古今和歌集 卷十九 雜軆歌
短歌
1001 題知らず
逢事の 稀なる色に 思初 我が身は常に 天雲の 晴るる時無く 富士嶺の 燃えつつ永久に 思へども 逢事難し 何しかも 人を恨みむ
大海原の 沖を深めて 思ひてし 思は今は 徒に 成ぬべら也 逝水の 絕ゆる時無く 香泡に 思亂れて 降雪の 消なば消ぬべく 思へども 閻浮の身為れば 猶止まず 思は深し
足引の 山下水の 木隱れて 激つ心を 誰にかも 相語らはむ
色に出でば 人知りぬべみ 墨染の 夕に成れば 獨居て 憐れ憐れと 嘆き餘り 為む術無みに 庭に出でて 立休らへば 白妙の 衣袖に 置露の 消なば消ぬべく 思へども 猶嘆かれぬ
春霞 餘所にも人に 逢はむと思へば
題不知
聚少相離多 逢事稀罕慕色染 寄思掛依情 我身常愁罩憂蔭 一猶富士嶺 其頂天雲總蔽日 岑上無晴時 然其靈火燃永久 我思亦如火 無奈逢事登天難 雖不遇如此 又當何以恨其人
遙遙大海原 化我心胸若彼闊 雖以為如此 豈知此思盡徒然 今日顧思之 咸已虛無空飄邈 逝水如斯夫 大江水去無絕時 心又若香泡 轉瞬俄逝萬緒亂 其又如降雪 理當逝者當消逝 縱知理如此 無奈身在閻浮提 悲情不能止 思惱憂情深愈邃
足引嶺險峻 山麓下水奔且騰 群木蔽隱之 激盪之心孰可知 我心同彼水 誰人可與相語之
貌由心所生 唯恐作色他人察 今在夕暮時 獨居墨染昏天下 嗚呼悲自憐 暗自嗚咽每悲愁 除悲嘆之餘 無可奈何居徒然 徘徊出園庭 立休徬徨步無依 白妙絹衣袖 天寒夜露沾袖濕 見此置露者 再思當逝直須逝 雖欲亡此身 猶乃嘆息無可為
春霞湧遠方 伊人雖在遠天邊 仍欲遠眺逢斯人
佚名 1001
1002 古歌奉りし時の目錄の、其長歌
千早振る 神御代より 吳竹の 世世にも絕えず
天彥の 音羽山の 春霞 思亂れて
五月雨の 空も轟に 小夜更けて 山郭公 鳴く每に 誰も寢覺めて
唐錦 龍田山の 紅葉を 見てのみ偲ぶ
神無月 時雨時雨て 冬夜の 庭も斑に 降雪の 猶消返り
年每に 時に付けつつ 憐れてふ 事を言ひつつ 君をのみ 千代にと祝ふ
世人の 思するがの 富士嶺の 燃ゆる思ひも 飽かずして 別るる淚
藤衣 織れる心も
八千種の 言葉每に 皇の 仰恐み 卷卷の 中に盡すと 伊勢海の 浦の潮貝 拾集め 取れりと取すれど 玉緒の 短き心 思堪へず 猶新まの 年を經て 大宮にのみ 久方の 晝夜分ず 仕ふとて 顧見も為ぬ 我が宿の 忍草生ふる 板間麤み 降春雨の 漏やしぬらむ
奉古歌時目錄長歌
千早振神威 遠自諸神御代起 吳竹憂節長 世代綿延永不絕
天彥山迴響 音羽山兮春霞湧 心若彼霞氣 萬緒思亂無依時
夏日五月雨 雨降虛空亦作鳴 小夜深更頃 山郭公兮不如歸 如彼啼鳴者 孰人無不寢覺時
唐錦龍田山 秋日百葉當紅變 眼翫賞紅葉 覽望美景心偲時
十月神無月 時雨時雨降紛紛 冬夜寒刺骨 零雪敷庭降斑斑 此心若彼雪 猶將熔消逝去時
年年有斯日 付定時季應節氣 翫憐賦贊詞 言事祝君壽長久 千代八千代 冀君永繁常青時
世人每思慕 其情如火燃不盡 亦猶富士嶺 長燃思火永不絕 其思不厭飽 無奈別離愴下淚
