古今和歌集 卷十一 戀歌 一
0469 題知らず
郭公 鳴くや皐月の 菖蒲草 文目も知らぬ 戀もする哉
題不知
郭公發鳴啼 時至皐月近端午 家家飾菖蒲 菖蒲理知吾情亂 迷於戀間失理哉
佚名 469
0470 題知らず
音にのみ 聞くの白露 夜は置きて 晝は思ひに 堪へず消ぬべし
題不知
只聽君傳聞 吾人之身猶白露 夜起置秋菊 實至晝時消無蹤 不堪憂思欲消逝
素性法師 470
0471 題知らず
吉野河 岩波高く 行水の 早くぞ人を 思ひそめてし
題不知
奈良吉野川 川水搏岩浪沫高 一猶逝水速 吾人慕君激情湧 相思苦悶不可謁
紀貫之 471
0472 題知らず
白浪の 跡無き方に 行舟も 風ぞ賴りの 標なりける
題不知
船過水無痕 先舟白浪既消弭 行舟無標的 還願吹風可託身 代作導標引水路
藤原勝臣 472
0473 題知らず
音羽山 音に聞きつつ 逢坂の 關の此方に 年を經る哉
題不知
地非音羽山 今聞汝噂探音訊 相隔逢坂關 無奈關險不得越 遂在關前徒經年
在原元方 473
0474 題知らず
立歸り 哀れとぞ思ふ 他所にても 人に心を 沖つ白浪
題不知
幾度出而返 戀心己哲稍不減 即便隔他鄉 心猶白浪寄沖邊 輒置慕心總向君
在原元方 474
0475 題知らず
世中は 斯くこそ有りけれ 吹風の 目に見ぬ人も 戀しかりけり
題不知
世間事如此 男女之仲娑婆事 僅聞噂吹風 目雖未得見其人 竊慕之心既已燎
紀貫之 475
0476 右近の馬場の引折の日、向ひに立てたりける車の下簾より女顏の仄かに見えければ、詠んで遣はしける
見ずも有らず 見もせぬ人の 戀しくは 文無く今日や 眺暮さむ
右近馬場騎射手結之日,自駐車向側之車簾隙間,仄見女顏,遂詠而遣之
非得稱未見 其人亦非稱既見 不覺生戀慕 今日無緣溺思情 物憂眺物徒暮日
在原業平朝臣 476
0477 返し 【承前。】
知しる知しらぬ 何なにか文無あやなく 別わきて言いはむ 思おもひのみこそ 標成しるべなりけれ
返歌
知之或不知 戀慕之生或無由 何須強區別 汝者慕心熾如火 其所映照將成標
佚名 477
0478 春日祭かすがのまつりに罷まかれりける時ときに、物見ものみに出いでたりける女をむなの許もとに、家いへを尋たづねて遣つかはせりける
春日野かすがのの 雪間ゆきまを分わけて 生おひいでくる 草くさの僅はつかに 見みえし君きみはも
參罷春日祭時,見觀祭女子,於彼許尋其家所,詠歌遣贈之
身在春日野 遍尋雪間未積處 苦苦總尋得 僅稀若草生其中 所見無他便是君
壬生忠岑 478
0479 人ひとの花摘はなつみしける所ところに罷まかりて、其處そこなりける人ひとの許もとに、後のちに詠よみて遣つかはしける
山櫻やまざくら 霞かすみの間まより 仄ほのかにも 見みてし人ひとこそ 戀こひしかりけれ
罷出遇女子摘花之處,後詠歌遣彼家人之許贈之
山櫻咲絢爛 滿佈山間若雲霞 霞間仄瞥見 賭得好女紛其中 不覺幽戀慕情生
紀貫之 479
0480 題知だいしらず
便たよりにも 有あらぬ思おもひの 恠あやしきは 心こころを人ひとに 著つくるなりけり
題不知
此思非已告 亦未遣書送君許 然事誠珍奇 吾心已達君身畔 依偎不離在君許
在原元方 480
0481 題知だいしらず
初雁はつかりの 僅はつかに聲こゑを 聞ききしより 中空なかぞらにのみ 物ものを思おもふ哉かな
題不知
初雁發鳴啼 思人之音僅一聲 自聞彼聲後 吾心惑之懸中空 物思不止沁慕情
凡河內躬恒 481
0482 題知だいしらず
