 【承前,卅四廿八。】
秋風者 日異吹奴 高圓之 野邊之秋芽子 散卷惜裳
秋風は 日に異に吹きぬ 高圓の 野邊秋萩 散らまく惜しも
蕭瑟秋風吹 凜冽刺骨與日增 寧樂高圓山 野邊秋荻芽子花 因而零落甚可惜
佚名 2121
2122 【承前,卅四廿九。】
大夫之 心者無而 秋芽子之 戀耳八方 奈積而有南
大夫の 心は無しに 秋萩の 戀のみにやも 滯てありなむ
愧稱大丈夫 神魂顛倒失堅毅 秋荻花甚美 愛翫戀慕不能止 魂牽夢縈常繫心
佚名 2122
2123 【承前,卅四三十。】
吾待之 秋者來奴 雖然 芽子之花曾毛 未開家類
我が待ちし 秋は來りぬ 然れども 萩花そも 未咲かずける
吾人所引領 長相待之秋既來 然雖如此者 無奈秋荻芽子花 仍舊含苞未咲矣
佚名 2123
2124 【承前,卅四卅一。】
欲見 吾待戀之 秋芽子者 枝毛思美三荷 花開二家里
見まく欲り 我が待戀ひし 秋萩は 枝も茂茂に 花咲きにけり
朝思復暮想 迫不及待欲相見 魂牽夢縈之 姸哉秋荻芽子花 枝葉繁茂花盛咲
佚名 2124
2125 【承前,卅四卅二。】
春日野之 芽子落者 朝東 風爾副而 此間爾落來根
春日野の 萩は散りなば 朝東風の 風に伴ひて 此間に散來ね
寧樂春日野 野間萩花零落者 蓋隨伴東風 隨風飄蕩乘氣旋 散來此間落芬芳
佚名 2125
2126 【承前,卅四卅三。】
秋芽子者 於鴈不相常 言有者香【一云,言有可聞。】 音乎聞而者 花爾散去流
秋萩は 雁に逢はじと 言へればか【一云、言へれかも。】 聲を聞きては 花に散りぬる
秋萩芽子花 揚言不欲與鴈逢 蓋以言此者【一云,蓋以其言故。】 風聞秋雁鳴啼聲 倏然凋零散去矣
佚名 2126
2127 【承前,卅四卅四。】
秋去者 妹令視跡 殖之芽子 露霜負而 散來毳
秋去らば 妹に見せむと 植ゑし萩 露霜負ひて 散りにけるかも
欲於秋日時 令吾妹妻所翫而 手植秋萩者 負於露霜遭寒摧 倏然凋零散盡矣
佚名 2127
2128 詠鴈 【三首第一。】
秋風爾 山跡部越 鴈鳴者 射矢遠放 雲隱筒
秋風に 大和へ越ゆる 雁が音は 彌遠放る 雲隱りつつ
副乘於秋風 越過虛空見大和 鳴雁啼之音 漸行漸離彌遠放 隱於雲間不知去
佚名 2128
2129 【承前,三首第二。】
明闇之 朝霧隱 鳴而去 鴈者言戀 於妹告社
明闇の 朝霧隱り 鳴きて行く 雁は我が戀 妹に告げこそ
拂曉黯闇間 隱於朝霧雲霞後 啼鳴而去之 翱翔由虛空飛雁者 請告吾戀與伊人
佚名 2129
2130 【承前,三首第三。】
吾屋戶爾 鳴之鴈哭 雲上爾 今夜喧成 國方可聞遊群
我が宿に 鳴きし雁が音 雲上に 今夜鳴くなり 國へかも行く
昔日吾宿間 豎耳傾聽鳴雁音 九重天雲上 今夜喧啼聲可聞 蓋是歸去故鄉哉
佚名 2130
2131 遊群 【承前,十首第一。】
左小壯鹿之 妻問時爾 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時來等霜
佐雄鹿の 妻問ふ時に 月を良み 雁が音聞こゆ 今し來らしも
時逢小壯鹿 問妻求婚之際矣 月色美且秀 飛雁鳴音聲可聞 蓋是飛來在此頃
佚名 2131
2132 【承前,十首第二。】
天雲之 外鴈鳴 從聞之 薄垂霜零 寒此夜者【一云,彌益益爾,戀許曾增焉。】
天雲の 外に雁が音 聞きしより 薄垂霜降り 寒し此夜は【一云、彌增すますに、戀こそ增され。】
遙遙久方兮 天雲之外雁聲鳴 自從聞彼聲 薄垂霜零置斑駁 格別甚寒此夜矣【一云,與寒俱增彌益益,戀慕之情更切焉。】
佚名 2132
2133 【承前,十首第三。】
秋田 吾苅婆可能 過去者 鴈之喧所聞 冬方設而
秋田の 我が刈量の 過ぎぬれば 雁が音聞こゆ 冬か片設て
瑞穗秋田間 吾所生業苅稻之 其分既遂者 鴈之喧音聲可聞 以其寒冬將近矣
佚名 2133
2134 【承前,十首第四。○新古今0497。】
葦邊在 荻之葉左夜藝 秋風之 吹來苗丹 鴈鳴渡【一云,秋風爾,鴈音所聞,今四來霜。】
葦邊なる 荻葉清ぎ 秋風の 吹來る共に 雁鳴渡る【一云、秋風に、雁が音聞こゆ、今し來らしも。】
葦邊所叢生 荻葉聲騷響清清 蕭瑟秋風之 吹來與共隨並進 飛雁鳴渡劃大虛【一云,蕭瑟秋風間,飛鴈鳴泣音可聞,蓋是今之方來哉。】
佚名 2134
2135 【承前,十首第五。】
押照 難波穿江之 葦邊者 鴈宿有疑 霜乃零爾
押照る 難波堀江の 葦邊には 雁寢たる哉 霜降らくに
日光押照矣 澪標難波堀江之 川畔葦邊者 可有雁宿寢之哉 分明霜零降斑駁
佚名 2135
2136 【承前,十首第六。○新古今0498。】
秋風爾 山飛越 鴈鳴之 聲遠離 雲隱良思
秋風に 山飛越ゆる 雁が音の 聲遠離る 雲隱るらし
副乘於秋風 飛越群山度峻嶺 鳴雁啼之音 其聲遠離更千里外 隱於雲間不知去
佚名 2136
2137 【承前,十首第七。】
朝爾徃 鴈之鳴音者 如吾 物念可毛 聲之悲
朝に行く 雁鳴く音は 我が如く 物思へ哉 聲悲しき
朝晨飛去之 斷雁孤鴻鳴音者 蓋猶吾人之 沉於物憂哀思哉 其聲悲切慘戚戚
佚名 2137
2138 【承前,十首第八。】
多頭我鳴乃 今朝鳴奈倍爾 鴈鳴者 何處指香 雲隱良武
鶴が音の 今朝鳴く共に 雁が音は 何處指してか 雲隱るらむ
副於在今朝 鶴音啼泣來鳴而 同時鴈鳴者 當是指於何處向 雲隱千里不知去
佚名 2138
2139 【承前,十首第九。】
野干玉之 夜渡鴈者 欝 幾夜乎歷而鹿 己名乎告
烏玉の 夜渡る雁は 欝く 幾夜を經てか 己が名を告る
漆黑烏玉兮 闇夜越渡飛雁者 其聲鳴欝欝 當經幾夜歷幾宵 延延相告己名哉
佚名 2139
2140 【承前,十首第十。】
璞 年之經徃者 阿跡念登 夜渡吾乎 問人哉誰
新まの 年經往けば 率ふと 夜渡る我を 問ふ人や誰
日新復月異 歲更年之經徃者 對於率眾而 夜渡大虛吾雁身 所問人哉是誰也
佚名 2140
2141 詠鹿鳴 【十六第一。】
比日之 秋朝開爾 霧隱 妻呼雄鹿之 音之亮左
此頃の 秋朝明に 霧隱り 妻呼ぶ鹿の 聲清けさ
比日近頃之 秋夜將過朝明時 隱於迷霧間 雄鹿呼妻聲嘹亮 鳴音響徹不曾絕
佚名 2141
2142 【承前,十六第二。】
左男壯鹿之 妻整登 鳴音之 將至極 靡芽子原
佐雄鹿の 妻呼集ふと 鳴聲の 至らむ極み 靡け萩原
小壯雄鹿之 將欲呼集其妻而 所啼鳴聲之 鳴亮遼遠將至極 所靡草偃此荻原
佚名 2142
2143 【承前,十六第三。】
於君戀 裏觸居者 敷野之 秋芽子凌 左小壯鹿鳴裳
君に戀ひ 衷觸居れば 敷野の 秋萩凌ぎ 佐雄鹿鳴くも
相思慕伊人 不覺衷心悲懷時 磯城敷野之 靡闢秋萩凌芽子 牡鹿悲啼聲可聞
佚名 2143
2144 【承前,十六第四。】
鴈來 芽子者散跡 左小壯鹿之 鳴成音毛 裏觸丹來
雁は來ぬ 萩は散りぬと 佐雄鹿の 鳴くなる聲も 衷觸れにけり
鴈來秋已晚 荻花既散華凋零 呼妻小壯鹿 鳴聲悽悽慘戚戚 聞之衷心更悲哀
佚名 2144
2145 【承前,十六第五。】
秋芽子之 戀裳不盡者 左壯鹿之 聲伊續伊繼 戀許增益焉
秋萩の 戀も盡きねば 佐雄鹿の 聲い繼ぎい繼ぎ 戀こそ增され
胸懷對秋荻 戀慕未解心仍懸 呼妻小壯鹿 淒切啼鳴聲耳聞 相思之情情更催
佚名 2145
2146 【承前,十六第六。】
山近 家哉可居 左小壯鹿乃 音乎聞乍 宿不勝鴨
山近く 家や居るべき 佐雄鹿の 聲を聞きつつ 寐難ぬかも
後悔不當初 興室豈可近山哉 嗚呼小壯鹿 呼妻啼聲悽悽作 聞之輾轉更難眠
佚名 2146
2147 【承前,十六第七。】
山邊爾 射去薩雄者 雖大有 山爾文野爾文 紗少壯鹿鳴母
山邊に い行く獵夫は 多かれど 山にも野にも 佐雄鹿鳴くも
吾人有所思 行去山邊獵夫者 其數雖多矣 然而無論山野間 小壯鹿鳴迴盪樣
佚名 2147
2148 【承前,十六第八。】
足日木笶 山從來世波 左小壯鹿之 妻呼音 聞益物乎
足引の 山より來せば 佐雄鹿の 妻呼ぶ聲を 聞か益物を
足曳勢險峻 若循山道越來者 嗚呼小壯鹿 殷殷切切喚妻聲 回想林間當可聞
佚名 2148
2149 【承前,十六第九。】