舉喪服藤衣 心若織絲竄千頭
億萬八千種 言語詞句窮無盡 以彼萬詞藻 惶恐敬仰獻吾皇 分作歷卷卷 盡書之兮納萬言 更猶伊勢海 浦間海人白水郎 拾集潮貝者 採集天下麗文藻 然淺學非才 仍恐思慮玉緒短 未足堪此任 猶經新年歷長年 耗時費愚誠 常居百敷大宮間 不捨晝與夜 久方歷時積長年 仕奉纂此集 三過家門亦不入 我宿無所顧 忍草生兮盡荒蕪 屋根版間麤 逢春雨降無所蔽 只願撰得奉此集
紀貫之 1002
1003 古歌に加て奉れる長歌 【并短歌。】
吳竹の 世世の古言 無かりせば 伊香保沼の 如何にして 思ふ心を 述ばへまし 憐れ昔へ 在きてふ 人麿こそは 嬉しけれ 身は下ながら 言葉を 天空迄 聞え上げ 末世迄の 跡と為し 今も仰せの 下れるは 塵に繼げとや 塵の身に 積れる言を 問はるらむ 之を思へば 古に 藥噣せる 獸の 雲に吠えけむ 心地して 千千の情も 思ほえず 一つ心ぞ 誇らしき 如是は在れども 照光 近衛の 身為りしを 誰かは秋の 來る方に 欺出でて 御垣より 外の重守身の 御垣守 長長しくも 思ほえず 九重の 中にては 嵐風も 聞かざりき 今は野山し 近ければ 春は霞に 棚引かれ 夏は空蟬 鳴暮し 秋は時雨に 袖を貸し 冬は霜にぞ 責めらるる 斯かる侘しき 身ながらに 積れる年を 記せれば 五つの六つに 成にけり 之に添れる 私の 老いの數さへ 彌ければ 身は卑しくて 年高き 事の苦しさ 如是しつつ 長柄橋の 永らへて 難波浦に 立浪の 浪の皺にや 覆ほれむ 流石に命 惜しければ 越國なる 白山の 頭は白く 成ぬとも 音羽の瀧の 音に聞く 老いず死なずの 藥がも 君が八千代を 若えつつ見む
添古歌上所奉長歌
無竹亙萬世 若無世世古言傳 若無歌久流 伊香保沼榛名湖 此心知所思 何以述予他人聞 豈得成篇章 嗚呼喜哉令人憐 昔曩奈良朝 曾有歌聖人麿在 此事令人嬉 彼雖出身在卑微 言語能成章 直指大空竄高天 得令聖帝聞 其蹟永傳留末世 為後世楷模 今日又逢撰敕下 願拜彼後塵 望能繼及其末塵 以此鄙賤身 聽聞探訪世間言 積集作篇章 顧思上事如此者 還憶上古時 獸噣先藥能登天 歡喜吠雲霄 我心悅如此 千頭萬緒盡忘卻 凡塵拋雲外 唯有光榮此一念 令人譽無上 所申言雖如此者 照光仕帝側 左近衛府置此身 為其衛府長 誰欺我至秋臨方 左降宮西傍 遷身置右近衛府 自宮闕御垣 移往外垣重重外 守其御右府 不覺身居在高位 豈置身此哉 昔日身在近衛府 人居九重中 激嵐狂風不得聞 生活總恬靜 反思今日近野山 居在郊野間 春日逢見霞棚引 湧立虛空上 夏日耳聞空蟬鳴 終日暮蟲啼 秋日淚零猶時雨 袖濕欲貸宿 冬日積霜沁骨寒 艱苦責身心 身居鄙陋侘如斯 計彼所經年 積年累月記其數 都合五與六 春秋寒屬成三十 歷世如此矣 添之仕官三十年 合無仕之頃 吾人年齒歲數者 為有彌增兮 此身卑微亦鄙賤 加之年歲高 所苦之事別無他 如此徒長齒 一猶難波長柄橋 久居在人世 難波浦兮立浪者 豈非老皺歟 浪皺層層述年老 覆此無依身 雖此流石惜此命 頂上九十九 越國白山皓斑斑 頭如彼白山 雖盡化雪百 仍欲音羽瀧仙藥 聞藥鳴響音 冀飲不老不死藥 君壽長久遠 千代萬世八千代 願得返老永留仕
