久安百首 藤原顯廣、藤原俊成
0801
はるきぬと そらにしるきは かすかやま みねのあさひの けしきなりけり
0802
かすみたち ゆきもきえぬや みよしのの みかきかはらに わかなつみてむ
0803
うめかえに まつさくはなそ はるのいろを みにしめそむる はしめなりける
0804
わかそのを やととはしめよ うぐひすの ふるすははるの くもにつけてき
0805
ふゆかれの すそののはらを やきしより さわらひあさり ききすなくなり
0806
あはれにも おもひたつかな かへるかり さすかにみゆる はるのけしきを
0807
なかめする みとりのそらも かきくもり つれつれまさる はるさめそふる
0808
むらさきの ねはふよこのの つほすみれ まそてにつまむ いろもむつまし
0809
やまさくら さくよりそらに あくかるる ひとのこころや みねのしらくも
0810
いかはかり はなをははるも をしむらむ かつはわかみの さかとおもひて
0811
つらきかな なとてさくらの のとかなる はるのこころに ならはさるらむ
0812
ちるはなの をしさをしはし しらせはや こころかへせよ はるのやまかせ
0813
あちきなや なにとてはなの をしからむ わかみははるの よそなるものを
0814
さくらはな おもふあまりに ちることの うきをはかせに おほせつるかな
0815
ふくかせの こころとちらす はなならは こすゑにのこす はるもあれかし
0816
みちとほく なにたつぬらむ やまさくら おもへはのりの はなならなくに
0817
さくらはな まつとをしむと するほとに おもひもあへす すくるはるかな
0818
さくらさく ふもとのをたの なはしろは たねよりさきに はなそちりける
0819
ますらをは おなしふもとを かへしつつ はるのやまたに おいにけるかな
0820 久安百首歌奉ける時、三月盡之歌
行く春の 霞袖を 引留めて 萎る許や 恨掛けまし
0821
なつくれは ころもかへして やまかつの うつきかきねも しらかさねなり
0822
ちはやぶる かものやしろの あふひくさ かさすけふにも なりにけるかな
0823 久安百首歌奉けるに、夏歌
然らぬだに 臥程も無き 夏夜を 待たれても鳴く 郭公哉
0824
ほととぎす なきゆくかたに そへてやる こころいくたひ こゑをきくらむ
0825
さつきこそ なれかときなれ ほととぎす いつをまてとて こゑをしむらむ
0826
なつもなほ あはれはふかし たちはなの はなちるさとに いへゐせしより
0827 崇德院に百首歌奉りける時、詠める
五月雨は 炊藻煙 打溼り 汐垂增る 須磨浦人
0828
にはのおもの こけちのうへに からにしき しとねにしける とこなつのはな
0829
をふねさし たをりてそてに うつしみむ はすのたちはの つゆのしらたま
0830 百首歌奉りける時、六月御祓を詠める
何時とても 惜しくやは非ぬ 年月を 禊に捨つる 夏暮哉
0831 題不知
八重葎 鎖籠りにし 蓬生に 如何でか秋の 別けて來つらむ
0832 崇德院に百首歌奉りける時
荻葉も 契有りてや 秋風の 訪始むる 端緒と成りけむ
0833
たなはたの ふなちはさしも とほからし なとひととせに ひとわたりする
0834 崇德院に百首歌奉りける時
水涉付き 植ゑし山田に 引板延へて 復袖濡らす 秋は來にけり
0835
なにことも おもひすつれと あきはなほ のへのけしきの ねたくあるかな
0836
よもすから つまとふしかの むねわけに あたらまはきの はなちりにけり
0837
みのうさも たれかはつらき あさちふに うらみてもなく むしのこゑかな
0838 百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