山邊庭 薩雄乃禰良比 恐跡 小壯鹿鳴成 妻之眼乎欲焉
山邊には 獵夫狙ひ 畏けど 雄鹿鳴くなり 妻が目を欲り
雖然在山邊 獵夫狩人狙可畏 然而小壯鹿 喚妻鳴聲啼不斷 欲拜妻眉情深切
佚名 2149
2150 【承前,十六第十。】
秋芽子之 散去見 欝三 妻戀為良思 棹壯鹿鳴母
秋萩の 散逝見れば 欝しみ 妻戀すらし 佐雄鹿鳴くも
蓋是見秋萩 芽子散華零落者 心欝悶不樂 相思情湧戀妻歟 小壯鹿兮今鳴泣
佚名 2150
2151 【承前,十六十一。】
山遠 京爾之有者 狹小壯鹿之 妻呼音者 乏毛有香
山遠き 都にし在れば 佐雄鹿の 妻呼ぶ聲は 乏しくもあるか
自於去飛鳥 身在新京離山遠 久居於此者 小壯鹿之喚妻聲 已然難得罕聞矣
佚名 2151
2152 【承前,十六十二。】
秋芽子之 散過去者 左小壯鹿者 和備鳴將為名 不見者乏焉
秋萩の 散過去かば 佐雄鹿は 侘鳴為むな 見ずは乏しみ
一旦秋萩之 芽子華散零落者 嗚呼小壯鹿 其當哀怨侘鳴哉 不得見之催孤悲
佚名 2152
2153 【承前,十六十三。】
秋芽子之 咲有野邊者 左小壯鹿曾 露乎別乍 嬬問四家類
秋萩の 咲ける野邊には 佐雄鹿そ 露を別けつつ 妻問ひしける
秋荻芽子之 所咲盛開野邊者 嗚呼小壯鹿 排開草間闢沾露 踏遍四處訪妻處
佚名 2153
2154 【承前,十六十四。】
奈何壯鹿之 和備鳴為成 蓋毛 秋野之芽子也 繁將落
何ぞ鹿の 侘鳴きすなる 蓋しくも 秋野萩や 繁く散るらむ
何以小壯鹿 侘鳴啼泣聲悽悽 蓋是顧野間 秋荻芽子花散華 頻頻凋零傷感哉
佚名 2154
2155 【承前,十六十五。】
秋芽子之 開有野邊 左壯鹿者 落卷惜見 鳴去物乎
秋萩の 咲たる野邊の 佐雄鹿は 散らまく惜しみ 鳴行く物を
秋荻芽子之 所咲開有野邊間 嗚呼小壯鹿 惋其散華甚可惜 哀切鳴泣啼去矣
佚名 2155
2156 【承前,十六十六。】
足日木乃 山之跡陰爾 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒
足引の 山常蔭に 鳴鹿の 聲聞かすやも 山田守らす子
足曳勢險峻 山之常蔭日影處 鳴鹿喚妻之 孤悲啼泣可聞哉 山田戍守娘子矣
佚名 2156
2157 詠蟬
暮影 來鳴日晚之 幾許 每日聞跡 不足音可聞
夕影に 來鳴く蜩 幾許も 日每に聞けど 飽かぬ聲かも
黃昏暮影間 唧唧來鳴寒蟬者 縱然日復日 時時聞泣聽幾許 不曾飽厭其聲也
佚名 2157
2158 詠蟋 【三首第一。】
秋風之 寒吹奈倍 吾屋前之 淺茅之本爾 蟋蟀鳴毛
秋風の 寒く吹く共 我が宿の 淺茅が本に 蟋蟀鳴くも
其副秋風之 蕭瑟寒拂相與共 吾宿屋前之 淺茅叢生根本處 蟋蟀鳴泣聲不斷
佚名 2158
2159 【承前,三首第二。】
影草乃 生有屋外之 暮陰爾 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞
影草の 生ひたる宿の 夕影に 鳴く蟋蟀は 聞けど飽かぬかも
物陰日蔭之 影草所生庭院間 黃昏暮陰時 唧唧鳴泣蟋蟀聲 雖然聞之不飽厭
佚名 2159
2160 【承前,三首第三。】
庭草爾 村雨落而 蟋蟀之 鳴音聞者 秋付爾家里
庭草に 村雨降りて 蟋蟀の 鳴く聲聞けば 秋付きにけり
盎然庭草上 叢雲驟雨零落而 蟋蟀感蕭瑟 唧唧鳴泣聲可聞 俄然實感秋日臨
佚名 2160
2161 詠蝦 【五首第一。】
三吉野乃 石本不避 鳴川津 諾文鳴來 河乎淨
御吉野の 岩本去らず 鳴蛙 宜も鳴きけり 川を清けみ
芳野御吉野 瀧水處處岩本間 鳴蛙啼不斷 理宜蛙聲響如此 以其川淨河清矣
佚名 2161
2162 【承前,五首第二。】
神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登將云鳥屋
神奈備の 山下響み 行水に 蛙鳴く也 秋と言はむとや
稜威神奈備 聖山麓下所響徹 滔滔行水間 川蛙喧鳴聲不斷 蓋是欲言秋臨矣
佚名 2162
2163 【承前,五首第三。】
草枕 客爾物念 吾聞者 夕片設而 鳴川津可聞
草枕 旅に物思ひ 我が聞けば 夕片設けて 鳴く蛙かも
草枕在異地 羈旅客鄉浸憂思 吾所耳聞者 誰彼難分夕暮時 喧鳴不斷川蛙聲
佚名 2163
2164 【承前,五首第四。】
瀨呼速見 落當知足 白浪爾 河津鳴奈里 朝夕每
瀨を速み 落激ちたる 白波に 蛙鳴く也 朝夕每に
川瀨疾且速 奔流落激泵磅礡 白波滔滔間 川津蛙鳴啼喧囂 朝朝夕夕聲不斷
佚名 2164
2165 【承前,五首第五。】
上瀨爾 河津妻呼 暮去者 衣手寒三 妻將枕跡香
上瀨に 蛙妻呼ぶ 夕去れば 衣手寒み 妻枕むとか
每逢上瀨間 川蛙呼妻夕暮時 吾人有所思 蓋是隻身衣手寒 欲與嬌妻相枕哉
佚名 2165
2166 詠鳥 【二首第一。】
妹手呼 取石池之 浪間從 鳥音異鳴 秋過良之
妹が手を 取石池の 波間ゆ 鳥が音異に鳴く 秋過ぎぬらし
執妹之手兮 和泉國中取石池 自於其波間 鳥聲異鳴聲可聞 蓋是相告秋已盡
佚名 2166
2167 【承前,二首第二。】
秋野之 草花我末 鳴百舌鳥 音聞監香 片聞吾妹
秋野の 尾花が末に 鳴く百舌鳥の 聲聞きけむか 片聞け我妹
蕭瑟秋野間 立諸尾花末穗上 所鳴百舌鳥 其音嘹亮可聞哉 還冀詳聽吾妹矣
佚名 2167
2168 詠露 【九首第一。】
冷芽子丹 置白霧 朝朝 珠年曾見流 置白霧
秋萩に 置ける白露 朝な朝な 玉としそ見る 置ける白露
秋萩芽子花 枝葉所置白露者 日日朝朝間 見之晶瑩猶玉珠 枝葉所置白露矣
佚名 2168
2169 【承前,九首第二。】
暮立之 雨落每【一云,打零者。】 春日野之 尾花之上乃 白霧所念
夕立ちの 雨降る每に【一云、打降れば。】 春日野の 尾花が上の 白露思ほゆ
每逢夕立之 驟雨倏降零落時【一云,驟雨稍降零落者。】 寧樂春日野 尾花末穗梢所置 晶瑩白露更所念
佚名 2169
2170 【承前,九首第三。】
秋芽子之 枝毛十尾丹 露霜置 寒毛時者 成爾家類可聞
秋萩の 枝も撓に 露霜置き 寒くも時は 成にけるかも
秋萩芽子之 枝葉撓曲垂懸盪 露霜紛降置 天寒冷冽時節者 悄悄之間既來矣
佚名 2170
2171 【承前,九首第四。】
白露 與秋芽子者 戀亂 別事難 吾情可聞
白露と 秋萩とには 戀亂れ 別事難き 我が心かも
白露瑩剔透 秋荻婉約令人憐 吾魂為所牽 高下難捨不得判 我情不知當擇何
佚名 2171
2172 【承前,九首第五。】
吾屋戶之 麻花押靡 置露爾 手觸吾妹兒 落卷毛將見
我が宿の 尾花押靡べ 置露に 手觸れ我妹子 落ちまくも見む
吾宿屋戶間 所生尾花押靡而 晶瑩置露矣 吾妹子矣當手觸 欲見其露零落也
佚名 2172
2173 【承前,九首第六。】
白露乎 取者可消 去來子等 露爾爭而 芽子之遊將為
白露を 取らば消ぬべし 去來子等 露に競ひて 萩遊びせむ
剔透白露矣 以手取之則消散 去來子等矣 何不與其露相競 縱情嬉戲遊萩哉
佚名 2173
2174 【承前,九首第七。○新古今0454。】
秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置爾家留
秋田刈る 假廬を作り 我が居れば 衣手寒く 露そ置きにける
奉為苅秋田 權造假廬設小屋 孤身居此者 衣袖冷冽映心寒 露霜降置更寂侘
佚名 2174
2175 【承前,九首第八。】
日來之 秋風寒 芽子之花 令散白露 置爾來下
此頃の 秋風寒し 萩花 散らす白露 置きにけらしも
比日此頃時 秋風甚凍天氣寒 吾人有所思 想來令散秋荻之 白露已然降置哉
佚名 2175
2176 【承前,九首第九。】
秋田苅 苫手搖奈利 白露志 置穗田無跡 告爾來良思【一云,告爾來良思母。】
秋田刈る 苫手動くなり 白露し 置く穗田無しと 告げに來ぬらし【一云、告げに來らしも。】
奉為苅秋田 假廬葺莚苫手動 蓋是來相告 秋寒白露欲降置 卻無穗田可結哉【一云,卻無穗田可結矣。】
佚名 2176
2177 詠山