壬生忠岑 1003
1004 【承前,反歌。】
君が世に 逢坂山の 岩清水 木隱れたりと 思ひける哉
反歌
時逢君聖世 逢坂山兮岩清水 自身若其水 木隱水兮人不見 默默低流不絕哉
壬生忠岑 1004
1005 冬の長歌
千早振る 神無月とや 今朝よりは 曇もあへず 初時雨 紅葉と共に 故里の 吉野山の 山嵐も 寒く日每に 成行けば 玉緒解けて こき散らし 霰亂れて 霜冰 彌固まれる 庭面に 叢叢見ゆる 冬草の 上に降しく 白雪の 積積りて 新まの 年を數多も 過ぐしつる哉
冬長歌
千早振神威 時值神無十月頃 雲起自今朝 青空尚未全曇間 初時雨紛降 紅葉伴雨亦零落 古都故里之 離宮所在吉野山 山嵐不止息 其嵐日每更增寒 更添冬色矣 一猶狂嵐吹玉緒 緒斷玉散落 寒霰亂舞漫虛空 霜冰彌凍固 霰降霜生覆一面 庭面為凍土 見得庭間叢叢生 冬草聚零散 一猶白雪降其上 層層積且疊 吾年亦一新 年數彌多馬齒長 徒令歲增度虛年
凡河內躬恒 1005
1006 七條后亡賜ひにける後に詠みける
沖波 荒れの御增る 宮中は 年經て住みし 伊勢海人も 舟流したる 心地して 寄らむ方無く 悲しきに 淚色の 紅は 我等が中の 時雨にて 秋の紅葉と 人人は 己が散散り 別れなば 賴む蔭無く 成果てて 留る物とは 花芒 君無き庭に 群立ちて 空を招かば 初雁の 鳴渡りつつ 餘所にこそ見め
七條后藤原溫子崩後所詠
沖波蕩狂瀾 亂浪彌增濤更荒 百敷大宮中 縱是經年常所住 伊勢海人者 仍恐舟為潮所流 心惶無寧日 天下雖大無可寄 只為悲亦悲 水淚既涸化血淚 紅淚何所以 蓋是我等身之中 所降時雨矣 秋日紅葉每飄零 人人亦如斯 己己分散零四處 悲苦別離者 後日樹蔭不復再 復有何可賴 於此徒留物者何 花芒滄桑田 今在無君庭園間 徒立群搖盪 芒穗招空喚后魂 吾則為初雁 悲鳴啼血渡虛空 身在餘所悼闕內
伊勢 1006
旋頭歌
1007 題知らず
打渡す 彼方人に 物申す我
其其處に 白く咲けるは 何の花ぞも
題不知
打渡望無際 欲問遠處彼方人 遠方之人聽我訊
佚名 1007
1008 返し
春去れば 野邊に先咲く 見れど飽かぬ花
幣無しに 徒名告るべき 花の名是れや
返歌
每逢春日臨 率先綻放滿野邊 此花百見亦不厭
佚名 1008
1009 題知らず
初瀨河 古川邊に 二本在る杉
年を經て 又も相見む 二本在る杉
題不知
奈良初瀨川 布留古川交匯邊 二本佇在彼杉矣
佚名 1009
1010 題知らず
君が差す 三笠山の 紅葉色
神無月 時雨雨の 染める也けり
題不知
君所獻奉兮 三笠頂上紅葉紅 何以其色斯火紅
紀貫之 1010
誹諧歌
1011 題知らず
梅花 見にこそ來つれ 鶯の 人來人來と 厭ひしもをる
題不知
欲翫梅花咲 為見彼花來此處 怎知鶯鳴啼 每喚人來人來矣 高佇枝頭厭吾至
佚名 1011
1012 題知らず
山吹の 花色衣 主や誰 問へど答へず 口無にして
