古今和歌集 卷十七 雜歌 上
0863 題知らず
我が上に 露ぞ置くなる 天河 門渡舟の 櫂の雫か
題不知
忽見吾衣上 玉露置兮是何由 天川銀河湊 牛郎漕舟音可聞 蓋是櫂所零雫乎
佚名 863
0864 題知らず
思ふ共 圓居せる夜は 唐錦 立たまく惜しき 物にぞありける
題不知
相思親友等 共聚圓居相歡夜 此是甚愉悅 一猶不願唐錦裁 心惜不忍起身離
佚名 864
0865 題知らず
嬉しきを 何に包まむ 唐衣 袂寬に 裁てと言はましを
題不知
歡娛如此者 當以何物裹其情 唐衣今將裁 願請作袂更寬裕 多裹此情攜兮歸
佚名 865
0866 題知らず
限無き 君が為にと 折る花は 時しも別ぬ 物にぞ有ける
題不知
但願人長久 折此花者無為他 唯祈君壽長 亦冀此花咲非時 永綻四季全年間
佚名 866
或人曰:「此歌は、前大臣の也。」
或人曰:「此歌者,前大臣所作也。」
0867 題知らず
紫の 一本故に 武藏野の 草は皆がら 憐れとぞ見る
題不知
所鍾愛無他 唯因紫草一株故 愛烏亦即屋 今見武藏野遍草 皆令人憐心生懷
佚名 867
0868 妻の妹を持て侍りける人に、袍を贈るとて詠みて遣りける
紫の 色濃き時は 目も張るに 野なる草木ぞ 別れざりける
贈束帶之袍,于內人妹夫之許,詠歌進之
紫草色濃時 眼見遠處原野上 草木芽正萌 紫與遍草無區別 盡皆憐愛本自然
在原業平朝臣 868
0869 大納言藤原國經朝臣の、宰相より中納言に成ける時、染めぬ袍の綾を贈るとて詠める
色無しと 人や見るらむ 昔より 深心に 染めてし物を
大納言藤原國經朝臣自參議昇任中納言時,以未染綾絹贈之以為袍而詠
綾絹雖無色 他人見其或異之 然自昔日起 我以深心濃過紫 誠念所染此物矣
近院右大臣源能有 869
0870 石上並松が宮仕へもせで石上と云ふ所に籠侍りけるを、俄に冠賜はれりければ、悅び言遣はすとて、詠みて遣はしける
日光 藪し別ねば 石上 古りにし里に 花も咲きけり
石上並松不為宮仕而籠居石上,俄受賜冠,悅而贈言詠歌呈之
日光曜無私 藪處無別盡照覽 石上雖古里 賴以天照日得暖 花亦遍咲受君恩
布留今道 870
0871 二條后の未だ春宮御息所と申しける時に、大原野に詣賜ひける日詠める
大原や 小鹽山も 今日こそは 神世の事も 思出づらめ
二條后藤原高子尚為東宮御息所時,參詣大原野神社之日所詠
大原野社矣 守彼春日小鹽山 今日喜后幸 更思神代天降事 藤原遠祖伴君臨
在原業平朝臣 871
0872 五節舞姬を見て詠める
天風 雲の通路 吹閉ぢよ 娘子の姿 暫し留めむ
見五節舞姬而詠
霜月空風矣 願汝吹閉天雲路 今見五節舞 不捨天女俄歸去 望暫留姿在人世 【○百人一首0012。】
良岑宗貞 872
0873 五節の朝に簪の玉の落ちたりけるを見て、誰がならむと尋ひて詠める
主や誰 問へど白玉 言は無くに 然らば並べてや 憐れと思はむ
五節祭翌朝,見簪玉落置,尋彼誰人失物而詠
問汝主為誰 白玉珠簪無答言 見簪推其主 然思五節舞姬等 個個皆美令人憐
河原左大臣源融 873