春者毛要 夏者綠丹 紅之 綵色爾所見 秋山可聞
春は萌え 夏は綠に 紅の 斑に見ゆる 秋山かも
春者色萌黃 夏日翠綠盎生意 今日見之者 點點斑駁染唐紅 綵色龍田秋山矣
佚名 2177
2178 詠黃葉 【卌一第一。】
妻隱 矢野神山 露霜爾 爾寶比始 散卷惜
妻隱る 矢野神山 露霜に 匂始たり 散らまく惜しも
金屋藏嬌兮 籠妻矢野神山者 今逢露霜摧 始染唐紅艷似錦 度其將零甚可惜
柿本人麻呂 2178
2179 【承前,卌一第二。】
朝露爾 染始 秋山爾 鍾禮莫零 在渡金
朝露に 匂始たる 秋山に 時雨莫降りそ 在渡るがね
今逢朝露摧 始染唐紅艷似錦 龍田秋山矣 還冀時雨莫紛降 在其紅葉綵色間
柿本人麻呂 2179
2180 【承前,卌一第三。】
九月乃 鍾禮乃雨丹 沾通 春日之山者 色付丹來
九月の 時雨雨に 濡通り 春日山は 色付きにけり
身逢九月秋 長月時雨雨所零 漬濡濕漉漉 青丹寧樂春日山 斑斑添色染唐紅
佚名 2180
2181 【承前,卌一第四。】
鴈鳴之 寒朝開之 露有之 春日山乎 令黃物者
雁が音の 寒朝明の 露ならし 春日山を 匂はす物は
蓋是雁鳴之 泣聲冷冽晨曦時 朝明露霜哉 所令寧樂春日山 添色黃變絢麗者
佚名 2181
2182 【承前,卌一第五。】
比日之 曉露丹 吾屋前之 芽子乃下葉者 色付爾家里
此頃の 曉露に 我が宿の 萩下葉は 色付きにけり
比日近頃時 拂曉露玉置葉間 吾宿屋前之 秋萩下葉受露催 已然黃變添新色
佚名 2182
2183 【承前,卌一第六。】
鴈音者 今者來鳴沼 吾待之 黃葉早繼 待者辛苦母
雁が音は 今は來鳴きぬ 我が待ちし 黃葉速繼げ 待たば苦しも
鴻雁之音者 既已來鳴報秋至 吾所引領盼 黃葉可否速繼之 久待難堪心甚苦
佚名 2183
2184 【承前,卌一第七。】
秋山乎 謹人懸勿 忘西 其黃葉乃 所思君
秋山を 努人懸く勿 忘れにし 其黃葉の 思ほゆらくに
吾人有所冀 莫與人訴秋山事 魂牽夢所縈 其黃葉者怠將忘 勿令相思情復燃
佚名 2184
2185 【承前,卌一第八。】
大坂乎 吾越來者 二上爾 黃葉流 志具禮零乍
大坂を 我が越來れば 二上に 黃葉流る 時雨降りつつ
大坂穴蟲峠 翻山越嶺跋涉來 寧樂二上山 黃葉流轉隨風飄 時雨不止降紛紛
佚名 2185
2186 【承前,卌一第九。○新古今0464。】
秋去者 置白露爾 吾門乃 淺茅何浦葉 色付爾家里
秋去れば 置く白露に 我が門の 淺茅が末葉 色付きにけり
每逢秋日臨 白露降置告天冷 吾戶屋前之 淺茅末葉受露催 儵然黃變添新色
佚名 2186
2187 【承前,卌一第十。】
妹之袖 卷來乃山之 朝露爾 仁寶布黃葉之 散莫惜裳
妹が袖 卷來山の 朝露に 匂ふ黃葉の 散らまく惜しも
妹袖為枕兮 纏綿卷來之山間 朝霧罩瀰漫 露催葉黃紅似錦 一旦零落甚可惜
佚名 2187
2188 【承前,卌一十一。】
黃葉之 丹穗日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒
黃葉の 匂ひは繁し 然れども 妻梨木を 手折髻首さむ
秋日黃葉之 絢麗斑紅奪人目 雖然如此者 可憐零丁妻梨木 手折髻首以相伴
佚名 2188
2189 【承前,卌一十二。】
露霜乃 寒夕之 秋風丹 黃葉爾來毛 妻梨之木者
露霜の 寒夕の 秋風に 黃葉にけりも 妻梨木は
露霜降至兮 蕭瑟天寒夕暮間 秋風拂悽悽 當其冷氣葉黃變 無妻孤寂妻梨木
佚名 2189
2190 【承前,卌一十三。】
吾門之 淺茅色就 吉魚張能 浪柴乃野之 黃葉散良新
我が門の 淺茅色付く 吉隱の 浪柴野の 黃葉散るらし
吾戶屋前之 淺茅末葉色已添 初瀨吉隱之 寧樂榛原浪柴野 黃葉凋零今舞散
佚名 2190
2191 【承前,卌一十四。】
鴈之鳴乎 聞鶴奈倍爾 高松之 野上乃草曾 色付爾家留
雁が音を 聞きつる共に 高松の 野上草そ 色付きにける
飛燕秋來鳴 耳聞鳥囀聲與共 寧樂高圓之 高松之野原上草 不覺添色染黃變
佚名 2191
2192 【承前,卌一十五。】
吾背兒我 白細衣 徃觸者 應染毛 黃變山可聞
我が背子が 白栲衣 行觸れば 匂ひぬべくも 黃變山かも
吾夫兄子之 白妙素栲細衣矣 若為徃觸者 當為所染沾赤艷 絢爛黃變之山矣
佚名 2192
2193 【承前,卌一十六。】
秋風之 日異吹者 水莖能 岡之木葉毛 色付爾家里
秋風の 日に異に吹けば 水莖の 岡木葉も 色付きにけり
蕭瑟秋風之 與日俱增更吹拂 磐城水莖兮 岡之木葉為風催 已然黃變添唐紅
佚名 2193
2194 【承前,卌一十七。】
鴈鳴乃 來鳴之共 韓衣 裁田之山者 黃始南
雁が音の 來鳴きし共に 韓衣 龍田山は 黃葉始たり
其與飛雁之 來鳴之際殆同時 妙裁韓衣兮 秋日錦織龍田山 絢麗斑駁葉始黃
佚名 2194
2195 【承前,卌一十八。】
鴈之鳴 聲聞苗荷 明日從者 借香能山者 黃始南
雁が音の 聲聞く共に 明日よりは 春日山は 黃葉始なむ
其與飛雁之 鳴啼之際相與共 自於明日起 寧樂奈良春日山 絢麗斑駁葉始黃
佚名 2195
2196 【承前,卌一十九。○新古今0582。】
四具禮能雨 無間之零者 真木葉毛 爭不勝而 色付爾家里
時雨雨 間無くし降れば 真木葉も 爭兼ねて 色付きにけり
時雨之雨矣 紛降無間莫所止 縱令真木葉 難與抗衡不得勝 已然添色褪葉黃
佚名 2196
2197 【承前,卌一二十。】
灼然 四具禮乃雨者 零勿國 大城山者 色付爾家里【謂大城者,在筑前國御笠郡之大野山頂。號曰大城者也。】
灼然く 時雨雨は 降ら無くに 大城山は 色付きにけり【大城と謂ふは、筑前國御笠郡の大野山頂に在り。號けて大城と曰ふ也。】
今觀時雨者 其雨並未零灼然 雖然勢非豪 筑前御笠大城山 已添黃葉織錦紅【謂大城者,在筑前國御笠郡之大野山頂。號曰大城者也。】
佚名 2197
2198 【承前,卌一廿一。】
風吹者 黃葉散乍 小雲 吾松原 清在莫國
風吹けば 黃葉散りつつ 少なくも 吾松原 清から無くに
蕭瑟秋風吹 拂落黃葉零紛紛 隨彼紅葉落 神風伊勢吾松原 環堵蕭然寂更清
佚名 2198
2199 【承前,卌一廿二。】
物念 隱座而 今日見者 春日山者 色就爾家里
物思ふと 隱らひ居りて 今日見れば 春日山は 色付きにけり
時時有所思 隱籠幽居不出戶 今日望見者 奈良寧樂春日山 不覺添色染唐紅
佚名 2199
2200 【承前,卌一廿三。】
九月 白露負而 足日木乃 山之將黃變 見幕下吉
九月の 白露負ひて 足引の 山黃變たむ 見まくしも吉し
其受長月之 九月白露摧冷冽 足曳勢險峻 目前山之將黃變 悠然眺之豈不善
佚名 2200
2201 【承前,卌一廿四。】
妹許跡 馬桉置而 射駒山 撃越來者 紅葉散筒
妹許と 馬に鞍置きて 生駒山 打越來れば 紅葉散りつつ
欲往妹妻許 設置馬鞍啟行而 寧樂生駒嶺 翻山策馬越來者 紅葉既盛凋零矣
佚名 2201
2202 【承前,卌一廿五。】
黃葉為 時爾成良之 月人 楓枝乃 色付見者
黃葉する 時に成らし 月人の 桂枝の 色付く見れば
見微能知著 蓋是黃葉時節矣 觀月人壯士 廣寒宮前散芬芳 桂枝添色見可悉
佚名 2202
2203 【承前,卌一廿六。】
里異 霜者置良之 高松 野山司之 色付見者
里ゆ異に 霜は置くらし 高松の 野山丘の 色付く見れば
迥異與人里 霜者置之良可察 寧樂高松地 野山之丘頂峰間 木葉添色觀可知
佚名 2203
2204 【承前,卌一廿七。】
秋風之 日異吹者 露重 芽子之下葉者 色付來
秋風の 日に異に吹けば 露を重み 萩下葉は 色付きにけり
蕭瑟秋風之 與日俱增更吹拂 玉露重懸梢 以故秋荻下葉者 黃變添色報潮時
佚名 2204
2205 【承前,卌一廿八。】
秋芽子乃 下葉赤 荒玉乃 月之歷去者 風疾鴨
秋萩の 下葉赤變ぬ 新たまの 月經ぬれば 風を疾みかも
秋荻芽子之 下葉赤變染唐紅 何以為之者 日新月異更經時 風吹無情太疾哉
佚名 2205
2206 【承前,卌一廿九。】
真十鏡 見名淵山者 今日鴨 白露置而 黃葉將散