夕去れば 野邊秋風 身に沁みて 鶉鳴くなり 深草里
0839
つゆしけき はなのえことに やとりけり のはらやつきの すみかなるらむ
0840 百首歌召しける時、月歌とて詠ませ賜うける
石走る 水白玉 數見えて 清瀧川に 澄める月影
0841
つきよりも あきはそらこそ あはれなれ はれすはすまむ かひなからまし
0842
つきのあき あまたへぬれと おもほえす こよひはかりの そらのけしきは
0843 崇德院に百首歌奉りけるに
如何にして 袖に光の 宿るらむ 雲居月は 隔てこし身を
0844
あきのつき またもあひみむ わかこころ つくしなはてそ さらしなのやま
0845
つきもひも わかれぬものを あきくれは よをなかしとも たれさためけむ
0846
ゆめさめて のちのよまての おもひいてに かたるはかりも すめるつきかな
0847
このよには みるへきもなき ひかりかな つきもほとけの ちかひならすは
0848
ころもうつ ひひきはつきの なになれや さえゆくままに すみのほるらむ
0849
やまかはの みつのみなかみ たつねきて ほしかとそみる しらきくのはな
0850
もとゆひの しもおきそへて ゆくあきは つらきものから をしくもあるかな
0851
いつしかと ふゆのしるしに たつたかは もみちとちませ うすこほりせり
0852 崇德院に百首歌奉りける時、落葉歌とて詠める
疎為る 慎板屋に 音はして 漏らぬ時雨は 木葉為りけり
0853
かせさやく さよのねさめの さひしさに はたれしもふり つるさはになく
0854
つききよみ ちとりなくなり おきつかせ ふけひのうらの あけかたのそら
0855 百首歌召しける時、冰歌とて詠ませ給うける
月冴ゆる 冰上に 霰降り 心碎くる 玉川里
0856
そらにみつ うれへのくもの かさなりて ふゆのゆきとも つもりぬるかな
0857
ゆきふれは みちたえにけり よしのやま はなをはひとの たつねしものを
0858
ふゆのよの ゆきとつきとを みるほとに はなのときさく おもかけそたつ
0859
をのやまや やくすみかまに こりうつむ つまきとともに つもるとしかな
0860
ゆくとしを をしめはみには とまるかと おもひいれてや けふをすきまし
0861
しのふより やかてこころそ うつりぬる こひはいろなる ものにそありける
0862 久安百首歌奉けるに、戀歌
散らば散れ 磐瀨杜の 木枯に 傳へやせまし 思ふ言葉
0863
としふれと ひとのこころは つれなくて なみたはいろの かはりぬるかな
0864
あちきなや おもへはつらき ちきりかな こひはこのよに もゆるのみかは
0865 崇德院百首歌奉けるに
戀しとも 言はば愚かに 成りぬべし 心を見する 言葉欲得
0866
ふかくしも おもはぬほとの おもひたに けふりのそこと なるなるものを
0867
たのめすは なかなかよにも なからへて ひさしくものは おもはさらまし
0868 百首歌召しける時、戀歌とて詠ませ賜うける
奥山の 岩垣沼の 浮蓴 深戀路に 何亂れけむ
0869
ひとこころ うきたのもりに ひくしめの かくてややかて やまむとすらむ
0870 久安百首歌奉けるに、戀歌
淚川 袖御渡に 湧返り 遣方も無き 物をこそ思へ
0871
つゆむすふ まののこすけの すかまくら かはしてもなそ そてぬらすらむ
0872 崇德院に百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
戀をのみ 飾磨市に 立民の 絕えぬ思に 身をや替へてむ
0873
いかにせむ あまのさかてを うちかへし うらみてもなほ あかすもあるかな
0874
わすれくさ つみにこしかと すみよしの きしにしもこそ そてはぬれけれ
0875 崇德院に百首歌奉りける時、戀歌