0874 寬平御時に、上侍に侍りける殿上人、瓶を持たせて、后宮の御方に、「大御酒の下し。」と聞えに奉りたりけるを、藏人共笑ひて、瓶を御前に持出でて、兔も角も言はずなりにければ、使の歸來て、「さなむありつる。」と言ひければ、藏人の仲に贈りける
玉垂れの 小瓶や何處 越搖の 磯浪分け 沖に出でにけり
宇多帝寬平御時,侍于上侍之殿上人等,持瓶詣后宮御方,奉:「獻大御酒之餘。」之詔。女藏人等共笑,獻瓶于御前,然上無所召,使遂歸來曰:「次第如此。」而贈女藏人等
小瓶垂玉緒 玉垂小龜何處去 少女摘磯菜 進破越搖浦磯浪 瓶置奧處出沖間
藤原敏行朝臣 874
0875 女共の見て笑ひければ詠める
貌こそ 深山隱れの 朽木なれ 心は花に 為さば成なむ
女子等見我而笑,遂詠之
吾貌雖朽木 隱忍深山枯槁者 然在方寸間 若欲一咲戀之華 其仍可咲綻繽紛
兼藝法師 875
0876 方違へに人の家に罷れりける時に、主の衣を著せたりけるを、朝に返すとて詠みける
蟬羽の 夜衣は 薄けれど 移り香濃くも 匂ひぬる哉
以方違之故,借宿他人之家時,借彼主之衣而著,翌朝贈返而詠
所借夜衣者 其料雖薄如蟬羽 然其匂芬芳 殘香移薰留吾著 濃郁今存餘波在
紀友則 876
0877 題知らず
遲く出る 月にもある哉 足引の 山の彼方も 惜しむべら也
題不知
明月晚昇矣 何以遲出令人待 蓋是足引山 山奧彼方人惜別 不捨離去遂出遲
佚名 877
0878 題知らず
我が心 慰め兼ねつ 更級や 姨捨山に 照月を見て
題不知
我心甚哀戚 無人無方可慰之 更級姨捨山 身居此山見照月 心更悲兮愁更愁
佚名 878
0879 題知らず
大方は 月をも愛でじ 茲ぞ此 積れば人の 老と成物
題不知
大方深所思 常人縱雖愛明月 我獨不愛之 何以思此物如斯 月積年月催人老
在原業平朝臣 879
0880 「月面白し。」とて、凡河內躬恒が詣來りけるに詠める
かつ見れど 疎くもある哉 月影の 至らぬ里も 在らじと思へば
凡河內躬恒稱:「月色甚美。」而詣來,遂詠之
見月雖歡喜 一方亦有疏隙情 思君如月影 遍照無里不之至 想君四處惹塵埃
紀貫之 880
0881 池に月の見えけるを詠める
二つ無き 物と思ひしを 水底に 山端ならで 出る月影
覽月於池而詠
思天無二月 怎知今在池畔望 水底非山端 竟出月影懸池間 天上水下兩照映
紀貫之 881
0882 題知らず
天河 雲の水脈にて 速ければ 光止めず 月ぞ流るる
題不知
銀河天之川 雲為水脈澪虛空 以其流急速 月光無以止一處 隨川水流去他方
佚名 882
0883 題知らず
飽かずして 月隱るる 山元は 彼面ぞ 戀しかりける
題不知
遊興猶未飽 明月既隱山端下 在簏情惆悵 哀愁美月隱去早 不覺慕羨山彼面
佚名 883
0884 惟喬親王の狩しける供に罷りて、宿りに歸りて、夜一夜酒を飲み、物語をしけるに、十一日月も隱れなむとしける折に、親王醉ひて內へ入りなむとしければ、詠み侍りける
飽か無くに 未だ期も月の 隱るるか 山端逃て 入れずもあらなむ
伴惟喬親王出狩,歸宿終夜飲酒,談興物語,十一日月亦隱沒之際,親王醉,入內休憩,詠歌侍之
觀月未足興 此期月已隱山端 還冀山端者 逃至他所往他方 不令月藏阻吾翫
