久安百首 藤原教長
春【廿首】
0200 題不知
月讀めば 未冬ながら 咲きにける 此花のみか 春徵は
0201 題不知
嶺雪 谷冰と 春風に 孰か先づは 解始むらむ
0202 題不知
鶯の 谷より出る 初聲に 先づ春知るは 深山邊里
0203 題不知
鶯の 塒竹は 常磐にて 何に付けてか 春を知るらむ
0204 題不知
言はねども 霞棚引く 雲居にて 空にぞ知るき 春景色は
0205 題不知
子日する 人無き野邊の 姬小松 霞にのみや 棚引かるらむ
0206 崇德院に百首歌奉りける時、春歌
若菜摘む 袖とぞ見ゆる 春日野の 飛火野邊の 雪斑消え
0207 題不知
雪色も 薄紅の 梅花 薰香にては 別きぞ兼ねつる
0208 題不知
梅花 薄紅の 色よりも 文無く香こそ 身には沁みけれ
0209 題不知
春雨の 降積む儘に 青柳の 絲に貫く 玉ぞ數添ふ
0210 題不知
春夜も 久しかりけり 明けば先づ 花見に行かむと 思心に
0211 題不知
木下に 宿らざり為ば 見ましやは 月照交す 花光を
0212 題不知
高砂の 尾上櫻 浪立てる 松常磐を 習やはせぬ
0213 題不知
如何にして 咲始めけむ 我が宿の 物には非ぬ 花櫻哉
0214 題不知
枝し有らば 花は咲きなむ 風よりも 折る人辛き 山櫻哉
0215 崇德院に百首歌奉りける時、花歌とて詠める
山櫻 霞籠めたる 在所をば 辛き物から 風ぞ知らする
0216 題不知
櫻花 如何なる風に 誘はれて 惜しむ人をば 知らぬなるらむ
0217 題不知
咲きしより 散らむ物とは 知りながら 果敢惜しき 花顏哉
0218 題不知
紅に 咲亂れたる 岩躑躅 未有難き 花顏哉
0219 題不知
散華に 惜しむ心は 盡くしてき 暮行春は 人に任せむ
夏【十首】
0220 讚岐院百首中に首夏之心を詠める
徹夜 春を殘せる 灯火の 名殘は今朝も 消たじとぞ思ふ
0221 題不知
睦まじや 春形見に 留置く 若紫の 池藤浪
0222 題不知
花故に 厭ひ馴れにし 風為れば 復や夏とて 待たれしもせず
0223 題不知
白雪の 頻頻降れる 心地して 枝も撓に 咲ける卯花
0224 題不知
紅の 色深み草 咲きぬれば 惜しむ心も 淺からぬ哉
0225 題不知
袂にも 掛かるのみかは 宿每に 菖蒲は今日の 妻にぞ有ける
0226 題不知
思寢の 夢にや聞かむ 時鳥 未卯月には 訪れもせず
0227 題不知
時鳥 如何で聞かまし 我宿に 花橘の 薰らざりせば
0228 崇德院に百首歌奉りける時、詠める
尋ねても 聞くべき者を 郭公 人賴めなる 夜半一聲
0229 題不知
常夏の 花色色 散行けば 秋鄰や 近くなるらむ
秋【廿首】
0230 題不知
常よりも 涼しく成りぬ 吹風に 立秋日を 誰か告ぐらむ
0231 題不知
七夕の 暮を待間の 久しさと 明くる惜しさと 孰勝れり
0232 題不知
七夕の 歸る道には 鵲の 端なき迄 袖や濡るらむ
0233 題不知
聞く人も 驚かれけり 鳴鹿は 己のみやは 秋を知るらむ
0234 題不知
松蟲の 聲聞く時ぞ 打延て 君が千歲の 秋は知らるる
0235 題不知
鴈音は 來鳴時めき 秋風の 吹きて日數は 經ぬと知らずや
0236 題不知
白真弓 張りて掛けたる 曉は 程無くぞ射る 高圓山
0237 題不知
數為らぬ 我身為れども 月を見て 飽かぬや人に 劣らざるらむ