逢あふ事ことは 雲居遙くもゐはるかに 鳴神なるかみの 音おとに聞ききつつ 戀渡こひわたる哉かな
題不知
可否相逢悟 其率猶若雲居遙 噂聲若鳴神 每聞雷鳴徹空中 徒煽慕心亘戀情
紀貫之 482
0483 題知だいしらず
片絲かたいとを 此方彼方こなたかなたに 縒掛よりかけて 合あはずは何なにを 玉緒たまのをに為せむ
題不知
非取支絲端 此方彼方相縒掛 無以紡真絲 吾今不得會慕人 魂絲玉緒何以續
佚名 483
0484 題知だいしらず
夕暮ゆふぐれは 雲くもの旗手はたてに 物ものぞ思おもふ 天空あまつそらなる 人ひとを戀こふとて
題不知
夕暮虛空間 浮雲如旗搗思亂 不覺陷憂思 君在久方天彼端 吾心遙戀慕遠人
佚名 484
0485 題知だいしらず
刈菰かりごもの 思おもひ亂みだれて 我戀われこふと 妹知いもしるらめや 人ひとし告つげずは
題不知
一若刈真菰 百般思緒理還亂 吾心焦戀慕 親愛伊人可知耶 無人代吾告佳人
佚名 485
0486 題知だいしらず
由緣つれも無なき 人ひとをや嫉ねたく 白露しらつゆの 置おくとは歎なげき 寢ぬとは偲しのばむ
題不知
其人性薄情 吾人雖悔意不堅 若朝白露置 早起雖歎彼薄情 暮寢偲情不能遏
佚名 486
0487 題知だいしらず
千早振ちはやぶる 賀茂社かものやしろの 木綿襷ゆふだすき 一日ひとひも君きみを 掛かけぬ日ひは無なし
題不知
千早振稜威 賀茂之社鴨神主 肩掛木綿襷 吾心常掛念君人 無日不念戀相思
佚名 487
0488 題知だいしらず
我わが戀こひは 虛むなしき空そらに 滿みちぬらし 思おもひやれども 行方ゆくかたも無なし
題不知
吾戀狂滿溢 還願滿填大虛空 雖欲逞慕情 此思無方可皈依 天涯無處容慕情
佚名 488
0489 題知だいしらず
駿河するがなる 田子たごの浦波うらなみ 立たたぬ日ひは 有あれども君きみを 戀こひぬ日ひぞ無なき
題不知
打寄駿河國 田子浦間浪濤湧 或有浪靜時 然吾日日戀君心 慕情莫有一日止
佚名 489
0490 題知だいしらず
夕月夜ゆふづくよ 注さすや岡邊をかべの 松葉まつのはの 何時いつとも判わかぬ 戀こひもする哉かな
題不知
微光夕月夜 月光映照岡邊松 松葉永常青 不論何時無區別 吾人之戀永彌堅
佚名 490
0491 題知だいしらず
足引あしひきの 山下水やましたみづの 木隱こがくれて 激たぎつ心こころを 堰せきぞ兼かねつる
題不知
足曳勢險峻 山麓川水入樹間 木隱人不知 暗流激盪我心慌 思慕之情難以堰
佚名 491
0492 題知だいしらず
吉野河よしのかは 岩切しはきり通とほし 行水ゆくみつの 音おとには立たてじ 戀こひは死しぬとも
題不知
奈良吉野川 川水切岩通間過 逝水默奔馳 吾人雖戀不發聲 縱將戀死無所惜
佚名 492
0493 題知だいしらず
激瀨たぎつせの 中なかにも淀よどは 有あり云てふを 何など我わが戀こひの 淵瀨ふちせとも無なき
題不知
激瀨急流間 據聞仍有淀滯處 何以吾苦戀 淵瀨無別滔洶湧 無日止息風雨摧
佚名 493
0494 題知だいしらず
山高やまたかみ 下行したゆく水みづの 下したにのみ 流まがれて戀こひむ 戀こひは死しぬとも
題不知
巍峨山高聳 下行流水不發音 流水竊下行 吾人亦竊發戀慕 雖死慕情無人知
佚名 494
0495 題知だいしらず
思出おもひいづる 常磐山ときはのやまの 岩躑躅いはつつじ 言いはねばこそあれ 戀こひしき物ものを
題不知
每億伊人時 吾心猶如常磐山 山間岩躑躅 閉口不言人不知 此戀雖苦無他方
佚名 495
0496 題知だいしらず