在原業平朝臣 884
0885 田邑帝御時に、齋院に侍りける慧子皇女を、「母、過ち有り。」と云ひて齋院を代られむとしけるを、其事止みにければ詠める
大空を 照行く月し 清ければ 雲隱せども 光消無くに
田邑帝文德天皇御時,慧子內親王為賀茂齋院,人云:「母有過。」而將退下交代之際,其事得雪而止,遂詠之
汝誠猶明月 皎白照行大虛空 為人以清明 浮雲雖欲蔽月隱 其光不消莫能晦
尼敬信 885
0886 題知らず
石上 布留幹小野の 本柏 本心は 忘られ無くに
題不知
石上布留地 古幹小野成枯林 葉落柏幹餘 吾雖身老心如本 不忘故情貫始終
佚名 886
0887 題知らず
古の 野中清水 溫るけれど 本心を 知る人ぞ汲む
題不知
世去時移矣 野中清水亦濁變 古水清不再 然知彼昔本心者 今日仍至汲水歸
佚名 887
0888 題知らず
古の 倭文苧環 卑きも 良きも盛は 有りし物也
題不知
世去時移矣 古有倭文苧環 雖非彼苧環 無論出身卑或貴 男有盛期猛健時
佚名 888
0889 題知らず
今こそあれ 我も昔は 男山 坂行く時も 有越し物を
題不知
今雖作老態 我昔亦有榮盛時 曾越男山坂 如彼言語音所述 當年亦為大丈夫
佚名 889
0890 題知らず
世中に 古りぬる物は 津國の 長柄橋と 我と也けり
題不知
空蟬憂世中 衰古之物有二矣 苟活齒徒長 一為攝津長柄橋 餘一無他是我身
佚名 890
0891 題知らず
笹葉に 降積む雪の 梢を重み 本降行く 我が盛はも
題不知
積雪降笹葉 梢重撓垂傾本下 此猶我盛時 惜其不再如降坂 每下愈況甚欷歔
佚名 891
0892 題知らず 【○和漢朗詠0437。】
大荒木の 森の下草 老いぬれば 駒も好めず 刈る人も無し
題不知
奈良大荒木 社森麻生下草者 草老嫩不再 駒不好食無一顧 人亦不欲薙草歸
佚名 892
又は:「櫻麻の、麻生の下草、老いぬれば。」
又云:「夏日櫻麻茂,苧田麻生下草者,草老嫩不再。」
0893 題知らず
數經れば 留らぬ物を 疾しと云ひて 今年は甚く 老いぞしにける
題不知
年數徒經長 此物晝夜無所止 是以謂疾兮 歲隨年增齒徒長 我身今年甚老衰
佚名 893
0894 題知らず
押照や 難波御津に 燒鹽の 辛くも我は 老いにける哉
題不知
押照難波津 御津濱邊燒鹽所 彼鹽也香辛 我身艱辛猶燒鹽 徒增馬齒取身老
佚名 894
又は:「大伴の、御津濱邊に。」
又云:「難波大伴領,御津濱邊燒鹽所。」
0895 題知らず
老いらくの 來むと知りせば 門鎖して 無と答へて 會はざらましを
題不知
早知老將臨 閉門不出逐戶外 鎖門云無用 不會如此不速客 只願長保壯年時
佚名 895
此三つの歌は、昔在ける三人の翁の詠めるとなむ。
此三首歌,傳昔日三人老翁之所詠矣。
0896 題知らず
逆樣に 年も逝かなむ 取りも敢へず 過ぐる齡や 共に歸ると
題不知
年月如逝水 還願時光能覆返 只冀時逆溯 能帶過往吾齡者 共歸復得青春在
佚名 896
0897 題知らず
取止むる 物にしあらねば 年月を 憐れあな憂と 過ぐしつる哉
題不知