0238 題不知
實にや然は 西に心ぞ 急がるる 傾く月も 今は教まじ
0239 題不知
古も 類は非じ 月影は 復來む秋の 今宵也とも
0240 題不知
隈も無く 月澄渡る 天川 名をだに掛けじ 雲白浪
0241 題不知
海神の 清濱邊に 寄浪の 夜とも見えず 照す月影
0242 題不知
豫てより 晝と見ゆれば 秋夜の 明くるも知らぬ 有明月
0243 題不知
置露の 重げに見ゆる 真萩原 原はば花の 散りもこそすれ
0244 題不知
今朝見れば 置居る露に 文無くも 折節にける 女郎花哉
0245 題不知
藤袴 匂ひを風に 伉へてや 霧に立戶を 人に知らるる
0246 題不知
長月の 今日を如何でか 菊花 折知顏に 盛為るらむ
0247 題不知
時雨にも 茜射しけり 紅葉は 朝日夕日の 影為らねども
0248 題不知
紅葉の 散りて浮べる 池水は 錦洗ひし 江にや變らぬ
0249 題不知
穗に出て 招くとならば 花薄 過行く秋を 得やは留めぬ
冬【十首】
0250 百首歌召しける時、初冬之心を詠ませ賜うける
秋內は 哀知らせし 風音の 烈しさ添ふる 冬は來にけり
0251 題不知
散積る 楢枯葉の 無かりせば 時雨降る夜を 如何で知らまし
0252 題不知
餘所に見る 平高嶺の 雪為れど 冴ゆる夜床の 物にぞ有りける
0253 題不知
鷂鷹の 白斑に紛ふ 雪降れば 野守鏡 餘所にだに見ず
0254 題不知
雪深き 槙野萱原 結ぼれて 吹けども風に 靡飾りけり
0255 題不知
百敷や 大宮近き 宿為れど 霰音を 如何で包まむ
0256 題不知
難波江の 蘆は冰に 閉られて 吹くども風に 靡かざりけり
0257 題不知
水鳥の 霜打拂ふ 羽風にや 冰床は 甚冴ゆらむ
0258 題不知
冰柱居る 清川瀨は 音絕えて 空に千鳥の 聲のみぞする
0259 題不知
立返る 年行方を 尋ぬれば 哀我身に 留る也けり
戀【廿首】
0260 題不知
川瀨に 生る玉藻の 打靡き 君に心は 寄りにし物を
0261 題不知
聞人も 無き奧山の 喚子鳥 甲斐無き音をぞ 我も啼きつる
0262 百首歌奉りける時、戀歌とて詠める
如何許 戀路は遠き 物為れば 年は逝けども 逢夜無からむ
0263 題不知
戀侘ぶる 心慰さに 逢見むと 斯こそ許に 賴めやは為ぬ
0264 題不知
夕去れば 荻上風 餘所とだに 云ふ人も無き 戀ぞ苦しき
0265 題不知
戀しなば 戀もしねとや 思ふらむ 逢はば逢ふべき 程過ぎぬる
0266 題不知
逢事は 責めてなこやの 厚襖 有るは甲斐無き 萎れのみして
0267 題不知
辛しとて 思返らぬ 我戀や 流るる水の 心為るらむ
0268 百首歌奉りける時、戀心を詠める
戀しきは 逢ふを限と 聞きしかど 然ても甚 思添ひけり
0269 題不知
辛さをば 恨みむとのみ 思ひしも 逢見る時は 忘られにけり
0270 題不知
唐衣 襲ぬる夜半も 明けぬれば 戀路に歸る 袖ぞ露けき
0271 題不知
夢にだに 逢見むとのみ 思ひしは 唯戀しなむ 為にぞ有ける
0272 題不知
戀しとは 言葉にこそ 言はざらめ 淚色を 如何で裹まむ
0273 題不知
淚川 水嵩增されば 忍來し 人目慎みを 堰ぞ兼ねつる
0274 題不知
君だにも 來むと言ひせば 烏玉の 夜床に玉を しかまし物を
0275 題不知
君待つと 十符菅薦 三編にだに 寢てのみ明す 夜をぞ重ぬる