真十鏡 南淵山は 今日もかも 白露置きて 黃葉散るらむ
無曇真十鏡 飛鳥南淵之山者 吾度其今日 蓋當白露置頂上 黃葉將散飄零落
佚名 2206
2207 【承前,卌一三十。】
吾屋戶之 淺茅色付 吉魚張之 夏身之上爾 四具禮零疑
我が宿の 淺茅色付く 吉隱の 夏身上に 時雨降るらし
吾戶屋前之 淺茅末葉色已添 初瀨吉隱之 寧樂吉野菜摘處 夏身時雨今零哉
佚名 2207
2208 【承前,卌一卅一。】
鴈鳴之 寒鳴從 水莖之 岡乃葛葉者 色付爾來
雁が音の 寒く鳴きしゆ 水莖の 岡葛葉は 色付きにけり
自於雁鳴之 悲戚泣聲寒時起 磐城水莖兮 岡之葛葉感時節 轉俄黃葉色已添
佚名 2208
2209 【承前,卌一卅二。】
秋芽子之 下葉乃黃葉 於花繼 時過去者 後將戀鴨
秋萩の 下葉黃葉 花に繼ぎ 時過去かば 後戀ひむかも
秋萩芽子花 下葉之色隨華褪 黃葉色已添 吾度時節過去者 後日憶之戀更增
佚名 2209
2210 【承前,卌一卅三。】
明日香河 黃葉流 葛木 山之木葉者 今之落疑
明日香川 黃葉流る 葛城の 山木葉は 今し散るらし
河內飛鳥川 黃葉流轉織緞紅 蓋是葛城之 二上山間木葉者 今之零落逐流哉
佚名 2210
2211 【承前,卌一卅四。】
妹之紐 解登結而 立田山 今許曾黃葉 始而有家禮
妹が紐 解くと結びて 龍田山 今こそ黃葉 始て有りけれ
欲將解妻紐 所以誓約結紐兮 妙裁龍田山 今日斑駁始葉黃 悄悄添色報秋冷
佚名 2211
2212 【承前,卌一卅五。】
鴈鳴之 寒喧之從 春日有 三笠山者 色付丹家里
雁が音の 寒く鳴きしゆ 春日なる 御笠山は 色付きにけり
自於雁鳴之 悲戚泣聲寒時起 寧樂春日之 神域御蓋三笠山 已然添色報秋冷
佚名 2212
2213 【承前,卌一卅六。】
比者之 五更露爾 吾屋戶乃 秋之芽子原 色付爾家里
此頃の 曉露に 我が宿の 秋萩原 色付きにけり
比日此頃之 五更曉露凝降置 是以吾宿間 秋之萩原為所催 不覺添色染黃變
佚名 2213
2214 【承前,卌一卅七。】
夕去者 鴈之越徃 龍田山 四具禮爾競 色付爾家里
夕去れば 雁越行く 龍田山 時雨に競ひ 色付きにけり
每逢夕暮時 飛雁越行指東去 嗚呼龍田山 奮與時雨競相爭 弩染唐紅添新色
佚名 2214
2215 【承前,卌一卅八。】
左夜深而 四具禮勿零 秋芽子之 本葉之黃葉 落卷惜裳
小夜更けて 時雨勿降りそ 秋萩の 本葉黃葉 散らまく惜しも
夜幕已深邃 還願時雨莫紛降 秋荻芽子之 本葉黃葉受雨摧 散落凋零甚可惜
佚名 2215
2216 【承前,卌一卅九。】
古鄉之 始黃葉乎 手折以 今日曾吾來 不見人之為
故鄉の 初黃葉を 手折持ち 今日そ我が來し 見ぬ人の為
故鄉飛鳥京 黃葉初現染唐紅 手折其枝葉 今日吾持之以來 奉為未見之人矣
佚名 2216
2217 【承前,卌一四十。】
君之家乃 黃葉者早 落 四具禮乃雨爾 所沾良之母
君が家の 黃葉は早く 散りにけり 時雨雨に 濡れにけらしも
吾君家之許 黃葉匆匆褪其色 凋零落紛紛 蓋是其遭時雨澍 沾濡漬濕所以哉
佚名 2217
2218 【承前,卌一卌一。】
一年 二遍不行 秋山乎 情爾不飽 過之鶴鴨
一年に 二度行かぬ 秋山を 心に飽かず 過ぐしつるかも
凡一年之內 其景不復再得見 斑駁秋山矣 翫之不足意未竟 黃葉轉瞬業已過
佚名 2218
2219 詠水田 【三首第一。】
足曳之 山田佃子 不秀友 繩谷延與 守登知金
足引の 山田作る兒 秀でずとも 繩だに延へよ 守ると知るがね
足曳勢險峻 山田所作佃兒矣 田穗雖未秀 還願延繩標所領 令知戍守待結實
佚名 2219
2220 【承前,三首第二。○新古今0459。】
左小壯鹿之 妻喚山之 岳邊在 早田者不苅 霜者雖零
小雄鹿の 妻呼ぶ山の 岡邊なる 早稻田は刈らじ 霜は降るとも
嗚呼小壯鹿 淒涼喚妻回聲盪 山之岡邊在 早稻田者莫急苅 縱令霜降秋冷時
佚名 2220
2221 【承前,三首第三。】
我門爾 禁田乎見者 沙穗內之 秋芽子為酢寸 所念鴨
我が門に 守る田を見れば 佐保內の 秋萩薄 思ほゆるかも
每出此居室 見吾戶前禁田者 便思佐保內 秋荻與芒其繁狀 猶映眼簾我所念
佚名 2221
2222 詠河
暮不去 河蝦鳴成 三和河之 清瀨音乎 聞師吉毛
夕去らず 蛙鳴くなる 三輪川の 清瀨音を 聞かくし良しも
每逢夕暮時 河鹿蛙聲鳴不斷 御室三輪川 潺潺流水響清澈 聞其瀨音吾心暢
佚名 2222
2223 詠月 【七首第一。】
天海 月船浮 桂梶 懸而滂所見 月人壯子
天海に 月舟浮け 桂楫 懸て漕見ゆ 月人壯士
遙遙久方兮 天海滄溟泛月舟 手執桂楫而 榜在星林狀可見 岐嶷月人壯士矣
佚名 2223
2224 【承前,七首第二。】
此夜等者 沙夜深去良之 鴈鳴乃 所聞空從 月立度
此夜等は 小夜更けぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月立渡る
吾度此夜等 其夜更晚深去矣 何以知悉者 今聞雁音蕩太虛 月渡中天狀可見
佚名 2224
2225 【承前,七首第三。】
吾背子之 插頭之芽子爾 置露乎 清見世跡 月者照良思
我が背子が 髻首しの萩に 置露を 清かに見よと 月は照るらし
親親吾夫子 所以髻首秋萩上 晶瑩置露矣 蓋欲使妾觀甚詳 明月照臨歷清清
佚名 2225
2226 【承前,七首第四。】
無心 秋月夜之 物念跡 寐不所宿 照乍本名
心無き 秋月夜の 物思ふと 寐寢らえぬに 照りつつ元無
不能識時務 頑冥無心秋月夜 當吾苦憂思 輾轉不得寐寢時 無由徒照更煩心
佚名 2226
2227 【承前,七首第五。】
不念爾 四具禮乃雨者 零有跡 天雲霽而 月夜清焉
思はぬに 時雨雨は 降りたれど 天雲晴れて 月夜清けし
始料雖未及 時雨之雨忽驟降 然而仰首望 叢雲排開天既霽 明月照臨夜清清
佚名 2227
2228 【承前,七首第六。】
芽子之花 開乃乎再入緒 見代跡可聞 月夜之清 戀益良國
萩花 咲撓りを 見よとかも 月夜清き 戀增さらくに
秋荻芽子花 亂咲絢爛撓枝垂 蓋欲詳端之 明月照覽夜清清 其戀更添當何如
佚名 2228
2229 【承前,七首第七。】
白露乎 玉作有 九月 在明之月夜 雖見不飽可聞
白露を 玉に作したる 九月の 有明月夜 見れど飽かぬかも
晶瑩白露矣 怠作珠玉誠難辨 長月九月之 曉闇有明之月夜 雖見百度未嘗厭
佚名 2229
2230 詠風 【三首第一。】
戀乍裳 稻葉搔別 家居者 乏不有 秋之暮風
戀ひつつも 稻葉搔別け 家居れば 乏しくも非ず 秋夕風
思鄉戀至親 隻身在外別稻葉 苅搔秋稔間 身居假廬不所乏 秋之暮風吹瑟瑟
佚名 2230
2231 【承前,三首第二。】
芽子花 咲有野邊 日晚之乃 鳴奈流共 秋風吹
萩花 咲きたる野邊に 蜩の 鳴くなる共に 秋風吹く
秋萩芽子花 所以盛咲野邊間 其隨日晚之 暮蟬鳴泣聲與共 蕭瑟秋風吹戚戚
佚名 2231
2232 【承前,三首第三。】
秋山之 木葉文未 赤者 今旦吹風者 霜毛置應久
秋山の 木葉も未だ 赤變ねば 今朝吹く風は 霜も置きぬべく
吾望秋山之 山間木葉未黃變 還思秋未深 怎知今旦吹風者 其寒若要置霜冷
佚名 2232
2233 詠芳
高松之 此峯迫爾 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者
高松の 此峰も狹に 笠立てて 滿盛りたる 秋香の良さ
寧樂高松之 此峰迫狹地不廣 頂蓋立笠而 滿開遍部盈盛之 秋香濃郁豈非善
佚名 2233
2234 詠雨 【四首第一。】
一日 千重敷布 我戀 妹當 為暮零所見
一日にも 千重に頻く 我が戀ふる 妹が邊に 時雨降る見ゆ
短短一日間 相思憂情敷千重 吾之所戀慕 朝思暮想伊人許 時雨紛降今可見
柿本人麻呂 2234
2235 【承前,四首第二。】
秋田苅 客乃廬入爾 四具禮零 我袖沾 干人無二
秋田刈る 旅廬りに 時雨降り 我が袖濡れぬ 乾す人無しに
為苅秋田而 旅居假廬客異地 時雨降紛紛 我袖漬濡凍淒涼 無人乾之更寂寥