思侘び 見し面影は 然て置きて 戀せざりけむ 折りぞ戀しき
0876
いかはかり われをおもはぬ わかこころ わかためつらき ひとをこふらむ
0877
ひとをのみ なとかうらみむ うきをなほ こふるこころも つれなかりけり
0878
こひしきに うきもつらきも わすられて こころなきみに なりにけるかな
0879
いとふへき こはまほろしの よのなかを あなあさましの こひのすさひや
0880 百首歌召しける時、戀歌とて詠ませ賜うける
頻忍ぶ 床だに見えぬ 淚にも 戀は朽ちせぬ 物にぞ有ける
0881
はしめなき むかしおもふそ あはれなる いつよりこひに むすほほれけむ
0882
いくかへり なみのしらゆふ かけつらむ かみさひにける すみのえのまつ
0883
おもふこと みわのやしろに いのりけむ すきはたつぬる しるしのみかは
0884
きみかよは をののえくちし やまひとの ちたひかへらむ ときもかはらし
0885
まことにや まつはとかへり はなさくと きみにそひとの とはむとすらむ
0886
あさひさす たかねのはなは にほへとも ふもとのひとは しらすそありける
0887
ききそめし しかのそのには ことかへて いろいろになる よものもみちは
0888
くももみな むなしととくに そらはれて つきはかりこそ すみまさりけれ
0889
はるかにも にほひけるかな のりのはな のちのいほとせ なほさかりなり
0890
をしむかな つきのみかほも かけきえて つるのはやしに けふりたえけむ
0891 崇德院に百首歌奉りける、無常歌
世中を 思連ねて 眺むれば 虛空に 消ゆる白雲
0892
つねにすむ わしのみやまの つきたにも おもひしれとや くもかくれける
0893
あかつきと ききていてつる わかれちを やかてくらすは なみたなりけり
0894 百首歌召しける時、旅歌とて詠ませ賜うける
浦傳ふ 磯苫屋の 梶枕 聞きも慣らはぬ 浪音哉
0895 久安百首歌奉ける旅歌
遙なる 蘆屋沖の 浮寢にも 夢路は近き 都也けり
0896
しはつやま ならのしたはを をりしきて こよひはさねむ みやここひしも
0897 久安百首歌奉ける旅歌
我が思ふ 人に見せばや 諸共に 墨田河原の 夕暮空
0898
すみなれし すみかもつねの すみかかは たひはたひとも なにおもふらむ
0899
はなのいろの あかすみゆれは かへらめや なきさのやとに いさくらしてむ
0900
みねつつき やまへはなれす すむしかも みちたとるなり あきのゆふくれ
0901 久安百首歌奉ける長歌
磯城島や 大和島根の 風として 吹傳へたる 言葉は 神御代より 河竹の 世世に流れて 絕えせねば 今も藐姑射の 山風の 枝もならさず 靜けさに 昔跡を 尋ぬれば 峰梢も 影繁く 四海にも 浪立たず 和歌浦人 數添ひて 藻鹽煙 立增さり 行末迄の 例をぞ 島外にも 聞ゆなる 茲を思へば 君が代に 阿武隈川は 嬉しきを 水曲に懸る 埋木の 沉める事は 唐人の 御代迄逢はぬ 嘆きにも 限らざりける 身程を 思へば悲し 春日山 峯續の 松枝の 如何に指ける 末為れや 北藤浪 懸けてだに 云ふにも足らぬ 下枝にて 下逝水の 越されつつ 五品に 年深く 十とて三つに 經にしより 蓬門に 鎖籠り 道芝草 生果てて 春光は 殊遠く 秋は我身の 上とのみ 露けき袖を 如何とも 訪人も無き 槙戶に 猶有明の 月影を 待つこと顏に 眺めても 思心は 大空の 虛しき名をば 自づから 殘さむ事も 文無さに 何はの事も 津國の 葦萎の 苅棄てて 遊にのみぞ 成りにしを 岸打つ浪の 立歸り 斯かる御事も 賢さに 入江藻屑 搔積めて 留まらむ跡は 陸奧の 忍捩摺 亂れつつ 忍ぶ許の 臥しや無からむ
0902 反歌
山川の 瀨瀨泡沫 消えざらば 知られむ末の 名こそ惜しけれ