時去無所止 子曰逝者如斯夫 是以吾憂憐 徒歎年月疾馳過 每惜過往不復哉
佚名 897
0898 題知らず
留堪へず 宜も急しとは 言はれけり 然も由緣無く 過ぐる齡か
題不知
急促不堪留 以故年月稱為急 其逝早且速 吾齡隨之無情過 不復往日青年時
佚名 898
0899 題知らず
鏡山 去來立寄りて 見て行かむ 年經ぬる身は 老いや知ぬると
題不知
鏡山鑑姿容 去來立寄罷彼山 今將往窺之 欲見此身經年過 望知映照老衰否
佚名 899
此歌は、或人曰:「大友黑主が也。」
此歌者,或人曰:「大友黑主所作也。」
0900 業平朝臣の母皇女、長岡に住侍りける時に、業平宮仕すとて、時時も得罷訪はず侍りければ、師走許に母皇女許より、「頓事。」とて、文を持て詣來り。開けて見れば、詞は無くて在ける歌
老い經れば 避らぬ別も 有と云へば 彌彌見まく 欲しき君哉
在原業平朝臣母皇女伊登內親王住長岡京時,業平忙於宮仕,莫得時時訪晤。師走十二月之際,自母皇女許,有書「急事。」之文詣來。開封見之,內無言詞,而有此歌
歲月經年老 人云永別無可避 思旦夕且死 不欲悔在九泉下 彌彌欲見吾兒面
伊登內親王 900
0901 返し
世中に 避らぬ別の 無くもがな 千世もと歎く 人子の為
返歌
此世有永別 雖謂其曰不可避 還願無此事 請顧人子慕母君 嘆願長壽千千歲
在原業平朝臣 901
0902 寬平御時后宮の歌合歌
白雪の 八重降敷ける 歸山 歸る歸るも 老いにける哉
寬平御時后宮歌合時歌
皓皓白雪之 八重降敷歸山上 越路歸山者 一再輒復歸返間 亦仍老去增年哉
在原棟樑 902
0903 同じ御時の上侍にて、殿上人に大御酒賜ひて、大御遊び有ける遂でに仕れる
老いぬとて 何どか我が身を 責來けむ 老いずば今日に 逢は益物か
同宇多帝寬平御時,於清涼殿上侍之際,御賜殿上人大御酒,催管絃之宴而為大御遊時,遂仕此歌
吾雖年紀老 何以至今責我身 此身若不老 何來今日貴榮華 得此殊遇因年故
藤原敏行朝臣 903
0904 題知らず
千早振る 宇治橋守 汝をしぞ 憐とは思ふ 年經ぬれば
題不知
千早振神威 宇治橋之橋守矣 吾思汝親近 自從相會經年久 一層倍感親愛憐
佚名 904
0905 題知らず
我見ても 久しく成りぬ 住江の 岸姫松 幾世經ぬらむ
題不知
自吾初見彼 至今歷時已久之 住吉住江地 住江岸上姬松矣 汝實歷經幾世歟
佚名 905
0906 題知らず
住吉の 岸姬松 人是らば 幾世か經しと 問は益物を
題不知
住吉住江地 住江岸上姬松矣 汝者若為人 還願問汝經幾世 歷久至今歲何年
佚名 906
0907 題知らず
梓弓 磯邊小松 誰が世にか 萬世兼ねて 種を撒けむ
題不知
梓弓射無收 岸上磯邊小松者 誰在何世中 祈求萬世永長青 撒種植汝冀蒔乎
佚名 907
此歌は、或人曰:「柿本人麿が也。」
或人曰:「此歌者,柿本人麿所作也。」
0908 題知らず
斯くしつつ 世をや盡さむ 高砂の 尾上に立てる 松なら無くに
題不知
吾人蓋如斯 生涯如此盡世乎 望高砂尾上 久松長青能歷世 可悲吾非彼松矣
佚名 908
0909 題知らず 【○百人一首0034。】
