久安百首 藤原季通
0401
いはまもる こほりのくさひ うちとけて けさよりはるの みつそもりくる
0402
おしなへて よもにたなひく かすみかな こしちのかたは ふゆとこそきけ
0403
いととしく きみかよはひを のへにいてて かすなきまつに いのりするかな
0404
みをつめは わかなはつまし つつましみ われもむかしは おいをいとひき
0405
はるのうちは ひさしくにほへ 梅花 はなこころなる ひとやとまると
0406
わかこころ はめてふことも おもほえす いととかしらの ゆきしつもれは
0407
はるさめの しつくはいとに ぬきてけり うへいひけらし たまやなきとは
0408
たとふへき ものこそなけれ やまさとの かすみのうちの うぐひすのこゑ
0409 崇德院に百首歌奉りけるに、春歌とて詠める
春は猶 花光も 然も顯有れ 唯身に沁むは 曙空
0410
はなみれは みにやはしまぬ みにしめと かくまとはるる はるはなかりき
0411 百首歌奉りける時、花歌とて詠める
吉野山 花は半ばに 散りにけり 絕え絕え懸かる 峰白雲
0412 百首歌奉りける時、春歌とて詠める
心無き 我が身為れども 津國の 難波春に 堪へずも有哉
0413
ますらをは しかくるしさを わすれつつ いつのはるまて うたむあらたそ
0414
なかむれは なみたそおつる かりかねの こむあきはまた われやなからむ
0415
やまふきの はなをあまたに かへしみむ しはしなたちそ ゐてのかはなみ
0416
まつかうへに こたかくかかる ふちのはな てかけとるへき ものとこそみね
0417
あなかちに けふををしまは またもこむ はるをいとふに なりぬへきかな
0418
いかなれは こよひはかりの はるのいろを うつきのかけに しはしととめむ
0419
みはふゆの うもれきなれと ちよくなれは はるのことはの はなをちらしつ
0420
わかせこに みやこへいかて ことつてむ うのはなさける さとにとまりぬ
0421
よのなかに いかていはれむ ほととぎす ひとよりさきに はつねききつと
0422
ほととぎす さつきのさよに こゑすなり われはこころの やみにこそきけ
0423
わかすみか もとのよもきの やとなれは あやめはかりを けふはふかなむ
0424
かをれとも ひとかたならぬ かせなれは はなたちはなを いかてたつねむ
0425 百首歌奉ける時、螢歌とて詠める
昔我が 集めし事を 思出て 見慣顏にも 來る螢哉
0426
なつとても こころのとけき ことそなき はなはこひしく つきはまたれて
0427
おきなさひ むすふいつみの てのひまに うきかけみても おとろかれぬる
0428
おほゐかは のほれはいとと すすしきは となせにあきや かよふなるらむ
0429 百首歌奉りける時、六月御祓を詠める
今日暮れば 麻立枝に 木綿懸けて 夏水無月の 祓をぞする
0430 百首歌に、初秋之心を
此寢ぬる 夜間に秋は 來に蓋し 朝明風の 昨日にも似ぬ
0431
たなはたの けさうらめしき たまつさは はつかりかねや かけてゆくらむ
0432 百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
野分する 野邊景色を 見る時は 心無き人 有らじとぞ思ふ
0433
あきののの ちくさのはなに おきつれは しらつゆもみな おのかいろいろ
0434
のへことに ひともゆるさぬ われもかう こやいまやうの むさのことくさ
0435
しなのなる とくさふくてふ あきかせは つたへきくたに そそろさむしも
0436 崇德院に百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
秋夜は 松を拂はぬ 風だにも 悲しき琴の 音を立てずやは
0437
よとともに くさのいほりに すめるみは まちかくむしの ねをのみそなく
0438
をみなへし いととやわれを いとふらむ かしらのしもの あきのふかさに
0439
わかやとの はきのにしきは おりなから あるしのものに おはすとそおもふ
0440
ふたたひと まねかれましや はなすすき われのみのへに みるめなりせは
0441
あきかせの ふかぬかきりは ひとりもる やまたのひたに いとまなきかな
0442
としへたる いはにちりしく もみちはは これやこけちの にしきなるらむ
0443
かたかたに ちるもみちはを かきつめて わかやとにのみ あきをととめむ
0444
おぼつかな つきともみちと いつれをか まことのあきの いろとさためむ
0445
みのうさを おもひねさめの しかのねは われさへこゑの をしまれぬかな
0446
いつこにも あきはかはらぬ ものなれと なほやまさとは かなしかりけり
0447
こととはむ いほしろをたの みたやもり さてそのいねは いかはかりそも
0448 崇德院に百首歌奉りける時、秋歌とて詠める
事事に 悲しかりけり 宜しこそ 秋心を 愁と言ひけれ
0449
わかいのち あきのためにそ をしまるる あきしすきなは をしけくもなし
0450
さらさらに いやはねらるる やまさとの あしふくやとに しくれするよは
0451
ふゆふかみ かれのをみてそ ゆくすゑの わかみのうへは おもひしらるる
0452
みをにより なかるるみつも こほりして おとなしかはと なりにけるかな
0453
としをへて つめるなけきを このふゆの よろこひもかな たきつくしてむ
0454 百首歌中に、雪歌とて詠ませ賜うける
冴渡る 夜半景色に 深山邊の 雪深さを 空に知る哉
0455
をしとりの あたりのみつは こほらすと ききしはさえぬ よはのことかも
0456