人知ひとしれず 思おもへば苦くるし 紅くれなゐの 末摘花すゑつむはなの 色いろに出いでなむ
題不知
不為人所知 思慕之情盡苦澀 不若作先紅 一由紅華末摘花 出色奪目曝真情
佚名 496
0497 題知だいしらず
秋野あきののの 尾花をばなに交まじり 咲花さくはなの 色いろにや戀こひむ 逢あふ由よしを無なみ
題不知
秋野遍雪芒 尾花之間鮮花咲 其色引人目 吾戀可如彼鮮乎 此外無由可逢兮
佚名 497
0498 題知だいしらず
我わが園そのの 梅うめの秀枝ほつえに 鶯うぐひすの 音ねに鳴なきぬべき 戀こひもする哉かな
題不知
吾宿庭園間 梅樹稍頭秀枝上 黃鶯泣高鳴 吾人戀悲欲啼血 當猶鶯啼泣出聲
佚名 498
0499 題知だいしらず
足引あしひきの 山郭公やまほととぎす 我わが如ごとや 君きみに戀こひつつ 寢いね難がてにする
題不知
足引山高險 山郭公兮高鳴啼 可是猶我者 戀君幕情不能止 輾轉難眠念伊人
佚名 499
0500 題知だいしらず
夏成なつなれば 屋戶やどに燻ふすぶる 蚊遣かやり火ひの 何時迄我いつまでわが身み 下燃したもえをせむ
題不知
時既值夏日 家家屋戶燻蚊香 驅蚊火煙低 一猶吾戀火下燃 竊在心底竄匍匐
佚名 500
0501 題知だいしらず
戀こひせじと 御手洗川みたらしがはに せし禊みそぎ 神かみは受うけずぞ なりにけらしも
題不知
願祈莫在戀 今於御手洗川間 禊祓誠祈請 雖求拂戀莫纏身 神豈受諾聽吾訴
佚名 501
0502 題知だいしらず
憐あはれてふ 言ことだに無なくは 何なにをかは 戀こひの亂みだれの 束つかね緒をにせむ
題不知
物哀可憐矣 若是戀時無此言 心為戀所亂 其時吾當據何以 收束心緒鎮昂情
佚名 502
0503 題知だいしらず
思おもふには 忍しのぶる事ことぞ 負まけにける 色いろには出いでじと 思おもひし物ものを
題不知
思慕情難抑 雖欲忍抑不作聲 此思既不堪 縱望相思不出面 顏容已泄戀慕情
佚名 503
0504 題知だいしらず
我わが戀こひを 人知ひとしるらめや 敷妙しきたへの 枕まくらのみこそ 知しらば知しるらめ
題不知
吾戀竊悲苦 闇秘可有人知悉 如例知之者 唯有敷妙香閨枕 每夜霑淚知吾情
佚名 504
0505 題知だいしらず
淺茅生あさぢふの 小野をのの篠原しのはら 忍しのぶとも 人知ひとしるらめや 云いふ人無ひとなしに
題不知
淺茅生小野 野間篠原棲忍草 吾苦耐依戀 伊人豈知竊慕情 未嘗語人無人知
佚名 505
0506 題知だいしらず
人知ひとしれぬ 思おもひやなぞと 葦垣あしがきの 目近まぢかけれども 逢あふ由よしの無なき
題不知
心雖戀君兮 君不知之有何益 然猶薄葦垣 篠隙縱小間雖近 僅得目近無逢由
佚名 506
0507 題知だいしらず
思おもふとも 戀こふとも逢あはむ 物ものなれや 結ゆふ手ても手結たゆく 解とくる下紐したひも
題不知
心雖思伊人 縱焦戀慕不得逢 雖知無由報 今夜結手至疲憊 反覆再解卸下紐
佚名 507
0508 題知だいしらず
いで我われを 人莫咎ひとなとがめそ 大舟おほふねの 蕩ゆだの蕩漾たゆだに 物思ものおもふ頃ころぞ
題不知
還願人觀此 切莫咎吾勿叱罵 一猶大舟浮 海上蕩漾不止息 吾人此頃陷物思
佚名 508
0509 題知だいしらず
伊勢海いせのうみに 釣つりする海人あまの 泛子是うけなれや 心一こころひとつを 定さだめ兼かねつる
題不知
海人身居伊勢海 漁人釣投泛浮子 吾豈非浮子 思情蕩漾不得定 一心忐忑不安寧
佚名 509