誰をかも 知る人に為む 高砂の 松も昔の 友なら無くに
題不知
吾當以孰人 交好相知為故友 高砂松久常 然彼為松不為人 何以作友常相伴
藤原興風 909
0910 題知らず
綿津海の 沖つ潮合に 浮泡の 消えぬ物から 寄方も無し
題不知
綿津見海原 沖立潮匯浮泡者 雖未及消逝 無處可依無岸寄 我亦漂泊無所靠
佚名 910
0911 題知らず
綿津海の 髻首しにさせる 白妙の 波もて結る 淡路島山
題不知
海神綿津見 御簪髻首飾綺麗 白妙濤波湧 環繞四周結素冠 淡路島山美不勝
佚名 911
0912 題知らず
大海原 寄來る波の 屢も 見まくの欲しき 玉津島かも
題不知
綿津大海原 波濤屢屢寄此島 吾人亦如是 幾度欲覽此美景 一再來訪玉津島
佚名 912
0913 題知らず
難波瀉 潮滿來らし 雨衣 田簑島に 鶴鳴渡る
題不知
押照難波瀉 其津海潮似滿盈 鳴鶴度虛空 指往雨衣田簑島 翱翔大空蕩聲鳴
佚名 913
0914 貫之が和泉國に侍りける時に、大和より越詣來て、詠みて遣はしける
君を思ひ 興津濱に 鳴鶴の 尋來ればぞ 在とだに聞く
紀貫之侍和泉國時,自大和國越山詣來,詠歌贈之
思君置心頭 一猶興津濱鳴鶴 常尋探汝音 冀聞君命仍在世 更待有朝能相逢
藤原忠房 914
0915 返し
沖波 高師濱の 濱松の 名にこそ君を 待渡りつれ
返歌
沖波擎浪高 高師濱邊濱松者 猶若彼松名 我待君至時已久 還願千里來相會
紀貫之 915
0916 難波に罷りける時詠める
難波瀉 生ふる玉藻を 假初の 海人とぞ我は 成りぬべらなる
罷難波之時所詠
押照難波瀉 其瀉所生海藻矣 初刈取此藻 我今一時為海人 化作難波白水郎
紀貫之 916
0917 相知れりける人の、住吉に詣けるに詠みて遣はしける
住吉と 海人は告ぐとも 長居す莫 人忘草 生ふと云也
相親之人詣住吉社,遂詠歌贈之
汝所前往處 海人雖告曰住吉 然願莫長居 人云該處忘草生 莫以滯此忘吾人
壬生忠岑 917
0918 難波へ罷ける時、田簑島にて雨に遭ひて詠める
雨により 田簑島を 今日行けど 名には隱れぬ 物にぞ有ける
罷難波時,於田簑島遭雨而詠
既知雨將零 今日前去田簑島 怎知徒具名 田簑無以蔽吾體 仍令此身為雨濡
紀貫之 918
0919 法皇西川坐したりける日、「鶴・洲に立てり。」と云ふ事を題にて詠ませ賜ひける
葦鶴の 立てる川邊を 吹風に 寄せて歸らぬ 浪かとぞ見る
宇多法皇幸西川之日,題「立於鶴・洲」而令詠
大堰川邊岸 純白葦鶴群立居 見彼百鶴群 一猶吹風拂碎浪 打寄川邊不復返
紀貫之 919
0920 中務親王家の池に、舟を作りて下し、初めて遊びける日、法皇御覽じに坐したりけり。夕去りつ方、歸坐さむとしける折に、詠みて奉りける
水上に 浮べる舟の 君ならば 此處ぞ泊りと 云はまし物を
中務卿敦慶親王家池中,作舟浮水,初為詩歌管絃遊樂之日,宇多法皇臨幸御覽。夕刻,法皇還御之際,詠歌謹奉
水載舟浮上 庶民為水君為舟 法皇若為舟 奉稟今夜泊此處 臨幸此邸莫早去
伊勢 920
0921 唐琴と云ふ所にて詠める
都迄 響通へる 唐琴は 浪緒すげて 風ぞ彈きける