ふゆのかけ うつしととめは こやのいけの こほりのかかみ いてみさらめや
0457
すみかまの せれうのさとの けふりをは またきかすみの たつかとそみる
0458
まきもくの あなしのやまの うぐひすは いまいくかとか はるをまつらむ
0459
としはみな くれていぬれと わかみには えたることなき なけきをそする
0460
いかにして うしとおもはて こひをせむ なけきはひとの おふとこそきけ
0461
いくたひか かへしてねまし みにふれて したにかさねし ころもならすは
0462
なけきつつ おほくのとしを かさねつる よはのころもの かからましかは
0463
おもひやれ みのかすならぬ なけきをも わするるほとの こひのこころを
0464 百首歌召しける時、戀歌とて詠ませ賜うける
今は唯 抑ふる袖も 朽果て 心儘に 墮つる淚か
0465
こよひしも うたてもしかの なくなるか ひとりねさめの とことしらすや
0466
おのつから こひやすらむと おほゆれは みとみるひとの あはれなるかな
0467
きみこふる なみたにくたす ころもてを やす
きままに かたみとそみる
0468
わかこひは たのめてのちに つらけれは なみたのいろの うすくこきかな
0469
ことのはに なくさむへきを いかなれは あはれとたにも いふひとのなき
0470
わかこひを ねてはゆめにみ さめぬれは おもかけにたつ あはぬまそなき
0471
いまはたた わかみのほとそ みまほしき こころにいれて きみをおもへは
0472
いかにせむ いけらぬみとも なりなはや しぬとしきかは あはれとやいはむ
0473
あふことは わかけよそひの きみなれや としはゆけとも させるともなし
0474
わかこひは みつなきときの いけなれや つつみなからに いひもはなたぬ
0475
わかこひは をささかはらの つゆなれや ことのはことに こころおかるる
0476
ねやのうちに ちたひやちたひ ふしかへり わひしけなくや ひとりぬるよは
0477
なけきつつ とこもさためぬ うたたねは うたてもゆめの ほともなきかな
0478
いまはさは ひともかよはす いかにして きみかあたりの かせにあたらむ
0479
あふことは いのちにかへし しるしにや けさはいつへき ここちせさらむ
0480
いせをしも うへかみかせと いひけるか ねきことはてて いへるすすしき
0481
いはしみつ えむをむすへる ひとはみな うるほひをえぬ ことのなきかな
0482
はこやには ふたりのきみの もろともに はるとあきとに とめるとそきく
0483
さとのうみの あはのなるとを さしなから たにつくるまて きみはましませ
0484
こころこそ うしのくるまを かけわたる のりをしふかく たのむみなれは
0485
ひとことに ほとけのたねを ありとかや かすならぬみは いかかとそおもふ
0486
にしかたに あみたほとけは ますなれは ことわりなれや なもととなふる
0487
いかにして よもきのかとを たちいてなは やかてはちすに やとをうつさむ
0488
あるならす またなきならす ありなしに なほしもあらぬ ことやなになる
0489 新院の仰にて百首歌奉けるに詠める
厭ひても 尚偲ばるる 命哉 二度來べき 此世為らぬを
0490 百首歌奉りける時、無常之心を詠める
現をも 現と如何 定むべき 夢にも夢を 見ずばこそ有らめ
0491
おほかりや たちわかれての なこりには あはれいはてと おもふことのみ
0492
みさふらひ みかさなめしそ あさかやま このしたつゆも いまはひぬらむ
0493
さらしなや をはすてやまに つきみると みやこにたれか われをしるらむ
0494
なによりも はかなきことは なつのよの あたしののへの たひねなりけり
0495
さをのをさ なほすすめてそ たかせふね われはみやこに させるみなら
0496
おぼつかな このしたかけか たけくまの まつをよきとそ みてすきにける
0497
けふすきぬ あすはこむとそ いひしかと こはいつしやうの ことのすまひか
0498
おともせて きにけるひとを なにせむに くりかへしわか さそひやりけむ
0499
おほきみの みことかしこみ かしこみて かすにもいらぬ みなれとも このももうたを たてまつる はこやのやまに すみわたる あらきけものを おしなへて おとろきはしる こともなく むなしきふねを うかへたる うみにたたよふ うをもみな みなきることも なしとかや かかるときには あひなから わかみひとつは いつとなく かしらのしもも あさことに はらひもあへす おきなくさ ひとりかれのに たてれとも これをしのふる こともなみ なみたのあめは つゆはかり ととまるひとも ななくりの いてゆしほとし おほゆれは いつれのかたへ いなむしろ しかしやいまは あらしふく みねのこのはと もろともに ちりなむのちも おもひおく ことはさすかに おほそらを はるかにひとり なかむれは かすみのうちに かりかねの きえみきえすみ さためなく みなみにさりて かへりこむ ほとをまたてや いかならむ くものたえまに いるつきの かたふくかけに さしそへて こころをにしに やりてこそ のちのよをとも いとなまめ それもちきりに よりけれは なにともなくて ゆくみつの あはれあはれと いひなから すきのいたとの いたつらに あけくれものそ なけかしき いまはわかみに いくはくの はるあきとかは とはるへき たとひひさしく なからへて へぬるつきひを かさぬとも ゆめにゆめみし からひとの さめてののちに そのことと わくこともなき まとゐをは いかはかりかは おもふとはしる
0500
よにふるは わかおほきみの あはれてふ なけのことはを まつとしらすや