0276 題不知
如此許 淚川の 早ければ 激つ心の 淀む間ぞ無き
0277 題不知
如何に為む 沫鳴戶に 引潮の 引入ぬべき 戀病を
0278 題不知
由緣も無き 君松浦山 待侘びて 領巾振る許 戀ふと知らずや
0279 題不知
敷栲の 枕は替へじ 我妹子が 寢く垂髮に 觸れてし物を
神祇【二首】
0280 題不知
榊採る 程にしなれば 韓神の 面白しとや 心解くらむ
0281 題不知
住吉の 神も風とや 祀るらむ 松に木綿四手 懸くる白浪
慶賀【二首】
0282 題不知
君が代は 千世を限りて 石清水 神心に 任せてを見む
0283 題不知
大空を 覆はむ袖に 裹むとも 君が經む世の 數や餘らむ
釋教【五首】
0284 題不知
我身にも 佛種の 有るなれば 華鬘を 懸けてこそ見め
0285 題不知
やぐさ迄 然らぬ高間も 水上は 唯譬はむの 流也けり
0286 題不知
品品に 四つの車を 進めずば 乘外れたる 有や有らまし
0287 同百首時、華嚴經之心を詠める
儚くぞ 三世佛と 思ひける 心一つに 在と知らずて
0288 即身成佛之心を
照月の 心水に 澄みなれば 軈て此身に 光をぞ射す
無常【二首】
0289 題不知
秋風にあふ芭蕉(ばせを)葉のくだけつつあるにもあらぬ世とはしらずや
秋風に遭って芭蕉の葉があっけなく破れ、ばらばらに砕けるように、あるとも言えないようなこの世を生きているのだ。そのことを知らないというのか。
0290 題不知
みづのおもに うかべるたまの ほどもなく きゆるをよその ものとやはみる
離別【一首】
0291 題不知
かへりこむ ほとはそのひと ちきれとも たちわかるるは いよよかなしき
羈旅【五首】
0292 新院の召せにて百首歌奉りけるに詠める
古里に 訪人有らば 山櫻 散りなむ後を 待てと答へよ
0293 題不知
とふひとも なきたひねする みやまへに なのりしてゆく 時鳥哉
0294 題不知
あかすみし おなしみやこの つきなれは たひのそらにも かはらさりけり
0295 題不知
ふるゆきに いかていへちを たつねまし をしふるこまの あと無かりせば
0296 題不知
くさまくら おきゐるつゆは きみをのみ いもねてかふる なみたなりけり
物名【二首】
0297 題不知
ひとことに ゆみはもちつつ しのはなし なにをかりこの やにははかまし
0298 題不知
さみたれを くるしむこやの つきはしも うきぬなにはの えこそかよはね
短歌【一首】
0299 題不知
あつさゆみ はるたちぬとや みよしのの やまにかすみの たなひけは このめもいまは はりぬらむ いつしかとのみ はなまつと このもかのもに たちましり いへちわするる かひもなく さけはかつちる はかなさを あはれいつまて なけきつつ わかみのうへに なりはてむ ことをはしらて なつくれは しけきこすゑに なくせみの むなしきからと あきはなる かくはつねなき よなれとも くまなき月を なかむれは ものおもふことも 忘られて こころひとつそ ほこらしき さてのつもりは おいらくの みにせめくるも しらつゆの しもとしなれは ふゆののに むらむらみゆる くさのうへは みなしろたへに なりにけり これをはよそに おもひこし わかみなかみも いまはたた くろきすちなき たきのいとの くるくるきみに つかふとて おもひはなれぬ うきよなりけり