佚名 2235
2236 【承前,四首第三。】
玉手次 不懸時無 吾戀 此具禮志零者 沾乍毛將行
玉襷 懸けぬ時無き 我が戀は 時雨し降らば 濡れつつも行かむ
玉襷掛手繦 無時不刻莫懸心 吾戀常曝外 若逢時雨驟降者 必然將沾為濡濕
佚名 2236
2237 【承前,四首第四。】
黃葉乎 令落四具禮能 零苗爾 夜副衣寒 一之宿者
黃葉を 散らす時雨の 降るなへに 夜さへそ寒き 獨し寢れば
欲摧秋黃葉 令散零落時雨降 和之相與共 今宵夜冷凍骨寒 孤寢難眠更添愁
佚名 2237
2238 詠霜
天飛也 鴈之翹乃 覆羽之 何處漏香 霜之零異牟
天飛ぶや 雁翼の 覆羽の 何處漏りてか 霜降りけむ
翱翔飛天也 飛雁之翼馳虛空 蓋是其覆羽 漏於何處所致哉 霜之零矣降斑白
佚名 2238
秋相聞
2239 相聞 【五首第一。】
金山 舌日下 鳴鳥 音谷聞 何嘆
秋山の 下緋が下に 鳴鳥の 聲だに聞かば 何か嘆かむ
蕭瑟秋山間 下緋紅葉之蔭處 鳴鳥之所如 啼鳴之聲若可聞 何須愁嘆哀如此
柿本人麻呂 2239
2240 【承前,五首第二。】
誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
誰彼と 我を莫問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つ我を
所在誰彼哉 切莫以此言問我 九月秋夜長 強忍雨露沾漬濕 殷切待君妾身矣
柿本人麻呂 2240
2241 【承前,五首第三。】
秋夜 霧發渡 凡凡 夢見 妹形矣
秋夜の 霧立渡り 欝しく 夢にそ見つる 妹が姿を
洽猶秋夜間 所湧迷霧之所如 晦澀迷濛而 邯鄲夢田得瞥見 相思吾妹光儀矣
柿本人麻呂 2241
2242 【承前,五首第四。】
秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨
秋野の 尾花が末の 生靡き 心は妹に 寄りにけるかも
蕭瑟秋野間 尾花芒草末穗者 風行草自偃 所靡一方似何者 猶吾鍾情唯寄汝
柿本人麻呂 2242
2243 【承前,五首第五。】
秋山 霜零覆 木葉落 歲雖行 我忘八
秋山に 霜降覆ひ 木葉散り 年は行くとも 我忘れめや
寂寥秋山間 冰霜降置覆斑駁 木葉凋零而 不與君逢年雖暮 吾常懸心豈忘哉
柿本人麻呂 2243
2244 寄水田 【八首第一。】
住吉之 岸乎田爾墾 蒔稻 乃而及苅 不相公鴨
住吉の 岸を田に墾り 蒔きし稻 斯くて刈る迄 逢はぬ君かも
墨江住吉之 崖岸開墾以為田 於茲所蒔稻 及於熟稔將苅時 不得與逢吾君矣
佚名 2244
2245 【承前,八首第二。】
剱後 玉纏田井爾 及何時可 妹乎不相見 家戀將居
太刀後 玉纏田居に 何時迄か 妹を相見ず 家戀居らむ
華飾剱鞘兮 玉纏沃地田居間 不得與妻逢 形單影孤苦思鄉 直至何時得止歟
佚名 2245
2246 【承前,八首第三。】
秋田之 穗上置 白露之 可消吾者 所念鴨
秋田の 穗上に置ける 白露の 消ぬべくも我は 思ほゆるかも
熟稔秋田之 穗稍之末上所置 白露之所如 吾身猶露將消散 念君我心怠毀滅
佚名 2246
2247 【承前,八首第四。○新古今1431。】
秋田之 穗向之所依 片緣 吾者物念 都禮無物乎
秋田の 穗向きの寄れる 片寄りに 我は物思ふ 由緣無き物を
禾稼秋田之 稻穗撓靡寄一方 吾欲如穗傾 單戀無報苦憂思 徒然寄心無情人
佚名 2247
2248 【承前,八首第五。】
秋田苅 借廬作 五百入為而 有藍君叫 將見依毛欲得
秋田刈る 假廬作り 廬りして あるらむ君を 見む由もがも
奉為苅秋田 權設假廬築田居 草枕在外地 形單影隻吾君矣 還願有由能相晤
佚名 2248
2249 【承前,八首第六。】
鶴鳴之 所聞田井爾 五百入為而 吾客有跡 於妹告社
鶴が音の 聞こゆる田居に 廬りして 我旅也と 妹に告げこそ
鶴鳴蕩虛空 啼聲可聞田居間 吾人假廬而 草枕客在於茲也 還望傳言告妻知
佚名 2249
2250 【承前,八首第七。】
春霞 多奈引田居爾 廬付而 秋田苅左右 令思良久
春霞 棚引く田居に 廬築きて 秋田刈る迄 思はしむらく
自於春霞湧 霏霺懸引田居間 以至設假廬 秋稔結穗收割頃 單戀相思無止哉
佚名 2250
2251 【承前,八首第八。】
橘乎 守部乃五十戶之 門田年稻 苅時過去 不來跡為等霜
橘を 守部里の 門田早稻 刈る時過ぎぬ 來じとすらしも
吾人有所思 非時香菓橘實兮 守部里門田 早稻苅時早過矣 蓋是移情不復來
佚名 2251
2252 寄露 【八首第一。○新古今0333。】
秋芽子之 開散野邊之 暮露爾 沾乍來益 夜者深去鞆
秋萩の 咲散る野邊の 夕露に 濡れつつ來坐せ 夜は更けぬとも
一心盼君臨 秋荻咲散小野中 還願君有情 暮露沾襟越野來 縱令夜深不辭勞
佚名 2252
2253 【承前,八首第二。】
色付相 秋之露霜 莫零根 妹之手本乎 不纏今夜者
色付かふ 秋露霜 莫降りそね 妹が手本を 枕かぬ今夜は
為木添新色 秋之冷冽露霜矣 還願莫零降 隻身孤寢無人伴 不枕妻腕今夜者
佚名 2253
2254 【承前,八首第三。】
秋芽子之 上爾置有 白露之 消鴨死猿 戀乍不有者
秋萩の 上に置きたる 白露の 消かもしな益 戀ひつつ有らずは
不若猶秋萩 葉上所置白露之 消散不留蹤 一了百了絕命緒 勝過苦戀愁斷腸
佚名 2254
2255 【承前,八首第四。】
吾屋前 秋芽子上 置露 市白霜 吾戀目八面
我が宿の 秋萩上に 置露の 顯著くしも 我戀ひめやも
吾宿屋前之 庭園秋萩芽子上 置露引側目 如此顯著令人知 張揚之戀豈為哉
佚名 2255
2256 【承前,八首第五。】
秋穗乎 之努爾押靡 置露 消鴨死益 戀乍不有者
秋穗を 繁に押靡べ 置露の 消かもしな益 戀ひつつ在らずは
不若猶秋穗 豐稔撓屈末穗上 置露之所如 俄然消逝絕命緒 勝過苦戀愁斷腸
佚名 2256
2257 【承前,八首第六。】
露霜爾 衣袖所沾而 今谷毛 妹許行名 夜者雖深
露霜に 衣手濡れて 今だにも 妹許行かな 夜は更けぬとも
一心繫伊人 雖然露霜濕衣袖 吾不以為意 只願即刻赴妹許 縱令夜深不辭勞
佚名 2257
2258 【承前,八首第七。】
秋芽子之 枝毛十尾爾 置霧之 消毳死猿 戀乍不有者
秋萩の 枝も撓に 置露の 消かもしな益 戀ひつつ有らずは
不若猶秋萩 枝葉末梢垂撓屈 置露之所如 俄然消逝絕命緒 勝過苦戀愁斷腸
佚名 2258
2259 【承前,八首第八。】
秋芽子之 上爾白露 每置 見管曾思怒布 君之光儀呼
秋萩の 上に白露 置く每に 見つつそ偲ふ 君が姿を
秋萩芽子之 枝葉之上置白露 每見彼露置 觸景生情有所偲 更念君之光儀矣
佚名 2259
2260 寄風 【二首第一。】
吾妹子者 衣丹有南 秋風之 寒比來 下著益乎
我妹子は 衣に有らなむ 秋風の 寒き此頃 下に著ましを
願得吾妹子 肌身著衣為形見 蕭瑟秋風之 冷冽凍骨寒此頃 冀著衣下貼膚暖
佚名 2260
2261 【承前,二首第二。】
泊瀨風 如是吹三更者 及何時 衣片敷 吾一將宿
泊瀨風 如是吹く宵は 何時迄か 衣片敷き 我が獨寢む
長谷泊瀨風 如是吹拂三更夜 當及於何時 吾人片敷衣裳而 孤寢輾轉總難眠
佚名 2261
2262 寄雨 【二首第一。】
秋芽子乎 令落長雨之 零比者 一起居而 戀夜曾大寸
秋萩を 散らす長雨の 降る頃は 獨起居て 戀ふる夜そ多き
每摧秋萩而 令其凋散長雨之 零落此頃者 吾人隻身獨起居 憂思愁夜寔多矣
佚名 2262
2263 【承前,二首第二。】
九月 四具禮乃雨之 山霧 烟寸吾胷 誰乎見者將息【一云,十月,四具禮乃雨降。】
九月の 時雨雨の 山霧の 烟き我が胸 誰を見ば止まむ【一云、十月、時雨雨降り。】
長月九月矣 時雨之雨所致兮 山霧之所如 吾胸抑鬱烟瀰漫 見乎誰者才方歇【一云,神無十月之,時雨之雨降紛紛。】
佚名 2263
2264 寄蟋
蟋蟀之 待歡 秋夜乎 寐驗無 枕與吾者
蟋蟀の 待喜ぶる 秋夜を 寢る験無し 枕と我とは