題不知
所著裳艷麗 山吹花色此貴服 欲知彼主誰 縱雖探問無答聲 蓋是梔子無口乎
素性法師 1012
1013 題知らず
幾許の 田を作ればか 郭公 死出田長を 朝な朝な喚ぶ
題不知
郭公時鳥矣 汝竟作田何幾許 杜鵑不如歸 死出田長哀啼血 每朝每朝喚不止
藤原敏行朝臣 1013
1014 七月六日、七夕の心を詠みける
何時しかと またく心を 脛に上げて 天河原を 今日や渡らむ
七月六日,詠七夕之心
相逢在何時 彼心焦躁欲相見 繰裾上腳脛 今日欲過天河原 心冀越水渡銀河
藤原兼輔朝臣 1014
1015 題知らず
睦言も 未だ盡き無くに 明けぬめり 何方は秋の 長し
云ふ夜は
題不知
睦言尚未盡 豈知東雲天將明 離情總依依 誰道秋日愁夜長 實是良宵苦夜短
凡河內躬恒 1015
1016 題知らず
秋野に 艷立てる 女郎花 あな囂 花も一時
題不知
遙遙秋野間 爭群艷立女郎花 嗚呼幾喧囂 花色雖美僅一時 起得久長何所爭
僧正遍照 1016
1017 題知らず
秋來れば 野邊に戲るる 女郎花 何れの人か 摘まで見るべき
題不知
時至秋分時 嬉戲野邊女郎花 花開佇野上 至於何時無人摘 稍稍靜觀見恆常
佚名 1017
1018 題知らず
秋霧の 晴れて曇れば 女郎花 花の姿ぞ 見え隱れする
題不知
秋霧今湧立 時得散晴時曇陰 妍哉女郎花 吾雖欲見彼花姿 時得見兮時霧隱
佚名 1018
1019
花と見て 折らむとすれば 女郎花 うたた在樣の 名にこそ有けれ
題不知
見彼唯花矣 將攀折之俯身者 其名女郎花 顧名思之如娘子 還生厭情怯手折
佚名 1019
1020 寬平御時后宮の歌合の歌
秋風に 綻びぬらし 藤袴 綴り刺せ云ふ 蟋蟀鳴く
寬平御時后宮歌合時歌
秋風吹花咲 彼花綻咲開一面 彼女著藤袴 亦為秋風吹襤褸 綴兮刺兮蟋蟀鳴
在原棟樑 1020
1021 明日春立たむとしける日、鄰家の方より、風の雪を吹越しけるを見て、其鄰へ詠みて遣はしける
冬ながら 春の隣の 近ければ 中垣よりぞ 花は散りける
題不知
時雖在冬日 春在比鄰東風近 今見吾庭中 其自中垣將至臨 吹得白花咲且散
清原深養父 1021
1022 題知らず
石上 古りにし戀の 神さびて 祟るに我は 寢ぞ寢兼ねつる
題不知
石上布留社 慕戀古兮時既久 神憑在此情 其祟致我不安枕 輾轉難眠叵入寢
佚名 1022
1023 題知らず
枕より 跡より戀の 迫めくれば 為む方無みぞ 床中に居る
題不知
無論自枕元 抑或自吾足跡後 戀心今迫來 無可奈何莫可為 全區委身居床中
佚名 1023
1024 題知らず
戀しきが 方も方こそ 有と聞け 立てれ坐れども 無き心地哉
題不知
所謂戀慕者 具其節禮重作法 雖聞如此者 坐立難安戀焦時 一若喪心無自寧
佚名 1024
1025 題知らず
逢りぬやと 心見がてら 相見ねば 戲れにくき 迄ぞ戀しき
題不知
欲知己定性 探試己心不相逢 然欲如此者 縱為戲言身難耐 慕戀情湧難自己
佚名 1025
1026 題知らず
耳成の 山梔子 えてし哉 思火の色の 下染めに為む