0510 題知だいしらず
伊勢海いせのうみの 海人あまの釣繩つりなは 打延うちはへて 繰くるしとのみや 思渡おもひわたらむ
題不知
伊勢海泛釣 海人漁師白水郎 釣繩繰長延 吾人思戀正如斯 長久亙苦莫得息
佚名 510
0511 題知だいしらず
淚川なみだがは 何水上なにみなかみを 尋たづねけむ 物思ものおもふ時ときの 我わが身也みなりけり
題不知
滔滔淚川水 其水之源在何方 尋其河本源 憂思悲嘆我之身 方是淚川水源也
佚名 511
0512 題知だいしらず
種たねし有あれば 岩いはにも松まつは 生おひにけり 戀こひをし戀こひば 逢あはざらめやも
題不知
乃因有種以 岩巖之上能生松 慕情猶如是 百般思戀欲相逢 終或不逢仍有望
佚名 512
0513 題知だいしらず
朝あさな朝あさな 立たつ川霧かはぎりの 空そらにのみ 浮うきて思おもひの 在世也あるよなりけり
題不知
每朝川霧起 漫霧浮空帶憂思 徘徊虛空間 彼此戀情憂如此 只緣生在現世間
佚名 513
0514 題知だいしらず
忘わすらるる 時ときし無なければ 葦鶴あしたづの 思亂おもひみだれて 音ねをのみぞ泣なく
題不知
思君慕不止 欲忘一快不得時 一猶葦邊鶴 群鶴悲鳴思緒亂 發音鳴泣哭復哭
佚名 514
0515 題知だいしらず
唐衣からころも 日ひも夕暮ゆふぐれに 成なる時ときは 返かへす返かへすぞ 人ひとは戀こひしき
題不知
唐衣結其紐 今日又至夕暮時 時至夕暮者 戀人暮情滔湧現 誠是再三慕人時
佚名 515
0516 題知だいしらず
宵宵よひよひに 枕定まくらさだめむ 方かたも無なし 如何いかに寢ねし夜よか 夢ゆめに見みえけむ
題不知
一宵復一宵 每夜枕方甚難決 不知枕何方 今夜應當如何寢 方得夢見慕伊人
佚名 516
0517 題知だいしらず
戀こひしきに 命いのちを換かふる 物ものならば 死しには易やすくぞ あるべかりける
題不知
焦慕苦練情 若得與命換一死 生或為所欲 思慕之苦豈過死 若得換死何其易
佚名 517
0518 題知だいしらず
人身ひとのみも 慣ならはし物ものを 逢あはずして 去來心いざこころみむ 戀こひや死しぬると
題不知
為人肉身者 試以慣之或得馴 既然不得逢 何不去來試吾衷 知可戀死耶否耶
佚名 518
0519 題知だいしらず
忍しのぶれば 苦くるしき物ものを 人知ひとしれず 思おもふてふ事こと 誰だれに語かたらむ
題不知
忍隱抑戀慕 其戀悲苦甚物憂 不為人所知 心焦戀慕幾毀滅 情獨私懷誰可語
佚名 519
0520 題知だいしらず
來世こむよにも 早成はやなりななむ 目前めのまへに 由緣無つれなき人ひとを 昔むかしと思おもはむ
題不知
還願終此命 早成來世無復憂 若已得來生 可思目前薄情郎 既為過昔前世人
佚名 520
0521 題知だいしらず
由緣つれも無なき 人ひとを戀こふとて 山彥やまびこの 答こたへする迄まで 歎なげきつる哉かな
題不知
心戀薄情郎 百般思慕不得報 山彥木靈聲 蕩漾迴響漫山間 歎答吾人傻癡情
佚名 521
0522 題知だいしらず
行水ゆくみづに 數書かずかくよりも 儚はかなきは 思おもはぬ人ひとを 思おもふなりけり
題不知
流河逝水上 書數即消不留痕 然其儚虛渺 何勝思慕薄情人 哀慟銘心不得報
佚名 522
0523 題知だいしらず
人ひとを思おもふ 心こころは我われに あらねばや 身みの迷まどふだに 知しられざるらむ
題不知
朝暮思伊人 吾心已去伊人畔 不復在吾身 此身雖迷惘悲戀 吾心不知令吾苦
佚名 523
0524 題知だいしらず