雖是蟋蟀之 歡喜引領所期盼 愉待秋夜者 雖寢無驗誠空虛 與枕相對無人伴
佚名 2264
2265 寄蝦
朝霞 鹿火屋之下爾 鳴蝦 聲谷聞者 吾將戀八方
朝霞 鹿火屋が下に 鳴く蛙 聲だに聞かば 我戀ひめやも
朝霞瀰漫兮 鹿火田畑屋之下 所鳴川蛙矣 若得稍聞彼鳴聲 吾豈相思愁如此
佚名 2265
2266 寄鴈
出去者 天飛鴈之 可泣美 且今日且今日云二 年曾經去家類
出て去なば 天飛ぶ雁の 泣きぬべみ 今日今日と言ふに 年そ經にける
羈旅出去者 其猶騰空飛雁之 離情催鳴泣 每道今日且今日 不覺月累復經年
佚名 2266
2267 寄鹿 【二首第一。○新敕撰0725。】
左小壯鹿之 朝伏小野之 草若美 隱不得而 於人所知名
佐雄鹿の 朝伏す小野の 草若み 隱らひ兼ねて 人に知らゆな
其猶小壯鹿 所以朝伏小野之 草稚未深故 不得隱匿之所如 為人所知天下悉
佚名 2267
2268 【承前,二首第二。】
左小壯鹿之 小野之草伏 灼然 吾不問爾 人乃知良久
佐雄鹿の 小野草伏 灼然く 我が問は無くに 人の知れらく
其猶小壯鹿 身伏小野所寢之 寐跡歷然矣 吾之比日不問者 為人所知天下悉
佚名 2268
2269 寄鶴
今夜乃 曉降 鳴鶴之 念不過 戀許增益也
今夜の 曉降ち 鳴鶴の 思ひは過ぎず 戀こそ增され
其猶今宵之 曉時將盡欲拂曉 鳴鶴之所如 相思之情不能止 徒增戀慕更焦身
佚名 2269
2270 寄草
道邊之 乎花我下之 思草 今更更爾 何物可將念
道邊の 尾花が下の 思草 今更更に 何をか思はむ
洽猶道邊之 芒草尾花下蔭生 思草之所如 至於今日此時頃 將念何物憂至此
佚名 2270
2271 寄花 【廿三第一。】
草深三 蟋多 鳴屋前 芽子見公者 何時來益牟
草深み 蟋蟀澤に 鳴く宿の 萩見に君は 何時か來坐さむ
盎然草木深 蟋蟀繁鳴聲不斷 我宿屋戶前 來翫荻花吾君矣 至於何時可相見
佚名 2271
2272 【承前,廿三第二。】
秋就者 水草花乃 阿要奴蟹 思跡不知 直爾不相在者
秋就けば 水草花の 散ぬがに 思へど知らじ 直に逢はざれば
每逢秋就者 便如水草花所如 散盡殆殞身 焦慕如焚君不知 莫得直逢相晤者
佚名 2272
2273 【承前,廿三第三。】
何為等加 君乎將猒 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎
何すとか 君を厭はむ 秋萩の 其初花の 嬉しき物を
當為何事而 可以嚴顏厭君哉 秋荻芽子之 始咲初華之所如 歡愉不及無由嫌
佚名 2273
2274 【承前,廿三第四。】
展傳 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容皃之花
臥轉び 戀ひは死ぬとも 灼然く 色には出でじ 朝顏花
縱令身輾轉 苦心焦戀殆毀滅 不欲令人之 豈將作色現灼然 朝顏之華過艷矣
佚名 2274
2275 【承前,廿三第五。】
言出而 云者忌染 朝皃乃 穗庭開不出 戀為鴨
言に出でて 言はば忌しみ 朝顏の 穗には咲出ぬ 戀もするかも
不當輕言矣 甚忌揚言不吉矣 啟當如朝顏 吾穗不咲隱戀忍 深埋心中莫張揚
佚名 2275
2276 【承前,廿三第六。】
鴈鳴之 始音聞而 開出有 屋前之秋芽子 見來吾世古
雁が音の 初聲聞きて 咲出たる 宿秋萩 見に來我が背子
其隨飛雁之 鳴泣初啼聲可聞 因而咲綻放 我宿秋萩妍華矣 還冀來賞吾夫子
佚名 2276
2277 【承前,廿三第七。○新古今0346。】
左小壯鹿之 入野乃為酢寸 初尾花 何時加妹之 手將枕
佐雄鹿の 入野芒 初尾花 何時しか妹が 手を枕かむ
小壯雄鹿之 入野之芒所叢生 初尾花所如 窈窕淑女吾好裘 何時可枕汝手哉
佚名 2277
2278 【承前,廿三第八。】
戀日之 氣長有者 三苑囿能 辛藍花之 色出爾來
戀ふる日の 日長くしあれば 我が苑の 韓藍花の 色に出でにけり
吾人憂戀慕 相思既久時日長 以故我苑間 韓藍花開盛綻放 顯色將為他人知
佚名 2278
2279 【承前,廿三第九。】
吾鄉爾 今咲花乃 娘部四 不堪情 尚戀二家里
我が里に 今咲く花の 女郎花 堪へぬ心に 尚戀ひにけり
吾鄉故里間 今時滿咲遍綻放 窈窕女郎花 吾心難堪相思愁 尚戀不止更煎熬
佚名 2279
2280 【承前,廿三第十。】
芽子花 咲有乎見者 君不相 真毛久二 成來鴨
萩花 咲けるを見れば 君に逢はず 誠も久に 成にけるかも
每見秋荻之 滿山盛咲遍地者 觸景有所念 與君相隔在異地 離別時日誠久矣
佚名 2280
2281 【承前,廿三十一。】
朝露爾 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
朝露に 咲樂溢たる 月草の 日斜つ共に 消ぬべく思ほゆ
迷濛朝霧間 盎然盛咲避人目 月草之所如 欲與日斜相共傾 沒入朦朧隱此身
佚名 2281
2282 【承前,廿三十二。】
長夜乎 於君戀乍 不生者 開而落西 花有益乎
長夜を 君に戀ひつつ 生けらずは 咲きて散りにし 花なら益を
恨秋之夜長 焦戀慕君苦相思 苟延殘喘者 不若如花咲而散 凋零殞命得百了
佚名 2282
2283 【承前,廿三十三。】
吾妹兒爾 相坂山之 皮為酢寸 穗庭開不出 戀度鴨
我妹子に 逢坂山の 旗芒 穗には咲出ず 戀渡るかも
親親吾妹子 逢坂山間所叢生 旗芒之所如 穗不咲出隱心中 默默暗戀埋胸懷
佚名 2283
2284 【承前,廿三十四。】
率爾 今毛欲見 秋芽子之 四搓二將有 妹之光儀乎
率く 今も見が欲し 秋萩の 搓ひにあるらむ 妹が姿を
倉促急率爾 且今速欲得拜眉 秋荻之所如 嬌撓窈窕柔華奢 心懸吾妹光儀哉
佚名 2284
2285 【承前,廿三十五。】
秋芽子之 花野乃為酢寸 穗庭不出 吾戀度 隱嬬波母
秋萩の 花野芒 穗には出ず 我が戀渡る 隱妻はも
秋荻所盛咲 百花絢爛原野間 芒薄不出穗 吾竊長相所戀慕 親親隱妻今何如
佚名 2285
2286 【承前,廿三十六。】
吾屋戶爾 開秋芽子 散過而 實成及丹 於君不相鴨
我が宿に 咲きし秋萩 散過ぎて 實になる迄に 君に逢はぬかも
至於吾屋戶 所咲秋萩芽子花 凋散零落而 結實之日為止矣 未嘗得與君相逢
佚名 2286
2287 【承前,廿三十七。】
吾屋前之 芽子開二家里 不落間爾 早來可見 平城里人
我が宿の 萩咲きにけり 散らぬ間に 早來て見べし 奈良里人
吾宿屋前之 秋萩芽子已盛咲 在其未散間 宜當速來共相翫 寧樂奈良里人矣
佚名 2287
2288 【承前,廿三十八。】
石走 間間生有 皃花乃 花西有來 在筒見者
石橋の 間間に生ひたる 顏花の 花にし在けり 在つつ見れば
砌磴石橋之 走石間間所生有 貌花之所如 雖然開花不結實 見彼徒花嘆欷歔
佚名 2288
2289 【承前,廿三十九。】
藤原 古鄉之 秋芽子者 開而落去寸 君待不得而
藤原の 古りにし里の 秋萩は 咲きて散りにき 君待兼ねて
舊都藤原京 人去樓空故里間 秋萩芽子者 咲而落去散凋零 不堪久待君不來
佚名 2289
2290 【承前,廿三二十。】
秋芽子乎 落過沼蛇 手折持 雖見不怜 君西不有者
秋萩を 散過ぎぬべみ 手折持ち 見れども寂し 君にしあらねば
吾見秋萩之 芽子盛過將凋零 折枝持身徬 雖然相翫仍寂寥 以其花者非君也
佚名 2290
2291 【承前,廿三廿一。】
朝開 夕者消流 鴨頭草乃 可消戀毛 吾者為鴨
朝咲き 夕は消ぬる 月草の 消ぬべき戀も 我はするかも
朝開夕消逝 轉瞬凋零不久長 月草誠虛渺 如是黯然痛傷神 苦戀吾人為之矣
佚名 2291
2292 【承前,廿三廿二。】
蜒野之 尾花苅副 秋芽子之 花乎葺核 君之借廬
秋津野の 尾花刈添へ 秋萩の 花を葺かさね 君が假廬に
蜻蛉秋津野 割苅尾花更添副 秋萩芽子之 妍花折之飾屋葺 為君所寢假廬上
佚名 2292
2293 【承前,廿三廿三。】
咲友 不知師有者 默然將有 此秋芽子乎 令視管本名
咲けりとも 知らずしあらば 默もあらむ 此秋萩を 見せつつ元無