題不知
耳成山梔子 欲得其果獲其實 思念緋火紅 取實以為下染用 耳無口無勿成噂
佚名 1026
1027 題知らず
葦引の 山田の案山子 己さへ 我を欲し云ふ 憂れはしき事
題不知
葦引山峻險 山田之間案山子 汝亦言欲我 人人欲我告吾名 實是憂事令人愁
佚名 1027
1028 題知らず
富士嶺の 成らぬ思火に 燃えば燃え 神だに消たぬ 空し煙を
題不知
不死富士嶺 山火徒然若吾思 燃而亦復燃 縱為神祇莫得消 虛煙裊裊傳天際
紀乳母 1028
1029 題知らず
逢見まく 星は數無く 有ながら 人に月無み 迷ひこそすれ
題不知
欲得相逢見 此欲如星實無數 雖思如此者 大空無月莫所依 一無手掛令迷芒
紀有朋 1029
1030 題知らず
人に逢はむ 月の無きには 思火燠きて 胸走り火に 心燒けをり
題不知
不得逢伊人 猶如虛空闇無月 只得燠思念 令火激走方寸中 燃心燒戀焦慕情
小野小町 1030
1031 寬平御時后宮の歌合歌
春霞 棚引く野邊の 若菜にも 成り見てしかな 人も摘むやと
寬平御時后宮歌合歌
春霞群湧立 棚引高掛野邊上 若菜生野上 吾心似彼若菜者 只冀人來摘歸去
藤原興風 1031
1032 題知らず
思へども 猶疏まれぬ 春霞 掛らぬ山も あらじと思へば
題不知
思慕情雖深 猶有煩厭遠疏時 人心總無常 猶如無山不掛霞 我思人心無不渝
佚名 1032
1033 題知らず
春野の 繁き草ばの 妻戀に 飛立つ雉子の ほろろとぞ鳴く
題不知
春野若草茂 雉子戀妻飛草上 吾亦如雉子 思妻哀切啼悲鳴 涓涓落淚獨啜泣
平貞文 1033
1034 題知らず
秋野に 妻無き鹿の 年を經て 何ぞ我が戀の 甲斐よとぞ無く
題不知
秋野荒寂寥 牡鹿無妻發哀啼 吾人亦如是 經年累月徒長齒 無得戀情無果報
紀淑人 1034
1035 題知らず
蟬羽の 一重に薄き 夏衣 慣れば寄りなむ 物にやはあらぬ
題不知
夏衣輕且薄 猶如蟬羽羽一重 貫穿仍皺寄 此人薄情雖如此 久知可將馴寄乎
凡河內躬恒 1035
1036 題知らず
隱沼の 下より生ふる 蓴菜の 寢ぬ名は立てじ 來る莫厭ひそ
題不知
隱沼水滯淀 沼底根蓴菜且生 吾人寢名者 猶此蓴菜無人聞 莫憂浮名不復來
壬生忠岑 1036
1037 題知らず
如ならば 思はずとやは 言ひはてぬ 何ぞ世中の 玉襷なる
題不知
結末既同然 汝思何以不直言 世中男女仲 何以迥異至如此 一猶掛違玉襷也
佚名 1037
1038 題知らず
思ふ云ふ 人心の 隈每に 立隱れつつ 見る由もがな
題不知
彼雖云慕我 方寸果思如此歟 人心不可測 立隱心間每隈處 不得虧見彼真情
佚名 1038
1039 題知らず
思へども 思はずとのみ 言ふなれば いなや思はじ 思ふ甲斐無し
題不知
我雖慕如此 無奈伊人不慕我 事既如此者 不若我忘此慕情 早知終必無果報
佚名 1039
1040 題知らず
我をのみ 思ふと言はば あるべきを いでや心は 大幣にして
題不知
彼言唯慕我 聞得此事新歡愉 可惜彼口輕 一猶大幣奉四處 其心輕浮無定所