思おもひやる 境遙さかひはるかに なりやする 迷まどふ夢路ゆめぢに 逢あふ人ひとの無なき
題不知
一心慕伊人 吾心遠出至遙境 今在夢路中 迷身惑情行漫漫 思人仍不逢夢中
佚名 524
0525 題知だいしらず
夢ゆめの內うちに 逢見あひみむ事ことを 賴たのみつつ 暮くらせる宵よひは 寢ぬむ方かたも無なし
題不知
寄望於夢中 還願夢裡能相逢 然而何為賴 日暮時分雖宵至 不知寢方難入眠
佚名 525
0526 題知だいしらず
戀死こひしねと する業成わざならし 烏玉むばたまの 夜よるは徹すがらに 夢ゆめに見みえつつ
題不知
豈非為戀死 此舉惱吾焦憂戀 烏干玉夜黑 夜中每現吾夢間 徹夜顯姿惱心緒
佚名 526
0527 題知だいしらず
淚川なみだかは 枕流まくらながるる 浮うき寢ねには 夢ゆめも定さだかに 見みえずぞありける
題不知
落淚成川河 淚川涓涓流枕上 沉浮載憂寢 漂泊彷徨不知去 哀愁夜夢亦不定
佚名 527
0528 題知だいしらず
戀こひすれば 我わが身みは影かげと 成なりにけり さりとて人ひとに 添そはぬ物故ものゆゑ
題不知
今焦苦於戀 身形削瘦猶斜影 己身雖成影 豈能添至伊人傍 唯有苦戀獨相思
佚名 528
0529 題知だいしらず
篝火かがりひに あらぬ我わが身みの 何なぞも斯かく 淚川なみだのかはに 浮うきて燃もゆらむ
題不知
漁舟燎篝火 我身雖非彼篝火 何以蕩如此 載浮載沉淚川上 憂憂浮沉燃闇泣
佚名 529
0530 題知だいしらず
篝火かがりひの 影かげと成なる身みの 侘わびしきは 流ながれて下したに 燃もゆる成なりけり
題不知
篝火映水中 我身辛酸若彼影 苦侘猶篝影 橫流水下燃川底 悲泣苦懷燃心中
佚名 530
0531 題知だいしらず
速はやき瀨せに 海松布生みるめおひせば 我わが袖そでの 淚河なみだかはに 植うゑまし物ものを
題不知
速瀨湍流急 海松逢機無所生 若得生之者 還願植此逢晤機 在沾襟濡淚川中
佚名 531
0532 題知だいしらず
沖邊おきへにも 寄よらぬ玉藻たまもの 波上なみのうへに 亂みだれてのみや 戀渡こひわたりなむ
題不知
浮沉近沖邊 不得寄岸不得離 玉藻隨波蕩 吾心亦隨藻亂蓄 一心焦戀無所寄
佚名 532
0533 題知だいしらず
葦鴨あしがもの 騷さわぐ入江いりえの 白浪しらなみの 知しらずや人ひとを 如是戀かくこひむとは
題不知
葦鴨聲喧囂 入江白浪滔洶湧 一猶此白浪 伊人不知吾戀慕 獨自思懷情悽悽
佚名 533
0534 題知だいしらず
人知ひとしれぬ 思おもひを常つねに 駿河するがなる 富士山ふじのやまこそ 我わが身也みなりけれ
題不知
不為人知悉 心中竊常懷慕情 駿河富士山 下火闇燃煙不絕 竊慕不止我身也
佚名 534
0535 題知だいしらず
飛鳥とぶとりの 聲こゑも聞きこえぬ 奧山おくやまの 深ふかき心こころを 人ひとは知しらなむ
題不知
深山鳥飛絕 邃奧不聞非鳥聲 吾人竊慕情 一猶身居奧山間 秘藏深心無人知
佚名 535
0536 題知だいしらず
逢坂あふさかの 木綿付ゆふつけ鳥どりも 我わが如ごとく 人ひとや戀こひしき 音ねのみ鳴なくらむ
題不知
逢坂四境祭 神社庭雞掛木棉 其鳥猶吾身 心慕思人焦戀苦 大聲發鳴泣音啼
佚名 536
0537 題知だいしらず
逢坂あふさかの 關せきに流ながるる 岩清水いはしみづ いはで心こころに 思おもひこそすれ
題不知
逢坂關之旁 泉湧水出岩清水 清水無所語 吾人亦三纖吾口 秘藏心衷毫不忘
佚名 537
0538 題知だいしらず
