古今和歌集   卷十六 哀傷歌

0829 妹(いも)の身罷(みまか)りける時詠(ときよ)みける
0830 前太政大臣(さきのおほきおほいまうちぎみ)を、白河邊(しらかはのあた)りに送(おく)りける夜詠(よよ)める
0831 堀河太政大臣(ほりかはのおほきおほいまうちきみ)、身罷(いまか)りにける時(とき)に、深草山(ふかくさのやま)に斂(をさ)めてける後(のち)に詠(よ)みける
0832 堀河太政大臣(ほりかはのおほきおほいまうちきみ)、身罷(いまか)りにける時(とき)に、深草山(ふかくさのやま)に斂(をさ)めてける後(のち)に詠(よ)みける
0833 藤原敏行朝臣(ふぢはらのとしゆきのあそん)の身罷(みまか)りにける時(とき)に、詠(よ)みて彼家(かのいへ)に遣(つか)はしける
0834 相知(あひし)れりける人(ひと)の身罷(みまか)りにければ詠(よ)める
0835 相知(あひし)れりける人(ひと)の身罷(みまか)りにける時(とき)に詠(よ)める
0836 姊(あね)の身罷(みまか)りにける時(とき)に詠(よ)める
0837 藤原忠房(ふぢはらのただふさ)が昔相知(むかしあひし)りて侍(はべり)ける人(ひと)の身罷(みまか)りにける時(とき)に、弔(とぶら)ひに遣(つか)はすとて詠(よ)める
0838 紀友則(きのとものり)が身罷(みまか)りにける時詠(よきよ)める
0839 紀友則(きのとものり)が身罷(みまか)りにける時詠(よきよ)める
0840 母(はは)が思(おも)ひにて詠(よ)める
0841 父(ちち)が思(おも)ひにて詠(よ)める
0842 思(おも)ひに侍(はべ)りける年(とし)の秋(あき)、山寺(やまでら)へ罷(まか)りける道(みち)にて詠(よ)める
0843 思(おも)ひに侍(はべ)りける人(ひと)を弔(とぶら)ひに罷(まか)りて詠(よ)める
0844 女(め)の親(おや)の思(おも)ひにて山寺(やまでら)に侍(はべ)りけるを、或人(あるひと)の弔遣(とぶらひつか)はせりければ、返事(かへりごと)に詠(よ)める
0845 諒闇(りゃうあん)の年(とし)、池畔(いけのほとり)の花(はな)を見(み)て詠(よ)める
0846 深草帝御國忌(ふかくさのみかどのみこき)の日(ひ)、詠(よ)める
0847 深草帝御時(ふかくさのみかどのおほんとき)に、藏人頭(くらうどのとう)にて夜晝馴(よるひるな)れ仕奉(つかうまつり)けるを、諒闇(りゃうあん)に成(な)りにければ、更(さら)に世(よ)にも混(ま)じらずして比叡山(ひえのやま)に登(のぼ)りて頭卸(かしらおろ)してけり。其又年(そのまたのとし)、皆人御服脫(みなひとおほんぶくぬ)ぎて、或(ある)は冠賜(かうぶりたま)はり等(など)、悅(よろこ)びけるを聞(き)きて詠(よ)める
0848 河原大臣(かはらのおほいまうちぎみ)の身罷(みまか)りての秋(あき)、彼家(かのいへ)の邊(ほとり)を罷(まか)りけるに、紅葉(もみぢ)の色未(いろま)だ深(ふか)くもならざりけるを見(み)て、詠(よ)みて入(い)れたりける
0849 藤原高經朝臣(ふぢはわのたかつねのあそん)の身罷(みまか)りての又年(またのとし)の夏(なつ)、郭公(ほととぎす)の鳴(な)きけるを聞(き)きて詠(よ)める
0850 櫻(さくら)を植(う)ゑてありけるに、やうやく花咲(はなさ)きぬべき時(とき)に、彼植(かのう)ゑける人身罷(ひとみまか)りにければ、其花(そのはな)を見(み)て詠(よ)める
0851 主身罷(あるじみまか)りにける人(ひと)の家(いへ)の梅花(むめのはな)を見(み)て詠(よ)める
0852 河原左大臣身罷(かはらのひだりのおほいまうちぎみのみまか)りての後(のち)、彼家(かのいへ)に罷(まか)りてありけるに、鹽竈(しほがも)と云(い)ふ所(ところ)の態(さま)を作(つく)れりけるを見(み)て詠(よ)める
0853 藤原利基朝臣(ふぢはらのとしもとのあそん)の右近中將(うこんのちゅうじゃう)にて住侍(すみはべ)りける曹司(ざうし)の、身罷(みまか)りて後(のち)、人(ひと)も住(す)まず成(なり)にけるを、秋夜更(あきのよふ)けて物寄(ものよ)り詣(まうで)きける遂(つい)でに見入(みい)れければ、元有(もとあり)し前栽(せんざい)も甚繁(いとしげ)く荒(あ)れたりけるを見(み)て、早(はや)く其(そこ)に侍(はべ)りければ、昔(むかし)を思遣(おもひや)りて詠(よ)みける
0854 惟喬親王(これたかのみこ)の:「父(ちち)の侍(はべ)りけむ時(とき)に詠(よ)めりけむ歌供(うたども)。」と請(こ)ひければ、書(か)きて送(おく)りける奧(おく)に、詠(よ)みて書(か)けりける
0855 題知(だいし)らず
0856 題知(だいし)らず
0857 式部卿親王(しきぶきやうのみこ)、閑院五御子(かんゐんのごのみこ)に住渡(すみわた)りけるを、幾許(いくばく)もあらで女御子(をんなみこ)の身罷(みまか)りにける時(とき)に、彼御子(かのみこ)の住(す)みける帳帷子(ちゃうのかたびら)の紐(ひも)に文(ふみ)を結付(ゆひつ)けたりけるを取(と)りて見(み)れば、昔(むかし)の手(て)にて此歌(このうた)をなむ書付(かきつ)けたりける
0858 男(をとこ)の、人(ひと)の國(くに)に罷(まか)れりける間(ま)に、女(をんな)、俄(にはか)に病(やまひ)をしていと弱(よわ)く成(なり)にける時(とき)、詠置(よみお)きて身罷(みまか)りにける
0859 病(やまひ)に煩侍(わづらひはべ)りける秋(あき)、心地(ここち)の賴(たの)もしげ無(な)く覺(おぼ)えければ、詠(よ)みて人(ひと)の元(もと)に遣(つか)はしける
0860 身罷(みまか)りなむとて詠(よ)める
0861 病(やまひ)して弱(よわ)く成(なり)にける時詠(ときよ)める
0862 甲斐國(かひのくに)に相知(あひし)りて侍(はべ)りける人訪(ひととぶら)はむとて罷(まか)りけるを、道中(みちなか)にて俄(にはか)に病(やまひ)をして、今今(いまいま)と成(なり)にければ、詠(よ)みて、「京(きゃう)に持(も)て罷(まか)りて母(はは)に見(み)せよ。」と言(い)ひて、人(ひと)に付(つ)け侍(はべ)りける歌(うた)

古今和歌集 卷十六 哀傷歌 終