佚名 1040
1041 題知らず
我を思ふ 人を思はぬ 報いにや 我が思ふ人の 我を思はぬ
題不知
世無兩相悅 慕我之人無果報 然我所思人 亦不慕我不相顧 嗚呼愁嘆此世間
佚名 1041
1042 題知らず
思ひけむ 人をぞ共に 思はまし 正しや報い 無かりけりやは
題不知
吾所慕戀者 若亦戀我何相善 世間總無情 焚身慕人無果報 徒嘆月老不促緣
清原深養父 1042
1043 題知らず
出行かむ 人を留めむ 由無きに 鄰の方に 鼻もひぬ哉
題不知
彼人將出行 慰留無術亦無由 嗚呼齡人方 見彼出行不引鼻 莫知伊人已遠行
佚名 1043
1044 題知らず
紅に 染めし心も 賴まれず 人を飽くには 移る云ふ也
題不知
汝心雖赤染 赤心亦仍不可信 人有厭飽時 一猶灰汁褪赤色 人心常變順轉俄
佚名 1044
1045 題知らず
厭はるる 我が身は春の 駒是れや 野飼ひがてらに 放捨てつる
題不知
吾為汝厭飽 我身如春駒是也 名為放野飼 實為放捨無復顧 為汝棄兮闇傷感
佚名 1045
1046 題知らず
鶯の 去年の宿の 古巢とや 我には人の 由緣無かるらむ
題不知
黃鶯宿去年 古巢鶯去空無主 我若彼古巢 薄情之人不顧我 往日情長今何去
佚名 1046
1047 題知らず
賢しらに 夏は人真似 笹葉の 爽ぐ霜夜を 我が獨寢る
題不知
逞言仿小賢 直云夏日畏酷暑 獨寢欲偷涼 然在笹葉爽霜夜 吾亦獨寢渡愁秋
佚名 1047
1048 題知らず
逢事の 今は廿日に 成りぬれば 夜深からでは 月無かりけり
題不知
逢事苦僅短 今日已成二十日 不至夜深時 明月不出無逢期 心冀相遇無逢術
平中興 1048
1049 題知らず
唐土の 吉野山に 籠るとも 遲れむと思ふ 我なら無くに
題不知
遙遙遠天邊 汝籠唐土吉野山 我雖在此地 身縱遲兮心不棄 仍願一日與君會
左大臣藤原時平 1049
1050 題知らず
雲晴れぬ 淺間山の 淺ましや 人心を 見てこそやまめ
題不知
浮雲無晴時 淺間山兮蔽不見 彼之薄情者 正若淺間總不誠 識人之要在識心
平中興 1050
1051 題知らず
難波なる 長柄橋も 作るなり 今は我が身を 何に例へむ
題不知
難波長柄橋 名雖遠長有盡時 橋可新替作 今日我身既舊老 有何可喻比擬乎
伊勢 1051
1052 題知らず
まめなれど 何ぞは良けく 刈萱の 亂れてあれど 惡しけくも無し
題不知
吾人雖正直 有何良善可吹噓 刈萱雖雜亂 或人行亂無章緒 何之有惡可難乎
佚名 1052
1053 題知らず
何か其 名の立事の 惜しからむ 知りて惑ふは 我一人かは
題不知
何懨浮名立 虛名雖成無可惜 知人好謠傳 戀為人知何所惑 狼狽豈吾獨一人
藤原興風 1053
1054 徒兄弟なりける男に、他所へて人の言ひければ
他所ながら 我が身に絲の 縒ると云へば 唯偽りに 過ぐ許也
他所人謠傳,云吾與吾從兄弟男子過從甚密而詠
他所好謠傳 人如縒絲寄我身 雖為人所問 此唯假偽虛名矣 平心答之無所畏
久曾 1054
1055 題知らず