於唐琴之地所詠
其名通響徹 唐琴聲礜高迄都 唐琴浦之音 浪為音緒發天籟 風為奏者彈神樂
真靜法師 921
0922 布引瀧にて詠める
こき散らす 瀧の白玉 拾置きて 世の憂時の 淚にぞ借る
於布引瀧所詠
飛瀧水玉散 水玉晶瑩若白玉 舉袖汲拾置 身在空蟬此世間 憂時借以為珠淚
在原行平朝臣 922
0923 布引瀧の本にて、人人集まりて歌詠みける時に詠める
拔亂る 人こそあるらし 白玉の 間無くも散るか 袖の狹きに
於布引瀧底,招集眾人歌詠之時所詠
有人斷珠緒 白玉蹦亂紛飛散 無間彼四散 吾怨袖狹拾不盡 令其遍洒零四方
在原業平朝臣 923
0924 吉野瀧を見て詠める
誰が為に 引きて晒せる 布なれや 世を經て見れど 取る人も無き
見吉野瀧而詠
御吉野白瀧 此布引晒是為誰 吾人經年見 每觀彼布高懸此 未見有人來取之
承均法師 924
0925 題知らず
清瀧の 瀨瀨白絲 繰貯て 山分衣 織りて著ましを
題不知
御吉野清龍 瀨瀨化作白絲絮 繰返貯集矣 此為我將分山入 行修所織衣著乎
神退法師 925
0926 龍門に詣て瀧本にて詠める
裁縫はぬ 衣著し人も 無き物を 何山姫の 布晒すらむ
詣龍門而於瀧本所詠
仙昔居此寺 彼著神衣無裁縫 然今仙已去 仙衣早已無彼主 何以山姬晒其布
伊勢 926
0927 朱雀院帝、布引瀧御覽ぜむとて、文月七日日坐しまして在ける時に、侍ふ人人に、歌詠ませ賜ひけるに詠める
主無くて 晒せる布を 七夕に 我が心とや 今日はかさまし
朱雀院宇多天皇,御覽布引瀧而于七月七日幸時,命侍從人等詠歌而詠
此布已無主 白瀧絲絹晒高掛 緣今為七夕 我心感銘此節氣 以為貢物獻織女
橘長盛 927
0928 比叡山なる音羽瀧を見て詠める
落激つ 瀧の水上 年積り 老いにけらしな 黑筋無し
見比叡山音羽瀧而詠
險瀧流落激 水上源流經何年 白髮積年老 水落白泡落瀑下 毫無一絮作黑絲
壬生忠岑 928
0929 同じ瀧を詠める
風吹けど 所も去らぬ 白雲は 世を經て落る 水にぞ有ける
見比叡山音羽瀧而詠
雖為風所吹 竟每留置不去所 思彼白雲怪 凝目檢之方知其 是水經世落瀑者
凡河內躬恒 929
0930 田村御時に、女房の侍ひにて御屏風繪御覽じけるに、「瀧落ちたりける所面白し。之を題にて歌詠め。」と、侍ふ人に仰せられければ詠める
思ひ堰く 心中の 瀧是れや 落つとは見れど 音聞えぬ
田村帝文德天皇御時,女房相侍清涼殿,御覽御屏風繪時詔曰:「瀧落之所,其甚有趣。以之為題詠歌。」侍從受旨而詠
堰思在心中 澎湃為瀧不出訴 可見瀧落激 然無音聲可為聞 苦納悲切置心中
三條町 紀靜子 930
0931 屏風繪なる花を詠める
咲初し 時より後は 打延て 世は春是れや 色の常なる
詠屏風繪花
自花初咲起 世異時移至今日 打延歷幾許 此時又復為春日 其色固常不變易
紀貫之 931
0932 屏風繪に詠合せて書きける
刈りて干す 山田稻の 扱垂れて 鳴きこそ渡れ 秋の憂ければ
合屏風繪詠歌書之
割刈且干兮 山田之稻垂一面 秋燕亦如是 鳴泣聲啼渡大空 全因秋日令人愁
坂上是則 932
古今和歌集 卷十七 雜歌上 終