若不知其咲 豈將觸景更生情 本可默然而 不巧誰叫君無由 令我觀此秋荻哉
佚名 2293
2294 寄山 【○新古今1688。】
秋去者 鴈飛越 龍田山 立而毛居而毛 君乎思曾念
秋去れば 雁飛越ゆる 龍田山 立ちても居ても 君をしそ思ふ
每逢秋臨時 鳴雁翔空所飛越 秋稼龍田山 坐立不安心忐忑 無時無刻不念君
佚名 2294
2295 寄黃葉 【三首第一。】
我屋戶之 田葛葉日殊 色付奴 不來座君者 何情曾毛
我が宿の 葛葉日に異に 色付きぬ 來坐さぬ君は 何心そも
吾宿屋庭間 葛葉日異添新色 黃變至如此 然而吾君遲不來 汝心究竟做何想
佚名 2295
2296 【承前,三首第二。】
足引乃 山佐奈葛 黃變及 妹爾不相哉 吾戀將居
足引の 山實葛 黃變迄 妹に逢はずや 我が戀居らむ
足曳勢險峻 及於峻山山實葛 轉俄黃變矣 吾仍無由與妹逢 唯有戀慕愁相思
佚名 2296
2297 【承前,三首第三。】
黃葉之 過不勝兒乎 人妻跡 見乍哉將有 戀敷物乎
黃葉の 過兼てぬ子を 人妻と 見つつやあらむ 戀しき物を
黃葉零落兮 難以忘懷彼佳人 自今而後者 誠當視作人妻哉 戀慕至此甚惆悵
佚名 2297
2298 寄月 【三首第一。】
於君戀 之奈要浦觸 吾居者 秋風吹而 月斜焉
君に戀ひ 萎心荒振れ 我が居れば 秋風吹きて 月傾きぬ
慕君情意亂 心力憔悴志消沉 居坐待君者 秋風吹拂沁骨寒 月傾將明人不來
佚名 2298
2299 【承前,三首第二。】
秋夜之 月疑意君者 雲隱 須臾不見者 幾許戀敷
秋夜の 月かも君は 雲隱り 須臾く見ねば 幾許戀しき
吾度我君者 蓋似秋夜月矣哉 雲隱匿形姿 須臾悄然不見者 戀慕幾許念如斯
佚名 2299
2300 【承前,三首第三。】
九月之 在明能月夜 有乍毛 君之來座者 吾將戀八方
九月の 有明月夜 在つつも 君が來坐さば 我戀ひめやも
長月九月間 有明月夜之所如 若能常在此 得君時時來訪者 吾豈苦戀愁如斯
佚名 2300
2301 寄夜 【三首第一。】
忍咲八師 不戀登為跡 金風之 寒吹夜者 君乎之曾念
良しゑやし 戀ひじとすれど 秋風の 寒吹く夜は 君をしそ思ふ
一了而百了 吾心決意不復戀 然而當秋風 沁骨吹拂天寒夜 不覺思君更抑鬱
佚名 2301
2302 【承前,三首第二。】
或者之 痛情無跡 將念 秋之長夜乎 寤臥耳
或人の 嗚呼心無と 思ふらむ 秋長夜を 寢覺伏すのみ
蓋是或人念 嗚呼春宵不識趣 以為夜短故 吾人更傷秋夜長 孤寢難眠寤覺爾
佚名 2302
2303 【承前,三首第三。】
秋夜乎 長跡雖言 積西 戀盡者 短有家里
秋夜を 長しと言へど 積もりにし 戀を盡せば 短くありけり
縱觀人世間 雖然總云秋夜長 然吾有所思 此戀憂情積久長 若欲盡之恨夜短
佚名 2303
2304 寄衣
秋都葉爾 爾寶敝流衣 吾者不服 於君奉者 夜毛著金
秋葉に 匂へる衣 我は著じ 君に奉らば 夜も著るがね
秋葉現火紅 染作朱艷此衣裳 吾者不服之 若以此裳奉君者 漫漫長夜可著哉
佚名 2304
2305 問答 【四首第一。】
旅尚 襟解物乎 事繁三 丸宿吾為 長此夜
旅に尚 紐解く物を 言繁み 丸寢そ我がする 長此夜を
羈旅在異地 尚有豔遇解紐者 然吾畏蜚語 不解衣襟丸寢而 隻身孤度此長夜
佚名 2305
2306 【承前,四首第二。】
四具禮零 曉月夜 紐不解 戀君跡 居益物
時雨降る 曉月夜 紐解かず 戀ふらむ君と 居ら益物を
時雨降紛紛 天將曙前曉月夜 衣紐無由解 若得與吾引領盼 戀君與共豈傷神
佚名 2306
2307 【承前,四首第三。】
於黃葉 置白露之 色葉二毛 不出跡念者 事之繁家口
黃葉に 置白露の 色葉にも 出じと思へば 言繁けく
豈如黃葉上 置有白露色葉之 灼然顯於色 吾度自身隱此情 怎知流言蜚語傳
佚名 2307
2308 【承前,四首第四。】
雨零者 瀧都山川 於石觸 君之摧 情者不持
雨降れば 激山川 岩に觸れ 君が碎けむ 心は持たじ
若逢雨零者 山川猛爆水勢狂 觸岩碎激越 然吾心柔情不堅 無由摧君碎如斯
佚名 2308
2309 譬喻歌
祝部等之 齋經社之 黃葉毛 標繩越而 落云物乎
祝等が 齋社の 黃葉も 標繩越えて 散ると云物を
縱令祝部等 所以潔齋嚴守戍 大社黃葉者 亦有飄散越神域 凋零標繩外時矣
佚名 2309
2310 旋頭歌 【二首第一。】
蟋蟀之 吾床隔爾 鳴乍本名 起居管 君爾戀爾 宿不勝爾
蟋蟀の 我が床邊に 鳴きつつ元無 起居つつ 君に戀ふるに 寐兼て無くに
唧唧復唧唧 吾之所寐床緣處 蟋蟀無由鳴不斷 輾轉又反覆 想戀起居倍思君 更不得眠夜將明
佚名 2310
2311 【承前,二首第二。】
皮為酢寸 穗庭開不出 戀乎吾為 玉蜻 直一目耳 視之人故爾
旗芒 穗には咲出ぬ 戀を我がする 玉限る 唯一目のみ 見し人故に
旗芒之所如 黯然隱忍穗不咲 秘藏幽戀我為之 玉限魂極兮 奉為轉瞬所瞥見 一期一會伊人故
佚名 2311
冬雜歌
2312 雜歌 【四首第一。】
我袖爾 雹手走 卷隱 不消有 妹為見
我が袖に 霰た走る 卷隱し 消たずてあらむ 妹が見む為
吾袖衣手間 霰雪奔騰零來矣 今欲包取之 裹持呵護不令消 奉為將來使妻見
柿本人麻呂 2312
2313 【承前,四首第二。】
足曳之 山鴨高 卷向之 木志乃子松二 三雪落來
足引の 山かも高き 卷向の 崖小松に 御雪降來る
足曳勢險峻 蓋是此山高故哉 纏向穴師之 崖之小松末梢上 御雪落來降紛紛
柿本人麻呂 2313
2314 【承前,四首第三。○新古今0020。】
卷向之 檜原毛未 雲居者 子松之末由 沫雪流
卷向の 檜原も未だ 雲居ねば 小松が末ゆ 沫雪流る
分明寧樂之 纏向檜原雲未居 何以轉瞬間 自於小松末梢上 沫雪飄零流轉哉
柿本人麻呂 2314
2315 【承前,四首第四。】
足引 山道不知 白柯杙 枝母等乎乎爾 雪落者【或云、枝毛多和多和。】
足引の 山道も知らず 白橿の 枝も撓に 雪降れれば【或云、枝も撓撓。】
足曳勢險峻 山道亦不知所蹤 何以如此者 白橿之枝亦撓曲 雪降紛紛遂所以【或云、白橿枝亦曲撓撓。】
柿本人麻呂 2315
右,柿本朝臣人麻呂之歌集出也。但,件一首,或本云:「三方沙彌作。」
2316 詠雪 【九首第一。】
奈良山乃 峯尚霧合 宇倍志社 前垣之下乃 雪者不消家禮
奈良山の 峰尚霧らふ 宜しこそ 籬下の 雪は消ずけれ
吾觀寧樂之 奈良山峰霧尚籠 理宜灼然矣 無怪籬下前垣許 積雪仍置未消熔
佚名 2316
2317 【承前,九首第二。】
殊落者 袖副沾而 可通 將落雪之 空爾消二管
殊降らば 袖さへ濡れて 通るべく 降らなむ雪の 空に消につつ
吾人有所嘆 既然天雪必零者 不若濡袖濕 當應豪降落雪者 飄渺消熔逝空中
佚名 2317
2318 【承前,九首第三。】
夜乎寒三 朝戶乎開 出見者 庭毛薄太良爾 三雪落有【一云,庭裳保杼呂爾,雪曾零而有。】
夜を寒み 朝戶を開き 出見れば 庭も薄垂に 御雪降りたり【一云、庭も斑に、雪そ降りたる。】
冬夜天寒故 敞開朝戶出見者 放眼之所望 庭間薄垂置斑駁 御雪飄零降紛紛【一云,庭間斑駁積薄垂,御雪飄零降置矣。】
佚名 2318
2319 【承前,九首第四。】
暮去者 衣袖寒之 高松之 山木每 雪曾零有
夕去れば 衣手寒し 高松の 山木每に 雪そ降りたる
每逢夕暮時 衣袖寒之涼刺骨 寧樂高松之 山間木木無遺漏 株株雪零置斑駁
佚名 2319
2320 【承前,九首第五。】
吾袖爾 零鶴雪毛 流去而 妹之手本 伊行觸粳
我が袖に 降りつる雪も 流行きて 妹が手本に い行觸れぬか
吾人衣袖上 所以降置沫雪者 可以更流離 乘風扶搖更飄零 行觸吾妹手袖哉
佚名 2320
2321 【承前,九首第六。】
沫雪者 今日者莫零 白妙之 袖纏將干 人毛不有君
淡雪は 今日は莫降りそ 白栲の 袖枕乾さむ 人も有ら無くに
還冀沫雪者 在於今日莫零之 素妙白栲兮 衣袖為枕為我乾 伊人如今不在茲
佚名 2321
2322 【承前,九首第七。】
甚多毛 不零雪故 言多毛 天三空者 陰相管