浮草うきくさの 上うへは茂しげれる 淵ふちなれや 深ふかき心こころを 知しる人ひとの無なき
題不知
青青憂浮草 植生水上茂盛繁 其下淵邃 吾心慕情在淵底 靜不發聲無人曉
佚名 538
0539 題知だいしらず
打侘うちわびて 呼よばはむ聲こゑに 山彥やまびこの 答こたへぬ山やまは あらじとぞ思おもふ
題不知
心憂愁情侘 喚呼發聲吐念情 吾思彼山者 山彥固非無回響 然伊人者不應聲
佚名 539
0540 題知だいしらず
心換こころがへ する物ものにもが 片戀かたこひは 苦くるしき物ものと 人ひとに知しらせむ
題不知
心思若得換 今欲易心與伊人 吾焦處片戀 孤戀慕情幾心酸 還望以此令彼知
佚名 540
0541 題知だいしらず
他所よそにして 戀こふれば苦くるし 入紐いれひもの 同おなじ心こころに 去來結いざむすびてむ
題不知
分隔在他鄉 思戀伊人心淒苦 相離既悲哀 還願同心如入紐 去來相結似膠漆
佚名 541
0542 題知だいしらず
春立はるたてば 消きゆる冰ほこりの 殘のこり無なく 君きみが心こころは 我われに解とけなむ
題不知
時值立春日 東風解冰逝消熔 但願君心者 一若冰消無凍殘 解冰向吾開心扉
佚名 542
0543 題知だいしらず
明あけ立たてば 蟬せみの織延をりはへ 泣なき暮くらし 夜よるは螢ほたるの 燃もえこそ渡わたれ
題不知
時至曉夜明 一猶憂蟬啼終日 鳴泣至日暮 時至夜者若夏螢 終夜幽幽燃慕情
佚名 543
0544 題知だいしらず
夏蟲なつむしの 身みを徒いたづらに 成なす事ことも 一ひとつ思おもひに 由よりてなりけり
題不知
飛蛾撲火中 身死徒滅曾無惜 捨生所為何 惟欲一全慕君情 此由之外復何求
佚名 544
0545 題知だいしらず
夕去ゆふされば 甚いとど干難ひがたき 我わが袖そでに 秋露あきのつゆさへ 置おき添そはりつつ
題不知
時每至夕暮 霑襟衣袖甚難乾 我袖非止淚 更有憂寂秋露者 添置袖上不令乾
佚名 545
0546 題知だいしらず
何時いつとても 戀こひしからずは 有あらねども 秋あきの夕ゆふべは 竒あやしかりけり
題不知
無論在何季 大抵四時心總苦 無有不戀人 然則秋夕最為奇 斷腸每每在秋愁
佚名 546
0547 題知だいしらず
秋田あきのたの 穗ほにこそ人ひとを 戀こひざらめ などか心こころに 忘わすれしもせむ
題不知
秋田節穗紅 心雖戀人不得顯 豈如穗顯出 心中雖然欲斷念 總是片刻不得忘
佚名 547
0548 題知だいしらず
秋田あきのたの 穗ほの上うへを照てらす 稻妻いなづまの 光ひかりの間まにも 我われや忘わするる
題不知
秋田稻結實 穗上照耀稻妻閃 光耀雖一瞬 須臾片刻轉瞬間 吾仍無以忘伊人
佚名 548
0549 題知だいしらず
人目ひとめもる 我われかは文無あやな 花薄はなすすき 何などか穗ほに出いでて 戀こひずしもあらむ
題不知
何以憚人目 吾之戀者無人知 今見芒花薄 不畏人觀出穗盛 還願幽戀能為明
佚名 549
0550 題知だいしらず
淡雪あはゆきの 貯たまれば難かてに 碎くだけつつ 我わが物思ものおもひの 頻しげき頃哉ころかな
題不知
沫雪紛紛降 淡雪貯積難耐重 不堪荷碎落 聞雪碎音我斷腸 正當頻頻憂戀時
佚名 550
0551 題知だいしらず
奧山おくやまの 菅すがの根凌ねしのぎ 降雪ふるゆきの 消けぬとか言いはむ 戀こひの頻しげきに
題不知
深邃奧山間 菅根為雪凌壓別 皓雪將消逝 吾命危猶積零雪 頻戀斷腸不久長
佚名 551
古今和歌集 卷十一 戀歌 一 終