願ぎ事を 然のみ聞きけむ 社こそ 果ては嘆木の 森と成るらめ
題不知
願事總聽聞 神祇長聞人悲嘆 千早振神威 神社境內積人願 終果今成嘆木森
讚岐 1055
1056 題知らず
歎き凝る 山とし高く 成りぬれば 頰杖のみぞ 先づ付かれける
題不知
吾嘆凝且固 猶樵木山高險峻 嘆木悲憂愁 不待手扶登山杖 手既撐頰作頰杖
大輔 1056
1057 題知らず
歎きをば 凝りのみ積みて 足引の 山の甲斐無く 成りぬべら也
題不知
投木樵且積 吾嘆既凝堆心頭 足引山險峻 投木埋山填山峽 積嘆莫能得果報
佚名 1057
1058 題知らず
人戀ふる 事を重荷と 担持て 逢期無きこそ 詫しかりけれ
題不知
戀人誠哀苦 其情猶若担重荷 然以無逢期 雖欲持兮無朸使 無以担持徒悲詫
佚名 1058
1059 題知らず
宵間に 出入りぬる 三日月の 割れて物思ふ 頃にも有哉
題不知
宵間三日月 俄然出兮轉瞬沒 月畫虛空者 猶如割物碎吾心 物思緒亂此頃哉
佚名 1059
1060 題知らず
其故にとて とすればかかり 斯くすれば あな言知らず 逢時切時に
題不知
雖云以其故 行斯則將得此果 行彼得其果 嗚呼此時當言何 逢時離時不逢辰
佚名 1060
1061 題知らず
世中の 憂き度每に 身を投けば 深谷こそ 淺く成りなめ
題不知
空蟬此世間 若每逢哀必投身 則此雖深谷 不時知間作淺豁 世事無常盡淺薄
佚名 1061
1062 題知らず
世中は 如何に苦しと 思ふらむ 幾許の人に 恨みらるれば
題不知
空蟬憂世中 如何艱苦若此者 幾許人恚恨 怨言不斷恨不盡 諸事不順責他人
在原元方 1062
1063 題知らず
何をして 身の徒に 老いぬらむ 年の思はむ 事ぞ恥しき
題不知
顧思過往事 吾人一生行何事 徒使馬齒長 今思年老無所成 心恥羞愧不自容
佚名 1063
1064 題知らず
身は捨てつ 心をだにも 放らさじ 遂には如何 成ると知るべく
題不知
捨身欲去世 唯有此心不願放 欲知身捨後 那由他盡作何如 留保吾心識終末
藤原興風 1064
1065 題知らず
白雪の 友に我が身は 古りぬれど 心は消えぬ 物にぞありける
題不知
白雪降紛紛 我身隨雪今老古 積雪必消逝 然吾身老心仍在 雪消冰熔心不隨
大江千里 1065
1066 題知らず
梅花 咲きての後の 身是ればや 酸物とのみ 人の言ふらむ
題不知
此身似何物 一猶梅花咲後實 梅實酸且澀 人言我為好色者 回顧往時何欷歔
佚名 1066
1067 法皇、西河に坐したりける日、『猿、山峽に叫ぶ。」と云ふ事を題にて詠ませ賜うける
詫しらに 猿莫鳴きそ 足引の 山峽ある 今日にやはあらぬ
法皇行幸西河之日,賜詔曰:「以『猿啼山峽間。』為題,詠之。」
兩岸山猿猴 切莫詫啼淒如此 帝臨山峽前 今日悅鳴有果報 同迎聖上何不為
凡河內躬恒 1067
1068 題知らず
世を厭ひ 木下每に 立寄りて 俯染めの 麻衣也
題不知
厭世捨煩塵 此身行雲猶流水 立寄木下坐 俯身樹下為宿地 五倍子染僧麻衣
佚名 1068
古今和歌集 卷十九 雜軆歌 終