甚多も 降らぬ雪故 言痛くも 天御空は 曇らひにつつ
分明其雪者 稀疏所降不甚多 何以蜚語繁 浮雲蔽日遮天際 御空陰鬱曇不散
佚名 2322
2323 【承前,九首第八。】
吾背子乎 且今且今 出見者 沫雪零有 庭毛保杼呂爾
我が背子を 今か今かと 出見れば 沫雪降れり 庭も斑に
心念吾夫子 且今且今將臨乎 出門迎見者 沫雪飄零降稀疏 庭中薄垂置斑駁
佚名 2323
2324 【承前,九首第九。】
足引 山爾白者 我屋戶爾 昨日暮 零之雪疑意
足引の 山に白きは 我が宿に 昨日夕 降りし雪哉
足曳勢險峻 遠山所以素白者 蓋是吾宿之 昨日誰彼夕暮時 所零皓雪所為哉
佚名 2324
2325 詠花 【五首第一。】
誰苑之 梅花毛 久堅之 消月夜爾 幾許散來
誰が園の 梅花そも 久方の 清き月夜に 幾許散來る
其是誰苑之 所咲梅花也矣哉 遙遙久方兮 清冽冷澈月夜間 幾許散來降斑駁
佚名 2325
2326 【承前,五首第二。】
梅花 先開枝乎 手折而者 裹常名付而 與副手六香聞
梅花 先咲く枝を 手折りてば 裹と名付けて 寄へてむかも
暗香浮動兮 手取梅花率先咲 折枝而裹者 周遭速噂為饋贈 流言蜚語傳不斷
佚名 2326
2327 【承前,五首第三。】
誰苑之 梅爾可有家武 幾許毛 開有可毛 見我欲左右手二
誰が園の 梅にかありけむ 幾許くも 咲きてあるかも 見が欲し迄に
其是誰苑之 所咲梅花也矣哉 幾許復幾許 盛咲如斯無所惜 令人神往欲翫之
佚名 2327
2328 【承前,五首第四。】
來可視 人毛不有爾 吾家有 梅之早花 落十方吉
來て見べき 人も有ら無くに 我家なる 梅初花 散りぬとも良し
近頃有所思 既然無人可來翫 我家庭院中 暗香浮動梅初花 汝縱散盡亦可也
佚名 2328
2329 【承前,五首第五。】
雪寒三 咲者不開 梅花 縱比來者 然而毛有金
雪寒み 咲きには咲かず 梅花 縱此頃は 然而もあるがね
以雪嚴寒故 縱令咲者不得開 暗香梅花矣 縱情比來含苞者 如斯未放可矣也
佚名 2329
2330 詠露
為妹 末枝梅乎 手折登波 下枝之露爾 沾爾家類可聞
妹が為 上枝梅を 手折るとは 下枝露に 濡れにけるかも
奉為吾愛妻 將取上枝末梢梅 遂而手折者 不覺下枝玉露沾 漬濡衣袖濕我裳
佚名 2330
2331 詠黃葉 【○新古今0657。】
八田乃野之 淺茅色付 有乳山 峯之沫雪 寒零良之
八田野の 淺茅色付く 愛發山 峰沫雪 寒く散るらし
吾觀寧樂郊 八田野之淺茅原 儼然添色黃 想必愛發峰頂上 沫雪零之降天寒
佚名 2331
2332 詠月
左夜深者 出來牟月乎 高山之 峯白雲 將隱鴨
小夜更けば 出來む月を 高山の 峰白雲 隱してむかも
小夜將深而 終於出來遲月矣 蓋將為高山 峯頂白雲之所蔽 仍舊不得拜眉哉
佚名 2332
冬相聞
2333 相聞 【二首第一。】
零雪 虛空可消 雖戀 相依無 月經在
降雪の 虛空に消ぬべく 戀ふれども 逢由無しに 月そ經にける
洽猶零雪之 逝於虛空意消沉 吾雖慕不止 苦無逢由莫得見 不覺日久月已經
柿本人麻呂 2333
2334 【承前,二首第二。】
阿和雪 千重零敷 戀為來 食永我 見偲
沫雪は 千重に降敷け 戀しくの 日長き我は 見つつ偲はむ
細碎沫雪者 千重零敷累降置 戀慕日時久 不止相思我情長 望彼積雪騁所偲
柿本人麻呂 2334
2335 寄露
咲出照 梅之下枝爾 置露之 可消於妹 戀頃者
咲出照る 梅下枝に 置露の 消ぬべく妹に 戀ふる此頃
咲出發艷華 梅之下枝上所置 玉露之所如 吾苦相思怠消逝 心戀伊人此頃矣
佚名 2335
2336 寄霜
甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於爾 霜降夜焉
甚も 夜更けて勿行き 道邊の 齋笹上に 霜降る夜を
逢瀨恨苦短 莫甚歸去在夜深 於此道邊之 潔齋小竹笹葉上 霜降天寒此夜間
佚名 2336
2337 寄雪 【十二第一。】
小竹葉爾 薄太禮零覆 消名羽鴨 將忘云者 益所念
笹葉に 薄垂降覆ひ 消なばかも 忘れむと言へば 增して思ほゆ
若猶笹葉上 薄垂降覆沫雪之 消逝無蹤者 吾冀可忘淡此情 無奈思慕唯徒增
佚名 2337
2338 【承前,十二第二。】
霰落 板敢風吹 寒夜也 旗野爾今夜 吾獨寐牟
霰降り 板間風吹き 寒夜や 旗野に今夜 我が獨寢む
霰落冰霜零 板間風吹冷刺骨 冰凍寒夜也 今夜大和旗野間 寂寞孤身我獨寢
佚名 2338
2339 【承前,十二第三。】
吉名張乃 野木爾零覆 白雪乃 市白霜 將戀吾鴨
吉隱の 野木に降覆ふ 白雪の 灼然くしも 戀ひむ我かも
初瀨吉隱間 野中立木所零覆 皓雪之所如 明目張膽顯灼然 公諸之戀吾豈為
佚名 2339
2340 【承前,十二第四。】
一眼見之 人爾戀良久 天霧之 零來雪之 可消所念
一目見し 人に戀ふらく 天霧らし 降來る雪の 消ぬべく思ほゆ
轉瞬所瞥見 戀彼一會伊人者 猶如天霧之 曇空沫雪降零來 可消心意更鬱沉
佚名 2340
2341 【承前,十二第五。】
思出 時者為便無 豐國之 木綿山雪之 可消所念
思出る 時は術無み 豐國の 木綿山雪の 消ぬべく思ほゆ
每逢憶出時 手足無措不知方 洽猶豐國之 木綿山間所零雪 可消心意更鬱沉
佚名 2341
2342 【承前,十二第六。】
如夢 君乎相見而 天霧之 落來雪之 可消所念
夢如 君を相見て 天霧らし 降來る雪の 消ぬべく思ほゆ
如夢又似幻 轉瞬逢晤吾君者 猶如天霧之 曇空沫雪降零來 可消心意更鬱沉
佚名 2342
2343 【承前,十二第七。】
吾背子之 言愛美 出去者 裳引將知 雪勿零
我が背子が 言愛しみ 出て行かば 裳引き著けむ 雪勿降りそね
親親吾夫子 愛憐睦言引心弦 因而出去者 不欲衣裳班跡著 還望皓雪莫紛降
佚名 2343
2344 【承前,十二第八。】
梅花 其跡毛不所見 零雪之 市白兼名 間使遣者【一云,零雪爾,間使遣者,其將知奈。】
梅花 其とも見えず 降雪の 灼然けむな 間使遣らば【一云、降雪に、間使遣らば、其と知らなむ。】
孰為梅花哉 混淆難辨盡斑白 降雪之所如 如斯灼然引人目 若遣間使前去者【一云,零雪覆第時,若遣間使以往者,人見足跡將知哉。】
佚名 2344
2345 【承前,十二第九。】
天霧相 零來雪之 消友 於君合常 流經度
天霧らひ 降來る雪の 消なめども 君に逢はむと 流らへ渡る
天霧曇空而 零來沫雪之所如 雖然將消逝 一心欲與君再逢 延命流離在人世
佚名 2345
2346 【承前,十二第十。】
窺良布 跡見山雪之 灼然 戀者妹名 人將知可聞
窺狙ふ 跡見山雪の 灼然く 戀ひば妹が名 人知らむかも
竊狙望聲色 跡見山雪之所如 灼然引人目 若是猶此戀伊人 蓋遭天下人週知
佚名 2346
2347 【承前,十二十一。】
海小船 泊瀨乃山爾 落雪之 消長戀師 君之音曾為流
海人小舟 泊瀨山に 降雪の 日長く戀ひし 君が音そする
海人小舟泊 長谷泊瀨峻山間 降雪消融之 戀慕時日日已久 未見伊人音訊來
佚名 2347
2348 【承前,十二十二。】
和射美能 嶺徃過而 零雪乃 猒毛無跡 白其兒爾
和射美の 嶺行過ぎて 降雪の 厭ひも無しと 申せ其兒に
徃過不破關 和射美嶺遭雪降 豈猶彼零雪 吾人無由厭汝命 還願傳申訴其兒
佚名 2348
2349 寄花
吾屋戶爾 開有梅乎 月夜好美 夕夕令見 君乎社待也
我が宿に 咲きたる梅を 月夜良み 夕夕見せむ 君をこそ待て
吾宿屋戶間 庭院咲有白梅者 以月夜甚美 還欲每夕令君翫 是以夜夜盼君臨
佚名 2349
2350 寄夜
足檜木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 豫寒毛
足引の 山嵐は 吹かねども 君無き夕は 豫て寒しも
足曳勢險峻 山嵐於今雖不拂 然君不在側 孤寢難眠甚寂寥 此夕心冷感天寒
佚名 2350
真字萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 終